ああいう雰囲気がたまらなく好き
今、あたしはその麓で展開された複合商業施設の喫茶店にいる。休日の朝だってのに、開店したばかりだからか知らないけど、店内はガラガラ。で、そのベランダから『レインボータワー』を見上げてんだが……生意気なくらい背が高いな。他にも背の高い建物はたくさんあるんだが、敢えて周囲の建物を小さくしてるおかげか、より大きく見える。
「すごいよね、あの建物。レインボー・ジャパンのオフィスもあの中にあるし」
あたしが見惚れていると、さっきまでミックスサンドを頬張ってたカチュキがおもむろに口を開いた。
「なあ、ウラウラ、ああいう建物ってウラウラの住んでる次元? にもあるんか?」
「ん? 愚問はよしな、カチュキ。あるに決まってるじゃないか。まず逢魔院の校舎なんか、あんな塔なんかより高さも敷地も桁違いだよ。ふっはっはっは」
「そうなんか? しかし、俺の知らない間に、あんなもんやこんなもんが建っちまったとはな。俺がガキだった頃は、特別デケえのがいくつか建ってるくらいだったんだが」
そう遠い目をしながら呟くと、カチュキはミックスサンドをもう一度頬張る。その後、「話は変わるんだけどさ」とまっすぐあたしの方を向いた。
「ウラウラ、義藤龍壱の私室パソコンの中身、あの後なんか分かったか?」
カチュキからの問いに、あたしは肩を竦めて見せた。
「情報の宝庫ではあるんだけど、数が多すぎてすぐに処理しきるのはあたしでも無理。今ん所見つかったのは、ERISの詳細な販路。ダーク・ストリームに売買任せてたとて、そいつらがどこの範囲まで売りさばけてるかっていうか、勢力図みたいなのは大体把握しちゃってるみたい。
それと他にあったのは、お偉方の脅しに使われてた写真くらいかな? 『隣町の市議が地元の反社会勢力とつるんでいた』とか『名門校への入学を控えていた市長の令嬢が実は色んな男とヤりまくってた』とか、そんなん。あ、絵美のパパの『恥ずかしい写真』も入ってたよ。はっはっはっはっは」
「それはそれでヤバいな……。けど、絵美を殺した奴の情報は、今んところまだ見付かってねえのか」
「そうだね。てか、あたしはあんなところで分析してるよりも、実際に見て歩いて動き回ってる方が性に合ってるみたい。はっはっはっは」
……別に、やるべき仕事をサボってるわけじゃないからな。そこは念のため言っとくけど。
さて、あたし達の今の服装は、かつて霊園行った時と同じ真っ黒な喪服姿。けど、今回は目的が目的なのでちょっとアレンジしてる。カチュキはネクタイこそ黒だけど、ワイシャツも黒だし、ジャケットもダブル。あと、真っ黒なレイバン。あたしは、前回とは違う黒のワンピース。腰にベルトがあるので、前より身体の起伏が出やすいタイプ。髪形も、左右に縛るだけのお下げにしてる。
こんな格好してどこ行くかって? 決まってるだろ。今日、開催されるっていう、橿洲市レインボーブリッジ崩落事故の追悼会だよ!
★★★
会場は橿洲市市民公園。打ちっぱなしコンクリートの巨大なオブジェがそのまま住民の住む場所みたいになったような建物——橿洲市市民会館の敷地内にある巨大な公園だ。今回は追悼会というイベントに合わせてなのか、使わないはずの建物も全体的に暗ーい装飾が随所に施されている。
本来、公園が追悼会の会場に使われるってのは珍しいことなんだって。けど、弔う人数や参列する数のことを考えると、収容しきれる人数に限界があるから屋内にしたみたい。何より、ここは立地が丁度いい。かつて橿洲レインボーブリッジのあった場所が、会場から良く見える。
「さて、誰にも怪しまれずに来れたのはいいけど、人が多いね」
「あれ、見ろよ。ウラウラ、報道陣まで集まってるぜ」
カチュキが指差した先にいたのは、何やら巨大な機械を担いでる集団。てか、その近くには、何かしらの機材を積んだ自動車が停まってる。あれらがどんなのかは、色んな奴らの記憶を見てきたから分かってる。
「ここのお偉方共は、この追悼会を全国で放映するつもりみたいだね。でも、いくら重要なインフラが壊れて大勢の命が無くなったからって、見せたがりにもほどがあるんじゃねえのお?」
「おいおい、流石にそれは言いすぎだろウラウラ。あの橋が落ちた事件は、既にテレビでもネットでも大騒ぎなんだ。もうひっそりとやれねえレベルなんだろうよ。——てかそもそも、どうして俺達も紛れようってことになったんだ?」
「決まってんだろ。この追悼会の主催者が気になるからだよ」
そう答えて、ニヤリと歯を見せたあたしは、名札を下げた係員っぽいのに近付いて声を掛け、追悼会開催のチラシを見せた。
「ねえねえ、この二人って、今どこにいるか分かるう?」
「な? なんですかあなたは――!?」
ちょっと動揺してる隙を狙って、蒼く光らせた手でそいつの額をちょんと触った。そしたら、ぼうっと目を虚ろにしたまま動かなくなっちゃった。しばらくしたら正気に戻るんだろうけど、それはあたし達の姿が目の前から消えちゃった時だろうな。ま、あたしに接触された記憶も無くなってるだろうけど。はっはっはっは。
★★★
「なんですかじゃないよ、全く。知ってるなら、大人しく最初から『二人ならここにいますよ』と素直に答えればよかったんだ」
主催者の二人は、主会場である大広間から少し離れた裏方にいた。生垣と垂れ幕で囲われたテントの中で、立ったまま談笑してる。どちらもこちらの様子に気付いてないみたいだけど、こっちは姿がバッチリ見えてる。生垣と垂れ幕を二重にすればバレないとでも思ったか。これくらい、魔力の鏡で透視するには薄すぎる障壁だ。はっはっはっは。
レインボー・ジャパン社長、
そいつと対面してる老人が、橿洲市市長の
ちなみに、あたし達の近くで寝てるスーツ姿は誰かと言うと、この辺の警備。騒がれると面倒だから、シフトが終わるまでちょっと休憩しててもらうよ。はっはっはっは。
さて、肝心の合川と網谷の会話なんだけど、今日やる追悼会の簡単な打ち合わせばかりしてる。つまんねえなあと思ってたその時、興味深い話題にシフトしていた。
「しかし、今日は網谷さんも出席してくださり、誠にありがとうございます。おかげで、私もこの追悼会を進行していくことが出来ますよ」
「かまわんさ。私も息子を喪った身だ。事故で息子を喪った合川君の気持ちも分かる。普段通り振舞っている君が、実はどれだけ悲しんでいるのかくらい、分からないわけがなかろう。何かあった時は、私に任せたまえ」
「ありがとうございます。網谷さん。」
なんとも心温まる光景だね。で、愛する息子を喪って悲しんでもなお毅然と振舞う姿勢を見て、市民の連中はより彼等を慕うってわけか。
「そういえば、あたしが救っちまった奴をいじめてた主犯も、アイカワって名字だったな。あいつの息子だったんだ」
生垣の向こうに聞こえないよう、あたしは消音の結界を張って呟いた。
「なんだって? ……てか、市長の息子も死んだのか? あの事故でどれだけの人が死んだっていうんだ?」
「たくさん死んだ中に、要人の身内も入ってたのか。ま、あれだけ大きな橋なんだ。いじめられっ子を解放しただけでしたチャンチャンで済むはずがないって最初から思ってたよ。はっはっはっは」
なんか、カチュキが嫌そうな顔してる。なんだ? あたしまた脂汗でも滲んでるのか?
と、ここで向こうの雰囲気が少しだけ変わる。
「ですが、網谷さんの息子の死は、私達にとって大きな痛手ですね」
「その通りだ。ただ息子を喪って悲しいの問題ではない。奴を殺したあの者について、追及を継続せねばならん」
「他の懸念点として、義藤から連絡が来なくなって一週間が経っています。関係者も含めて。彼が私達を裏切ったとは思えません。やはり義藤は……」
「他にも懸念事項がある。達田からの情報だが、我々を嗅ぎ付けてる勢力がまだ警察内にいるそうだ。処分は下したそうだが、警察の出来る範囲は限られている」
このやり取りには、流石に驚いた。
「……義藤って、まさか義藤龍壱のことだよな? なんでそいつの名前が合川さんの口から出てくるんだ? それに、達田ってのは佐知代さんが言ってた署長だろ? そいつもどうして……?」
「さあ。でもそれだけ親しい間柄なんだろ。ま、会話してんのは市長と町一番の社長だ。警察や裏組織とそれなりの関係持ってたっておかしくないよ。それより重要なのは、あたしがやったことについて動揺してるってこと。邪神冥利に尽きるねえ。ふはっはっはっはっは」
思わず高笑いをしてしまった。消音の結界が無ければ聞こえちゃうのにね。失敬失敬。ふっはっはっは。
「全く、『虹の都計画』を目前にして、急に課題が山積とは困ったものです」
「この追悼式が終わったら、今我々が直面している問題を再度共有しよう。とにかく、今我々が最も共有しなければならんのは、あの――」
その時だった。メイン会場の方で、なんだかモメてる声が聞こえてきた。二人も会話を中断して会場の方角を見ちゃう始末。あたしもなんか気になっちゃったんで、そっちへ向かうことに。
★★★
メイン会場。遺族全員を収容するには十分なくらい広ーい野外の空間に、パイプ椅子が一定の法則でずらーっと並べられただけのシンプルな会場。でも、死者を弔う大切な儀式の会場なんだなって一目で分かるのは、参加者がみんな一様の喪服姿であるのと、会場に犠牲者の写真や名前、組織を示す何かとかが置かれているからなんだろう。
で、どこで誰がモメてんのかはすぐに分かった。献花台の手前で大柄な誰かが貴婦人のような身なりの誰かに怒ってて、連れの人に必死で抑えられてる。
「ふざけるな! 今なんて言いやがった!」
「聞こえませんでしたか? この橋の崩落は、貴方方『
「んなわけあるか! 俺の息子だって事故の被害に遭ってんだ! 息子が事故に巻き込まれんのが分かって、橋を落とすバカがどこにいるんだ!」
怒ってる方はまた言った奴に掴みかかろうとして連れ達に止められてる。端から見れば、暴漢が優雅な婦人に暴力を振るおうとしている様。せっかくの追悼式だというのに、場の空気が酷く剣呑になっちゃってる。
「ねえねえ、あそこで騒いでる二人、カチュキ分かるう?」
「さあ、でも怒鳴ってる男、州栄建設の人間みてえだな。州栄建設なら知ってるぜ。橿洲を栄えさせる建設。だから、州栄建設。橿洲の人間なら誰もが知ってる会社さ」
「あ、皆の記憶ん中に総じてボヤ~ッと入ってたやつか。義藤パソコンにある『要人の弱みリスト』にすら名前無かったけど」
「あ……そういえば、最近は名前全然聞かないなあ」
「じゃあ、怒鳴られてるわりに高慢ちきな態度してる、あの貴婦人みたいなのは誰?」
「知らん。でも、州栄建設相手にあれだけデカい態度取れてんだから、さぞかし偉いとこの人間なんじゃねえの?」
ちなみに、あたし達は会場の中にいない。会場を囲う生垣に身を隠して、遠くからかの一部始終を眺めてる。あたし達の目の前の光を歪ませて見たい個所をズームアップさせれば、離れた位置からでも献花台周辺で起きてる出来事は、まるですぐ隣で起きてるかのように見れる。まして、集音機能まで付けてるから会話までバッチリわかるってわけ。
さて、会話の続きを見よう。怒鳴ってる州栄建設社員はさておき、あたしが個人的に気になるのは貴婦人の方だ。歳食ってるだろうに皺の少ない綺麗な肌、喪服姿でありながら所々から醸し出す気品に満ちた雰囲気——それらから貴婦人って勝手に呼んでるけど、なんか感じるんだ。あたしにとって殺しちゃいけない存在だってのが。
「息子が被害に遭った? あなたの息子だけ生き残って、他のみんなは死んでしまったというのに? わたしの息子なんか、河原で酷い姿で見つかったというのに!?」
怒鳴ってはいない。けど、こめかみに筋を張らせたハスキーな声には迫力があった。さっきまで怒鳴ってた奴が押されちゃった。
「そんなん、偶然だろう!?」
「偶然!? なに自分だけ助かったからって他人事のように! どうしてあなたの息子だけこの追悼会には参加していないんです?」
「事故のトラウマで出たくないと言ったからだ。あれだけ人が死んだんだぞ。今はそっとしてやるのがいいと思っただけだ」
なるほど、あの州栄建設の奴は盛永少年のパパだったのか。で、あの貴婦人は合川少年のママ、と。まさかあの事件が、ここで繋がるなんてな。
「どうだか。自分も我が子を喪った悲しい遺族の一人ですって示すためだけに、息子に来るなと命じただけなんじゃないかしら。ま、事故の犠牲者なんて私でも把握してますから。そんな良い人ぶった浅ましい考えなんて、もう通用しませんのよ、州栄建設さん」
「なんだと!?」
ここで、あたしは気付いた。合川ママの主張は、あたしから見れば下らない言い掛かりだ。なのに、会場全体の雰囲気が合川ママに同意するような流れになっている。二人がしょうもない言い争いをしているだけ、なんて雰囲気じゃない。この口論の責任は盛永パパにあるというか、悪い奴という評価が盛永パパの方へ傾斜配分されてるような、異様な空気になってる。
「私、知ってるんですよ。橿洲市に掛かる橋のうち、橿洲レインボーブリッジだけ州栄建設ではなく
「何が言いたい?」
「ですから、先ほども言ったでしょう? 橿洲レインボーブリッジの崩落は、『橿洲浄化作戦』によって衰退した州栄建設の復讐だと。あの時、下水流會と繋がってたことが発覚して、今や州栄建設は小さな雑居ビルの隅っこ。それに比べて、大代組はレインボータワーに大きな事務所を構えるまでに成長。それが、憎たらしくて憎たらしくて堪らないのでしょう? だから、このような凶行に及んだ。違います?」
「てめえ……!」
——んなわけあるか! 勝手なデマ抜かすんじゃねえ!
多分、盛永パパはそう言おうとした。けど、あらぬ来訪者がこの空気を一瞬にして止めた。
「もうすぐ始まりますよ」と柔らかい物腰で両者の間に割って入ったのは、あの合川愉詩だった。合川愉詩の落ち着き払った姿は、全身から迸る「きっとなんとかしてくれるだろう」という雰囲気は、さっきまでの張り詰めた空気を一瞬にして吹き飛ばしてしまった。
「今は、お互いに大切な何かを喪って悲しみを共有する時です。積もる話もありましょうが、それはまた今度ということで」
それだけ言って、合川愉詩は奥さんの手を取ってこの場を後にした。「主人のおかげでさっきまでの空気が変われたことを感謝なさい」と合川ママは、それだけ言い残して去っていった。
――なるほどね。
橿洲レインボーブリッジの崩落は、州栄建設の仕業と決まっていない。単なる合川ママの思い込みだ。盛永パパにはそいつを解く義務がある。けど、追悼会の開催という形でこの場を強制終了されてしまえば、その弁明の機会は失われる。けど、今ここで粘って喚くのは無理だ。だって、会の空気を壊してまで騒ぐだけの『迷惑な奴』という烙印を押されるだけだから。
結果、会場に残った『誤解』だけが一人歩きし、その場にいた誰もの間で『橿洲レインボーブリッジの崩落は州栄建設の仕業』だけが既成事実化される。しかも、ここには報道陣も来てる。この状況を放っておかないわけがないだろう。
「……おい、ウラウラ! さっきからなに笑ってんだ!?」
「はっはっはっはっはっはっはっはっは~~~~~~~~~!!」
笑いすぎて、途中から甲高い超音波みたいな音声出ちゃった。
「だってえ、だってえ、ふはっはっはっはっはっはっは」
実は、合川ママが盛永少年の生存を指摘した辺りから、あたしはずっと笑い転げてた。
「あの橋を落としたのは、あたしなんだよ? あたしが落としただけなのに、なんであいつは州栄建設の仕業だって勝手に思い込んじゃってるわけえ? 何を根拠に言ってたのかは分かったけど、だからと言っておかしすぎるでしょ。ふはっはっはっはっはっはっは」
「しょうがねえだろ。州栄建設ってデカい会社だったけど黒い噂もあるっちゃあったし、何より『邪神が雷落としたのが真実でした』だなんて、話が突飛すぎて誰も信じねえよ」
「にしても、マジで最高。ま、いきなり橋が壊れてたくさん死んじゃって色々辛いし、そんな乱れた心をなんとかしてやれんのは心地よく納得できる適当な理由なんだろうね。だから、ああいう場で訳の分からん憶測や出任せが飛び交い、全く関係ないもん同士で無意味に傷つけ合っちまう。もうね、嘘だとか真実だとかどうでもよくなっちゃう。
ああいう雰囲気がたまらなく好き。あの混乱の最中から、
「……結局、橋を壊した結果、ウラウラの思い通りの展開になり始めてるってわけか」
「そういうこと! あと、盛永少年があの時なんでいじめられてたのかってのも、分かってきた。あいつが腕っぷし的にも人格資本的にも力が無くて弱っちいとかカチュキと似た苗字してたからなだけじゃなかった。あいつの親は州栄建設の社員で、かつて州栄建設は
カチュキが眉を潜めてこっちを見たので、あたしは更に持論を展開した。
「合川ママは、州栄建設は下水流會と繋がってるようなこと言ってた。実際はどんなのしてたんかは知らんが、とりあえず住民達には嫌われてたのだけは事実だ。どれくらいかというと、トラウマ程度には皆の記憶に残ってて、むやみに庇ったら周りからそいつも敵と見做されてしまうくらい。そういう組織ってのは、手っ取り早く道徳的優位性を獲得したい奴にとって格好の獲物なんだ。
これは一般論として学んだんだが、「道徳性のある奴」「周りから頼れる良い奴」と手っ取り早く見做してもらえる簡単な方法って知ってるか? 叩いても怒られないぐらいの敵と見做した奴を叩き、敵の味方をした奴も同じように敵と見做していくやり方だ。今、州栄建設は、その手法の餌食となってる。世の中をより良くする為じゃなく、自分をより良くするために、州栄建設を生贄にしてる勢力がいるんだよ」
「なんだよそれ、もしかしてそれ、いじめじゃねえか」
「そ! 盛永少年がいじめられてたのも、さしずめ親世代が州栄建設の子供がいると知って『ろくでもねえところのガキがいる』とか呟いたのを子供達が真に受けて、クラス全体が『あいつは、州栄建設というろくでもない組織の子供』『だから、何をしてもかまわない』という空気に包まれてしまい、その空気を合川少年が狡猾に嗅ぎ取って利用しちまったのが原因さ。もっとも、『理由はそれだけじゃない』ってのが一番のミソだけど。ふっはっはっは」
「……なんというか、俺には上手く言えねえが、本来なら悪い奴をやっつけるってのは、世の中を良くするための手段のひとつであり、目的じゃないはずだよな。でもなんていうか、それが逆になってて、悪い奴をやっつけることそのものが目的になってる奴らもいるってわけか」
「まあ、そんな感じさ。そういう奴にとって、世の中を良くするというのは、悪い奴をやっつけるという目的を正当化させるための手段のひとつに過ぎないんだよね」
「この前、
追悼会は進み、宗教的な装束を纏った誰かがなんか叩いたり擦ったりしながら興味深い呪文を唱えてたり、主催者である合川愉詩と網谷頼盟がそれぞれなんか喋ってたりしてた。
で、肝心の参列者と言うと、合川ママはなんか勝ち誇ったかのような落ち着き払ったかのような優雅な佇まいで座ってるけど、盛永パパの方は全く納得してないようなイライラした雰囲気で座ってる。いかにも、
「で、どうするんだ、ウラウラ? 今から雷でもこの会場に落して、『橋を落としたのはあたしだー!』とかやるんか?」
「するわけねえだろ、バカタレが! 今はまだ、住民達の互いの不信感がもっと熟成するのを待つ時さ。で、あいつらの間でギスギスした空気が充満しきって、結束するには何もかも手遅れになった所で、あたし達が本性を見せてやるってわけ」
「マジか……。いかにも嫌らしいやり口だな」
「そういうこと。何事もタイミングだよ、タイミング」
かくして、追悼会が終わるまであたし達は終始こっそりと一部始終を見守っていた。終わるまで特に進展は無かったけど、得られた情報は充分だった。
何より、存分に楽しませてもらえた。やはり、橋を落としたのは正解だったんだ。ふはっはっはっはっはっはっは!
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