壊したはずなのは幸せな日々

 カチュキとあたしで町の方へと飛翔してる。って、


「ねえ、カチュキぃー! 釣りたての魚みたいに暴れすぎなんだけどー!」


「いや、そんなこと言われたってさ! 高けぇーし! 怖ぇーし!」


 あたしの後ろでカチュキがじたばたしてる。見えない何かに操られてんのか、手足をばたつかせて慌てふためいてる。見てて可笑しいけど、身内がやってるのを見るとなんか「しっかりしてよー!」って気持ちになっちゃうよね。


 ま、そんなカチュキはほっといて、眼下の景色を飛びながら眺める。さっき壊した橋とか見てみる。いきなりぶっ壊されちゃったから、現場は騒然としてるみたい。


「ふっはっはっはっはっはっは! 見てよあれ! 車かな? 橋があった所の手前で、すごい数の車が立ち往生してる! しかも、こっちだけじゃない。対岸の方も車がたくさん止まっちゃってる!」


 ずらーっと車が並んでて、さらにそれらの車の周りでカチュキと同じようなの奴らが、崩壊した橋の跡を呆然と眺めるなり誰かに助けを求めるなりしてあたふたしてる。


「壮観だねえ。橋ってのは、川という大きな障害を越えて住民達を繋ぐために作られた叡智そのものだ。それが壊されちゃうだけで、こうも大きな混乱が起きちまうとは! まして、あの橋には破壊される間際にもたくさんの命が乗っかっていた。それが、瞬きひとつで橋もろとも川の藻屑に……! くぅーっ! この爽快感がたまらねえ。ふはっはっはっはっはっはっは!」


 と、カチュキの方を見ると、もう暴れてなかった。なんか、虚空で突っ立ったまま、冷めた目であたしを見てる。


「なに? あたしの身体になんか付いてる?」


「いや。あんた、そういう奴だったんだな」


「あんたねえ、あたしが誰だかまだ分かってなかったの? 邪神だよ? 邪神? それも、破壊するだけじゃない。破壊や殺生によって、世にさらなる不幸をもたらすのがあたしの役目。この橋でいったら、橋崩落そのもので誰かが死ぬのは勿論、大切なインフラがいきなり無くなっちゃったおかげでモノの流れまで止まっちゃった。これによる損害は絶大さ! 今この時にも不幸が生まれてるって思うと、笑いが止まんねえよ。ふはっはっはっはっはっはっは!」


 ん? なんかカチュキが冷たい目で見てんだけど。


「いつまでも引いた目で見てんじゃねえよ。あんたには、あたしと出逢うか、あのまま刑死するかのどっちかしかなかったんだ。こんな神に救われるんじゃなかった的な、贅沢なこととか思ってんじゃねえよ。てか、もう暴れなくなったじゃん。高い所にいるのももう慣れた? 良かったねえ」


 カチュキは釈然としていない様子だったけど、気にしない。さて、橋を落とした次は何しようかな。


 ん? なんか、河原に誰かが打ち上げられてるぞ? ちょっと、見てみよう。


「どうしたウラウラ? って、うわああああああああああ!」


 アホみたいな悲鳴を上げるカチュキと一緒に、倒れてる誰かの下へと急降下。そいつは、立ち上がった瞬間、目の前にあたしたちが急に現れちゃったことに驚いていた。


 男の子だ。あたしよりも背が低い。かわいいというよりは、カラダがぷっくらしてて弱そうって感じ。てか、それ以上に気になるのは、全身びしょ濡れで所々に生傷が見える所なんだけど。


「もしかして、あんた、あの橋の生き残りい?」


 顔をずいっと近付けると、男の子は怯えた様子で後ずさった。その様子ですぐに分かった。大当たりだ。


「へえ、あれで生き残るなんて運がいいね。その運の良さを賞していいこと教えてあげようか。あの橋を落としたのは、あたし! 多次元宇宙最大の邪神にして以下省略——この、アンリ=マンユ・ウラウラがやったのさ!」


きょとん顔。


「いや、こいつもかよ。あたしがやったって言ってんのに、なんでここの奴らは揃いも揃ってこんなナメたツラしやがるの? あたしがどんなもんなのかイマイチ分かってないよね。ほら、カチュキ、代わりになんか言ってやって!」


「え? なんでいきなり俺に振るんだよ!」


「眷属風情が口答えすんじゃねえよ。このガキに何か突っ込むことあるだろ。それ言や良いんだよ!」


「突っ込めって言われてもな。……そういえば、今日は平日だろ。平日なら、これくらいの子供は学校にいるはずだ。それがどうして、こんな川辺にいるんだ!?」


「わお、カチュキそれはイイ突っ込みだ。本来なら『相手は邪神なんだぞ、畏敬しろ!』とダメ出ししたいところだけど、あたしは優しいから大目に見てやろう。——で、あんたなんでここにいるわけえ?」


 あたしが顔をぐいぃと近付けて聞くと、男の子は一瞬怯えた素振りを見せた後に、ぽつりと一言。


「——で……」


「はあ? よく聞こえないんだけど!?」


「宿泊学習で……」


「シュクハクガクシュウ? なんだそりゃ?」


 あたしが眉をひそめると、代わりに答えてくれたのはカチュキ。


「宿泊学習? 要するに、学校でやる一泊付きの遠足みたいなイベントだ。楽しかったぜ」


 ふーん、そうなんだ。つか、なにその過ぎ去りし過去を懐かしむような喋り方……。まあ、あたしもそういう類の催しもんなら経験したことある。すごく楽しかった。で、この子も今まさにそういうのをやってる真っ最中だったってわけだ。でも――あたしが全部ぶっ壊した。


 にやり。


「へえ、楽しい楽しい思い出になるはずだったのに、何もかもあたしがぜーんぶぶっ壊しちゃったわけだ。ねえねえ、今どんな気持ち? 友達と一晩かけて楽しく旅してる真っ最中だったんでしょ? それがあたしのせいで何もかも一瞬で全部ぶっ壊されちゃって、今どんな気持ち? ねえねえ、今どんな気持ち? みんな死んじゃって、いなくなっちゃって、今どんな気持ち? ねえねえ?」


 意地悪な笑みに満ちた顔を男の子にぐいいと近付けるあたし。相手の幸せなひと時をぶち壊し、一気に地獄へと叩き落してやるこの快感、たまんないねえ! でも、ただ壊して終わりってのはつまらない。


 あたしは、腕を蒼く光らせた。


「そうだ。せっかくだから、あたしにも見せておくれよ。あんたの楽しかった思い出を、二度と帰ってこない幸せな日々を、あたしが壊しちゃった当たり前の日常を! 最後に辛くなったら殺してあげるから一緒に見ようよ! ふはっはっはっはっはっはっは!」


 悪意に満ちた笑い声をあげ、あたしは男の子の頭を掴んだ。


 情景が映る。ああ、ここがアース次元の学び舎か。なんか殺風景な場所だね。どうやらこいつ、机に座ってるみたい。


 ノートに名前が書いてある。『盛永もりなが樹希たつき』——モリナガ? なんか、つい最近聞いた名前だな。で、そのノートの裏面にデカデカと書いてあるのは、『死ね!』『殺人鬼!』……? は? こいつ、たいしてろくな悪事を働いてないのに? 強いて言うなら、容貌や仕草が浮世離れしてるくらいじゃないか?


 てか、似たような罵詈雑言が至る所に書いてある。他のノートにも教科書にも机にも――。それに、周りの子たちからは凄まじい悪意と侮蔑の視線を感じる。それも、『あいつには何をやってもいい』ってレベルじゃない。『あいつに何かやれるような奴じゃなければ、あいつの仲間だから死ね』みたいな、悪い同調圧力的な何か。


 しかも、それを束ねるはずの教員に対しては、これまた無力感と不信感を感じる。訴えた所で何もしない。それどころか、周りの子から酷い報復をされる。余計なことをするなという一点で、周りの奴らと利害が一致してる。そんな大きな脅威に、ちっぽけな盛永少年一人なんかじゃ太刀打ちするなんて出来るわけない。


 誰も味方なんていない。自分なんていなくなっちゃっていいじゃないかって思える日々。そして、情景が変わる。


 ここは、どこだ? バス? 座ってるのは真ん中の補助席のようだ。記憶によると、窓際希望だったのに何かの流れでこうなっちゃったみたい。


 後ろから蹴られてる。振り向くと、男の子がいた。クラスの中でも背が高く、年の割に大人びた風格の人物。盛永少年を蹴ったのはこいつか? 名前は、分かる。合川あいかわ十郎じゅうろうだ。


 盛永少年から湧き立つこいつへの恐怖。無力感。諦観。ああ、少年を痛めつけてる奴の主犯格か。


 せっかくのバス移動だってのに、騒音以上に聞こえるのは侮蔑や嘲笑。社内に充満は例の『こいつにはなにをしても良い』という空気。視界の揺れは車の揺れじゃない。ちょっかいをされたことによるもの。教員? なにもしないよ。件の余計なことをするなという子供と大人の不幸な一致があるから。


 次の瞬間、凄まじい衝撃が車内を直撃した。真っ黒な雷が近くに落ちた。


 後は、一瞬。視界の暗転。回転する社内。轟音。刹那に見えたのは、社内にまで迸る黒い雷。崩落と転落の感覚。流れてくる水。そして、気付いたら――何もない川辺。


 要するに――。


「てめえ、マジふざけんなよ」


 現実に戻ったあたしは少年を睨みつけた。


「なんだあのクソみてえな学生生活は! ガキなんだからガキらしく平和で楽しく過ごしてろよ。なんであんな毎日送ってやがんだ! あたしは、あんたの幸せな日常をぶっ壊すために橋落したんだ。生き地獄のような日々から解放してやるためにやったわけじゃねえんだよ!!」


「ああ、なんだ? 俺は記憶を見てねえから分かんねえが、要するにウラウラ、いいことをしたんだな?」


 かっちーん!


「うぉおおい。カチュキぃ、てめえ、今何言いやがったこの野郎ぉ? このあたしがいいことをしたあ? 邪神に向かって何言ってんだてめえ? 思ってもみねえこと抜かすんじゃねえぞお?」


「分かった。分かったから、身体をブリッジみたいなえげつない角度に傾けながら俺を睨むのはやめてくれ」


 いやするに決まってるだろが。もうこちとら予想外の出来事すぎて顔中に太い血管がビキビキ浮きあがってんだよ。そりゃ、頭が逆さになるほど身体のけぞらせてカチュキを睨みたくもなるよ。なあ?


「決めた。盛永だっけ? あんたの記憶の中にいたいじめの主犯を連れてきてやる。バスが橋から落ちたってことは、の中にまだいるはずだ。引っ張り出して、救い出してやる。覚悟しろよ。てめえに、ぬか喜びの苦しみを味わわせてやるからな!」


 というわけで、あたしは指差した川の中へとダイブ。無論、カチュキも連れて。


「って、待て、俺もかよ! 俺泳げねえよ! やめっ! 死ぬ! あばばばばばばばば」


 流れは穏やかな川だけど、ひとたび水面の下に目をやれば――そこにはあったのは、無数の瓦礫と死!


 まさに絵に描いたような大惨事だ。川底に横たわる大きいのは橋桁で、乱雑に刺さったり折れたりしてる大きくて長いのは橋塔かな? あと、車両や瓦礫片が寄り添うように辺りに散らばってる。そこから数多の死の気配を感じる。正直、見ててうっとりする。てか、


「ねえ、カチュキぃ、さっきからずっと暴れすぎなんだけど」


「何言ってんだ! 俺は水中じゃ息できねえんだぞ。死んじまったら、俺の復讐が出来なくなる。そうなったら、おまえ――!? あれ?」


 カチュキは急に冷静を取り戻した。どうやら、自分の身に起きてる事実に気付いて驚いてるみたい。


「おかしい。喋れるぞ? てか、全然息が苦しくねえ。吸って吐いてみたいなことしてるわけじゃねえのに、なんともねえ! 俺、どうなっちまったんだ?」


「カチュキ、あんたはあたしの眷属になったんだ。カー族の眷属になるってことは、もうアース次元にいた時の理を失うってのと同義。もう、『何々されたら死ぬ』みたいな考えなんて、持ってるだけ無駄なのさ」


「マジかよ……。だから俺、そいつみたいに水ん中で息できずに苦しむとかねえわけだ」


「そうそう。……え?」


 カチュキが指差した先にいたのは、バスの後方。そこから半身だけ身を出して、今まさに溺れんとしてる男の子がいた。


 すぐさま近付く。顔を見てすぐに分かった。盛永少年の記憶の中にいた、いじめの主犯だ! どうやら、出ようとしてるんだけど、下半身がバスの穴や内部の色んな突起物か何かに引っかかっちゃって出れないみたい。


 一応、バスの中にも誰かはいた。でも、みんな溺死か感電死か打撲か何かで死んじゃってる。生存者は目の前のこいつしかいない。だけど、こいつも今すぐ助けなきゃ死んでしまう。あたしにとって最も都合の良い生存者だ。助けなきゃいけない。


「こんなところですぐに会えるなんて! ちょっと体力があったばかりに、他の奴と違ってすぐに死ねずに苦しみ続けちゃうなんてかわいそう! 待ってて! 今すぐ助けてあげるから!」


 そいつの脇の下に手をやり、ぐっと掴む。そのまま、あいつがいた川岸まで思いっきり引っ張る。せーの!


 ぶちぶちぶちぶちぃっ!


 はい、あっという間に川岸。カチュキも一緒に到着。まだ残っていた盛永少年が吐きそうなくらい愕然としてる。まあ、そうだろうねえ。せっかくいなくなったであろう『こいつ』を、あたしが連れてきちゃったからねえ! というわけで、蘇生させるべく川岸に寝かせるんだけど、そういえばさっきなんか嫌な音がしたような……。


「いやあああああああああああああああああ! 下半身がないいいいいいいいいいいいいいい!!?」


 今更気付いた。こいつ、腹から下が、ない! なんか下からでろんと出てるけど、これハラワタか何かだろ。これ外に出ちゃって大丈夫なもんなん?


「なんで? なんでこうなってんの?」


「いや、ウラウラがさっき引っ張った時に千切ったからだろ!?」


「はあ? なんで止めてくれなかったんだよ!」


「そっちがいきなりやるからだろ! まさか、急に引き千切るとは思わなかったよ!」


「てか、ここで言い争ってる暇はないんだよ。とにかく、蘇生しないと!」


 あたしはそいつの顔辺りにしゃがむ。何すりゃいい? とりあえず、頬をパンパン叩いてみるか?


「ねえねえ、起きてよ。あんたバスから出られたんだよ? いい加減に目を覚ましなよ」


 ぺちぺち、ぺちぺち、


「ねえ、しっかりしてよ。下半身がないことくらいどうってことないじゃん。脚が無ければ生やせばいい。内蔵が千切れれば、また繋ぎなおせばいい。生きてるもんはそうやって自力で傷を癒してきただろ? その繰り返しをすればいいだけだ。出来るだろ? ねえ、起きてよ」


 ぺちぺち、ぺちぺち、


「起きてよ。ここにいるのはあんただけじゃないんだよ? あんたの一番のお楽しみも一緒にいる。あんたとそいつだけなんだ。起きてよ。ねえ、起きてよ。起きてよ。起き――」


 ぺちぺち、ぺちぺち、


「起きんかゴルぁあああああああああああああ!」


 どごしゃあっ!


 殴打。粉砕。飛び散る脳漿。転がる眼球。河原に飛び散る白い粒は、たぶん歯とか歯とか砂礫とか。


 や、やっちまったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!


「これ、もう無理……だね」


「てかウラウラ、もう身体が真っ二つになった時点でアウトだったと思う」


「うそでしょ。早く言ってよそれ。どんだけ脆いのこいつら」


 で、そんな呆然としてるあたしを見てる盛永少年の姿が、なんだか滅茶苦茶癪に障ってきて。


「なんだよ。なに見てんだよ。なに助かった気でいるんだよ。たまたま生き延びただけで、てめえなんて何一つ変わってねえんだよ!」


 あたしは、血に染まった右手をだらんと下げながら、たまりにたまった怒りを目の前のちっぽけな男の子にぶちまけた。


「出てけ! てめえみたいな力とか人格とか色んな資本に欠けた雑魚なんて、どこ行ったって一緒なんだよ! あんたの顔なんて二度と見たくない! 出てけ! ここから去れ!」


 盛永少年は逃げるように去った。河原の小石で何度も躓きそうになりながら、土手を一直線に駆け上がって走り去っていった。


 残ったのは、頭部と下半身の無い死体と、カチュキと、あたしと、猛烈な徒労感。なんだよ。せっかく悪事を働いたってのに、すっげえイライラしかしねえ。


「カチュキ。なんかイライラしたから腹減った。どこかいい店知らない? てか、なんであんたも気分悪いんだよ」


「いや、そんなえぐいもん見られて正気でいられるわけねえだろ。まあ、この町なら食いもんのある店なんて探せば見つかるだろ」


 かくして、あたし達もその場を後にした。




 

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