第一話 右翼とセクハラ ③

 行動右翼にとってこの時代は世知辛く生き辛い世の中だ。特殊右翼(暴力団関係)とは違い暴対法は適用されない分ましかもしれないが、安定したシノギがないから運動をすればするほど貧乏になる。そして、伝統右翼とは違い格式ばった歴史もない。教科書や専門書には一切出てこないし、学長が右翼と呼ばれている伝統右翼系の大学ほどの資金も縦の人脈ない。


 しかし、大多数を占める行動右翼こそ、右翼の根幹を支えているという自負もあるというのも事実である。


 だからこそ金になる話ってのは会の存続からしてもうれしいものでもある。若い衆に飯を食べさせる責任はないが、一緒にいるときくらいは出さないと格好がつかない。


 淺倉は自身の叔父が経営する建設会社の役員である。役員といっても現場職ではあるが、自分が右翼であることを知っていて受け入れてくれた叔父には頭が上がらないものだ。


 ほかのメンバーも手に職を持っているのが多いが、中にはサラリーマンとしてスーツに背広の連中もいる。ネットで言われていることと違い、ほとんどみんな、働きながら右翼活動をしているのである。


 千葉の現場にいるとき、大岩から電話がかかってきた。

「会長。お疲れ様です。長井コンサルティング株式会社の件ですが、一通り、調べました。詳細はメールに送りましたのでお手すきの際に確認お願いします。」


「大岩か。早速ありがとう。今昼だし、この後確認するよ。」


「了解しました。よろしくお願いいたします。では僕はこの後も仕事なので。失礼します。」


 淺倉もお疲れ様といって終話した。そして、スマートフォンのメールを確認した。

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 タイトル: 長井コンサルティング株式会社の基本情報

 本文:淺倉会長

 お疲れ様です。大岩です。下記、ご確認の上、額の決定をお願いします。


 長井コンサルティング株式会社(東京都千代田区神田2-〇-〇)

 業種:業務改善コンサルタント、セミナー講師派遣

 業績:昨年度上半期 1億2千万円 下半期 1億円

 従業員数:20名(うちパート2名)

 社長:長井亘(ながい わたる) 45歳

 家族構成:妻、子供2人(二人とも現在、高校生)

 備考欄:親戚付き合いは特に深くなさそうです。実家は双方健在で年に盆と正月に帰っているそう。家は持ち家。ローンはあと8年残っている。高校生の子どもは高3の兄と高1の妹。

 慰謝料請求予定額:1000万円

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 すごいメールだ。下のほうなんでどうやって調べたんだ。慰謝料の額は志村さんとの擦り合わせも必要だが、相手にとってある程度痛手でかつ裁判はしたくないと思える程度の額にしなければならない。裁判になれば費用もかさむし、実も少ない。


 確かに500万からこれくらいが妥当だろう。


 これを見て、昨日もらった名刺にある電話番号に電話をした。3コール目で彼女は出た。


「はい、もしもし…」


「はい、淺倉です。志村さん。就業時間中にすみません。」


「淺倉さん。お世辞になります。少しなら大丈夫ですよ。如何がされましたか」


「でしたら本題に。まず、今日はあなたをお迎えに上がります。定時で仕事を終わらせてください。少し、相手にプレッシャーをかけます。2点目に相手への慰謝料です。大体、500万円から1000万円程度で考えてください。」


「えっ…今日早速ですか。わ、分かりました。七時が定時です。慰謝料はその時に…」


「分かりました。大丈夫です。では7時に。」


 淺倉は切り終えると同時に今度は昨日電話した公安三課に電話する。

「お疲れ様です。平成維新の淺倉です。」


「お疲れ様です。堀尾です。住所ですか?」


「はい。長井コンサルティング株式会社という会社で、住所は神田2丁目です。時間は7時です。」


「長井コンサルティング株式会社ですか…?」


「何か知っていることでも?」


「い、いえ。なんでも。では7時に。」

 いつもテキパキしている堀尾がそそくさと電話を切った。


 変だと思いながらも、気にしていられない。この後の事務所集合があるからパパっと仕事を片付けなければならない。頬を叩いて気合を入れた。


 17時半。平成維新会、事務所。

 集まったのは淺倉、佐藤、大岩、岸、佐野、澤部、野口、山本だ。


「なぁんだ、皆仕事さぼり組かぁ。」

 佐藤が苦笑いしながら話す。当たり前だ。金曜とはいえ平日の五時半にこの場所にいるには定時帰社じゃ到底間に合わない。老人を除いたメンバーが集まったのだからこれは当たり前の反応だろう。


「当たり前じゃないっすか!俺が来なきゃ誰が来るんすか!」会の最年少、16歳の佐野だ。いいやつだが、喧嘩っ早く、鑑別所、少年院のフルコースの後に親から匙を投げられ遠縁の石田の養子になった。正直来てほしくないが。


「姉ちゃんみたいなやつを泣かすなんて許せない」と言われると置いていくのも気の毒に思えた。


 会のメインで使っている、マイクロバスには運転手に岸、淺倉、佐野、澤部。アルファードに運転手に野口、佐藤、大岩、山本である。


 事務所から会社まで車でゆっくり行っても30分で着く。後ろからついてくる公安三課と所轄警察の公安代理(私服警備)がついてくる中、途中、九段下にある靖国神社に向かい、外苑にある茶店でほっと一息ついた。6時過ぎ。いよいよ、会社に向かう。


 正直、右翼の街宣車といかついメンバーで威嚇なんて暴走族じゃないんだからあまり好きではないが、これが先達が築いた右翼である。国法でさばけぬ悪を天誅する。ってのは別団体のスローガンだが。


 少々混んでいるが、会社前には6時40分には着いた。


 時間が時間なだけにすごい人目を引く。とりあえず、車両には野口と澤部だけ残し、後の全員で車両から降りる。人を残すのは駐禁対策だ。


 敢えて、車両の拡声器は使わず、トランクから30Wの拡声器を2発取り出す。

 そんなところで公安三課が淺倉に話しかけに来る。

「ちょっと、淺倉さん。街宣するんすか?」


「堀尾さん。街宣車で街宣はしてないよ。ただ知人が気付かないといけないでしょ。しかたないよ。」


「マジですかぁ。ちょっと部隊に連絡入れますね。これから拡声器を使うなら教えてくれると嬉しいです~。」


「あいよ。」


 これで、堀尾との会話は終わりである。


 このあたりで街宣の準備が整った。時間にして45分を指している。

 最年少の佐野が最初のマイクテスト兼弁士である。短い金髪に濃紺の隊服はどこからどう見てもDQNだ。


「あーあー。マイクテスト。マイクテスト。良識ある、日本国民の皆さん。我々は見ての通り、右翼であります。私は平成維新会行動隊所属の佐野であります。拙い弁舌ではありますが、少々、足を止めて聞いてください。」


 軽快な口調で演説を始めると数割の通行人がこっちを見る。


「我々は平成元年に結社とどけを出した、平成維新会であります。我々は日々、大化の改新、建武の中興、明治のご一新に続く、第四の維新を志し、街頭制圧から役所との交渉、そして“セクハラ”やパワハラなど日常におけるお悩み解決まで、日本国民が日本で暮らすうえで、笑顔になれるように全力で生き抜いて、運動に取り組んでおります。本日は、我々にとある労働相談があり、護衛と下見でこの場に参上した次第であります。」


 この辺りで、聞き耳を立てていた公安三課が何かに勘づきメモを取り始める。


「我々は右翼としての誇りを持ち、国家のために行動する男児として、力なき婦女子への加害的行為について断固、糾弾する立場にあるのであります。例えば、我々の前にある4階に本社を置く、長井コンサルティング株式会社さん!御社も当然、セクハラについて厳しい目線で対応されていることでしょう。社長の長井さんには女子高生になる御嬢さんもいらっしゃると聞いております。当然、妙齢の御嬢さんを持つ父として、自分の子供世代になる妙齢の社会人に手を出す輩に対して我々と同じく、断固糾弾される立場にあると確信しております。」


 ここで4階から、ちらりろ見る影がこちらからも目視できる。


「それでは弁士を代わりまして、我らが会長!圧倒的な知識!圧巻の熱意!貪欲なほどの国家への忠誠と、政府への反骨心を併せ持つ、我らの支柱!淺倉会長にマイクを代わります。皆様拍手でお迎えください。」


 毎度、この恥ずかしい口上で紹介される。大きな声で「しゃあ!」と気合の声を上げたり、拍手するのは会の人間か公安だ。まれに通行人も拍手してくれるが。


「ただいま、紹介にあずかりました、平成維新会で2代目の会長をさせていただいてます、淺倉と申します。演説の前に先に業務連絡を。行動隊!岸!佐野!両名は対象者の回収を指示する!佐藤、大岩両役員は一階で待機。山本と澤部は車両待機と交代し、澤部は俺のそばにいろ!」


 合計60Wで声を出すと、皆、こっちを見てくれる。物見遊山だろうが。


 一方、岸、佐野組である。


 岸が先に声をかけた。「佐野、とりあえず、俺が先に受付に行く。このメンツからして、明らかいかついグループだなぁ。」


「岸先輩、そうっすねぇ。まぁ俺は口下手なんで、キレ役が必要になったら肩を三回叩いてください。」


 歩きながらエレベーター前に着く。


「あいよ。あ、四階だったな。」


 そうして、岸と佐野の平成維新会行動隊元不良同盟はエレベーターが4の電光掲示板に着いたところでブーツ型の安全靴の靴紐を確認して前に出る。

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