第5話 認められるということ


「月島小隊長! 調査が完了致しました!」


 俺の決意……もとい懺悔が終わり、しばらく月島と話をしていた。そんな中、先程俺の身辺調査のため退室していた一人の兵士が帰ってきた。


副長ふくちょうか。ご苦労だった。……して、結果は」

 

 月島は立ち上がって、佐久間の方へ向き直る。そして、既に分かっている結果を、興味津々とばかりに訊く。


「音無雄輝という名の少年が、皇都内で失踪・逃亡したという報は一切存在せず、そのような名の男の戸籍も無かったとのこと」


 戸籍どころか、失踪・逃亡情報まで調べてくれたようだ。恐らく、警察などの機関にも連絡を取ったのだろう。音無なんて名字はさぞ珍しいだろうから、割と探しやすかったのかもしれないけれど。

 それはともかく、俺は佐久間に対してご苦労様としか言いようがない。こちらは既に、結論が出ているのだ。


「なるほど……。ということは、こいつが偽名を使っている可能性があるということだな?」


 おいおい、ちょっと演技をしすぎだ。こんな茶目っ気あったのかよ。


「ええ。もう既に陽は落ちていますし、とりあえず独房にぶち込むのが良いと思われます。夜番やばんの小隊に看守を依頼しておきますので」


 さりげなく凄いこと言うなぁ……。時代が違うから、ジェネレーションギャップというやつかもしれない。いや、それは世代か。

 とりあえずこの副長は有能だ。それだけは今までの会話ではっきりと分かる。


「いや、待て。その必要は毛頭もうとうない」


 半笑いで月島が答える。ほんと面白い人だな……。初めて会ったときの厳格な表情とは、全く違う。しかし、俺が強くなりたい、と言ったときのさとすかのように穏やかな表情とも全く違う。どことなく、底が見えない人だ。


「……それはどういうことでしょうか。まさか、そやつが本当に異界人だと?」


 俺に対して、侮蔑の視線を露わにする佐久間。それを月島は先程以上の笑いを交えながら応える。


「そのまさか、だ」


 月島は佐久間の傍に行き、耳打ちをした。すると佐久間の表情が、嫌悪から驚愕へと変わる。

 

「なっ……。では、この男の処遇はどのように?」


 流石に切り替えが早い。すぐに表情を戻し、事務的な会話を継続させる。


「とりあえず、我々だけで決められることではない。大隊本部室へ連れて行くぞ」


「はっ」

 

 やはり異界人だと判明すれば、大事になる。もしかしたら大隊長どころか、更に上層部と会わなくてはいけないかもしれないな……。それはそれで情報収集の一環となるのだが、早めに終わらせたいものだ。


「そういえば……音無にはまだ全く、この国のことを話していなかったな」


「いえ。そこら辺は追々教えてもらえれば十分です。というか、俺の元いた世界のことも話していないのに、一方的に教えてもらうってのは平等じゃない気がするので」


「確かにな。相分かった。報告が完了してから、時間が取れたらということにしよう。そういうことだから、音無、我々についてこい」


「分かりました」


 俺はよいしょと腰を上げて月島達の背中を追った。

 初めてこの部屋を出たので、木造の廊下の冷たさに足がこわばった。その様子にまたもや月島は薄く笑い、先へ行ってしまう。それを追い、全く広さが推測できない複雑な造りの廊下を進んでいく。

 曲がり角、曲がり角、曲がり角。

 当然、廊下の左には部屋があるわけで、その中を覗き込むと何やら報告書のような書面を毛筆で書いていたり、書物を読んでいる兵士たちがいた。時折、俺のことに気が付いて怪訝けげんな目線が向けられるが、月島と佐久間がいるおかげで特に何も言われない。


 幾つかの曲がり角を経て、俺は縁側を歩いていた。

 右側には先ほどと同じく兵士たちの仕事場があって、左側からは沈みかかっている陽の光が顔を焦がす。よく見ると、庭には数十本の桜の木が植わっていてあともう少しで開花、というところだった。他にも梅の木や、フジ桔梗キキョウなども庭を彩らせている。さらにその奥には武家屋敷のような漆喰の土塀どべいが見える。本当に和風だ。

 しかし、月島達が着ている近代的な軍服とこの江戸時代風の情景を比べると、何だか違和感を覚える。基地にしてはあまりに、武家屋敷をそのまま流用したかのような造りになっているのだ。謎は多いが、今は目の前のこと。


「おい、着いたぞ」


 佐久間の未だ少し当たりの強い言い方に、ぼんやりと思考を巡らせていた意識がハッと起きると、そこはもう目的地だった。重厚な印象を与える黒い木製の扉の上には〈大隊本部室〉と彫られた木板が掛かっていた。


「……これから入室するが、くれぐれも失礼のないようにな。まあ、お前なら特に心配する必要はないと思うがな」


 その言葉から分かるが、月島は俺を信頼……まではいかなくても信用はしてくれているらしい。その事実が今はとても心の支えになった。

 俺が頷くと、月島は扉をノックした。

 

「――入れ」


 低く、力強く、少し遠くからの声。

 俺は月島・佐久間が入室した後に扉をくぐった。本部室の中は決して大隊長だけの個室というわけではなく、かなりの人数が仕事をしているようだった。また、他の和室になっている仕事場とは違い、此処だけ異様に西洋風かつ広々としている。

 床は畳ではなく木で、レトロな雰囲気をかもし出す木机などの調度品が並ぶ。壁には様々な地図や張り紙があり、もしかしなくても本物であろう日本刀や銃が丁寧に掛けられていた。


「失礼します。第一中隊・第二小隊長の月島伍長であります」


「同じく、第二副小隊長の佐久間兵長であります」


 歩いて本部室の中央あたりまでやって来てから、階級を名乗る。二人は一糸乱れぬ動きで敬礼をやってみせた。俺も、名乗っておいた方がよいのだろうか?

 

「……その少年は?」


 すると俺が口を開く前に、中央奥の席に座っていた中老の男が疑問を呈する。


「我が小隊が寿狼山にて、魁魔から保護した少年です。事情聴取を行っていたのですが、私達だけで対処できる事態の範囲を超えていると判断し、連行して参りました」


「ほう? 一体、何が問題だ?」


 恐らくこの男が〈越之宮鎮台〉を指揮する大隊長であろう。意外と小柄で白髪が散見される容貌だが、その吸い込まれそうなほど黒い眼はただこちらを圧倒させる強き信念を持っていた。

 

「この少年、名を音無雄輝という齢15の少年であります。戸籍調査や失踪の報告書を調べましたところ、そのような名前は存在せず、この少年自身は、自分は異界人だ、と主張しております」


 丁寧に経緯を報告していく月島。だがその報告だけでも、室内に衝撃が走る。


「……すまぬ。月島伍長。貴様、異界人と言ったか?」


 そりゃ当然だ。急に、異界から来たという謎の存在が現れて困惑しない方がおかしい。現に本部室で勤務していた、数十名の兵士がこちらを凝視している。


「ええ。信じられぬとは思いますが、証拠があります」


 そう言って、月島は俺の方を向く。ジャージを寄越せ、ということだろう。俺はおとなしくジャージを脱ぎ、手渡す。


「この服……近くで見れば分かるように、我々の知らない繊維により作られております。何でも、ポリエ……ポリエステルというものが原材料であるそうです」


 月島はまたポリエステルの発音を噛みながら、発言する。

 そのことにより、ぞろぞろと仕事も忘れ、ほぼ全員の兵士が集まってくる。横奥にそこまで人がいたのか、50人を超えている。

 当然、全員がジャージのタグを見れるわけではなく、遠くから立ち見の兵士たちも多い。俺のジャージは見世物ではないのだが。


「なるほど、確かにポリ……ポリエステルと書いてある」

「何だ、このア○ックスってのは。ライミー共の言葉か?」


 ……人によって、ポリエステルの噛むところは違うらしい。

 それより、この国の人々が〈ライミー〉というイギリスに対する蔑称を知っていたことに驚きだ。完全に、俺の元いた世界じゃないか。皇國とか魔術とか、魁魔だとかを除けば基本19・20世紀のような世界観だと考えていいだろう。


「おい、貴様ら。任務へ戻れ」


 かなり興味がありそうだった兵士たちも、その一言に口をつぐみ、自分たちの持ち場へと戻っていく。皆、少し未練がありそうだったが不満の一言も漏らさない。かなり信頼に相当しうる上下関係が成り立っているようだ。


「……確かに、ポリエステルという繊維の名は聞いたことがない。だが、それで異界人と決めつけるのは早計ではないかね? 大中華国だいちゅうかこくやイギリスからの密偵みっていという可能性もある」


 大中華国……。恐らく中国のことだろう。そういう部分も違うらしい。

 というか密偵? 嘘だろおい。


「密偵……ですか。しかし、彼を見つけたのは寿狼山、皇都であります。〈幕府ばくふ〉の大名共がそこまで腑抜けていたのならばともかく、このような子供が〈天照てんしょう山脈さんみゃく〉を単独で突破できるでしょうか?」


 どうやら地形や地名も違うらしい。にしても、幕府だの天照山脈って何だ?


「密偵がそう簡単にお縄にかかるはずがなかろう。だからこその密偵なのだ。それに〈単独で山脈を突破できるか〉という貴官の指摘、けして単独で乗り込んできたわけではなく、共謀者がいた可能性もあるだろう」


 大隊長は慎重に、着実に、可能性を列挙して反論。それに月島が応える。


「本当に密偵であるならば、何か暗器を所有しているはず。しかし、彼は武器となり得る物は何も持っていませんでした。証拠に彼は、最弱の魁魔たる群鬼に為す術なく敗北し、倒れていたところを我々に保護されています」


 そこまで直球で言われるとまあまあ傷つくが、異界人であることの証明に繋がるのは間違いがないだろう。しかし、なおも舌戦は繰り広げられる。


「武器が無かった、15歳にも関わらず群鬼如きに倒されていた……。ここまで来ると、もはや不自然だな? 月島伍長」


「……何をおっしゃりたいのでしょうか」


「密偵として怪しまれないように、何の武器も所有していなかった、という可能性についてだ。国家規模で送り込まれているのだとしたら、体術だけでも十二分に任務を遂行できる人材を抜擢ばってきするだろうからな。にしては、ちと若すぎるようにも思えるが。更に可能性を広げるならば、幕府から送られた不倶ふぐ戴天たいてんの朝敵やもしれぬ。

 ……そのようなことは考えもしなかった、という顔かね、それは。何にしても、その少年が異界人などと信じられるわけもあるまい」


 大隊長の的確な疑念は、確実に俺を追い詰めていく。

 ……いや厳密に言えば月島を、だ。

 大隊長の圧力的な言葉に月島は苦虫を噛み潰したような顔。

 って、俺の問題なのになんで月島がずっと口論を続けているんだ。


 ……何なんだ、俺ってやつは。俺を信じてくれて、自分より遥かに上官の人に話をしてくれる。そんな人がいるってのに、何黙って見てるんだよ。俺は。

 あれか。陰キャとかオタク・コミュ障特有のお決まりってやつか。

 そんなもん全部捨てちまえ。

 此処は異世界だ。


 世界が変わったところで、実力や才能……なんて、そうそう変わらない。


 だけど。


 立場や考え方……は、新しく変えることができるはずだ。


 そう、俺は誓ったじゃないか。

 元の世界に還って、転移前の吾妻が言った言葉をもう一度聞く。

 そして、別れを告げる。

 その為に、今までの固定された立場とか考え方を変える。


 。未来の為に。


 そう、誓ったのに。

 こんなところで何を黙って、月島が口論してるのを見てるんだ。

 今までの弱い自分を捨て去るって、決めたんだろ……!?


 思考だけは良く回る癖に、肝心なことはいつも後回し。俺の悪い癖だ。

 ……未だ口論は続いている。ただ、あまり進展はしていないようだ。

 ならば、俺がその一歩を踏み出すべきだろう。


「……月島さん、俺に無実の証明をさせてください」


「……音無?」

 

 俺が一歩前に出てそう進言したことに、月島も大隊長も少し驚いたような表情を見せた。まあ、当然の反応だろう。


「確かに俺は、この世界のことを全くと言っていいほど知らない。だからこの世界のことを知っている月島さんが、今まで話してくれて……。だけど、それでも。

 何もせずに見ているだけなんて、俺にはできません」


「ふむ……。その口ぶりからすると、何か証拠でもあるのかね?」


 大隊長は厳しい眼を向けてくる。屈するわけにはいかない。しかし、この場面で俺が異界人であることの証明をするのは、かなり難しい。何故か。

 ……まず、俺が元々持っていたリュックにゲーム、財布・スマホなどが紛失しているからである。証明に役立ちそうなこれらが無いというのは、かなりのディスアドバンテージとなり得る。

 ならば現代知識だの、これから起きることを予言すれば良いと思う者もいるかもしれない。だが現代知識をひけらかしたところで理解されない恐れもあるし、その原理を完璧に理解しているわけでもない。

 ポリエステル製の中学ジャージにしたってそうだ。本当にポリエステルという素材なのか証明するなど、それこそ到底無理な話。

 これからのことを予言するにしても、この時代は俺が知っている地球の過去ではない可能性が高いのだ。日本が皇國に代わっていたり、中国にいたってはもう既に帝政が倒れてそうな大中華国とかいうのに変態している。

 確実に世界線が異なっていることは明白。下手に予言なんてすれば命取りだ。絶対に、何の疑問も無しに、俺を異世界人だと認めさせる〈何か〉が欲しい。

 その〈何か〉に。


 一つだけ、たった一つだけ、心当たりがある。

 

 それは、幾つかの〈もの〉だ。

 どこに入れたか……。少なくとも消失したリュックではないはず。

 

「すみません。今、探します」


「証拠というのは何かの物か?」


「ええ、まあ」


 俺が幾つかのポケットの中を注意深く確認。


 ……無い。


 何故だ、何故無い。その〈何か〉を入れておく場所なんて、ポケット以外無いはずなのに。群鬼に襲われている途中に失くしたのか?


「どうしたのかね? ……失くした、とでも?」


 たった一筋の光明こうみょうに全てを賭けた。だけど、駄目だった。俺が口を出したところで、結局何も変わらなかったんじゃないか。そんな感情が押し寄せてくる。

 自然と顔を下に向けた。

 本当に俺は、何もできない大馬鹿野郎じゃないか。

 そんな自責が、心の奥底から聞こえてくる。

 このままじゃ異界人の証明は完成しない。

 この国における戸籍が存在しない以上、やはり何処かしらの密偵だと思われる。そうなれば後は、事情聴取という名の拷問が始まるだろう。

 俺を信じてくれていた月島だって、上層部からの命令には従わざるを得ない。

 思いっきり現代っ子な俺には、恩師にも離れられた状態で拷問に耐え抜く自信なんか無い。此処は軍隊だ。拷問王の紅林くればやし麻雄あさおと同等かそれ以上の可能性あり。

 それから解放されるべく、嘘の供述をしてしまうかもしれない……。

 ……そんな最悪の想定が、脳裏を掠めた。

 もう終わりかもしれない。


 そう、思った時―――。


「その証拠というのは、ではないか?」


 唐突に放たれた言葉に俺は、はっと前を向く。大隊長が俺に向けて、あるものを見せている。

 その手には俺が探していた、一筋の希望があった。


「これが。そうだろう?」


「……卒業式の時の……写真」


 入院中のばあちゃんに見せる為に持って行った、三枚の写真。

 癌のせいで俺の卒業式、来れなかったから。


 一枚目は、俺が卒業証書を貰っているところ。

 二枚目は、卒業証書を貰った俺・江崎・吾妻の三人が校門前にいるところ。

 三枚目は、江崎が……泣いているところ。


 一枚目と二枚目はじいちゃんが撮ってくれたもの。

 三枚目は……江崎に言われて俺が撮ったものだ。

 綺麗な黒髪をポニーテールにして、卒業証書を持ちながら涙を流す少女の姿を写真で見る度に、俺の心は強く締め付けられる。

 俺が弱かったせいで、江崎を泣かせたんだ。

 吾妻に、じゃあなって言えなかったから。


 これは、捏造ねつぞうなんてできない証拠。


「って、何故それを貴方が持ってるんですか? ……まさか」


 俺は三枚の写真を受け取りながら、後ろに立つ月島に向き直る。その表情は……悪魔的な微笑を浮かべていた。


「そのまさか、だ。先程の話の続き……。これは、お前を魁魔から保護したときに地面へ散らばっていたものだ。因みにそのとき、その衣服の製品表示とやらも確認した。それぐらい気づくこともできねば、皇國軍人の名がすたる」


 ……なるほど。全てが繋がった。

 つまり、俺が目覚めるまでに全部分かっていたというわけか。

 多分あの時、佐久間は既に戸籍調査なんて終えていた。部屋の外に出て行った後は、この本部室へ報告に向かったのだろう。

 だから大隊長も、他の隊員も、知っていた。

 それって……この越之宮鎮台が総出そうでで、を……?

 何故、そこまで。


「お前を少し、試させてもらった」


 試す……? 一体、何をだ。


「お前が異界人であるということは既に分かっていた。だが、信用はできない。どのような人間か分からないからな。だから、あの時、試させてもらった」


「……!」


 あの時というのは、真の強さについて訊かれたときだ。今思い返してみると、確かに不自然な質問だった。あれは、どう答えるか試すため……?


「音無、お前は強くなりたい、と言った。そして今、お前が『証明をさせてくれ』と言った時。そのとき確実に、お前は強かったぞ」


「ッ……!」


 強くなりたいと誓った自分。

 その決意を無駄になんかしたくなかった自分。

 二つの自分が俺に〈勇気ゆうき〉という〈強さ〉を与えた。

 だから、一歩を踏み出してあの言葉を言えた。その行動は少なくとも、月島には認められたらしい。


「お前はこの短い中でたった小さなことだが、強くなれた。だが、それだけでも立派なことだ。……お前はこれからも、強くなりたいと望むか?」


 そんなもの、決まっている。


「はい。俺は……強くなりたい……!」


 月島も、佐久間も、大隊長も、本部室の兵士達も、全員が笑みを浮かべた。


「お前は、正真正銘の〈異訪来説〉にある通りの異界人だ」


「それって……」


「〈異訪来説〉には続きがある。

 『安寧が終わりを告げ惨禍が再び振り撒かれるとき、異界より来訪する者あり。その者、真の強さを探し求めて戦い、神州を救いし者なり』……とな」


 神州を救いし者……? 

 そんな期待を込められては困る。だが。


「俺を……認めてくれてありがとうございます」


 そのことは、本当に、本当に、感謝せねばならない。

 月島に、佐久間、大隊長、本部室の兵士達も。

 演技で俺を試し、そして認めてくれた。

 

 俺は万雷ばんらいの拍手を以て、認められたのだ。


「音無、泣くな。それは弱さだぞ」


 ああ、また泣いてしまったらしい。涙腺は緩くないはずなのに。

 俺は先程とは違い、優しく涙を拭って笑った。


「そうだ、強くあれ」


 そう言って朗らかに笑った月島は、右手を差し出す。

 

「これから宜しくな、音無」


 ……それにしたって、ちょっと演技をしすぎだ、本当に。

 俺はその手を、しっかりと握る。ゴツゴツとした、軍人らしい手だった。


「こちらこそ宜しくお願いします、月島さん」

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