Fw:勇者と死神の主従カンケイ~イロドリに天使も添えて~
はむ
001-勇者になんてなるもんか
――俺は幼い頃に天使に会ったコトがある。
そんな話をすると周りの奴らから笑われるけれど、こちらとしては全く笑い話ではない。
だって、天使は開口一番こんなセリフを言いやがったのだ。
『ゴメンなさい! 貴方を送る世界を間違えましたっ!!』
この世界では平々凡々な俺ではあるが、どうやら本来生まれるはずの世界であれば天賦の才に恵まれ、勇者として世界を救う程の英雄になれたらしい。
『貴方様の才能は私達から見ても奇跡と言っても過言では無いレベルです。それと並ぶ力が再び生まれるにはどれだけの年月がかかるか想像もつきません……』
そう言われるだけならあまり悪い気はしないのだけど、ここから先が問題だった。
『――ですので、いますぐ転生して頂けませんか?』
要するに天使様の尻拭いをするため、これまでの今すぐ死んで異世界転生しろと要求してきたのだ。
いやはや、天使が人間に向かってド直球に『死ね』と要求してくるとは、全くもって酷い話である。
だが、問題はそれだけで終わらなかった。
「断ったら……?」
俺の問いかけに天使は困り顔で首を傾げると、それから人差し指を立ててキッパリと答えた。
『貴方の加護を打ち切ります』
・
・
・
「今日の遅刻理由を言ってみろ、伊藤リク」
若干キレ気味の担任教師の源先生を前に、俺はボサボサ頭を掻きながら今朝の経緯を説明する。
「歩道橋でお婆さんが重い荷物を抱えて立ち往生してたので、それを反対側に運ぶ手伝いを。それから道に迷ってる外国人が居たので、その人を交番まで送りました。署名はこちらにあります」
慣れた手つきでポケットから手帳を出すと、妙に達筆な「村上多ヱ」という古風な女性名と、筆記体がラフ過ぎて何と書いてあるのかサッパリ分からないネイティブ感たっぷりなサインが書かれている証拠のページを教師に見せた。
「……はぁ、もういいよ。席に着きなさい」
時刻は午前8時39分、出席簿の俺の行には無事にマルが追記されて一安心だ。
それからすぐにチャイムが鳴って、担任教師が気だるそうに職員室に戻って行くのを見計らったタイミングで、後ろから肩をトントンと叩かれた。
振り向くと、悪友の神崎ユージがニヤニヤと笑いを浮かべていたため、とりあえず無意味にチョップしておいた。
「それにしても、今週の人助けは
「やりたくてやってるわけじゃねーけどな……ちなみに今日はダブルだから六回な」
――俺は天使の要求を断った結果、宣言通り『加護』とやらが打ち切られた。
当初は、俺を抹殺する為に不幸が立て続けに起こるのではないかとビクビクしながら過ごしていたのだが、さすがに神の使いである天使が白昼堂々に俺を殺害するわけにはいかないらしく『やたら人助けを要求される』という、地味に疲れる状況に追い込まれてしまったのだ。
おかげさまで我が家には感謝状やらお手紙やらが数多く届いているのだが、石油王を救ってサクセスストーリーが始まったり、学校一の美少女を救ってラブコメが始まるようなコトもなく、平穏無事に今日に至る。
慈善活動に見返りを求めるべきではないと頭では理解しているものの、もう少し何か華があっても良いのではないかなぁ……とか思っている今日この頃である。
「んで、例の天使様とやらには再会できたのか?」
「いんや、言いたいだけ言って居なくなったきりだよ。もし無事に天寿を全う出来たら、絶対に一言文句を言いに行ってやりたい!」
「まずは善行を積んで天国に行くところから頑張らないとなー」
楽観的にケラケラと笑う友人に溜め息を吐きつつ、教室のドアの前に立った物理教師の姿を見て、俺は再び前を向いた。
◇◇
放課後。
俺は夕方アニメを堪能する為、道草を食うことなく真っ直ぐ家に向かっていた。
これまでの経験上、午前中に何かしらの事件が起こった日の午後は特に善行を強要されるコトが無かったし、オマケに今日はバイトも休みなので、心なしか足取りも軽い。
「こんなコトをいつまで続けても俺が異世界に行くわけないだろうに、天使ってのは何がしたいんだかねぇ」
そんな独り言を呟きながら、自宅近くの交差点に到着。
ちょうど信号が変わる直前だったので、すぐに渡れそうだ。
「お、ラッキー! 普段から善行いっぱい積んでんだから、これくらいの幸運があったって罰は当たるめえっ」
何故か江戸っ子のような口ぶりで幸運を喜びつつ歩道で立ち止まる。
だが、ちょうどそのタイミングでクラクションのけたたましい音が聞こえてきて、やかましいなぁと思いつつ音の方に目を向けると、少し離れた場所で大型トラックが猛スピードで走っているのが見えた。
「うわっ、女の子がトラックの前にっ!?」
だが、間一髪のところで轢かれそうになった女の子を、ものすごい速さで走る猫が突き飛ばして助ける姿が見えたため、周りの通行人達からも「おお!」と驚きの声が上がる。
「すっげえ……こんな事ってあるんだなぁ」
だが、野次馬根性を丸出しで軌跡の救出劇を眺めていたせいで、俺は最も大切な事実に気づくのが遅れてしまった。
そう、暴走トラックの脅威は「まだ終わっていなかった」のだ。
ノーブレーキのまま交差点を信号無視で突破したトラックは、バス停の看板を薙ぎ倒しながら歩道橋の脇にぶつかると、その反動でこっちに……
「お、おいっ、マジかっ!!? やべっ、間に合わな……!」
頭の中では逃げようと思っているのに、体が
やっと手足が動き出したかと思いきや、自分のものとは思えない程にデタラメに動いた後、足をもつらせてその場にひっくり返った。
俺の目の前にはフロントバンパーがボコボコに凹んだトラックが迫り、鈍く光る車体はまるでギロチンの刃のようだ。
このまま轢かれて、異世界転生……?
そんなの……
「絶対に嫌だっ……!!!」
――その瞬間、世界が止まった。
全てが白黒で描かれ、空を飛ぶ鳥も、目の前のトラックも、何もかもが静止している。
自分でも何が起こっているのか理解が追いつかない。
「これは、一体……」
まさか、いつまで経っても折れない俺に対して、天使が強硬手段に出たのか?
色んな疑問が頭の中をグルグルと回り、結論が出ないまま呆然と立ち尽くしていると、『黒色の何か』が空から降ってきて、ゆっくりと俺の目の前へ着地した。
『なんじゃ、この世界のものとは思えぬほど美しい色の魂をしておるから何かと思ったが、なんぞ平凡な小僧ではないか』
古風な喋り方で現れたのは、黒装束を身にまとった怪しい人影。
鋭い刃の付いた巨大な鎌を抱えており、その姿はまるで……。
『我輩は死神のセラ。どうだ小僧、取引をせぬか?』
突然そんな事を言い出した人影が黒装束のフードを上げ、そこから現れた素顔を見て俺は息を飲んだ。
それは濃紫の髪が印象的な、とても美しい褐色肌の女性だった。
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