第三話 (2) 低遠合戦 前編

 武郷晴奈たけごう はるなの挙兵の報を聞き、低遠頼継ひくとう よりつぐは評定を開いた。


「おのれ武郷の戦好きめ。狂ったように戦をする」


と、頼継は歯噛みした。


 彼の狼狽ろうばいぶりを見た家臣たちは、ここぞとばかりに自分達にばかり有利な状況を説明し、慰めにかかる。

特に饒舌じょうぜつなのは、家臣の有賀東美あるが とうみ


「ただでさえ兵糧ひょうろうに難のある武郷は、先の白樺攻め、宮原の戦いと戦が続いています。我らが籠城策ろうじょうさくを取ればおのずと瓦解がかいするでしょう」


有賀ほか家臣達の意見を受け、頼継は参謀の春日正樹かすが まさきに意見を聞いてみることにした。


「春日。おぬしはどう思う」


有賀は内心、舌打ちをした。

弟の蓮峰軒れんぽうけんが亡き今、頼継が最も頼りにしているのは春日であった。春日は宮原の合戦の折に意気消沈した頼継の命を救っている。それが尾を引いているのだろう。


「はっ。野戦では遅れをとりましたが、籠城戦であれば我が方が有利かと。古来より城攻めは、三倍もの兵力が必要と言われております。それほどまでに難しいのです。頼継様には、此度こたびは我が春日城かすがじょうにて籠城していただくのが最善手かと」


「なに?春日城に、わし自らか?」


「はい。春日城は低遠城に比べてより堅固です。また、低遠城には頼継様のお父上である満継みつつぐ様に残っていただければ、後詰ごづめの機能も果たせます」


「ふうむ。なるほどのう。確かに、ここよりも春日城の方が堅固じゃ。それに、」


頼継は続く言葉を内心で呟いた。


(それに、居城を連中に荒らされるのも、業腹ごうはらじゃ)


頼継はいつものニヤけ面を、さらに歪ませた。

その顔を見た有賀は焦り、勢いのままに発言をした。


「いけません!駄目です!断固です!はい!」


「!?」


頼継はにやけた顔を驚かせ、有賀を二度見した。


「ど、どうした有賀?」


「頼継様が自ら春日城に入る必要を感じられません!春日城にこもるのは春日殿お一人で十分ではありませんか!」


春日は鼻で笑った。


「なにがおかしい!」


「よろしいですか、有賀殿。私は参謀です。参謀は頼継様のお近くに控えておらねばなりません。それに万が一、私が春日城にてたおれた場合、誰が頼継様をお支えするのです」


「私や、他にも家来衆がおるではないか!」


「ハハハハハ!それはいるというだけの事。実際に役に立つ者が諸君らにいるのか、と聞いておるのです」


「なっ!無礼な!」


有賀は立ち上がり、他の家臣達も顔を怒らせて立ち上がった。


「おや?ご自分が有能だと思うのであれば、そのように目くじらを立てる事もないだろうに。まあ、それもそのはず。先の戦で頼継様が窮地の折に助けに入ったのは私だけ。他の皆々様は、ご自分の命惜しさに右往左往していただけですからなぁ!」


「このクソじじい!言うに事欠いて!」


有賀は春日に飛びかかり、胸ぐらを掴んだ。

春日は無理矢理に立ち上がらされ、有賀に向かって頭突きをかました。


「舐めるな、若造!戦に負ければどんなに悲惨か、まだ分からんか!これ以上、負ける訳にはいかんのだ!ここで負ければ、低遠は滅びる!」


頼継は立ち上がり、春日の肩を掴んだ。


「よう言った春日!おぬしの忠義、身に染みたぞ!普段から温厚なおぬしが、ここまで感情を表に出すとは!」


そう言って頼継は、春日を抱きしめた。

頼継はもう四十にもなる歳である。

頼継の加齢臭を感じた春日は、顔をしかめた。


有賀は額を抑えて立ち上がると、ますます焦りを感じ、すぐさま頼継にこびを売る。


「しかし頼継様が自ら出向くのは、あまりに危険です!せめて他の者に・・・・・・」


頼継は有賀の方を向き、肩をバシバシと叩いた。


「有賀!おぬしがわしを心配してくれることも、嬉しく思うぞ!」


一方、春日はため息を吐いた。


「では有賀殿。誰が春日城で籠城戦の指揮を執ると言うのか、推薦を願えますか?それとも、有賀殿がやるので?」


「それは・・・・・・」


 籠城戦は籠城する側と攻囲する側、双方にとって凄まじい労力と精神力を消耗させる戦になる。

籠城する側の部将にとって辛いのは、外の状況の一切が伝わらず、終わりの見えない戦いの中で将兵の士気を保ち続けられなければならない事であった。

出来ればやりたくない、というのが家臣達の本音であったし、春日の見立てではそれに耐えうる将など低遠家中にも自分の家臣にもいない。

幾人かいた有能な将も、先の宮原にて戦死してしまっている。


(戦では有能な者から死んでいく)


と、春日は結論している。


 有賀としても下手に推薦してその将が無様な醜態しゅうたいされせば自分の責任になる。

閉口した有賀に対し、春日はより饒舌になった。


「ただでさえ難しい籠城戦です。その相手が奇策を用いる武郷となれば、出し惜しみはなりません」


それ以降反論は挙がらず、結局低遠軍は春日の献策通り、春日城にて籠城する事となった。


 春日は頼継を迎える準備のため、一足先に春日城に向かい、籠城の支度を整え始めた。


 その後、籠城戦に参加する低遠軍主力達は続々と春日城に入城し、最後に総大将である頼継が来た時には、もはや籠城の準備は完璧に済んでいたため、頼継は機嫌よく春日上に入城している。


 武郷軍が姿を現したのは、それから十日後。

およそ六千という武郷軍に対し、城方の兵力は四千であった。


 武郷軍はすぐさま城を包囲した。が、低遠軍にとって奇妙な事が一つ。

城の包囲は大手門おおてもんにのみ集中しており、搦手門からめてもん(裏門)はがら空きであった。


「春日を呼べ!武郷軍はなぜ搦手門をあけておる!」


と、武郷軍の狙いが分からずに頼継は狼狽うろたえ、遂には家臣達に八つ当たりを開始した。

頼継は家臣たちを殴りつけ、部屋中が大騒ぎになっている中、春日はふらりと姿を現した。


「これは・・・・・・?」


春日の姿を認めた頼継は、憂さ晴らしを止め、春日にすり寄った。


「春日よ!敵の狙いは何か!搦手に一兵とて割いておらん!」


「はて。武郷軍は奇怪な包囲をしますな。しかし、我らがすべき事は決まっております。慌てることはないでしょう。もしかすれば、武郷の狙いはそこにあるやもしれません」


「そこ?」


「慌てず、ずっしりと構えていればいいのです」


 それから数日は、武郷軍による攻囲戦が続いた。

しかしいずれも小競こぜいのような戦ばかりで、「本格的な戦闘がいつ来るのか」と、城方の将兵は日に日にストレスを溜めていった。


 その日も武郷軍による攻撃をしのぎ切った低遠頼継は、家臣達を呼び集め、軍議を開いた。


「武郷め!来るなら来る、来ないのなら来ないでハッキリとせぬか!それとも何か、これが武郷軍の実力かぁ!」


防衛の成功という戦術的勝利を得続けているはずであるのにイライラとした様子の頼継の怒鳴り声に、春日が一言。


「それはありません」


「分かっておるわ!敵の狙いが何か、と聞いておるのだ!」


そこで、家臣の浅田信守あさだ のぶもりが口を開いた。


「恐れながら」


「うん?なんじゃ、浅田」


「はい。武郷方の家臣、相木市あいき いち殿が、我らに内通の意を示して来ております。こちらが矢文やぶみにて届けられた書状です」


「あいきぃ?」


頼継は怪訝けげんな顔で書状を受け取り、その中身を確認した。

同じく怪訝そうな顔で、有賀が口を開く。


「そのような将、武郷にいましたかな。あまり聞きませぬが」


「相木殿は今川家家臣の今は亡き志賀源心しが げんしん殿の元家臣で、敗戦の際に生け捕られ、今は武郷に与しているとか」


そこまで聞いた所で、有賀が下衆な笑みを浮かべて口を挟んだ。


「おやおや。では、浅田殿と同じ境遇ではないか」


浅田は有賀をひと睨みすると、話を続けた。


「そういった経緯ゆえ、相木殿は武郷家中に居場所がなく、そのため活躍の場が与えられず、所領も増えないとか」


「ますます似ているなぁ」


「なんなんですか?人の話の腰を折ってまで」


浅田は遂に怒りの限界を超えたらしい。

対して有賀は、ニヤニヤとした顔で、


「いや、別にぃ?」


と、意に介さない。

浅田は握り拳を固め、ふるふると震えた。

そんな浅田に頼継は、「よいから。先を」と、話の続きを促した。


「相木殿は、武郷軍の狙いが分かった時点でそれを密告しに参られるとか。それまで、我らはひたすらに守りを固めるのがよろしいかと」


「相木殿が情報を持ってくるまで待っていろ、ということか?」


「はい」


「ううむ・・・・・・」


頼継が難しい顔で腕を組むと、春日が頼継を安心させるべく至って冷静な口調で発言する。


「どのみち、我らに打てる手立てはそれしかありません。籠城する側は、現状を変えようと何かと行動を起こしたくなるもの。それを我慢するのも、肝要かんようかと存じます」


参謀である春日の一言は、低遠軍における決定権を握っていると言ってもいい。それほどに頼継は春日を頼りきっている。


「分かった。皆の者、明日に備えい」


「「はっ」」


これにて軍議は解散となった。結果的に見れば、この軍議に意味があったのか、疑問である。


各部将たちが持ち場に戻る中、頼継は春日のみ引き留めた。


「いかがなさりましたか、頼継様」


「うむ。近頃の我が将達は、なにやら殺気立っておらぬか?先も浅田と有賀が危うく一触即発の所だったぞ?」


「ああ。そう言えば先日も、浅田殿の家来と有賀殿の家来衆が殴り合いに発展したとか」


「なに!戦時中にそのような事を!」


「まあ、戦時中とは言え、こうも敵の攻撃が弱いと・・・・・・」


「緊張感が足りておらん!」


 春日には部将達の不仲の原因がすぐに思い当たった。

桜祭りを開催するきっかけとなった将校達の蛮行事件。原因はその後の喧嘩騒動であろう。将校達を責めた春日と浅田は、今や他の将校達と敵対する形になっている。

なにも解決していないのだから当然と言えば当然であった。

更に尾を引く要因が、浅田信守の経歴にある。外様の浅田にとやかく言われた彼らのプライドは、浅田を容易に許す事は出来ないだろう。


 しかし、それをそのまま打ち明ける訳にもいかない。なにしろ頼継は、彼らの蛮行を褒め称えているのだから。

そこで春日は、適当な話をすることにした。


「これも、敵の策略かもしれません」


「策略?」


「はい。こうして我らを苛立たせ、時間が経ち緊張が緩み切った所を、一気に攻める。兵糧に難のある武郷が勝つ手立ては、短期決戦しかありませんから」


「おのれ武郷晴奈!小癪こしゃくな事を!」


「もしかすれば、城内の様子を敵に知らせる間者かんじゃがおるやも知れません」


「か、間者だと!ど、どうすれば」


「さあ、私にはどうする事も・・・・・・。人の心までは分かりませんから」


「そ、そんな!それをなんとかするのがお前の役目であろう!」


頼継は参謀である春日を糾弾きゅうだんした。

しかし春日は、それを冷静に受け流した。


「防ぐ手立ては、頼継様次第でありましょう」


「わし次第?」


「あまり、家臣達を信じぬ事です。頼継様は、あまりに家臣達を信じすぎる。いや、頼りすぎるのです。家臣の発言、行動をよくご自身で考え、適当だと思った時、初めて信じていると言えるのです」


「む、難しい事を言うではないか」


「この事、くれぐれも忘れぬよう。それでは、私はこれにて」


それだけ言って春日は、その場を後にした。




 翌日。

武郷軍本陣では、軍議が開かれている。

その中にはいつも晴奈の近くに座る家老の板堀信方いたぼり のぶかたの姿はない。


 板堀信方は先代の信虎のぶとら時代から武郷家を支えてきた歴戦の老臣である。その信任の厚さは、幼い晴奈の傅役もりやく(教育係)を拝命し、晴奈からは実の父同然の存在と言われた事からうかがい知れる。

が、彼がここまでの信頼を二代に渡って得られたのは、単純な武功だけによるものではない。

平時からの誠実な姿勢や、優れた政治的感覚、人心掌握の手腕などが信方には備わっていた。


 そのため信方は、武郷軍にとって初めての他国支配に付随する統治を任され、白樺郡代しらかばぐんだいとして白樺頼重しらかば よりしげの居城であった上山城うえやまじょうに赴任している。

武郷軍にとって初めての事業を任された板堀の名誉は、計り知れない。板堀はその責任の重さから「晴奈の信頼に応えねばならない」という重圧を感じた。そしてそれと同時に、「しかしながら、今の武郷家中には自分しか適任者はいないだろう」という強い自信を持ってこの大任を請け負っている。


 板堀不在の武郷軍では、もう一人の家老である天海虎泰あまみ とらやすと、軍師である児玉虎昌こだま とらまさ、実の妹であり副将の武郷信繁たけごう のぶしげの三人が晴奈の信頼厚く、互いが互いに「此度の作戦意図を晴奈より聞いているのだろう」と思い込んでいたため、誰一人として作戦を聞いていない事に驚いた。


 三人はそれぞれ、晴奈の妹である奈々の死と、父親同然の板堀不在の現状を思い、晴奈が最も信頼を寄せている人物と一緒に何かしらの作戦を練ったのだろうと考えていた。


 軍師の児玉は頭を悩ませている。


(わしや天海さんはともかく、信繁様まで作戦を知らないとは・・・・・・。まさか独断とは思えぬが、困った)


 軍議に集まる家臣達は、ここ数日の小競り合いと作戦意図の不明瞭ふめいりょうさで、不穏な空気をかもし出している。


 空気を破ったのは武郷軍の総大将である晴奈。


「信繁を司令官として、天海隊、泉隊、黒木隊、高松隊、久乃木隊は、敵の本城である低遠城に向かえ」


 家臣達は一様に困惑した様子を見せた。

それを口に出したのは児玉である。


「武郷軍のおよそ三千を?確かにそれならば敵の後詰めは断てますが、半数もの隊を低遠城に回せば、ここは手薄になります。また、三千の兵で低遠城と春日城の両方を落とすのは難しいかと。ここは軍を分散させず、全軍で春日城を攻めるべきです」


児玉は至って正論を口にした。が、晴奈は一言、


「いや、これで良い」


と、言ってのけた。

児玉を筆頭に家臣達は眉を寄せた。


 その中で一人、天海が呟いた。


「また、山森勘助やまもり かんすけですか」


晴奈は大きく頷いた。

児玉は勘助にどういうことか聞こうと、辺りを見回した。しかし、姿が見えない。


「山森はどこに行ったんじゃ」


その問いには武郷軍の中堅をにない勘助とも親しい馬場晴房ばば はるふさが答えた。


「途中、軍議に誘ったのですが、春日城を見張っているから行けない、と。お屋形様に許可は貰っていると言っていましたが・・・・・・」


 晴奈は再び頷いた。

晴奈が無口である事は知っていたが、余りに要領を得ない為、児玉はやや苛立ちながら晴奈に説明を求めた。


「お屋形様。山森がどういった作戦を立案したのか、ご説明ください。わしも含め、家臣達が不安がっています」


晴奈は頷き、作戦を説明した。


それを聞いた児玉は、


(なるほど。山森らしい。まさに詭道きどう。わしにはできぬ作戦じゃ)


と勘助の事を認めざるを得ない。

一方、信繁は歯噛みした。


(姉上が頼ったのは勘助だった。このわたしではなく。勘助・・・・・・なぜ姉上はそこまで勘助を。あの男さえいなければ、姉上はわたしを頼ったはずなのに)


自分の無力さを十分に呪った信繁。しかし、彼女の感情ではそのやりきれない思いを勘助のせいにせざるを得ない。


 各々が反応を見せる中、天海が口を開いた。


「お屋形様。一つ、よろしいでしょうか」


晴奈が頷くを確認した天海は、眼光鋭く晴奈の方を見ながら続けた。


「お屋形様は此度のこと、我ら家臣団に何の相談もせずに決めました。お屋形様は、頭が良い。それがしのような猪武者よりも余程です。しかし、頭が良い人というのは自信が強い。自信が強いと独断が多くなります。そして独断は、事を誤ります。先代信虎様の失敗はそこにありました。また、信虎様は横暴で常軌じょうきを逸した様々な悪行をなされましたし、自分の好き嫌いで人をおとしめたり、登用したりすることがはなはだしいお方でした。だからこそ、道に外れた者として追放の憂き目にあったのです。それなのに、信虎様の悪しき時代を正されるために当主となった晴奈様が、ご自分の気に入る家臣ばかりの意見を聞き、勝手気ままに振舞っては、信虎様より百倍も悪い大将と言えましょう。これを機に、お止めくだされ」


そう言って天海は、頭を下げた。


「天海・・・・・・」


「もしこの諫言かんげんが気に食わぬと成敗なさるのであれば、この戦にて討死の覚悟はあります」


 家臣達は驚いた。大将である晴奈に向かってここまでの厳しい言葉を言えるのは、天海だけであろう。

しかしその厳しい諫言は、家臣達が抱いた不満を無くすために必要な事であった。

家臣達は晴奈がどういった処分を天海に下すのか不安に思っている中、信繁は内心、


「板堀は父親の優しさを、天海は父親の厳しい面を担当してくれている」


と、天海に感謝している。


 しばらくの沈黙の後、晴奈が真剣な眼差しで口を開いた。


「天海。辛い役をやらせた。お前の諫言、確かに聞き届けた。今後こういったことのないよう、みなに誓おう」


「・・・・・・!!はい」


天海は俯いたまま、震えた。


 そこでもう一人、


「それがしも一つ、よろしいでしょうか」


と、手を挙げた者がいた。

見れば声の主は、泉虎定いずみ とらさだであった。


「うん」


晴奈の許可を得て、泉は続けた。


「勘助は戦で直接的な武功を立てるより、本人の希望通り策謀が得意な将。しかし勘助は、新参であり、尚且つあの通りの容姿です。そのためお屋形様に直接献策をすることにしたのでございましょう。どうでしょう、この際、勘助を参謀となさっては」


「参謀?」


「左様。さすれば、勘助も献策しやすく、我らもその策に真っ向から反対する事ができまする。無用な気遣いが生まれませぬ。これを機に、勘助との密議はお止めくだされ」


泉の言いように信繁が「泉!無礼よ!」と、さとした。


 武郷軍における参謀は、主に部将の補佐を行うのが仕事で、直属の上司は軍師である児玉にあたる。

勘助が参謀となれば、何をするにも上司である児玉を通さねばならず、命令系統を一つ飛ばして総大将である晴奈に直接献策する事は出来なくなる。


 これには本陣控えの参謀連中の一部には不満をあらわにする者もあったが、大抵の者が「なるほど」と思った。


 その中で児玉は、少し違う考えを持っている。


(確かに泉さんの言っていることは良い案じゃ。しかし、山森の智謀は一参謀の域を超えておる。その為に、他の参謀達の間でいらぬ争いを招くやもしれぬ。参謀は揃いも揃って頭の回転が速い奴ばかりじゃ。そういった連中は自尊心も強い。かといって、わしと同じく軍師の位置に置いては、結局お屋形様と勘助の二人の密議で完結してしまうかもしれん。ならば、)


児玉は考えをまとめ、晴奈に向き直る。


「お屋形様。此度の作戦が上手くいけば、山森は一国をその智謀で落とした事になります。その褒美が参謀では、山森とて納得致しかねましょう。ここは一つ、新たに参謀長さんぼうちょうという役職を新設なされては」


「参謀長?」


「はい。参謀長には私の補佐と参謀達のまとめ役を担ってもらいます。私も作戦に集中出来ますし、私が不在の間やもしもの時にも混乱を回避できるでしょう」


そこで泉が口を挟んだ。


「児玉殿、それはつまり、副将のようなものか?」


「はい」


「しかし、いきなりの出世で他の参謀達が認めましょうか」


「勘助の実力はわしが認めております。それに先の白樺攻めの功績や、此度の作戦が上手くいけば、他の者も認めざる得ないでしょう。年功序列で戦に勝てるほど、世は甘くありません。それを分からぬ参謀ではありますまいて」


そう言って、児玉は笑った。

晴奈は微笑を浮かべ、宣言した。


「此度の戦、勘助の策通りに勝利することができれば、その時は勘助を新たに参謀長と致す」


勘助の知らぬ間に、勘助は目標である軍師にぐっと近づいた。

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