phase1.1
今この状況で、ソラ以外のことについて思考を巡らせるのは、良い事なのか悪い事なのか。クラーレにとっては、少なくとも良くはなかった。
昨日見かけた、ソラと一緒にいた友人。クラーレはずっと、その人物について考えていた。
あの人物のことを思うと、背筋がぞっと凍り付く感触に襲われる。
とりわけあの碧眼を思い出すと、同時に違和感も生まれてくる。
あの瞳。あまりにも、無機質すぎではないだろうか。
クラーレは今まで、あそこまで無機質な瞳を見たことがなかった。
人は皆何かしらの感情を瞳に抱いているものだ。だがあのアイという子の目には、何の感情も見えなかった。感情が無いことが普通であるとされる目だった。
それがクラーレの中で、払拭しきれない違和感を生み出していた。
だが、このようにずっと考えている自分にも違和感があった。
自分と関係のない人に対して、なぜ、不安を抱いているのか。恐れを抱いているのか。
一人で考え続けることにも限界が訪れ、クラーレはハルに相談することを決めた。
船内にある実験室にて、パイプで出来た簡素な椅子に座ったクラーレは、パソコンのディスプレイと向き合いずっとキーボードを鳴らしているハルの背へ声を掛けた。
「ハル、ちょっと一人言を言っても良いか?」
「どうぞ。だが声色から判断するに、本当に一人言ではクラーレは納得しないと考えるが」
考えてる事を見透かされ、クラーレは言葉に詰まった。
一人言として自分の中の違和感を表に出したところで、本当の意味ですっきりしないのは明白だと見えていた。出来る事なら、ハルの冷静な分析を聞きたいと願ってもいた。
「では、差し支えなかったら、私の意見を欲したときのみ、口を開くとしよう」
「い、いいのか? 忙しいんじゃないのか?」
ハルはここのところ、いつにも増して実験室にいることが多くなっていた。ハルはキーボードを叩き続けながら言った。
「作業に差し支えは起きないから、問題ない。ではどうぞ」
わかったと頷き、何から話すべきか整理するため、室内を見回した。
スイッチやボタンがたくさんついた、物々しい機器類が並んでいる。果たして何に使うのか、科学に疎い自分にはさっぱりわからない。
そんな中で唯一、用途のわかるものがある。隅の方にある、シートがかけられた、試着室のような四角い物体。
何度やっても爆発しか起きないと言ったハルが完成を諦めた機械。ハルが以前作り、暴走した空間転移装置だった。
皆揃って海外まで渡った結果、面倒事に巻き込まれ、どたばたの大騒ぎとなった。あの頃は、今こんなこと起きるなど、一切予想していなかった。
過去と現在を比べると、心臓の辺りに鈍くも確かな痛みを覚えた。
「ソラの友人に、アイってのがいるだろ?」
「時々ソラの話に出てくるな」
「それで、この前ソラの様子を見に家の前まで行ったとき、そのアイと会った。正確には見かけただけだがな。ソラと一緒にいたし、アイと呼ばれていたし、ほぼ間違いないだろうが……」
息を吸い込んだ。ソラの友人に対してこう言うのは、気持ちの良いものではなく、口の中が苦く感じた。
「なんというか、その、アイの目が、凄く……冷たいともまた違う……人形みたいな、機械みたいな目に、見えたんだよ。
そう見えたのにずっと違和感があって、どうしても気になるというか……。
それにクリアカプセルつけてるのに、相手も俺を見て、一瞬目が合ったような気がしてだな……」
ふむ、とハルは手を止めた。「考えすぎだろうがな」とクラーレは最後言って締めくくった。
自分の中にあった考えを表に出しただけで、だいぶすっきりとした気分になっていた。
「なんでこんなに考えすぎるのか、それを知りたくてよ。ハルはどう思う?」
「アイはロボットである可能性が高いので、クラーレの違和感は正しいと考える」
ハルは、またキーボードのタイプを再開した。生き物の鳴き声のような機械の稼働音が微かに鳴り響く中、規則正しいタイプの音が、部屋の中に満ちる。
一瞬手を止めた後、ハルは「よし」と頷き、すぐ隣のディスプレイを覗き込んだ。
「あとは」
「まっ、待てっ!!!」
立ち上がり、ハルが座っているキャスターが付いた椅子の背もたれ部分を両手で掴み、強引に回転させた。
「どういうことだ、なんでそうなるんだよ!」
「落ち着きなさい」
「お、落ち着けるかよ!!」
息を切らしながら、崩れ落ちるようにして椅子に座り込んだ。
「……でたらめじゃないよな? 驚かせたくて言った嘘じゃないよな?」
「断じて違う。クラーレこそ機械のようと言ったのに、なぜそんなに驚いているんだ」
「いや、だって……人間そのものの見た目をしてたんだぞ?」
人形のような目とは思ったが、本当にロボットだと言われたら信じがたかった。
それほどアイの外見は人間と同じだった。髪や肌も、人形にあるような質感が一切無かった。無機物が無理矢理有機物に似せているような違和感が、全く無かった。
だからこそ信じがたく、ハルの話をにわかに受け入れがたかった。
ハルは自身の座っている椅子を少し回し、クラーレと真正面から向き合う形に微調整すると、両手を組んだ。
「9月の終わり頃のことだ。私は町で、そのアイと遭遇した」
「あったな……。深編み笠被って町の中堂々と歩き回ったっていうあれか……」
その日話を聞いたクラーレは、真面目にハルの故障を疑った。
姿は知らないが、そんな行動を取ったハルに付き合わされたアイに密かに同情の念を抱いた。
一方で、平静を崩さずちゃんと付き合えたことに違和感を抱いた。すぐ忘れるほど微々たる違和感だったものの。
「そこで見たアイの行動や言動は、ロボットの思考回路が生み出すものと、ほぼ同じだった。軽く接したことで、私の中で仮説が生まれた。」
ハルは淡々と述べた。クラーレは両目を見開いた。その様子を見て、ハルはだが、と制してきた。
「憶測の域を出ていない。証拠がないんだ。というのも、彼女は“感情”を明確に見せた場面があったからだ。そこを無視したまま、考える事は出来なかった」
「感情……?」
ハルは頷いた。
「私は深編み笠を被り、路地裏でアイの前に現れたんだ。そのときアイは、悲鳴を上げた」
クラーレは少しの時間、笠を被り路地裏の影に紛れ佇むハルを、頭に描いた。
「……人間だったらほぼ誰でも悲鳴上げるだろうな、そりゃ。俺でも叫ぶ自信がある」
「言うべき場面なのか不明だが、どうもありがとう。とにかく懸念がある以上、ロボットであるという前提で話を進めるのは危険だった。私の中にある金属探知機にも引っかからなかったしな」
なんだ、とクラーレは肩を落とした。
「じゃあ人間ってことになるんじゃないか。感情を見せた上に、金属で出来ているわけじゃないなら」
「そう。心は人によって違う。ロボットの思考と似た人間がいても、なんら不思議ではない。むろん、私の金属探知機に引っかからない金属で、作られている可能性もある。
私は地球の生まれではないから、地球のことを全て知っているわけではないが。地球人が、あそこまで人間に寄せたロボットを作れる技術は、まだ持っていない」
力を抜いた肩が、強張っていくのがわかった。クラーレは背筋をただし、ハルを正面から見た。
「……ハル。あんた一体、何が言いたいんだ? 何を考えてるんだ? ……というか仮にロボットだったとして、何がある?」
ソラが、人間そっくりのロボットと仲良しだったとしても、悪いことではない。そのロボットが地球で作られたものではなかったとしても──。
そこまで考えた時だった。別の考えが脳の中で、明滅した。息を飲み、固まった。言葉が出てこなくなった。
そんなクラーレを観察するように見ていたハルが、ややゆっくりとした口調で言った。
「ロボットである仮説で話を進めよう。
人間の見た目に巧妙に寄せられた。地球で作られた可能性が低い。人間の振りをして行動している。
そのロボットはソラに接触した。ソラとの仲を深めた。
なぜソラに近づいたか? なぜロボットであることや、正体を隠している?
一つ一つの事実や疑問がばらばらであったら、何の問題もない。しかし、これらの事実を、全て繋げれば」
思わず、口を手で覆った。ハルは浅く頷いた。
「極論であるが。その可能性に考えが至るな」
点と点が繋がっていき、一つの可能性に辿り着く。まさか、としか言えない可能性。
「だがまだ憶測の域を一歩どころか半歩も出ていない。証拠が一つもない。
証拠が無い中で、ソラに、君の友人はロボットである可能性が高いから距離を取りなさいと言ったらどうなる?
間違いなく混乱を招く。さすがのソラも嫌悪感を抱くことだろう。友人に対してそんな風に考えた私にも、少なからず不信感を抱くだろう。私への信用が薄まる。
そんなことになったら、“相手”の策にまんまと嵌まることとなる」
「相手、な……」
心臓の音が速くなっていく。物的証拠が一つもない状況なものの、それが安心を抱くことには繋がらなかった。
「アイがロボットである可能性を確立する上での懸念、それが彼女の見せた“感情”だった。
もしロボットであるとするなら、なぜロボットにないはずの感情を見せたのか。私は、ずっと調べていた」
ハルが椅子を動かし、パソコンへ視線を投げた。液晶画面に、ぼんやりとした光が宿っている。あ、とクラーレは声を漏らしていた。
「それで、実験室に……」
「しなければならない計算や分析が凄まじく多かった。想定していたより時間がかかってしまった」
モニターには数字や言葉が並んでいるだけで、そこにどういう意味があるか、クラーレにはわからない。ハルは画面をじっと見つめていた。
「だが、おかげでわかった。ロボットが、感情を見せた理由。やっと、それがわかった。理由があるなら、これ以外考えつかないものだ」
ハルは再びクラーレと向き直った。
「私はソラからの信用を、失っている状態にある。ソラと私達の間に亀裂が入っている、それが現状だ」
亀裂。現実を示す容赦のない単語が、頭の中に鈍く反響し、しばらく消えなかった。
「今この状況。ソラとの間に亀裂が入っているこの状況を、誰が一番願っている? ソラがいない状況で、誰が一番得をする?」
少なくとも、自分は願っていない。だが、この状況を願っている上に得にもなる相手がこの世にいることを、クラーレは知っていた。
「動くのは、今しかない。今、動かないといけないんだ」
そうだな、と返したつもりだったが、声は震えており、ちゃんと言葉になっていなかった。
何を言うべきなのかまるでわからなかった。何かを言いたいはずなのに、ちゃんとした形にならないまま、クラーレの中をさ迷い続けていた。
自分は混乱しているのだと、今やっと自覚できた。
瞬間。ハルの、冷静極まりない声が向けられた。
「勘の鋭いクラーレが、機械のような目だと言い、違和感を抱いたことで、私はより、自分の仮説への確信が増した。今動くべきだと、考える事が出来た。だから、ありがとう、クラーレ」
はっと顔を上げた。表情の存在しない、テレビの頭がそこにあった。ハルが、椅子から立ち上がった。
「動こう。クラーレ」
クラーレは何も言わなかった。代わりに、同じように、椅子から立ち上がった。そして、深く、頷いた。
返事はないとわかっているが、クラーレは心の中で、ソラの名前を呼んだ。
事実がわかっただけだ。そこにあった一つの事実をやっと見ることが出来て、判別出来た。それだけにすぎない。
穹は手のひらの上に乗る、緑色のカエルを見つめていた。春頃多くの人に聞かせていた鳴き声を、自分に聞かせている。喉の動きを見ながら、穹は呟いた。
「井の中の
秋風の吹く川原の土手。穹が座っているこの場に、他に人はいない。
だが穹は一人言のつもりで言ったのではなかった。耳に届く自分の声は、自分でも意外に思うほどに、感情が乗っていなかった。
「僕は、その蛙だなって思うんだ。井戸から外に出られない蛙」
井戸の中に閉じこもって、外にある広い海を知らない。広い海を恐れており、井戸の中から出ることができない。成長できないまま、変われないまま、外の世界から置いて行かれる、そのような蛙。
「聞いてる?」
ぴょん、とカエルが跳ね、手のひらの上から地面に移動し、やがて見えなくなった。目で追いながら、友達に向かって問う。
『もちろんだよ! ソラの話を、ワタシは全部聞いてるよ!』
先程までカエルが乗っていた手に、小鳥が舞い降りる。鮮やかな青色の姿を視界に収めると、何とも言えず、ほっと息を吐きたくなる。
こんな風に、聞く人にとって何の利益も得られない話でも、小鳥は真正面から、全てしっかり聞いてくれる。
今日も真っ直ぐ穹の目を見ると、両翼を広げて熱く言った。
『だけどね、ソラはカエルなんかじゃないよ! ソラはソラなんだから!』
「……君は良いよね。鳥だから、井戸の外へすぐに飛んで行けそう」
青い小鳥の、青い翼を見ていると、そんな台詞が出ていた。
小鳥は体こそ小さいが、その翼は翼としてちゃんと機能している。恐れさえ抱かなければ、どんな場所にだって飛んでいけるだろう。
小鳥も結局自分に無いものを持っている存在に思えて、遠く感じる。
そんな降って湧いた卑屈な感情を見透かしたように、小鳥は神妙に首を左右に揺らした。
『そんなことない! ソラがいなかったら、井戸の外に行けたって、意味が無いんだもの! それに、ワタシだって、ある意味カエルだよ』
「……どこが」
『だって、今まで人目を憚って生きてきたんだもの。広い世界を知らないのはワタシも同じ。限られた狭い世界しか見えていないよ。ワタシもカエルで、ワタシも透明。ソラと同じ』
「同じ、か……」
魔法の呪文のように、その一言は穹の心を満たしていった。
その言葉は、何も持たず、何も出来ない自分が、一人ではないということを意味している。
『ワタシは、カエルでもなんでも、どんなソラでも宇宙一大好きだよ!』
うん、と穹は小さく頷いた。ありがとうと告げた声は震えていた。
「……ごめんね。僕、少し疑っちゃった。君が本当に味方なのか……」
『無理もないよ。しょうがないと思う。ワタシは全然気にしないからね!』
よくわからない話もちゃんと聞いてくれる。卑屈な気持ちが浮かんでしまっても咎めず受け入れてくれる。
ここまで自分に寄り添ってくれる小鳥に疑いをかける自分の気持ちが知れなかった。小鳥の心を疑う必要は微塵も存在しないのに。
もともと人が心に何を抱いているかわからないことが多かった。しかし体育祭の一件以降、ますます「わからない」が強くなった。
体育祭の直前まで穹のことを見ていた人達が、終わった途端に見なくなった。
今もそうだ。あれだけ話しかけてきた人達全員、穹をいないものとして扱っている。
そんな風に急に変わる人の心が、わからなかった。
その中でわかったことがある。
自分はずっと透明。もとから色などついておらず、これから色が塗られることも無い、誰の目にも映らない透明人間。
そんなたった一つの事実に気付けた。ただそれだけのこと。
なぜ今まで気づかなかったのか。
「大海を知っている人達に、大海を知らない人の心が、わかるわけないんだよね」
ずっとずっと穹のことが見えていた近しい人達は、大海を知っている存在だった。井の中から出られない自分が、もとよりついていける相手ではなかったのだ。
姉とも、ハル達とも、住む世界が違った。
「だけど、僕はわかってもらいたかった。僕のほうも、大海を知っている人の心をわかりたかった」
だが、住む世界の違う人の心を、わかるはずがなかった。わかってもらえるはずがなかった。互いの心を、わかり合えるはずがなかった。
その通り、と小鳥は言った。
『だって、ソラが気遣ってる時点で、向こうはソラのこと何もわかっていない状態だったってことじゃない。そんな相手とずっと一緒にいたら、ソラの心が疲れちゃうよ。苦しくなっちゃうよ』
うん、と穹は小さく頷いた。
「君とは、気を遣わずに話せるんだよね……。君と話しているとき、不安感が全然無いんだ」
こんなことを言ったら不快な気分にさせてしまうのでは。相手が求めているものと違うのでは。
小鳥とは、そういうことを一切考えずに、話すことが出来る。自分を出すことが出来る。表に出した自分を、ちゃんと目に映してくれる。小鳥が誇らしげに礼を述べた。
『ソラのことは、ワタシが一番わかっているって、そう思っているからね! だからソラが何をしても何を言っても驚かないの。ソラ、もっとワタシに、自分を見せてよ! ソラの心を見せて!』
心。穹は心臓の辺りに手を置いた。ここにある心が大層なものでないことは、自分がよくわかっている。
そんな心でも、誰かにわかってもらいたいと願ってしまうのだから、節操がない。
小鳥は知りたいと言ってくれている。自分の心がどういうものか、ちゃんとわかってくれている。
本当の自分の心がどういったものか理解している存在が傍にいる、それがこんなにも心に安寧をもたらすものなのかと、小鳥といる度に感じていた。
小鳥の傍で、穹は透明ではなかった。小鳥には自分が見えているとわかるから、自分の事を透明だと思わずにすんだ。
息を胸に吸い込むと、空気が美味しいと感じた。思い切り呼吸が出来る、小鳥の傍というこの場所。穹は小鳥の青色を、網膜に焼き付けた。
「幸せの青い鳥って物語があるんだ。君はまさにそれだよ。僕に、幸せを運んできてくれた」
一呼吸ほど置かれてから、小鳥の瞳が輝き、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
『ありがとう! 嬉しい! 凄く光栄だよ、ありがとう! これからもどんどん、ソラに幸せを運ぶからね!』
「君が隣にいてくれるだけで、充分すぎる程幸せなんだよ」
あの物語は、幸せはすぐ近くにあるもの、という意味が結末に含まれていた。
確かにそうだと思った。事実、自分の幸せは、この小鳥といる時間だった。物語が示すように、小鳥は幸せを呼び寄せてくれたのだ。
『大海の話で考えついたんだけど! ソラ、いつかふたりで、海を見に行こうよ! きっと、もっと幸せになれるよ!』
「海か……いいね。見に行こう。君と一緒なら、凄く楽しそうだ」
小鳥と同じ色を持つ海で、小鳥と過ごしたら、間違いなく幸せな時間を過ごせるだろうと直感した。
もう海に行くような季節は過ぎているが、逆に人が少ないからこそ、楽しめるはずと考えた。人の気配がなければ、小鳥も言葉を話せる秘密を隠さずにすむだろう。
夏は暑いし、今ぐらいの季節の方がちょうど良いのかもしれない。そうやって、海に行く小鳥と自分のことを考えていたときだ。
夏の海の色が、脳内に現れた。
たった数ヶ月前のことだ。わざわざ海に来たのに、浜辺が汚れているからと、ゴミ拾いが始まった。あれも言いだしたのは美月だった。
あの頃はまだクラーレが壁を作っており、全然打ち解けられていない状態にあった。
警戒心と敵意を剥き出しにして接してくるクラーレを怖く思い、おどついた態度ばかり取っていた。
レシピのことも隠していたし、振り返ってみると、今と状況がだいぶ違っていることが改めてわかった。
『ソラ?』
我に返り、ゆっくりと視線を手のひらの上にやった。手のひらの上に、そこだけくっきりと浮かび上がる青色が乗っていた。
今。どうして、こうなったのだろうか。
ここ数日の変化を思うと、途端に心臓の辺りが、軽くなる。何も入っておらず、何も収められていない、空っぽの感覚。
どうしてこんな気持ちを抱くのか、意味がわからなかった。
「君は」
小鳥の黒い目を見つめていると、この空虚な感覚が薄れ、何かで満たされていく。
「僕の、味方?」
間髪入れずに、小鳥の口が開いた。
『当たり前じゃない! ワタシはソラの味方。ソラだけの味方だよ。どんなときでもね』
強さを増していた空っぽの感覚が、途端に薄まっていく。心の中に暖かい湯を注がれたようになって、思わず顔を綻ばせた。
「ありがとう」
「……何をしているのですか」
肩を跳ねさせながら、背後を向いた。
後ろに立つアイが、穹を見下ろしていた。
小鳥の姿を見た時、わずかにアイの目が険しくなった。気のせいで無ければ、睨むように。
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