いよいよ明日なのです!!!


 俺と琴崎先輩はとりあえず公園まで走って逃げてきた。

 

「ハアハア……しっかし琴崎先輩、危ないじゃないですかあんな奴らを注意するなんて」

「結局貴方に助けてもらうことになってしまった。ごめんなさい、私は馬鹿だわ」

「そんな悲観的にならないでくださいよ! 生徒会長としてそういうのは見過ごせないって気持ち、俺なんとなくわかりますから」

 

 いろいろあったのにも関わらず、話す切り口が思いつかず、二人の間には沈黙が続いていた。

 

「新城くん、その眼鏡返してくれる?」

「あ、すみません」

 俺は手に持ったままになっていた琴崎先輩の眼鏡を返す。

「いえ、あなたが拾ってくれなかったら捨てられてたかもしれない」

「そ、そうですか……」

 

 ふたたび沈黙が続く。琴崎夕海は三年生の先輩だ。

 気軽に話せる相手ではないからどうしても沈黙が続いてしまう。

 これが飛島だったら一方的にあいつが喋るから沈黙にはならないし、紅音だったら喋りやすいから俺が黙ってることもないだろう。

 

 ……。

 暇だったから俺は無意識にブランコで遊んでいた。

 それも、全力で立ち漕ぎしていた。

 

「パンツ、見えてるわ」と琴崎先輩が言う。

 そういえば俺はスカートだったのだ。

「い、いやん……」

 

 俺は恥ずかしくなってブランコをやめる。

 公園は気まずい雰囲気が漂っている。

 

「そういえば新城くん、変身できるのね」

「あ、それをまだ説明していませんでした」

「なんとなく聞いたことがあるわ。私達の学校には魔法少女が居るって噂をね」

 

 魔法少女の噂? しかし俺が魔法少女の姿になったのはつい昨日だぞ。

 というか俺は魔法なんて使ったことないから厳密に言えば魔法少女でもないんだけどな。

 

「これ新城くんにあげるわ。助けてくれたお礼」

 琴崎夕海はそう言って俺に小さな透明な石を渡してくれた。

「この石は何です?」

「飛行石、って言うらしいわよ。とある指輪につけると空が飛べるようになるって。架空のお話みたいだけど、大学教授をやってる祖父が言うから信じて良いと思うわ。でも、その指輪ってのはなんなのか私はよく知らないんだけど」

「多分、これのことですかね?」

 俺は琴崎先輩に自分の持っているアクセスリングを見せた。

「あ、くぼみがある。多分そこにつければいいと思う」

 俺は指示通り指輪のくぼみに琴崎先輩から貰った飛行石なるものをはめてみた。

 その石は指輪にそういう設計であるかのようにジャストフィットした。

 

 その飛行石のついた指輪を俺は手にはめた。

 周囲が光に包まれ、その光が収束していくと俺の姿は女の子になっている。

 

「本当、凄いのね。男が女に変わっちゃうなんて」

「俺も不思議でしょうがないんですけど、なんか不思議なことに女になれちゃうんです」

「ふーん。じゃあ明日開催されるマギアゲームにも出るわけ?」

「それはわかりません。俺自身、自分が魔法少女扱いを受けているのかわかりませんから。だって、魔法なんて一つも使えないですし……」

「ねえ、その石に力を集中させてみて」

 

 石。指輪についている飛行石。

 俺は琴崎先輩に言われたとおり、リングを見て力を集中させてみる。

 しかしこれといった反応はない。

 

「多分だけど、指先に力を入れてるようじゃ駄目ね。魔力をそこに集中させないと」

「魔力?」

「私も詳しくは知らないけど、多分心で感じ取るものよ」

 

 俺は自分の心の中に魔力が存在するのかどうか自問する。

 しかし答えはわからない。

 だけど、俺の胸の奥底にひっそりと「何かよくわからないもの」が蠢いている気がする。

 謎の物体からのメッセージはわからない。しかしその物体は青く光る。

 

 心の中にある青い炎のようなものが燃え上がって揺れ動く。

 不意に、俺の体がロケットで打ち上げられたかのように急速で上昇し始めた。

 俺は空を飛んだのだ。

 なんでかって? 魔法でだよ!!!!!

 

「いい感じに空飛んでる」と琴崎は感心してスマートフォンを取り出して俺の写真を撮った。

 機械を使わずに生身の体で空を飛ぶ珍しい光景はしっかりとレンズに収められたようだった。

 

 俺の体は真上に向かってぐんぐんぐんぐんと上昇していく。

 このペースで上昇を続けていれば宇宙空間に到達してしまうのではないかと思ってしまうほどだ。

 しかしその心配は無用だったようで、俺の体は然るべきところで止まり、上空から見る街の景色は美しかった。

 まず公園が目につく。まだあの三人は倒れているらしかった。まさか、死んでないよな? 死んでたら俺犯罪者だぞ。

 上空で俺の不安は俺の体がそうなったように、ぐんぐんぐんぐんと心に上昇し始めた。

 しかし遠目から一人起き上がっているのが見えて俺は安心した。ちゃんと生きてた。

 でも危ないところだったぜ……。

 

 俺は精神を集中させ、ゆっくりと下降していく。

 着地の間、これで自由落下したらどうしようという恐怖に俺は駆られた。

 しかしリングの力のおかげか何事もなく着地することができた。

 

「どうでしたか、俺? 上手く飛んでましたか?」

「ええ、飛んでたわ。パンツ丸見えだったけど」

 

 ……。

 おい、ちょっと待てよ?

 琴崎先輩は俺を下からスマホで写真に撮った。

 しかし下から見たら当然パンツなんてものは見えてしまうわけで、というか琴崎先輩も見えたと言ってるわけで……。

 

「あの、さっきスマホで俺の写真撮ってましたよね?」

「うん、撮ったわ」

「それちょっと見せてもらえませんか?」

「無理」

 

 無理と言われたらしょうがないか。

 いや、しょうがなくないか? ん?

 ちょっと待てよ!? 絶対しょうがなくないよな!!!

 だって俺がパンチラしてるところが写ってるんだぜ? それをネットでばらまかれたら大変なことに!!

 まあ、この人に限ってそんなことはしないと思うが、気持ちの上でやっぱりモヤモヤするじゃないか。

 たまたますれ違ったりとか、ちょっと挨拶したりする度に「あ、この人俺のパンチラ画像持ってるんやったなあ……」ってなるんだぞ?

 それは生きてて辛いよな。学校生活が辛い、じゃないよ。生きてて辛い。わかるかい?

 ということで俺はここは何が何でも交渉によってその画像を削除させねばならんのだ!

 

「そこをどうにかして見せてくださいよ!!」

「じゃあ私を宙に浮かせてくれたらいいわ」

「宙にって、どうやって?」

「浮く時に手を繋いでくれればイケると思うわ。でもガッチリ掴んでもらわないと私大変なことになっちゃうわ」

「ものすごくリスキーなことですけど、やるんですね?」

「ええ」

 

 俺は琴崎先輩の腕をがっしりと掴んだ。それは自転車のハンドル並の細さで丁度握りやすかった。

 だからその握りやすさに乗じてついつい力が入る。

 

「新城くん、今私ものすごく痛いんだけど?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 怒られたくはないので緩く握り直す。

 

「そんなに緩かったら私が落ちちゃうと思うの」

 

 結局怒られた。なんだろうな、これ。

 加減ってのがつまり世の中では最も大切なことであって、それができる人間=器用、できない人間=不器用ってことなんだろうな。

 その基準でいくと俺は断然不器用の側にいるわけで、不器用だからこそ俺は怒られたわけだ。

 だったら俺が言うべきセリフは決まってるじゃねえかぁ!

 

「不器用ですから……」

「あら、そう?」

 

 スベッた。

 というか普通に返答された。なんだこりゃ?

 俺は悔しくなって琴崎の手首をがっしりと掴んだ。

 リングにはめこまれた魔法石が光る。

 今なら空なんて自由自在に飛べそうな気がした。

 何故そんな自信が俺に湧いてくるのかはわからない。

 でも、確かに俺の心の目には「何かよくわからないもの」が見えるのだ。

 見えているそれは俺を空へと導いているようだった。

 俺はその何かよくわからないものを信じて空を見上げた。

 全身に力を込めてその見上げた空を目指す。

 

 感じる。

 ふわっと体が軽くなっているように感じる。

 感じる。

 これが魔力というやつか?

 フィジカル的な魔法の実感。これは女体化した時よりも遥かに深く感じるのだ。

 一回目飛んだ時よりも自分の体は空を飛ぶことに適合しているようだった。

 

「琴崎先輩、俺飛びますよ!」

「いいわ、飛んで!」

 

 スッーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 さっき飛んだよりも明らかに速く体は空へと向かっていく。

 行き着いた先から見る景色は自分たちの街が点の集合体にしか思えないほど遠くなっている。

 上昇している力のおかげで琴崎先輩の重みは感じない。まあ重みはそこまで無さそうなスリム体型だけどな。

 

「凄い、こんな上空まで飛べるなんて新城くんは本当の魔法使いなのね」

「先輩がくれた石のおかげですよ! 本当に俺が貰ってよかったんですか?」

「うん、いいわ。親から言われてるのよ。大切な人にそれは渡しなさいって」

「へ? 大切な人?」

「そう、好きな人」

 

 え???

 ぱーっと全身の力が抜ける。

 当然、飛ぶ力も無くなる。

 反発する力を失い、俺達の体は自由落下する。

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 さっきまでは点の集合体にしか見えなかった街が突然巨大化してくる。

 つまり地面と俺との距離が近づいていく。

 もう駄目だ。俺は意識を失いそうだった。

 

「新城くん! しっかりして!!!」

 

 琴崎先輩が叫ぶ。その言葉に俺はハッとさせられる。

 寸前のところで体中にふたたび魔力の実感が湧いてくる。

 その力を頼りにギリギリ落下する体にブレーキを掛けた。

 

 ピタリ、と体が止まる。

 そしてゆったりと地面に着地する。

 俺と琴崎先輩は無事だったのだ。

 

 ふーっ、危なかった……。

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