第三話 (16) 修羅の道

 山森勘助は、その右眼を細め、笠原城を見ている。

護衛も付けずにただ一人、床几を持って笠原山の対面にある山へと登り、今、座って腕を組み、その城を睨んでいる。


(あの城は、将兵の精神だけでこうして抵抗している)


 既に水の手は取っている。降伏をしてもおかしくはないはずであった。しかしながら、彼らはなお士気を衰えさせることなく、勘助たちと戦いを続けている。


(武郷への恨みか)


 彼らがこうして必死に城に籠るのは、武郷軍が外山城を力によって攻めに攻めたことが原因であった。勘助はそう思っている。しかしながら問題は、他の武郷軍諸将が勝利に浮かれ、そのことが見えていないことであった。


(隻眼の俺の方が、より多くのものが見えている。冷静な視点こそが、視野を最も広くできるのだ。顔についている眼など、所詮はほんの飾りよ。要は、)


 勘助は一度目を開くと、今度は先ほどより更に目を細めた。


(ものごとの中心から一歩外れた視点だ。例え自分がその中に居たとしても、それが出来るか出来ぬかなのだ)


 勘助は、足元に広がる自らの陣地から笠原城を見上げるのではなく、こうして山へと登り、違う角度から城を見ようと考えた。なにか手が欲しかった。あともう一撃あの城に打撃を加えれば、城方の戦意は消えてなくなるに違いないのである。


(お屋形様が率いる本軍と敵援軍の戦闘は、少なくとも三日は掛かるだろう。味方の被害が少ないうちに、あの城を落としてくれる)


 勘助には、勘助の思惑がある。当初からの作戦目的としては、晴奈たち本隊が野戦決戦で敵軍を破り、武郷軍の強さを知らしめ、従属した者たちの裏切りや、敵対勢力の無用な抵抗を防ぐ。とある。しかし勘助としては、そんな事は知ったことではない。強さを見せびらかすための戦さこそが無用な戦さではないか。


(餓鬼のようではないか)


 それこそ、精神の未熟な少年のような発想だと、勘助は思っている。早急に講和へと持ち込み決着をつけるのが、勘助個人の企みであった。


 しかし勘助ほどの男でも、笠原城の精神力には手こずった。城にもう一撃加えようと、信繁たちを無理矢理に説得させ敢行した二日目の戦いで、山森隊の主戦力である夕希は精神を病んでとこに伏せてしまった。そのため、通常であれば使えたような戦術が、今は使えない。


(城に潜入している望月もちづきに、水の入っているかめを壊させるか?)


 勘助が戦前、城に侵入した際、そのように命令してある。勘助の合図一つで、乱波らっぱ(忍び)の望月は忠実に行動を起こそうとするだろう。


(いや、あれはもしもの時の策だ。それに、現状では望月も動きづらい。作戦成功の見込みは薄いだろう。無理に作戦を実行させて望月が討たれれば、その首はさらされ、逆に敵の士気を上げかねん)


 望月が動きやすいよう、勘助の方で何か仕掛けを作るべきであった。が、その策を思いつこうにも、麾下きかの戦力が、心許こころもとない。


 自分の隊だけではどうにもならない以上、勘助は他の部将に頼るべきであった。しかし、


(他の将は、俺の企みに賛同しない。皆、作戦目的に従順で、今は手を貸さないだろう)


 この城を取り囲む軍隊の総司令官である信繁には、例の作戦目的を勘助自身が言い聞かせて納得させ、軍議で進言させた経緯がある。今更、本隊の戦いなどどうでもいいとは、言えない。加えて、二日目の朝の軍議で、無理矢理に押し通した作戦が失敗に終わったことにより、勘助の意見は通りづらくなっている。勘助の友である馬場晴房ばば はるふさ相木市あいき いちも、真面目で融通がきかない。作戦目的通り、晴奈たち本隊が野戦で敵を破るまで、積極的には動かないだろう。現に晴房は、緒戦で水の手を切ると、早々に引き上げてしまった。野津孫次郎のず まごじろうは、武郷家に先代より仕える虎盛とらもりの娘で、虎盛が武郷家一の慎重派であったため、勘助たち謀略派の思想に賛同し、この城攻めの軍に加わらせている。経験豊富である程度の融通も効く虎盛であれば、勘助も手助けを申し込めた。しかし、虎盛は高齢のため戦さには参戦せず、代わりに参陣している娘の孫次郎は、虎盛とは正反対の荒武者で、そもそも謀略派ではない。勘助の役には、立たないだろう。

 

 要するに、勘助の企みに共感し、作戦目的を無視してでも助けてくれるような武将は、ここにはいない。というより、武郷家全体で見ても、おそらく浅間幸隆あさま ゆきたかぐらいのものであった。勘助の謀略仲間である彼は、戦略の都合で一人城に籠もり、敵援軍を牽制けんせいしている。


 思案する勘助の元に、声が響いた。


「殿〜!殿は何処いずこへ!殿〜!」


 声の主は、すぐにわかった。勘助の家臣である諫早助五郎いさはや すけごろうである。あたりを見回しながら、小さな体でせっせと山を登ってくるのが見えた。


「ここだ、助五郎」


 勘助が声をかけてやると、助五郎は笑顔で近寄ってきた。


「どうした。お前が来るとは、余程の用件か」


 山森家で一番の家臣は、井藤夕希いとう ゆうきである。その彼女が倒れた今、山森家を取り仕切るのは、大仏心おさらぎ こころと、この諫早助五郎である。しかし大仏おさらぎは、主人である勘助ですらなにを考えているのか分からず、人の上に立つというようなことも嫌いなため、必然的に、この小柄な男が今の山森隊をまとめている。勘助が余程の用件かと聞いたのは、そのためである。


「いや〜、探しましたぞ、殿」


 愛想の良い顔で汗を拭う諫早であるが、勘助は早く報告が聞きたい。


「そうか。で、助五郎よ。どうしたというのだ」


 助五郎は思い出したのように口を開けると、破顔はがんして次のことを言った。


「殿。お味方の大勝利ですぞ!」


 勘助ほどの男が、諫早の言っていることがわからなかった。


「味方とは」


「それはもちろん、お屋形様の本隊です」


「な、なに!?」


 勘助は驚きのあまり目を見開いた。思わず立ち上がり、諫早に近づく。もっと詳しく説明しろ、と無言で凄んだ。


「六日の早朝激突した両軍は、わずか一日もかからず決着がついたそうです。それはもう圧勝で、雑兵の首はおよそ三千、敵将の首は十六も討ち取ったらしく」


 勘助は諫早の話を聞きながら、驚きが隠せない。今まさしく必死に頭を働かせていた「あと一撃」が、まさかこうも唐突に来るとは思っていなかった。


(馬鹿な、早すぎる。両軍合わせて二万近くの合戦が、わずか一日など)


 裏切りなどが無い限り、よほどの力量差がなければそうは決着がつくはずがなかった。戦略、戦術での圧勝はもちろん、将兵の士気、練度など、あらゆる点で優っていなければならない。総大将である晴奈の器量が凄まじいことは勘助とてわかっていたものの、あまりに予想外すぎた。


「中でも、最も激しい戦場である右翼を務めた板堀信方いだぼり のぶかた様。本陣の期待に応え続けた中央の高松多聞たかまつ たもん様。敵右翼を壊滅させ、勝利に貢献した天海虎泰あまみ とらやす様。このお三方は流石としか」


 得意げに語る諫早の話も、勘助は既に興味をなくしている。


「助五郎、もう良い。それで、お屋形様からは何か言ってきているのか」


「はい。小川田信茂おがわだ のぶしげ様が敵の首をお持ちになり、殿を助けるようにと、来られています」


「小川田殿が?流石はお屋形様だ。ありがたい」


 敵将の首は、いまだ敵と戦っている勘助たちを励ますために持たせたのだろう。晴奈は勘助が苦戦していると聞いて、小川田信茂という武将を援軍に寄越してくれた。麾下の戦力に不安しかなかった勘助は、これを素直に喜んだ。小川田は、ややあくがつよいものの文武両道の優秀な男である。


(まさか小川田殿をもらえるとはな。俺のくわだて通りにはいかなかったが、頼みの援軍が壊滅したと知れれば、城方も降伏せざるを得まい)


 明日、九日には、勘助が自ら城に乗り込み、敵を説得しようと考えた。


(明日、決着がつく)


 話し合いで決着はつくだろう。しかし、勘助も一介の武将である。話し合いがもつれた時に、敵を殲滅できるだけの戦力は用意してしかるべきで、その点で、小川田信茂の援軍はありがたかった。


 結局、勘助はこの戦さで何も得るものは無いどころか、家臣を失い、目論見も失敗したことになる。勘助としては、早いところこんな嫌な事ばかりの地は離れたかったのだろう。思わず安堵の表情をつくった。


 戻った勘助は、「首級くびをご覧になりますか」と諫早に勧められたものの、


「いや、よそう。悪趣味だ」


と断り、小川田のためにささやかな歓迎宴を開いた。

聞けば、やはり晴奈直々じきじきに「勘助を助けてやれ」と命じられたらしい。


「勘助。好かれておるな」


 などと小川田はからかったが、勘助は表情も変えず、


「お屋形様は、誰にでもお優しいのでしょう」


などと返して談笑した。


 この日、勘助は久しぶりに上機嫌であった。



 翌日、九日。

 勘助が眼を覚まし、表に出てみると、驚くべき光景が広がっていた。


 果てのない数の生首が、次から次へと石垣にさらされていく。


 勘助は何が起きているのか皆目かいもく見当もつかず、急いで首を運んでいる兵卒へと近づいた。


「おい!」


「こ、これは山森様・・・・・・」


 兵卒は、勘助の顔を見て、どことなくおびえたような、あるいは腹の底では怒っているような表情をつくった。


「何をしている!その首はなんだ!」


 と、怒鳴った。が、兵卒は訳の分からない顔をしている。


「誰の命令だ!」


 再び、怒鳴った。


「山森様ではないので?」


 と言ったから、勘助は驚いた。右目に映る兵卒の手元の首は、苦悶の表情を見せていた。


 勘助はらちがあかないことを悟り、


大仏心おさらぎ こころ諫早助五郎いさはや すけごろう、どちらでもいい。そいつらはどこにいる」


と聞いた。家臣たちに問いただすほか、この奇妙な現象の説明はつきそうにない。


「諫早様でしたら、あちらで指揮を執られています。大仏様は、並べられた首の供養を」


 そこまで聞いて、勘助は駆け出した。



「助五郎、どういうことだ!」


 勘助はこの大量の晒し首の指揮を執る諫早に怒鳴った。


「殿」


「殿ではない!何をやっている!誰がこれを指示した!」


「はっ。小川田殿です。なんでも、」


 話もろくに聞かず、勘助は再び駆けた。



 小川田信茂は、自らの陣所で涼んでいた。彼の家臣たちは、諫早助五郎と同じく陣頭指揮を執っているのだろう。一人である。


「なにをしておるのです」


 勘助は入ってくるなり、そう言った。


「おお、勘助。今年も暑いな」


「それがしはあの光景を見て、底冷えするような気持ちに陥りました。あの首級くびのことを言うておるのです」


「あれか。あれは俺が持ってきた。昨夜言っていなかったかな。あれこそ御代田原みよたはらでの戦果の象徴。雑兵の首およそ三千に、大将首が十六ぞ」


「な!?」


 勘助は驚いた。首が届けられたと言っても、せいぜい名だたる大将首が数個だろうと思っていた。それが、まさか約三千にも及ぶ生首のことだったとは。


(通常であればわざわざそんな事をする必要がない。つまり、あの首は初めからこうして晒すために持ってきたということだ)


 勘助は、あの首が城を落とすためのであることを知った。次いで、晒し首の策を進言したのが誰かと考えた。が、考えるまでもない。目の前のこの男である。


「お屋形様がかような策をお認めになるはずがない。小川田殿、いや、信茂。自らの栄誉のために勝手な行動をしたな」


 勘助は刀を抜いた。


「無礼だぞ、勘助!いくらお主とて、許されることではない!」


「お前になど、許してもらわなくともよい」


 勘助はもはやこれ以上の問答は要らぬとばかりに斬りかかった。床几しょうぎに座っていた信茂は驚き、転がり避けた。


 勘助はすかさず近づき、再び刀を振り下ろす。


「ま、待て!」


 信茂は辛うじて斬撃を避けるも、続く第二撃が突き出される。勘助の攻撃は荒々しく、陣所にあった様々な物を壊しつつ、信茂をやがては追い詰めた。もはや怒りで神がかっているとさえ言える勘助の動きに、信茂は刀を抜くことも忘れ、死を悟った。


「国ありき、主ありきで我らは存在し得るのだ。貴様のように私利私欲に溺れれば、国の為どころか、この世のいかなる人間のためにすらなりはしない。古今、そう決まっている」


「待て勘助!晒し首の策は確かに、俺が進言したものだ!悪かった!お前の手柄を横取りしてしまうことは分かっていたが、俺はあの御代田原で大した活躍を出来なんだのだ!」


「なに?」


 勘助は混乱した。推測通り、この下劣な策は、目の前の男が考えたものであった。信茂という男は欲深く、大局よりも自らの利益を優先する悪癖があった。目先の利益に走り、失笑を禁じ得ないようなこの短絡的な策は、いかにもこの男らしい。しかし問題は、その男の策を、勘助が崇拝する晴奈が認めたということである。


(独断ではないのか・・・・・・?)


 勘助は混乱した。どうにも目の前の男が嘘を吐いているようには見えないのである。その証拠に、


「悪かった。お前の一世一代の見せ場であったかもしれぬ。お前はいつも作戦ばかりを練っていて、実戦での武勲はあまり無いものな。俺の考えが足らんかった」


 などと、見当違いな謝りかたをしている。勘助は信茂を放っておき、必死に考えた。考えた挙句、やはりまずは確認をしなければ始まらない、と思い至った。


「小川田殿。お屋形様は、確かにこの策を進めよと?」


「あ、ああ。勘助を助けよ、と俺にお命じになったお屋形様は、おそらく俺の御代田原での働きに、何か思うところがあったのだろうな。まぁ、戦さで活躍できるできぬは、結局のところ運も絡んでくる。俺はそう気にもしていなかったのだが、この機会を逃す手はない」


 嘘だろう。と勘助は思った。この欲に忠実な男が、せっかくの勝ち戦に戦果を挙げられないまま満足しているわけがない。実際は、呼ばれてもいないのに自ら積極的に晴奈の元に顔を出し、意見しに行ったに違いない。が、問題はそこではない。


「おれの策を聞いたお屋形様は、『確実に城を落とせるか』とお聞きになった。だから俺は、『はい』と。お屋形様は、『では、その策にて味方を助けよ』と、お命じになったのだ」


「・・・・・・」


 勘助は、わからなくなった。なぜあの晴奈が、このような残酷な策を勘助たちに命じるのか。


「お屋形様の命だ、勘助。首を急ぎ並べて、城の者どもの戦意を奪うのだ。なに、援軍が討ち取られたという事実がこのように目の前に広がれば、降伏せざるを得まい。お屋形様直筆の降伏勧告の矢文も、こうして持ってきておる。これは、お前に託そう」


 勘助は矢文を受け取った。中身を見てみれば、


「降伏すれば命は助ける」


というような事が、たしかに武郷晴奈の字で書かれてあった。


「・・・・・・」


「勘助。これにて、許してくれるな」


 勘助は晴奈の字を見つめたまま、黙って考えを巡らせた。いま勘助の頭の中では、ありとあらゆる葛藤が駆け抜け、それでも一つの道を見出した。


 勘助は、ある決意を固めた。一つの決断をした。晴奈の真意はいまだ分からないものの、勘助としてはこの道しかないと考えた。


「・・・・・・いや」


「うん?」


「いや、それがし、我慢なりませぬな」


「な、なに?」


「お屋形様は、この方面の責任をそれがし達にお命じになった。それが、小川田殿が後からのこのことやってきて、こう出しゃばられては、それがしの立つ瀬がありませぬ。この怒りは、到底収まるものではござりませぬな」


「では、どうせよと言うのか!」


「この策、それがしが貰い受ける」


「お、お前の策であった、ということにすれば良いのか?」


「左様。しかしそれでは、今度は小川田殿が納得致しますまい。それゆえ、小川田殿には、城攻めの実戦指揮を任せたい」


「いや、待て勘助。確かに、実際に城に乗り込み、志賀清繁らの首を取ったとなれば、手柄は間違いない。だが、この晒し首を見た奴らは、もう降伏するだろう」


 勘助は鼻で笑った。この男は、戦さがわかっていないと思った。


「それは致し方なきこと。それとも、この場でそれがしを納得させるだけの自信がおありか」


 信茂は嫌な顔をつくった。


「では、これにて」


 勘助は一礼すると、自らの陣所に戻った。

 


 勘助は、兵たちに混ざり、自らの手足で首を運んだ。汗をかいて首を並べる。置かれた首は、勘助を静かに睨んでいた。


 近くでは家臣の大仏心おさらぎ こころが、なにやら呟きつつ、首の一つ一つに手を合わせて回っている。


「大仏よ。それを朝からやっているのか」


 大仏はしばらく目を閉じていたが、やがて勘助の方を振り向いた。


「そうだよ」


「良くやる。それをやれば、恨まずにいてくれるというのか」


「さあね。ボクにはわからないな」


 大仏は勘助に背を向け、少し動くと次の首に手を合わせた。


「ならば、なぜやっている」


「・・・・・・」


 勘助はしばらく待った。


 やがて、


「理由なんてないのさ。あえて言うなら、ボクは僧侶だからね。始めたことは、最後までやる。そう生きようと、決めている。それだけが、理由かな」


と、大仏は答えた。


「彼らをあわれだと、可哀想だと思い、冥福を祈ってやっているのではないのか」


「生き物には、必ず最期がやって来る。それは、寂しいことかもしれない。でもね勘助くん。あの城からは、泣き声が聞こえてくるだろう?」


「ああ」


 見上げる城には、この異様な光景をずっと見ている人たちの影が、はっきりと見えた。彼らは、見知った顔の苦痛に歪んだ首を見て、涙を流し、泣いていた。その声が、勘助たちのもとにまで聞こえてくる。


「彼らはね、決して可哀想なんかじゃないんだよ。ボクは、そう思う」


「・・・・・・そうか」


 大仏は再び、目を閉じ、手を合わせた。


「お前は、どう思う」


「うん?」


 大仏は、手を合わせたまま、ずっと背を向けている。


「いや、お前の意見が聞きたい。この策を、どう思う」


「ボクがどう思うかより、君がどう思っているか。なんじゃないかな」


「俺か。俺はこの策、失敗だと思う。策が失敗するということではなく、策自体が失敗なのだ」


「そうかい」


「お屋形様は、なぜこのような・・・・・・」


 遂に勘助は、大仏に最も聞きたいことを口にした。ともかくも、この常に俯瞰ふかんしたような家臣の意見が、今はなにより聞きたかった。


「お屋形様はね、変わってしまったんじゃないかな」


「変わった?」


「勘助くんがお屋形様に仕官させてもらった時の話を聞いて、ボクはお屋形様を、尊敬できる人だと思った。人の気持ちを察してあげられる、心の優しい人だと思った。それが、」


 大仏は、再び勘助へと振り向いた。


「それが、戦さに勝ち続けている内に、変わってしまったんだよ」


「どう、変わった」


「どう変わったと思う?」


「・・・・・・」


 わずかに、静かな時間が流れた。勘助と大仏は、見つめあっている。


 やがて勘助は、口を開いた。


「傲慢になられた。幼少期、父信虎のせいで辛い思いをされてきたお屋形様は、その父を追放し、自由になられた。いよいよ自分の夢に邁進まいしんするお屋形様を止める者は、もういない。いや、白樺家に嫁いだ妹君を、戦さの結果として失われたお屋形様は、もう止まれないのだ。父と妹、家族を犠牲に、進み続けるしかない」


「なら、お屋形様の今回の決断のこと、なんとなく分かるんじゃないかい?」


「ああ。お屋形様は、焦っておられる。天下統一のため、楽な道を進みたがっておられる。それが修羅しゅらの道と、気づかぬままに」


 大仏は、再び背を向けると、次の首へと手を合わせた。


「大仏。お前に相談して、よかった。俺は既に道を決しているが、その点だけが気がかりだったのだ」


「・・・・・・勘助くん。世の中には、自分の思い通りになってくれない相手の方が多いんだよ。お屋形様も、君も、そこを見失うから、間違ってしまうんだよ」


「難しいことを言う」


 大仏は楽しそうに笑った。


「それはそうさ。間違えるのが、人間だもの。ボクだって、よく見失うよ」


「お前もか」


「誰だってさ。しかもそれは、自分では気づかない。気づいた人が、教えてあげなきゃね」


「・・・・・・」


「戦さに出るばかりが、勇気じゃないんだよ」


 勘助はそれだけ聞くと、ゆっくりと辺りを見回した。首は、既に全て並び終えていた。




 勘助は、晴奈直筆の矢文を城へと撃ち込ませた。

返事は、返ってこない。


 勘助は自ら護衛を幾人か連れて城へと向かうと、城から矢の届くギリギリの距離で、叫んだ。


「一日だけ待つ!降伏せよ!」


 城内からは、むせび泣く声が聞こえてくる。怒り狂う者たちが、怒声罵声どせいばせいとともに、勘助に矢を浴びせかけた。


 勘助は一切それにひるまず、続けた。


「もはや援軍は来ない!抵抗しても、無駄に命を散らすだけだ!降伏すれば、命は助ける!」


 いよいよ門が開き、命令もないのに城兵が打って出た。

 勘助は馬首を返し、山を降りた。


 結局、昨日勘助が終戦を予感したこの日、降伏の返事は来なかった。




 笠原城の大広間では、この生首三千が晒された日、最後の軍議が開かれていた。


「さて左近丞さこんのじょう。城の士気はどうかな」


 志賀清繁しが きよしげが、家老の清水村しずむら左近丞さこんのじょうに聞いた。


「あまり良くはありませんな。大半の者は、泣いてばかりおります。戦さになるかどうか・・・・・・」


 そう言う左近丞の顔は、すでに決死を覚悟している。


「なんの!」


 と、大声が響く。この城一番の武勇を誇る、矢田左近進やだ さこんのしんである。皆、左近進に注目した。


「中には、怒りですぐにでも武郷の者どもを噛み殺そうと息巻いておる者もおります。泣いている者たちとて、覚悟は決めておりましょうよ」


 清繁は頷いた。


「あの惨劇を見て、降伏しようなどと考える者は、もうこの城には一人もいない。子供までもが石を投げて戦ってくれるだろう」


 家臣たちは、一様に頷いた。

清繁は満足そうに笑った。


「いいか。この城は、武郷家にとって、最も忌むべき城になる。私たちの負けっぷりは、後々まで武郷を苦しめ続けるだろう。私たちは、」


 清繁は、ここで息を吸った。皆、その音を静かに聞いた。


「武郷に勝つための、先駆けになるんだ」


「「「おう!」」」


 家臣たちの声が揃った。この戦さ始まって以来の統一感であった。



 軍議は早々に終わり、家臣たちは各々の時間を過ごすために戻った。


 広間には、左近丞と清繁の二人だけである。


「なんだ、また残ったのか。どんだけ私のこと好きなんだよ」


「姫。姫は、これが狙いだったんですか。かたくなに降伏を選ばなかったのは、後々の武郷を苦しめるため・・・・・・」


「そうだよ」


 清繁は、なんでもないように言った。


「私たちが死に絶えても、武郷には一矢報いる。この戦いは、歴史に残るだろう」


「・・・・・・付き合わされる民は、どう思われますか」


 左近丞は、いまだ泣き喚く女たちの声を不憫に思った。


「彼らが苦しめば苦しむほど、武郷憎しの想いはこの地に残る。無理矢理に入城させたのは、そのためさ」


 恐るべき女だと思った。幼い頃より知った顔だと思っていた彼女の顔は、どうやらほんの一表面にしか過ぎなかったらしい。


「現に、武郷の連中がああいった策を使う奴らだとわかったじゃないか。死者の首を見せしめに使い、私たちが降伏すると思っている。そんな者達に、天下を取らせても良いと言うのか」


 清繁はそう言って、左近丞の顔を見た。


「それは、後付けと言うものではありませんか」


「・・・・・・」


 清繁は黙った。やがて、


「そう。そうだよ。流石は左近丞」


 そう言って大口を開け、笑った。


「私が降伏を選ばなかったのは、単なる意地さ。こんな田舎の小さな城に産まれた私が、意地だけであの武郷に一撃くれてやれるんだ。こんなに面白いことがあるか!」


 この時の清繁は、左近丞がかつて見たことがない程に、生き生きとしていた。心底生きるのが楽しいといった顔である。


「世の人間は、私の人生、この城の運命を、悲劇だと思うかもしれない!でも、これは、これ以上ない喜劇なんだ!産まれた甲斐があったってもんだよ!ハハハハハ」


 この清繁という女もまた、才能を疎まれ父に追放されようとしていた晴奈や、生まれ持っての容姿で苦しむ勘助と同じく、ただただ流されて生きることが嫌だった。何かを成したいという思いがあった。彼女の場合は、武郷襲来というこの大きな波に、周りを巻き込みつつも逆らって泳ぎ続け、やがては波を鎮めてしまおうというものであった。波に身を任せるのではなく、航海がしたかった。命を掛けて、何か大きなモノを動かしたかったのだろう。


 が、左近丞には、その想いが分からない。狂ったようにしか見えなかった。


「武郷も狂っているが、姫も狂っている」


「ハハハ。緒戦の日の夜、言ったじゃあないか。奴らも鬼なら、私も鬼なんだよ。とうのとうに、一般の人間が持っているような感情は、捨てているのさ」


「・・・・・・」


 左近丞は黙った。清繁は一通り笑い終えると、その顔をじっくりと見た。


「愛想が尽きた?」


 今度は、左近丞が静かに笑った。


「俺が?姫ことを?まさか。明日死ぬ男が、そんなつまらない事はしませんよ」


「ッ!それもそうだ!」


 そうして、二人して笑った。


「なぁ左近丞。昔みたいに、『きよ』って呼んでくれよ」


「いえ。もう俺たちは、左近丞と清繁ですよ、姫」


 左近丞は、清繁をどこか悲しげに見つめた。


「姫。俺に一つ、策があります」


「このに及んでか?」


 清繁は左近丞が冗談を言っているものと思い、楽しそうに顔を寄せた。が、左近丞は真剣であった。


「どうせこの城の者達は死に絶えるのです。ならば、せめて虫の息のまま滅ぼされるのではなく、存分に暴れてみせたい。姫の真意がわかった以上、是非ともやりたい」


「それはいいじゃないか!なんなんだ」


「言えません。言えば、姫はお止めになる」


 清繁は怪訝そうな顔をした。が、やがて、


「わかった。私は自分のやりたいようにやった。も、好きなようにやりな」


「ありがとうございます」


 左近丞は頭を深々と下げると、そのまま泣いた。昔の呼び名で呼ばれたことが、嬉しくてたまらなかったのだろう。




 八月十日。勘助は朝食を済ませると、信繁の元に向かい、最後の降伏勧告の後、小川田信茂が城を落とすと説明した。


「作戦目的では、城は降伏させることが条件でありましたが、城の者たちは、ご覧の通り強情です。この際、致し方ないかと」


「わかったわ」


「では、これにて」


 勘助は軽く頭を下げ、自陣に戻ろうとした。が、


「待ちなさい。勘助」


 信繁に呼び止められた。


「あの晒し首の策。小川田に問いただしたわ」


「左様にございますか」


「すると小川田は、勘助にそう進言するように、と入れ知恵があったと説明したわ」


「左様です」


「どういうことかしら」


 信繁は刺すような視線で勘助を睨んだ。


「援軍が来ないと知れれば、城方の戦意はなくなりましょう。これにて、一気に決着が、」


「馬鹿を言わないで!」


 信繁は勢いよく立ち上がった。


「姉上の顔に泥を塗るような作戦を、よくも立てられたものね」


「そのお屋形様が、お認めになられました」


「ッ!」


「もう、よろしいでしょうか」


「待ちなさい!小川田は先代の頃より武郷に仕える家臣。その小川田に、お優しい姉上は遠慮する。勘助、あなたはそれを分かっていたでしょう!」


 勘助は目を細めた。


(お屋形様が絡んだ途端、この節穴ふしあなぶり。信繁様らしいと言えば、らしいが・・・・・・)


 どうあっても晴奈を聖人君子の座に置いておきたいのだろう。このつり目の少女は、それを更につりあげて、勘助を見ている。


(猫のようなお顔が、狐になられた)


 勘助は、そんなつまらない感想を抱いただけだった。表情に可愛げがなくなった、ということだろう。


「そのようにいきりたちますな。信繁様は、この軍の大将であられますぞ」


「黙りなさい!あなたは私に、このまま力攻めを推し進めれば、『武郷家は野蛮だ』と村島義清むらしま よしきよ吹聴ふいちょうして戦さに利用する。それは危険だ。そう言ったはずよ!なるほど、たがら私は、あなたの言う通りに軍議で進言したんじゃない!」


「左様です」


「城の敵が降伏しないのであれば、それは仕方がない。彼らにも、意地がある。でもそれが、こんな策を使っていれば何の意味もない!意味がないどころか、ますます増長させるだけじゃない!」


 違う?勘助!と信繁は凄んだ。


(まさしくその通りだ)


 勘助が昨日、丁度今の信繁のように激怒したのは、そのためである。更に言えば、信繁が勘助の考えを何としても吐かせたいのも、よく理解できた。勘助を信じて行動したのに、その勘助の言動が一致していないのである。自分は何のために利用されたのか。もしもここで勘助が返答をしくじれば、つまりは、晴奈のためにならないと信繁が判断すれば、問答無用で斬り殺されるだろう。


 しかし、勘助の答えは実に単純なものであった。


「気が変わり申した」


「なんですって」


「お屋形様が率いられた我が本軍の御代田原での戦果を聞いて、気が変ったのです。もはや我が軍に、小細工はいりませぬ。村島義清が何をやろうと、負けは致しませぬ。勘助は、そう確信いたしました」


「・・・・・・」


 信繁は黙ってしまった。そもそも、信繁自身は村島義清に敗けるとは微塵も思っていなかったのである。それが、今まで晴奈のために貢献してきた勘助が急に会いに来て、「決戦を企てている村島義清は、戦さ上手で知られている。その上さらに士気を上げさせては、勝てるかどうか一向にわからない」などと言うから、信繁は手を貸したのである。


 その勘助が、今は気が変わったなどと言っているではないか。


「村島義清との決戦も、我が軍のこの勢いであれば、苦戦は致しますまい。となれば、このような田舎城に何日も掛けるのは馬鹿馬鹿しく、早急に敵の士気を挫き、勝負を決するのが最善でありましょう」


 真剣そのものの勘助の顔をじっと見つめつつ、信繁は考える。


(勘助は、物事を深く考えすぎただけだったのかしら。それが、姉上たち本軍の活躍で、目が覚めた・・・・・・?)


 信繁は、即断即決の女である。自分はどれほど考えても姉である晴奈には及ばない。であれば、下手に考えるなど時間の無駄でしかないだろう。その下手を、勘助もしてしまっただけなのではないか。自分はそれに、巻き込まれただけなのではないか。


(元々、作戦家という人種は、考えるすぎるきらいがある。人間、考えれば考えるほど、問題を複雑化させてしまうものだわ。勘助は、その沼にはまってしまったのね)


 と、納得させた。しかしなにより、敬愛する姉の力を認められたことが、単純に嬉しかったのだろう。


 それが、勘助の狙いだとは気づかずに。


「・・・・・・わかったわ、勘助。怒鳴って悪かったわね。でも、二度とこのような野蛮な策は使わないで。姉上の評判が悪くなる」


「はっ。全ては、この勘助の策でございます。お屋形様は、何も悪くありませぬ」


「当たり前よ」


 勘助は頭を下げ、その場を去った。




 勘助は戻ると、直ぐに笠原城に向かおうとした。

ところが、その城から、使者が来た。


「使者?」


 正直なところ、勘助は戸惑った。まさかこのまま徹底抗戦をするものだとばかり思っていたのである。


(いまさら降伏か?本当にあの首を見て、戦意を失くしたのか?)


 だとすれば、と勘助は思う。


(俺は人間というものに、失望を感じてしまうだろう)


 傲慢ごうまんといえば、傲慢な思想であった。勘助は、いささか人間という生物に、理想を抱き過ぎている。


 使者の件を伝えた諫早助五郎いさはや すけごろうは、考え込む彼を見て、自分の所感を述べた。


「殿。使者の方は、なにやら位の高そうな武者殿でしたぞ。降伏ではありますまいか。なお戦うというのであれば、ここは敵中ど真ん中ですから」


「がたいは良かったか」


「ええ。私の倍はあるでしょうか」


 いくら小柄とはいえ、諫早の倍となると、勘助よりも大きいだろう。


(まさか。あの馬鹿か?)


 とっさに勘助は、矢田左近進やだ さこんのしんを思い浮かべた。戦前、城に忍び込んだ勘助は、左近進に直に会い、嫌な思いをしている。


 勘助は首を振り、再び考え込んだ。


(降伏か。はたして、どうだろう)


 勘助にとって、人情論などは必要ない。降伏を受け入れるのが武郷にとって吉と出るか、凶と出るか。それのみである。


(村島義清の士気向上策は、この城の降伏を許したとて、実行に移されるだろう。だが、)


 勘助は、晒されている首の陳列を見た。風が吹き、髪が揺れている。その周りには、大量のはえたかっている。


(だが、あれらの首はあくまでも、野戦において我が軍に歯向かった者達ではないか。この際、城の降伏を認めれば、当初の作戦計画通りということになる。歯向かえば皆殺し、降伏すれば、皆許す。か・・・・・・)


 しかし勘助は、首を振った。


(都合よく考えすぎている。人間はそう単純じゃない。大仏おさらぎの言う通り、自分たちの思い通りに動いてくれる相手の方が少ないのだ)


 ならば、と考え直す。


(このまま、お屋形様を想い決した、修羅の道を往くか)


 その道はすなわち、あまりにも勘助の理想とはかけ離れた、血塗られた道である。が、勘助は、晴奈のためにのみ、その道を往くことを決断した。尋常な決断ではなかったが、それこそ、自分で自分を殺すような決断であったが、勘助は決断した。


 勘助は、静かに眼を閉じる。


(せっかく、自分の意思を曲げてまで決意を固めたんだ。今さら迷うな。迷えば、あの決意は無駄になる。迷えば、決意すること自体が、適当になる。そうすれば、万事適当な人間になる。引き返すことができるようなものは、決意とは呼ばない。一度決せば、あとは一途邁進あるのみ。それが、俺の決意だ。それが、俺の生き方だ)


 勘助は眼を開け、立ち上がった。




 はたして使者は、勘助が思い浮かべた人物とは違った。


「志賀家家老、清水村しずむら左近丞さこんのじょうです。あなたが、この隊の大将か」


 顔の造形が良く背の高い左近丞とはまったくの正反対の容姿が、勘助である。


 勘助は左近丞を見上げた。

遠目では見たことがあったが、ここまでの長身とは思わなかった。


「いかにも。それがし、山森勘助にございまする」


 勘助は名乗った。左近丞は軽蔑しきった顔で、勘助を見下ろしている。


「この晒し首は、山森殿のお考えか」


「左様」


 勘助の短い答えに、左近丞はむっとした顔をした。


「わざわざ家老である貴殿がここまで来たのは、当方の策を非難するためか。それはなんとも、育ちのよろしいことで」


「なに!」


 あまりにも傲慢ごうまんな物言いに、左近丞は怒鳴った。


 勘助は、意にも介さない。

 

「なんのご用件でしょう。当方、お屋形様の御慈悲により、降伏ならば受け入れまするが」


「慈悲だと・・・・・・?」


「いかにも」


 左近丞は悔しさのあまり、握り拳を作った。その拳は、小刻みに震えている。


 近くで見守っていた諫早は、勘助のあまりの物言いに絶句した。


(普段とはまるで違う。まるで、降伏など認めないかのようではないか・・・・・・!)


 見上げ見下ろす二人の間には、沈黙が流れていた。ところが、


「ああ、そうだ」


 と、勘助が口を開いた。


「これは失礼。ご使者の方に申し訳ないことを。さっ、床几しょうぎへお座りください」


 勘助は諫早に床几を持って来させると、自分はさっさと座ってしまった。


 左近丞は床几を用意されたものの、未だに立ったままである。


 やがて、一つため息を吐いた。


「山森殿は、」


「?」


「今朝、食事をしっかりとお食べになりましたかな」


 勘助としては、まったく意味のわからない問いであった。どういう意図があるのか探ろうにも、見えて来ない。仕方なく、ありのまま答えることにした。


「ええ。食べましたが」


「残さずにお食べになりましたか」


「・・・・・・?はい」


 いよいよ訳のわからない勘助に対し、左近丞は、フッと笑った。


「姫の申された通りであったな」


「・・・・・・?」


「やはりお前たちは、狂っている」


「狂っているとは無礼な。なにをもってそのようなことを」


「自分たちが狂っていることも、わからんか。人間の心があれば、かように首が晒された中で食事など、出来るものではない!」


「・・・・・・食わねば、戦さは出来ませぬ。どんな状況でも戦う意思を貫く。それが、武士というもの」


「阿呆抜かせ!お前たちは鬼だ!お前も、武郷晴奈も、人間ではない!」


「・・・・・・」


「貴様らのような悪鬼羅刹あっきらせつに、誰が降伏などするか!ここに来たのは、その醜いつらを一度見て、こうするためだ!」


 左近丞はそう言うと、勘助の顔に唾を吐きかけた。

勘助は、唾を拭いもせず、黙って立ち上がった。


「・・・・・・では、戦さにて勝負を決する。そう言うことですな」


「・・・・・・!」


 ここで、左近丞の思惑が外れた。交渉立場の低い者ならまだしも、降伏を受け入れるか否かの立場の者がこのような侮辱を受ければ、普通、その場で相手を斬って捨ててもおかしくはない。


 つまるところ左近丞は、斬られに来たのである。


(なんという男だ)


 左近丞はこの期に及んで、心中で勘助に敬意を表した。その勘助に、


「自身の城に、戻られよ」


 こう言われれば、もはや帰るしかなく、顔を悔しさで歪ませながら、勘助に背を向けた。


 勘助は勘助で、左近丞の思惑が読めていた。勘助の方も降伏などさせるつもりはなかったが、思惑に乗ってやるのもしゃくだったため、このまま帰そうと思った。


 が、今度は勘助の思惑が外れた。


 晒し首の話を聞いたのだろう。「いったい勘助はどうしたのか」と心配になり、休んでいたはずの夕希ゆうきが、このタイミングで姿を表した。


(なぜだ。なぜ、こうも思い通りにいかない。夕希、休んでいろと、あれほど・・・・・・!)


 ヨロヨロと歩いてきた夕希は、見知らぬ大男が歩いてきたため、端に避けた。


 が、


「痛っ」


 左近丞はわざと夕希にぶつかった。体幹に優れた夕希も、精神を病んで食事をろくに取っていなかったため、倒れてしまった。


「あっ」


 と、思わず勘助が声を出した。

左近丞は目ざとくそれに気づき、夕希の顔にも唾を吐きかけると、さっさと出て行こうとした。


 勘助は急いでそれを追うと、


「貸せ!」


と言って兵士から弓矢を奪った。


 その様子を見た夕希は慌てて立ち上がるも、勘助は既に弓矢を引き絞り、


「おい」


と、左近丞に声を掛けた。


 左近丞が振り向くと、矢は弦を離れ、その首を貫いた。


 左近丞は、絶命した。


 夕希が目を丸くして、勘助を見た。


「勘助!使者を殺すなんて・・・・・・!」


「左様。使者を、それも敵の家老を騙し討ち同然で殺すなど、あってはならない。だが、使者には使者の、守るべき礼節がある。お前をここまでこけにされて、黙っていられるか」


 勘助は遺体に近づくと、しげしげとその顔を眺め、やがて、


「おい、首を斬って最も目立つよう晒せ。山森家の旗印も立てよ」


と命じた。




 しかして、志賀家の家老である清水村左近丞の首が、居並ぶ三千の首の中に加わった。それはもっとも高い位置に晒され、髪を揺らしている。しかしその顔は、遠目ではわからぬものの、目は閉じ、満足そうな顔であった。


 城では誰しもが、その光景を眺めていた。


「なんということだ」

「酷すぎる!騙し討ちではないか」

「おのれ、清水村様の隣にあるあの旗印、あの大将が、首を斬ったのじゃろう」

「山森!敵将の名は、山森勘助じゃ!」


 城兵は、怒りに燃えていた。泣き崩れ、半ば戦意を失っていた者も、女も子供も、年寄りも、みな怒りに燃え上がった。


 彼らに混じり、志賀清繁も、じっと首を眺めている。


(これが、お前の策か。自らの生命いのちを使い、城の者たちを、死兵と化したか)


 彼らはみな、怒りのままに怒鳴り、吠えていた。このまま武郷軍が攻めてくれば、死をも惜しまず戦うだろう。


(馬鹿な男だ。お前は、いざとなれば私ではなく、私の娘を守るなどと言いながら、結局、私のわがままに付き合った)


 清繁は、左近丞に文句の一つも言いたかった。娘の駒姫こまひめは、どうするのか。今は首だけとなったあの男が、最も信頼し、愛していた男が、「守る」というから、安心していたものを。


(約束ぐらい、守れ)


 清繁が胸の中でごちた。


 次の瞬間。


 凄まじい爆発音が城内から響いた。


「なんだ」


 振り返ると、黒々とした煙が上がっている。


「あの方角は・・・・・・」


 飲み水を溜めたかめなどが保管してある倉庫の方角から、その煙は上がっていた。


 直ぐに現場に確認しに行った矢田左近進が、慌てて帰ってきた。


「清繁様!大変です!」


 ただでさえ、幼馴染みを殺された直後の清繁である。もともと短気な方だが、今は更に気が立っていた。自然、その眠そうな目はえ今は見開きに開き、喉を潰さんばかりに怒鳴った。


「大変なのは分かっている!なにが大変かを言え!」


「瓶が、水を溜めてある瓶が全て爆発し、なくなり申した!」


「爆発?なぜだ!」


「わかりませぬ。この上は、敵の間者が居たとしか・・・・・・」


「誰だ!あそこを警備していた者は!」


 左近進は、名をあげていった。水を守るのは、彼の家来達の仕事であった。


 名を聞いていた清繁は、一人、聴きなれない名を聞いた。


「望月?だれだ、それは!」


「望月はわしがその勤勉ぶりを買い、あそこの警備に就かせました。肌の白い、幼気いたいけな少女です」


「そいつ・・・・・・!今どこに!」


 この手で首を斬ろうと思った。左近丞が討たれたことに比べれば、なんの慰めにもなりはしないが、せめてもの憂さ晴らしである。


「それが、どこにもらんのです。わしも心配であれこれ探したんですが・・・・・・。爆発に巻き込まれてしまったんじゃろうか・・・・・・」


「〜!もういい!」


 清繁は歯をあらんかぎりに噛み締めた。どうせ瓶にはあと一日程度の水も残っていやしない。実際の被害は少ないのである。しかし、問題は士気である。敵に潜入され、まんまと、それも生命線とも言える水を全て叩き壊されるなど、将兵の精神的打撃は大きい。せっかく左近丞が命を賭して上げに上げたこの士気を、下げかねないのが悔しかった。




 瓶を破壊し尽くした望月は、どさくさに紛れ、既に城を脱出している。浅間幸隆の乱破らっぱである彼女は、事前に勘助より、「旗印を目立つよう高々と挙げる。それを合図に、瓶を壊せ」と命令を受けている。彼女は、左近進をまんまととりこにし、瓶の警備を進み出た。彼女を前線に立たせたくない左近進は快諾した。あとは、勘助の合図を見るなり他の警備仲間に、「どうにも左近丞さまが討たれたらしい。しかしながら、私は目が悪く、よく見えない。ここは私が守るから、代わりに見てきてくれませんか」と、お願いという形で追い払うと、他の協力者と共に保管倉庫に爆薬を忍び込ませ、爆破した。


「いい仕事をした」


 と、彼女は自分で自分が誇らしかった。同時に、


「山森様は、私をよく使ってくださる。あのお方は、気に入った」


 望月は、しばらく勘助の下に居ようと決めた。幾人も乱破を飼っている浅間幸隆より、勘助の方が自分のことを重要視してくれるだろう、という期待があった。




 勘助は、腹心の家臣である諫早助五郎いさはや すけごろう大仏心おさらぎ こころを呼び出した。勘助の隣には、落ち込んだ様子の夕希がおり、それ以外の人間はその場から追い出した。


 山森家の主だった家臣が、集まったのである。


「助五郎。すぐに小川田殿のもとへ行き、城に攻撃を仕掛けるよう伝えよ。俺は野津孫次郎のず まごじろう殿のもとに向かい、搦手からめて(裏手)の場所を教えてくる。この戦さは、徹底的にやるぞ」


「は、はい」


「大仏。お前は我が隊を率いて、野津隊とともに搦手を包囲せよ」


「・・・・・・」


「返事はどうした」


「君は、ボクがそれをやるとでも思っているのかい」


「分かっている。お前はそれを我慢できん。だから、お前のところに落ちてくる者たちは、逃しても構わん」


「・・・・・・」


「逃げた者たちは、村島義清のもとに向かう。そこで、この城の顛末てんまつを話すだろう。この俺、山森勘助の悪評をな」


 話を聞いていた夕希が、口を挟んだ。


「なんで、そんなことを」


 夕希だけでなく、諫早や大仏でさえ、勘助の命令するところの意味がわからない。


「・・・・・・俺は、修羅の道を往く」


 勘助は、誰よりも信じられるこの三人に、自分の往く道を話そうと決めていた。


「お屋形さまは、道を迷われた。俺は、あのお方を正しき道へとお導きせねばならない」


「導く?」


 勘助は頷く。


「お屋形さまへと向かう憎しみの全ては、この勘助が負う。全ての嫌な命令、残酷非道な行為は、この勘助の口から発せられ、この勘助が行う。天下を取られるお屋形さまは、常に清潔であらねばならない。これからは、」


 勘助は、息を吸った。そして、胸の中の決意ごと、吐き出した。


「修羅の道だ。あの三千の晒し首では済まぬことを、俺はこれからする」


 三人は驚いたまま、言葉が出ない。が、やがて、


「勘助が、なんで、そこまで・・・・・・」


 夕希が、ポツリと呟いた。


 夕希には、意味がわからなかった。昔から事あるごとに「兵は詭道きどうなり」と口にし、血を流さない事を最上の策と信じていた勘助が、なぜそのような事をしなければならないのか。


 思わず、涙が出た。


 勘助はその涙を見つめながら、答える。


「お屋形さまのためだ。さらに言うなれば、俺のためだ」


 勘助は納得させる気があるのかないのか、それだけを言った。


「続けるぞ」


 勘助は、うつむく夕希から視線を外すと、諫早と大仏の二人を見た。二人は、頷いた。


「そうしてお屋形さまには、一度手痛く敗けていただく」


 この勘助の言葉に、生真面目な諫早が驚いた。


「な、なんと。それは」


 勘助は諫早の言葉を遮った。


「将来、より多くの勝利を掴むためだ。一度手痛く転んで、そこから立ち直っていただく他、道はない。俺はそう信じる」


 今度は、大仏が口を開いた。


「立ち直れるかな。人は、みんなが思う以上に弱い生き物なんだよ」


「立ち直る!敗北すれば、多くの味方の血が流れるだろう。古くより武郷家に忠誠を誓った者も、お屋形さまが信頼する者も、好く者も、多くが死に往くだろう。だが、お屋形さまは、必ず立ち上がる!」


「・・・・・・」


 ほんの僅かに、沈黙が流れた。


「夕希」


 勘助が、黙って泣いている夕希の名を呼んだ。


「お前は、俺のもとを去れ」


 夕希は驚いて顔を上げた。酷い顔である。


「いま俺が言った通りだ。お前は優しすぎる。この道を付き合わせるには、いささか酷だ」


 勘助は優しい視線を夕希に向けた。


 しかし、


「いや」


と夕希が口にした。


「あたしは、あたしで自分の道を決める。あたしは、勘助と一緒に行く。どこまでも」


 夕希の目は、力強い。まるでここだけは譲れないとでも言うかのようであった。


「・・・・・・そうか」


 そう言われれば、勘助はもはや何も言えなかった。勘助が自分の信念を曲げてまで往く道を決めたように、夕希も決めたのだろう。それなら、仕方がないと思った。


(いや、決めたのではなく、決めていたのだろうな。それも、とうの昔に)


 勘助が思うほど、夕希は子供でもなんでもなかった。そのことに、勘助は初めて気づいたようであった。


「助五郎。大仏。わかってくれたか」


 勘助は二人を見た。


 助五郎は感極まって涙を流し、必死に頷いた。


「殿がそれほどのご覚悟とは。この助五郎、どこまでもお供します。殿について来て、良かった」


 勘助は頷いた。続いて、大仏を見る。


「・・・・・・」


 大仏は、黙って微笑を浮かべていた。


「大仏」


「やっぱり、君は面白いね。ボクは一度決めたことは、最後までやる。この前言ったろう?だから、君の家臣になった時点で、もう答えは決まっていたのさ。付き合うよ、その道」


 大仏はそう言って微笑むと、背を向けて歩き出した。むろん、勘助の命令通りに行動するためである。



 大仏が居なくなり、しばらく泣いていた助五郎も、任務のためこの場を離れようとした。すると、


「山森!」


 と、怒声を挙げて、一人の男が無遠慮に入って来た。


 男は、勘助が天海虎泰あまみ とらやすから無理矢理押しつけられた、坂西左衛門さかにし さえもんである。勘助の監視として派遣されて来た男で、勘助はこれを好機と捉えて使い潰そうとしたが、全くの役に立たず、今はただのお荷物に成り下がっている。


「本陣にはどのような用件だろうと入るな。そう言ったはずだぞ」


「やかましい!また企み事か!」


「それはお前には関係のないことだ」


 平然と喋っている勘助の心中は、はらわたが煮えくり返っている。ただでさえ邪魔なこの男が、仮にも今の主人である自分を山森などと呼び捨てにし、尚つ当然のように命令を無視して怒鳴り込んできている。


「貴様、なんの用だ!無礼だぞ!」


 今までは家中の人間関係を円滑に進めるため、この男にも遠慮して来た諫早だったが、流石に今回ばかりは我慢できずに、刀に手を当てて怒鳴った。


「黙れ!下郎!」


「下郎とは何だ!貴様!」


 遂に諫早は掴みかからんばかりに坂西に近寄った。それを見て勘助が、


「待て、助五郎。まずは話だ」


と言って制した。こんな男でも天海家の家臣であっただけあり、武勇は凄まじい。山森家で彼を倒すことができるのは、せいぜい夕希か大仏ぐらいのものであろう。


 勘助に言われては引き下がらざるをえず、諫早は一歩下がった。


「それで、用件はなんだ。坂西よ」


「用件?そんなモノは簡単だ。俺は天海様のもとへと帰らさせてもらう!」


「そうか」


「おうよ。討ち取った敵の首を晒して士気を阻喪そそうせしめようとは、いかにも下劣なお前らしい。更にあげくは、使者をも殺して晒すとは、恥を知れ!」


「・・・・・・」


「お前のしている事は、武士の道に反する!」


「ほう」


 勘助の返事に、これ見よがしと舌打ちをした坂西は、とっととこの場を去るべく、勘助に背を向けた。


「待て」


 が、勘助がそれを止めた。


「なんだ」


「坂西。教えてくれ。お前の言う武士道とはなんだ」


「なに?」


「いや、何しろ俺は、いやしい身分の出なんでな。是非とも御高説をたまわりたい」


「俺を馬鹿にしているのか!」


「いいから言ってみろ。俺のどこが、武士の道に反している」


「お前は卑怯だ!卑劣だ!」


「それが武士道か?」


「そうだ!常に正々堂々としていること!それが武士道である!」


「そうか。つまり、」


 勘助はやや目を細め、坂西を睨み据えた。


「正々堂々とならば、人を殺しても良い。ということか」


「はぁ?」


「お前は俺を卑怯だなんだと責めるが、お前は一体、どれほどの人間を殺してきたつもりだ。まるで自分だけは、人を傷つけたことなど一度もないような物言いではないか」


「なにぃ!」


「騙し討ちだろうと正々堂々だろうと、人の命を奪うということ自体に変わりはない。違うか」


 坂西にはやや難解な話だったのだろう。訳もわからず、ただ怒りだけが湧き上がっていた。


「お前は一騎打ちが好きだが、それをさも美しいものであるかの如く振る舞うのは、どういう了見だ。俺の策略は人を騙し利用し、なるほどお前の言う通り卑怯卑劣なものであったかもしれぬ。だが、不必要に人の命を奪う貴様らのやり方より、遥かにましだ!」


「なにを!開き直る気か!ならばあの使者殿の首、あれは無用な殺傷ではないというのか!」


「それこそ、まさにお前と俺の士道の違いだ」


 俺の士道とは、と勘助は続ける。


「ただまことであることだ」


「あぁ?」


「誠だ。誠。何に対しての誠か。それは、ただただお屋形様に対しての誠である」


 つまり、と勘助。


「忠義だ。武士道を志すなら、これ以外に重きを置く必要はない!例え自分の意見信念と違くても、これを貫く!策を用いて人を騙し殺し、卑怯卑劣だと罵られようとも、これを貫く!誰に怨まれ、憎まれようとも、これを貫く!それが、俺の武士道だ!」


 勘助は、坂西に詰め寄った。その身体つきは、坂西の肩幅が勘助の倍もあるようであったが、気迫だけは、勘助の方が二倍も三倍もあった。


「お前のように考えの浅い男に、それをどうのと言われたくはない!」


 とは言うものの、実は勘助の誠には、もう二人ほどその対象が含まれている。白樺しらかば凛姫りんひめと、夕希である。勘助は、使者である清水村左近丞を殺した理由を、お屋形様に対する誠、と結びつけたが、あの時は確かに、勘助は夕希をけなされて怒った。しかし勘助の頭は、「お屋形様にのみ誠であれば良い」と、これも確かに思っている。


(あの男を殺したことで、城攻めは一方的な虐殺ではなくなる。彼らは怒り、死ぬまで戦おうとするだろう。決して、戦えない相手をなぶる訳ではなくなるのだ。そして、彼らの怒りは、この勘助に向かう。それで、いいではないか。この勘助が矢面に立つことで、お屋形様への憎しみは薄くなるのだ。それで、いいのだ)


 勘助という男の哀しさであった。心では他の者にも情を持ちながら、頭では、「お屋形様以外に重きをおけば、いざという時、判断が鈍り、最悪は誤る」と考えている。頭で考えることと心で思うことの矛盾は、常にこの男に纏い続け、勘助は強靭な意志によってそれを気づかぬように努力し、今回の一件もそのようにこじ付け、果ては、夕希の恋心に気づきながらも、黙殺しているのである。


(俺は、自分の考える士道に生き、士道に殉ずる。そう決めている。そう、あるべきだ)


 勘助は、自分の生き方を決めていた。彼が口にした価値観は、事実、彼の考える士道そのものであった。


 話は戻る。


 普段馬鹿にしている勘助にここまで怒鳴られ、遂に坂西こ怒りは、頂点へと達した。が、悲しいことに、彼にはこの手の、頭を使った争いで持てる武器がなかった。


 坂西は不愉快そうな顔のまま背を向けた。


 しかし、それを許さない男が、一人いた。


「待て!」


 諫早は叫ぶなり、続けさま怒鳴った。


「山森様のことをよく知りもせず好きなだけ怒鳴り、なおその胸中を知って黙ったまま出ていこうとは、何事だ!」


 坂西はいよいよ不愉快であった。刀に手を当てたまま、振り返る。


「この下郎。言わせておけば・・・・・・!」


「それはこちらの台詞だ!今まで散々好き放題言ったこと、この場で殿にびろ!それが男の矜恃きょうじだろう!」


 聞いていた勘助は、密かに驚いた。普段の温厚な諫早助五郎が、初めて見せた一面であった。


「このッ!」


 とうに怒りの限界を超えていた坂西は、遂に刀を抜いた。


「なんだそれは!そもそも貴様は、仮にも主君である殿に向かい、卑怯卑劣と罵るとはどういうことだ!それこそ武士の道に反するというものだ!」


「抜け!この場で斬り殺してくれる!」


「やるか!」


 助五郎も、刀を抜いた。


 その様子に、驚いたのは夕希である。

すぐに争いを止めようと動き出した。


 が、勘助が腕を握り、それを制した。


「勘助?」


「待て。夕希、耳を近くへ」


 夕希が耳を近づけると、勘助は小声で言った。


「助五郎が討たれそうになれば、すかさず止めろ。だが、もし助五郎が奴を殺そうということになれば、その時は、黙って見ていろ」


 およそ主君が家来に対して言って良い言葉ではない。しかし勘助の考えでは、坂西左衛門のような者は、武郷家にとって毒にはなっても、薬になるようなことは無いのである。


(毒は取り除かねばならぬ。失態を反省し、次に生かすような心掛けが奴にはなく、己の考えに対して頑固で、柔軟性がない。そのような者は、居ても延々と無益な殺傷を繰り返すだけだ。現に、先日は助五郎が奴の餌食になり、死にかかった。これからのお屋形様の往く道に、そういう者は要らない)


 勘助の言葉に驚愕した夕希は、勘助の顔をまじまじと見た。表情を見てその真意を見抜こうと思ったのだろう。


「止めなくて、いいの?」


 勘助は無表情のまま頷いた。


「甘さは捨てねば、己の叶えたいことは永遠に叶わん」



 諫早助五郎の武器は、小柄な体で振り回しやすいよう、小太刀である。中段に構え、坂西を睨み据える。


 一方、坂西左衛門の武器は、一般的な太刀であった。唯一彼が不利な点は、二日目の戦いで、彼が城将の矢田左近進と一騎打ちした際に負った傷が、いまだ完治していないことぐらいである。


 諫早は攻撃の有効範囲が狭い分、勇気を出して敵のふところに突っ込み、常に積極的に攻撃せねばならない。少しでも消極的になれば、彼の命はないだろう。


 諫早の初撃は、突きであった。弾かれたように前へ出ると、そのまま切っ先は、坂西の額へと向かって行く。


「チッ」


 坂西は鍔元つばもとでそれを払うが、諫早はひるまず、更に前へ前へと進み、攻撃を繰り出していく。


 自然、坂西は下がらざるえず、防戦一方となった。


 諫早の腕からは、幾度も幾度も攻撃が繰り出され、坂西はそれを全て防ぐ。刀からは火花が散り、金属の叩き合う音は途切れることがない。


「助五郎。やるではないか」


 勘助は思わずそう声を出した。正直、諫早がここまでやり合えるとは思っていなかったのである。


 しかし、夕希は首を振った。


「いや。真剣勝負は一瞬で決着がつく。あれだけの攻撃をして、いまだ助五郎君の攻撃は坂西の身体に傷をつけていない。つまり、力の差は・・・・・・」


 夕希はそう言うと、刀に手を掛けた。


「勘助。やっぱり」


「待て。助五郎があそこまでやる気なのだ。もう少しだけ、待て」


 そう言う勘助も、内心は心配でたまらない。彼が最も武力において頼りにしている夕希の解説は、なおそれを加速させた。


(しかし、止めるわけにはいくまい。これは助五郎の、決意なのだ。他人が邪魔をしてはならん)


 その間も、助五郎の攻撃は続いた。


 が、助五郎の攻撃の一瞬の間に、坂西は後方へと跳んだ。


「あ」


 助五郎は慌てて距離を詰めるべく、前へと踏み出す。しかし、そこを狙っていた坂西は、助五郎の腹に、蹴りをくらわせた。


「ぐッ」


 流石は実戦慣れした動きであった。


 筋肉の塊のような坂西から繰り出されたその蹴りは、小柄な助五郎を軽く吹き飛ばした。助五郎は滑空し、地面に倒れ、腹を抑えてうずくまる。


 助五郎は咳をしつつ、なんとか片膝立ちにまで起き上がるも、その時にはすでに、坂西が大上段で構え、助五郎の頭に刀を振り下ろそうとしている時であった。


「まだまだぁ!」


 助五郎は叫ぶや、小太刀を左手に持ち、右手で脇差を抜いて小太刀のみねに押し当て、坂西の攻撃を防いだ。


「往生際の悪い!」


 坂西はそのまま押しつぶそうと、力を入れる。坂西の膂力りょりょくは、刃を段々と助五郎の頭部へと近づけていく。


「うりゃああああああ!」


 助五郎は気合と共に大小の刀を力一杯振り上げ、坂西を左へと弾き飛ばした。


「ッ!」


 まさか小柄の助五郎に、自分ごと弾かれるとは思っていなかった坂西は、ここで動揺した。


 その隙に助五郎は立ち上がると、勢いそのままに、坂西に突っ込んでいった。左手には小太刀。右手には脇差を持っている。


「二刀流・・・・・・!助五郎君は、決着をつける気だよ」


 夕希の一言に、勘助は目を見開いて勝負の行く末を見た。


 諫早が、体当たりでもするのかと思われるほどの迫力で坂西に距離を詰めると、坂西は動揺が抑えられず、刀を中段で構えて防御の姿勢を取った。


「うおおおおおおお!」


 助五郎は右手で持った脇差を思い切り振り下ろし、防ごうとした坂西の刀ごと左下へと振り下げ、次いで左手に持った小太刀の鍔元つばもとを、坂西の首へと押しつけた。


「がッ」


 坂西は刀を落とし、小太刀を持つ助五郎の左手を握って、引き離そうとした。


「死んでびろ、不忠者!我が殿は、お前のような阿呆に構っている暇などないのだ!」


 助五郎は右手に持っている脇差を離すと、小太刀の峰に手の平を当てて思い切り押し込み、そのまま斬った。


 動脈を斬られた坂西の首からは、鮮血が勢いよく吹き出し、膝から崩れると、そのまま動かなくなった。




 坂西の倒れる音がすると、沈黙が流れた。


 終わってみれば、助五郎と夕希の心は、


「やってしまった・・・・・・」


というような、後悔に包まれた。


 だが、勘助だけはちがった。その心は、驚くほどにすっとしていた。


「殿。申し訳ありませぬ。この助五郎、つい怒りのあまり、坂西左衛門を斬ってしまいました」


 助五郎は直ちに勘助の前に両膝をつくと、そう言って頭を下げた。


「この上は、天海様の元へとおもむき、腹を切って詫びる所存」


「待て」


 勘助は助五郎の両肩を掴み、立ち上がらせた。


「殿・・・・・・?」


「待つのだ、助五郎。俺は、感動している」


 勘助は、掴んだ助五郎の両肩をポンポンと叩いた。


「お前が坂西に勝ったからではないぞ。お前が、俺のために怒ってくれたことが、嬉しいんだ」


 感情豊かな助五郎は、またも感極まったのか、その目を潤ませた。


「坂西左衛門は、敵に討たれた。討ち死だ。いいな」


 勘助はそう力強く言い聞かせると、刀を抜いて坂西の遺体に近づき、首に刀を当てた。


「勘助ッ!?何を」


 夕希が驚き、勘助の肩を掴んだ。


「首を斬る。お前は見るな。天海様には、坂西の首だけはどうにか取り返したと伝える。わかっていると思うが、このこと、つとめて他言無用だぞ」


 夕希の手が、黙って肩を離れた。


「それでいい」


 勘助は一度振り返り、夕希の視線の先を確認した。


「見るのか」


 夕希は、頷いた。


「勘助とは、一蓮托生なんだよ。ここで目を背けることは、できないよ」


「・・・・・・そうか」


 勘助は、ひと思いに首を落とした。




 小川田信茂隊による、城攻めが開始された。


 城の兵達は、みな決死の覚悟で戦った。涙で目を赤くし、憎しみや怒りの形相で、恨みや罵倒を口にし、小川田勢に斬り込んだ。


 これと斬り合う小川田隊の面々は気を重くしたが、それでも歴戦の部隊であるだけに、これを次々に討ちとっていった。


 正午。外曲輪が、火に包まれた。燃え落ちる砦とともに、城の将兵が命を散らした。死体を、炎が包んでいく。しかし彼らは、死の直前までも武郷勢に抗った。ある将に至っては、自ら火の中に飛び込み、炎をまとって武郷勢の前に転がり出ると、すかさず指揮官を見つけ、自分ごと抱きつき殺そうとした。



 外曲輪に火があがったのを、本曲輪にいた志賀清繁は見た。


「死が、迫っているな・・・・・・」


 いま彼女の近くには、家臣の矢田左近進と、援将の宝田憲頼たからだ のりよりの二人しかいない。ほかの家臣は、前線で指揮をとっているか、既に討たれている。


「志賀、だけにね。・・・・・・フフ」


 左近進と宝田は、困惑した顔をした。


「私はね、疲れた時ほど冗談を言いたくなる。矢田。宝田殿。二人はどう?」


 二人は顔を見合わせた。


「わしは、あくびがよう出るようになります」


と、矢田。


「私は、そのう、なんだかこう、心の臓が高鳴りますな」


と、宝田。


 二人の回答を聞いた清繁は、


「ふ〜ん。あっそう」


と言ったきりだった。大して興味もないのに聞いたのだろう。


「さて、私はこれから、敵に突っ込もうと思う」


 清繁は唐突に言った。


「わしも、お供を!」


 左近進がそう願い出た。戦さが始まって以来、既に何度も、前線で敵と斬り死ぬと言っていた。清繁はそれを却下し続けていたのである。


「いや。矢田には、城の戦えないような女、子供、それに老人を連れて、搦手からめてより落ちて欲しい。それに、こまもだ」


「駒姫様も!?しかし、しかしわしは、ここで死にたいのです!今更逃げようなどと考える者は、この城にはおらんですよ!」


 左近進は脂汗を流し、必死に訴えた。


「そうかもね。もしかすればこの命令は、『死ね』と命じられるよりも、酷かもしれない。でも、」


 清繁は、ここで一拍置いた。


「やってもらう」


「そんな・・・・・・!」


「何人かには生きてもらって、その目その耳で感じたことを、人に伝えてもらわなきゃいけない。村島様や武郷の連中に、好き放題語られるのは、本意じゃないよ。私たちの気持ちを、ありのままに伝えてもらいたいんだ。想像ではなく、体験を、後の人たちに伝えてもらいだんだ」


「しかし・・・・・・!なにも、わしでなくとも」


 左近進は、はっとして宝田の方を見た。


「そうだ!宝田殿は如何いかがか。あなたは援軍としてこの城に入っただけで、なにもこの城に義理を立てることはない」


 涼しげな顔をした宝田が、静かに言った。


「あなたは、私に女子供とともに逃げよ。それがお似合いだ。そう、言いたいのか。私は、既に息子を失っている」


 学者肌のこの男にも、意地や矜恃きょうじはある。左近進は、思わず深く頭を下げた。


「申し訳ない!だが、そこをどうか、頼む!」


「・・・・・・」


 宝田が、静かに清繁を見た。


 清重は、首を左右に振った。


「駄目だね。宝田殿ではなく、矢田。お前がやるんだ」


「清繁様・・・・・・!」


「お前の武勇で、女子供を守れ。宝田殿には、それはできないことだ」


 宝田が、頷いた。


 ついに左近進も承知せざる得ず、「わかり申した」と涙ながらに頷いた。


 そうと決まれば、左近進は早々に動くことにした。清繁と宝田に別れの挨拶を済ませ、広間を出た。戦う意思のない者どもをまとめ、城から脱出しなければならない。


 途中、外曲輪の炎を黙って見つめる、駒姫と出会った。


「駒姫様。わしと共に、この城を落ちましょう」


「・・・・・・え」


「清繁様の、ご命令です。姫様は、わしがお守りします。さぁ」


 左近進は、無遠慮に駒姫の手を掴んだ。


「ま、待って!母上は?」


「お母上は、この城と運命を共にします」


「いや!母上は左近丞が討たれて、気が動転してるのよ!矢田、私と一緒に、母上を」


「御免!」


 左近進は駒姫を抱き上げると、そのまま走り出した。


(清繁様・・・・・・。駒姫様に、ただ生きろと、そうおっしゃるのですね。その願いを、このわしに、託されたのですね。戦さしか知らんこのわしに、ご自身の娘を・・・・・・!ならば、これだけは、何としても果たさねば・・・・・・!)


「いや!離して!嫌!いやぁぁぁぁぁぁぁ!」




 左近進が去った広間は、清繁と宝田の二人だけである。


 清繁は宝田に、


「付き合ってもらえますか」


と言った。


「無論です」


 宝田は即答した。二人は兜をかぶると外に出て、馬へと乗った。


「しかし、矢田はヤダヤダと、随分と駄々をこねたね。・・・・・・本当は、左近丞の役目だったんだけど、あいつは、勝手に死んでしまったから・・・・・・」


 清繁が何気なく口にすると、宝田は大袈裟にため息を吐いた。


「な、なに?」


「どうせ最期ですから、言わせてもらいますが、面白くないですよ」


「・・・・・・私も、面白いとは思ってないよ」


「それと、悲しいなら悲しいと言った方がいいですよ」


 清繁は、しばらく黙った。やがてポツリと、


「・・・・・・悲しいよ」


 と言った。


 これが、2人の交わした最期の会話となった。



 騎馬になった志賀清繁と宝田憲頼のりよりは、本曲輪に残る兵達を掻き集め、ニの曲輪へ攻め寄せる小川田信茂の隊へと突っ込んだ。


 この二の曲輪での戦闘も、城方総大将の乱入により大激戦となった。


 午前零時。火矢が幾百も闇夜を飛び、二の曲輪が轟々ごうごうと音を立てて、燃え上がった。外曲輪陥落から、およそ半日である。城方は、よく戦ったと言って良いだろう。ここまでボロボロにされて尚、戦意は衰えるところを知らず、こうして戦って見せたのは、ひとえに、憎しみや恨み、悲しみといった負の感情であった。



 清繁は、本曲輪へと帰ってきた。既に馬は失われ、お供も数えるほどである。


 よろよろと、何とか歩いている様子で、見かねた家臣が手を貸そうとすると、


「いい」


と言ってにべもなく断る。


 清繁は城へと上がる石段を登ろうとしたが、一段目を登る前に立ち止まると、クルリと反転し、そこへ腰を下ろした。


「殿。やはり、肩を」


 清繁は、全身を血で染めていた。敵の血もあるが、ほとんどが自分の血である。足も、斬られていた。


「いいよ」


 清繁は手を振ると、短刀を抜き取った。


「よく戦った・・・・・・」


「殿・・・・・・!」


 生き残った数名の家臣が、涙を流し始めた。


「途中見失ったが、宝田殿は、どうした」


「わかりませぬ」


 家臣らが顔を見合わした。すると一人が、


「私は、宝田殿の馬が串刺しになり、落馬するところを見ました。しかし、それ以降は・・・・・・」


 と言った。宝田憲頼について情報は、これのみであった。


「そうか。先に逝ったか」


 清繁は一人納得すると、家臣たちの顔を見回した。その中から一人を選び、


「お前でいい。介錯を頼む」


と言って命じた。


「はい」


 清繁は鎧をけだるげに脱ぐと、一人考えた。


(本当は、左近丞に介錯して貰いたかったなぁ)


 それだけである。彼女は最期に、幼少期の思い出を振り返っている。


「そうだ」


「殿・・・・・・?」


「私の首は、城下の田へ埋めてくれ。わかるな。あそこは、子供の頃から良く遊んだ場所なんだ。私は、あそこを離れたくない」


「ッ!はい・・・・・・!」


「望むものは、それだけだ。すまないが、お前たちは生きて、それを敵将に嘆願してくれるか」


 家臣たちは、ひたすらに涙を流した。


「頼むぞ」


 清繁はそう言うと、左手で短刀を持って右手を添え、腹へと突き刺した。


「ッ」


 そのまま、右へと刃を走らせる。


 すぐさま、介錯人に選ばれた家臣が、太刀を手に取った。


「ぐっ、うぅ。はぁ、はぁ。苦労を、かけた。私は、満足だ」


 清繁は最期、そう言った。


「御免」


 首が、落とされた。


 家臣たちは清繁の首を大事に包むと、小川田信茂に降伏した。彼らは、自分たちの命はどうなっても良いから、清繁の首だけは望む場所へと埋めたいと強く願い出た。判断に困った信茂は、城攻めの大将である信繁の元へと彼らを連れて行った。


 信繁は清繁の首をあらためると、彼らの話をじっくりと聞いた。清繁の奮戦と最期に感動した信繁は、彼らの望む通りの場所に首塚を建て、彼らをゆるした。


 その後。余談になるが、首塚は、何百年ののちも水田の真ん中にたたずみ続けている。移転の計画も幾度かあったそうだが、その都度、事件事故が起こり失敗に終わった。清繁の強い想いは、死後もなお強靭に発揮され続けているのだろうか。それは、わからない。




 一方、城を落ちた女子供を連れた矢田左近進は、ある決断を下した。


「わしは清繁様より、駒姫様を御守りせよと命じられた。しかしこの人数で山を駆ければ、必ず敵に見つかってしまう。お前たちは、みなそれぞれに落ちよ」


 矢田左近進と彼の家臣八人は、みな駒姫の護衛につき、他の百姓たちは各々それぞれで逃げてもらおうというのである。


「そんな・・・・・・」

「無理矢理籠らせといて、最後は見捨てるのですか」


 百姓たちは当然のように抗議するが、左近進は取り合わなかった。


「生き延びたければ、文句を言っていないで駆けろ!あの晒された首を見たじゃろう!武郷は、お前たちを許しはせんぞ!」


 百姓たちは渋々、各自で逃走を開始した。


 しかし、城周辺の下調べを入念に行なっていた勘助によって、包囲網は既につくり上げられており、彼ら彼女らは、獣や魚が人に捕まるよりも容易に、捕らえられてしまった。逃げられたのは、大仏心おさらぎ こころが故意に見逃した、せいぜい十数人程度であった。




 包囲網を張る野津孫次郎のず まごじろうは、山の中に簡易的な陣を張り、そこで、落ちた城の者が捕らえられるのを待っていた。


「退屈〜」


 孫次郎は行儀悪く、掻盾かいだて(大型の盾)を二枚並べた机に足を乗せ、そんなことをごちた。


「「・・・・・・」」


 彼女の父である虎盛から受け継がれた家臣たちは、みなこの娘が苦手であった。今も気まずそうに、だんまりを決め込んでいる。


「ねぇ〜。私、暇って言ってんじゃん。なんか話してよ〜」


「「・・・・・・」」


「お〜い」


 孫次郎は、机を足でガンッとかかとで踏みつけた。


 誰かの、生唾を飲む音が聞こえた。


 耐えかねたのだろう。上田友作うえだ ともさくという名の若い家老の男が、話しかけた。


「孫次郎様。足袋たび草鞋わらじぐらいお履きになってはいかがでしょうか」


「え〜。だって〜、汗かくし〜」


「それは分かりますが、いくらなんでも裸足というのは・・・・・・。足を怪我してしまいますぞ」


「はぁ?」


 その声を聞いた友作は、思わず背筋を正した。


「それって、どういうこと?」


 孫次郎はほとんど瞬きもせず、友作を見ながら聞いた。しかし、聞かれた友作の方が意味がわからない。


「どう、とは?」


「君は、私がこんな退屈な作業で怪我をすると思ってんの?」


「・・・・・・し、しかし。ここは山の中。虫も蛇もおりますし、草などで肌を切るということも考えられます」


 話を聞きながら他の家臣たちは、みな友作のことを気の毒に思った。


「わ、私は、先代である虎盛様と多くの戦場を共にしてきた父から、この家老職を継ぎました。孫次郎様は、その虎盛様の御息女。虎盛様と父から、『頼む』と言われた手前、私は心配でたまらないのです」


「へ〜。でも、私はその先代様のことが嫌いなんだけど」


 場の空気が、凍った。この発言の以前にも既に凍ってはいたが、それは凍傷から人が死ぬレベルの寒さにまで変わったといっていい。


(なんということを言う)


 家老の友作も、思わず心中でいきどおった。それに気づかず、孫次郎は続ける。


「あの人の口癖、『よく身の程を知れ』?だっけ?あれも嫌い」


「な、なにを言うのです!」


 遂には、立ち上がった。


「あのお言葉は、虎盛様が孫次郎様のために唯一何か残せるものはないかと考え、長年明け暮れた戦場での経験をもとに、ようやっと見出したお言葉なのです。虎盛様も、若い頃は孫次郎様と同じように血気盛んでありました。今の虎盛様を見れば、想像もつかないでしょうがね。しかし本当なのです。そのおかげで、『鬼虎おにとら』という渾名あだながつけられるほどの戦果をおあげになりました。お疑いになりますか?しかしその証拠に、虎盛様の身体には四十一ヶ所もの傷があります。みなその傷を見て、虎盛様をお称えになります。しかし、その傷は歴戦の証にはなっても、孫次郎様のお身体にはなるべく残したくない。そうお思いになり、」


「長い」


 孫次郎はそう言って、友作の頬ごと手で鷲掴みにし、口を塞いだ。思わず払おうとする友作だが、凄まじい握力にびくともしない。


「身の程を知れって?はぁ?身の程ってなにさ。自分にできる事の限界なんて、わかるわけないじゃん。そうやって言葉で自分を縛れば、可能性なんてどんどんどんどん狭まっていくんじゃないの?」


「〜!〜ッ!」


 友作は抗弁しようと、必死に声を出そうとした。


「私はね、そんな呪いみたいな言葉を子供の頃から聞かされているんだよ。『最期の言葉もこれだッ!』とか、この前一人ではしゃいでたし。最悪なんだけど」


 孫次郎はそう言うと、友作を突き飛ばした。


「そ、それはもちろん、まだお若い孫次郎様はそのように憤りも感じるでしょう。しかし、虎盛様が真に言いたいのは、『人間の一生とは、自分の身の程を知っていくことだ』ということではないでしょうか。決して、『何事も身の程をわきまえて行動せよ』とおっしゃているわけではなく、むしろその逆に、『なんでも経験してみて、自分を知って行きなさい』と、そういう意味が込められているように、私は思います」


「ふん。それは君が、あの人を美化しすぎているんだよ」


 友作は、孫次郎の顔を見た。


(怒っている)


 と、わかった。随分と熱くなってしまったが、ここらで話をそらさなくては、痛い目にあう。


「いや、全くその通りです。言葉というのは、難しいですな。聞く人間によって解釈が違ってきます。相手を尊敬していれば、自然、良く聞こえますし、相手のことが気に食わなければ、悪く聞こえます。その点では、難しいのは言葉ではなく、人間ですな。聞く側の態度いかんで伝わりやすさが変わるというのであれば、まずは言葉の前に信頼を得ることですな。いや、勉強になり申した」


 友作は乾いた声で笑うが、孫次郎はため息を一つ吐き、足を突き出した。


「君のせいで疲れちゃったよ。揉んで」


 友作の前には、素足で土を歩き回った孫次郎の足裏がある。友作は屈辱に耐えながら、しぶしぶ孫次郎の足を揉もうとした。


「あはっ。良く身の程がわかってんじゃん」


 嗜虐的な表情で笑う孫次郎に、友作は気が狂うほどの怒りを感じた。しかし、感じながらも、友作はこの女に従うしかないのである。かつて彼の父が目を輝かせて語った美しき主従関係に、友作はいささかの疑問も挟まず、憧れている。


 そんな、親たちから引き継がれたこの奇妙な主従の元に、


「包囲網を力づくで破ろうとする者あり」


との報告が飛び込んできた。


 途端、孫次郎は顔を輝かせた。


「やった!遂に来た!」


 上田友作は、救われた。




 矢田左近進は、八人の家臣とともに、清繁に託された駒姫を連れて、包囲網を突破しようとしていた。


「止まれ!」


 彼らの接近に気付いた野津隊の兵士が叫んだ。

瞬く間に野津隊が集まるが、左近進はひるまなかった。


「押し通る!」


「「応!」」


 九人の侍は抜刀し、野津隊へと斬りかかった。


 流石は流石、志賀家で武勇一番を名乗っていただけはあり、左近進は素早い踏込みとともに、三人を瞬く間に斬り殺した。彼の家臣達も同様に、並の兵士では歯が立たない程度の強さを誇っている。


 野津兵は叫びつつ、彼らをどうにかこうにか数で揉み潰そうとするが、次から次へと斬られていく。


「あと少し!姫様、わしの所を離れんでください!」


「は、はい!」


 左近進は幼い駒姫の手を引き、突破を試みた。


 そこに。


「うわ〜。きのよさそうなのがいるじゃん」


 という呑気な声が聞こえ、野津兵が左近進たちから引き下がった。


 左近進がその声の方を見れば、山の中だというのに裸足で、耳元程度の髪の長さの女が、笑顔満面で、鎖鎌をぶんぶんと振り回しつつこちらに歩いてくるのが見えた。


「何者じゃ!」


 左近進は怒鳴った。少しでも気圧けおされれば、周りの兵たちがこれ幸いと突きかかってくる。弱みを見せれば、自分たちの命はないと知っている。


「野津孫次郎だよ〜。あ、君の名前は別に聞いてないから。どうせ忘れちゃうし〜」


 その態度に、頭に血が上った左近進の家臣二人が、「おのれ!」と叫ぶなり、飛び出した。


 パァンッと音が鳴り、一人の男の頭が砕け散った。


 孫次郎の手から放たれた分銅は、真っ直ぐに男の顔面に飛んでゆき、その頭蓋を割った。更に、そのまま右にいる男の首に鎖を巻き付け、思いっきり引っ張ると、そのまま締め殺してしまった。


 瞬く間に二人を殺した孫次郎に、さしもの左近進も、その家臣達も、驚愕に目を見開いた。


「はぁい、次〜」


 孫次郎はニヤニヤと笑いつつ、左手に鎌を持ち、右手で分銅を回す。


 その様子を見かねたのは、孫次郎の隣に控える、家老の上田友作であった。


「もういいだろう!降伏せよ!」


 友作が声を張り上げ、左近進一行いっこうに呼びかけた。


 するとその様子に、何故か孫次郎がくつくつと笑い出した。


「?」


「あっはははは!なにそれ!友作、それ、勘助くんの真似でしょ!似てる〜!」


 友作の降伏を呼びかける姿が、勘助の真似事だと思ったらしい。


「いや、これは・・・・・・」


「アレも滑稽こっけいだったよね〜。だってさぁ、あそこまでの恥辱を受けてさぁ、降伏なんてするわけないじゃん。味方の首が晒されてるんだよ?あれで戦さが決まると思ってるやつなんて、相当な間抜けだよ」


「・・・・・・」


「やればできるじゃん、友作。それだよそれ。そういう面白いのを、さっきやって欲しかったんだよ」


 孫次郎は大変満足そうに微笑むと、その顔を左近進たちに向けた。


「さて、ぶち殺しの続き、やろっか」


「望む所!ぬしらは下がっておれ!」


 左近進は死中に活を求め、自ら前へ出た。


(下郎の武器ではないか・・・・・・!)


 鎌を武器に用いるなど、百姓が護身用に携帯するくらいのものである。そんなものは大して怖くないが、問題は鎖分銅の方であった。


(動きが読めん)


 こういった場合、自ら攻め込むのではなく、まずは相手に打たせ、隙を見て飛び込む。


(要は飛び道具の応用だろう。ならば、これ以外にあるまい!)


 左近進は敵の攻撃に全神経を集中させた。


 ふうを切り、攻撃が来た。


 孫次郎は腕を振り上げると、思い切り鎖を振り下ろした。先端についている分銅は狙いたがわず、左近進の頭上へと落ちてくる。


「くっ」


 左近進は分銅に刀を叩きつけ、攻撃を右方向へ逸らした。


 分銅が弾かれ軌道がずれたが、孫次郎は慌てることなく、次いで右にいだ。


 今度は右方向から迫る分銅を、左近進はまたも刀で防ごうとした。


 しかし、今度は分銅には当たらず、そのままぐるぐると刀身に巻きついてしまう。先端の分銅は遠心力により、左近進の顔へと向かった。


「ッ!」


 左近進は膝を落として思いっきり刀を引き抜き、どうにかこうにか脱出した。


「あはっ!やるじゃん、おじさん」


 孫次郎は分銅を手元に引き戻すと、再びぶんぶんと回しつつ、楽しそうに笑った。


 分銅が、発射された。今度の攻撃は、凄まじい勢いで左近進の顔面へと真っ直ぐ飛んでくる。


(ここだ!)


 左近進はそれをギリギリで避けると、そのまま孫次郎に向けて踏み込んだ。


「待ってましたぁ♡」


 そんな声を聞いた時には、既に遅い。孫次郎も前へと飛び出し、驚く左近進の目の前で、鎌を振った。


 鎌は左近進の首にめり込むと、そのままいとも容易く、血飛沫しぶきとともに頭をね飛ばした。


 あまりに呆気なくついた勝負に、左近進の家臣たちも、しばし呆然とした。


「あ〜あ、終わっちゃった。もうちょっと楽しませてくれると思って、私期待してたのにな〜」


 つまらなそうに呟く孫次郎の声で、ようやく我を取り戻した彼らは、直ぐに行動を起こした。


「姫様だけでも御守りするぞ!」


「「応!」」


 一人が駒姫の手を引き、他の五人が一斉に孫次郎へと向かった。


「も〜。往生際が悪いよ〜」


 これ以上は面倒とばかりに、孫次郎は鎖を振るう。


 一人の頭が横からかち割られ、更に鎌を振り上げて飛び込んできた孫次郎により、二人の命が刈り取られた。


「まだ二人残ってる!死んでも姫様を守れ!」


「言われずとも!」


 残る二人は、孫次郎の左右から迫った。孫次郎は頭上で大きく鎖を振り回し、それを牽制けんせいする。


「はぁい、隙あり〜」


 鎖は片方の家臣の刀に巻きつきと、孫次郎はそれを手元へと引き寄せる。と同時に、他方の家臣の首へとそれを突き刺した。


 最後の一人になった家臣は、脇差を抜き、それでも孫次郎へと向かった。


 孫次郎はそちらを見もせず、顔面に蹴りを叩き込んだ。背中から大の字に倒れ込んだ家臣の顔に、分銅が振り下ろされ、彼らの抵抗は終わった。


「あ〜あ、物足りな〜い。私も御代田原が良かったな〜。あの人のせいでさぁ」


 孫次郎はそう言って、自分をこの戦場に送り込んだ父の愚痴を始めた。


 結局、駒姫は捕まり、彼女を逃がそうとした家臣も奮戦の後、討ち取られた。




 全てが終わった戦場で、勘助は、晴奈を待っている。


 投降した家臣らの手で手厚く埋葬される清繁の顔を、勘助はじっと見ていた。


 視線を受けて家臣らは、チラッと勘助を見たが、その容姿から、まさか憎き敵将山森勘助だとは思わなかったのだろう。黙って作業へと戻った。


「・・・・・・」


 あまり綺麗な顔ではないな。と思った。しかし、死人の顔など生気がないから、どれも似たようなものか。とも思う。


「勘助。どうしたの?」


 じっと佇んでいる勘助を見て、心配になったらしい夕希が声をかけた。


「別に。どうということもないが、あの武将の顔は、一度見ておきたくてな」


「・・・・・・志賀、清繁。彼女は、どうしてここまで抵抗する道を選んだんだろ」


 勘助は黙った。


「まぁ、わからないよね」


 夕希は苦笑した。


「さて。あの城に籠った多くの者は、間違いなく憎しみ一辺倒で戦った。だが、あの武将は果たしてどうだろうな」


 勘助は、まるで一人ごとでも言うようにして、語った。


「世には、多くのものの見方がある。例えば、あの三千にも及ぶ生首がそうだ。城方に情を入れれば、なるほど、あれほど不気味で卑劣な策もあるまい。しかし、俺たちの側からすれば、あの首を見て将兵たちは勝利を確信し、大いに士気を高め、結果、実戦闘における犠牲も少なく済んだのかもしれない。何かが傷つくとき、何かは救われている。要は、見方だ」


 しかし、と勘助は続ける。


「多くの人間は、それを忘れる。一時の感情に身を任せてしまう。坂西左衛門が、そうだろう。助五郎もそうだ。そして、あの城に籠もった多くの者も、」


「そうだった?」


 それは聞いたよとばかりに、夕希が口を挟んだ。

その生意気な態度に、勘助は夕希の調子が戻ってきたことを感じ、やや笑いながら頷いた。


「そうだ。しかし、ここまで俺たちと戦ってのけたあの清繁という大将が、その大勢に入るのかと言われれば、それはわからない」


「つまり?」


「武郷憎しの感情も、確かにあっただろう。しかし、その一感情をもってここまでの戦さに踏み切ったとは、少し考えづらい。その程度の将に、ここまで苦戦はするまい。あの将には、あの将なりの、様々な思惑、感情があったのだろうな」


 そしてそれを知る人間は、もうこの世にはいない。と勘助は続けた。


「案外、清繁自身、自分がなにをやっているのかわからなかった、ということもあるかもしれないな」


「えっ」


「言っただろう。この世には、いろいろなものの見方がある。どれが正解かは、わからない」


 しかしまぁ、と勘助は再び語り出す。


「生きている俺たちには、それは関係も、必要すらもないことだ。死んだ人間がどう考えていたかなどと答えのない話より、起こってしまった現実のみを見ればいい。その視点こそが、生きやすさのコツだぞ、夕希よ」


 勘助はそう締めくくると、興味を失ったのか、城の方へと歩き出した。夕希が、それをついていく。




 城へと向かう山を登る途上、勘助は、ふと立ち止まった。


「今、音がしなかったか」


 夕希を振り返ると、既に夕希は勘助の二、三歩後方で立ち止まり、じっと耳を澄ましていた。


 山の中から物音が聞こえた。それは、着実に勘助たちのもとへと近づいてきている。


「残党か」


 勘助は迷うことなく太刀を抜き、夕希もそれにならった。


 二人は刀を構え、じっと物音の正体が現れるのを待った。


「数は」


「二人だね」


 二人は頷くと、夕希が前へ、勘助が後方へと回った。


 そして、遂に音の正体が姿を現す。


「あれぇ?勘助くんじゃ〜ん。奇遇だねぇ」


「野津殿か」


「は?」


 姿を現した孫次郎は、「いやいやいやいやいや」と言って大げさに手を振った。


「なにその呼び方。私の父、虎盛も野津殿でしょ?そんな興味なさげに一緒くたにしないで、ちゃんと私を個人として見てもらわなきゃ。不愉快だなぁ」


 それにぃ、と孫次郎は続け、舌で唇を舐めた。


「なんなの、その抜き身の刀は。喧嘩に誘ってくれてるの?」


 言われて、勘助は刀を納めた。夕希も勘助の後方へと下がりつつ、それに続く。


「これは失礼いたしました、孫次郎殿。それがしとあなた様では、喧嘩にもなりますまい」


「あはっ。それもそっか。でもぉ、」


 孫次郎は、夕希の顔を見た。


「そっちのお顔の整った子ならぁ、私も満足できるかも」


 夕希は視線を受け、黙って孫次郎を睨んだ。常に笑顔の孫次郎とは、正反対の鋭い目つきである。


「それより、孫次郎殿はなぜ山の中から」


 勘助はその雰囲気を無視し、聞きたいことを問いただし始めた。


「は?」


 またも不愉快そうな声を出した孫次郎だが、その背後から慌てて一人の若い男が割って入った。


「山森様。私は、野津家家老の上田友作うえだ ともさくと申します。私と孫次郎様は、敵の残党を発見し、このように山の中へと入っていたのです。孫次郎様の胸やら顔やらについている血は、その返り血なのです」


 上田友作は泥だらけだが、野津孫次郎は血だらけである。その多くは、口元から胸へと広がっている。


「はあ」


 勘助が生返事をすると、突然、孫次郎が友作の首根っこを掴み、引き倒した。


「ぐおっ!?」


 孫次郎は仰向けに倒れた友作の顔を踏みつけ、


「なに勝手に嘘言ってんのぉ?いま私が勘助くんとお喋りしてたんだからぁ、君は黙っててくれる?」


 と言って更に強く顔を踏みしめた。


「嘘?」


 友作の頭蓋がきしむ音が、苦しそうな声に混じって聞こえてきそうだが、勘助はその異様な光景を徹底的に無視することに決めた。


「そうだよ。ごめんねぇ、この子が勝手に。本当はね〜、これ」


 孫次郎は、腰にぶら下げていたウサギの死骸を持って見せた。


「獣を狩っておられたのか」


「そうそう。動き足りなかったからね。この血は、この子の」


「・・・・・・?」


 しかし妙だ、と勘助は思った。果たしてウサギを狩るのに、顔やらに胸やらに血がつくものだろうか。


「勘助くんも飲む?」


 勘助は驚愕した。


「生き血を、飲まれたので?」


「胆力がつくからね」


 勘助は閉口した。それこそ、嘘であって欲しかった。


「日々のこうした修行が、戦さ場で役に立つんじゃない?これからは、血生臭い戦さが増えるでしょ。ね、勘助くん?」


 孫次郎は言葉の最後で、小首を傾げて見せた。


「左様ですな。では、のちほど頂きます」


 勘助はウサギを受け取ると、そのまま城への道を歩き出した。これ以上、この女に関わりたくはなかったのだろう。


 しかし、孫次郎は勘助の隣を歩き始めた。


「逃げた。逃げたね」


 口周りの血を拭いながら、孫次郎はそう言って勘助を見た。時々覗くその口は、楽しそうに笑っているようである。


(不気味だ)


 と思った。こんな女の言うことに、いちいち取り合っていられない。


「孫次郎殿は敵将を討ち取ったとか。どのような将でしたか」


「なに?私に興味があるの?嬉しいなぁ。あはっ」


 話が通じない。と、勘助は思った。


「名前はしらないけどぉ、なんか声のうるさい男だったよぉ」


 勘助は、それが矢田左近進だと直感した。


「強さはねぇ、いまいちだったかなぁ。あははははっ」


「左様ですか。流石ですなぁ」


 適当に答えながら、勘助は左近進のことを考えた。


 呆気ない男だと思った。しかし、いくらなんでもその最期が、こんな狂った女に討ち取られるというのは、さしもの勘助も同情しかけた。が、よく考えれば、


(まぁ、俺には関係ないか)


 と思い、むしろ胸がすっとした。なにしろ昨日と今日で、坂西左衛門と矢田左近進、嫌悪する男が次いでこの世を去ったのである。所属は違えど、勘助の敵であることに違いはない二人であった。


 勘助と孫次郎、二人の背後では、その従者たちが後をついていく。


「夕希殿も、変わったあるじをお待ちで、大変ですな」


「いや、たぶん君ほどじゃないと思う」


 友作は、夕希に気さくに話しかけてきた。話すことが好きなのか、次から次へと、途切れることなく言葉が出てくる。


「お互い変わった主を持っています。そういう点では、私たちは似たもの同士でしょう。仲良くやりましょう」


「え、まぁ。そうだね。うん」


 なるほど、勘助も変わっていると言えば、変わっているのだろう。夕希はそのことをさして疑問には思わないが、人から言われれば頷くしかない。


「私も大変ですよ。足を揉めだの舐めろだの。しかし、それでも私は、孫次郎様に忠誠を誓っております。お互い色々大変でしょうが、励まし合って、どうにかこうにか」


「待って。ごめん、一緒にしないで。しれっと何をいってるの」




 彼らは、見るも無残なその山城へと、辿り着いた。

ニの曲輪には、捕虜となった者たちが集められている。彼らの沙汰さたは、晴奈が到着してから決まる。


「敗けると悲惨だねぇ。私たちは、こうはなりたくないね」


 その様子を見て、孫次郎が漏らした。


「まったくですな」


 勘助はしれっとそう言い、ボロボロになった彼らを眺めた。


 その中に、どうにも他とは見てくれの違う少女が混じっている。


「あはっ。気になっちゃった?あの子はねぇ、志賀清繁の娘ちゃんなんだって〜」


 目ざとく勘助の視線の先を見てとった孫次郎が、聞いてもいないのに教えてくれた。


「すると、あれが駒姫様か」


 勘助は駒姫のことを話では聞いていた。戦前の侵入時、城に籠もった連中は、みなこの少女のことを誇りに思い、大事にしていたように感じられた。


 曰く、笑顔を絶やさない、誰にでもお優しいそれはそれはお綺麗なお姫様だとか、なんとか。


 今、その少女は最愛の母を失い、慕っていた家老を失い、自身を守ると誓った家臣をも失い、更には城さえも失って、抜け殻のようになっている。


「・・・・・・え?駒姫様?違う違う」


 勘助の呟きに、孫次郎が否定した。ここにきて、ようやく勘助は、この女と会話する気になった。


「違うのですか?」


 勘助は、清繁に子供が複数いるとは聞いていない。


「違うのは〜、よ、び、か、た。駒姫様なんて呼ぶ必要はないの〜。あの子は負けたんだから、駒って呼び捨てでいいよぉ。もしくは、駒犬とか?負け犬と掛けてて、これもいいね〜。し〜っかりと、自分が負けたんだってことぉ、教え込まなきゃ。それにぃ、どうせこれからは小川田くんに駒扱いされるんだからぁ、ちょうどいいじゃん。駒だけにね〜」


 勘助はまたもこの女と会話する気をなくした。しかし、最後の方で気になることを言っていたので、確かめねばならない。


「小川田殿が、なんと?」


「あれぇ〜?聞いてないのぉ?小川田くん、あの子が気に入ってぇ〜、お屋形様におねだりするんだって〜。お屋形様もぉ、実際に城を攻め落とした小川田くんの言うことだから〜、受け入れるんじゃないのぉ?所詮はあんなの、負け犬だからね」


 勘助は、その哀れな少女を見た。小川田との歳の差は、倍以上あるだろう。今は抜け殻のように虚空を見つめている少女だが、城を実際に攻め落とした男の側室にされるとは、夢にも思うまい。夢は夢でも、悪夢どころの話ではない。


 勘助の隣では、いまだに孫次郎が喋っている。


「あ〜あ、せめて私がこの城を攻められたらなぁ。私もあの子を飼ってぇ、好き放題できるのにぃ。汚れた足を舐めて掃除させたりだとかぁ、言うこと聞かないときに、痛みで屈服させちゃったりだとか〜」


 勘助はだんだんと頭が痛くなってくるのを感じた。隣の同僚が何を言っているのかわからない。


 勘助は孫次郎を無視し、駒姫に近寄った。


「駒姫様にござりますな」


「ひッ!?」


 駒姫は勘助の顔を見た途端おびえ、あろうことか、孫次郎のもとへと逃げ込んだ。


「助けてください!私は、私は、志賀家の姫です!あの男が、汚らわしい顔で、私を!ど、どうか、どうかお助けください!」


 確かに、勘助の顔は日に焼け、傷やら眼帯やらも目立ち、極悪そのものである。対して孫次郎は、常に笑顔で、顔貌も整っている。中身を知れば、少なくとも孫次郎ほどの危険さは勘助にはないだろうが、少女は勘助の方が危険であると判断したらしい。


(結局・・・・・・)


 勘助は、じっと駒姫を見つめている。


「あはっ。勘助くん、この子、君のこと怖いってよ」


 孫次郎はニヤニヤとしながらそう言って、膝をついて駒姫に視線を合わせた。


「怖かったね〜。でも、もう大丈夫だよ〜。お姉ちゃんはこう見えて、とぉっても強いんだから。君のこと、守ってあげる〜」


「あ、ありがとうございます」


 驚くべきことに、駒姫はこれだけで、孫次郎を信頼したようである。勘助としては信じられないが、しかしよく考えれば、事前に聞いていた話とも一致した。


(世間を知らな過ぎる。周囲が、甘やかし過ぎたのだ。この娘は、どうせこれ以上長く生きたとしても、不幸になる以外の道がない。この子が悪いのではなく、周囲が、そういう道しか生きられないようにしてしまったのだ)


 そこまで考えて、いや、と勘助は首を振った。


(この娘は、そんな周囲に、甘え続けてきたのだ。自分の生涯を、他人に頼りきっている。自分なりの信念がない人間は、どうやっても駄目だ)


 勘助はそう結論づけると、色々な感情が一気に冷めたのを感じた。


「行きましょう。孫次郎殿」


「あれぇ?勘助くん、私とお喋りしたいんだぁ?」


「ええ。孫次郎殿のこと、もっとよく聞かせてください」


 勘助は歩き出す。


 孫次郎は駒姫に興味をなくしたらしく、黙って立ち上がると、勘助の後を追い、横に並んだ。


 残された駒姫は、ポカンと一人、座り込んでいた。




 晴奈たち本隊が、笠原城に到着した。


 晴奈は、笠原山の麓まで出迎えに現れた信繁と相木市、馬場晴房、小川田信茂らの挨拶を受け、


「ご苦労だった」


とだけ言って頷いた。


 信繁は次いで、志賀清繁の首を検め、既にその家臣たちの手によって埋葬されてしまっていることを報告し、謝罪した。


「申し訳ありません、姉上。しかし、志賀清繁とその家臣たちはよく戦いました。彼らは、主君の首を多くの人間に見られることを嫌いましたので、せめて、彼らの望み通りにと思い、勝手な処置をとりました」


 晴奈は「うん」と言って頷き、しばらくのあと、


「良い、武者振りだ」


と言葉少なに褒めた。信繁は顔を赤面させたが、晴奈は気にせず、不思議そうにあたりを見回した。


 勘助が、この場にいない。野津孫次郎などは性格上仕方ないにしても、当然、勘助は出迎えに来るものと思っていたのである。しかし、「勘助はどこか」などと聞くわけにもいかず、黙って歩を進めた。


 勘助としては、小川田の策を受け入れた晴奈に対するささやかな抗議運動。のつもりなのだが、実際には孫次郎に付きまとわれて忙しかった、というのも理由として成立した。


 勘助は困った。何が良いのか、孫次郎などという訳の分からない女に気に入られてしまったのである。


 ともかくも、戦さに参加した晴奈とその家臣一同は、笠原城の巡視を終え、かつて清繁らが使っていた広間へと腰を下ろした。


 論功行賞は峡間に凱旋した後で行われるが、武功のいちじるしかった小川田信茂は、ここで望みの「駒姫を貰いたい」というようなことを言い、晴奈に許しを得た。


 家臣一同はそれぞれ複雑な感情を抱いたが、当の晴奈自身がかつて、攻め滅ぼした白樺の姫である凛姫をゆるし、自らの義妹とした過去があるため、なにも言えなかった。


(勘助めが、このしき習慣を作った)


 と、天海虎泰あまみ とらやすは思い、勘助を睨んだ。


彼奴きゃつ、どんな表情でこれを聞いておる)


 勘助は、まったくの無表情であった。




 話は進んでいき、捕虜たちの話になった。捕らえた捕虜の数は、女子供など二百人余りである。


 家老、板堀信方いたぼり のぶかたが、処分案を口にした。


「お屋形様。捕らえましたのは、女や子供ばかりでございます。御代田原では散々に敵を討ち取りましたし、ここは、赦すのがよろしいかと」


 晴奈はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開こうとした。


 その前に、勘助が異論を挟んだ。


「お待ちくだされ。それがしにも、案がござりまする」


 晴奈は勘助を見ると、ゆっくりと頷いた。

勘助は、まったくの無表情のまま、次のことを口にした。


「我が方に身寄りのある者は、金銭次第で身請けを許し、受け人のない女どもは、すべて金山にでも送りましょう。鉱石を掘る男たちの相手でもさせれば、彼らの仕事ぶりは一層良くなるかと」


 みな、勘助の言葉に絶句した。身震いすらするような思いであったろう。


「待て、勘助」


 板堀が思わず止めるが、


「そうそう、子供もいるのでしたな。これも同じく金山へと送り、やっことして働かせましょう」


 勘助は平然と続けた。


 奴とは、簡単に言ってしまえば奴隷である。あまりの情け容赦ない処分案に、さしもの板堀も、天海でさえも顔色を変えた。


 ただし、勘助の案に、思わず声に出して笑う者もいた。


 野津孫次郎である。


「あははははは!いいねぇ、それ!敗けたら全てが奪われる!そういうはっきりとしたりは、私大好き!」


 軍師の児玉こだまが、激昂した。


「野津!お前が好きかどうかは関係ない!この案が妥当かどうかが問題なんじゃ!」


 顔を赤くする児玉に対し、孫次郎はあくまでも笑顔で、いやむしろ、いつも以上に口の端を上げて笑った。


「あはっ。そりゃあ、妥当でしょう。敗けて捕まって、それで命だけは助けられて、それが何の解決になるっての?惨めったらしいったらないよ。情けなんてのはね、上から目線の自己満足でしかないんだよ。それで解決した気にはなるんだろうけど、そんなものは、所詮『気』でしかない。気休めの気だよ。いい?あの連中はねぇ、敗けたんだよ。敗ければ大切なものは壊される。それは敵に限らず、自分たちもだ。そういう減り張りこそ、戦さをする上で、最低限わかっているべきことなんじゃないかなぁ。敗ければ、失う、壊される、殺される、犯される、奪われる、全て。それが嫌なら、そもそも戦うなって話じゃんか。戦う以上は、勝たなきゃいけない。それだけの話だよ」


 孫次郎の言葉に、場は静まりかえった。


「戦うっていうのは、絶対的に良きものなんかじゃあない。簡単に決めていいことじゃないんだ。時には逃げることも、生きる上では大切なんだよ」


 勘助くんの案は、そういうことの教訓になるんじゃあないの?敵にも、味方にも。孫次郎は、そう言って締めくくった。


 みな驚いたが、勘助も驚いた。ただの狂っただけの女と思っていたが、なかなかどうして、彼女には彼女なりの考えがある。


 勘助は、そういう一つ筋の通った人間が、好きだった。


(人間とは、面白い)


 と、素直に思った。勘助としては、「一度敗北し、そこから立ち直る」という信念にも似た思惑がある以上、孫次郎の意見にはまるで賛同などしないが、この場は利用しない手もない。このままさらにもう一声入れて、通したくもない案を、通そうと思った。


「金山は、常に人手不足です。労働力を増やし、彼らを癒すことは、国のためになるでしょう」


 勘助の一声に、晴奈は大きく頷いた。

しかし、天海虎泰が大声で、


暫時ざんじ!お屋形様、暫時お待ちを!」


と言って、待ったをかけた。


「勘助。さような仕打ちを致せば、この桜平さくらだいらはいよいよ我らに背く。それがわからんのか」


「ほう?しかし方針では、『武郷には敵わないと世の人間に知らしめる』ということになっていたようですが?」


彼奴きゃつ!戦さ場にて力を示すと言うたのだ!恐怖を与えるとは言うておらん!」


「やられる側からすれば同じことです」


「違う!」


「同じに思いますなぁ、それがしは」


「そもそも、方針では『一方で城の者たちは赦し、武郷の寛容さを示す』というものもあったではないか」


 勘助は思わず鼻で笑ってしまった。


「そんなもの、城の者たちが我らにくだらなかった時点で、とうに潰れております。この際、やるなら徹底的にやればいい」


「城が降らなかったのは、お前の失態ではないか!」


「さて。それがしには、かの者たちが降らなかったのは、先の外山城にて力攻めを敢行し、それこそ情け容赦なく、歯向かう者たちを殺したから、のような気がしますがな」


「わしらのせいだと言いたいのか!」


「話がそれましたな。終わったことを今更、だれがどうのと言ったところで始まらぬ話です。しかし、外山城での一件は、一つの教訓をうみました」


「なんじゃ」


「はい。あの時は、力攻めの挙句、生き残った者たちを赦した。結果、彼らは再起を図るために脱走し、笠原城へと逃げ込んだ。此度こたびは、このてつを踏みたくない。やるならば、徹底的にやる。心が叩き折れるまで。そう言っております」


「馬鹿を言うな!既に勝敗は決している!こんなものは、」


「これが戦さでしょう。戦さは、血と涙で出来ている。孫次郎どののおっしゃった通りです。天海様、失礼なようですが、我らはなぜ、このように戦っているのでしょう」


「当たり前のことを!国のため、民のためじゃ!お主はそんなこともわからんのか!峡間は塩も米もとれん!ゆえに、こうして他国に出向き、戦っておるのじゃ!」


「違いますな。そのような理由であれば、我らはそこらの野盗となんら変わりがない」


「なに!」


「我らが目指すところ、それは、」


 勘助は、力強い眼差しで、晴奈を見た。


「天下です」


 甘さは、捨てねばなりません。勘助は晴奈から視線を外し、そう続けた。


 天海は怒りのあまり、顔は赤く腫れ上がり、額には血管がはち切れんばかりに浮き出た。


 勘助はその様子を、意にも介さない。


「それでも背くという者があれば、天海様がそれらを叩けばよろしい」


 簡単でしょう?とでも言いたげに、勘助は言った。もはやこうなると、勘助は虎泰を挑発しているようなものである。


「人頼みか!恥を知れ!」


 勘助は、黙って肩をすくめた。


「お屋形様!勘助めの口車に乗ってはなりませぬ!あの男は、御家のことなど、微塵も考えていないのです!ここは、どうか城の者たちに、寛大な心をお見せくだされ」


 天海は頭を下げた。勘助としては、これ以上滑稽こっけいな姿もない。


(自分たちの望んだ果てが、これなのだ)


 ただ、そう思った。



 しばらくの沈黙の後、晴奈がようやく口を開いた。


「天海」


「はっ」


 天海は期待して顔をあげた。


 しかし晴奈は、


「勘助が今まで、私たちに不利益をこうむるような行動をとったことがあるか」


 天海は驚いて晴奈の顔を凝視した。晴奈は、天海の返答を待っているらしい。


「あります。あの白樺の姫が、まさしくそれです。滅した家の娘を妹などにして近くに置かせ、一体どのような災いが起こるか、今も心配でたまりませぬ」


「私は、そうは思わない。あれは、可愛い私の妹だ。あの一件があればこそ、白樺の者たちは、我らに尽くしてくれているのだ」


 晴奈はゆっくりと板堀信方を見た。


「違うか。板堀」


 信方は、晴奈相手に嘘を言うわけにもいかなかった。


「左様です。白樺の者たちは、凛姫様を家族として迎えたお屋形様に、忠義を誓っております。もし、そのような処置がなければ、かように白樺という厄介な地を易々やすやすと治めることはできなかったでしょう」


 晴奈は頷いた。


「勘助。身請けの件、金山に送る件、あいわかった。そのこと、お前に頼んでも良いか」


「はっ」


 勘助は頷き、捕虜の処分は決定した。


 勘助は思う。


(これでいい)


 と。

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