力ある者は優しくなければならない

 翌日。


 いやー、ぶんどった住処が豪華すぎたおかげか分からんけど、課題初日の夜だってのにめちゃくちゃリラックスして寝れたわ。


 てなわけで、着替えとか洗顔とか色んな身支度を整えてリビング――『神と眷属の間』のソファでゆっくりしていると、もう一人の同居人が寝ぼけ眼で入ってきた。


「あ、カチュキ、おはよ~!」


「……」


 あれ? おかしい。全然、生気を感じないんだが。


「ねえ、カチュキ、痩せた? てか、朝なんだけど。せっかくのフレッシュな時間帯に、幽霊みたいな雰囲気で来んじゃねえよ。気分萎えるだろ」


「……うるせえな。ウラウラが早すぎるんだ。慣れねえ新居だったから一睡も出来なかったんだよ」


「なんだそりゃ? あんたの為に、この館のナンバー2の部屋あげたじゃねえかよ。あたしの部屋の次くらいに豪華な部屋だったじゃねえか。あれが不満かあ?」


「いや、あんな広い部屋、むしろ俺には不慣れだし」


「なんだよ、ただ単にあんたが貧乏人なだけかよ。てか、一睡も出来てねえってのもおかしいだろ。あんた昨日、わりとすぐに寝てただろ。寝たあんたを部屋にまで運んだの、覚えてんだけど」


「そうだっけか? そういえば、『あの』後すぐに目ぇ覚めて、その後ずっと寝れなかったんだが」


「『あの』後、か。あんた、善良そうな見た目に反して、けっこうスケベだったよな。ふっはっはっは」


 『あの』件を指摘した途端、カチュキが顔を赤くして目を背けた。


 この館、一階にかなり広い大浴場がある。恐らく、若手の構成員がまとめて身体を洗うように作られてたんだろうけど、住人が二人だけになっちまったから一気に広さを持て余しちまった。てなわけで、一人だけが入るには狭すぎるってんで、一緒に入ろうって提案したんだよ、あたしが。


 無論、最初はカチュキは驚いてたんだけど、その理由がまさかあいつの性があたし見てくれと対のもんだったからって分かったのは、それからずっと後の話だ。


 もちろん、何も起こらないはずもなく……。もちろん、カチュキからのを拒む理由は無かった。色欲という『カー』は、あたしにとって大歓迎だ。まあ、いくらカチュキに邪神との子を孕もうって魂胆があった所で、あたしの体質上そんなん出来るわけがないんだけど。はっはっは。


 けど、ちょいとハプニングもあった。


「……まさか、ウラウラが俺の『下』を見て鼻血、吹き出すとは思わなかったよ」


「そうだね。あたしも予想外だった。まさか、あんなにも――やめよう。思い出したらまた頭に血が上っちまう。おかげであの綺麗なお風呂場を、何度も汚しちゃったし」


 でも、あたしにとって一番驚いたのは、その後、カチュキが「あたしがなるべくカチュキの下を見なくて済む」やり方で進めてきたことだけどな。この次元のカチュキみたいな性ってのは、こういう行為にはどんな立場のもんであれ積極的になっちまうらしい。


 まあでも、こりゃ今後の悪事の参考になるかもなーって事後の余韻に耽ってた間、カチュキはぐっすり寝てやがった。仕方ないので、あたしはカチュキを念力で抱き上げ、カチュキの部屋に移してやった。で、今に至る。


「やめよう。せっかくの明るい朝にする話題じゃない。とりあえず、カチュキは色々ありすぎて、一晩だけじゃ疲れが抜けなかったんだ。時間をかけてゆっくり慣らしていけばいいよ」


 ここで、あたしは口端をくいっと釣り上げて話題を変える。


「しかし、顔もスタイルも完ぺきなこーんな美女を抱けて、しかも、豪華なでっかいこーんなお屋敷に一緒に住めてる。まして、あんたは殺人者だ。誰かを殺した極悪人が、こんな場所でのうのうと優雅に暮らしている。悪の初歩としては完璧だよな。ふっはっはっは」


「あのなあ、ウラウラ。俺は――」


「分かってる。皆まで言うな。あんたは無実だ。殺人なんて一切やってねえ。それは、あたしとあんただけが知っている真実だ」


「もう一人いるだろ。絵美を殺し、俺を死刑にした奴だ」


 殺された恋人の名を口にした辺りから、カチュキの眼に光が灯ってきた。まるで色褪せたモノクロ写真に、墨が入ってくっきりとしたような感じ。いいね! そういうの、あたし大好きだ。


「ふっはっはっは。そうだったね。あたしとしたことが、うっかり見落としちまった」


「で、ウラウラ。この次元のカー業魔奴カルマナを増やすって言ってたけど、今日はこれから何すんだ?」


「そうだね……。とりあえず、あんたの復讐に付き合う。心当たりややりたいことがあるなら言いなよ。あたしが付き合ってやるからよ」


「心当たり? 特にねえな。ただ——ウチに帰りてえ」


「うち? ああ、ここじゃなくて、あんたの実家ってわけね」


 なんでここで実家に帰りたいって言うんだよ。って思ったけど、こいつ、無実の罪で捕まって7年くらい刑務所にいたし、その前も安アパートで独り暮らしだったり恋人の家にいたりで大変だったんだよな。そりゃ、実家も恋しくなるもんか。


 というわけで、リビングを出発するんだけど、その前にカチュキに一言。


「待って。今のあんたじゃ捕まるよ。すぐにはカチュキって分からねえように、服装とかガラッと変えなきゃ」


 ★★★


 住宅地の広がる橿東きょうとう。ここに、カチュキの実家があるらしい。


「さてと、この辺のはずだが……」


 橿洲カシュシュの地――橿洲かしす市は大まかに分けると、橿北きょうほく橿東きょうとう橿西きょうせい橿南きょうなんの四つの地域に分けられる。詳しい地区や住所とかの話になるとさらに色んな名前が出るんだけど、橿洲カシュシュの地の住民は大体その4つで言った方が場所とか通じるんだとか。カチュキ曰く、大阪の『キタ』と『ミナミ』みたいなもんらしいけど、なんのこっちゃ!


 で、さっきから色々呟きながら、スマホとかいうわけ分からん機械をしかめっ面で弄ってるこの男——黒を基調とした高そうなスウェットで上下を包み込み、頭は豪快にオールバックにしてワックスで固め、茶色かかったレンズのサングラスをかめたこいつこそ、あのカチュキである。


 最初、カチュキは「これじゃあワルもんすぎんだろ!」と乗り気じゃなかった。なので「いや、かえって誰だか分かんねえよ」と返したらしぶしぶ納得してくれた。いやはや、雰囲気変わったねえ。最初に会った時とは全然違えよ。ふっはっはっは。


 ちなみに、あたしも似たような感じ。けど、下はぴっちりとしたスキニーで、上のスウェットはかなりダボっとしたやつ。自慢の身体の起伏は分かりにくくなっちまったが、返ってそれがいいだろ? はっはっはっはっは。


 もう一つ余談だけど、カチュキが手にしてるスマホとやらは、あの邸宅の事務室辺りからパクったもんだ。恐らく、義龍聯合の構成員が使ってたもんだろう。


 使い方? 昨日、警察官を殺した時に、そいつの悪事の記憶を見ただろ? そっから学べた。ちなみに、あの警察官の名は『小上おがみ慶爾けいじ』なんだが、なんとカチュキのスマホの電話帳にも名前があった。通話履歴も見たんだが、なんというかとか一切見られなかった。つまりはそういうことだ! なおさら殺すべきじゃなかった!


 さて、嫌なことを思い出してても辛いだけなんで、周囲を眺めて誤魔化すか。


「カチュキ、ここ家はたくさんあんのに誰もいねえな」


「平日の昼前だからな。みんな会社や学校行ってっから、この辺は大体留守だよ」


「へえ、……てことは、実家に帰っても誰もいねえんじゃねえのお?」


「いや、多分今なら、おふくろと妹が家ん中で寝てるはずだ。二人とも夜明けまで働いてっからさ」


「寝てるって……、誰かがいんのは分かったけど、寝てるとこ会いに行ってどうすんだよ」


「今は寝顔さえ見られればいいさ。起こしちまうかもしれねえけど。——ウラウラなら、カギを壊さずにドア開けるのって出来るか? それで中に入りてえんだが」


「誰に向かって聞いてんだ。あたしは神だぞ? カギを開けるなんて余裕だよ。……分かってる。皆まで言うな。壊さねえで開けるのも余裕だって言ってんの。ふっはっはっは」


 なんてやり取りをしつつ、住宅街を一瞥するあたし。アース次元の住民共は、こういう場所を居住地としてるんだね。これからあたしに隷属するだろう虫けら共の住処と考えると、なんかゾクゾクしちゃうね。ふっはっはっは。


 しかし、誰もいねえな。……いや、もしかするとそうでもないか?


「そういやカチュキ、妹いたんだな。仲いいのお?」


「ウラウラ、俺の記憶見てたから分かるんじゃねえのか?」


「あの時、あんたの記憶に鮮明に映ってたのは、恋人の絵美が殺されたのと、それがあんたの仕業にされてたことのふたつだ。妹がいて名前が鈴音すずねだってのは把握してたけど、あんたとの関係とか興味なかったから頭に入ってなかったよ。まあ、ポジティブそうなのは察せたけど」


「マジかよ……。まあ、俺にとって鈴音は、絵美と同じくらい大切な存在さ。俺なんかよりもずっと真面目で、でもこんな俺をずっと面倒見てくれた最高にいい奴なんだ。親父が死んでからも、おふくろと一緒に家と俺を支えてきてくれてさ。何度も迷惑をかけちまってたが、あいつには俺よりもずっと真っ当な人生を歩んでほしいと思ってる」


「ふうん。ま、あんたにとっての良心みたいなもんか。分かった。眷属の面子のため、もし会った時は特別に大人しくしといてやるよ」


「恩に着るぜ、ウラウラ」


 かくして、そんなカチュキの妹談義に花を咲かせながら歩いていると、あった。住宅地のちょっとはずれにある一戸建て――カチュキの実家だ。手前の表札にも『森長』と書いてある。そういえば、カチュキの苗字は森長だったな。ふっはっはっは。


「着いた。俺ん家だ……」


 カチュキが感慨深げに呟き、あたしが彼の後に続いて歩く。


 茶色いドアもなんか古臭い。絵に描いたような貧しい家だ。カチュキには悪いが、こんなとこに住んでる奴がいるのか? カチュキは気にしてないのか分からんが、庭だけでも荒れ方とか尋常じゃない。アース次元ってのは、長い間ほっとくだけでプランターが割れたり庭の土が掘り返されたりすることあるんか?


「ウラウラ、開けてくれ」


「遅いよ、カチュキ。とっくに開けた」


 ちなみに、今、家の扉に近いのはカチュキの方。


「はや……魔法かよ」


「こんなもんは所詮、金属と金属のさ。仕組みの理解も解除も瞬きひとつで余裕よ余裕。ふっはっはっは」


 とまあ、神に相応しい所業を披露して、あたし達は中に入る。


 って、カチュキのやつ、入って早々、あたしを置いて居間の奥へと進んじまったんだが。どうやら、中の人が寝てるからと「ただいま」と出たがる口こそ抑えられたものの、足の方は無理だったみてえだ。


 しかし、改めて玄関を眺めてみたけど、外もさることながら中もひどいボロさだな。壁にあるまだら模様ってあれカビだろ? 天井にまで埃が這ってるし、電灯には蜘蛛の巣が絡んである。なにより……なんなんだこの臭いもんが余計腐ったみてえな酷い臭いは。住民はこれなんとも思わねえのお? いくら邪神とてこれは――


「鈴音! おふくろ!」


 突然、居間の奥から叫び声がした。カチュキの声だ。おいおい、中で人が寝てるって言ってたのはカチュキだろ。そんなあんたがどうしてそんな大声を出しちまうんだよバカタレかあ。


 遅れて居間に入って早々、あたしは理解した。


 あたしのすぐ目の前で、カチュキは崩れ落ちるように膝を付いていた。そんな彼の目の前には、どえらいもんが天井からふたつもぶら下がっていた。


「……カチュキ、まさかとは思うけど、ってあんたの妹とママ?」


 あたしが問いかけると、呆然としたままのカチュキが、ちょっとだけ首をかくんと縦に動かした。


 簡単に言うと、あたし達が訪ねる予定だったカチュキの妹とママは、二人とも居間で首を吊って死んでいた。


 しかもこれ、死んでからわりと時が経ってる。虫が集ってるし、腐乱した時に出る体液みたいなもんの点々が足元に広がってる。隣の家にまで臭いが伝わってねえのが奇跡のレベルだ。


「なんで……なんでこんなことに……」


 カチュキのずれたグラサンの隙間から、大粒の涙が流れていた。そこにはもう、ワルの雰囲気で繕われたカチュキはいない。身内の死に悲嘆する、なんてことはないひとりの住民だ。


 一方のあたしはというと、死体の近くにあった何かが気になった。手紙だ。カチュキに読んでいいか訊こうと思ったが、今のあいつはそれどころじゃない。てかそもそも、邪神のあたしにそんな気遣いすべき筋合いはない。早速、読んでみる。


「これは……」


 わけの分からない黒い液体が邪魔したり、何かで滲んで読めない箇所こそ見られる者の、書いてあることは大体わかった。


「ウラウラ、それなんだ……?」


 カチュキがこっちを見たので書簡を渡す。中身をざっと読んだ途端、カチュキは紙を握りしめ、その場で蹲るようにして泣きじゃくった。


「なんでだよ……。なんで、みんなまで苦しまなきゃいけねえんだよ……。これもすべて、俺のせいなのかよ……」


 簡単に言えば、中身は遺書だった。死刑になって死んだであろうカチュキに宛てたメッセージだ。内容は大きく分けて二つ。カチュキが死刑判決を受けた後に彼女らを待っていた日々と、カチュキに対する想いだ。


 「凶悪殺人の妹および母」というレッテルとやらは凄まじいもんのようだ。どれくらいかというと、彼女たちを退け、距離を置き、虐めまくることの方が『道徳的・社会的に正しい行為』になってしまうレベル。おかげで彼女たちは、何の悪いこともしてないのに、勤めていた店を壊され、まともな暮らしひとつさせてもらえなくなったようだ。その毎日は、書いてある以上に凄絶だったみたい。


 でも、だからと言ってカチュキを悪く言う記述は一切なかった。カチュキが恋人を大切にしていたのは彼女たちも知っていて、カチュキが恋人を殺したという話は何かの間違いだと信じて疑っていなかった。どんな結末を迎えようと、自分達はカチュキの味方でありたいと書いてあった。


「おふくろ……鈴音……」


 カチュキは未だ泣いている。そりゃそうだよな。自分の知らない間に、家族が生き地獄を味わっていたんだから。しかも、自分は生き残ってしまったというおまけつきで。あまつさえ、運命ってのはさらにカチュキに容赦なかった。


 突然、サイレンの音が外から聞こえてきた。さっきまでの閑静な空気を切り裂くほどの音量に、あたしもカチュキも驚いて外の方を見た。


「警察だ。いっぱい来てる」


 カーテンの隙間から覗くと、警察の車が停まっていた。一台だけじゃない。庭どころか狭い通りを埋め尽くすレベルだ。しかも、一台一台が妙に大きい。前にカチュキを逮捕しに来た時、あんな車あったっけか?


「なんで、俺達のいる場所が分かった?」


 急な展開に追いつけず、カチュキは呆然としていた。頬に伝わる何かこそ残ってるけど、その顔はなんていうか、悲しみの果てに考えることとか一旦放棄した顔だ。


「多分だけど、地上に降りたあたりから、誰かがあたしらを張ってる気配はしてた。まさかそれが警察で、あたし達がなにか屋内に入った途端に一斉に出動させるためだったとは思わなかったけど」


 あたしが呟くや否や、かしゃっと音がした。カチュキだった。小さな団子になるくらいに、遺書を固く握りしめていた。


「……ふざけんなよ。また俺を逮捕するのか? 死刑囚として、脱獄囚として……」


 カチュキの拳は白くなるほど硬くなっていた。震えるほど感情が籠っていた。


「絵美を殺して、俺を死刑にして、おふくろと鈴音を散々苦しませた挙句、死なせやがって、その上、俺をまた逮捕だと……? ふざけんな! 俺達をどれだけ痛めつけりゃ気が済むんだ!」


 ずっとたまっていた理不尽への不満が、とうとう爆発した。そうだ。この時こそ、あたしにとって絶好の機会だ。


「カチュキ、あたしは、破壊や混沌や恐怖を担う悪の神だ。あんたの無実を証明して元の日常を返してやるってのは出来ないししたくねえが、あんたを取り巻く理不尽をあんた自身の手でぶっ壊す手伝いならしてやれる」


「?」


 あたしがカチュキに手渡したのは、紫水晶のような光沢を放つ塊。柄っぽい部分と刃っぽい部分がそれぞれある、石器時代のナイフみたいなもんだ。


 カチュキがそれを握ると、ナイフは姿を変えた。後にカチュキから教わるんだが、まるで『柄の無い短刀』のような形状に変わった。なんというか、刃がより鋭く、スマートになった。


「これは……?」


「あたしの次元じゃよく採れる、闇結晶で作ったナイフさ。持ち主のやる気に応じて、色んな見た目に変わる」


「……つまり、やれってことか」


「そうさ。ついでに、あともうひとつ――」


 ナイフを渡す次いでに言ったことを、カチュキは黙って聞いていた。


「——分かった。ありがとな、ウラウラ。おかげで、覚悟が出来た」


 やがて、カチュキは玄関へと向かう。


 扉を開ける音がしたので、あたしは窓から一部始終を眺めることにした。先に口を開いたのは、警察の方だった。


「森長勝幸! お前は包囲されている! 抵抗をやめ、大人しく投降しなさい」


「うるせえっ! 捕まえた所で、どうせ俺を死刑にするだけだろう? 俺は捕まる気も死ぬ気もねえ。今すぐ失せろ! 俺の目の前から消えるんだ!」


「これは最後の警告だ。こちらには発砲許可も下りている。抵抗するならば、こちらは射殺も辞さない。今すぐ投降しろ」


「警告? それはこっちのセリフだ! 今すぐ失せろ! こっちこそ、これが最後の警告だ」


 面白いことになってきたねえ。てか、あいつらには治安を守る者としての使命と矜持があるんだ。元死刑囚なんぞが警告したところで、大人しく要求受け入れてこの場をオサラバしてあげるわけねえじゃん。こりゃ、運命は決まったな。


「そうかよ。警告はしたからな! 失せないなら行くぞ! うおおおおおおおおおおおおお!」


 ——カチュキが玄関へ行く前、あたしはこんなこと言ったんだ。優しい口調でね。


「カチュキ、あんたに良い言葉を教えてやろう。『力ある者は優しくなければならない。力なき者は優しさとかの前にまず力を持たなければならない』


 ここで言う力ってのは、腕っぷしだけじゃない。財力、知力、魅力……自らの手で物事を動かしていくもんの総称だ。あんたにそれがあるか? 一度無実を勝ち取ったはずなのにまともな暮らしは出来ず、知らない奴に恋人を殺され、なぜかそれを自分のせいにされ、あまつさえ、そのせいであんたの家族も関係ない子供もみんな酷い目に遭ってしまった。なんでそうなっちまったか分かるか? あんたに力が無いからだ。


 よく『力ある者は優しくなければならない』とか言うけど、そんなもんは力あるもんの特権だ。力なきもんの優しさなんて、あいつからは何をやってもいい。何を奪ってもいい。みたいな『弱さ』でしかない。そんなもんは優しさなんかじゃない。


 とにかく今のあんたに必要なのは力だ。相手を脅し、傷付け、ぶっ殺せるほどの力だ。それがあって初めて、あんたは優しさとかそういうもんが出来る。だから、あんたはやらなきゃいけない。その手で、目の前にやってくる理不尽を全てぶった斬れ。あんたとあんたの大切なもんのために。やってやるんだ」


 あたしの言葉を受け取ったカチュキと警察達の戦いは、ほんの一瞬で終わった。


 一方的な戦いだった。数は警察の方が圧倒的だったし、向こうは銃とか使ってた。でも、そんなもんが致命傷を与えるとかいう常識は、カチュキにとっては眷属になる前の過去の話だ。カチュキの操る変幻自在の刃が、挑んでくる敵を次々とぶった斬っていく。


 あたしが外に出ると、血まみれの道路の上に立つカチュキの後ろ姿が悠然と目の前に映っていた。


 カチュキはあたしの方へ振り向き、唯一返り血の目立つ頬を拭ってみせる。カチュキの足元で、鋭利な刃で腕や脚を切り落とされた警官達が呻き声を上げていた。


「こういうことだろ? ウラウラ。こいつらの手足を斬り落とすなんて簡単なくらいの力があって初めて、俺にはこいつらを生かしてやるみたいな『優しさ』を与えてやれるってわけだ」


「まあ、……間違ってはいないね。合格だ。でも、生かしたままにしちゃうとか、ちょっと甘いんじゃねえのお?」


「なに言ってんだ。こいつらが生きてなきゃ、今の俺達に手を出したらタダじゃ済まねえってことを、一体誰が教えてやれるってんだ」


 カチュキが短刀を振ると、紫水晶のような刀身がにゅんと伸びて、地面を這っていた警察官の目の前に突き刺さった。そいつは近くに落ちていた仲間の銃を拾おうとしていた真っ最中のようで、今ので完全に戦意を失ったようだ。


「なるほどねえ。一旦、帰るかカチュキ。今日はお疲れ様」


 去る道中、あたしはずっとほくそ笑んでいた。


 哀しき復讐者、カチュキ。静かに憤る冷たい刃が、この次元に恐ろしき血の雨を降らせる。その先に待っているものが、次元にとって幸福なもんなわけがない。


 素晴らしい気分だ。あたしの目的を成し遂げるのに、最高の人材が出来上がったんだからな!

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