神の予言、外れちまったな

 この橿洲カシュシュの地で抗争が起きかねないことが明らかとなった翌日。今日も今日とて、情報収集のために変装して通りを歩いてる。


「なあ、ウラウラ、あのポスター見てみろよ」


 カチュキが指差したのは、通りに貼ってあった張り紙。内容はというと、


「なになに、『橿洲レインボーブリッジ崩落事故の犠牲者追悼会実施のお知らせ』……? 橿洲レインボーブリッジ? 何それ?」


「橿洲レインボーブリッジって、ウラウラがぶっ壊したあの橋だろ。あの事故で沢山人が死んだからな」


「ああ~! あの橋か!」


 思い出した。いじめられっ子を救う事態を招いた橋だ。楽しくて幸せな日常を台無しにしてやるために壊したはずなのに、まさかああなるとは思わなかったよ。


「事故で亡くなった人をまとめて慰霊するために、この追悼会を実施するんだろうな。しかし、たくさん人が死んだってのに、事故が起きてから一週間も経ってない間に実施するとは、主催者は仕事が早いなあ」


 あたしは、あれだけ犠牲者が出て一週間以内にお知らせが出ることが、実際に早いのか遅いのか分からない。まあでも、あたしが好き放題殺しまくった結果、町のが混乱してるってのは容易に想像できる。だとしたら、そんな混迷の中こんなイベントを催せるんだから、連中は大した手腕の持ち主なんだろう。


 ちなみに、主催者の欄には『網谷あみや頼盟よりちか』と『合川あいかわ愉詩ゆうた』——なんか、どっちも聞いたことある名前だな。


「ま、あたしらには関係ねえよ。カチュキ、行くよ」


 あたしがそれだけ言うと、カチュキは「お、おう」とだけ答えて付いてきた。


 ★★★


 道中、話題は絵美のパパになった。


「今頃、絵美の実家はどうなってんだろうな。哲太が言うには、修羅場になってるらしいが」


「全部、川島宗平あいつの自業自得さ。神の言葉を信じねえからバチが当たったんだよ。はっはっはっはっは」


「家が修羅場になってる理由は浮気だと思うけど、ウラウラが見た記憶だと、他にも賄賂貰ってたってのもあるんだよな。……警察に捕まってんじゃねえのか?」


「いや、カチュキ、それはあり得ないね」


 身体ごとぐっとカチュキの方へ向けて答える。この時にあたしの胸もぶるんと揺れちゃうのはご愛敬。はっはっはっは。


「絵美のパパが賄賂を貰ったのは、ERISの危険性を市や警察に報告した時だ。つまり絵美のパパは、市と警察から『ERISについては黙ってくれ』とされちゃってるってわけ。これがどういうことだか分かるう?」


「……? まさか、市も警察もERISに関わってるのか?」


「そういうこと。だから、ここで『絵美のパパが賄賂貰ったから逮捕!』なんてことしちゃうと、『この賄賂は誰から貰ったのか?』『なぜその組織は絵美のパパに賄賂を渡したのか?』という疑問が出てきて、結果として、カチュキの言う通り『市も警察もERISに関わっていた!』という事実に繋がっちゃう。これは、市や警察にとって絶対に避けなきゃいけないんだ」


「まあ、そりゃ、そうだろうな。危険ドラッグが広がらないよう取り締まるべき警察や行政が、あろうことか広める側だったとか、本来なら絶対にあっちゃいけねえからな」


「そ、だから、連中は絵美のパパを逮捕はしないと思う。逮捕はね」


「逮捕『は』……? なんだその何か含んでるような言い方はよ」


 カチュキは鋭いねえ。そんな彼に、あたしは黒い笑みを浮かべて、敢えてドスを効かせた低い声で答えた。


「連中が望んでるのは、絵美のパパの『自殺』さ。浮気がバレて修羅場になりました。私には妻子がいるのに若い女とセックスなんかしちゃったクソヤローでした。医者として、エリートとしての地位も信頼も全てを失いました。だから死にます。みたいなシナリオだよ」


 カチュキの顔から徐々に血の気が引いていく。


「絵美のパパを黙らせる手段は『逮捕』だけじゃねえのさ。浮気したって事実が町中や職場に広まれば、医者として築き上げられてた信頼は一夜にして跡形も無くぶっ壊れる。エリートとしての自負もプライドも、浮気したクソヤローとして家族や親戚や住民から責められ見下される毎日との落差には耐えられねえ。最後は、上司や職場が軽ぅ~く縁を切って孤立状態にしちゃえば、絵美のパパの精神は瞬く間にズタボロさ。すぐさま自分から命を断っちまうよ。


 後は、死人に口なし。賄賂の事実も、そこから更に繋がるERISと市や警察との関係も闇に葬られる。連中からすれば完璧なシナリオさ。はっはっはっはっは」


「連中は保身のためなら人一人不幸になったって構わねえってわけか。話は分かったが、なんて胸糞悪い……」


「そういうこと。だから、絵美のパパは捕まらねえよ。というわけで、この話はオシマイ。あ、そうだカチュキ、今度行ってみる場所なんだけどさ。カチュキの――」


 まさに、その時だった。サイレンを鳴らしながら、パトカーがあたし達の前を素通りしたのを。


 素通りってことは、脱獄した死刑囚を捕まえるためじゃ断じてない。別で何かしら事件が事故があったから現場へ向かってるってだけなんだろうけど、おかしいな。妙に嫌な予感がする。だって、


「あの車の向かってる方角、絵美の実家があるんだけど……」


 ★★★


 結論から言おう。


「神の予言、外れちまったな」


「のん!」


 これは、ショックのあまり大声出しちゃったんだけど、周りにバレないよう可能な限り抑え込んだあたしの悲鳴。


 あの後、あたし達はこっそりパトカーを尾行した。もちろん、あんな早い乗り物に徒歩で追跡とか無理だから、周囲に配慮しつつ飛んだよ。


 で、そのパトカーが近くに停まってたから、近所の家の屋根の上からこっそり一部始終を覗くことにしたんだけど……そこそこ立派な屋敷の表札に『川島』と書かれてた時点で、「あっ」って察したよ。


 制服を着た細身の集団が家ん中に入ったかと思いきや、程なくしてそいつらに連れられて白髪の老人が家から出てきた。


 絵美のパパだった。墓場であたし達に見せたあの厳つい雰囲気はどこへやら、信じられないくらい憔悴しきってた。浮気がバレた後は職場へも行けてなかったんだろうな。周囲から総スカンされて孤立した成れの果てがあれとは、凄まじいもんだねえ。


 あの後、パトカーは川島家の前を出た後、どっか寄り道すんのかなと見せかけて、まっすぐ警察署へ向かってた。ちょこっとばかし、近所の屋根から警察署の入り口を見張ってみたんだが、何の進展も無し。あたし達はその場を後にした。


 カチュキの言う通り、あたしの予想は外れちまったってわけだ。


 ★★★


「くぅ~~~~! なんでこうなった。このあたしが予言外すなんて。義龍聯合の壊滅後については、ダーク・ストリームという形で的中したのに、くやしいぃ~~!」


 ぐだりながら、あたしはカクテルのグラスをカウンターに戻して机を叩いた。


 あの後、館の食料が減ってることに気付き、適当に食料調達を済ませてたら日が暮れてしまった。貴重な一日がまるまる潰れてしまった。


 こういう何もかも上手くいかない日ってのは、適当な酒場でカチュキと一緒に飲みまくるに限る。てなわけで、あたし達は今、橿西地区にある居酒屋にいた。


 名は『橿湾亭きょうわんてい』。旧ポプラ街の入り口辺りにある小さな居酒屋だ。厨房をL字に囲うカウンターとテーブル席がいくつかしかない。壁紙は黒ずんでいる上に、張られたメニュー表の紙も色褪せてる箇所が多い。昔からずっと続いている古い店なんだろう。


 ま、そんな店構えのおかげか、なんか色々と緩くて、あたしやカチュキみたいな客でも難なく入れる。てかあたし以外にも、なんかいかにもな客が何人かいるしね。特に気になるのは、あたしの隣(カチュキの反対側)にいる客だ。


「あ~~~~~~、もう私が何したっていうんですか~~~~~~~」


 めっちゃ酔ってる。あたし以上に酔いどれてる。テーブルの上に置かれてる徳利の数がおかしい。一升瓶一本分を明らかに超えてる。あたしですらこんなに酒は飲まない。付き合いで飲んでくれてるカチュキですら、この量に引いてしまったのか酔えていない。


 性別は、あたしや絵美と同じ。歳は、見た感じカチュキや絵美、テダーよりも年下くらいで、女の子の域を抜けて間もない感じ。外跳ねのショートヘアが特徴的で、酩酊でぐちゃぐちゃになってるわりには、それなりに整った顔立ちしてる。


「お客さん、もうこれくらいにした方が――」


「うるひゃ~い! 今日くらいは山ほど飲ませて忘れさせてくださいよ。せっかく仕事したっていうのに、あんな扱いはあんまりじゃないですか。なんであんな仕打ち受けなきゃいけないんですか。詳しいことは言えませんけどね、あんなことをしたってのに、私たちがあんな仕打ちを受けるなんておかしいと思うんですよ~~!」


 管を巻いてて何を言ってるのかさっぱり伝わらん。ただ分かるのは、今日何かやったにも関わらず、それに見合わぬ悪い扱いを受けたのが不満だってことだけ。


 で、その後もアホみたいに飲んだ後、あたし達が気付いた時には——寝てた。カウンターに突っ伏して。


 これに対してまわりも店員も大して驚いてない辺り、この店ではよくある光景なんだろうな。で、ダメそうだったら救急車呼んで……って感じなんだろう。あたしもこいつには興味なかったし、うるさいのが黙ったから改めてやっと飲みに集中できるな。としか思えなかった。あの寝言を聞くまでは。


 ——まったく……いしゃがわいろもらってたなんて、だいもんだいじゃないですか……むにゃむにゃ……。


「——!?」


「さっきの聞いた? カチュキ?」


 あたしが確認すると、カチュキは首を縦に振った。どうやらあの寝言、あたしとカチュキだけにはバッチリ聞こえてたようだ。


 この居酒屋にいる他の奴らにとっては「なんのこっちゃ?」な話かもしれんが、あたし達にとっては聞き捨てならない情報だ。ちょいと、介抱するふりをして蒼い手をこの酔っ払いの頭に当てがって――。


「どうだ、ウラウラ? なんか分かったか?」


 カチュキの問いに、あたしはニヤリと口端を吊り上げて答えた。


「大当たり。こいつ、『あの時』現場に奴だ」


 こいつは驚いた。上手く行かない一日だと思いきや、最後の最後でこんな素晴らしいお宝と出逢えちまうとは! 


 というわけで、あたし達は店員に話を付けて、酔っぱらって寝たまんまのこいつと一緒に店から出た。こいつの分の会計? 館の大金を持ってる身からすれば、そんなのにすぎねえよ。はっはっはっはっは。


 さて、あたし達の居城で、介抱がてら色々聞かせて貰うよ。

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