phase3「心の通い合わせ方」

 そのまま家に直帰しリビングに向かうと、ちょうど源七とばったり会った。

 美月を見るなり「どうしたんじゃ?!」と即座に聞いてきたので、よほど何があったのかすぐわかる顔をしていたのだろう。


 美月はダイニングテーブルに突っ伏し、事の顛末を話した。優しく聞いてくれたので、調子に乗って愚痴や嘆きも零しまくった。


「そうかそうか、お友達と喧嘩してしまったのか」

「音楽性の違いならぬごはん性の違いっていうか……あれ、何か違う? とにかく、なんでなんで多数決なんてものがあるのー……!」

「美月。これも経験じゃ。な?」

「ううう、おじいちゃ~ん……」


 やんわりと宥められ、美月はあ゛あと声にならない声を上げながら、机に額を押し当てた。

 同時に、リビングのドアが開いた。


「美月、帰ってたのね。……な、何があったの?」

「私は今傷心中なんだ……」


 突っ伏したまま答えると、浩美の呆れ果てたため息が降ってきた。


「詳しい事はわからないけど、でも喧嘩したんだったら早めに仲直りしなさいよ? わざわざ来てくれたんだから」

「えっ?」

「店のドアの前で待ってるわよ?」


 急いで立ち上がった。慌てて店へ向かうと、「定休日」の札がかけられたドアの向こうに佇み、店内をそっと覗く少女がいた。


「アイ?!」

「追いかけて来ました。皆さん、追いかけるべきか否かかなり悩んでいた様子でしたので、代わりに」


 ドアを開けて中に招くと、アイは「失礼します」とお辞儀してから、敷居を跨いだ。


「ソラもミライさんも謝っていました。なんかごめん、と」

「えっ……。改めて謝られちゃうと……なんか凄く恥ずかしい……。こっちこそごめん、って言っといてくれる……?」

「かしこまりました」


 今更ながらさっきまでの自分の行動や言動が恥ずかしくなってきて、額に手を当て羞恥心から来る熱を抑えた。


「ちなみにですが、師匠はまだバグを起こしています」

「まだ?!」

「なので生地の好みを聞くことは叶いませんでした。シロさんとは意思疎通が出来ず、ココロさんはまだピザそのものを食べることが出来ませんので、このふたりの意見も聞けませんでした。申し訳ありません」


 深々と頭を下げられると、恥ずかしさやいたたまれなさが倍増した。

 「いいよいいよ気にしないでなんともないことだから!」と無理矢理頭を上げさせると、アイは今度首を傾げてきた。


「ところで、そもそもの発端であるピザの件ですが、どうして急にこのピザの件の話を持ち出したのですか? クラーレさんがかなり気にしていた様子でしたし、わたしも気になりました」

「えっ?!」


 勝手に視線が泳いだ。一瞬誤魔化そうかという考えが湧いて浮かんだ。


 だがアイからの、純粋に疑問を覚えている目で真正面から見つめ続けられると、誤魔化すことにも罪悪感が生じた。ただでさえ自分の行動を振り返り我に返った直後だというのに。


 結局隠すという選択肢は選ばないことにし、肩を落とした。


「……アイとクラーレに、仲良くなってもらいたかったんだ」

「わたしと……クラーレさんに?」


 アイはいまいちぴんと来ていない目を瞬きさせた。なぜ美月がそんなことを気にするのか、と考えていそうな表情だった。


「だって、どっちも大切だから。大好きな二人がぎくしゃくしたままだったら、なんだか、悲しいんだよ」

「悲しい……。ミヅキさんが悲しむ……」

「で、そういうときはごはんだーって思ったんだけど……それでこっちが喧嘩しちゃってたら意味が無かったね……」

「喧嘩……」


 アイは小さく呟くと、そのまま俯いた。どうしたのかと聞こうとした直後、店と家とを繋ぐドアが開いた。


「み、みーづーきー……」

「ななな何?!」


 軋んだドアの音色と共に現れたのは、妙に青ざめた顔色をした弦幸だった。

 ふらふらとこちらに歩いてこようとしていたが、アイと目が合うやいなや、ハッと立ち止まった。


「あっ、お、お友達が来てたのか。ご、ごめんな、あとででいいよ」

「いえ、お気遣い無く。わたしは突然来たわけですから」


 アイが少し離れた場所に移動したため、美月は明らかに尋常でない様子の弦幸を連れて、一旦ドアを開け家まで戻った。


「ちょっとまずいことになって……。いつも店内を、季節毎に軽く飾り付けしているだろう?」

「うん、もちろん。それがどうしたの?」


 テーブルクロスの色を変えたり、テーブルの上やレジ台の上、トイレなど、色々な場所にその季節に応じた小物を飾ったりなど。


 そろそろ冬用の内装に模様替えの時期だったかと、美月は思い出した。毎年小物の配置や種類も変えているため、その年で模様替えも違ってくるのだ。


「い、いやな。いつも小物を買うお世話になってるハンドメイドのお店がな、突然、へ、閉店してしまってっ……!!」

「ええ?!」


 弦幸は頭を抱え込んだ物の、傍にやって来た浩美は冷静だった。


「注文しようと思っていたんだけどね。だから今、良さそうな代わりのお店を探している所なのよ」

「だ、だから美月もな、何かいい雑貨のお店とか見つけたら、すぐ教えてほしい、っていうか探して欲しい、このままでは冬を迎えられないからっ!」

「あなた、いい加減落ち着きなさいっ!!」

「はっ、はい!」


 去って行く二人を見送った後で、ひとまずアイの所に戻ろうと、店と家を繋ぐドアを開けた。

 そのすぐ向こうにアイが真顔で立っていたため、一瞬心臓が止まりかけた。


「ごめんなさい。話、耳に入ってしまいました。あと、もう一つ、ごめんなさい」

「な、何が?」

「……わたしとクラーレさんのことで、ミヅキさん達の間で諍いが生じてしまったことです。わたしとクラーレさんがあまり仲の良くない状況が、ミヅキさん達の中に悲しみという感情が生み出されているのなら、とても申し訳ないです」


 アイはやや瞳を険しくさせ、真正面から美月のことを見た。


「なのでお詫びです。差し支えないようでしたら、わたしもお力添え致します」

「えっ?」

「模様替えの件です。ちょうど適任と考えられる方がおりますので、その方に頼みましょう」


 美月は頭を傾げた。アイの言う適任が誰なのか、さっぱり思いつかなかった。




 「……なんで俺なんだ」


 アイが再度お願い致します、と頭を下げたが、相手は無言を貫いている。


 宇宙船にて不満を露わにするクラーレを前にして、なるほどこれ以上の適任者はいないと納得した。その思いが顔に出ていたのか、クラーレは深くため息を吐いた。


「なるほど~。確かにクラーレさん、凄く手先器用ですもんね~! 誕生日プレゼントに貰ったシーグローブ、手作りでしたもんね!」

「ミッ、ミライ!!」

「まあまあ。あのシーグローブとても素敵だったってことを言ってるんだから、いいじゃない」


 やんわりと穹に宥められ、クラーレは立ち上がりかけていた腰を渋々下ろした。


「確かに、クラーレの所持している弓はクラーレが自ら作ったものだが、作りが精密で、非常に出来が良いと判断できる。……ココロ、どこに行くんだ一体」

「う、あ、あう……」


 ココロとの距離を縮めたいのか。這い這いするココロを自らも這って追いかけるハルだが、向こうはあからさまに怯え怖がっている様子だった。

 それを言うべきかどうか悩んだものの、面白いのでこのままでいいかと、美月は距離を取ろうとするココロと真意に全く気づかないハルを眺めた。


「……具体的にどんな小物を飾るんだ」


 クラーレは膝の上に置いた手を組み、顔を伏せたまま尋ねた。


「こう、テーブルの上に置く小さいツリーとかスノードームとかリースとか……」

「……まあ、作れるは作れるな……」


 言ったものの、強く渋ってることは口調でわかった。美月は両手を合わせた。


「お礼はするし、っていうかそもそも私も、皆で作ろうと思っているし!」

「あれ、そうなのっ?!」

「聞いてないよ?!」


 穹と未來が声を上げたが、今説明してる暇は無く、片手で制するだけにとどめた。


「それに、クラーレの作ったものって本当に凄い出来だと思うんだよ! クラーレの作ったものが店に飾られたら、お父さんもお母さんもミーティアに来たお客様も皆幸せになれると思うんだ!」

「……さすがに有り得ないだろ、ただの趣味だしな。そんなものをミヅキの大切な店に置いたら、評判が下がってしまうんじゃないか?」

「悪く言うような人がいたらたとえ客であってもぶっ飛ばす!!」

「おい!」


 ほんのわずかにアイがクラーレに向かって、距離を詰めた。何か言いたがっていることを察知したのか、クラーレは一瞬だけ目線を投げて「なんだ」と問うた。


「クラーレさんは今、ミヅキさん達に、求められて、います。今ミヅキさん達の力になれるのは、クラーレさん以外、おりません。わたしには、出来ませんから」

「…………」


 クラーレは長い間目を閉じ、黙っていた。延々と続く沈黙の間で、ハルとココロが這って移動する音のみが鳴っていた。やがてしばらく経った後、沈黙の時間と相反する短い吐息を発した。


「……弓」

「えっ?」

「弓を作り直そうと思ってな。それで山に行こうと思ってる。……作る小物の材料も、一緒に探すよ」


 材料がないと、何も始まらない。そんな当たり前の事を口にしたクラーレに、美月ははっとクラーレを見、その後自分でも実感できるほど両目を輝かせた。


「ありがとうクラーレッ!! じゃ、早速裏山でDIYの材料探そう!!」

「……裏山か」


 クラーレは苦々しい表情で腕を組んだ。


「どうかしたの?」

「いや、新しい弓を作るのも目的だからな。この裏山には生えていない木で作った弓を試したいんだが……まあ、いいか」

「はいは~い!」


 その瞬間、未來がばっと手を挙げた。


「裏山と比べると規模が大きくて、植物や木の種類が豊富な山、知ってますよ~! 私もよくそこに行くんです! 動物さんとか撮りに!」

「おお、そうなのか。じゃあ、そこに行ってくるわ」


 その時。アイが控えめに挙手をした。


「……あの。種類を提示して下されば、わたしが採取しに向かいますが」

「……いい。自分で見極めて自分で集めたいんだ、余計な事するな」

「……そうですか」


 微妙で、重い空気が辺りに流れた。どうしようと穹と未來の様子を窺えば、向こうも同じことを思っているらしき顔をしていた。


 と、その瞬間。アイが今度は高く手を挙げた。


「では一緒に行きます」

「は?」

「行きます」

「……いやなんでだ?」

「一緒のほうがいいと思うので」

「俺は一人がいいんだが」

「じゃ勝手について行きます」

「はあ?!」

「あ、じゃあ私も行く!」

「っていうか、皆で山に行こう!」


 咄嗟に美月も乗ったのは、クラーレとアイ二人だけでは絶対的な不安があったからだ。

 穹も同調して案を述べたところを見るに、同じことを考えたのだろう。


 何かが起こるかもしれないと、美月は胸中で、得体の知れない予感を感じ取った。

 





 


 次の休みの日のことだ。


 「うわあああ……!!」


 辿り着いた光景を前にして、美月は感嘆の声を上げるしか出来なかった。


 宇宙船に向かう為、しょっちゅう裏山に出入りしていたが、一つ山が違うだけでここまで異なってくるのかと、一瞬自分で自分を疑った。


 裏山も紅葉の盛りだが、この山もまた見事なもので、絵の具で塗ったようなくっきりとした見事な紅葉を見ることが出来た。


 道には計算されて敷かれたように落ち葉が積もってあり、それは獣道のずっと先まで続いていた。

 裏山ではあまり見かけない針葉樹も見かけることが出来、根元には松ぼっくりが落ちている。シロは松ぼっくりに興味津々のようで、前脚を駆使し遊んでいた。


 クラーレは近くの木の幹を手で触りながら、「見たこと無い木だな」と呟いた。


「どうだ、ハル」

「裏山にはない木が多くある」


 ハルはさっと周りを見回し、そう答えた。

 聞かれたことを簡潔に述べるハルはすっかりいつも通りに戻っていたが、それはココロがご機嫌な様子でハルの腕に抱かれているからだろうと思った。


「ありがとう、ミライ、教えてくれて」

「いえいえ~! じゃ、私は私で好きにやってますので、皆さんは皆さんで好きにやっちゃって下さい!」


 山に入ってからやけにそわそわとしていた未來は、首からかけてあるカメラを構え身を翻した。

 そのまま「探せ~シャッターチャンス~!」と歌いながら、木々の向こうへと軽やかに走って行った。


 クラーレはやや呆れた様子で嘆息したが、自身も別方向へと歩き出した。


「穹、私達も色々採取しましょ!」

「うん、わかった」


 小物を作るにあたり使用する、どんぐりや松ぼっくりや木の実や枝など、良さそうなものを探さなくてはいけない。

 だがこの豊かな山を見る限り、材料に困ることはなさそうだと思った。


「……どっちが多く収穫できるか、競争よ! 私が勝ったらピザの生地、カリカリにしてね!」

「まだそれ言ってるの?! 結局あの後両方作るって結論にならなかったっけ?!」

「勝ち逃げは許さないよ穹!」

「か、勘弁してよ……」


 ぐいぐい詰め寄る美月から逃れるように、穹は視線を逸らしてきた。だがその瞬間、その表情が強張った。


 無言で指さした先を見て、穹の表情が変わった理由を知った。


 やや離れた場所。その一角だけ、明らかに漂う空気の質が違った。不穏とわかる空気が、充満している。


 中心にいるのは、もうこの場を離れたと思っていたクラーレと、アイだった。


「……なんでついてくる」

「同行します」

「迷惑なんだよ、一人にさせろ」

「だとしても同行します」

「ああ?」

「とにかく一緒にいることに意味があると思いますので、わたしのことはお気遣い無きように」

「相変わらず意味がわからねえ、なんなんだあんたは」

「それよりこんな所でいつまでも立ち往生していていいんですか?」

「…………」


 クラーレはアイを一つ睨むと、背を向け歩き出した。


 絶対についてくるな、と言いたげな、そうでなくてもついていくことを躊躇うような鋭い視線だったにもかかわらず、アイはお構いなしに、クラーレの後をついて行った。嫌な予感が一気に膨れあがった。


「まずいまずい、あの二人を二人にさせておくのは絶対にまずいっ!」

「あれっ、僕は?!」

「ハル達と色々摂ってて!!」


 落ち葉を蹴散らしながら、美月は急いで二人の後を追った。

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