第10話 7日目、初めてのエンチャント

「師匠一体何処へ向かってるんですか?」

「んあ?良いから黙って付いて来い」


朝早くにカモンの部屋を訪れたカオル、昨日とは打って変わって妙に機嫌の良い様に恐怖を覚えながら目の前で着替えをしていたらいつも通り背中を蹴られ部屋を連れ出されていた。

連日のポーション作成失敗で見限られた訳ではない様子に少しホッとしながら歩いていると・・・


「なんか喋れよ!」

「げぁっ!?」


一瞬で後ろに回りこみ理不尽な事を言って背中を蹴られる。

だが前に向かって歩いていた事で転ぶ事無く立ち止まれた。


「師匠、ちょっと最近蹴る回数多くないですか?」

「んぁ?お前が蹴られるような事ばかりするからだろ?」

「理不尽だ・・・」


そう言いながらも妙に機嫌が良さそうなカオルに少し見惚れる。

決してロリコンではないと自身に言い聞かせながらその横顔を見過ぎないように歩くカモン・・・

年齢では年上でもやはりどう見ても少女にしか見えないのを一緒に歩く事で再認識していた。

そして到着したのは朝の訓練をしている訓練兵達が見える広場であった。


「よし、付いたぞ弟子~」

「はぁ・・・それで今日は一体何を?」


突然『弟子』なんて言葉を使われて違和感しか無いカモン、これから何をやらされるのか微妙に震えていた。

訓練兵に混ざって体を鍛えろと言われても自身のステータスではまず無理だろうと悟っていた。

どう見ても兵士の訓練と言うより目の前の光景は別物だったからだ。

ある者は障害物を軽々とパルクールの様に見事な動きで攻略して行き、またある者はブロックの塊を木刀で切り付けて削っていた。

どう見ても兵士の訓練に見えないそれであるが、その光景を気にした様子も無くカオルは木箱に無造作に入れられている武器を一つ取り出した。


「今日はな、お前に錬金術師のもう一つの仕事である付与を教えようと思う」

「付与?それってたまに聞くエンチャントってやつですか?」

「おっ分かるのか?やっぱりお前はそっちの才能の方があるのかもな」


カモンが想像していたのは上級庭師であるバイトが装備していた指輪である。

中へ魔法陣を組み込む事で魔法の様な効果を付与する、それがそうなのだろうと考えていた。


「いやな、もしかしたらお前ってポーション作成は出来ないが付与なら出来るのかもって思ったわけだ」

「はぁ・・・」

「昨日お前が使っていたコレ、覚えているだろ?」

「えっ?あぁ昨日の魔石の欠片ですか?」


懐から取り出された魔石の欠片、カオルはそれを見て偶然カモンがポーションを作成しようとして魔石の欠片に魔力自動回復の付与を付けたと想像していた。

本来であれば魔力自動回復なんてとんでもない付与はありえないのだが世の中には例外がやはりある。

例えば魔石の欠片自体に何らかの付与が元々備わっていてそれを変革させる形で錬金術が働いた場合である。

書物でしかカオルも目にした事が無いのだが、自由に色を変えられる服を作ろうとした錬金術師が糸に『変色』の付与を試行錯誤の結果付けたという話があった。

その糸で作られた服が完成した時にとんでもない事が分かったのだが、色を自由に変える服を作った筈が・・・

決して伸びず、破れない服が完成したというのだ。

鑑定士が調べた結果・・・

『変糸色』で『変絶』と言う信じられない付与が奇跡的に完成していたと言う話である。

もしかしたらカモンが奇跡的にそう言う結果を生み出したのかもしれないと考えたカオルはカモンにそれを伝えた。


「つまりお前はこの魔石の欠片に意図せずに理解の及ばない付与をしていた可能性がある、そうなればお前の特性はエンチャントに偏っているのかもしれないわけだ」

「師匠・・・ありがとうございます」


カオルの話に目から鱗のカモンは頭を下げていた。

もしかしたら自分がポーションを上手く作り出せないのはそれが理由だったのかと勘違いしたからだ。

カモンの中では学生時代に聞いた話が浮かんでいた。


『数学の天才アインシュタインは数学の成績があまり良くなった。先に回答が閃いて導き方が人に説明できなかったからである』


何事にも例外と言うのは存在する、それを理解させられたカモンは嬉しそうにカオルが付与の説明をするのを聞いていた。

目の前に置かれたのは木槌である。

それの下にカモンにも分かりやすく魔法陣を描き手を翳す。


「エンチャント!」


地面から光が登り収束していく・・・

その中央に置かれた木槌がその光を吸収するかのようにカタカタと震えやがて落ち着いた。


「こんな感じなんだが・・・これもやっぱりイメージが大切って事だな」

「なるほど・・・」

「ちなみに今付与したのは『硬化』だ。少し硬さを上げて壊れにくくするエンチャントだな、もっと複雑な付与も可能だがまずは基本となる『硬化』『軟化』『鋭利』を試してみな」

「分かりました」


言われた通りカモンもカオルと同じ魔法陣を描きその上に同じ様に木槌を置いた。

魔法陣の墨に持ってきた魔石の欠片を多めに複個置いて立ち上がって両手を翳す。


「ふぅ・・・」


緊張を解す為に一つ溜め息を吐いて目を閉じて『硬化』と心の中で連呼しながらイメージを浮かべる。

木を硬くするにはどうすればいい?

そう考えてカモンが導き出したのはテレビで見た古い民家を解体する映像であった。

家の中で蒔きを焚く事で煙の中で燻製になった柱は硬く、チェーンソーで切断しようとしても火花が散る・・・

それをイメージしてカモンは声に出して力強く唱える!


「エンチャント!」


魔法陣から光が上がりその光が木槌に集まる!!

次々と魔石の欠片が粒子になって消えていく中、カモンはそれに成功した!

持ってきた全ての魔石の欠片と引き換えにカモンが作り出した木槌がそこに在ったのだ!

少々疲れたのか額に汗がにじみ出て息が少し上がっていたが成功した様子にカオルの方を見た。


「っ・・・」


一発で成功させた事に絶句しているのかカオルは口を開けたまま固まっていた。

その様子が可愛いな・・・と考えた次の瞬間であった。


「おべぇっ?!」


背中にもう慣れた衝撃。

木槌を飛び越えて地面に仰向けに寝転がり空を見上げた。

一瞬にして後ろに回りこみいつもの様に蹴りを入れたカオルが怒鳴った!


「誰が木槌を木炭にしろって言ったんだよ!」


カモンの作り出した木槌は形状はそのままの真っ黒の木炭に変化していた。

確かに強度は上がったかもしれないが武器として使えるかと聞かれると微妙な物がそこに在った。

また失敗したのかぁ~とカモンは頭に手を当てて大きく溜め息を吐く・・・


それを見ていた兵士すらも誰一人気付かない、エンチャントの魔法陣を用いてカモンは木を木炭に練成したと言う事実を・・・

本当にありえない光景な筈なのに、それがとても異常なことだと分からない者にとっては目に見えることが全てである・・・

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