第一話 右翼とセクハラ ②

「はじめまして。私、長井コンサルティング株式会社で事務をしている志村萌絵といいます。」


 事務所に来た女性はおどおどしながら社名と名前を言った。絶世の美女というわけじゃないが、お世辞を抜きにしても綺麗なほうだと思う。


 淺倉は立ったままの志村に声を声をかける。

「志村さん。私こそはじめまして。平成維新会で会長をしている淺倉と申します。にしても、よくうちみたいな小さな団体のHPなんて見つけましたね。」


 緊張している志村に後半は少しおどけた風に話す。すると石田が察してか、小さくて悪かったなとすねた感じで続けた。しかし、いきなり右翼団体の冗談かわからないトークに困惑した志村を助けたのは一番、社会的な大岩だった。


「あそこで、身内ネタを披露してるのは放っておいてください。私がメールの担当をした大岩です。立っていてもあれですから椅子に掛けて。飲み物はコーヒーかお茶どっちがいいですか?」


「あ…じゃあお茶で…」


「おい、野口!お茶淹れてくれ!知覧のがあったろう。あれにしてくれ。」

 野口と呼ばれた行動隊の一番最近に入ってきた新入りが「はい!」と元気な返事で給湯スペースに向かった。




 野口がお茶を人数分淹れ、石田と淺倉の身内ネタも終わったところで、大岩から促されるように志村は話し始めた。


「最初は勘違いかと思ったんです。エレベーターで混んでるときに少し、お知りに触れるなとか…でも、それがどんどん露骨になって、会社の上司にも相談したんどすけど、気のせいだ、自意識過剰だと言われて…でも上司に知られると余計にエスカレートして、周りに相談したのですが、あの社長がそんなことするわけがないと諭されて…」


「ちょっと、待ってください。セクハラしてたのって社長本人ですか⁉」

 大岩が話を遮り聞いた。淺倉達もメールから勝手に直属の上司がしていたものだと勘違いしていた。だからこそ、証拠があるなら社長に話せば済むのではないのかと思っていたのだ。


「そ、そうです。労基署や、職場の労働組合に相談しても、同じで…証拠もあるのに、誰も信じてくれなくて。もう、このまま信じてもらえないならって自棄になりかけたところで、御茶ノ水で皆さんを見かけたんです。」


「ああ。それがうちだったと。」

 淺倉がやっと合点いったという具合に返事をする。


 志村は「そこで機関誌にお悩み相談の欄を見て、最後に何か縁かなと思い連絡したんです。」


「にしても、労基署はともかく、セクハラに限らず、ハラスメントにうるさい労働組合まで黙るなんて珍しい事もあるもんだ。」淺倉は苦虫を嚙み潰したような顔をした。


 一同、それに同意っといった顔をする。ハラスメントや男女差別に過敏反応する労働組織が黙るというのは異常である。どれくらいの異常さかというと、右翼を名乗るのをやめた鈴木邦〇と我々が握手し、ともに酒を酌み交わす位に異常である。


 最年長の石田が志村の不安そうな顔をして見て好々爺らしい笑みを浮かべながら口を開いた。


「志村さんとやら。わし等は右翼だ。国のためなら国法だって犯すし、国を売るのと仲間をだますこと以外だったら何だってやる。わしらがこう言った問題に取り組もうとしているのは真面目に頑張っている日本人が笑って生活できる。そんな当たり前の社会を作りたいからだ。だから、こいつらもない頭を捻って考えている。だから、わしら男が求めるのは御嬢さんにとって酷かもしれんが、その証拠とやらは見してくれんか。」


 ゆっくり、そして志村の目を見て石田は語りかけた。労基だけでなく、労働組織ですら見て見ぬふりをする案件など、証拠もなしに突撃してはこちらが火傷どころか全身熱傷を負うことになる。


 志村は見ず知らずの野郎衆に自分のセクハラ行為をされている証拠を見せることに躊躇っただろうが、覚悟を決めたのか、石田、淺倉の順に目を合わせ「分かりました。」と答えた。


 彼女が一本のUSBと一枚の紙を取り出し、淺倉が受け取り、大岩に渡した。大岩が自分ノートパソコンに差す。


 そこには、志村の職場のPCの内カメを起動させたものや、ボイスメモ、数々のメールで証拠があった。それは明白である。


 大岩が、5分もかからず一通り確認して、

「会長、こりゃひどい。絶対に勝てる内容ですよ。」


 そして続けて「志村さん、このデータコピーしても問題ないですか?目的外に使用しませんから。」


 志村は大岩に「よろしくお願いします。自棄になった私が思いとどまる事が出来たのもみなさんのおかげですから。」と答えた。



 そして、淺倉が「私達が責任は持てませんが、助太刀させていただきます。申し訳ありませんが、今週一杯は出勤と証拠収集をお願いします。」わざわざそういったのは紙が診断書だからだ。心療内科で軽度の鬱であること、職場環境が一因であることが記載されていた。


 そして何より確認しなければいけないことがある。これを確認しないと話にならないのだ。


「志村さんは我々が介入して、どうしたいですか?」


 そうなのだ。職場の話を聞いて待遇改善を要求したいのか、それとも慰謝料をとって相手に制裁したいのか。やり方も変わるし、こちらの覚悟も違ってくる。


「私は…もうこの会社で働きたいと思えません。私が受けた分をキチンとやり返したいです。お願いできませんか?」志村は淺倉の目を見て答えた。


「了解しました。勧善懲悪です。やってやりましょう。しかし、今日は遅いので解散しましょう。うちの者に送らせます。」


「えっ…まだ終電ありますし。大丈夫ですよ。」志村が申し訳なさそうに答えた。

 きっと、うちの街宣車で送られると思ったのだろう。


「うちの上に余計なものが付いたのじゃないですよ。普通のシーマです。運転もうちの一番うまいのにさせます。」


 淺倉の苦笑い気味の答えに志村もバレたと恥ずかしそうに笑みを浮かべ「お願いします。」と頭を下げた。


 石田が「岸、車持ってこい。終わったら車の返却は明日でいいから。」そうである。裏社会と違い、世知辛い右翼団体は車も送迎用は会の長老格のを使うことがあるのだ。


 体育会系出身でラグビー部主将を経験したこともある行動隊のまとめ役、岸が元気な声で返事をし、志村をエスコートした。


 シーマの静かエンジン音が聞こえたところで、淺倉達はほっと一息をついた。


「ありゃ、すごい闇ですぜ。」志村が来ている間、ずっと黙っていた佐藤が口を開いた。


「僕らの世代はこんなの、やられる側に問題があるなんて言われとりました。けど今の時代は違います。こんな医者様の診断書に怯まないってのは不自然を通り越してます。変につついて、藪蛇ならんとええですが。」公安事件で実刑を喰らったこともある歴戦の右翼も吃驚の案件だ。


「何じゃ、右翼の秘密兵器と呼ばれるお前がしり込みか」石田が茶化す。

「御大、勘弁してください。ビビッて当たり前でしょう。とりあえず、私らの対策とゴール決めましょう。」


「そうだな、とりあえず岸からは出る直前で聞いといたから、まとめようか。」


 これは平成維新会の物事を決める際の慣例である。とりあえず何でもいいから全員の意見を聞くのだ。


 まずは一番新入りの行動隊野口である。

「僕はネットで拡散して、世論を味方につけたうえで、会社と法廷闘争すべきだと思います。」

 次は情報宣伝局の山本。

「野口君と大方同じですかね。ただ、法廷闘争ではなく、その世論をもとに交渉に伺うのは如何でしょう。」

 20歳の澤部と、16歳の佐野は二人で統一見解だ。「最初、交渉で条件突き付けて、飲まなかったら闇討ちします。件が件ですから批判もあるでしょうが、突っぱねることができるでしょう。」

 ついでに岸は無条件で勧告文を送り翌週に社内に殴り込みだった。


 ここからは役員メンバーである。情宣局長の大岩は「社長の親族縁者にセクハラの事実を突き付ける」、行動隊長の佐藤は「一千万。それ以下は徹底抗戦。」

 事務局長の上田は「逮捕者だしても、その社長をつぶす」


 最後は石田である。最初は淺倉が最後に発言し、まとめ役が石田だったが、2年前から石田が淺倉が会長だ、会長研修期間も終わりだと言い、最後の意見役が変わった。


「わしは最後しか言わん。繰り返すようじゃが、右翼は運動するからには最後のケツが重要だ。最後は恥かくなよ。」


 石田が淺倉に最後のバトンを渡す。「最後は会長だな。」


「皆の意見は聞いた。そのうえで今回の目的と目標を決めます。まず目的は志村さんの気持ちを穏やかにすること。そのために慰謝料をとることを目標にする。手段は社長アポ、会社抗議、ビラ撒き、社長アポ、その後に自宅や親戚への攻撃だ。願わくば、第一段階で終わればいいのだが。目標額は会社の規模を見て決める。今日は木曜だから明日中に長井コンサルティング株式会社の基本情報調査と、目標金額の設定。これらは情報宣伝局に一任する。次に、志村さんの送迎。明日の退勤しかないが、無音だが車をだす。最寄り駅までで大丈夫だ。行動隊よろしく頼む。」


「公安には俺から適当に話をする。各自、情報統制は徹底してくれ。聞かれたら、知らない会長に聞けで徹底してくれ。何か異論はあるか」


 淺倉がここまで話すと、一同頷いた。議事録として情宣が残してくれる。これで意思決定終了だ。


「じゃあ、明日も皆忙しいだろう。酒呑みは各自、勝手にやってくれ。解散!」


 普段は事務所で飲み会だが、今日はそんな気分ではなかった。淺倉は事務所から徒歩15分にある住宅街の10階建てマンションに足を向けると同時に担当公安に電話を掛けた。


「ああ、堀尾さん。夜分遅く申し訳ないです。平成維新の淺倉です。」


 50代手前の堀尾は会を担当して4年目になる。


「お疲れ様です。堀尾です。この時間ってことは定例会ですか。なにか運動予定でも?」


 さすがに曜日と時間で察してくれている。


「そうです。街宣や要請ではないのですが、明日、知人の勤め先に退勤時を狙って車で送迎に行きます。」


「えっ、車ですかぁ。場所はどこですか?退勤ということは六時前後ですかね。」


「時間はそんなもんです。場所は神田の方ですね。詳細の場所は明日の昼までに連絡させていただきます。」


「了解しました。いつも連絡ありがとうございます。ただ、許可ないですからマイクのタイミングは気をつけてくださいね。」


 街宣車は道交法によってマイクを使用する際にはあらかじめ許可を取らないといけない場合がある。それを言いたいのだろう。


「それは承知しています。それでは明日。失礼します。」


 堀尾も失礼しますという声を聞き、電話を切った。


 淺倉は夜の肌寒さを身体に感じながら、足早に家に帰る。

 この時は話がああも拗れ、大変になるとはだれも知らない。

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