デカい家には重要なのが住んでいる
あたしとカチュキは今、
「なあ、ウラウラ、次はなにするつもりなんだ?」
「休む。こう何度も上手くいかないのが続く日は、なにもしないに限る。てなわけで、落ち着いて過ごせる拠点を探すってわけ」
「探す……? ちょっと待ってくれ。俺はてっきり、最初から既にどっかに住んでるもんだと思ってたんだけど、違うのか?」
「はあ? あたしは最初からこの次元にいたわけじゃねえんだけど。訳あって、活動拠点も現地調達なんだよ。ま、あたしの力を以てすれば、どっかを乗っ取るくらい余裕っしょ。ふっはっはっはっはっは」
「はあ、マジかよ……」
ため息ついたところで無駄なんだよ、カチュキ。これが、邪神のやり方ってわけ。
と、ある程度飛んでいたら、さっそく良さげな建築物を見つけた。
「ねえ、あれ、なんだか良くねえ?」
あたしが指差したのは、
そして何より重要な点として、デカい。しかも、豪華。遠くからでも見えるほど敷地面積も広い。とんでもない大豪邸だ。
「決めた。カチュキ、行くよ!」
「え、おい、ちょっと待っ、うわああああああああああ!」
なんだよ、まだ急降下には慣れてなかったのかよ。でも構わないね。あたしは、豪邸の庭に着地する。
正門を前にして改めて思う。なんて素晴らしい邸宅だ。一応、さっき飛んでた時も、誰かの住処と思しき建物はあらかた目を通してた。けど、どれもこれも安っぽすぎて奪う気すら起こらなかった。でも、こいつは違う。パッと見た程度では全貌すら分かんねえほどの大豪邸。あたしが住むに相応しい!
まあ、ちょっと気になるのは、敷地を囲ってる塀が妙に頑丈で背が高すぎるのと、庭に停まってる車の数が妙に多いのと、降りて早々、庭の警備が
「なんだてめえ! どっから現れやがった!」
めっちゃ荒々しい怒鳴り声で吠えてきたことなんだけど。
「どっからって、今空から降りてきたの、見えなかったのお? さては、バカあ?」
「あぁん!? なんだてめえ、どこのもんだか知らねえが、女とて舐めたこと抜かすんじゃね――」
ぱーん!
何が起きたかというと、目の前の強面さんがクラッカーみたいに破裂した。血とか肉片とかは飛び散らず、代わりに煤のように焼けて――なんて言うんだっけ、そうだ。灰燼に帰した。
「な!? てめえ、何をしやがった!」
「てめえ、どこのもんだ!」
「仲間に何しやがった!」
刹那、次から次へと罵声が押し寄せてきた。庭とか車の裏とか玄関とか、色んな場所に他の警備の連中が、一斉にこちらへ集まってきたからだ。
「勝手なことしやがって。生きて帰れると思ってんじゃねえぞ!」
着てるのはスーツとかジャンパーとかスウェットとか色々。あのファミレスにやって来た連中とは、雰囲気が似てるようで全然違う。なんというか、強面ばっかりだ。
「侵入者だ! 集まれ! ぶっ殺せ!」
「楽に死ねると思ってんじゃねえぞ!」
これほどの豪邸に、これほどの警備。住んでる主は、よっぽどこの町にとって重要な人物に違いねえ! 殺す価値も乗っ取る価値も十分すぎる! ふはっはっはっはっはっは。
「目の前でお仲間がド派手に散ったってのに、全くビビらないなんて大したもんだねえ。その強さを讃え、みんなまとめてぶっ殺してやるよ!」
あたしはバッと広げた右手の平に魔力を集約させ、真っ黒な球を生成させた。
「おいちょっと待てウラウラ、もしかしてここ……」
「やっちまえ!」と襲い掛かる強面の警備達に向け、あたしは真っ黒な球をかざす。
次の瞬間、屈強そうな警備の連中が、次から次へと朽ちた。先頭の奴から、身体の先端から水分が抜けて枯れ木のように干からびたかと思いきや、瞬く間に風化。燃えカスのような黒いチリに変わり、あたしの生成した黒球へと吸い込まれていく。
「なっ、なんだこい――うあああああああああああああああああああ!」
あの屈強な身体は、どんな敵をも殴り倒すほど強いんだろうね。あの強面なお顔は、どんな相手をも震え上がらせるほど怖いんだろうね。でもね、生身の生き物である以上、死や衰えが必ず訪れる存在である以上、あたしの『滅びの簡易魔法』からは逃れられない。衣服と共にその身体を朽ちらせ、まるで掃除機がゴミを吸い込むみたいに、黒い球の中へ吸い込まれていくしかないんだよ。
ん? そういえば、カチュキがなんか呟いてた気がするけど、まあいっか。てなわけで、お外の警備をあっさり殲滅した後は、玄関の扉を蹴破って内部へ侵入。
「邪魔するよ~」
入って早々、広いエントランスがお出迎え。ふっかふかの絨毯が敷かれた床に、天井には豪奢で巨大なシャンデリア。絶妙な配置で置かれてる高そうな壺やら何やら高級そうな調度品の数々……。こういうのを見るだけでも、住んでる主は、ただ派手で豪華な家に住みたいだけの単なる目立ちたがりなんかじゃなくて、センスや教養に溢れた高貴で重要な立ち位置の存在なんだって分かるよね。
え? 警護? いたよ。あたしを待ち構えてたつもりのようだけど、右から左へぐるーっと球を移動させただけで、みんな朽ちて消えちまったさ。ふっはっはっはっは。
さて、玄関も制圧できたので、優雅に内検するとしますか。
廊下はわりと入り組んでた。どうやらこれ、侵入者を意図的に迷わせる構造になってるみたい。セキュリティもしっかりしてるとか、よっぽど重要な主が住んでるとみて間違いないね。
高級そうな部屋があると思いきや、無機質な事務机が並んでるだけの殺風景な部屋もあった。家の事務や財務を担う誰かがいた部屋なんだろうか。そんなのを自宅に雇えるとか、金と権力が凄い主なんだなってはっきり分かんだね。
他にも、あたしが100人入っても余裕そうなくらい広い講堂も見つけた。ここで沢山の身内をかき集めて、主が壇上に立って色々話してたのかな? そういえば、別の部屋で沢山の武器っぽいものも見つけた。この講堂に集められる程度の人員に十分行き渡るレベルの量だった。どうやらここの主、兵力も割と優れてるみたい。
え? 警護は玄関以外にもいたんじゃないかって? いたよ。たくさんいた。シーツの埃みたいにそこら中にいた。でも、純白のシーツの上に乗っかった塵や埃を払うくらい、どうってことないでしょ? つまり、そういうことってわけ!
「待ってくれウラウラ!」
「もう、遅いんだよバカタレがあ。カチュキを待ちながら内検するの、わりと面倒なんだからね。——おっと、『龍の間』? なんだこれ」
声に出したくなるくらい気になるネーミングの部屋を見つけたんで、中に入る。邪魔するよ~。
もちろん、中には警護が――。いや違った。てか、あの部屋のドアが両開きな時点で大体察し付いてたんだけど、部屋と中にいる奴らの雰囲気が、他のとは全然違う。
まず、部屋。奥に高級そうな両袖机があり、手前に対面で配置されたソファと卓、端っこには適当な棚や観葉植物という、いかにも一番偉いのが使うって感じの設備と配置。何より一番目を引いたのが、奥にデカデカと描かれたマークみたいな何か――複数の長い龍によってぐるぐるっと円が描かれて、その中央に『義龍聯合』という四文字がドーンと書かれてる。
次に、いた奴ら。着てる服、振り撒いてる雰囲気からして、さっきまで相手してた奴らとは違う。特に、一番奥の両袖机の近くにいた奴。大柄な身体を黒いシャツと光沢のあるダブルスーツに詰め込んだ巨漢なんだが、貫禄からしてここの主だろ。で、その手前にいる色んな身なりの奴らは、さしずめ幹部連中ってとこだろう。
「もう来やがったか……!」
流石は幹部連中だ。さっきまで会った連中と違って、すぐに襲い掛かるような血の気の多い真似はしてこねえ。でも、そんなんどうでもいい。そもそもあたしは、ここにいる奴らにちっとも興味がない。強いて言うなら――
「奥のアンタ、この館の主だろ? 周りの奴らがあんたを守るように立ってるからすぐに分かる。部下に慕われてんだねえ、ふっはっはっはっは」
「お前は何者だ。目的はなんだ?」
「今から殺されるだけの奴に名乗る暇なんてねえよ。この次元をめちゃくちゃにする為の拠点として、あんたの館を貰うよ。ついでに、あんたの命もね」
この時、向こうはやっと察したようだ。あたしがここに来た時点で、こんな大豪邸なんてすぐさま差し出すべきだった、と。てか、あたしがこの部屋に入る直前まで、ここから避難するかしないかで部屋ん中でちょっと揉めてたの、あたし知らないわけじゃないからね。ドアの向こうからちょっと感じてたからね。
でも、あたしの標的にされた以上、逃げることは出来ねえ。どうもこの部屋の向こうに隠し扉があるみたいで、主と側近と思しき奴の二人がそこへ向かおうとしてたんだけど、あたしが生成した黒結晶の壁が床から迫り出してきて、そいつらの避難経路を塞いじゃった。
他の幹部共は次々に武器なりなんなり出して応戦しようとしてたみたいだけど、どれだけ強くったって、所詮、身体の基本仕様は今まで始末してきた奴らと全然変わらねえ。『滅びの簡易魔法』によって、主もろとも黒球の中に消えていってしまったよ。
制圧完了。他にも探索してない部屋とかあるんだけど、館の一番偉そうなのを始末したから一区切り付いたんじゃねえの? てなわけで、あたしは主の部屋にあった両袖机にある椅子に座って一休み。椅子の感触からして高級感しかねえ。これ、邪神の末裔たるあたしが座るに相応しい椅子だろ。あんな奴なんかが座るべき椅子じゃねえだろ、マジで。
「ウラウラ!」
少し遅れて、カチュキも部屋の中に入ってきた。
「遅いよ。なんで一緒に入ってこなかったんだよ。ここにいた奴ら、全員消しちまったよお」
「いや、まさかほんとに入っちまうとは思わなくて。——てか、この部屋、マジかよ……。部屋に誰かいなかったのか? ほんとにみんな、今まで見たいに消しちまったんか?」
「そうだよ。さっき言ったじゃんかよ。聞いてなかったのかよ、バカタレが。ここに主っぽいのが一人と、幹部っぽいのが何人かいたんだけど、みんな殺してやったんだよ。それだけさ」
「マジかよ」
カチュキが驚いた顔をしてる。いい加減、あたしの凄さに慣れてほしいもんだけど。
と、ここであたしは、カチュキの驚いた視線の先が、あたしを向いていないことに気が付いた。どう見ても、あたしの背後だ。正確には、この部屋の奥にあったあのマークみたいな何かだ。
「ここ、『
「でしょ~。……って、ギリュウレンゴウ? 何それ。あんた、なんか知ってんのお?」
あたしが眉を潜めると、カチュキは首を縦に振って答えた。
「詳しい名前は知らないけど、ここヤクザの本部だよ。ヤクザってのは、詐欺、恐喝、強盗、殺人、なんでもありのヤバい組織さ。ひとたび目を付けられたら最後、何をされるか分かったもんじゃない。とんでもない犯罪組織なんだよ」
「へえ、けっこう凄い組織だったんだ。ふーん」
つまり、そんなところであたしが何をしたのかというと、
「……は!?!?」
絶句。愕然。滝汗。慄然。
つまり、悪をもたらすためにやって来たはずが、町一番の悪の組織をぶっ壊してしまったと。なにそれ。悪の原点たるアンリ=マンユ一族の末裔として、一番やっちゃいけないことじゃん。
「さっきウラウラ、主っぽいのを殺したって言ってたよな? つまり、義龍聯合の会長を始末したってわけだ。犯罪組織の親玉を潰したとなれば、この町も結構平和になるかもしれないな。ウラウラ、これってかなり素晴ら――」
「素晴らしいわけねえだろ! あたしがどんな存在か分かってて言ってんのか! あたしとしたことが、邪神として一番あるまじきことしちゃったよ! ふざけんなよ! どうすんだよ、うわああああああああああ!」
この椅子は、いかにも何もかも得た者が座る椅子だ。今、そんな椅子に座っているあたしは、あたかも何もかも失ったくらいの勢いで悲痛な叫び声を上げるしかなかった。
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