第三話 (15) 御代田原の戦い

 武郷たけごう軍接近の報を聞いた城方援軍一万の総大将金井安治かない やすはるは、急ぎ岩頭城いわがしらじょうの攻略をやめ、北へと後退した。


 かれは、この地の人々が憩いとする活火山、深間山ふかまやまふもとに陣取った。御代田原みよたはらである。広大な平野で、ここでなら一万の兵力も過分に力を発揮できると考えた。深間山を背にして野戦陣を組み上げる彼の軍は、対面する武郷軍よりも優位である。


 というのも、御代田原の東から南西にかけては、深川ふかわという川が谷底で流れている。武郷軍は自然、川を背にして布陣しなければならない。東から南西に向けて流れるこの川は、横陣を布く武郷軍右翼を圧迫するだろう。


「狙い目は、右翼だ」


と、この時期の安治やすはるはしきりに言ったし、幕僚たちも大いに頷いた。

彼らのやる事は至って単純な作戦である。川を背にした武郷軍右翼を攻めに攻め、援軍を送るために薄くなった中央軍を抜く。要するに、全力攻撃以外になかった。



 武郷軍で最も早く御代田原みよたはらに陣を張ったのは、板掘信方いたぼり のぶかたである。彼は久しぶりの晴奈はるなとの戦さを心待ちにしており、気張りに気張っていた。統治する白樺しらかばの兵を引き連れ、軍の右翼を担当した。最も激戦が予想されるこの部署に、自ら名乗り出ている。武郷きっての歴戦の老兵が買って出たのだから、誰も文句を言わなかった。


 次いで現れたのは、天海虎泰あまみ とらやす。武郷の柱石ちゅうせきと呼ばれるこの二人は、やはり心構えが他の諸将と比べ、ちょっと違うのかもしれない。最強の部隊を有する彼の隊は、左翼を担当している。


 その後も続々と武郷軍諸将が到着し、最後に現れたのは、最前戦中央の指揮を取る高松多聞たかまつ たもんと、晴奈本隊である。八月五日のことであった。金井軍も武郷軍も、互いにすぐには攻撃を仕掛けない。目と鼻の距離で睨み合う両軍は、決戦が翌六日になるであろうことを、一兵卒までもが察していた。武郷軍の陣形は、金井安治が望んだ通り、右翼が川を背にして配置されている。彼らの背後には谷があり、その下には獲物を今か今かと待ちわびている岩肌だらけの川が流れている。後退を許されない彼らの精神状態はすこぶる悪く、いかに信方が名将だろうと手足の如く自由に兵隊を動かせるだけの空間がない。金井軍は、これを待っていた。


 夜。武郷軍中央の後方に配置されている本陣には、各諸将が集められた。

軍議が始まるまでの間、軍師・児玉虎昌こだま とらまさのみが、絶え間なく動いていた。常にせわしなく動き続けることが、彼の癖であった。


「おい、敵の夜襲に備え、松明は蘭々らんらんと燃やしておけ」


「はっ」


 既に三度目になる命令を、再び口にする児玉。

その様子を眺めていた参謀の松原敏胤まつばら としたねがニヤニヤとして、話しかけた。


「児玉さん。夜襲はないでしょう。夜襲は」


「松原」


「古来、夜襲とは少人数が大人数に対して仕掛けるものです。それを両軍合わせて二万近くになるこの戦さでやるとは、到底考えられません」


 松原の隣にいる参謀・井上省吾いのうえ しょうごも同意する。彼ら二人は、児玉の左右の手であった。


「敵にも意地がありましょう。決戦で夜襲とは・・・・・・少し考えにくいですなぁ。私であればそのようなこと、世間になんと思われるか・・・・・・。まぁ、警戒しないよりはした方がいいですが、あまり緊張を高めるのも、良くないのでは?」


 児玉自慢の二人である。彼らに言われては、児玉も苦笑せざるを得ない。


「ハハハ、まあな。しかし松原、井上よ。わしら本隊の幕僚が気を張らなくては兵たちに、不注意な奴、と思われてしまう。そうなれば士気は下がるじゃろう」


 そう言って児玉は、自らの床机しょうぎにぴょんっと飛び乗った。それまで各々自由にしていた諸将も、その様子を見て、居住まいを正した。


「お屋形様。そろそろ」


 児玉が晴奈に話しかける。晴奈はおごそかに頷き、軍議が開始された。といっても、既に作戦計画は決まっている。この夜に行われたそれは、既定方針の再確認のみであった。


 ここでの作戦は、全て児玉が考えた。むろん、参謀たちと協議し合ってはいるが、大筋は児玉である。児玉の積極的かつ大胆な作戦が存分に表れていた。


「こりゃあ、奇策じゃな」


と、長年戦さに明け暮れた天海虎泰あまみ とらやすが唸ったほどである。



 八月六日。戦端を切ったのは、昨日の布陣に続き、またも板堀信方いたぼり のぶかたであった。かれは、侵略戦争を常とする武郷軍に長年いるだけあり、その思考は他の武郷軍諸将に比べれば消極的であるものの、やはり一般よりは一段も二段も積極的であった。


 あかつきと共に、敵陣に向けて駆けた。彼の近くを走るのは、白樺の兵ではなく、みな信方が若い頃より連れ立っている歴戦の精鋭であった。


 理由はある。白樺の民たちというのは、元来攻めるよりも攻められることの方が多く、粘り強い性格を持つ反面、攻め戦さが不得手であった。いわば、伝統的な性格である。信方はそれをよく理解していた。理解していたからこそ、一番槍を自ら挙げ、これから予想される惨烈な戦いに向け、士気を上げようと考えた。


 驚いたのは、板堀軍と対峙する金井軍左翼の兵たちである。攻め戦さとばかり聞いていたので、信方の急襲に混乱した。


「討ち取れぇい!首は捨ておけぇい!」


 信方は右に左に刀を振り、敵をともかくも斬ってゆく。周りを走る板堀隊も、敵陣地の方々ほうぼうで暴れた。


 ようやく安井軍左翼の兵たちが迎撃態勢を整えた頃には、信方たちは既にその姿を消していた。辺りに転がるのは、首やら手やら、無残に打ち捨てられた味方の死体だけであった。


 安井軍左翼の将は、糸井十郎いとい じゅうろうという男であった。


「何事だ」


 眠そうな目で、参謀に問うた。


「板堀勢の朝駆けです。既に敵は逃げたようで」


「被害は?」


「さあ。混乱激しく、そこまでは」


「ふむ」


 糸井は両腕を後ろで組むと、ゆっくりとその場で歩き出した。


「そうかぁ」


 などと独り言を言いながら、ぐるぐると歩く。

見かねて参謀が聞いた。


「急ぎ追わなくても良いので?」


「追ったほうが良いかね?」


と、質問で返してくるから、参謀は弱った。


 そこへ、左翼敵襲の報せを聞いた本隊から使者が駆けつけた。聞けば、「敵にいい様にやられて未だ動かずとは、どういう了見だ」というような叱咤の内容である。


「追うよ。追うが、追った先に敵の罠がないとも限らん。もある。慎重にならざるを得ない」


 そう、返した。先日の例とは、金井安治本人が浅間幸隆あさま ゆきたかにまんまとやられた事を指している。その一件で各部将たちの総大将に対する信頼は地に墜ちていたが、作戦を遂行する上で最も重要な左翼の指揮官にまでそれが及んでいるところに、金井安治の器が知れた。


 不愉快そうに顔を歪めた使者を追い出した後、糸井は参謀をサッと見た。緩急の激しい男である。


「行くか。結局、我々は最も果敢に攻めねばならんし、やるなら早くやったほうがいいだろう」


 そう言って糸井は、兜を被った。鶏冠とさかのような形をした兜で、糸井の細い体も相まって遠目で見ると名の通り糸のようであった。


 糸井の攻撃命令で、金井軍左翼は前進を開始した。川が近く、標高もそこそこ高いこの戦場は、薄い霧がかかっていた。前進する味方が霧の中へと消えて行くのを見ながら、糸井は、


「怖いなぁ」


と呟いた。呟き終わると、サッと参謀を見る。


「しかしだ。我らの攻撃に勝利がかかっている。恐れずに全速で駆けさせるよう命じろ」


「はっ」


 糸井の命令で、前線の部隊は一斉に駆け出した。


 するとまもなく、銃声が糸井の耳へと飛び込んできた。

武郷軍右翼指揮官の板堀信方は、前日早くに着陣し、簡易的な野戦陣地を築いていた。彼のこの戦場での役目は、ひたすら防御することであった。



 糸井軍先鋒は、正面からの射撃を浴び、バタバタと斃れた。しかし、糸井軍先鋒の指揮官はそれでも前に突き進もうと次から次へと兵を繰り出し続け、やがては簡易的な防御柵を蹴散らし、板堀鉄砲隊を追いやった。霧は、糸井軍に味方した。視界が悪いため板堀勢の射撃能力は弱まり、なおかつ霧を恐れずひたすらに前進されたため、鉄砲隊は弾を込める余裕がなかった。鉄砲隊による第一防御線は、信方の期待する戦果の半分も挙げられなかった。


 先鋒は、更に突き進む。が、次は右から側射された。射撃が終わると、刀を構えた板堀勢が霧より現れ、糸井勢を滅多斬りにした。


 糸井軍先鋒は撤退を余儀なくされ、再び兵の補充を受けて突撃を敢行した。同時に、糸井十郎は側射があった方角にも、兵を差し向ける。

そうしてパチンコ玉のように兵隊を繰り出すうちに、瞬く間に戦線は広がり、あちらこちらで各々の戦いがはじまった。



 板堀軍と糸井軍の戦いが始まったことにより、にわかに両軍が動き出した。


 武郷軍中央軍の任務は、右翼で防御に徹している板堀軍を援護しつつ、前進することである。

中央軍は、板堀陣地を攻める糸井軍の右側面をおびやかしつつ、必要とあれば抜かれそうな板堀陣地に援兵を差し向けた。これらは、中央軍総司令官の高松多聞たかまつ たもん直下の者ではなく、此度の戦さにおいてのみに多聞の下につけられていた諸将が行った。


 多聞の仕事は、敵中央への前進運動である。

かれは、敵中央への前進という大仕事に集中するため、他家の将を自らの指揮下から半ば外して右翼援護に回し、手ずから訓練を施した騎馬隊による得意の遊撃戦や後方奇襲をしきりに行った。自らは歩兵の指揮を務めつつ、四方八方に騎馬隊を走らせる。彼の指揮は、まるで戦場全てがみえているかのように的確であった。


「両翼の軍に遅れを取るなよ。戦の主役は中央だぞ」


 彼は麾下きかの将兵にそう言いつつも、眼は戦のの方角を見つめていた。


 彼の眼の先にいるのは、天海虎泰あまみ とらやす率いる左翼軍である。

左翼では、盛んに太鼓の音が鳴り響いている。まるで早く進まねば背後から斬り殺すと言わんばかりで、矢のような速さで騎馬武者が駆けている。


 虎泰は自ら馬に乗り、騎馬隊を率いて正面の金井軍右翼に突進した。武郷軍左翼と金井軍右翼は正面衝突したのである。


 凄まじい速さで駆ける虎泰騎馬隊は、敵の先鋒騎馬部隊とぶつかった。ある武者は馬と馬とのぶつかり合いに耐えきれず前方に投げ出される。ある武者はすれ違いざまに斬り殺され、またある武者は、敵に飛びかかられて転げ落ち、そのまま組討ちを始めた。


 凄まじいぶつかり合いの勝者は、虎泰騎馬隊であった。破裂したかのようにバラバラにされた敵騎馬隊を抜け、そのまま前進してくる後続の敵歩兵隊に斬りかかった。


 虎泰は、驚愕に眼を見開く歩兵の顔を真二つに斬り、行き先を塞ぐ敵には馬で体当たりして押し倒すと、そのまま踏み殺した。槍で果敢に突きかかって来る敵歩兵の攻撃をかわし、突き出された槍を掴んで引き寄せ、首に刀をぶち込むと、そのまま放り投げる。


「舐めるなぁ!わしら天海隊、この程度の弱兵に遅れは取らぬ!」


 唾を飛ばして顔を怒らせるこの五十代は、それはもう恐ろしい強さであった。

天海隊の名を聞いた金井軍右翼の歩兵たちは、皆一様に顔を青くさせ、逃げ腰になった。こうなれば一方的な殺戮が始まる。


 既に騎馬隊、歩兵隊を壊滅させた虎泰は、更に前進を命じる。後続の味方歩兵隊からは随分と離れ、周りの騎馬隊も死傷が増えていたが、気にする様子はない。


「行くぞぉ!」


「「「うおおおおおッ!」」」


 虎泰騎馬隊の猛進を見て、後方に続く諸隊は、みな血を熱くさせた。早く戦場に行きたくて、自然と足を早めた。


 虎泰は高揚した心の中で、ほくそ笑む。

例えば勘助であれば、この虎泰の戦い方を酷く嫌悪するだろう。せっかく鍛えに鍛えた精鋭の騎馬隊を、無用に死なせている。と。だが、虎泰にすればそれこそ笑止でしかない。


(本来、戦いとはこういうものなのだ。血で血を洗い、勝利だけが絶対の基準。これこそが、戦さであろう!)


 我々は、戦さをしているのだ!と、虎泰は吠えたかった。



 天海虎泰率いる左翼軍の目的は、正面(金井軍右翼)の敵を抜き、そのまま金井軍全体の右側背を打つことである。


 ここで武郷軍の作戦をまとめるとする。要するに、児玉虎昌こだま とらまさが立てた作戦というのは、川を背にする武郷軍右翼(板堀信方)を狙って左手を突き出した状態の金井軍の右手を押し込み旋回させ、そのまま今度は金井軍全体を川まで押し込もうという、言わば包囲作戦であった。板堀信方の右翼は、大きく右旋回する武郷軍の旋回軸にあたり、天海虎泰の左翼が、力を持って敵軍を押し自分たちごと川まで回転させる。中央軍は猛進する左翼軍に続いて前進しつつ、右翼軍が壊滅しないように援護する。東から南西にかけて斜めに流れる深川をもって、敵を背水の陣に引きずりこもうというのであった。


 八千の武郷軍をもって一万の金井軍を包囲しようというのは、普通の頭では考えられない。少人数が大人数を包囲しようとは、戦場に限らずとも、常識では考えられるはずもないことである。虎泰が「奇策」と唸ったのは、ここにあった。


 この作戦には、虎泰の左翼が武郷軍の命運を握るだろう。早く敵を押し込まなければ、川を背にして防衛陣を張る右翼の信方軍は壊滅してしまう。

そのために児玉と晴奈は、左翼にもっとも攻撃力の高い部隊を配置している。


 黒木昌景くろき まさかげの隊である。昌景は、児玉とは種違いの兄妹にあたるが、背の低さぐらいしか似た所は見られない。頭を使う児玉とは違い、昌景はともかくも猪突猛進で、他では手のつけようのないような荒くれどもをまとめ上げ、真っ赤な鎧に身を包ませている。


 その隊が、虎泰騎馬隊の勢いを見て、我慢しきれずに飛び出した。彼女らの任務は、虎泰の隊(歩兵も含める)の後方にあって、虎泰隊が刀槍や兵力の補充のために後退した時に戦線を維持し、ドリルのように敵陣を突破する役割であった。


 が、飛び出した。虎泰隊は未だ猛進を続け、騎馬隊を追う歩兵隊に至っては戦さを初めてすらいない。ここで後詰めの役割である黒木隊が虎泰隊と共に前線に行き、互いに疲弊しては左翼軍全体が一気に崩れ去ってしまうだろう。


「昌景の姉貴。いいんですかい?」


 昌景の隣をゆく禿頭とくとうの極悪面が、聞いた。


「なに、勝てばいいのさ。勝てば。このまま蹴散らせば問題ねぇ」


「しかし、勝負がつかなかったら?途端に左翼は崩れますぜ。後詰めの俺らが出ちまったら・・・・・・」


「馬鹿お前。勝つためにするのが戦さだろうが。今、この勢いを途切れさせば、勝負は長引く。長引けば、板堀のオッサンが危なくなる。そうすれば、勝利は手から遠ざかるだろうよ」


「はぁ」


「攻めに攻めて、それでも駄目なら、また攻める。戦さとは勢いだぜ。小賢しいことを言うようになりやがって、お前は勘助にでも影響されたのか?」


 極悪面は、心底心外そうに顔を歪ませた。


「ヘヘッ。オレらには、これしかねぇんだ。慣れねぇコトはすんな。ロクな結果にならねぇよ」


 昌景は笑うと、馬足を早めた。が、突如、


「あっそうだ。本陣には一応報告しとかねぇと」


と呟いた。


 思い出したかのような昌景の言葉に、周囲の家臣たちは一様に固まった。


(絶対に行きたくない)


というのが、彼らの共通した心情だった。昌景の独断専行をどう説明すればいいというのか。


「志村くん。行ってきてくれ」


 昌景は、笑顔で振り向いた。志村と呼ばれたのは、昌景より更に小柄な少年で、昌景が常に可愛がって「志村くん」などと呼んでいる。彼は荒くれ揃いの知能の低いこの軍団の中にあって、唯一礼儀を知っているような善良的な人物であった。


「えっ」


 志村は顔を青くした。周りの荒くれ家臣どもが同情の眼差しを向けるが、賢い志村は彼らが思っている以上にこの命令の残酷さを知っている。イチかバチかでとぼけようとした。が、


「だから、本陣に行けって」


 有無を言わせぬ物言いに、遂に不幸な志村くんは馬首を返して本陣へと駆けた。



 一方、防御の構えをとる板堀信方の右翼では、金井軍左翼の糸井十郎が、自らの虎の子である精鋭部隊を前に出した。


 率いる将は糸井十郎の娘で、左衛門という女だった。あらかじめ攻め戦さになると分かっていた十郎は、決死隊を手ずから選び抜き、娘に手柄を立てさせようと考えていた。


 左衛門が前進を開始した時、早くも戦場の霧は晴れつつあった。


 彼女の隊は、見事にその役目を果たした。武郷軍における黒木昌景が敵陣にドリルの如く穴を開ける必殺の部隊であるように、この左衛門決死隊もそういった役目があった。


 左衛門隊は、「粘り強い」という伝統的性格を持つ白樺兵を、次々と打ち破った。白樺の兵たちは、容易には撤退という事をしない性格の持ち主であったが、彼女らの攻勢にはそれを余儀なくされた。


 信方の用意した白樺兵による防御陣地は二つも三つも突破された。彼らは必死に戦ったが、左衛門率いる精鋭兵にはかなわず、遂には敗走を繰り返した。


「いいぞ!まるで敵などいないかのようだ!」


 撤退し、放棄された信方の前線防御陣地で白樺兵の死体を踏みつけ、左衛門は顔を輝かせた。決死隊の面々も、大将の十郎から任されている一人娘を盛り立てようと気張っていたため、この笑顔が嬉しくて堪らなかった。


「左衛門嬢、我らはまだまだ行けます!」


と、前進したいという旨を遠回しに言った。

これに気を良くした左衛門は、勝利の高揚のまま、後続部隊を待たず、再び前進を開始した。


 再び、敵が現れる。三十人程度の小部隊で、装備は皆、槍である。


「蹴散らせ!」


「「おう!」」


 戦闘が開始された。正面よりぶつかった左衛門決死隊と槍隊との戦闘は、瞬く間に一方的な惨劇に変わった。

戦いながらも、左衛門は微かに感じたことがあった。


(兵の質が違う?)


 先程まで死闘を繰り広げた白樺兵とは違い、常に逃げる事ができるような消極的な戦いで、なかなか間合いに入ってこない。こちらから無理矢理近づけば、槍をがむしゃらに振り回して、近づけまいと抗う。


 はっきりと言えば、あまり上等な兵ではなかった。


(しめた!敵は既に兵を出し尽くしている!)


と、左衛門はニヤけた。

彼女たち金井軍の中でも精鋭中の精鋭からすれば、こんな槍隊は相手にならない。容易く組み伏せられる彼らは、哀れですらあった。


 半数も殺されたところで、槍隊は一目散に逃げ出した。我先にと駆け、秩序もなにもない。


「なんだそれは!それでも侵略者か!追え!背中から叩き斬れ!」


 左衛門の下知のもと、決死隊は彼らを追った。

追撃戦に集中する決死隊は、知らぬ間に窪地くぼちへと入り込んでいた。

正面のやや高い所に、敵陣地が見える。元々あった小規模な高地に、いま左衛門たちが入り込んでいる窪地を掘った土で盛られた、急造の薄汚い高地陣地である。


「あれも攻め落とせ!」


 左衛門は刀を掲げ、突撃命令を下した。わずか一晩で作った急造高地陣地など、駆け登ればあっという間であろう。


「おう!」


と、威勢よく声を上げ、窪地から身を乗り出した家来の身体を、右から飛来した槍が貫いた。


「え?」


 驚く左衛門をよそに、窪地には槍が次々と投げ入れられる。右方向を見れば、先程まで追っていた例の槍隊の残党が、またも急造らしき高地陣地の前に隊列を組み、投げ槍をしている。


「ふざけんな!右の高地陣地を先に落とせ!」


 投槍に気をつけつつ、今度は右の高地を目指そうとする。が、その背後から、次は弓矢が飛来してきた。


 背後にも、高地陣地がある。つまるところ、左衛門ら決死隊は、正面と左右の三方から、飛び道具を浴びせられていた。


「しまった!死地だ!」


 左衛門の悲鳴が響き渡った。

 それでも決死隊は何とか前進しようと試みたが、一歩も前に進むことは出来ず、遂には前進どころか後退すらもできない状態に陥った。


 決死隊が相手しているのは、板堀信方の白樺兵ではない。兵の質が違うのは当然で、彼らはそもそも所属が違ったのである。


 彼らの大将が、窪地で縮こまる決死隊を眺めている。眠そうな目と真っ白い肌が特徴的なその少女は、工藤昌豊くどう まさとよである。今は、信方率いる右翼に部署されている。


 昌豊は、勘助の教え子の中でも最も勘助を師として尊敬している。ゆえに、こうして敵を上手いこと罠に嵌められた事に確かな優越感を抱いていた。が、表情が元来のものか人生経験によるものか乏しく、周りには冷徹な印象を抱かせている。


「指揮官がわずかな勝利におごって冷静さを失えば、下の者たちの力がどんなに優れていたとしても、意味をなしません」


 冷たくそう言い放った。


「馬鹿ですね」


 嗜虐的にすら見える表情で、昌豊は、決死隊を指揮している左衛門を見下ろす。


「工藤様。このまま奴らをあそこに釘付けにしておきますか?」


 家臣が聞くと、昌豊は静かに答えた。


「いえ、あのまま生かしておけば、いずれ突出しているあの隊を助けに、援軍が現れるでしょう。そうなるとこのような急造高地陣地では不安が残ります」


「では、三方の高地より兵たちを突撃させ、一気に殲滅を図りますか」


「それでは撤退される隙が生じる上に、味方の損害も大きい。ですからここは、焙烙玉ほうろくだまを使いましょう」


 焙烙玉とは早い話、手榴弾のことである。この時代のものは、陶器に火薬を入れ、導火線に火をつけて投げ込み、破裂した陶器の破片で人馬を殺傷した。


「しかし、敵は精鋭部隊。その将の首を挙げたとなれば、大した手柄になります。焙烙玉を使い、死体が残らねば、工藤様の手柄にはなりませんぞ」


 家臣は、主人が武郷家中であまり良い立場にいない事を気にしていた。が、昌豊はクスリと笑うと、


「別にいいんですよ。それで」


と言って微笑んだ。



 窪地で指揮をとる左衛門は、指揮官であるにも関わらず、目に見えて混乱していた。


「一歩も進めないじゃないか!畜生!畜生!畜生!」


 怒鳴る左衛門のもとに、二つの焙烙玉が飛び込み、途端に光ると、次の瞬間には姿形が跡形もなく消えて無くなっていた。



 その頃、武郷軍本陣には、左翼で突撃を敢行した黒木軍の志村が、報告に姿を現した。


 志村の姿を認めると、児玉がすぐに反応した。


「黒木のところの志村じゃないか。どうしたんじゃ」


 声を聞き、他の参謀たちも志村に注目した。

一気に視線を浴び、ビクっと震えた志村は、勇気を出して、児玉に近づく。


「ほ、報告します。えっと、黒木軍は、敵に向け前進を開始しました」


「なにぃ?」


 児玉の声音が途端に厳しいものになった。

参謀の松原敏胤まつばら としたねが、いぶかしげな顔をして近づいてくる。


「それはどういうことだ。先鋒の天海隊が後退したということか?天海隊からそのような報告は聞いていないが・・・・・・」


 まだ戦さは始まって半刻1時間ほどである。武郷軍最強の名を欲しいままにした歴戦の猛将が、なんの前触れも無く、もう後退とはいささか信じられない。


 不幸な志村は、いよいよ額に汗を溜めた。


「そのぉ」


 ボソボソと呟き、困ったように目を彷徨うろつかせる志村。


「なんだ!はっきりと言え!」


 松原が詰め寄り、志村は背筋を伸ばした。


「今が好機だと出陣いたしました!戦さが長引けば右翼の板堀軍が壊滅すると!決着は早く着けると、飛び出しました!」


 志村が怒鳴るように報告した。志村はこれ以上の昌景の狙いなど知らないし、昌景自身もこれ以上の理由はなかっただろう。


「志村よ」


 児玉虎昌こだま とらまさが、静かに名前を呼んだ。

が、その声は怒りの感情が見え隠れしている。


「お前たちは自分たちの役目を理解しとるんか。まず天海さんが猛進する。天海さんの勢いが弱まったところで、すぐさまお前たちが前に出る。敵に反撃の隙を与えず、お前たちは敵右翼を打ち破り、そのまま金井軍中央の右側背を叩く。敵中央の金井安治は驚き、逃げ場を求めて左翼軍の方へ後退する。お前たちと我が中央軍は、そのまま逃げる金井安治に対し追撃戦を敢行し、敵を深川へと追い込む。その役目が、わからんのか」


 志村にとっても既にわかりきった作戦を、懇切丁寧に説明する児玉。志村は不愉快であった。


「わかっています!」


「ならばなぜ動いた?わしはそれを問うておるんじゃ」


 志村は黙りこくってしまった。返す言葉が見つからない。が、児玉はそれを良しとはしない。


「今!」


 児玉の怒鳴り声に、志村は驚き、体を硬直させる。


「まさにこの時に!味方の将兵は決死の覚悟で戦っておる!」


「だ、だから!先程以上の理由はありません!私にどうせよと言うのか!」


「ここまで話して、まだわからんか!お前たち家臣がすること、しなければならぬことは、暴走した主を止めることじゃ!今すぐ走り、黒木の馬鹿を止めて来い!」


 怒りのあまり常軌を逸した児玉は、遂に手を出した。志村の頬を思い切り殴りつける。


「少しは自分で善悪を考えろッ!お前たちは何のために戦っているんじゃ!上の人間の機嫌を取るためかッ!味方の勝利のためかッ!」


 志村は悔しさのあまり涙を流しそうになりながら、走り去った。


 志村が走ったのを見送った児玉は、頭を抱えた。その様子に、参謀の井上省吾いのうえ しょうごが近づく。


「黒木殿には困ったものですな」


「全くじゃ。戦さの強いものほど、我が強く、扱いづらい。なぁ井上よ、どうにかならんか」


「いやぁ、どうにかと言われても・・・・・・」


「中央はどうなっておる」


「はい。着実に進軍しております。さすがは多聞たもん殿ですなぁ」


「もっと右翼の板堀さんのところに兵を送るよう、いっておけ」


「は?今でも十分、右翼軍に兵を割き、敵に脅威を与えていると思いますが・・・・・・。それに、敵の編成は攻撃の要である左翼が最も兵力が多く、中央はそれに次いで多い。更に言えば、敵も中央を前進させようと躍起になっています」


 中央軍の方角から、ひときわ大きい怒号が聞こえた。こうして話している途中にも、鉄砲音は絶え間なく聞こえてくる。

井上はちらりとそちらを見やった。


「いわば中央軍は、敵味方互いに前進をしているわけですから、とてもそのような余裕は・・・・・・」


「多聞なら何とかしてくれるじゃろう。それと、左翼には久乃木くのぎ軍を送れ」


「えッ!?」


 井上は驚愕した。

この時の井上省吾の顔を、児玉は生涯忘れなかっただろう。


「恐れながら、久乃木軍はこの本陣の守りを固めています!彼女らを左翼に送り、中央の高松軍には右翼援護のために更に兵を割かせては、援軍を送る兵力は底を尽き、我が軍の中央は極端に薄くなります!」


「分かっておる。じゃが、左翼にも右翼にも、助けが必要じゃ。右翼の板堀さんは言うに及ばず。左翼の黒木は、志村が一度は連れ戻すじゃろう。じゃが、好機と見れば、また飛び出す。そうすれば、今度は誰も奴を止めれん。久乃木には、奴の代わりに左翼の後詰めをしてもらう」


「左翼の、後詰め・・・・・・」


「そうじゃ。左翼の攻撃だけは止めてはいかん。常に勢いのある軍を差し向け続けるんじゃ。敵に呼吸をさせるな」


 戦さというものは、呼吸のようなものである。吸う時(守る)もあれば、吐く時もある(攻める)。児玉が言っているのは、敵に空気を送り続け、やがては風船のように破裂させる。という事であった。そのために、本陣の守備に就いていた久乃木麻里くのぎ まりの軍を左翼へと送ったのだった。



 中央の高松軍に、本陣より使者が来た。

指令を聞いた多聞の家臣は、途端に顔を赤くした。


「馬鹿なッ!本陣は我らの現状を理解しているのか!当方も前進、敵も前進!それがどれ程の被害をうむ戦さになるのかッ!ここでさらに右翼に援軍を送るなど、不可能だ!中央は壊滅するぞ!」


「そうは言われても・・・・・・」


 使者は困り果ててしまった。

遂には、こちらを睨みつける家臣の後ろで、黙って話を聞いている多聞へ向け、上目遣いの視線を送った。


 床几に座っていた多聞は立ち上がると、家臣の肩を掴み後ろに下がらせた。


「俺たちは、右翼の状況も左翼の状況も分からん。状況を分かっているのは、本陣だけだ。その本陣がやれというのなら、やれるだけのことはやる」


 多聞は顎で使者に帰るよう促すと、すぐさま右翼に送る援軍の編成を始めた。


「村田。行ってくれるか」


 先程まで顔を怒らせていた家臣の村田という男に、その顔を向けた。この男は勇敢に前線で指揮を取れる騎馬隊巧者で、高松多聞の信頼も厚い。


「しかし、私が行っては誰が騎馬隊の指揮を取って中央の戦線を維持するのです」


「俺が行く」


「殿が?」


「お前たちだけに戦わせて、俺だけここで座っているのも、合わせる顔がないというものだ」


 そう言うと多聞は、垂れた目を光らせて、


「おい!俺の弓を持ってこい」


と命じた。


 弓を受け取り馬に乗ったその大きな身体は、いかにも猛々たけだけしかった。



 「多聞が戦場に出た」


という報せは、敵よりもむしろ味方の肝を冷やした。


 無様な戦いはできない。多聞が無様だと認めれば、例え生きて帰っても殺される。そういう恐怖が、彼らを奮い立たせた。


 地獄のような訓練を強いられてきた連中である。その強さは、やや常軌を逸していた。死に物狂いで敵に斬りかかり、ともかくも多聞から離れようと、必死に前進した。


 多聞はそれらを放っておき、他の足軽どもを叱咤して回った。普段農業をしているような彼らは、多聞が訓練の鬼だとは知らない。彼らにとってその巨体と威圧感は、さながら毘沙門天かなにかのようであった。


「進め!進んだ先に、褒美がある!早く終わらせて、笑顔で帰れ!」


 多聞の声に、足軽どもは奮起した。

ある一隊のごときは、深追いしすぎて、林から出てきた敵の伏兵に横腹を突かれたが、それでも崩れず、壮絶に斬り合ってみせた。


 多聞が右へ左へ戦場を走り回っているのを、金井軍中央の総司令官、金井安治は好機と捉えた。


「弓を持った巨大な騎馬武者がいたらば、これをすぐさま討て。さすれば、勝敗は決する」


 彼としては、別に左翼の糸井十郎が敵右翼を攻撃し、敵中央軍の壁が薄くなるのを待つ必要はない。彼が率いる中央軍で、敵中央を貫けば、それだけで勝敗は決するのである。敵中央軍の総司令官を自らの指揮する軍で討ち、糸井十郎ほかの助けなしで勝利したとなれば、彼の評価はうなぎ上りだろう。そう考えると自然、口元が緩んでしまい、ニヤニヤとした。


 が、彼の思うようにはいかなかった。敵将を討て、と命じられた金井軍中央の将兵たちは、多聞が戦場に現れた時のみに活発になり、他の時はやる気をなくしたかのように容易く崩れさるという事態が頻発した。


 各地での敗走報告を聞いた安治は、それでも構わないという方針をとった。


「ともかくも敵将を討つ」


 それだけを、中央軍の目的とした。何しろ彼の評価が掛かっているのである。他は些事さじでしかなかった。


 この安治の狙いに、多聞は気づいた。

どうにも先程から自分にばかり勢いよく敵が突っかかて来る。と思えば、他はそうでもないらしい。


「勝負に焦ったな」


 多聞としては、選択肢が二つある。


 一つは、このまま後方に多聞が下がってしまうことである。多聞という個人にのみ集中している敵は、これで目標を失う。反面、前線で叱咤激励して回っていた大将が後方に引っ込むとなれば、味方の士気が落ちかねない。


 もう一つは、このまま多聞が前線のとある一帯にドカッと腰を落ち着けてしまい、敵の攻撃を自分に集中させる。その間に、他の隊で戦線を押し上げてしまう、というものであった。


 多聞は、決断した。


「甲乙つけがたい時には、積極策だ。例え危険性が増してもな」


 選んだのは、後者である。多聞は敵の攻撃を一手に集める。それによる犠牲者たちを選ばなければならない。彼と共に命をかけてくれる隊、彼と共に敵の集中攻撃を浴びる隊を。


 彼は、最も古参の隊を選んだ。この隊は多聞とともに幾多の戦場を駆け回った経験はあるものの、特段に強いというわけではない。が、多聞の考えとしては、こういう隊が最も粘り強いのである。それらの隊を自らの直掩ちょくえんとして引き連れ、彼は中央軍のその中央に陣取った。



 多聞出現の報を受け、敵は中央に殺到した。


「ここが踏ん張りどころだ!気張って守れ!」


「「「おう!!」」」


 多聞隊は、押し寄せる敵を幾度も打ち払った。

多聞の腕から放たれる矢は、凄まじい速さで敵の首を撃ち抜き、その度に味方の将兵を高揚させた。彼は、その積極的な性格を防衛戦でも発揮した。ともかくも敵を待ち受けるといったことはせず、常に前へ前へと兵を繰り出した。敵味方ともに、損害が大きい。が、この戦術は金井軍にとって、高松軍の兵力の底が見えづらいという効果があった。


「敵騎馬隊、来襲!右からです!」


「こちらも騎馬隊を出せ」


 多聞の命令を聞いた家臣の一人が顔を青くした。


「し、しかし、既に我が騎馬隊は消耗しきっています。先の襲撃で追い散らされた敵騎馬隊は、先程の倍はいるのでは・・・・・・」


「ならば後方で休んでいる奴らを引っ張り出せ」


 休んでいる。と、多聞は言ったが、実際は既に負傷し治療を受けているような兵たちのことである。


「彼らに、また戦場に出ろと・・・・・・?」


「足りねば仕方あるまい。道連れにしてでも敵を退けさせろ」


 そこに、先ほどとは別の使番が転がり込んでくる。


「敵襲!正面!歩兵隊です!」


「数」


「三百ほどです!」


 多聞と意見を交わしていた家臣が、驚愕に目を見開いた。


「三百の新手だと!もはや繰り出せるような兵はいないぞ!」


「落ち着け」


「これが落ち着いていられますか!多聞さん、ここは一度退きましょう!」


 多聞は、黙って戦場を見ている。


「多聞さん!!」


「我らが苦しんだ分だけ、味方が楽になる。命を張らんと、勝利は転がり込んで来んよ」


「とは言っても、もう、兵が・・・・・・!」


「後ろに、負傷して手当てをしている兵たちがいるはずだ。連れてこい」


「そんな・・・・・・!」


「俺が先陣を駆ける。兵たちには、すまんと思っているが、俺も命を掛ける。それでどうにかこうにか、許してもらおう」


「ッ!!なら、私も!」


「おう」


 多聞は弓を捨て、刀を抜いて最前線に出た。

が、その頃には中央の敵兵は後退を開始した。彼が敵の的となり集中攻撃を浴びる間、他の多聞隊が両翼より迫り出し、敵中央軍を遂には退かせたのであった。



 時はややさかのぼる。場所は武郷軍右翼、板堀軍工藤陣地である。


 既に板堀軍の防御陣地はあちこちが突破され、今や工藤昌豊くどう まさとよが守る三つの高地陣地が、前線となっていた。


 その工藤陣地に、恐るべき報せが届いた。


「敵大軍が攻め寄せる気配あり!その数、一千五百!」


「・・・・・・!」


 昌豊まさとよは、無言で立ち上がった。

昌豊たち武郷軍右翼を攻める敵左翼軍は、その数およそ五千。ついでに述べると、敵の編成は中央軍三千。右翼軍二千である。

対して、当初の武郷軍左翼、中央、右翼、本陣(後詰め)は、全て均等の二千である。


 昌豊陣地は、二百人ほどでしかない。


 更に言えば、先代信虎時代に一度国を離れていた昌豊は、自然な流れとして立場が弱く、多くの優秀な家臣たちを他家へと連れて行かれてしまっている。


 今、彼女の周りには、残った数人の重臣たちと、寄せ集めの新兵だけしか居ない。先述した精鋭部隊の糸井左衛門いとい さえもんが、「弱兵だ」と感じたのは、事実その通りであった。しかしながら、弱兵しかいない故に昌豊は、勝つために考えに考え、この急造陣地をこしらえたのであった。


 それが今、滅びようとしている。迫りくる人数は、高地を守る工藤軍の七倍以上であった。


 昌豊は良く戦ったと言って良い。彼女は、敵が現れるたびにそのことごとくを全滅させた。そうする必要があった。敵を逃せば、この高地にいる味方の兵力、部署が敵将にバレてしまう。昌豊は数少ない古参兵を騎馬に乗せ、必要とあれば自ら追撃戦もやってのけた。


 が、遂にバレた。敵将の糸井十郎は、自らの娘と虎の子とも言うべき精鋭部隊を葬り去ったこの高地陣地が、たったの二百人で守っている事を知った。それ故、一千五百という大兵力で揉み潰そうというのである。


「工藤様。撤退しましょう。とてもこの戦力では守りきれません」


 呆然と立ち尽くす昌豊に、重臣の一人が進言した。


「・・・・・・戦いもせずに、逃げろと言うのですか?」


「戦えば、必ず全滅します」


「・・・・・・望むところです」


「早まってはなりません!工藤様は才あるお方です!今まで不遇な生を送ってきたのです!ここで死んでどうなさります!」


 必死の形相で撤退を具申する重臣に、昌豊は


(悩乱したか!)


 と思い、二度の平手をくらわせた。


「ッ!」


「今この右翼は、陣地の一つ一つが生命線なんです。一つ陣地が落ちて兵たちが退却すれば、後方で谷を背にしている信方様が、それだけ動きにくくなる。負傷兵は増え、退却してきた兵たちで数少ない空間が狭まり、いよいよ用兵が困難になる。厳しい戦いになるのは、最初からわかっていました。今を切所として戦うのが、私たちの使命でしょう」


「しかし」


「援軍を要請しましょう。全力でここを守ります。これは、私の信念です」


 昌豊は、後方にいる板堀信憲いたぼり のぶのりに援軍を要請した。右翼軍総司令官である信方の娘である。


 が、その信憲には「直ちに送る」と言われたきり、援兵が来る様子がない。


「なぜ来ないのですか!本当に信憲様は、『送る』と言ったのですか!」


 感情の起伏が少ない、というよりも、少ないように努めているさしもの昌豊も、この時ばかりは殺気立った。今や敵軍一千五百が迫りつつあるのである。一分一秒が命取りであった。


「確かに、『送る』と!」


「もう一度行って来てください!次はあなた自ら、連れて来なさい!準備できている兵だけでも!」


「はっ!」


 家臣は言うや否や、飛び出した。


 信憲のぶのりからの援軍を待っている間、昌豊は心配で胃が痛くなり始めた。というのも、信憲は家老の信方の娘でありながら、小賢こざかしく、自分が楽をするためのみに終始するような女で、武郷家中で力のある人間には媚びへつらう一方、彼女が必要なしと思えば、ただただどうでも良いとばかりに怠ける。


(例えば、参謀長である山森様は前者。私は恐らく、後者なのでしょう)


 いよいよ胃に負荷が掛かり、昌豊は座ったまま前屈みになり始めた。


 送り出した家来が帰ってきて、昌豊はもはや失神するほど驚いた。


 見れば、援軍などたかだか二十人程度しかいない。


 昌豊は黙って家来の顔を見た。他の家臣たちも同様である。


「そ、その。信憲様が、今すぐに戦さが出来るのは、これしかいない、と」


「これしかいない?あの軍は、四百人はいるはずでしょう!他の兵たちはなにをしていたのです!」


「いや、私が見るところでは、そのぅ、守りを固めているといった風にしか・・・・・・」


「要するに突っ立っているだけということでしょう、それは!」


「・・・・・・はい」


「直談判です!高地の兵たちには、直ぐに援軍が来ると伝えて臨戦態勢を!」


 昌豊は馬に駆り、護衛の二人を連れて飛び出した。


 信憲の陣は、見事にいつでも戦える状態になっていた。ただ兵を割くのが嫌だから、ということであることは、直ぐにわかった。


 足早に信憲の元に向かうと、信憲は汗一つかかず、呑気に家臣と談笑していた。泥だらけ汗だらけの昌豊とは、文字通り雲泥の差である。


「なぜ援兵を差し向けられません!」


 礼儀もなにもなく、頭ごなしに怒鳴った。普段の昌豊からは信じがたい光景に、護衛で付き従った家臣たちの方がむしろ驚いた。


 が、信憲は冷めた目で昌豊を見ている。


「送ったではありませんか」


「おくっ、た?」


 あまりに平然と答えられ、昌豊は思わず毒気を抜かれてしまった。


「はい。そちらさんが今送れるだけの兵力で十分だと言うから、それだけの数を送ったんですよ。それでそのように鼻息荒く怒鳴り込まれては、たまりませんよね」


「馬鹿な・・・・・・!今や、敵軍は一千五百という兵力で迫りつつあります!とても私の隊とあの数の援兵では・・・・・・。お願いします、援軍を」


「え、一千五百?それならそうと、言ってもらわなきゃ」


 一千五百もの人数が動こうというのに、それを察知できないとは、それこそ将として問題である。ゆえに、知らないはずがない。とは思ったものの、昌豊は頭を下げるしかなかった。


「でも、無理ですねぇ」


「・・・・・・なぜ」


 昌豊は震える声で聞いた。


「私には私の軍があり、昌豊さんには昌豊さんの軍がある。皆、それを元に作戦を立てています。工藤さんに百も二百も兵力を送っていたら、作戦が成り立ちませんよ。・・・・・・そうじゃないですか?」


 なんとも冷たい声音だった。しかし、昌豊も引き下がるわけにはいかない。


「ならば、共に戦いましょう。私は信憲様の指揮下に入ります。このような平地で戦うよりも、私の高地陣地であれば、二倍や三倍程度の戦力差なら埋められます」


「なるほど、それは良いですね。流石は工藤さんです」


「では、」


「しかしですよ。全軍を動かすとなれば、右翼軍全体の指揮を採る父上に許可を頂かねばなりませんよね。動くとしても、それからです」


 そんな時間などはない。それはこの小憎たらしい信憲とてわかっているはずであった。余程昌豊のために動くのが嫌らしい。どうせここで昌豊が信憲の言った通りにお願いしたとしても、信憲は「まだ許可がとれていない」だのと言って誤魔化し続けるであろう。


 昌豊は、


「なら、結構です」


とだけ言って、そのまま自陣へと帰った。


 途方に暮れた昌豊が陣地に戻ると、家臣の一人が笑顔で駆け寄ってきた。


「工藤様!」


 申し訳ない気持ちで一杯の昌豊は、ただただ、


「・・・・・・すみません。私の力が及ばず、援軍には期待できません」


としか言えなかった。


 が、家臣は首を振る。


「いえ、それが、来たんですよ!援軍!」


「え?」


 驚いた昌豊は、いてもたってもいられずに、駆け出した。


 見れば、確かに援軍が到着している。

率いてきた将は、信憲とはなんの関係もない、梅木道治うめき みちはるという老将軍であった。


「おう、工藤さん。大体の状況は聞きましたぞ。敵の大軍が来たっちゅうんで、おっつけ駆けつけたんですわ」


「梅木殿。ありがとうございます」


 梅木は目を細めて笑った。白髪だらけのこの年寄りは、長年戦さに明け暮れた男とは思えないほどに痩せている。


「私たちの兵力はおよそ二百。しかもそのほとんどが実戦もろくにしたことがないような弱兵です。梅木殿は、どうでしょう?」


「わしらぁ、老兵だけの二百じゃ」


「え・・・・・・」


 目を丸くした昌豊は、慌てて援軍を見る。が、その見た目は確かに、目の前の老人が言うように年寄りの集団でしかなかった。現に彼らは、工藤隊の後方に位置している信憲隊よりもさらに後方、総司令官信方の本陣近くに部署されていたため、この工藤陣地への移動で既に疲れ切り、肩を上下に揺らしている。


「工藤さん。わしゃあ、戦歴は長いし、そのことを誇りにも思っておる。じゃがなぁ、いかんせん目立った活躍が出来んくてな」


 梅木は老兵の集団を見て、目を細めた。


「晴奈様も、わしには何も期待しておらんっちゅうことじゃろうなぁ」


 せっかく掴み取ろうとした希望のつぼみは、瞬く間に消えてなくなってしまった。昌豊は顔には出さないものの、心中では落胆した。


「工藤さん。信方さんの娘さんに援軍を頼みに行ったんじゃろう?どうじゃった」


 昌豊は、今度は自分がこの老人の希望の蕾を摘み取らねばならぬことに、絶望した。この老人も信憲の援軍を頼りにわざわざここまで走ってきてくれたのだろうと思えば、またも胃が痛くなりそうであった。


「・・・・・・断られました」


 絞り出すように言った。


 ところがこの老人は、意外にも落胆した様子はない。


「そうかい。お前さんも若いのに、苦労しとるんだなぁ」


 まるで孫にでも言い聞かせるような口調だった。実際に年齢差もそれくらいである。


「梅木殿。撤退しましょう。ここまで援軍に来てもらった恩があります。殿軍でんぐんは私たちが」


 昌豊は、ここで死ぬ覚悟をした。せめてこの老人たちだけでも救おうとした。恨むと言えば、過去に国を捨てた自分であった。が、


「なにをこの世の終わりみたいな顔をしとるか。わしらぁ、退きはしませんぞ、工藤さん」


 昌豊はゆっくりと顔を上げた。なんの冗談かとも思ったが、老人の顔は本気である。


「わしらはここで死ぬまで戦う。退きたければ、工藤さんらだけで退けばよい」


「しかしこの戦力では共倒れに」


「お前さん。さっきと言うておることが違うんじゃないか?聞いたぞ。さっきお前さんは、家来の一人を殴ってまで言うたそうじゃないか。『今を切所と思って全力で守りきる』と」


「・・・・・・」


「ならばそれを貫き通そうじゃないか。一度や二度、上手くいかんことがあっても、負けちゃあいかんぞ。自分がこうしたいと思ったならば、ともかくも貫き通せ。何よりも、自分の意思が一番じゃ」


 理屈もなにもあったものではないが、この目の前の老人の言う事は、何か強い説得力があった。髪の毛は黒から白になり、顔がしわだらけになるほど生きた人間が言い切るのだから、それもそうかもしれない。顔にあるしわの一つ一つに、苦労が刻まれているのであろう。


「・・・・・・はい」


「なぁに、ここでわしらが気張れば気張るだけ、信方さんが敵の対処を講じる時が増える。世ん中にはなぁ、なぁんにも無駄な事なんてないんじゃよ」


「ッ!はい!」


「わしらじゃって、年寄りは帰れだのと、まぁ馬鹿にされて来ました。しかしじゃ、わしらにはこの年まで生きてきた誇りがある。体力は若い衆に及ばんかもしれんが、そんじょそこらの兵には負けん」


 昌豊が年寄り集団を見ると、確かに、彼らはどこか生き生きとして見えた。


「わかりました。期待しています」


「おう」


 昌豊は、ここで敵の大軍勢と死闘を演じることに決した。援軍としてやって来た彼らの部署は、全面二つの張り出た高地に、半数ずつを送った。彼らを中心に戦闘を繰り広げ、体力が尽き始めた頃に、昌豊の新兵と交代させる。あまりに滑稽ながら、大した戦術もなく、気合でどうにかこうにか守り切るという博打に賭けたのである。


 東高地  工藤隊五十。梅木隊百。

 中央高地 工藤隊百。

 西高地  工藤隊五十。梅木隊百。


 部署をし終え、しばらくすると敵兵一千五百はその姿を現した。

彼らは三つある高地陣地に、同時に攻め寄せた。物量で押そうというのは、最も単純で、最も恐ろしい作戦であった。工藤昌豊くどう まさとよは東高地、梅木道治うめき みちはるは西陣地で指揮を執る。昌豊と梅木は、前面に押し寄せる敵部隊と交戦しながらも、中央高地を攻めようと窪地くぼちに入った敵兵に、東西の左右から攻撃をくわえる仕事も副業としてこなした。


 中央高地を攻める敵部隊は、悲惨であった。窪地に入れば左右中央の三方から弓矢を撃ち込まれ、時には焙烙玉ほうろくだまも落ちてくる。死体が増えて窪地が埋まってくると、昌豊は弓矢から、梅木道治が持ってきた鉄砲へと兵装を替えさせ、射撃させた。これを見て、中央の指揮官と西陣地の梅木も兵装転換し、凄まじい音と共に火を吹かせ、敵を斃した。


 問題は、東高地と西高地の前面に迫りくる無数の敵兵である。数にものを言わせて前進し、まったく飛び道具に怯む気配がない。


「くッ!ひたすら弓を引き絞り、放ち続けなさい!手を休めれば、それだけ敵は近づきますよ!」


 昌豊は刀を手に射撃指揮を取っている。そこに、老兵が二人駆け寄った。


「工藤さんや、工藤さんや」


「なんですか!なぜ持ち場を離れているのです!」


 年がはるかに若いとは言え、指揮官である昌豊を工藤さんとは、普段の昌豊であれば呼び掛けを無視したであろう。


「こんな弓矢でちまちま撃っても、わしらは腕が疲れるっきりで、役にも立ちませんでさ」


 確かに、彼らの弓さばきはどう控えめに見ても上等なものとは言えず、敵にすら届いていないものも見られる。


「ならば後方で腕を休ませてください。私の隊を前面に」


「いや、まだ休むのは早ぇですわ。わしら、逆落さかおとしを仕掛けたいんだけども」


「逆落とし!?」


 昌豊は驚いた。この老人たちは、敵兵の海に、航海を申し出ているらしい。


「はいでさぁ。昔からこういう地形の時は、逆落としと決まっております。な?」


 もう一人の老兵が、「んだ、んだ」と頷く。


「・・・・・・わかりました」


 昌豊は呆気に取られたまま、許可してしまった。

老兵たちは嬉しそうに持ち場に戻ると、そのまま竹槍やらくわやらを持って坂を駆け下り、敵兵へと突っ込んだ。


 高地を駆け下りてくるその集団に、敵兵は笑ったが、彼らは思いのほかに強く、勢いと気迫に押され、先鋒部隊は遂に後退を余儀なくされた。


 その様子を、彼らを馬鹿にしていた昌豊隊の面々が呆気に取られて眺めている。

昌豊はそんな弱兵たちの背後に、静かに近寄った。


「君たちより何十年も生きてきたお年寄りが、あのように戦っているのです。若いあなた達が駆けなくて、誰が彼らを助けるのですか」


「ッ!!はいッ!みんな、俺たちも行くぞ!年寄り連中に負けるな!」


「「「おお!」」」


 彼らは梅木隊に混じり、続く二番手三番手の攻め手をも、蹴散らし続けた。西高地の梅木も、同様かそれ以上の働きで敵を討ち払った。


 しかし、五度目の襲来の時、彼らの問題が浮き彫りになった。彼らは、戦さに慣れていない新兵と、体力のない老兵たちである。疲労が溜まると動きが極端に悪くなり、次々と討たれ、あるいは後方で横になり、そのまま起き上がれないほどになっていた。


 昌豊はそれでも兵たちを叱咤し続け、なんとか五度目の襲撃も防ぎ切った。が、彼女の目には、すでに勝敗がついていた。


「これまでですね。良く、持ち堪えてくれました。偉い人達ですよ、本当に」


 優しく目を細める昌豊に、家臣が慌てて進言する。


「工藤様だけでもお逃げください!ここは我らが!」


 が、昌豊は首を振った。


「いいえ。ここまで付き合ってくれたのです。私が共に死ななくてどうしますか」


「しかし!」


「最期に意地を通せて、良かったです」


 そこに、同じく敵を退けた西高地の梅木道治うめき みちはるが、自ら現れた。その手には、血に濡れた長槍が握られている。前線で兵たちと共に戦ったのだろう、鎧の所々には矢傷があった。


「ありゃあ、やっぱり工藤さんの所も限界が来ましたか」


「梅木殿、やはりそちらも」


「ああ、もう限界じゃなぁ」


「そうですか・・・・・・」


 疲れた表情の昌豊は、次の梅木の言葉に、心底驚いた。


「じゃが、この勝負はわしらの勝ちのようですわ」


 ポカンと梅木を眺める昌豊に、老人は笑った。


「戦さには、匂いがあります。先程の敵襲の時、敵は西の方に気を配っておった。どんなに隠そうと、こういった匂いは隠せません」


「西?」


 梅木の長年戦場で培った勘は、見事的中した。

西、さらに詳しく言えば、隣の中央軍から、児玉虎昌こだま とらまさの指示で送られた例の援軍が到着したのである。高松多聞たかまつ たもんの家臣で騎馬隊巧者の村田が、騎馬隊を先行させて高地を攻める敵軍の側面に奇襲を仕掛けた。


 敵は混乱し、一度工藤陣地と距離を取るために後退した。もしもこの時、敵が村田騎馬隊に構わず再び工藤陣地に攻撃を仕掛けていれば、昌豊の命はなかったであろう。


 敵軍が後退すると、工藤陣地には板掘信方より、続々と援軍が送られてきた。信方は、戦さ巧者の梅木が動いたことで、この工藤陣地が戦さの勝敗を握ることに感づき、あちこちから兵を集めて送ってきた。その声は、娘の信憲にまで届き、信憲は全軍の四百人を動かして、昌豊の下に合流した。


 この報せを受けた金井軍左翼の総司令官、糸井十郎は、更にこの高地陣地に兵力を送った。


「いいぞぉ。中央軍から続々と援軍が送られてきているようだ。我ら左翼は、十分に役割を果たせている」


 糸井の言う通り、すでに武郷軍中央は、多聞自身が前線に出て指揮をとり、負傷兵をも投入せねばならぬ程に兵力が足りなくなっていた。後は味方の中央軍(金井安治)が敵中央を抜けば、作戦通りであった。


 が、そんな糸井の元に、驚くべき報せが飛び込んだ。


「中央軍が一度引き下がった!?嘘ではあるまいな!」


 多聞の戦術にハマり、まんまと後退することになった金井安治かない やすはるの失態が、報されたのである。


「は、はい。敵の猛攻が激しく、一度立て直しのために下がったと」


「馬鹿な!!今敵の中央に全力攻撃を仕掛けずに、どうする!」


 更に驚くべきは、その中央軍金井安治から送られてきた使者である。これは、わざわざ安治の重臣が送られてきた。


「左翼軍は何をやっているのか!全力攻撃を与えてもっと敵中央軍の兵力を割かせねば、我が軍は進めぬ!怠慢もほどほどに致せ!何のために五千もの兵力を与えていると思っているのか!」


 これほどの驚きは、糸井十郎の生涯で一度も経験したことのないものであった。普段は温厚な彼も、この時ばかりは激怒した。


「言わせておけば何を言う!我らは既に全力で攻撃を仕掛けておる!現に見てみろ!敵中央からは続々と援軍が現れ、我らの右側面に攻撃を仕掛けているではないか!馬から降りろ!」


 糸井は使者(金井安治の重臣)を馬から引きずり落とすと、無理矢理に立たせて戦場を指差した。


「あれが見えんか!見ろ!あの騎馬隊は、高松軍の旗を挿しているだろう!」


 糸井は使者を突き倒すと、そのまま罵声を浴びせかけた。


「全力攻撃といえば、お前たち中央軍の方こそ怠慢ではないか!」


「なにを!」


「お前たちは敵中央より兵力が上だと言うのに、後退などする馬鹿がいるか!その責任を、我らになすりつけようとは、どういう魂胆か!」


 不愉快な使者は立ち上がり、馬に乗ると糸井を見下ろして叫んだ。


「そのように総大将に伝えるが、いいんだな!」


「勝手にしろ!お前などに一万の兵の指揮など、到底出来るものではないと、そう付け加えろ!」


 使者は立ち去った。

糸井はよろよろと座り込み、ため息を漏らした。



 武郷軍左翼では、先行する天海虎泰あまみ とらやすの部隊が怒涛の進撃を続け、金井軍右翼を打ち破ろうとしていた。


 金井軍右翼の指揮官は、平尾守芳ひらお もりよしという女武将であった。彼女はこの戦場、御代田原みよたはらから左程遠くない大井山という小さな山の頂きに建つ平尾城の城主で、武郷に与することを良しとせず、此度の合戦では村島方に加勢した。


「相手はあの天海虎泰よ!同数では勝ち目はないと、中央はなぜわからないのよ!」


 天海軍が二千であるのに対し、平尾軍も同じく二千である。敵が天海であると知った平尾守芳ひらお もりよしは、合戦前から上の台詞のようなことを何度も進言していた。が、それは金井安治が


「わし自ら率いる中央軍で、敵の中央を破る。そういう作戦上、仕方ないのだ。なに、すぐに決着はつく」


と言って封殺してしまっていた。安治としては、こんな田舎女に、大切な自分の評価に繋がる兵力を割くわけにはいかなかった。


 なにも、平尾の指揮能力が低いわけではない。が、将兵一人一人が、「練度」、という言葉では足りないほどの力量差があり、例えば、平尾が現地人ならではの伏兵で奇襲を仕掛けたとしても、力押しでやり込められてしまう有様であった。


「あんな頑固な男が一万の将兵を束ねる大将なんて!」


 怒り狂っている平尾は、既に何度も援軍要請を中央の金井安治に送っている。その使者が、今まで以上に慌てた様子で帰ってくるなり、顔を青くして報告する。


「中央軍は再攻撃のため、一度下がったとか!その現状なので、援軍は送れぬ、むしろ送って欲しいほどとか!」


「きぃぃぃい!」


 平尾は金切り声を上げて発狂した。今彼女が指揮するべき前線では、彼女を慕ってついてきた領民たちが無益に斬り殺されている。そう思うと、気が狂いそうになった。


「一人の無能のせいで大勢死んでいく!なぜ下がった!なぜ下がったのよ、中央は!」


 再攻撃のため、と、言わば積極的退却であると言い訳しているところが、余計に腹が立った。


「ちゅ、中央が言うには、左翼軍の糸井十郎が怠慢のためとか・・・・・・」


「己の力足らずを、他人のせいにするなんて、どれだけ無能なのよ!臆病で無能で、頑固で視野が狭く、自己中心的な所は子供のようじゃない!これだから生まればかりいい奴は!」


 その後も平尾の口からは、罵声が嵐のように飛び出し続けた。


 遂に見かねた家臣が、


「お、落ち着いてください。平尾様には、この右翼の指揮を、」


と言えば、怒りの矛先はその家臣に向いてしまった。


「指揮!!ならば貴方がやってみなさいよ!これだけの明確な戦力差で、どうやって立ち回れば良いのよ!子供と大人を同人数で喧嘩させて、どうやって勝てるって言うのよ!」


 そこに前線から、伝令が転がり込んできた。


「急報!我が隊の更に西に、黒木昌景くろき まさかげ隊が現れました!」


 衝突する天海軍と平尾軍の更に西に、昌景が遂に満を辞して姿を現した。このままでは天海軍と戦う平尾軍は右側背を黒木軍に強襲されるため、平尾守芳ひらお もりよしはこれに対する処置を行わなければならない。が、既に平尾軍は、天海軍の猛撃に防戦一方を強いられ続け、兵力が枯渇していた。


 手付かずの兵と言えば、平尾軍本陣を固めている二百騎のみである。


「ど、どうすれば。本陣の兵を黒木軍に回せば、もう正面の天海軍と対峙する味方には兵を送れない。しかし、無視するわけにもいかないし・・・・・・。これはもう、どちらにせよ、詰みなんじゃ・・・・・・」


 いっそのこと、逃げちゃおうか。と言うような考えが、平尾の頭をよぎった。しかし、逃げてどうするのか。責任転嫁の達人である金井安治は、間違いなく敗戦の責任を平尾に押し付けるだろう。彼女の命は結局、ここで討死するか、逃げて憤死するかでしかない。


「裏切りましょう」


 と、家臣が進言した。


「もしくは、降伏を」


「それは無理」


「なぜ」


「するならば、合戦前にするべきでしょう。事ここに至ってそれは、みっともない」


 彼女にとっては、馬鹿馬鹿しいにも程がある提案だったのだろう。ついつい声に出して笑ってしまった。家臣から見れば、やはり苦しみのあまり狂ったようにしか見えない。


「青木さん。黒木軍を止めてちょうだい。ほんの僅かでも止められれば、もしかすれば中央がやってくれるかもしれない」


 青木、とは、平尾守芳一番の家臣である。平尾は、青木をあくまで切り札として手元に置いていた。本陣を守る二百騎も、平尾と共に苦楽を共にしてきた精鋭部隊である。平尾家一番の青木にこの精鋭部隊を付け、どうにかこうにか勝つ可能性を拾おうと言うのが、平尾に残された最後の手段であった。


 青木は黙ってコクリ、と一度頷いて見せた。平尾にとってその仕草は、どれほど心強かっただろう。



 青木隊は、本陣を出て、戦う味方の後方を通り、一度西へと向かって、そのまま南へと進撃した。一糸乱れぬその進軍は、一目で、只者ではないとわかる。天海軍との戦いで士気の下がり切った平尾軍の兵士たちは、その姿に多少なりとも希望を見出した。


 青木隊は、黒木軍を視界に捉えた。赤一色で統一されたその部隊は、いかに彼らであろうとも、精鋭部隊の心胆を寒からしめた。


 先頭を突っ走るのは、背の低い少女である。とても背後の屈強な強面連中を指揮しているとは思えないが、彼女こそが黒木昌景くろき まさかげその人である。


 青木は、槍を構えた。



 進軍する昌景の前に、二百騎程の部隊が立ち塞がった。指揮官らしき男は槍を持ち、こちらを静かに睨みつけている。


「おっ!出てきた!っしゃあ、手斧ておのを寄越せ!」


 家来が昌景に手斧を渡すべく隣に馬を寄せようと近づくと、昌景はそれを待っていられず、家来の背後に回り込み、その腰から手斧を二本、手繰たくった。


「今まで散々この時を待ってたんだ!相手には悪いが荒っぽく行くぜえっ」


 昌景はそのまま突き進み、前に出てきた青木を睨みえると、凶悪に笑った。


「死ねやぁ!」


 彼女はそのまま、手斧を投げつけた。手斧は凄まじい速さで旋回しつつ、青木の胸元へと吸い込まれていった。



 青木は、なんとか手斧を防ごうと、槍を構えた。が、投げつけられた手斧は槍を粉々に砕き、その命を呆気なく奪い去った。



 平尾家一の家臣は、討ち取られた。あまりの力量差に、二百騎の精鋭は、算を乱して逃げ出した。あまりに無様なこの部隊は、そのまま黒木軍の餌食になり、ある者は恐怖のあまり泣き叫びながら逃げ回った。



 平尾軍は、正面での戦闘も既に限界を超えた。

天海軍に虐殺される平尾軍の中でも、激闘の末何とか天海軍を押し返す隊もあったが、結局は後方から交代して進軍してきた久乃木くのぎ軍の鉄砲隊に、散々に討ち取られた。鉄砲隊を主戦力としている久乃木軍の鉄砲衆が一度ひとたび前線に出れば、その射撃音は凄まじいものになった。この音に、遂に平尾軍の兵士たちは戦意を完全に無くした。


 戦意がなくなれば、後は命惜しさに逃げるのみである。彼らは味方を押し倒してでも逃げようと必死になった。前線で指揮を取っていた平尾家の家臣たちは、そんな彼らを何とか押し留めようと、見せしめに幾人か殺したりもしたが、結局止められなかった。


 正面兵力が一斉に崩れ始めたのを知った平尾守芳は、最も頼りとしている青木に助けを求めようとした。


「青木は!青木はいつ帰ってくるの!」


「それが、」


 青木の討たれた様子を聞いた平尾は、驚愕に目を見開き、


「あの役立たずッ!!」


と怒鳴った。死人に鞭を打つ一言であったが、期待していただけに無理もなかった。


「敵、来ます!」


 本陣の周りを我先にと逃げ惑う元平尾軍の兵士たちの混乱の中で、そんな声が聞こえた。


 聞けば、逃げる足音に混じって馬蹄ばていの音が聞こえる。


「平尾守芳だな!その首級くびもらったぁ!」


 真っ赤な甲冑に身を包む黒木昌景が、本陣周りでウロチョロしている将兵を無視して、一直線に駆けてくる。右手には手斧を掲げ、その眼は平尾だけを見ている。


「馬!」


 平尾は急いで馬へと這い上がると、刀を抜き放った。


「来い!」


 平尾は精一杯に叫んだ。せめて気迫だけは負けぬようにと。


「上等!」


 その様子に満足そうにした昌景は、口の端をあげる。


「へあッ!」


 平尾は馬腹を蹴り、昌景へと突き進んだ。思いっきり刀を振りかぶり、一撃に全てをかけた。


 互いに凄まじい速さで近づき、平尾は渾身の一撃を見舞うべく刀を振り下ろした。


 その一撃は、空を切った。なんの衝撃もないことに呆気を取られた平尾だったが、次の瞬間脇腹あたりに鈍い衝撃を感じて馬から吹き飛んだ。


 地面へと叩きつけられた平尾は、混乱と呼吸困難な状態ながらもなんとか立ち上がる。どうやら昌景に馬上で組み付かれたらしく、昌景もちょうど立ち上がった所だった。その距離は既に平尾の刀の攻撃範囲にいる。


「いい気迫だな。こんなに早く立ち上がるとはよ」


 余裕といった様子の昌景に、平尾は一歩踏み込み、刀を右下段から左上段へと振り上げた。


 が、その攻撃は虚しくも当たらず、逆に昌景が手斧を振り下ろせる位置まで自ら距離を詰めてしまっていた。


「ッ!?」


「あばよ」


 昌景は平尾の右肩の付け根あたりに手斧を振り下ろし、平尾守芳の息の根を止めた。


「討ち取った!」


「「「おおおおお!」」」


 こうして金井軍右翼は、完全に壊滅した。思えば、不幸な武将であった。彼女は必死に天海虎泰が率いる左翼軍は自分たちと同数二千の兵力であると信じ、どうにかこうにかその進軍を押し留めようと努力したが、児玉虎昌の指示で実際には更に久乃木軍が加わっており、兵力は歴然であった。


 余談だが、彼女の居城があった大井山は後に平尾山という名称に改められ、彼女の菩提寺ぼだいじは、守芳院しゅほういんという名に変わり、後世まで残った。



 金井軍右翼は壊滅し、天海軍、黒木軍、久乃木軍からなる武郷軍左翼は、そのまま金井軍中央の右側背へと進軍した。


 金井安治の決断は早かった。もはや彼は「勝てる」とは微塵も思っていなかったのだろう。ただ、自分が真っ先に「撤退」と口にすれば敗戦の責任が全て自分にのしかかる。彼はこの一万の大軍の総大将なのだから、結局責任は取らされるだろう。が、実戦の場で彼以外の誰かのせいで敗れた。となれば、その責めも多少は和らぐに違いなく、いわば平尾守芳は彼の保身のために殺されたのだった。


 金井軍は撤兵を開始した。が、武郷軍中央の高松多聞は戦果拡大を狙って追撃戦を敢行し、思うようには逃げられない。


「早くしろ!我が右翼を破った天海軍が、我らの退路を塞ぎにくるぞ!」


 金井安治はイライラと怒鳴った。

 金井軍は結局、武郷軍中央と押し寄せる左翼軍から逃げようと、兵力が豊富な味方左翼軍がいる東へ東へと歩を進めた。それが、敵軍師児玉虎昌の策とも知らずに。




 金井軍は、川を背にして武郷軍に囲まれた。背後に流れる深川は、深い谷底にあり、落ちれば死は免れられないだろう。


 総大将の安治は、戦場を離脱していた。残った哀れな金井軍は、左翼の大将だった糸井十郎が指揮を執っている。といっても、彼にどうこうできる事は、何もない。


「俺は殿軍でんぐんをやる!なんて言ったか?そんな覚えはないが・・・・・・」


 糸井は疲れたように床几に腰を下ろし、家臣に愚痴を言っていた。


「信じられんね。俺たち左翼を囮にして、自分はさっさと逃げるなんて」


「・・・・・・はい」


「ま、むこうさんに言わせれば、敗戦の責任はこの左翼軍にある。左翼軍はその責任を取らねばならない。という事なんだろうけどさ。ハッ」


 疲れたように笑った糸井は、自分たちを包囲する武郷軍を見た。


「降伏は、受け入れてもらえるかなぁ」


 彼は既に降伏の使者を発している。今はその返答を待っているのである。




 武郷軍本陣では、各部将が集まっていた。


「お屋形様。お味方の大勝利でござりまする」


 家老板堀信方の台詞に、武郷軍諸将は満足そうに頷いた。


「うん」


 総大将晴奈もまた、頷く。


「総大将金井安治は逃げ、残った敵も降伏を進み出ておりまする」


 晴奈は黙って頷いた。


「では、敵将糸井十郎の降伏を受け入れ、ひとまずは終戦ということで、笠原城かさはらじょうを攻囲する信繁のぶしげ様に使者を送りまする」


 皆、勝利に満足していた。信方の言葉になんの違和感もない。が、


「待て」


と、晴奈が口にした。無口な晴奈が意見を挟むとは、珍しいことであった。


「お屋形様?如何なさりましたか」


「信方。この戦さの目的は、何か」


「はっ。敵軍を野戦にて打ち破り、武郷家ここにありと示すことにござりまする」


 晴奈は頷いた。


「やるならば、徹底的にやらねばならない」


 ある者は怪訝けげんそうな顔をして、ある者は察したように驚いて、晴奈を見ている。確かに、この戦さの意味するところは、武郷軍の強さを喧伝けんでんし、裏切りや歯向かうと言った行動を阻止しようというものであり、同時に、城に籠る敵は許し、寛大さも見せようというものであった。それは、既に述べた。


「と、言うと?」


 信方はその先を聞きたくないと思いつつ、聞いた。


「降伏は受け入れない。一人残らず討ち取る。首を斬れ」


 武郷軍本陣を包む戦勝ムードは、既に消え去り、ただただ冷たい空気が流れていた。吹き抜ける風は、どことなく血生臭い。


 力攻め案筆頭の家老、天海虎泰あまみ とらやすが、思わず口を挟んだ。


「しかし、敵は既に戦意を無くしております。これ以上は、戦さではなくなりまする」


 ゆっくりと、晴奈が虎泰を見た。なぜかこの時、虎泰には晴奈が、かつて自分たちが「暴虐が過ぎる」と言って追放した、彼女の父信虎に見えた。


「戦意が無いのであれば、武器は捨てるはずであろう。敵は、まだ武器を持っている」


 天海他、血の気の多い家臣たちも皆、黙りこくってしまった。


「一人残らず、討ち取れ」


 晴奈の命令はもはや有無を言わさず、皆、黙って頭を下げた。



 虐殺が、開始された。三方から押し寄せる武郷軍に、金井軍は何をする事も出来ず、討たれていく。もはや統率も何もなく、勝手に降伏を叫ぶものや、命乞いをする者も現れたが、武郷軍は容赦なく斬り殺していった。


 逃げようにも敵に囲まれ退路は無く、背後には深刻な谷があり、その下には岩だらけの川が流れているのみである。


 混乱による異常心理は、彼らを谷底へと走らせた。なんとなく助かるような気がして飛び降りるも、助かるはずはなく、見るも耐えない有様になって死んでいった。


 大将の糸井十郎は自決した。背後で流れる深川は、一日中、その色を真紅に染め上げた。


 討ち取られた首は、およそ三千にも及ぶ。名のある首級は十六にも及んだ(平尾守芳も含む)。


 こうして、この御代田原における会戦は終わった。武郷軍の大勝利に終わったこの戦場は、数百年後、その残酷性は忘れ去られ、慰霊碑の一つも見当たらない。が、深川はその後、上流に橋が建てられるも、自殺者が後を絶えず、怨霊の噂も流れ、忌み嫌われるに至っている。

 上記は余談ではあるが、これがこの戦さに関係があるのかは、わからない。

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