アンリ=マンユ・ウラウラは悪いことが出来ない

バチカ

邪神がアース次元に降り立つ

 悪の原初って知ってる?


 多次元宇宙最大にして最凶、原点にして頂点、悪の始祖とも呼ばれる邪神。名を『アンリ=マンユ』って言うんだけど、その一族の末裔があたし、アンリ=マンユ・ウラウラ。


 今、あたしが降り立った世界の名は、アース次元。まあ、降り立ってるって言っても、地面に足は付いてないけどね。邪神の末裔だもの、いちいち地面に足なんか乗せてやるかっての。はっはっはっはっは。


 で、アース次元を空から眺めてんだけどさ――


 青い空、燦燦と輝く明るい太陽、一面の緑、色んな背丈の建物が立ち並ぶ町。そこで秩序正しく暮らす住民。なんて美しくて秩序正しくて平和な世界だろう!


 クソみてえ……。


 こんな世界、今すぐめちゃくちゃにぶっ壊して、悪と混沌に満ちた暗黒の世界に塗り替えてやる。それが、この地にやってきたあたしの使命なんだからな!


 てなわけで、あたしは早速行動に移す。アース次元に降りる前から、あらかじめ決めてた計画があるんだ。


 しゅぱっと飛翔して辿り着いたのは、やたら背の高い石の塀に周囲を囲われた重ったるぅ~い雰囲気の建物。事前に調べた情報によると、ここは刑務所という建物で悪い奴らが収監された場所みたい。


 しかも、ここには『死刑囚』という最も悪い罰を与えられたのばかりがいるんだとか! 最も重い罰を受けたってことは、最も悪いことをしたってことだよね。もし、そんな場所をぶっ壊したらどうなる? 死んで償わないといけないくらいの悪さをした凶悪犯が世に解き放たれるんだ! そうなれば、付近に住んでる奴らは大変だ。悪者達が好き勝手に暴れまわり、安心も平和も脅かされ、永遠に苦しめられる! まさに、あたしにとって素晴らしい世界になるわけだ。


 というわけで、壊す。どうやるかって?


 はい、空から隕石がドーン!


 直撃した刑務所がドカーン! 硬そうなコンクリートの建物が木端微塵。周りを囲ってる塀も衝撃波で粉みじん。辺り一帯は炎の海に包まれ、施設中から聞こえてくるのは生きながら業火に焼かれる命の悲鳴、怒号。


 や、やりすぎたーーーーーーーーーっっ!!


 え、ちょっと待って。火はしばーらく待ったら収まったんだけどさ、刑務所が瓦礫の山に早変わりしちゃったんだけど。みんな押しつぶされちゃって、生きてるのが全然見当たらない。外にいるのは大体真っ黒焦げだし、瓦礫の隙間から肌が見えるなーと思ったら文字通り『腕だけ』だったり、なんか死屍累々になってない?


 こんなはずじゃなかった。悪い奴らを解放するために隕石落したわけで、悪い奴らを一掃するために隕石落したわけじゃない。ねえ、ここの世界の奴ら、ちょっと脆すぎるんじゃねえのお?


 と、落胆ムードで焼け跡をとぼとぼ歩いていたあたしの視界に飛び込んできたのは、瓦礫に半身埋まって意識を失ってる誰か!


 重たい瓦礫をぽいっと退かし、そいつを地面の上に寝かせる。息はしてる。五体満足。しかも、身体のほとんどに外傷は無し。そして何より、囚人服を着てる。つまり、悪い奴!


 性別は、あたしとは対のようだ。無造作に伸びた艶の無い黒髪で、無精ひげがだらしなく生えてる。でも、悪い顔っていうか不細工って印象はない。髭を剃って、ある程度髪形を整えてあげれば、案外イケてる顔になりそう。


 やがて、そいつは意識を取り戻した。


 目を開いて早々、そいつはびっくりした様子であたしを見た。そりゃそうだよな! だって、自分がいる刑務所がいきなり爆発炎上して意識を失ったと思いきや、事の元凶である邪神様が目の前に現れちゃったんだからね! よし、相手が驚いちゃってるっていう絶好の勢いに乗っかって、ド派手に自己紹介をしてやろう!


「ご機嫌よう、寝起きしたての哀れな虜囚! 我こそは、多次元宇宙最大にして最凶、原点にして頂点、悪の始祖たる邪神の一族、アンリ=マンユの末裔が一人、アンリ=マンユ・ウラウラだ! 以後、覚えておきたまえ。ふはっはっはっはっはっはっは!」


 …………。


「……」


 え? まさかの、きょとん顔?


「いやいやいやおいおいおい、無反応ってどういうことだよ、あんた。今、目の前にいるあたしが何者だか分かっててそんな反応してるの? 何そんな舐めた態度取ってんの? 神だよ、あたし? 神、分かる? それも、とびっきりの悪の神、邪神の一人なの。分かってる? あんたの目の前にいるのは、とんでもない邪神なんの。それ分かっててそんな態度とってんの? ねえ?」


 きょとん顔、変わらず。


「ああ、まあ、分かるよ。目の前にいるあたしが、神だなんてとても思えないんでしょ? だって、あんたん次元の知的生命体の雌と大して変わんない見た目してるからね。それも、成人ちょっと前くらいのとびきり若えのだよ。声だって幼すぎて凄味が全然ないっていっつも言われてるし、結構気にしてる。まあ、ガキと揶揄されるんのは甘んじて受け入れてるけどさ、ほら、よくあたしを見てみ? いいドレス着てるだろ? 髪も長くてサラッサラでしょ? ガキっぽいツラかもしれんけど、邪神の末裔に恥じない良い顔してるだろ? それにプロポーションも悪くねえだろ? ほら、上はぼいーんとしてるし、腰はきゅっと括れてるし、ここもぷりっとシマッてる。侮れねえカラダだって思わねえ? ねえ?」


 きょとん顔から平然の顔。つまり、ほとんど変わらず。


「……ねえ、ここまで言ってんのにノーリアクションとか、マジで舐めてんじゃねえのお? それとも、頭が悪すぎて理解できないだけえ? なら、分かった。すっげえ、分かりやすいのを見せてあげるよ。ほら、あの橋が見えるでしょ?」


 と、あたしは、ここからよく見下ろせる場所に架かる橋を指差した。乗り物が二列ですれ違ってるくらい幅が広くて、四本くらい天高く伸びた支柱が途中から生えてるデカくて立派な橋だ。


 指をパチンとならすと、真っ黒な雷がドーン!


 大破。支柱が全て倒れ、砕けた橋桁もろとも広い下流にドッパーン! そして残ったのは、何もない。橋なんてあった? なかったよそんなもん。


 あ、この一部始終を見た囚人の眼が見開かれてる! これ脈ありじゃん。このチャンス逃すな!


「これで信じたかな? あたしが、神だってこと。この刑務所をぶっ壊したのもあたしなの。つまり、その気になれば、そんじょそこらのもんなんて消し飛ばすなんて造作もねえってわけ。わかったあ? ふっはっはっはっはっは!」


 すると、囚人はちょっと眉をひそめた。


「……あんたが、なんだかとんでもねえもんだってのはよく分かった。で、そんな神様が、俺なんかに何の用だ?」


 やっと口を開いてくれたか!


「待ってたよ、その質問! 簡単だよ。あんた、死刑囚とかいう極悪人なんだろ? あたしは、そんなあんた達を解放しに来た。あんた達は、自由の身となったんだ! さあ、再び娑婆に戻ってやりたいことの限りを尽くすんだ。あんた達の行いは、この神の名の下に全てとなる! ふはっはっはっはっはっはっは!」


 そいつは、そっぽを向いた。


「いや、なんでだよ。なんでそんな態度取るんだよ? 悪くねえ、話だろ。何が気に入らねえの?」


 ……俺が何をした? 神様のくせに分からねえのかよ。


「ああ? ぼそぼそ言ってるだけじゃ聞こえねえんだけど? なんだって?」


「俺は、……何もやってねえよ!」


 俺は、何もやってねえよ。


「……はあ?」


 今度はこっちがきょとん顔になっちまったよ。いや、なるだろ。ここにきてそれはねえだろよ。


「何もやってねえ? それ、捕まった時とか裁判やってるときに、罰から逃れるために言うセリフだろ? なんで刑務所に入った後もまだそんなこと言ってんだよ。言うタイミングがおかしいんじゃねえのお?」


「だから、俺は何もやってねえんだよ!」


 なんなんこいつ。だんだんイライラしてきたんだけど。


「……あんた、あたしに無反応な態度取った挙句、今度はシラを切るなんて、マジであたしのこと舐めてんじゃねえのお? あたし、神だよ? 邪神だよ? 神の前で嘘つくとか、マジで意味ねえことすんじゃねえよ」


 あたしは右手を蒼く光らせた。


「あたしの力を以てすれば、あんたの記憶を見るくらい造作もねえんだよ。だから、あたしの前で嘘をつくなんて出来ねえ!」


 抵抗させる暇もなく、あたしはそいつの頭に蒼く光る右手をかざした。


「見せてみろよ! あんたがここに至るためにやった全てをさ!」


 次の瞬間、目の前に映ったのは死体だった。ここがどこなのかは分からないけど、見つけちゃったことで酷く動揺してる。こいつが殺しちゃったんじゃない。仕事で使ってる車の中に突然入ってたみたいで、愕然としてるんだ。


 この場合、治安維持を担う機関にすぐさま事態を報告することが義務みたいだけど、それ以上にこいつの脳裏に浮かんだのは、かつて暴行事件を起こして捕まっていた記憶だ。しかも、暴力を吹っ掛けたのは向こうが先で、その抵抗の結果捕まっただけという理不尽な思い出のようで。おかげで次に浮かんだのは、その機関に対するぼや~っとした不信感。素直に報告したところで、自分が疑われちゃうだけだろうな的な。


 で、悩みに悩んだ結果、こいつは死体を山に隠したみたい。でも結局、治安維持機関の連中に、人殺しの疑いで捕まっちゃった。まあ、裁判では無実と認められたようで、釈放された。


 でも残念なことに、裁判こそ無実と認めてくれたけど、こいつが住んでる世界ってのは、結果がどうなろうが『人殺しで裁判にかけられた』時点でこの世にいちゃいけない存在として忌避されちゃうバグがあるみたい。おかげで、こいつはまともに表を出歩けない状況になっちゃった。


 ん? 場面変わったけど、誰かの家の中だ。目の前にいるの、誰だろう。少なくとも、あたしみたいな体型をした綺麗な人だ。見てるだけでふわーっとする気分になる感じからして、多分、こいつの恋人かなんかだろう。まともな仕事すらありつけない自分の為に、住まいまで貸して色々と支えてあげてるみたい。わーお、こいつにはもったいないくらい素敵な存在だ。


 え? 部屋の様子が変わった。燃えてる! しかも、その恋人と思しき誰かが、目の前で死んでる! 全身、刃物みたいなので滅多刺しにされてる!


 誰かが来た。治安維持の組織だ。そいつらはそのまま、こいつを捕まえてしまった。目の前の恋人を殺した犯人として! 体内からアルコールが検出されたことから、酔った勢いで恋人を殺したという筋書きで!


 一度は裁判で容疑を切り抜けたけど、今回ばかりはダメだったっぽい。一度ならず二度も人を手にかけた。しかも、二度目は酔った勢いで恋人を殺した。そんなヤバい存在をこの世は許すわけなくて、こいつは死刑を宣告された。


 でも、こいつには記憶がない。最初の殺人も、疑われてるだけでこいつが殺したわけじゃない。恋人だっていきなり目の前で死んでただけで、こいつが殺した記憶なんてない。酔って飛んだからじゃない。こいつの恋人に対する感情から察するに、殺そうなんてとても思えるわけがない。


 つまり、


「シロだねえ……。ほんとに、なにもやってないねえ……」


 あたし、ぼーぜん。


 なんてこった。こいつの言ってることは本当だった。


 なんだよ。極悪人を世に解き放とうとして、間違えてみんな死なせちゃって、唯一生き残ってたのが無実の罪って……。こんなバカみたいな話、ないじゃん。


 ん? どうも、頭を抱えていたのは、あたしだけじゃないみたい。目の前の囚人も同じ様子だった。


「……くそ! 忘れたかった記憶だったのに! よくも蘇らせてくれたな! おかげで気分が最悪だ!」


「ああ、そりゃどうも。最悪の気分にしてやるのが、邪神の務めなんでね!」


 嗚呼、皮肉を言ってる場合じゃないぞ、あたし! 予定が思いっきり狂っちまった。これからどうすればいいんだ?


 なんて悩んでると、今度は囚人の方からあたしに喋ってきた。


「なあ、あんた、神なんだろ? 俺の記憶を見たんなら分かっただろ? 俺が何もやってねえってこと。神なら、俺の無実を証明してくれ。なにもやっていないって世間に証明してくれよ!」


「断る」


 即答。


「あのさあ、あたしがなんだか分かっててそんなお願いしてんのお? 邪神だよ、あたし? この世を悪くするために、ここ来てんの。そんなあたしが、あんたの無実を証明する? 司法の間違いを正して、世の中をより良い方向に正して、あんたやあんた以外の住民を幸福にしろとでも言うの? 冗談じゃない。そんなんあたしのすることじゃない。やらないよ」


「なら……なら、俺の復讐を手伝ってくれ!」


「復讐?」


「そうだよ。復讐だ。改めて確認するけど、あんた俺の記憶を見たんだよな? なら分かるはずだ。俺は恋人を殺され、俺自身も無実の罪で死刑になった。こんな理不尽な話あるか! だから、真実を明かし、俺の恋人と俺を殺した真犯人を突き止めたい。そして、この手で――。だから、その手伝いをしてくれ! この復讐を、あんたの名の下に全てにしてくれよ!」


「なるほど……なるほどねえ」


 ちょっと思案。待てよ? 復讐となると、それも恋人と自分自身が死んだことに対する報いを与えるとなると、少なくとも誰かが死ぬ結末になると簡単に想像できる。


 まして、復讐の対象となるであろう相手は、死刑とかいうデカい力を以て誰かを死なせることが出来る奴だ。真犯人とやらは、社会的な影響力もそれなりにデカい奴に違いない。無論、殺されたとなれば、その影響もデカいだろう。当然、良いものだけなわけがない。必ず、悪影響が出る。それも、決して小さくないレベルの。


 そもそも論として、殺されるのが誰であれ、誰かが殺されることによって世の中がより良くなるだなんてもんは錯覚だし。


 となると――あれ? もしかして、こいつの復讐に付き合った方が、あたしがここに来た目的を効率よく果たせるんじゃないかあ? なんか、そんな気がしてきたぞ?


 にやり。


「……いいだろう。それなら飲める。共に果たそうじゃないか! あんたと、あんたの恋人の敵討ちってやつをさ!」


 囚人の顔が少しだけ明るくなった。


「さて、一緒に行動するんだから、改めて互いの呼び名とか決めなくちゃいけねええよな。あたしは――」


「ウラウラだろ? アンなんとか、ウラウラ。だよな?」


「アンリ=マンユ・ウラウラな。ウラウラって呼んでいいけど、アンリ=マンユ一族くらいちゃんと言えよ?」


「分かったよ、アンリ=マンユ一族のウラウラさん。で、俺なんだけど――」


「あんたの記憶を見たから、名前は分かってるよ。モリナガ・カツツツキ、いや、カツツユキ? カユツキ? カチュユキ? ええと」


森長もりなが勝幸かつゆきだ。俺は、勝幸だよ」


「そうそう。カチュチュキ。じゃなくて、カツツキ、いや、カチュキ、カチュキ――ああもう、呼びにくい名前しやがって! カチュキでいいよ、カチュキで! 今日からあんたはモリナ・カチュキだ! 決定! 神が決めたから、それで決定!」


「ええ……?」


「なんだよ、困惑したツラしやがって! あんたが呼びにくい名前してんのが悪いんだろうが!」


 ごり押しするあたし。また眼を真ん丸にした囚人――カチュキだけど、なんか一息ついて自嘲的な笑みを浮かべた。


「まあ、カチュキでいいか。森長勝幸は死刑で死んだ。生まれ変わった名前に相応しいかもしれんな、モリナ・カチュキとか」


「なに? 納得してくれたの? まあ、ならいいんだけど。じゃ、さっそく始めるか!」


「始める? それってどういう、ってなんだなんだなんだああああ!?」


 カチュキが驚いたのは言うまでもないよ。あたし今、宙に浮いたんだけど、カチュキも一緒に浮いたから。念力のひとつやふたつ、神の力を以てすれば造作もねえってわけ。


「あんたはあたしの配下になったんだ。あたしと一緒に行動する以上、それくらいで驚かれると困るんだけど」


「ああ、分かった! 分かったけど、慣れるのに時間はくれ!」


 というわけで、あたしとカチュキは一緒に宙を飛び、刑務所跡を後にした。


 かくして、あたしの悪の進撃とカチュキの復讐劇が始まったってわけ。これからこの世をめちゃくちゃにしてやるさ! ふはっはっはっはっはっはっは!



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