第二話 (9) 戦後処理

 戦は終結し、敗者である白樺頼重は峡間に連れて行かれ、板堀領に所在する寺に幽閉されている。

晴奈は妹である奈々に会うこともままならず、戦後の処理のため低遠頼継の本陣に板堀信方いたぼり のぶかた児玉虎昌こだま とらまさを伴って赴いている。


板堀信方が地図を指さし、「白樺領の西を低遠領、東を武郷領と致す」と言い、低遠を睨んだ。

低遠は弟の連峰軒れんぽうけんを連れ立ってきており、いかにも不服といった顔で晴奈を見た。


「約定が違うではないか!白樺の惣領家、大祝おおほうりの職はこの頼継がつかさどり、白樺領は低遠が治める約定であったろう!」


晴奈はじっと低遠頼継の顔を眺め、淡々として言った。


「そんな約定を交わした覚えはありません。我が武郷に従い、家臣として白樺を治めるというのならそれも良いと言ったはずです」


「そんな事は認められるものかッ!」


「ならばこうするしかないと存じますが」


「いいや!武郷殿は実際に戦っていないではないか!これではあんまりだ!」


「頼継殿。既に惣領家を司る白樺頼重殿は我らに従っている。この白樺の地に踏み入ろうというのであれば、我らの敵だ」


「なっ⁉」


ここまで言われればもはやどうすることも出来ない頼継は、怒りで顔を真っ赤にさせた。

頼継の弟、連峰軒は立ち上がり、晴奈を指差して罵った。


「この嘘吐き女!こうも人を欺くことに躊躇がないとは、さぞかし嘘ばかりついて育ってきたのだろう!信虎殿が嫌うのも納得したわ!」


板堀は顔を怒らせて立ち上がり、連峰軒の指を掴んで凄んだ。


「お屋形様が嘘吐きだと?此度の戦で先に約定をたがえたのは、どちらであったか。まさか忘れたとは言いますまいな?」


「は、離せ!おい!あ、兄上!指がぁ!」


連峰軒が頼継に助けを求めたところで、板堀が指を離した。

勢い余った連峰軒は尻餅をつき、指を抑えながら吠えた。


「この、見ていろ!貴様らのような下衆げすには、必ず天罰が降るぞ!」


児玉はそれを聞いて鼻で笑うと、連峰軒に飛び掛かった。


「この期に及んで女々しい奴。男なら黙って負けを認めて見せろ!」


そう言うと児玉は、連峰軒の首に吊るされていた数珠を引きちぎり、連峰軒の口に詰め込んだ。


「や、やめっ、~~~~」


頼継はそれを助ける様子も見せず、晴奈を睨んだまま口を開いた。


「此度は我らの負けじゃ。見事な知恵じゃのう、武郷殿。だが、我らを手駒のように扱ったこと、必ずや後悔させてやる。精々、気を付けることだな」


「ご忠言、感謝します。板堀、児玉、行くぞ」


「「はっ」」


頼継は恨みがましい視線を晴奈たちの背に向け続け、ここに交渉は終了した。

結局晴奈は今回の戦いで、白樺領の半分を手に入れたことになった。



 同じ頃勘助は、白樺頼重の妹である凛姫りんひめを峡間に連れていく任務を請け負っている。

勘助が迎えに上がったところ、凛姫はむすっとした顔のまま一言も喋らなかった。


(そろそろだな・・・・・・)


 勘助は峡間まであと半分といったところの山中で、隣で馬に揺られている相木を見た。

相木は勘助の視線に気づくと、黙って頷いた。


「止まれ」


勘助の合図で、兵士たちが足を止める。

勘助の近くにいた夕希は不思議そうに勘助を見た。


「どうしたの勘助?」


「夕希。近くに何か気配を感じる。警戒に出てくれ」


「気配?あたしは何も感じないけど・・・・・・」


「いや、感じるのだ。なあ相木殿?」


「うん。夕希ちゃん、悪いけど行ってきてくれる?」


「まあ、そこまで言うなら行ってくるけど・・・・・・」


夕希は何か納得しかねる様子で兵士たちを連れて周囲の警戒に向かった。


 勘助の任務は、凛姫を峡間に連れていくことではなく、実際には凛姫を殺害することにあった。

凛姫を生かしておいても、後々の火種にしかならない。頼重一人を生かしておくのみであれば、白樺家の家臣たちも武郷に従う。それに対し、凛姫などが下手に生きていると家臣たちに担ぎ上げられ、謀反を起こす可能性すらあった。


 凛姫を殺害することは、頼重の降伏の条件に反している。が、勝手に自害してしまったことにすればいい。と進言したのは、勘助である。

勘助の鬼のような提案に、家臣団は苦い顔をしたものの、凛姫は殺害しておくべき存在ではあったし、勘助がその任務を進んでやってくれるというのであれば、ほっとする思いであったかもしれない。


「何事ですかッ!」


不審に思ったのだろう、凛姫の侍女が輿こしを降りて説明を求めてきた。


「いえ、少し気になることがありましてな」


「気になること?なんですっ!説明なさい!」


「・・・・・・」


凛姫を殺害する以上、そのことが白樺に伝わっては意味がない。

ついてきた侍女も殺さなければならないだろう。


(恨みはないが、致し方ない。俺を恨むでないぞ)


勘助は刀を抜き、痛みを感じさせる間もなく一瞬にしてその命を絶とうとした。

が、勘助が刀に手を掛ける前に、夕希の大声が聞こえた。

見れば夕希が焦った顔でこちらに駆けてきている。


「勘助!」


「夕希⁉何をしているっ!しかと警戒をして来いっ!」


「敵!敵を発見したんだよっ!勘助の言う通り、敵がいたんだよっ!」


「敵?」


勘助は眉を寄せた。勘助が気配を感じたというのは、凛姫の殺害を知らない夕希をこの場から離すための嘘であり、敵とはどこの誰なのか、見当がつかない。


夕希の背後には百騎ほどの騎馬武者が現れ始め、風上より矢を放ってきた。


「くッ」


夕希の乗る馬に矢が命中し、夕希が落馬した。


「夕希を守れ!」


勘助は矢を刀で弾きながら、命令を下した。

勘助の命令を聞いた兵士たちは夕希に前に立ち、必死に射かけられる矢群から夕希を守る。

勘助が周りを観察すると、弓は輿には向けられていない。


「狙いは姫の身柄か!」


外に出てきていた侍女は矢を全身に浴び、命を落としていた。


大仏おさらぎ!援護を頼む!」


「了解」


勘助は馬を降り、死んだ侍女に駆け寄った。

勘助に降り注ぐ矢は、大仏が長刀なぎなたを振るって守る。

勘助は侍女の命を奪った矢を調べる。矢羽やばねを見れば、五つの筋が入っていた。


「この矢羽は低遠の者で間違いない」


勘助は舌打ちをした。


(低遠頼継という男は慎重に過ぎるだけの男だと思っていたが、自らの保身のためなら大胆にもなれるらしい)


白樺攻めにおいて先陣を切るという武郷との約定を破ってしまった低遠頼継は、戦後の交渉で望む結果が得られなかった場合に備えて、凛姫の身柄を確保しようと動いていた。

凛姫が低遠の嫁にでもされようものなら、武郷による白樺統治はままならなくなる。


武郷家の家臣団は低遠頼継に対する感覚が鈍い。それは勘助とて同様であった。それほどまでに鈍くなったのは、低遠頼継に実際に会った松原敏胤まつはら としたね井上省吾いのうえ しょうごの二人が、ことあるごとに低遠頼継を見下す発言を繰り返し続けてきたというのも一つの要因であったかもしれない。が、その大本を辿るのであれば、先代の信虎の低遠に対する過剰なまでの過小評価が最たる要因であろう。それは武郷家中のかかえる病気である、と言えるかもしれない。


 相木が必至な顔で勘助に近づいてきた。


「勘助くん!味方は敵の半分しかいない上に奇襲されて混乱してる!」


「姫だけは奪われてはならぬ!死守せよ!」


見れば敵兵は矢を撃ち尽くし、襲い掛かってきている。


「弓で応戦せよ!」


勘助の指示を聞いた兵たちは、各々応戦を始める。

勘助も刀を抜き、凛姫の乗る輿の近くで守りを固める。


辺りはすぐさま大乱戦になった。勘助も必死に刀を振るった。

金属のぶつかる音や怒号が辺りに響き渡っている中、勘助は敵の騎馬武者と刀を打ち付け合っている。

振り下ろされた刀を弾き、左手で敵の鎧に手を掛けるとそのまま馬から落とそうとする。


「ッぐ!やめろ!卑怯だぞ!」


敵はなんとか落馬しまいと力を入れる。


「刀で斬られるのが望みか!ならば望み通り!」


勘助は落馬阻止のために剣戟の集中力に欠いた敵の首に狙いをつけ、刀を突きたてた。

ぐっと刀を押し込み、引き抜くと、先程までとは打って変わり、あっさりと騎馬武者は落馬した。


「はあ、はあ、はあ」


「おのれ!よくも父上を!」


続いて勘助目掛け、若武者が突っ込んできた。

勘助は刀を若武者の額目掛けて刀を突く。


「くっ」


若武者は刀を振り上げて勘助の攻撃を弾いた。

その次の瞬間、若武者の胸からは刀が現れ、父親と同様に落馬した。


「相木殿。助かった」


「まったく、酷い戦いだよ」


勘助は頷き、ポツリと呟いた。


「夕希は無事だろうか」


「大丈夫。さっき徒歩かちで槍を振るってたけど、無双してたよ」


「左様か」


「うん」


勘助は安心すると、すぐさま現状の打開に頭を使う。


「相木殿、敵指揮官は見ましたか?」


「いや、生き残るのに必死で。ごめん」


「いえ、それがしも必死でした。しかし敵の指揮官は倒さねばなりますまい」


「うん」


勘助は、自らの護衛にしていた大仏に命じた。


大仏おさらぎ。敵将を見つけ、討ってきてくれ」


「いいのかい?この乱戦でボクがここを離れて、誰が君を守るんだい?」


「自分の命くらい自分で守れる。相木殿だっているしな」


「いや、私に頼らないで。私いざとなったら勘助くんのこと見捨てるからね?」


「・・・・・・」


勘助は相木を睨んだものの、自分も同じことをするだろうと思い直す。


「フフッ。どうするんだい?」


「笑うな、大仏。どのみちこのままでは埒が明かん。行ってくれ」


「でも、夕希君がなんとかしてくれるかもしれないよ?」


「夕希が?敵将を自らの判断で探して討ち取ってくると?馬鹿を言うな」


「勘助君。夕希君はもう子供ではないんだよ?子供じゃないという事は、自分でやることを決めて、その責任を自分でとれるということさ」


「いいから行け!」


「やれやれ。了解だよ」


大仏はやれやれといった仕草で勘助に背を向けると、長刀を振るい、乱戦の中に向かっていった。


「やれやれはこっちの科白せりふだ」


つくづく扱いずらい家臣だ、と勘助は思った。


「勘助くんも大変だね」


相木は苦笑しながら大仏の去っていった方を見た。

すると大仏が去って行ってからさほど時間がたつことなく、歓声が聞こえてきた。


「おい、確かめて参れ」


勘助は護衛の一人を確かめに行かせると、すぐさま帰ってきた。


「井藤夕希様が、隠れていた敵将を見つけ出し、討ち取ったご様子です!」


「夕希が?」


勘助は驚いて聞き返す。


「間違いございませぬ!」


見れば敵兵が撤退を開始し始めている。


「大仏くんが言った通りだったね。やるなぁ夕希ちゃん」


相木は愉快そうに笑った。


「・・・・・・」


 しばらくすると、敵将を討ち取った夕希と、討ち取りに向かった大仏が戻ってきた。

相木は笑顔で二人に向かって行き、他の将兵も戦功者である夕希に駆け寄って行った。


この時、凛姫が乗る輿の周りには、勘助とその家臣が二人、計三人のみになった。


その瞬間を見計らったのだろう、勘助のわずか後方の木より、一人の男が落ちてきた。


「勘助!後ろ!」


いち早くそれに気づいた夕希が、出せん限りの大声を上げた。

勘助が後ろを振り向くと、勘助の護衛の家臣の素っ首が、二つ飛んだ所であった。


(忍びか!)


勘助はかろうじて顔面に来た一撃を防ぐものの、眼帯ははち切れ、勢いそのまま落馬してしまう。


「ぐっ」


なんとか受け身をとった勘助に、忍びはすぐさま馬乗りになって刀を突き付けようとする。

勘助は忍びの腕をつかみ、間一髪で刃を触れさせない。


が、それも時間の問題であった。次第に勘助の首に近づく刃は、ゆっくりではあったが止まる様子は見せない。


夕希や大仏、相木達は必死に走るが、間に合いそうにない。


(ここまでか。まだ、お屋形様の天下には、程遠いというのに)


勘助はあまりにも無念な最期を覚悟した。しかし、


「がっ」


忍びはそう漏らし、突如落命した。

急に重くなって覆いかぶさってきた忍びをどかすと、勘助を助けた者の姿が見えた。


「あなた様は・・・・・・」


見ればそこには、小刀を持った凛姫が立っていた。


「あなた、山森勘助といったわね?武士たる者が情けない。私の護衛がこの程度の男とは、がっかりね」


「は、はあ」


勘助は呆気に取られていたものの、やがて自分の眼帯が外れていたことに気づき、その醜い左目を手で隠した。

なぜ今から殺そうとしているこの少女を前に慌てて隠したのかは、勘助にもわからなかった。


「何をしているの?その目を見られるのが嫌なの?」


凛姫は心底不思議そうに勘助に尋ねた。


「い、いえ。醜い姿をお見せするわけには・・・・・・」


「醜い?私がその顔を見て、気味悪がるとでも思っているの?馬鹿にするのもいい加減にして!」


「は、はっ」


「男なら自分に自信を持ちなさい!人と違う事を恐れるな!」


勘助は自らの容姿でそのように叱責されることは初めてであった。


「姫様、命を救っていただいたこと、感謝に堪えませぬ」


「感謝の言葉はもらっておくけど、しっかりと行動で示しなさい」


「行動?・・・・・・まさか、土下座をしろと?」


「違うわよ!あなた天然?しっかりと私の護衛を果たしなさい!」


まさかそう来るとは思わなかった勘助は、「やられた」と思った。


「返事は!」


「はっ。しかと了解し申した」


「約束よ!あなたが武士だというのであれば、必ず守りなさい!いい?」


「もちろんでございまする」


「信じるわよ?」


「・・・・・・はっ」


勘助は内心混乱した。


(まさか、自分が殺されることをわかっているのか?しかし口約束程度でそれを防ごうなどと・・・・・・いや、この姫様は箱入り娘。人を信じて疑う事を知らないのも頷ける。しかし、)


 勘助は考える。この姫をここで始末すべきなのか。なぜだか勘助は、この姫を殺す気が起きなくなっている。それをなんとか理屈化しようとしている事に、勘助は気づかない。


 夕希たちが近づいてくると、凛姫は再び輿の中に入ってしまった。


「勘助!怪我はッ!」


「無事だ夕希。報せてくれて助かった。それと、よく敵将を討ち取ってくれたな」


「え?あっ、うん!勘助の元に駆け付けようか迷ったけど、そうした方がいいだろうなって思って」


夕希は照れ臭そうにはにかみ、頭を掻いている。

続いて駆け付けたのは相木。


「勘助くんも悪運が強いね~」


「相木殿。此度はお互いに油断があった。気を引き締めねばな」


「だね。ところで勘助くん、任務を遂行しなきゃ」


「・・・・・・ああ」


相木は鋭い目つきで凛姫が乗る輿を睨む。

相木の言う任務とは、凛姫殺害の事であろう。


「夕希ちゃん。この先に敵の伏兵がいないとも限らないし、斥候に行ってきてくれる?」


「え?まあ、いいけど・・・・・・」


相木は再び夕希をこの場から遠ざけようとする。

この良くも悪くも武士に染まりきれない夕希という女は、自分が間違っていると思えば、たとえ上官であろうとも噛みつく。

相木も夕希の性格は嫌いではなかったが、少なくともこの任務をこなす上では邪魔でしかない。


「いや、待て」


と声を出したのは、勘助である。


「どうしたの?勘助くん」


「新手が来ないとも限らん。すぐさまこの場を移動し、峡間を目指すべきだろう」


「・・・・・・うん?何言ってるの?」


相木は冷え切った声で勘助に疑問を投げかけた。


「相木殿。夕希はそれがしの家臣です。勝手な命令は下さないでもらいたい」


「自分が何を言っているのか、」


「移動する。行くぞ夕希、大仏」


「え?あ、うん」


「はいよ」


 勘助と夕希、大仏の三人は、すぐさま出発の準備に取り掛かる。

相木は勘助を睨みつけ続けると、やがて自分の家臣になにやら命令を下した。


 その夜、勘助たちは近くの民家に泊まり、勘助は相木に話があると言われ一室に集まっている。

集まっているのは勘助、相木、そして夕希の三人である。


 相木は幾度か夕希をこの場から排除しようとしたが、勘助がそれを許さず、遂に相木は諦めて現状に至った。


「それじゃあ、始めようか」


勘助は頷く。

夕希は意味が分からないといった様子で、勘助と相木を見比べる。


「え?なになに?どうしたのさ二人とも!なんか殺伐としてるよ?」


夕希の「殺伐」という言葉は、いかにもこの場の雰囲気にふさわしく、事実、部屋の周りには武器を所持した相木の家臣たちが待機している。


相木は夕希の問いには答えずに、切り出す。


「どういうつもり?勘助くん。自分の任務、分かってる?」


「無論、理解している」


「ならどうするつもりなのか教えて」


「このまま峡間に連れて行く」


「・・・・・・何言ってんの?理解しているって言ったよね?」


「理解した上で、こうすべきだと思ったから実行に移しているのだ」


「勘助くんがすべきは、あの姫様を始末することでしょう⁉」


相木は怒りをあらわわにして床を叩きつける。

夕希は困惑した顔で勘助を見た。


「勘助?どういう事?姫様を始末って・・・・・・」


「そのままの意味だ。あの姫様は武郷にとって後々の災いにもなる存在だ。ゆえに始末するというのが家臣団の総意であり、俺と相木殿はそれを実行するという任務を請け負っていたのだ」


夕希は信じられないといった顔で勘助を見て、やがて口を開く。


「なに、それ。おかしいよね?あの戦の降伏の条件は、白樺一族の安全だったよね?」


「それを世の人間には分からないように実行するのが、我らの役目だったのだ」


「そんなの、」


「汚いと思うか?しかし、汚いことの一つもせずに天下を取るなど不可能だ。我ら家臣団はいざとなれば汚名を一身に背負い、お屋形様を誰もが認める天下人に押し上げる。それが家臣だ」


夕希は相木を見た。相木は頷き、再び勘助を見据える。


「そうだね。それは勘助くんの言う通り。でもこの男は、この期に及んでそれを放棄しようとしている!」


「今後の武郷家の行く末を考えた結果、こうした方が良いと判断したまでです」


「嘘吐かないで、この不忠者!命を助けられことの恩返しのつもり⁉それともあの姫の美しさに、やる気をなくしたかッ!」


相木は立ち上がると、刀を抜いた。


「なっ、落ち着いてよ!相木ちゃん!」


夕希は驚きながらも立ち上がり、相木の間合いから離れる。恐らくは本能的にとった行動であろう。

勘助もゆっくりと立ち上がると、刀に手を掛ける。


「悪いけど、勘助くんの行動はお屋形様への反抗とみなし、身柄を拘束させてもらうよ。みんな!勘助くんを!」


相木の合図に、外が騒がしくなる。

しかし相木にとって奇妙だったのは、なかなか家臣達が現れないどころか、何やら争っているらしい音が聞こえる。


「まさか!」


相木が勘助の方を睨むと、勘助は睨み返してきた。


「相木殿の忠誠心の強さは分かっております。その相木殿であればここまでするというのも想像がつくことです。大仏と我が家臣達にも同じようにこの部屋を見張らせておきました」


相木は悔しそうに唇を噛み、血が流れる。

やがて部屋の外の騒ぎが静かになると、部屋を開けて大仏が現れた。


「終わったよ。相木君の家臣たちは全員無力化した。それにしても、話し合いは口でするものだ。もう勘弁してくれよ?」


「ああ。助かった大仏」


勘助の感謝の言葉を聞くと、大仏は部屋を閉めてどこかに行ってしまった。


「相木殿、」


「夕希ちゃん!勘助くんを拘束して!」


勘助の言葉を遮り、相木は最後の手段として、夕希に命令を下す。


「相木ちゃん・・・・・・」


「私と勘助くんのどちらが正しいかは明白でしょ!晴奈様の命令に勝手に背き、あの姫を峡間に連れて行くなんて許されないよ!」


「お屋形様には、それがしがお伝えします」


「事後報告じゃない!夕希ちゃん!あなたがすべきは、その男を捕まえることよ!」


夕希はやや迷った様子を見せたものの、意志の強い目で相木を見据えた。


「ごめん相木ちゃん。確かに言っていることは、相木ちゃんの方が正しいかもしれない。でも、あたしは勘助があの姫様を生かしたいって言うんなら、その意思を尊重したい」


「あなたは陪臣とはいえ、武郷の家臣でしょう!」


「あたしは確かに武郷の家臣だよ。でも、その前にあたしはあたしだから。すべきじゃなくて、したいことをしようと思う」


夕希の言葉に意志の強さを感じた相木は、夕希を説得することをあきらめた。

勘助は口を開く。


「相木殿。それがしを信じられないというのであれば、それがしの晴奈様に対する忠誠心を信じていただけませぬか。お屋形様の為であれば、たとえ親でも子でも斬れると家老の御二方を前にして言ったのは、相木殿も知っておられましょう。それは今でも変わりませぬ。あの姫を生かすのは、なにもあの姫に情が沸いた訳ではござりませぬ。武郷家の後々の事を考えに考え抜き、判断したまでです」


「・・・・・・」


相木はしばらく勘助の顔を見据えると、黙って戸に手を掛けた。


「いいよ。勘助くんには追放されようとしているお屋形様を説得してくれた恩もあるし、信じてあげる。でも、私にも任務を引き受けた以上責任がある。あの姫を生かした結果、あの姫が今後の武郷家に仇なす存在となったときは、私と共にあの姫を殺して腹を切りなさい。それが私たちの責任よ」


「無論です」


相木は勘助を一瞥すると、部屋を出て行った。

夕希は不安そうな顔で勘助を見る。


「勘助・・・・・・」


「心配ない。腹を切るようなことにはならん。あの姫様は、生かしておいた方がいい。そう、感じたのだ」


「・・・・・・」


 結局、勘助たちは凛姫を無傷で峡間まで連れて帰ることになった。

当然のことながら武郷家中は、混乱に包まれる結果となった。

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