第3話 2日目、初めての生活魔法

「はぁ・・・」


溜め息を吐くカオルの前には練成陣の前でうねり続けるカモンの姿が在った。

昨日実際に錬金術を見せて貰ってからずっと練習を繰り返しているのだが一度も成功していないのだ。


「錬金術の基本は等価交換だ。実際に見せたポーションと目の前の3枚の薬草が等価だと理解してしっかりとイメージしろ」

「そう言いますが・・・がぁ?!」


口答えしそうになったら必ず瞬時に背後に回りこまれ背中を蹴られる。

この身体能力の差も上級錬金術師と下級錬金術師のステータスの差だと言うのだから納得がいかない。


「そもそも魔力を流し込むってどうやるんですか?!」


いい加減にイライラしてきたので怒鳴るようにカモンはカオルに叫んだ。

するとカオルの表情が『何言ってんのコイツ?』みたいな感じに変化した。

しかし、直ぐに元の眠たそうな表情に戻ってカオルは話し出す。


「そうかそうか、お前は別の世界から召喚されたんだったな・・・なら何で今までずっとそれを言わなかったんだこのスットコドッコイ!」


何かを伝えようとする前に背中を蹴られるか怒鳴られて延々と練成陣に向かい合ってたのだから仕方あるまい。

怒りつつもめんどくさそうに一応は教え始めるカオル、緑の前髪をスッと指で横へズラすと髪の毛が寄った。


「これが生活魔法ってやつだ。この世界の人間は全員使える基礎となる魔法だ」


髪の毛を寄せるのが生活魔法?一瞬そう考えたがカオルは左手を開いてこちらへ手の平を向ける。

すると指先に突然様々なモノが出現した。

親指からは小さな竜巻、人差し指からは少量の水、中指からは火、薬指からは土、小指からは雷がそれぞれ出現した。


「全部で5つの属性があって組み合わせてこういう事も出来る」


そう言って人差し指だけを残して拳を握る、すると人差し指の先から出ていた水がお湯に変化した。

しかし・・・


「だけどお前はMPが0って話だからこれが必要だな」


そして、差し出されたのは小さな魔石と呼ばれる石。

練成陣の中央にも置いているそれには魔力が宿っておりMPの代わりに使えると言うのは既に聞いていた。

更に昨日と同じ様にカオルは紙に小さい魔石を置いて念写を行なう。

そこに在ったのは小さい○の中に物凄くシンプルに一文字だけ描かれた陣であった。


「これが水の練成陣、魔石の魔力を使って空気を水に練成しているって考えれば錬金術師なら使える筈だ」


そう言われ小さい魔石を握り締めて練成陣の上に手を翳す。

生活魔法も錬金術と同じ様にイメージが大切だと言われ目を瞑って握り締めた拳に力を込める。

イメージは言われた通りに空気が水に練成されるのを思い浮かべるが・・・


「こんな事も出来ないのか・・・」


もう呆れを通り越したような言葉に少し傷付くがカモンは必死にイメージを続ける。

その結果・・・


ポタッポタッ・・・


それは握り締めた拳の中から溢れてきた。

それと共に拳の中が非常に暑くなり握り締めた魔石が熱を持っているのを感じ取る。


「これが・・・魔法・・・」

「はぁ・・・生活魔法にそんなに感動しているヤツは初めてみたぞ」


カオルは呆れてそう告げる。

だがカモンにとっては初めての魔法である。

練成陣を使って練成が可能だと理解した事で昨日の疲れが一気に吹き飛んだ気がした。

しかし直ぐに拳の中の魔石は溜めていた魔力を全て使い切り砂に変化した。


「はぁっ?!もう魔石の魔力を使い切っただと?!」


その様子を見ていたカオルは焦って叫ぶ。

本当に少ししか水は出現していないにも関わらず魔石の魔力が枯渇した事に驚いていたのだ。


「なんて燃費の悪いヤツだよ・・・まぁいい、それじゃあ他の4つの練成陣を渡しておくからしっかり練習しておけよ」


そう言い残しカオルは部屋を後にした。

錬金術、そう呼ぶには非常に弱々しい魔法では在ったが実際に使用する事が出来たのだからカモンは喜んでいた。

少し、ほんの少しだけでも上達出来た事に喜びを感じカモンは出て行ったカオルの方を向いて頭を下げていた。






しかし、二人共気付かなかった。

カオルの使用する生活魔法の水魔法は空気を水に練成して生み出す錬金術、それに対してカモンが想像した空気と水の等価交換は理科の授業で習った物であった。

練成陣は水を生み出す物でカモンが想像したのは空気から水分子を抽出する物であったのだ。

その結果、カオルの出した水とカモンの出した水は似て非なる物であった事など誰も気付かなかった。

職業に就けば本能的に理解して知ってしまうこの世界の住人には思いつかない事実。

イメージ、それが魔法や錬金術に大きな変化をもたらす事をこの時は誰もまだ知らなかったのである。


「とりあえず感覚を忘れないうちに他の生活魔法も・・・」


そう言ってカオルの見ていない場所で1人生活魔法を試すカモン、その全てが本来あるべき形である生活魔法とは大きく違うモノであった事に気付かないまま魔法が使えた事に喜ぶカモン。

火は空気を燃やして出現させ、風は温度を変化させる事で空気の移動を発生させ、土は空気中の塵を集めて出現させ、雷は静電気を発生させていた。

燃費も効果も生活魔法とは全く違うそれに気付く者は居なかった・・・

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