phase2「不思議な箱」
濃い消毒液の匂いが漂う病室は、天井も壁も床も無機質な白に包まれている。
美月は両手で顔を覆った。涙が次々と溢れて止まらなかった。姉ちゃん、と穹の震える声がかけられた。
「他の人の迷惑だよ、だから」
「無理、だよ゛っ……!」
泣き止むのは無理だ。そう言う穹だって泣いているじゃないか。
しゃくり上げながら言葉に出来ない言葉を発していると、頭の上に手が乗った。
「ずっと泣いてたら、美月の可愛い顔が台無しになるよ」
「それでも無理!」
声の大きさに気を付けつつ睨みながら訴えると、ベッドに横になっている源七は困ったような笑い声を上げ、優しい手つきで美月の頭を撫でた。
「この通り大丈夫だったんだから、もう泣き止みなさい。皆さんのご迷惑だよ」
「大丈夫なわけないでしょう! いきなり倒れるとかさ……!」
「健康には気を遣っていたんだがなあ、歳には敵わんの。……心配させてごめんなあ」
「だ、だったら責任取って長生きしてよ、でないと絶対に許さないから!」
祖父が倒れ、救急車で運ばれていった後は、生きた心地が全くしなかった。その時のことは覚えていないようにも感じるし、所々断片的な記憶が残っているようにも思う。
とにかく、あれだけ頭が何も考えられなくなり使い物にならなくなったのは、初めてのことだった。
ただそれ以上に別の意味で生きた心地が更に消えたのは、病室で祖父が「美月、穹」と笑いかけてきたときだ。
見た瞬間に何かが弾け飛び、その場でぼろぼろと泣いてしまった。声を上げてしまいそうだったので、ずっとハンカチを噛んで、泣きじゃくり続けた。
今日もこうして顔を見てしまうと、安堵のあまり泣いてしまった。
「姉ちゃん、じいちゃんが大丈夫ってわかるまで、ずっと死にそうな顔してたよね」
「穹だって同じようなものだったじゃない!」
病室なので、小さく声を荒らげる。勢いよく振り返ってやれば、穹は涙を拭いながら苦笑していた。
「じいちゃん、早く元気になってね」
「もちろんだよ。こんなに心配されておるんだから」
祖父の倒れた原因は不整脈とのことで、検査などで入院することになっていた。なのでしばらく、家を留守になることが決まっている。
「毎日お見舞いに行くからね!」と言うと、「気にせんでいいのに」と口では言っていたものの、嬉しそうに笑った。
「美月、穹。そろそろ帰るわよ」
病室のドアが開き、母が戻ってきた。
「あれ、もう?」
「そうよ。……お父さん、本当に無理しちゃ駄目だからね」
「はい、わかっております」
かしこまった口調で祖父が頷くと、母は困ったような、安心したような、そんな顔で笑った。
「荷物、足りないものはあった?」
「い、いや、なかったよ」
荷物の入った鞄に目線をやった祖父は、どこか曖昧な調子で言った。
「そう、良かった。じゃ、またね」
「今度は父さんと来るよ」
「じゃあね!」
手を振りながら、そのまま部屋を出て行こうとしたとき、「あ、ちょっと」と呼び止めてきた。
驚いて振り返れば、祖父は美月と穹に向かって小さく手招きしていた。先に行っているという母に頷き、二人はどうしたのと近寄った。
「実は、な」
祖父はどこか照れ臭そうにはにかみながら、小さな声で言ってきた。
「今度来たときでええから、持ってきて欲しいものがあるんじゃよ。わしの、宝物なんじゃがな」
「宝物」は、源七の自室にある、鍵のついた箪笥の一番下の引き出しの奥に、ひっそりとしまわれていた。
お道具箱と思しき大きめの箱は年季の入ったデザインと見た目をしており、蓋には切り取られた紙に「たからばこ」と書かれ、テープで貼り付けられていた。
その幼く辿々しい字を見た瞬間、美月は思わず吹き出していた。祖父にもこんな時代があったのだと思うと、何とも言えない仲間意識や共感を抱いた。
持ってきて欲しいと言った宝物は、この宝箱の中にあると言っていた。子供の頃から持っていて、その中でも特に子供時代に大切にしたものが入っている、と。
開けるね、と一言断りを入れてから、蓋を開けた。
中は宝箱というだけあり、実に様々なものが入っていた。
昔流行ったというおもちゃだったり、手作りと思しき押し花の栞だったり、子供向けの星座や宇宙の本まであった。
更に「ごはんの研究」と書かれた冊子も入っていた。
試しに見てみると、美味しかったごはんやその店のことが記されていた。
字体や文体からしてからして今の美月よりもずっと年下の頃に書いたらしく、もう既にこの年齢から料理人の道に進むことや、洋食屋を開くことが示唆されていたのだと感心した。
他にも宝物を一つ一つ見て祖父の小さい頃を覗いてみたいと思ったが、頼まれていることがあるので今は堪えた。
「これじゃない?」
穹が指さしたのは、箱の中でも更に隅にある場所だった。そこには、一枚の写真と、一つの箱があった。
写真のほうは古びており、穏やかに笑う十歳くらいの一人の女の子が映っていた。もしかしてと思い裏を見れば、そこには祖母の名前が書かれていた。
既に亡くなっている祖母は、祖父曰くとても美しかったとのことだが、子供の頃から町一番の美少女と評判だったそうだ。
思いを寄せている子は大勢いて、祖父も例に漏れず幼少の頃からずっと片思いしていたが、人見知りの性格も相まり緊張してなかなか会話することができず、友達になるのも一苦労だったと、以前聞かせてくれた話を思い出した。
「なるほどね、これを持ってきて欲しいと頼むのはね!」
「さすがに父さんと母さんには無理かもしれないっ……!」
姉弟二人で、なんともいえず顔を赤らめる。祖父の青春に思いを馳せながら、もう一つ持って来て欲しいと頼まれていた、箱の方を確認した。
箱は小さく、白かった。つやつやの見た目で、全く古くなっておらず、新品そのものといった雰囲気だった。よほど丁寧に手入れし続けていたのだろうか。
振るとからころという音がし、中を見ると銀色に光る錠と、対になっているとみられる小さな鍵が入っていた。
錠の鍵穴は七つの角がついているという今まで見たことのない見た目をしてあり、鍵は二重のハートというデザインをしていた。
それも奇妙だと思ったが、箱の中も不思議だと感じた。何せ箱の中は、白い外見と反して一面黒色をしていたのだ。だが、単純な黒色とも言い難かった。
じっと目を凝らしていると、黒色の中に、非常に淡く点滅する光が混じっているように見えるのだ。だがラメの加工とは、また違う気がする。
新品同様の見た目であること、わざわざ錠と鍵を取り付けず外して中に入れていることから判断するに、鍵付きの箱として使用したことは、今まで無いと思われた。
なぜ祖父が、入院先にまで、この箱をわざわざ持ってきて欲しいと思ったのか。もう一つの写真と比べると、その理由がいまいちわからなかった。
だが、祖母の写真と並べてこの「たからばこ」に入れてある辺り、祖父にとって本当に大切なものなのだろう。美月は立ち上がった。
「じゃ、早速持っていこう!」
「い、今から?!」
「だっておじいちゃん、やっぱり一人で少し心細いと思うもの。そんな時近くに宝物があったら、落ち着くでしょう? 今日はまだ日も高いし!」
「そ、そうかあ……」
穹は少し悩んだ素振りを見せたが、やがて頷き、立ち上がった。
美月はトートバッグに箱と写真を入れると、両親にまた病院に行くことを告げ、穹と共に家を出た。
まずはバス停に向かおうと、急ぎ足で住宅街を歩いていた時のことだった。
「美月ー! 穹君ー!」
突然曲がり角から未來が現れた。美月は飛び退いたが、穹は美月の倍、飛び上がっていた。
「おじいさんの具合、大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫だよ!」
「良かった~!」
未來は笑った後で、自分が出てきた角の先の道を指さした。
「実は二人を呼びに行こうと思ってたんだ! 凄いことが起きてるんだよ~!」
「凄いこと……ですか?」
「ハルさんがね、宇宙船を飛ばそうとしてるんだ~!」
美月は穹と目を合わせた。二人揃っての大声が重なった。
一体全体どういうことかと未來の後を慌ててついて行くと、町外れの川原に出た。
そこには、確かにハル達宇宙船の面々が集っていた。ハルは本のような見た目の小型のパソコンを片手でタイプしながら、ぐるぐるとその場を歩き回っていた。
「たまたま地球上空に現れたパルサーが、衛星に取り付けたカゴにたまたま引っかかる……。この状態を作り上げるには、やはりこの辺りで飛ばすのが適切か……」
「師匠ともなれば、天文学的に低い確率にも恐れを抱かずに挑戦するのですね」
「……俺でも無謀な挑戦ってわかるわ……」
隣に立つ未來を見れば、「凄いでしょ?」と笑いかけてきた。
「お散歩中にこんなの見つけちゃったらね~、観察しちゃうよね! 今日は久しぶりにお父さんと写真撮りに行く予定だったんだけどね~急遽変更だよ!」
「宇宙船って……人工衛星のこと……?」
「まあまあ、同じようなものじゃない! 人工衛星作って、パルサーが引っかかるの待つって方法にチャレンジするみたいだよ?」
「ええ……?」
すると、クラーレとアイがこちらを向いた。
「ミヅキ、ソラ! 大丈夫だったのか?!」
「お爺様のお加減、いかがですか?」
「あ、大丈夫! 心配無いよ!」
クラーレとアイが二人とも非常に心配そうな顔をしているのにはわけがある。
祖父の倒れた日、美月は穹と共に、混乱状態の頭をどうしても落ち着かせることができず、宇宙船に連絡を入れたのだ。
その際、二人して、何かあったらどうしようとずっと喚いてしまい、心配をかけさせてしまったのだ。
その時のことを謝罪していると、パソコンを畳んだハルが遅れてこちら側に近寄ってきた。
「ミヅキ、ソラ。こんなところでどうしたんだ?」
「じいちゃんのお見舞いに行くところなんです」
「これを届けにね!」
美月は鞄の中から、写真と箱を取りだして見せた。写真も箱も、太陽の光を反射し輝いていた。
ハルが、ゆらりと一歩足を踏み出してきた。
「なぜ」
「え」
「なぜそれを、二人が持っている」
「えっ、は?」
「今すぐ」
「ハ、ハルさん……?」
「今すぐに、迅速に、簡潔に、速やかに、答えなさい」
「待って待って何?! なにっ?!」
圧力をかける音が聞こえてきそうな勢いで、ハルはぐいぐいぐいぐい美月達に詰め寄った。
迫力ある長身の異形頭のシルエットが迫り、穹が小さく悲鳴を上げながら美月の背中に隠れた。
「な、なぜも何も、これはおじいちゃんから持ってきてって頼まれた、おじいちゃんの宝物なんだけど……」
「ミヅキとソラの……」
ハルは突然手を伸ばし、美月と穹の左手首を掴んだ。
「な、何?! 何するの?!」
「コスモパッドを通話状態に」
「ハ、ハルさん、ちょっと、痛いんですけど?!」
「盗聴」
さらりと、実にあっさりと、ハルは言った。
「盗聴させてもらう」
美月も穹も固まった。未來はよくわかっていないのか、呆けた表情で笑っていた。
少し離れた場所にいたクラーレが腕を組んだ。
「やっぱりハル、最近変だな……」
「師匠……。師匠の頭脳回路はわたしの理解の範疇を超えたところにあるのですね……。さすがです……」
シロですら「ピイイ……」と引いた調子でハルから後ずさる中、ココロはハルの抱っこ紐の中で大きくあくびをした。
本日二度目のお見舞いにさすがの祖父も驚いたようだが、それ以上に嬉しそうだった。
頼まれていたものを渡すと更に笑顔になり、「本当にありがとう」としみじみとした調子で言ってきた。
どういたしましてと曖昧に返しながら、美月は自身の左手首をちらりと見た。長袖で隠しているがこの下にはコスモパッドが存在し、通話状態となっている。
正直切りたかったが、ハルから白い箱をどう入手したか聞いてこいと、ぐいぐい迫られつつ言われていた。
何が何だかわからないが、今日のハルの凄まじい迫力を思い返し、祖父に聞こえないようにため息を吐いた。
「あ、あのさ、おじいちゃん。この、持ってきたものなんだけどさ……どうやって手に入れたの?」
「えっ! あ、いや、あの、この写真はな、ばあさんの子供の頃の写真でな、家族のカメラを借りてたんだがな、そしたらばあさんが撮ってくれるかなと聞いてきたものだからそれで撮ったんじゃよ、でもわしが緊張しちゃったせいでちょっと手ぶれしているしピントも微妙に合ってないしで不甲斐ないが、じゃが本人は、本人はな、この写真に写ってるよりもっと可愛くて綺麗で可憐ということはわかってもらいた」
「いや、そっちじゃないです」
延々と喋り続けてきそうな雰囲気を察知し、手で制した。穹が苦笑しながら、机の上に置いた白い箱を指さした。
「この箱、なんだか不思議だからさ。どこで手に入れたのかなって」
「……ああ。それか」
祖父の目が、変わった。懐かしむような、とても遠い場所を見るような。そんな、今まで見たことの無い目に変わった。
「子供の頃、貰ったんじゃよ」
「誰に?」
尋ねると、祖父は答える代わりに、首を捻って窓の向こうに目をやった。中庭に植えられる、枝になっただけの木が風に揺れていた。
同室にいる人の寝息や生活する音、廊下を歩く足音などが満ちる。その音に身を潜めるように、祖父はひっそりと言った。
「宇宙人に」
固まった美月と穹を見ると、微笑を浮かべてきた。
美月は両手を握った。
「聞かせて、くれる?」
祖父は前を向き、目を閉じた。静かに呼吸する音が耳に届いた。あまりにも静かすぎて、そのまま眠ってしまったのかと思った時だった。
「美月と穹の行っている中学校に、裏山があるじゃろう? そこで一人で遊んでいたときに、山の中に、明らかに宇宙船とわかる船が墜落していたのを見つけたんじゃ。
どんな怪物が出てくるかと思っていたんだが、扉が開いてそこから出てきた宇宙人は、地球人と全然変わりない姿をしておった。自分よりもずっと年上の、普通の男性に見えた。
でもわしは、もちろんびっくりして、悲鳴を上げて逃げだそうとしたら、なんと見たことも無い機械を使って、捕まえてきたんじゃ。
ますます驚いて、恥ずかしながら泣き喚いていたら、どうか他の人に言うのはやめてほしい、宇宙船が直るまでの間滞在させてほしい、直ったらすぐに出て行く、決して危害は加えないと、そう言ってきたんじゃ。
事実、その人はそれ以上わしには何もしてこなかった。でもわしは怖くて怖くて仕方がなくて、従うしかないと思い、うんうんと頷き続けた」
恥ずかしそうに苦笑した祖父の目が、少しだけ楽しそうに輝きはじめた。
「その後すぐに拘束は解かれたんじゃが、何せわけがわからんもんで、ずっと腰を抜かしていると、その人は一旦宇宙船に戻ったんじゃ。
また出てきたとき、色々な機械を持ってきていた。姿を消したり、植物を急成長させたり、空を飛んだり、まるで魔法のような数々の現象を見せてくれた。
そうするうちにすっかり楽しくなってきて、全部見終わる頃には、最初の恐怖心など全部吹き飛んでいたよ」
他の聞こえてくる音は本当に静かで、祖父の声が主に満ちる空間は、まるでここだけ別の世界になったようだった。
「また不思議な機械を見たくて、それから毎日宇宙船のもとへ行った。宇宙人はな、本当に色々な機械や装置を見せて遊んでくれたし、色々な話も聞かせてくれた。
その人は色々な機械を作る仕事をしているとかで、宇宙船にある不思議な機械もほとんど自分が作ったものだと言った。今までどんな機械を作ったかなど話してくれたんじゃが、どれも魔法としか思えない機能を持っている装置ばかりで、ずっと聞いてても飽きなかった。
わしも地球にあるものを持っていったり地球での暮らしを話すと、非常に興味深そうに聞いていた。宇宙にあるという珍しい食べ物や、体に良い効果を与えるという特別なお菓子をごちそうしてくれたこともあったし、逆に地球の食べ物を持っていって、一緒に食べたこともある」
ふっと天井に視線が移った。
「夜に、一緒に星を見て過ごした日もあったなあ。空を飛ぶ機械に乗って、雲の上まで行ったんじゃよ。
あの時見た風景は……。……あの風景を生きている間に一度でも見ることが出来るなど、こんなに自分は幸せでいいのだろうかと思ったよ。
それと、やっぱり機械を使って、その宇宙人の故郷から見る星空を見せてもらった事もあるんじゃが、地球から見る星空と全然違っておった。
……その頃からかの、星が好きになったのは」
楽しそうな横顔が、ふと、寂しげな笑顔に変わる。
「とにかくその人と過ごしていたら、時間があっという間に過ぎていった。時間がいくらあっても全然足りなかった。でも、毎日本当に楽しかった。いつまでも地球に居てほしいと思うまでになっていったが、宇宙船はどんどん直っていく。
ある日行ってみたら、もう宇宙船は完全に直ったから、今日の夜には帰ると言うではないか。また会えるかと聞いたら、できない、とはっきり言われてしまった。
わしは、本当に悲しくて、だからせめて自分のことを忘れないようにと、自分の持ち物をあげたんじゃ。
といってもその時たまたま持っていた、手作りの栞だったんだがな。急だったものだから、ちゃんとお別れに相応しいものを用意することが出来なかった。
だが、その宇宙人は喜んでくれた。そして渡してきたのがこの箱なんじゃ。出会いの記念に、と。
持っている機械のどれかをあげてもいいが、もし使っているところを見られた場合、万一地球にある機械じゃないとばれたら、わしに迷惑がかかる恐れがある。この機械は宇宙空間で使うものだから、地球に居る限りは使い物にならない、飾りにしかならない、と。
けれどもし、この先宇宙に行くことがあったら、使ってもいいかもしれない、と。そう言ってきたんじゃ」
そっと祖父は、箱を撫でた。壊れやすいものに触るときのように、非常に慎重で繊細な手つきだった。
「結局わしは宇宙に行く事が出来なかったし、またあの宇宙人に会うことも出来なかった。
けどな、あの日々は嘘でも何でもなく、確かにあったことなのだと。あの宇宙人は、確かにいたのだと。この箱を見る度に、思うんじゃよ」
祖父の両目が、こちらを捉える。じっと無表情で見つめてきて、ふっといたずらっぽく笑う。
「そんな顔をするでない。わしの作り話かもしれないじゃないか」
適当な用事を言って穹と二人で中庭に出ると、すぐ近くの木陰から手招きをするハルが目に映り、美月はふらふらと近寄った。他のメンバーは、全員そこにいた。
「……聞いた?」
見上げると、ハルは「ああ」と返した。
「聞いた。どう、感じた」
穹が俯き、下の方で手を組む。
「正直、信じがたいです。……ですが、作り話ではないと、思います」
美月は頷き、周りを見た。周りにいるのは宇宙からの来訪者。そんな存在をずっと目にしてきたのだ。今し方聞いた話を嘘だと考える事は、どうしても出来なかった。
「これって、一体なんなの?」
鞄の中から、白い箱を取り出す。つるつるとした触感で、少し重くて、光を反射するこの箱。
ハルは、その箱を指さした。
「その箱は、何世代か前のものではあるが。間違いなく、パルサーのトラップだ」
失礼します、とアイが一度断り、箱を手に取る。蓋を開け、中から錠と鍵を取り出し、鍵穴を鍵を交互に見た。
「七角形の星形……七芒星。そして二重のハート。……ダークマターの、社章です」
アイが返してきた箱を受け取った時、手はわかりやすく震えてしまった。
「まさか、美月と穹君のおじいさんが……」
呆然と未來が零した一人言に、美月は無意識の内に頷いていた。
「この箱……トラップを渡してきた宇宙人は、宇宙空間でないと使い物にならないと説明したそうだな。
パルサーは宇宙空間に現れては消えるを繰り返しているが、それは地球だけでなく、基本的に星の内部に入れない為であるんだ。パルサーはそのままの状態では、大気圏を突破することができない。
だが、今は状況が違う。私の宇宙船が壊れたとき、パルサーは漏れ出た。それから地球内で出現と消滅を繰り返している。大気圏を越えられないので、宇宙空間に出ることはない。つまり、地球にずっとパルサーが存在している」
「って、ことは……」
クラーレがゆっくりと、ハルを見た。
「このトラップを使えば、パルサーを捕まえられる」
自分の言ったことを確認するように、ハルは頷いた。
「宇宙船が、完全に直る」
全員分の息を飲む音が、重なり合う。冷や汗が、肌に滲んだ。
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