第一話 右翼とセクハラ ①

 2月7日、北方領土の日。ロシア大使館の近く。上に拡声器を付けた車両が各々、軍歌を流し、シュプレヒコールを上げる。

「北方領土を奪還するぞー!」

「「「奪還するぞー!!!」」」

「領土!」

「「「奪還!!」」」

「ロシア!」

「「「粉砕!!!」」」

「領土!」

「「「奪還!!」」」

「ロシア!」

「「「粉砕!!!」」」


 一通り落ち着くと、今度は大使館前に「右翼だよ!全員集合!」状態で1団体5人までのルールで担当公安や部隊(注:機動隊)に見守られ(監視され?)ながら抗議文を読み上げ投函する。


 抗議活動が終わると、千葉やら埼玉やら東京都西部に帰る。そしてその後をわかりやすい担当公安の乗った覆面車両が引っ付く。


 そして、抗議文投函を待つ中に東京23区内に事務所を構える平成維新会の会長淺倉もいた。齢36歳。生業は建設業だ。


「あ-あ。寒いなぁ。露助もとっとと出ていけばいいのに。」


 寒さに負けて、独り言をつぶやいた。


 そしてもう一言。


「新顔増えたけど、右翼ってより爆走爆音集団てやつふえたなぁ」


 ここでようやく、独り言に気付いたのか返事がくる。


「会長、ほかの団体さんもいますから。」


 苦笑いしながら返事をしたのは行動隊長の佐藤さんだ。行動隊長といっても、会長の自分より干支が一周近く上であるが。あぁすみません、と返事をしようとしたところ、今度は行動隊の若いのが「次、俺たちっすよ!」とかぶせてきた。


「じゃあ行きますか。」佐藤さんに言われて、ようやく私も「よし、読み上げるか」と答え、大使館の出入り口真ん前に足を向けた。


 さて右翼と一言でいっても伝統右翼、行動右翼、任侠右翼、右翼っぽいなにかなど、あまり知られていないが実は沢山のカテゴリーがある。その中で平成維新会は一応、行動右翼と呼ばれるところにある。事務所も23区内だ。平成元年に東京都選挙管理委員会に届出された「その他の政治団体」。創設者である石田は右翼業界の中でも巨頭と言われた師につく。師が亡き後、会を傾けた3代目に反旗を翻し、正当性を確保しながらも独立。現在は会長含め10名程度の会員を抱えている。


 第一、第三木曜日は定例会で会員が事務所(といっても駐車場兼用のバラックみたいなところではあるが)に集まり、終わった頃にWEBを管理している大岩が、相談メールがあったと話しかけていた。


 そうである。一時期(今でも)右翼は半島の工作員であると叩かれているが、そのイメージを払拭したいのか何なのか、うちだけでなくまぁまぁの数の民族団体(右翼団体)が手作り感のあふれるHP、SNS、Blogを運営している。


「へぇ~。珍しいじゃん。いつも変な電波なチェーンメールなのに。どんなの?」促すと、大岩がホームページの問い合わせから来たであろうメールをプリントしたものを配布した。


「志村萌絵、24歳で女性。若いじゃん。こんな普通の初めてじゃないの。で、相談内容が・・・・・・」


 その場にいた全員が顔をしかめた。

 すでに読んでいた大石が場をつなぐ。


「悪質なセクハラのようです。大企業のように制度が整っていたらともかく、あまり規模も大きくなく、加害者が社長の血縁。労基署も厳しくなったとはいえ、対応に苦慮してるみたいですね。具体的被害は残業時などの就業時間中に身体接触や、自宅まで送迎という名目の付きまといと、住居侵入。といったところですか。平成も四半世紀を過ぎた現代日本でこんなアホみたいなジジがいるとはびっくりです。」


「それで大岩。この娘さん。返信はしているのか?」


「はい。会長の事ですから、どうせ会って話したいとおっしゃるでしょうし、こういう類の話は聞かないことには始まりませんから。そろそろ、事務所に来る頃かと思ったのですがすっぽかされましたかね…」


そう、少し悲しそうな表情を浮かべたその時、チャイムのない平屋事務所の引き戸が開く音がした。

ガラガラ…

「すみません。メールで相談させていただいた志村ですけど…」


右翼団体に似つかない可愛らしい声が聞こえ、若い衆の一人、澤部が走って迎えに行き、淺倉は食い気味に


「いらっしゃい、寒いでしょう。」


と日々の右翼運動と現場で少し、喉を傷めたのか控えめな声で返事をした。

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