第6話 音無と月島の邂逅
西暦1853年 皇紀2513年 明応7年4月1日 午後2時頃
大日本皇國 〈皇都〉皇京 寿狼山 山道
俺、〈月島慶一郎〉は霧に隠された山道を単騎、駆け抜けていた。
先程遠方から聞こえた、少年の叫び声。その直後に茂みから現れた三体の群鬼。
俺はそれを撃破するべく、副小隊長である佐久間に指揮を任せ、叫び声がした方角に向かわせた。その後、群鬼共を難なく斬り潰し、佐久間達の後を追っていた。
「うぉぉぉぉッ!」
「グゥゥ……ギエッッ!」
視界を遮る霧を振り払いながら、俺の愛馬〈
その勾配を登る途中、
「佐久間、遅くなった! 俺も参陣する!」
「隊長ッ! 感謝します……! うおらっ!」
その光は、佐久間の軍刀の一閃によるものだった。少しずつ霧は晴れているようで、こぼれた陽光がこの戦場を照らす。
峠の頂上かと思えるほど開けた、山中の一角。その一箇所にたった一筋の日差しが降り注ぎ、
そんなことは気にしていられないと叫ぶように、俺達の忠勇かつ親愛なる戦友、
俺は〈咲銀杏〉から下馬し、素早く〈烈辰〉を鞘から抜き出し、構える。敵は数十体の群鬼に、冠七位魁魔〈
すると、一体の風鼬がこちらへ攻撃を仕掛けてくる。
「――はッ!」
『カハァァッ!?』
そうやって風の方向と速さを見極め、下段から斬り上げる。その一太刀は見事に風鼬の腹を切り裂き、地面へ無残に堕ちる。
これが風鼬の上位種である冠三位魁魔〈
いくら研鑽を積んだところで限界がある。
いくら魔術でそれを補おうとしても、魔力所持量にも限界がある。
ならば俺が、一人の力で、強き魁魔に打ち勝つことはできないというのか……?
できない理由を、自分以外の何かに求めたくはないから。
……だから俺は戦うのだ。
護りたい人がいれば、何処へだっていける。
それがどんな結末を生んだとしても、俺は戦おう。
自らが信じた正義に殉じる為に。
「貴様ら、俺から離れろ!」
『っ、了解!』
俺の命令に、佐久間達は応戦しつつも俺から距離を取る。そして俺は一度軍刀を鞘に納めて、神祇の手甲がはめられた両手を前に出す。
……詠唱。
「 〈
我に
汎用火焔魔術・甲〈
両手から現れた焔の龍はそれぞれ逆方向に俺の周囲を廻り始め、やがて一つの円環となる。
だが、そんなものは気にも留めない。それを操り、周囲の魁魔を全て薙ぎ払う。群鬼の硬い肌は焼け
無様とはいわない。いくら醜く我らに襲いかかろうとも、奴らは氏神・精霊なのだから。本来我らが信仰すべき、我らを守るべき者達が我々に襲いかかる。そして俺達の護るべき、大切なものを奪う。それが八百万の神々の使い、魁魔だ。
三百年もの昔に、神々は我々を見放した。共存を為しえることなどできず、戦いは続けられている。だが、それでも。
安寧を、自らが信じた正義を守り通す。
その為であったら、どんな難題でさえも可能にしてみせる。
それが俺、月島慶一郎が目指す〈真の強さ〉だ。
「小隊長! 敵の掃討、完了致しました!」
佐久間の俺を呼ぶ声。周囲を見れば大小様々な死骸と血だまりができて、それはもう痛ましい光景である。……魁魔に同情などしてはいけないのは分かっているが。
ああ、分かっている。俺の家族を殺したんだよ、こいつらは。
その怒りは一旦胸の奥にしまって、俺は佐久間に問いかける。
「了解、ご苦労。ところで、あの叫び声は?」
それはずっと心にしまっていた疑問である。いくら魁魔を倒したところで、民を救えないのであれば、俺がいる意味はない。戦った意味が消え去ってしまう。
「ええ、あちらに一人の少年が倒れ込んでおります。今、島原と桐生がその者に治癒魔術を。既に魁魔によって、脇腹を切り裂かれていた模様です」
「致命傷ではないのだな?」
「はい、それは誓って」
俺は少しだけ安堵した。その少年が生きていてくれたのならば、この両手の痛みも安いものだ。酷い霜焼けにでもなったかのような激痛が、両手で同時に起こった。少し息が止まるが、こんなもの、些細な痛みでしかない。
俺は佐久間が行く方向に向かった。
「この少年が、あの叫び声を発したのだと考えられます。……ですが」
山道の中央に仰向けで倒れ込んでいる少年。脇腹の傷は治癒魔術で消えているようだが、それよりも私には注目すべき点があった。
「なんだ……この服は」
「着物でも、西洋服でも見たことがありません。当然、軍服でも」
皇國軍の軍服にも似た色であるが、着方も、その繊維も、つくりも、何もかもが違うものだった。羽織って紐で結ぶといったものではなく、謎の金属製の器具が結ぶ部分の両側に取り付けられている。
その衣服を更に調べてみると、裏地に何か白い紙のようなものがあることに気付いた。そこには〈製品表示〉と書かれ、文章が続いていた。
「アシ、ア○ックス……? ウ、ウエスト……82……。え、L? お客様相談室……。てぃ、TEL 0120……」
一体何なのだ、これは。そして、この少年は……。
「……小隊長。この少年の周囲にこのようなものが散乱しておりましたので、回収しておきました」
太田が手渡したそれを見た瞬間、俺の脳裏に大きな衝撃が走った。
この少年の服を見た時以上のものだ。その写真には……色があった。
西洋の進んだ写真技術でも、色どころか白黒でもぼやけがあるのだ。
それが……何なのだ、これは。たった三枚の写真でも、俺に衝撃を与えるには十分過ぎるものであった。
だが、その動揺を佐久間達に悟られることの無いよう俺は首を軽く振った。
そして普段通りの表情を取り戻すと、俺は彼らにこう告げた。
「……とりあえず、こいつを衛戍地に連れて帰るぞ」
『了解!』
俺はその少年を抱き抱え〈咲銀杏〉に跨り、越之宮鎮台衛戍地へと向かった。霧が完全に晴れた静かな道中であったが、俺の胸の高鳴りは収まらないでいた。
「これから少し、大変になるかもしれないな」
眠ったままの少年に囁きかけるような小さな声で、そう呟いた。
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