良い奴だから殺す価値がある
あたしは今、カチュキと一緒にご飯食べてる。あたしはハンバーグ定食で、カチュキはエビフライ定食。あたしの次元にあるのと似たようなもんが、アース次元にもあるんだね。
「まあ、店の雰囲気も味も悪くないね。カチュキにしてはいい店選んだじゃねえのお?」
「まあ、ファミレスだけどね。昔、よく行ってたんだ」
「ファミレス――要は大衆食堂だろ? ま、カチュキならその手の店くらいが身分相応かなあ」
「悪かったな。俺には高級レストランの類に縁なんかねえよ」
一応、補足しておくけど、今のあたし達の服装は変わってる。いつまでもアース次元の雰囲気に場違いなドレス姿ってわけにはいかないし、カチュキに至っては囚人服だ。飯を食う以上、目立った格好のままでいるのは良くないよね。
あたしはパーカーワンピに裾からちらっと見える程度のホットパンツ。下は、厚底のショートブーツとショートソックス。ついでに髪形も地上の移動に邪魔だからお団子みたいに丸めてる。
カチュキは、無地のパーカーの上に黒いジャケット。ボトムは年代物らしいジーパンにスニーカーというラフな格好。髪形は、短いままだったし特に何もしてない。
これだけのもんを良く揃えたなって? いい服屋、見つけたんだよ。あたしがたまたま目に止めた店で、カチュキは存在すら知らなかったみたい。この町で生まれ育ったとか言ってたくせにね。
町の雑居ビルの一階が隣接するガレージごとまるまる店になっていて、店内にはデカい車が一台停まっていた。カチュキ曰く、その車は店の名でもある『
店内には、店主が一人だけ。店の雰囲気にあった小洒落た身なりの若い男だった。ウェーブのかかったセミロングの金髪と、黒い無精ひげ、そして丸いレンズの眼鏡をしてたのがやたら印象的だった。
で、店内のもんはどれも気に入っちゃったから、片っ端から籠に入れた。どうやって持ち帰るのかって? 後で詳しく教えてやるよ。
最後にお代、あたしは邪神だけど常識を弁えないバカじゃない。金こそ持ってなかったけど、きちんと支払ってやったよ。
『死』という代金をな。
あの店、ブティックという体で営業してたけど、奥には洒落たバーみたいなのがあった。そこまで念力で店主を持ち上げて移動し、どっぱーんと引き裂いてやったよ。手足と胴と頭だけになった店主が、店奥のバーを真っ赤に染めて大往生。なんとも派手な構図だねえ。ふはっはっはっはっはっはっは!
で、それだけだと飯に困るから、レジから金も全額頂いてった。
まごうことなき強盗殺人! なんだろう、アース次元に来て初めて、なんの嫌なオチもない悪事を成し遂げた気がする。ふっはっはっはっはっは。これが、悪の末裔ってわけえ。
その後、買ったばかりの服を身に纏って、このレストラン『
さて、あらかた食い終えたしシメのデザートも頼むか。と、顔を見上げたあたしなんだけど、さっきからずっと気になってるもんがある。
「てかさ、あれ誰なん?」
あたしが指差したのは、ファミレスの窓に貼られたポスターというか、顔写真。
この建物、一階が駐車場で二階がファミレスという構造になってて、窓に店名である『Rainbow Host』って書いて字がデカデカと書いてあるんだけど、そこに一杯貼ってあんのよ。おんなじ顔のポスターが。
「
「なに? カチュキ、知ってんのお?」
あたしが突っ込むと、カチュキは箸を止めた。
「ああ。小中学校で先輩だったから覚えてる。昔から凄い人なんだよ。成績優秀で運動神経も抜群! 生徒会長も務めてて、男女問わず人気者。先生からの信頼も絶大! 俺も憧れてた人だった。その後は何も知らなかったんだけど、まさか『レインボージャパン』の社長をやってるとは思わなかったよ!」
「ふーん、よく分かんねえけど、有名人だってのは理解した」
改めて、ポスターを見上げる。良さげなスーツでバシッとキメた清潔感ある身なり。切れ長の相貌と艶のある黒髪が特徴的な眉目秀麗の顔立ち。知的かつ教養に溢れ、それでいて内に秘めた情熱すら垣間見える風格。なるほど、確かに只モンじゃねえ感じなのは、あたしから見てもよく分かる。
ポスターには、そいつがこのレストランの経営してるグループのトップであることと、なんかよく分からない計画? について『市民の皆様、ご協力お願いいたします』みたいなことがデカデカと書かれていた。
「ねえ、カチュキ、あのポスターの右下辺りに書いてある『虹の都』計画ってなんだか分かる?」
「さあ、よく分かんねえけど、多分、これのことじゃないか?」
レストランのメニューとかが大体挟まってる場所から引っ張り出したのは、ラミネート加工が施された一枚のチラシ。『虹の都』計画について、すっごく簡潔に書かれてある。
「
カチュキの説明の通りだ。橿洲市ってのは『
なるほど、カチュキの言う通り、橿洲市を中心に周囲の町と合体し、巨大な都市を作り上げる計画のようだ。で、空いた箇所には、あの合川愉詩とやらの写真と、『虹の都』計画のメリットについて簡潔に書かれてあった。ぶっちゃけ、興味なかったから詳しく目は通さなかったけどね。
つーか、あたしにはそれ以上に気に障るのが2つある。
「カチュキ、この『
あたしは再び、あの合川愉詩のポスターを見上げた。
「あの煽り文句なに? 『神に選ばれた男』ぉ? なに言っちゃってんのこいつう?」
「まあ、合川さんは昔から凄い人だったから。神に選ばれたって言われるのも当然だと思うよ」
「あたし、こいつ選んだ覚えねえんだけど。つーか、選ばれたのが事実だとして、なに調子こいた顔してるわけえ? こいつはどう見ても『選ぶ側』の顔だ。仮に、こいつがどっかのしょーもねえ神から選ばれたのが事実だとするぞ? だとしても、それは誰かを好き勝手選ぶ権利にはならねえ。こいつはそれを勘違いしてる顔だ」
「おいおい、そこまで言うかよ」
カチュキは不満そうに答えたけど、あたしは口をへの字にするのみ。ま、好き放題コメントしてみたけど、それだけ傲慢な奴ってのは、あたしは嫌いじゃない。
その時だった。店に誰か来たなーってのは分かってた。なんかムキムキの身体を堅っ苦しい制服ん中にギッチギチに詰め込んだような奴らなんだけど、そいつらはあたし達の存在に気付いた途端、真っ先にこちらに近付いてきた。
「森長勝幸。よくもこんなところでのうのうと飯なんて食えたもんだ。そいつはお前のツレか? それとも、新たなコロシのガイシャにでもするつもりか?」
「脱獄囚の貴様をこれより確保する。参考人としてお前も来い」
開口一番にそんなこと言われるまで、カチュキは気付いていなかった。カチュキが気付いた時には何もかも手遅れで、そいつらは席に座ってるあたし達に複数人がかりで問答無用に掴みかかってきた。重要なことだからもう一回いう。あたし達だ。カチュキだけじゃなく、あたしにも掴みかかってきたんだ。
衝撃波。
あたしとカチュキを中心に斥力の波紋を発生。カチュキとあたしに触ってきた全ての警官を吹っ飛ばす。いや、それだけじゃ済まさねえ。池に石を投げ込んだら輪っかみたいな波紋が広がるだろ? それを一気に何個も投げ込んで無数に起こしたようなもんが、あたしの衝撃波だ。つまり、あらゆる方向から見えない力が一斉に襲い掛かる。そんなん、生身の身体がまともに食らったらどうなるか分かる?
ファミレスの床やテーブルに撒き散った、すんごい量の血とバラバラになった侵入者たち。落ち着いた感じの店内が、一気に真っ赤に染まっちまったよ。
「どこの誰だか知らねえけど、神と眷属に気安くに触んじゃねえっつうの。——ねえ、カチュキい、こいつらカチュキのこと知ってたような口ぶりだったけど、心当たりあんのお? ねえ、聞いてんのお?」
なんかカチュキ、あたしがバラバラにした奴ら見ながら呆然としてんだけど。
「警察だよ、ウラウラ」
「警察ぅ?」
「この町の悪い人を捕まえたりしてる奴らだよ。俺が脱獄したのを知って、捕まえに来たんだ」
「ふーん、つまり、この町の治安維持をしてる機関ってことお?」
「そうだよ。けど、いくらなんでも情報が早すぎる。脱獄は……デカい爆発が起きたから気付きそうだけど、俺達がここにいるのは、どうしてこんな早くバレたんだ?」
「どうだっていいよそんなの。重要なのは、こいつらが町の平和を守ってる奴らだってことだ。こいつらがいるから、町の秩序は保たれる。つまり、裏を返せば、こいつらが一人でも減れば……」
にやり。
気付いたんだけど、なんかまだ息がある奴が、吹っ飛ばされた『警察』の中に何人か残ってるみたい。特に目を引いたのが、あたし達の向かいの席に座り込んでる奴。カチュキをバカにしたような視線を向けていたそいつなんだけど、かつての面影はどこへやら、今や片足を吹っ飛ばされて虫の息だ。
「可哀想だねえ。なまじ図体がデカくて他の奴より体力があったばかりに、隣の奴みたいに一瞬で楽になれなかったなんてさ。ふっはっはっはっはっは」
あたしはそいつに寄り添いながら、右手を蒼く光らせる。
「あたしさ、昔から興味あることがあるんだ。あんた達みたいな世の平和の為に本気で働いてる正義の味方ってさ、死に際にどんなのを思い浮かべるんだろうなって。やっぱり、平和な町? そこで暮らしてる人達? それとも、恋人? 大切な家族? 嫁? 我が子? それとも、ママ? 見せてくれよ! 正義の味方が死に際に見せる素敵な記憶って奴をさ!」
そいつの額に手を当てた途端、目の前に映ったのは高価な執務机に座る中年の男だった。こいつの上司か? てか、なに貰ってんだ? 金? あれ? こいつの認識だとこの金は月一で必ず貰うもんとは全く別物らしいんだけど、どういうこと?
次に映った光景は、路地裏みたいな薄暗い空間。途中、悪趣味な柄のシャツ来た誰かが誰かを痛めつけてる光景を目にしたみたいだけど、こいつにとってそいつは怒るべき存在じゃないみたい。こいつが本気で怒ってる奴は別にいるようだ。
こいつがたどり着いた先で、誰かが仲間の手によって両腕を固定されている。で、こいつがそいつを目一杯ぶん殴った。悪い奴だからだろうか。いや違う。目の前にいるのは――身内だ。自分たちのやってることについて嗅ぎまわってるから、懲らしめて黙らせるために痛めつけてるんだ。——あれ? それって、悪いことしてんの、どっちだ?
続いて映ったのは、なんか高そうな家具やら照明やらで覆われた異様な空間。こいつの上司とかなんかよく分からない偉そうな感じの奴が、なんかドレス着た綺麗な接客役を間に挟みながら座ってる。で、なにか受け取ったみたいだけど、なんだこの注射器? こんなもん日常的に身体に刺してんの? ……え? てか待って? こいつの一番の無念って、こいつらが話してる『計画』とやらに交われなかったことなの?
それって……、つまり……、
「ふざけんな!!!」
現実に戻って早々、あたしは怒鳴った。
「てめえ、警察官とやらのくせに、死に際でもいいことした記憶全ッ然出てこねえじゃねえか! 誰だよ、
まわりの眼なんて関係ねえ。とにかくあたしにとって腹が立つのは、こいつがあたしが思ってたような正義の味方じゃなかったってことだ。あまつさえ、胸倉掴んでぶんぶん振り回しながら怒鳴ってたら、そいつテーブルにぶつけて砕けた後頭部からありったけの血を吹き出してくたばりやがった。まだ聞きてえことは山ほどあるってのに、勝手にあの世にトンズラこいてんじゃねえっつうの。
と、隣にまだ息のある奴がいた。同じように、ガタイの良い奴だ。右腕が無えんだけど、あたしと目が会った途端、さっきまでの勇ましい姿なんてなかったみてえにビビったツラで後退りしやがる。もちろん、逃がさねえけど。
「おいてめえ、あんたもあいつの記憶の中にいやがったな。てめえも、あいつの仲間なのか? 悪い奴なのか? そうじゃなかったら、残りの四肢をゆっくりと引き千切って、最後に首を引っこ抜いてやる。さあ、なんか言ったらどうだこの野郎っ!」
胸倉掴んで思いっきりビンタしてやると、そいつの頭は宇宙儀みたいにぐるんぐるんと回ったかと思いきや、そのまま床にポトリと落ちてしまった。
沈黙。さっきまでいた警察官とやらは、みんなバラバラになって死んじゃった。
「ああもう、怒鳴り散らしたらまた腹が減った。また最初からなんか食べたいんだけど。……ん?」
ここであたしの視界に入ったのは、こちらを見てぼーぜんとしてる――あたしに料理を運んできた店員。
「おい。追加でお替り持ってこい。腹にぐっとくるオススメの奴だ。今すぐ持ってこい!」
「……ふぇ!?」
今更我に返ったような態度に、あたしは余計に腹が立った。
「あんたに言ったんだよ。今すぐ飯持って来い! いいか、あんたはこのあたしに飯を持ってくる『良い奴』だ。ここでくたばっちまった悪徳警官とやらよりはずっと『良い奴』だ。悪の末裔たるこのあたしにとって、『良い奴』ってのは殺す価値がある。つまり、あんたはこのクズよりもずっとあたしにとって殺す価値があるわけだ。でも、あたしはあんたを殺さない。なぜか分かる? 今のあんたはあたしに飯をくれる役割があるからだ。さあ、殺されたくなかったら役割を果たせ! 今すぐだ!!」
あたしが怒鳴り散らすと、そいつは「ひぃ」とアホみてえな悲鳴を上げて厨房の方へ走り去っていった。
程なくして渡された料理(ジャンバラヤっていうらしい)を食べたあたしは、誰も何もほっといてカチュキと共に店を出た。
せっかく悪いことをしたはずなのに、実に後味の悪い結末だ。
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