第三話 (8) 親

 十一月。勘助は、白樺しらかばにある上山城うえやまじょうを目指している。

峡間はざまから白樺に行くには、峠を越えねばならない。というより、この山で囲まれた国から出るには、何処に行くにもこの行為が必要であった。


 雪は積もっていないものの、峠道はひどく冷え、地面を踏みしめる足は草鞋ぞうりを通して寒気が刺し上り、痛いほどであった。

勘助は息が荒く、杖をついて道を進む。


足の悪い勘助は、周りが見かねて杖を勧めるも、


「杖は年寄り臭く嫌いだ」


と言ってかたくなに持とうとしなかった。が、流石に峠道は杖なしではきつかったらしい。

その勘助の肩を、夕希が支えて歩く。


「勘助、あとちょっとで登り切るから。そしたら、休憩しよう」


勘助は汗をかき、下を向きながら黙って頷いた。

声を出すのも体力が持っていかれそうであった。


 勘助の後ろを、その家臣たちがぞろぞろとついて歩く。

主な家臣は、


大仏心おさらぎ こころ

諫早助五郎いさはや すけごろう

などで、他にも十五人ほどがついて来ている。


 大仏は澄ました顔で汗ひとつかいていない。

助五郎は小柄ながら活発で、歩幅の狭さをせっせと足を動かして帳消しし、遅れるそぶり見せない。助五郎は肩を寄せ合って歩く勘助と夕希を眺めてニコニコと破顔し、


「いやはや、お二人は仲がよろしいですなぁ。私が助太刀するのもおこがましいです。いやぁ、羨ましい!」


と言って周囲を和ませた。一種のムードメーカー的な存在であると言っていい。


 山森家の家臣たちにとって、肩を寄せ合い苦難を乗り越えようとしているこの二人は、夫婦のような扱いであった。


大仏は頷き、


「本当に」


と、短く同意した。


 勘助はこの連中に腹が立ったらしく振り返り、


「よいから手伝え!」


と怒鳴った。


 これには、新参の家臣たちが驚き、急いで勘助に近寄ろうとした。

が、それを大仏が行き手を塞いで邪魔をする。

なにぶんやっと馬がニ頭通れるほどの狭さの道なため、大柄な大仏が道の真ん中を塞ぐと、前に進めない。左右は崖であったり川であったりする。


「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるよ?」


古参の大仏がそう言えば、


「なるほど」


と新参者たちは納得せざるを得ない。

山森家はそういうノリか。という雰囲気になった。


 勘助は舌打ちし、一歩でも前に進む方に体力を使った方がマシだ。という結論に至ったらしい。


 そうしてこの集団は、どうにかこうにか山頂へと辿り着き、適当な岩を見つけると、そこに腰を下ろし、休憩を取った。


「止まると、汗が冷えるな」


勘助は体をしきりにさすって温めようとした。

夕希は勘助の背をさすりながら、


「火、焚こっか?」


と聞いた。

勘助は額の汗を拭うついでに手で影を作り、空を仰ぎ見た。


「いや、今は日が丁度真上にある。それでこの寒さだ。早く山を下ってしまおう」


勘助の言葉を聞いた夕希は、


「じゃあ!」


と言って立ち上がったから、勘助は目を見開き、急いで袖を捕まえた。


「待て待て!今先ほど座ったばかりだろう!」


「え・・・・・・ああ、うん」


「まったく、お前の体力は無尽蔵だな・・・・・・」


これには夕希も乙女心を傷つけられたとばかりに憤慨ふんがいした。


「あたしだって疲れるし!あ~、疲れた!これはもうあれですわ!そう、動けませんわ!」


なぜ必要以上に自分を華奢きゃしゃに見せようとするのか勘助には判らなかったが、これ以上夕希の逆鱗げきりん近くに指を当てることは危険だと判断し、別の話題を探った。


「そうだ・・・・・・。ここらで弁当を食べておこう」


勘助はそう思い立ち、助五郎に命じて全員に弁当を食べるよう命じさせた。


「夕希、大仏おさらぎを呼んで来てくれるか?」


勘助は夕希と談笑し食事していたが、唐突にそう言った。

夕希は二人で楽しく食事をしていた最中だったため、やや不満そうであったがため息一つで手を打ち、素直に従った。


 勘助は、仮面を被って同僚に接する時においては細心の気遣いをしているつもりであるが、素顔の人間関係においてはこういったガサツさがある。

とことん人間関係には無頓着であった。


 呼ばれて連れてこられた大仏も、顔を苦々しくしている。

それに勘助は目ざとく気づいた。


「どうした大仏?腹でも痛いのか?」


「・・・・・・頭が痛いよ」


「大丈夫か?風邪か?」


勘助は大仏の額に手を当てた。


「・・・・・・これなんだがね」


大仏は勘助の冷たい手を額に感じながら横目で夕希を確認すると、いかにも不機嫌そうに勘助を睨んでいる。


「健康には細心の注意を払えよ?お前は大事な戦力だ。今だってお前と話し合いたいことが、」


「ならその話をしよう」


「うん?あ、ああ」


勘助は腕を組み、話を進めることにした。


「今通ってきた道を、冬に行軍するとなれば、どうなると思う?」


 勘助はその手勢の中でこういった話し合いをする場合、大仏を最も重用ちょうようする。

勘助の中では、主たる家臣の井藤夕希、大仏心、諫早助五郎の三人にそれぞれ役割を決めている。

軍事面では夕希が最も力を発揮するし、大仏はその冷静さで勘助の考えに意見を言ってくれる、いわば顧問のような存在であった。諫早は快活で饒舌な男のため、家臣団のまとめ役を担っていたし、他家への使者としても申し分なくその特性を活かしている。


 大仏は勘助の問いにすぐさま応える。


「冬でなくとも大変なんだ。それは出来ないよ。人間にはやって出来ないことはないかもしれないけれど、他人に命令されてそれを強制されるというのは、ちょっと違うね」


大仏はなにやら小難しいことを言うのが癖であった。勘助はそれを無視し、話の要旨を頭の中で構築して会話を転がす。


「確かに。この辺りは雪も多くなる」


「雪・・・・・・。あれは美しいけれど、時には人の命を奪う。馬に乗ろうものならひづめも滑るし、危険だ。牽いて歩くしかない。そうなれば、体力も余計消耗する」


「そうだな・・・・・・。やはり冬季遠征は無理か」


勘助は自分の中の結論を改めてまとめ終えると、そのまま雑談に話を移行した。

勘助にとって大仏との話し合いは、自分の考えを確固たるものにするためのものらしい。

勘助は雑談を興じながらも、内心、


(峡間という国は、本当に厄介な所だ)


と思った。



 勘助たちは白樺に着くと、上山城に赴き、板堀信方いたぼり のぶかたに挨拶を済ませた。

信方は勘助たちが峠を越えてくることを思い、あらかじめ湯を用意してやっていた。


「勘助。ご苦労じゃった。挨拶はそこそこに、湯に浸かり体を温めて参れ」


勘助は信方に感謝し、その言葉に甘えることにした。

湯を出ると、勘助は茶室に招かれた。それを信方が迎えた。


「積もる話もあろう。お屋形様は、お変わりないか?」


と信方が問うと、勘助はその不気味な顔をできる限りやわらげ、


「前よりも頼もしくなられたようでござりまする。板堀様に、お会いしたそうにしておりました」


と答えた。

この言葉には、信方も顔をほころばせた。


「そうか、そうか。頼もしくなったお屋形様のお姿、見るのが楽しみじゃ」


「はい。来年、春に」


 村島攻めにあたっては、武郷軍はこの上山城に本拠点を置く。出兵の際は信方も白樺勢を率いて出陣することになっている。腕がなるのであろう。不敵に笑っている信方の顔は、勘助の眼から見ても気持ちがたかぶっているのがわかる。

武郷家家老の板堀信方と天海虎泰は、それぞれ政治と軍事を担当している。

が、この様子を見た勘助は、


(やはり板堀様も、合戦屋の枠は出まい)


と思った。

信方は力強い目つきで勘助を見据えた。


「いよいよ、村島攻めじゃな。まずは、桜平さくらだいらにある外山城そとやまじょうか」


「はい。村島方に属する城を次々と落としまする。村島本隊には触らず、その周りをまるで綿で首を絞めるが如く締め続け、遂には村島義清むらしま よしきよが『これは勝てぬ』と諦めるところまで」


「ほう。村島義清と決戦はせぬか」


「あれは戦さに滅法強いですから。正面から戦えば負けるとはいかずとも必ずや大量の犠牲が出ましょう。が、策を用いることを好まぬ男です。そういった相手には、蜘蛛のごとく罠を張り、その手足の自由を奪い、気づいた時には負けている、といった具合に絡めとるのが上策でありましょうや」


勘助は指をうねうねと動かした。蜘蛛の真似のつもりらしい。

その顔は、笑っている。自分の戦略とそれに踊らされる敵に一種の快感を抱いているのであろう。


「では、此度おぬしが来たのは、その下準備というわけか」


「いかにも。それがしの家臣どもを四方に走らせ、調略の手を伸ばしておきまする」


「はっはっは。抜かりがないのう。この城を拠点とし、存分に働くとよい」


「はっ」


勘助は頭を下げると、


「ところで・・・・・・」


と切り出した。


「如何した?」


信憲のぶのり様のことでござりますが・・・・・・」


勘助が板堀に聞いておこうと思っていたことである。

信方は不思議そうに勘助の顔を見ている。


「信憲?あやつがどうかしたか?」


「いえ、ただこの前の戦さで、陣中、風邪で寝込まれたとか。お身体は昔から弱いのでありましょうか?」


勘助は信方の顔を注意深く見た。

勘助は信方が自らの娘の狡猾こうかつな本性にどこまで気づいているのか、見極めたい。


 信方は即座に首を振った。


「いや、信憲は昔から真面目でのう。健康にも人一倍気を遣っておった。恐らく、気負いすぎたのじゃろう。その件で誰かに迷惑を掛けたというのであれば、あの子は自分で謝れる子じゃ。心配はしておらん」


勘助は、信方がただの親馬鹿であったことを知った。

この親は娘に絶対の信頼を置いている。

ここで勘助が、


「いえ、信憲様は賭博に明け暮れ、風邪と偽って出陣しなかった、そういう疑いがあります」


などと言おうものなら、この普段は聞き分けの良いの好々爺は目を回したのち発狂し、


「誰じゃ!そのような戯言ざれごとを!」


と言って、峡間に乗り込むかもしれない。

信方は信憲を甘やかさず、大事に育てた。それこそ自分が教えられることは全てを叩き込んだことであろう。そんな信憲は、信方にとってはいわば作品も同様である。それをこき下ろそうという者があらば、信方は自らの名誉を傷付けられることにもなる。


だから勘助は、


「いや、いかにも。それがしも一度会う機会がありましたが、至極真面目な性格で、信方様の跡を立派に継いでお屋形様をお支えしてゆくのに申し分ない逸材だと感じ申した」


と言ってご機嫌を取った。


 これには信方は大層気分を良くしたらしい。

酒を持って来させて晴奈と信憲の話をしだした。

勘助は最初こそ「いや、酒は・・・・・・」と断ろうとしたが、結局断り切れず、ちょびちょびとペース配分を控えて話を合わせた。


 信方は顔を上気させ、声を上げて笑っている。


「まさか勘助、おぬしがそこまで信憲を分かってくれているとはなぁ」


「はっはっ・・・・・・」


勘助は口の端を上げて適当に何度か頷いた。

内心では、


(親というのは子供についていかにも何もかも分かったようなことを言うものだが・・・・・・、これが現実だろう)


と思っている。


 勘助の様子を特に不審に思うこともなく、信方は上機嫌に続けた。

そうこうしていると、信方が持ってこさせた酒が切れてしまったらしい。

すぐさま酒を持ってこさせるように命じた。


(まだ飲むのか・・・・・・)


勘助は半ば呆れた。

信方は煙草を吸いだし、気持ちよさそうに勘助に娘たちを自慢している。


「お屋形様は、昔から歌を好まれてのう。わしが一度、隠れて勉強をしてな、幼きお屋形様の元に唐突に訪れたのじゃ。するとな、」


信方は可笑しそうに笑い、続けた。


「わしのような戦さ一筋に生きてきた年寄りには、無理だと思っていたのであろう。わしが見事に与えられた題目を即興で歌ったときには、呆気に取られた顔をしておられた。あの時の顔、ぽっかりと開いた口、いやいや、今思い出しても」


信方は何とか笑いをこらえようと必死になっているらしい。

腹を抑えて肩をビクつかせている。


「お屋形様のあのように締まりのない顔、後にも先にも、あの時だけじゃ」


そうして信方は、盛大に笑い出した。

勘助もこれには思わず釣られ、顔を優しく笑わせた。


「それは、それがしも見てみとうございました」


「はっはっは、おぬしもお屋形様の近くにいれば、いずれ見れるかもしれんのう」


そうして二人で談笑をしていると、酒をもった女が部屋に入ってきた。


「おお、すまんのう。勘助、これは三女の信廣のぶひろじゃ」


 信廣はペコリと頭を下げた。

信憲の笑顔は嘘っぽいと感じたが、この娘からは何も感じない。

純粋そうな娘だな、と感じた。


「これは可愛らしい。とても板堀様のご息女とは思えませぬ」


「はっはっは!言うようになったのう、勘助!じゃが考えても見よ、信廣のぶひろ信憲のぶのりの妹じゃ」


「おお!それは納得」


 そうして二人は笑った。

勘助もやや酔ってきているらしい。

信廣は恥ずかしそうに顔を俯かせて下がり、その後も信方の娘自慢と勘助の合いの手は続いた。

やがて信方は唐突に、


「そうじゃ勘助!おぬしに信廣のぶひろをくれてやろう」


と言い出した。

勘助は杯に注がれた酒を見ながら慣れたように数度頷き、


「はっはっ、それは良い・・・・・・」


と適当に言った。

言った後、驚いて信方を見た。


「なんと⁉」


「そうか、もらってくれるか・・・・・・。おぬしにはわしが亡き後、お屋形様と、信憲を任せたいと思っておった。これで、安心だのう」


しみじみと語り、酒をあおった信方に、勘助は慌てて言う。


「いや、お待ちを!今のは酒の席の冗談というやつで、」


この一言で、信方は勘助を射殺さんばかりに睨んだ。


「何ぃ?」


その凄まじい眼光に、勘助の口はむなしく開閉した。


「わしが冗談のつもりでおぬしに娘をくれてやる、そう言ったと?」


勘助は、まずい事になった、と後悔した。

後悔した挙句、勘助はどうにかこうにか声を絞り出す。


「それがし、まだ女子おなごめとろうとは、考えてもみませぬ」


信方が正面より勘助を見据える。その瞳は、瞬きがない。


「勘助。おぬし、何を考えておる?好きな女子おなごでもおるのか?はたまた、わしの娘が気に入らんか?」


「それは・・・・・・」


「まさか白樺の姫などとかさぬじゃろうな?姫とおぬしは随分と仲が良いようじゃが・・・・・・」


「滅相もない!」


勘助はいきり立ち、声を荒げた。


「姫様は高貴なお方!それがしのような下賤げせんの者が恋心を抱くなど、考えもつかぬ愚かなこと!自分の立場くらい、わきまえておりまする!」


 勘助のあまりの剣幕に、さしもの信方も驚いた。

一度感情を表に出してしまった勘助は、このままの勢いで押し切ろうと考え、そのままの大声で、


女子おなごを娶るも娶らぬも、それは山森家内々うちうちのこと!いくら板堀様と言えど、これ以上は御免こうむる!」


と畳み掛けた。

が、板堀も簡単には退かない。


「いや、そうもいかん。おぬしは自分で一度は納得したではないか。それを冗談で済ませようとは、信廣に対して不義理というものであろう」


勘助は当てがはずれ、舌打ちをしたい気分であった。


(思えばこの父娘、やり口がそっくりだ。人たらしめ・・・・・・!)


考え込む勘助をよそに、信方は続けた。


「おぬしにとっても悪い話ではあるまい?信廣はあのように眉目秀麗びもくしゅうれいで、器量もある。それに、我が板堀家とつながりを持つことにもなる。ひいては、おぬしの武郷家に対する忠誠心の確固たる証拠ともなろう」


 勘助に身内はなく、そのため、晴奈に人質を差し出すといったことが出来ていない。

勘助はその分、戦場にて活躍し忠誠を示しているつもりであるが、それだけでは心許こころもとないと感じている者もいる。それには、武郷軍が連戦連勝を続けている事にも起因するだろう。

信方と同じく家老の天海虎泰あまみ とらやすは、平素から勘助に良い感情を抱いていない。

そのため、次のようなことを信方に漏らしたことがある。


「勝っている内は、皆そう言うものだ。ひとたび負けるようなことがあれば、分からんぞ」


 信方としては、勘助に信頼を置いている。勘助にというより、勘助を信じる晴奈にであろう。

しかしこういった意見を聞いた信方は、言い知れぬ不安を感じたらしい。


 勘助は、信方の策略にはまったと言っていい。

信方は続ける。


「信廣との間に子を作れ。男でも女でもよい。その子をお屋形様に差し出せば、おぬしのことを『よそ者』などと言う者もいなくなるし、なにより、山森家も安泰じゃ」


「信廣様が、可哀想でありましょう・・・・・・。それがしのような者が相手では」


「何の!信廣はおぬしの話をしてやると喜んで聞くぞ!成り上がりのおぬしを、英雄のようだとも言っておった」


 信方は腕を組み、難しい顔をした。信方は信方なりに、心中複雑なのであろう。

目の前の男は、流れ者で、どこか胡散臭く、容姿は醜い。さらに言えば、信廣の年齢の倍もあるではないか。

しかし既に決心しているらしい信方は、止まらない。


「勘助と一緒になれると言えば、喜ぶはずじゃ。・・・・・・そうに、違いあるまい」


信方は自分に言い聞かすようにそう呟いた。


(何を勝手なことを!現に板堀様は、信憲について何もわかっていないではないか!)


と、勘助は内心でいきどおった。

彼自身、幼い頃からその両親に『戦さには出るな!』としつこく止められた経験がある。

という存在をとしか思っていない勘助の反抗期は、恐らく永遠に続いていくであろう。


 いよいよ勘助の心は、信廣を嫁としてもらうという話を否定したくなった。


勘助は切り返し方を変えることにした。


「先ほど、『忠誠』とおっしゃられましたが・・・・・・」


「うん?」


「それがしが嫁をとらぬ理由こそ、その忠誠にありまする」


信方は眉を寄せた。


「何?どういことじゃ。おぬしがお屋形様に子を差し出す。それ以上の忠誠の示し方があるか?」


「忠誠とは他人に示すものではなく、本人の心の内にこそありまする」


「それはその通り。じゃが、見えぬものを見せるということも、肝要じゃろう」


「見えぬから不安だというのであれば、それはその人間の心の良否の問題でありましょう。いちいち相手にしていては、切りがありませぬ」


晴奈が勘助に絶対の信頼を置いていることは、勘助にも信方にも分かっている。

晴奈が疑心暗鬼なら勘助とてこのような恐れ多いことは言えないが、要するに勘助は、晴奈さえ自分の事を信じてくれているならそれで良い。と言いたいらしい。


「・・・・・・」


「それがし、お屋形様の為であればこの命、いつでも投げ捨てられまする!しかしながら、」


勘助は一拍間を置き、声のトーンを落として続けた。


「守るべきものが増えれば、この命、捨てるのが、怖くなるやもしれませぬ」


「・・・・・・」


「作戦計画にも、いらぬ感情が入りまする。作戦家に、感情は要りません」


「・・・・・・そうか」


「・・・・・・はい、お屋形様は、それがしの守るべき城。そして城は、一つで良いのです。それが山森勘助の、精いっぱいです」


勘助の紛れもない心情であった。勘助の切り返しは、山森勘助の人物をさらけ出すことであった。

信方は清々しい顔で、頷いた。


「勘助。おぬしの事が、少し、分かったような気がした。すまんな」


「いえ。こちらこそ」


 その後、勘助は用意された一室に戻り、この日は眠りにつくことにした。

ひどく疲れたが、勘助にとってやりがいのある一日であった。

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