第二章 改進

第17話 過去と未来


 西暦1853年 皇紀2513年 明応7年4月2日 午前5時45分頃

 大日本皇國 〈皇都〉皇京 越之宮市 越之宮鎮台衛戍地 大隊長室


「小野大隊長。この度の失態、誠に申し訳ありませんでした!」


 大隊本部室の左奥。

 越之宮鎮台の長・小野おの竜輔りゅうすけ大佐の実質的な個室である大隊長室で、鎮台第三中隊・第二小隊長の西園にしぞの鏡次きょうじ伍長は小野に向かって頭を下げている。

 俺はその様子を、斜め後ろから姿勢を崩すことなく傍観していた。

 先程佐久間に音無と共に小隊分室へ向かうよう命じ、この大隊長室へ来てから15分程度が経過している。既にあらかた戦闘報告は終わり、後は本命である西園の一件……〈西園小隊の萩坂村常駐任務継続〉に関する話をするのみ。

 中隊長白澤への戦闘報告に関しては、後で小野大隊長の方から通達を入れるので、中隊本部室に向かう必要はないとのことだった。


「……西園伍長。面を上げろ」 


 小野はしばし黙考してから、西園へ言葉を投げかけた。しかしそれを受けても、彼は中々顔を上げることは無い。それは彼の意志の強さの証明であった。

 昨夜、萩坂村を始めとする三つの村落で発生した魁魔襲撃。

 極めて異例だったとはいえ魁魔の逐次投入という計略に嵌り、増援を早いうちに呼ぶことができなかったことにより、小隊の半数が戦死。

 更に、奮戦したとはいえ村民13名が死亡。重傷・軽傷者も含めれば、被害をこうむったのは50名近くにも上るという。何とか俺達の増援が間に合ったことにより小隊壊滅という最悪の事態は免れたが、無為に人を死なせてしまったという自責の念は彼の中で募るばかりだろう。普通ならば鎮台本部勤めに戻らさせられるか、新たな常駐任務が課されるはず。しかし、西園はそれを望んでいない。

 自分が好きになった村。そしてそこに住む人々を、これからも護り続けたい。それは皇國軍人としての在るべき姿だ。けして軽視されるべきものではない。

 その西園の確固たる信念に、小野は困ったように腕を組んだ。そこで、俺は一歩前に出て小野へ進言を行った。


「小野大隊長。彼の小隊は確かに多くの損害を出し、無辜の村民を護ることができませんでした。しかし、その責は私にも問われるべきです。

 我々の萩坂への到着がもっと早ければ、先程話した一文字いちもんじ陽子ようこ含め多くの村民の命を救えたはずです。それに、魁魔が戦力の逐次投入を行ってくるとは誰も予想だにしないことです。むしろ、そのような不利な状況下で最大限多くの村民を東命町へ逃がしつつ、魁魔と最後まで戦い抜いた彼らの行いは功績に値します。

 ……私は、彼らの萩坂村常駐任務継続を切に希望いたします」


 俺はその後、音無が到着の遅れについて悔いていたということも伝えた。それは自分のせいで自らの罪だと、自らをおとしめていたということも。

 だが俺の言葉で……というと恩着せがましいが、彼は変わった。自責の念に押し潰され、ただ悔いることを止めた。自分が助けることのできた命を救い、護る為に明日を懸命に生き抜くと決めた。その決意はまだ決意だけで、何の意味も無い。

 けれど彼は昨日よりも、確実に成長した。強くなった。

 その決意をこれからも胸に刻み続け、生きていくことができるのなら。

 彼はきっと……。いや、今はやめておこう。


「……了解した。西園伍長。

 貴官やその小隊への処遇に関しては、私に全ての裁量権がある。明日また連絡を行うが、あまり貴官らにとって悪い結果にならぬよう善処しよう。

 今日のところは兵舎に部屋を手配し、休むことも可能だが……。どうする?」


「いえ。私はこれより朝食を済ませた後、すぐに萩坂に戻るつもりです。

 しかし部下にまで強要するつもりはありません。最悪私一人で戻り、復興の手伝いをしたいと思っております」


 西園はその言葉に頭を上げ、きっぱりと断った。そしてその後に続く皇國軍人の鑑のような発言に、俺も小野でさえも感心したように目を見開いた。


「何とも素晴らしい心意気だな。了解した。もし貴官の部下で休みたい者がいれば、遠慮せずいつでも私に連絡を寄越せ。部屋を手配しておく。

 ……話は済んだな。西園伍長は戻っていいぞ」


「はっ。ご配慮に感謝いたします。では、失礼致します」  


 西園は深々と一礼を行い、右手で敬礼。最後に「色々と感謝する。また会おう」と俺の方に向き直って告げた。俺は「ああ」と短く応える。

 そして西園は扉を開けて出ていき、ガタッという閉まる音が後ろから聞こえた。

 

「では、私も一旦これで。此処に音無を連れてきます」


「待て。少し、打ち合わせをしよう」


 敬礼をしようとした俺を小野が遮る。まだ話があるのだろうか。

 というか、打ち合わせ? 何に関してだ。


「打ち合せとは一体何のでしょうか」


「打ち合わせと言っても大したことではない。これから音無を連れてきて、一文字陽子に関する話をするのだろう? だが音無にとって見ればそれだけではなく、その女を殺した者たち勤皇党についても知りたいはずだ。しかしそれを説明する為には皇國の歴史についても触れねばならん。……生憎、私は無学でな。

 貴官にその説明を頼もうと思うのだが、どうだ?」


 ああ、なるほど。納得した。確か小野は今年で54歳になるらしいからな。

 小野に限らず、皇都でそれ以上の年代の人の多くは読み書きや算術ならばともかく、歴史などの専門的な教育を受けていない。勿論親からの口伝や書物で知っている者も多いが、あくまで断片的なものばかりだ。

 現在50代以上の人間が子供の頃。皇國は憲法施行以来、様々な改革が断行されては失敗に終わり試行錯誤が繰り返される〈黎明期れいめいき〉に入っており、それは教育も同じだった。義務教育という言葉すら存在していなかったのである。理由は明白で、それまで子供は単なる若い〈働き手〉だったからである。更に当初は授業料を親から徴収する仕組みだった為、反発は大きかった。

 その後、幾度となく教育令は改正された。例えば、子供がいなければ生活が成り立たない家庭に配慮して通学させる下限を低く設定することなどである。

 しかしそれでも、校舎・教員・教材などを皇都にいる全ての子供に対応できるように揃えるのは生半可なことではなく、かなりの年月を要した。結果的にひとまず6年間の義務教育が開始されたのが、1820年代初頭のことである。

 そんな新しくも混乱が続く時代を少年期に過ごした小野のような人間は、満足に教育を受けることができなかったのだ。

 

「ええ、了解しました。完璧にとまではいかないでしょうが、音無への説明を行わせていただきます。多少長くなっても良いでしょうか」


「うむ。大丈夫だ。私にとっても勉強になるだろうから、存分に語ってくれて構わんぞ。……〈戦国時代せんごくじだい〉ぐらいの歴史から話すのかね?」


 俺が了承すると、小野はその鋭い双眸を更に細めながら訊ねた。


「ええ。ただ音無には既に話した天元の乱に加え、親兵隊による新皇都統一までの話もしてあります。その為、音無に話すのは幕府の成立からになります」


「そうだったな。では宜しく頼むぞ」


 よし、これで話し合いは終了か。では小隊分室に向かうとするか。


「はっ。では一旦、これで失礼致します」


「……待て」


 敬礼をしようとすると、また小野の言葉によって遮られた。まだ何か話があるのだろうか。『何でしょうか』と尋ねる前に、今まで肘掛け椅子に座っていた小野が徐に立ち上がり、言葉を紡いだ。


「貴官は少し……いや。かなり疲労が溜まっているように見受けられる。

 まさかとは思うが、昨日の昼食から飲まず食わずなのではないかね?」


「……そのまさかであります。何故、お気づきに?」


 俺は心底驚きつつも、少しおどけて応える。それに対しての小野の返答は、彼の観察眼が前面に出されたものであった。


「貴官は気づいていないかもしれないが……。昨日の夜に第一会議室で私と話していた時よりも、声が若干掠れている。それに瞬きの回数もかなり多くなっているように感じる。これは貴官が寝ていないからだと考えられるがな。

 そして何より、顔がやつれているようにも思える。それを隠そうとして、普段より着丈きじょうに振舞っているようにも感じられるしな。……どうだ? 私の推論は」


「……全く以て、大隊長のおっしゃった通りであります。大隊長は探偵か何かをやっていたのですか?」 


 昨日の夜からずっと共にいた音無でさえ気づかなかったというのに、小野はいとも容易く見破ってしまった。ずっと見ている方が、変化に気付きにくいというのはあるかもしれないが。それにしたって凄い観察眼だ。

 やはり小野竜輔という軍人は何かが違う。大将位に成り上がるなどというふざけた大望を持つ俺にとっては、彼の姿はどこか目標のようにも思えた。


「探偵、か。退役したら探偵になるというのも、選択肢としてあるかもな。

 そんなことは良い。月島伍長、少しそこに座れ」


「……はっ」


 冗談を交えつつも、俺に気を利かせてくれる小野。あまり音無を待たせるのも悪いとは思いつつも、俺は言われた通りに革張りのソファの端に腰掛けた。

 すると彼は、机に置いてあったガラス瓶の上に被せてあったコップを手に取り、並々と水を入れて俺の方へ持ってきた。


「ほら、これでも飲んで喉を潤せ。今朝井戸から汲んできて、この冠水瓶ピッチャーに入れたものだ。十分に冷えているはずだ」


「あ、ありがたく頂戴いたします!」


 そう言ってコップを受け取ると、それを口の中に流し込む。確かに冷たい。体の中に染み渡るような感じがする。一気にそれを飲み干すと、小野がニヤニヤと笑みを浮かべながらもう一度水を注いでくれた。


「相変わらず貴官は固いな。そして生真面目すぎる。何も食べず、水も飲まず一晩中戦ってその上、音無の世話や西園の付き添いをするなど正気の沙汰ではない。

 その様子では魔力も枯渇しているのではないか? だから魔術を使って、飲み水を確保することすらしなかった、いやできなかったというべきか」


「……またしても、大隊長の推理は大当たりであります」


 俺は生き返ったかのように快調な声音で、小野にコップを返した。

 小野がそれを机の上に置くと、こちらを振り返って言った。


「そんなことでは、


 刹那、小野の発した言葉に俺は飛び付いた。


「なっ……。何故、それを」


「白澤中尉に聞いた。ほんの数日前にだがな」


 白澤……。あいつ、他の人間には話すなとあの時に言ったはずなのに。

 俺は一瞬俯き、再び小野の方を向く。その時気づいた。

 彼の表情が先程までの若干笑みを含んだものから、一変しているということに。


「貴官については少し調べておいた。……今から15年前の秋。

 当時16歳の貴官が住んでいた〈暮原村くれはらむら〉を、が襲った。

 村は壊滅し、貴官の父は勤皇党と戦って行方不明になり、弟二人と祖父母は魁魔に殺された。母親は勤皇党に連れて行かれたと聞く。

 その後、貴官は親戚の家を頼って何とか尋常高校を卒業。そして皇國陸軍歩兵科に一兵卒として志願し、今に至る……と」


「それを知って、大隊長は私に何を?」


 俺は無意識の内に、小野を睨み付けていた。

 小野がそれについて話す度に、頭と胸に何か鈍器のようなものが打ち付けられる感覚に襲われるのだ。やめろ、その話はするなと心が訴えている。

 今は概要程度だからまだ良いが、それ以上話せば今にも小野の胸に掴み掛かってしまいそうなほど心が揺すぶられている。遠い、だが昨日のことのように鮮明な記憶が次々と蘇り、俺は額に右手を当てた。


「いいや。これ以上何かを聞き出す気も、調べる気も無いさ。

 貴官が何故〈大将位に成り上がる〉などという夢を抱いたのかも、それは貴官だけが分かっていれば良いことだ。……だがな」


 小野は全く動じる様子もなく、俺の方に近づいてきた。

 そして額に当てていた俺の右手をグッと掴み、はめていた神祇の手甲を外した。

 

「だがな。自らを犠牲にするのはやめておけ」


「ッ……!」


 俺の右手は、焼けただれていた。皮膚の一部分が焼け落ち、ジュクジュクと赤い肉が見える。内出血もしているのが一目で分かる。恐らく左手もそうだ。

 元より分かっていたことではあるが、この惨状を見る度に俺は息を呑む。


「貴官の魔術適性は何だ」


 未だに俺の右手を掴みながら、小野が尋ねる。

 魔術の属性には人それぞれ得意不得意があり、一般的には魔術を本格的に習得する前に試用しよう魔術まじゅつという簡易術式を詠唱することで、それを見極めるのである。そうして皇國の民は、どの属性の魔術を習得していくのかという道筋を立てる。


「……水流すいりゅう雷電らいでん・治癒・光明の四つが〈こう〉判定であります」


「火焔魔術は。どうなんだ」


「……〈へい〉判定で、あります」


 甲乙丙丁こうおつへいていの四つで判定される魔術適性検査において、〈甲〉判定の魔術は容易く習得が行える上に、その魔術の威力や範囲・精密度などの調整に長けているとされる。それに対して〈丙〉判定の魔術はかろうじて習得・詠唱はできるものの様々な調整が困難であり、更には魔力の損耗が激しくなったり身体への負担が強くなる等の欠点が多いとされている。


「道理でな。大方、ただでさえ魔力消費が大きい〈紅蓮焔環〉でも詠唱したのだろう? だから魔力調整がうまくできず、これ程までの傷を負った。

 更には思ったよりも魔力消費が激しかった。にもかかわらず、すぐに治癒魔術を詠唱せず魔術を使い、魔力を枯渇させたことでその傷を治すことすらできなくなった。……またも、推理は当たりと言ったような顔だな」


 俺は苦笑いを浮かべた。小野が言ったことは全て正解だ。

 俺は昨日の昼の任務で〈紅蓮焔環〉を詠唱したことで酷い火傷を負い、その後もに〈曙光炯然しょこうけいぜん〉や〈平療大光へいりょうたいこう〉を使ったことで魔力が枯渇したのである。

 本当に、小野という軍人はどこか遠い存在のように思える。先程まで目標のように感じていたというのに、何だか矛盾しているようだが。

 いや、目標とは元来遠い存在なのかもしれない。だとすれば〈大将位に成り上がる〉なんて夢も単なる目標、通過地点なのかもしれないな。

 ふと、とりとめもなくそんなことを思った。


「 〈天より降りし地祇の令孫よ 我が命を以て 扶翼を請う

   我に彼の者を癒しえる 夢幻むげんの如き白光はっこうを〉 」


 すると小野は俺の右手に対して、汎用治癒魔術・丙〈復医聖光ふくいせいこう〉を詠唱した。注がれる朧げで儚い光と共に、右手の爛れが見る見るうちに消えて無くなった。感謝を述べる前に彼は俺の左手を持って手甲を外し、同じく治癒魔術を施した。

 

「感謝致します、小野大隊長。この御恩は一生忘れませぬ!」


「礼はいい。ただ、私が言いたいのは〈無理をするな〉ということだけだ。

 既に言ったが、私は貴官が何故大将位をそうまでして追いかけているのかは知らん。そして想像もできない。だが、自らを犠牲にしてまで行う努力は絶対に良い実を結ばん。残るのは途方もない後悔と絶望。そして水泡と帰した時間だけだ」


 小野は見てきたかのようにそう言った。完全に回復した両手をさすり、再び神祇の手甲をはめながら、俺は尋ねた。


「ならば……どうすれば。私は士官に相応しい軍人となれるのでしょうか」


「それを貴官に教えることはできん。それは貴官が自らの手で見つけるものだ。

 だが、何かしらの手がかりを見つけた貴官に助言を行うことはできる」


「助言……でありますか?」


「私の側近以外あまり知らないことだがな。私も貴官と同じく、農民の出なのだ。それも四男坊でな。当時は長子相続ちょうしそうぞくが当然のことだったので、私は食い扶持を稼ぐ為に軍に志願した。それも一兵卒でだ。これも貴官と同じだ。ただし、私が軍に入隊したのは13の時だったがな。

 貴官に助言ができると言ったのはそういうことだ。同じような境遇から大佐まで成り上がった私が手を貸せば、あくまで貴官の行い次第ではあるが何か活路が見出せるやもしれん。……どうする?」


 これは分かれ道だと思った。

 俺の贖罪が始まることとなった過去を探り、心中をえぐったのは小野だ。

 だが、俺に一つの可能性をもたらし、更に手を差し伸べたのも小野だ。

 俺はどうしたい? 贖罪を果たし、己の正義を貫き通せる〈真の強さ〉を見つける為に、俺には一体何ができる? これは一種の賭けだとも思った。

 しばらく考え、沈黙する。小野は何も言わず、右手を差し出した。

 その手を握るのか。握らないのか。俺はどうしたい?

 

 逡巡。

 迷って、悩んで、数字にしたら10秒にも満たない時間だが苦悩する。

 しかし、一つの答えを決めた。


「これから、色々と宜しくお願いします」


「ああ、こちらこそ」


 俺は立ち上がり、小野の右手を自らの右手で握っていた。

 小野と目線を合わせる。自然と視線は下向きになる。

 こうして見ると小野は軍人としては小さい。あまり魁魔と戦うには適しているといえない体躯だ。けれど、彼の軍服の襟章は紛れもない大佐のものだ。

 疑問はある。だが、それはこれから解決していくとしよう。


「では、本当に私はこれで」


 俺は握る手を放し、三度目の正直とばかりに勢いよくビシッと敬礼を行う。


「ああ。また何分後かに、此処で会おう」


 小野はポンと俺の左肩に手を乗せる。そして、少しだけ力強くグッと力を込め、何も言わずにそっと手を離した。

 俺は西園と同じく、深々と一礼を行ってから大隊長室を後にした。



 大隊長室を退室し、俺は第一中隊・第二小隊の分室へと足を運んでいた。

 そして分室の前に着くと、何やら部屋の中から音無の声が聞こえた。


『……確かに俺は、元の世界に還る為に。俺の親友に別れを告げる為に。それを行えるだけの〈真の強さ〉を探し求める為に。これからこの世界で、皇國で、生きていこうと決めました。だけど。

 多分俺は、それ以外のこともこの世界で為したいんだと思います』


『それ以外のこと、だと?』


 後から聞こえたのは外村の声だ。俺はそっと木扉を開け、まるで忍者のように隠密に分室の中へ入り、壁に寄り掛かった。ちょうど音無は俺に背を向けて、外村や佐久間達と話しているようだった。桐生や太田・島原は俺に気付いて驚いた顔をしたが、何だかそれどころではない様子で声には出さなかった。


「……現状として、俺は月島さん達に認められて〈信用〉されています。けどそれだけじゃ先に、未来には進めない。信用だけじゃ足りない。月島さんや佐久間さんに、そして外村さん達にも〈信頼しんらい〉されるように、行動しなきゃいけないんです」


「っ……」 


 俺は声にならない感情を漏らした。

 何故、そのような話になったのかは分からない。けれど音無の熱意だけは、その気迫だけは、表情が分からなかったとしても読み取れた。

 しばらくその会話が終わるまで、見続けていた。

 

皇國こうこくの為に」


「俺が本当に為すべき行動は〈真の強さ〉を見つける為の行動なんかじゃない。

 一文字や萩坂村の人々を救い、護る為に。できるかどうかは分からないですけど、絶対に行動を起こさなければならないんです。そして、それらを総括して一つの言葉に纏めるのならば。〈皇國の為〉って言葉になるんだと思います。

 ……月島さん達と対等の〈皇國人こうこくじん〉となる為にも」


 彼の、音無の紡ぐ言葉はあくまでただの決意だ。

 けれど俺はそれを、薄っぺらい理想論だとか机上の空論だと鼻で笑うことはできなかった。俺はたった一日間だが〈音無雄輝〉という少年をずっと傍で見てきた。

 最初はただただ弱かった少年は、弱さを知り、勇気という強さを知った。

 その後に一文字を助け、救う・護るということの意味を知った。

 そして今、皇國の為に戦うと決意した。

 だから分かる。彼は必ず、強くなれる。

 そして理解する。俺は音無に期待をしているのだと。

 彼ならばいつか〈真の強さ〉を見つけられるのではないか、と。

 これはただの直感で、何の根拠もない。

 だが、その想いはこれからも変わることは無いのだろうと思った。


 俺も、音無も、目的は同じ。

 過去の贖罪を果たす為に〈真の強さ〉を探し求めるという望み。

 ……だから。


「絶対に、探し出そう」


 そう小さく呟いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る