第2話 秋の日の思い出

吉岡太郎は中学二年生で、彼には多くの男友達がいたが女友達と呼べる人は一人もいないように感じていた。

それというのも彼は女性に興味がなく、それというのは彼がゲイだというのではなくて、性の目覚めがまだ先の話だったということである。

彼はそれなりに女の子の連絡先を知っていたが、顔も「普通」と言われるくらいで、身長も160センチとそこまで高くなく、同学年の女の子には彼より身長が高い人もざらにいたし、足も早くなければ、勉学の方もできるという訳ではなく、かといって話上手なわけでもなく、つまりこれといって目立つようなことがないのであるから、女の子たちの興味を引くことの無い、地味な男の子だったわけである。


吉岡太郎は小説を読むのが好きだった。まあいわゆるライトノベルというやつで、流行りのものには全部目を通したし、マニアックな作品にも手を出していた。

ただ、それを誰にも知られたくないというのが彼の気がかりであって、学校の暇な時間に小説が読みたいという気持ちに襲われた時はもうただただ渇望していた。

そういう時は好きな小説のシーンをじっと頭の中で繰り返しながら妄想にふけっていたのである。

ところで、吉岡太郎の隣の席には片岡真理子という女の子が座っていた。

この片岡真理子はなかなか可愛らしいウェーブのかかった髪の毛を持ち、丸顔の垂れ目の鼻の小さい女の子だった。

彼女はいつも窓の外を眺めるのが好きなのんびりした性格の子だった。ちょうどその視界に太郎がいつも入っていたのであるが、太郎がそんなものだから、ふと彼は何を考えているんだろうと気になったのであった。

給食の時間、同じ班になるのでその際に真理子が尋ねた。

「吉岡くんってさっきの国語の時間教科書逆さまに持ってたけど何考えてたの?」

太郎は言葉に詰まった。まさかラノベの妄想をしていたなんて言えるわけないのである。

「こ、国語の本を逆さまに持って読むと頭が良くなるってばあちゃんが言ってたんだよ」

太郎は女の子と話すのが実は慣れていない。顔を真っ赤にしてそう答えた。

すると、お節介な女の子が、

「エッチなことでも考えてたんじゃないの?全く男子ってこれだから不潔なのよ」

そう言って切り捨てるような仕草をした。

「違うよ。それは違うよ」

太郎はなんとももどかしい気持ちで反論したが、受け入れられない。

結局太郎は給食をさっさと食べ終えてしまうと、机に突っ伏して寝たフリを決め込んだ。

こんなもんだから、女子ウケというものは全く皆無な太郎なのだが、真理子は逆に太郎が何を考えてるのか気になってしまった。


それから数日が経った頃、偶然書店で太郎と真理子が遭遇した。書店のコーナーはライトノベルがぎっしり並んでいる場所だった。

「吉岡くん」

真理子は小声で肩を叩いた。太郎はビクッと身震いして、手に取っていた本を慌てて元に戻した。

「その本読んでるの?私もその本持ってるよ!面白いよね」

太郎は呆然とした。

「ラストの騎士様がかっこいいの!魔王を…あっ。ごめん、ネタバレしちゃった」

太郎は呼吸はしていた。思考は停止していた。まず同級生の女の子にラノベを見ているのを知られたこと、しかしその女の子もその本を好きと言っていること、そしてネタバレされたこと。

太郎が読んでいたところでは騎士は死にかけの状態で明日もわからぬ状態だったのであった。

「えっと、片岡さんもこれを読んでるの」

「うんこれ好きだよ。わたし」

「でもこんなの読んでるのって恥ずかしいことだよね、なんか……」

「恥ずかしいことなの?わたしは好きだけどな」

この時太郎は初めて同志を得た気がした。

「えっとじゃあこっちのこれも読んでるの」

「いや、それは読んでないなあ。これ面白いの」

太郎の顔が急に光って、面白いよ、と咄嗟に口に出た。

その声が書店中に響いたものだから、2人は恥ずかしくなって場所を移そうかということになった。

秋も深くなっていて、昼下がりの暖かな日差し、でもどこか寂しくなるような景色。

木の葉の色は鮮やかに染め抜かれて、斑の葉っぱはひとつもなく、イチョウはイチョウの黄色い鮮やかな色をしていた。

2人は書店の近くの公園で、もぞもぞと喋りだした。

「吉岡くんもラノベ好きだったんだね、知らなかった」

「片岡さんもラノベ好きだったんだね、知らなかった」

オウムのやり取りである。

「きっかけってなんだったの?」

太郎は真理子にそう聞いた。

「うちのお姉ちゃんが大好きでいつも買ってきてたの。それからあたしがハマっちゃって、えへへ」

「恥ずかしくないの?その……僕に知られること」

真理子は頭を振りながら笑顔で言う。

「恥ずかしくないよ!むしろ嬉しい!わたしの友達みんな興味なさそうにわたしの話聞いてるみたいだから、むしろ話し相手ができて今わたし凄く……興奮してる!」

「僕はずっと隠してきてたんだ…その恥ずかしいことなんじゃないかって」

「そっかあ、まあでもわたしが今度から話し相手になるから!ところで国語の教科書って逆さまに読むと本当に頭が良くなるの?」

太郎は赤面して俯きながら

「いや、あれはその……本当はラノベのこと考えてたんだ。片岡さんもラノベ好きって知らなかったから咄嗟にでまかせを言ったんだ」

「なんだそうだったんだ。うふふ。面白いね、吉岡くんって」


なんだかのどかな雲がふわふわと流れていく。公園のベンチに思春期の男女2人が座っている。


私も彼らの物語を語るのはここまでにしておこうと思う。これ以上は野暮だろう。

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