phase8.1
高い音色を纏わせ、矢が一直線に飛んでいった。ネプチューンが体を翻して躱した場所を、一本の赤い矢が通り抜けていく。
「逃げるぞ!」
弓を構えたクラーレが叫ぶ。ネプチューンは何度か瞬きしていた目を、大きく見開いた。
「まあ! 人に矢を放つなんてなんということですの!」
「あんたのしていることのほうが、なんということ、だろうが!」
言いながらもう一発矢を放つ。ネプチューンがそれを避けた一瞬の隙を突いて、穹とハルは駆け出した。
山の上ではなく、下へと向かう。けれども氷の壁に覆われている以上、ふもとまで行っても外へは出られない。だが立ち止まったままでいるのは、もっと得策ではないことだった。
「だがどう逃げりゃいい?!」
追いついたクラーレが叫ぶように聞いた。ハルは走る速度を緩めないまま、そうだな、とテレビの側面に片手をやった。
「エネルギー波からして、壁を破壊することは不可能だ。変身状態のある穹の力を持ってしても、到底及ばない」
クラーレに抱えられているシロが大きく口を開けた。穹は走りながら慌てて首を振った。
「ブレスは駄目! 山が消えたらとんでもない騒ぎになるよ!」
「何より、恐らく今のシロでは、威力が足りない」
走っているのにハルの声は全くぶれておらず、冷静そのものだった。声と同じようにぶれない仕草で、ノートパソコンをポケットから取り出す。
「エネルギーがあるのなら、必ずその発生源がある。その細かな分析を試もうと考えているが、走りながらなので、先程より時間がかかるが……」
「……絶対に、守ってみせます!」
息が上がる。声が乱れる。走ることに力を注いでいるせいで、喋ることは上手く行かなかった。けれども、今ちゃんと伝えなくていつ伝えるのだと思った。
耳が何かの音を捉えた。がしゃんがしゃん、と、金属と金属がぶつかり合うような音。目の前に何かが現れた。思わずぎゃっと声を上げ、足を止めていた。
そこにいたのは人形だった。ぱっかり割れた体からガドリング砲のような銃を剥き出しにし、穹達に歩み寄ってくる。
シールドを展開した直後、砲口からレーザーが放たれた。光線と言うより光弾に近い形をしていた。シールドに当たる度に、手がびりびりと震えた。
明らかに威力が山頂のものよりも上だとわかった。その上攻撃時間も長かった。一回の銃撃が終わった頃にはもう、シールドに小さなヒビが入っていた。
「避けろソラ!」
鋭い声に飛び退いた。代わりにクラーレが前へ出た。鉄砲のような形にした指の先は、金属が外されていた。
人差し指の先から何かが飛び出した。濁った紫色の液体だった。真っ直ぐ軌道をぶらせずに、それは発射口の中に吸い込まれていった。
一瞬の後、びく、びくと大きく人形の体が跳ねた。銃から飛び出していたレーザーの勢いが消える。人形の頭が垂れ、次いで仰向けに体が地面へと伏す。
毒液による破損だった。クラーレは構えていた手を、少し、力なく下ろした。
瞬間。
がしゃんと音を立て、人形が立ち上がった。何事も無かったように、レーザーが凄まじい速度で放たれる。
シールドを展開したものの一瞬遅れ、少し攻撃を食らった。当たった箇所が寒さで覆われた。痺れるような痛みだった。
「我が社は、あなたの毒を克服致しましたわ。もはや、切り札にもなりませんことよ」
背後から、ともすれば痛みを覚えるような、冷たい声がかかった。さく、さくと間隔の空いた、静かで落ち着いた足音が、着実に近づいてくる。
「ウラノス、なかなか頑張りましたわね」
「どういうことだ」
穹は振り返ることが出来なかったが、クラーレは振り返った。両目は呆然と見開かれ、声は動揺で強く震えていた。反してネプチューンの声は、冷然たる態度のまま変化が無い。
「今まであなたが寄越してきた毒液を分析し、それを元に耐性ある素材を開発致しましたの。時間はかかってしまいましたが、これほど効果があるとは思っても見ませんでしたわ。
珍しくやる気を出したウラノスの実力にはやはり目を見張るものがありますわね。
“あああ……。ベイズム星人の毒液……。くくくく……”って研究中ずっと不気味に笑っていたのには不快感を覚えましたけれど」
「そうか、あいつが……」
クラーレが拳を握りしめた。顔を伏せたため表情はわからないが、悔しさが全身から滲み出ていた。ううう、と噛みしめた口から声にならない声が漏れている。
「……俺は、役立たずのままなのかよ……」
「言わないで、クラーレさん!」
片方の手を拳に変える。力いっぱいシールドに叩きつける。
青い壁は飛んでいき、目の前にそびえる人形に当たった。大きく重い音を立てた後に残っていたのは、軽くひしゃげた銃の姿だった。
だが、発射口は半分程使い物にならなくなっているものの、残る半分からはまだレーザーを放とうという動きが見られていた。
「そんな言葉、もう絶対に言わないで下さい!」
発射される前に、無理矢理中央突破する。ハル達を守るために、穹が列の一番後ろに回る。
背中にレーザーがびしびしと音を鳴らして当たったが、痛みを無視した。
走りながら虚を突かれた顔をしていたクラーレが、ふっと自嘲的に笑った。
「だな。今、んなこと言ってる場合じゃないよな」
「……気持ちは、よくわかりますけれど」
だからこそ言わないでほしかった。クラーレは皆にとって、必要とされている存在なのだから。だが、自分は誰の役にも立っていないのでは。そう感じる気持ちは、息苦しい程共感できる。
クラーレが訝しむように眉根を寄せた時だった。
「わかった!」
ハルが声を上げた。パソコンの画面から顔を逸らさないまま、指を真っ直ぐ指す。
「時間がかかってすまない。エネルギー発生源が判明した。これを破壊すれば、間違いなく山を覆う壁も消える! これを見ればわかる通り」
「いやわからねえよ!」
画面を見せてきたが、走っているので落ち着いて見ることができなかった。ハルの話を聞くだけで精一杯だった。その気持ちを、クラーレが一言で片付けてくれた。
「では私が案内する! しかし急いだほうが良い。この発生源の物体は、かなり早い速度で移動を続けている。恐らく山から出ようとしている。脱出されれば、私達は……」
「おい、言うな!」
大声でクラーレが遮った。だが、ハルの言わんとしていることは、しっかり伝わった。
氷を受けていないのに、一気に体の芯が冷えていった。
壁に阻まれ山に閉じ込められ、逃げられなければ消耗していく一方。その先に待ち受けるものは、一つしかない。
自然と視線が下を向いていく。交互に動く自分の足のみが、映り込む。
「頑張ります。頑張ります……」
守れるのは自分だけ。自分が、やり遂げるしか無い。しかし、出来るのか。自分などに本当に出来るのか。役に立てないまま、負けたら。
「ソラ。今考える事は一つだけだ。とにかく走ること。他は何も考えるな」
言葉が心に刺さる感触があった。それは痛みを伴わず、水のようにすっと染みこんだ。見ると、並んで走るハルが、一つ頷いた。
ばん、と背中に痛くない衝撃を受けた。穹の背中を無表情で叩いたクラーレの頭から、シロが尻尾を振りながら「ピ!」と鳴いた。僕もいるよ、と言いたげに。
「俺もついてる。ソラは一人じゃない。抱え込むな!」
「何か起きたとしても、それは決してソラの責任ではない!」
両側から声をかけられる。はい、と返事をしようとした。なのに口がわなないて、声を出せなかった。悲しくないのに、涙が出そうだった。
「で、その発生源は今どこにあるんだ?!」
「それが、かなり早いんだ。もう中腹は過ぎている。かと見ればぐるぐる回ったり、奇妙な動きをしていて位置をしっかり特定できない。姿形が人形の可能性が高そうだが……」
「どのみち、こんな目印のない山を探すだなんてな……」
クラーレが憎々しげな目線を周囲に投げる。
「だから、とにかく後を追おう。私が先導して」
視界を、細長い光線が走った。目にした瞬間、全員の足が止まった。
穹は辺りを見回した。立ち止まった場所は、開けた場所だった。
木々の間隔は空いていて、なのに背が高い樹木に囲まれているせいか、あまり陽の光が差し込まない。
右手側が上り坂、左手側が下り坂と勾配になっているが、角張った小さな石などは転がっていても、身を隠せそうな大きめの岩や傾斜はない。
なぜだか胸がざわざわと騒いで、落ち着かなかった。
直後、正解だと言わんばかりに、体に痛みが走り抜けていった。
氷が当たっただけのはずなのに、杭で貫通されたような冷たさと痛みに襲われた。すぐにバリア展開した体を、嫌な予感が覆い尽くしていく。
バリアに無数の閃光が当たった。その間隔の無さは頂上の時と違い、瞬きの合間にバリアにヒビが入っていく状態だった。
尋常で無い速度であっという間に亀裂が入るバリアの向こう、右手側の傾斜の上から、ゆっくりと何かが姿を現した。
木の陰から、岩の影から。先程山道で出会った人形のように、大きめの銃を従えた人形達が、近づいてきていた。
真っ二つに割れている人形の顔は、どれも微笑みを浮かべたデザインをしている。笑顔の人形が、金属の音を響かせ歩み寄る。
「ここを通るだろうと思ってましたので、特別仕様のものを用意しましたわ」
レーザーの発射される音は耳をつんざくような高い音だった。前後左右を取り囲んで、不協和音と化し何も聞こえなくなってくる。しかし、その静かな声はしっかりと耳に飛び込んで来た。染みこむように。
少しだけ首を後ろに向けると、背後に植わる木の上に、傘を持ったネプチューンが舞い降りた。
「射程は山頂の時よりも劣りますが、破壊力は段違いでしてよ。耐久力もありますが、その分素早さが下がってしまうんですの」
ガラスが粉々に砕け散るような音が辺りに響いた。頂上の時のバリアが割れた時より更に高く、大きな音だった。
隙を見逃さず、人形達が発射する光弾が直撃した。
体ががたがたと震えた。歯と歯が噛み合わなくなった。何よりも痛かった。皮膚を通り越し、骨全体がじりじりと痛かった。
だが穹は、力が自然と抜けていく拳を、握りしめた。
もつれそうになる足を動かし、一番近い場所にいた人形のところまで駆け寄った。
ベルトの部分に下げていたフライパンで思い切り殴りつけたが、がごんと鈍い音に阻まれ、銃に弾かれた。
握りしめていた拳で思い切り上から下へ叩きつける。当てた瞬間、ちょうど放たれた光弾が、至近距離で手に当たった。
人形の銃が使い物にならなくなった時には、穹の手の感覚も無くなっていた。開きっぱなしのまま動かない手は凍えるばかりで、使い物にならない。
別の人形が二体近づいてきた。銃口がこちらを向いていた。
穹は残る武器である足で回し蹴りを見せ同時に薙ぎ払おうとした。
堅く確かな手応えと共に銃を壊せたが、光弾が放たれるほうがわずかに早かった。
足が撃たれると、まるで他人のそれであるかのように、感覚が消えた。
近くに転がる石の影から、別の人形が姿を現す。
足を組み替えている暇は無かった。感覚のない足に力を入れて蹴ろうとしたが、蹴った先は空中だった。
標的にはわずかに届いていなかった。
穹は大きく体を崩し、その場に倒れた。瞳の虹彩に、銃の黒光りが映る。視覚が、二つに割れた人形の笑顔を捉える。
目の前を走り去ったのは、光弾の輝きでは無く、赤い線だった。
がんと音を立て、矢尻が人形の頭の側面に直撃する。
しかし、突き刺さった場所は、誰の目から見ても浅かった。人形は全く動きを止めず、弾倉の奥の空間に光が集まっていく。
光弾が発射される直前、なんとか体を転がして避けた。
こちらに照準を当て直す前に、いまだ感覚が戻りきっていない手で力を目一杯叩きつける。銃が壊れたのを確認し、一旦引いて間合いを取ろうと背を向けると、そこに幾つも氷が当たった。
背後に迫り来る人形達に向かって、もう一度弓矢が飛んでくる。だが聞こえてきたのは、明らかに矢が弾かれたとわかる音だった。
「くそっ、駄目なのかよ!」
矢をつがえたクラーレが吐き捨てた。怒りよりも悲しみ、悔しさが勝っている表情だった。同時に、残っている怒りが、クラーレ自身に向けられたものであることもわかった。
「ピイイッ!」
クラーレの頭からシロが飛び立った。体を垂直にさせ、ぱたぱたと翼をはためかせながら高度を上げる。ぱかりと開いた口から現れたのは白い光だった。
飛び出した光の中に、人形達が包まれる。光が消えた時には、人形の姿はどこにもなかった。人形と銃の残骸と、そしてえぐれた地面しか残されていなかった。
「下だ、ソラ! 下には人形達の反応は少ない!」
腕を掴まれ、強く引っ張られる。ハルに連れられ、傾斜を下っていく。遅れたクラーレ達を呼ぼうとしたときだった。遠くの方に、山の中にあるには明らかに不自然なものが飛び込んで来た。
真っ赤な着物を着た一体の日本人形。顔から下が真っ二つに避けており、そこから黒く光る大きな物体が飛び出している。
銃とは違った。大きな一つの穴のみで、大砲を思わせる。
「行動は全て読めていますのよ。どこまで強情を張るおつもりですの?」
穴から何かが飛び出した。凍てついた空気を纏わせた巨弾が、真っ直ぐ飛んできた。
「ハルさんっ!!」
その軌道上にいた存在を、穹は突き飛ばした。直後、大砲から撃たれた弾が、眼前を覆った。強力な冷気は体を軽く後ろに突き飛ばし、全身を包み込む。
「がはっ……!」
「ソラ!」
「おい、ソラッ!」
「まあ、よく耐えましたわね。普通なら気を失うくらいまでにはいくのですが」
もはや寒さは感じなかった。体中が痛かった。ずっと刃物で刺されているような痛み。
熱さすら覚えるのに、体の震えが止まらない。酸素を求めているのに、口から上手く息を吸えない。内蔵そのものが揺れ動いている感覚がする。
地面でただ打ち震えるしかできない穹に、ハルとクラーレが駆け寄ってきた。その合間を縫って、雪よりも冷たい声が降ってくる。
「これを食らったとて、ハルは壊れたりはしませんわよ。そうでしょう?」
「確かにそうだ。……否定しない」
「おまけに痛みも感じないのですわ。そんなロボットの為に、どうして体をお張りになるのです?」
がしゃん、という音に穹は頭を上げると、前方で人形の大砲が回った。装填の準備に入ったとわかる動きだった。体を起こした。だが、四つん這いの状態から先に行けない。四肢が痙攣して使い物にならない。
「……理由、一つ、だけ」
結局立てなかった。だから後ろ足で地面を蹴った。腹ばいに近い形で駆けた。
「役、に。立ち、たいからっ!」
拳を大砲に振り下ろした。ありったけの力を込めていた。人形は大きく後退し、背後に生えていた木に激突して、動かなくなった。
穹は、その場で動けなくなった。手から、込めていた力もろとも何もかも抜けていった。蘇る寒さを、少ない日向に当たることでなんとか紛らわせようとする。
力を保つことが叶わず震動するばかりの背に、手が一つ置かれた。堅く温かくないのに、冷たいとは思えなかった。
「すまなかったソラ。分析出来なかった。本当に、本当にすまない。私の責任だ」
「いい、え。どう、か、気にしないで、下さい」
顔を覗き込むハルと、ココロと目が合う。とても心配そうな目になっていたから、笑顔を作って見せた。
「僕、役に立ちたいんです。今頑張らないで、いつ頑張るんだって、思うから。無事で、良かった」
「いや、今は頑張るときでは無い。これ以上無理をするのは危険だ」
「けど」
「……随分と、お気に入りのお友達を壊してくれましたわね……」
肌が粟立つ。振り返ると、いつの間にかネプチューンが枝から下り、近寄ってきていた。ゆったりと歩み寄るネプチューンの瞳に、容赦の無い怒りの光が宿っている。
穹とハルを庇うようにクラーレが間に立ち、弓を構えた。放った矢は、ネプチューンが撃った拳銃の弾により、威力を相殺された。
「ハル、どうすりゃいい?!」
軽く舌を打ったクラーレが、ネプチューンから目を逸らさずに問う。ハルは考えるように顔を伏せたが、そんな時間は与えないとばかりに、ネプチューンが微笑を浮かべた。
「残念でしたわね。早く降参しておけば、痛い目に遭わずにすみましたのに」
がさがさ。何かの音が立て続けに聞こえてきた。それは落ち葉や土を踏む音だったり、草木をかき分ける音だったりした。同時に耳に届くのは、金属が動く音と機械が動く音。
岩陰、木の陰、木の葉や茂みの裏。近くや遠く、四方八方に位置するそれらに紛れて、きらりと光を反射させるものが見える。囲まれている、と思った、刹那。
「お友達は、まだいっぱいおりますの」
氷の銃弾によって作られる弾幕が、穹達を包み込んだ。いっせいに飛んできた弾丸が、退路も進路も全て奪う。高い発砲音、低い着弾音。
自分に当たる銃の音よりも、自分以外に当たる銃の音の方が、ずっとずっと大きく聞こえた。
光弾に当たったシロが苦しそうに鳴き、それを庇ったクラーレも呻き声を上げた。
小刻みに震える両手で、三度目のバリアを展開する。しかしそれは、薄い色をしていた。案の定、瞬きを一つ行った間に、バリアにヒビが入った。大きかった。
こんなことをしている場合では。穹は俯いた。気を抜けばすぐに力が抜けそうになるのを、ぎりぎりの線で保っていた。
こんなことをしている場合では無い。エネルギーの発生源の元まで行かなくてはいけない。守らなくてはいけない。役に立たなくてはいけない。だが、もう。
指先の感覚が、少しずつ消え失せていく。
「今見たら、エネルギー発生源が移動していた」
ハルがパソコンの画面を見せてきた。しかしそこには数字が並んでるばかりで、何が示されているか皆目見当もつかなかった。
「頂上に向かって移動している。なぜ急に方向転換したかは不明だが、確かなことは、またとない好機が到来しているということだ」
計算からして、あの蔵に向かっている確率が最も高い、と。ハルは続けた後、じっと穹の顔を見てきた。
「ソラ。君に向かってほしい。発生源を見つけ、ソラが破壊するんだ」
「……ぼ、僕が?!」
またバリアにヒビが入る。耐久力が底をつくことは目に見えている。無数の人形達に囲まれ、穹達に狙いを当てているこの状況には、何も変化は無い。その状況で穹がいなくなったら、ハル達はどうするのか。
「私は大丈夫だ。極度の暑さには弱いが寒さにはそこまでではない。むしろ普通の人間よりもある程度耐えられる設計になっている」
「俺もだ。ベイズム星人の皮膚は堅いんだよ。それに金属に覆われてんだ、あんまりダメージは受けねえよ。少し寒いだけだ」
ハルが頭を振り、心配無いと言う。シロが尻尾を振り、矢をつがえたクラーレが穹を見下ろす。
でも、という声は、甲高いバリアの破壊音にかき消された。発射音が、発砲音が、澄んで聞こえてくる。
今だ上手く立てない穹の体に、容赦なく銃撃が当たる。そんな穹を守るように、ハルとクラーレが穹の周りに立った。
クラーレは穹に背中を向け、ハルは穹と向き合い、軽く屈み込んでココロも同時に守っている。
「ソラにしか出来ない! 行くんだ! 私達の心配はするな!」
「俺らは大丈夫だ! 行け!」
「ピイイ!!」
発砲音にかき消されないように。ハルが、クラーレが、シロが、声を荒げる。でも、という言葉が打ち消される。
けれど、「でも」の躊躇いは胸中を激しく渦巻いていた。失敗したときに訪れる未来が目の前に浮かび上がって、心の温度が冷えていく。
大丈夫なのか。自分に出来るのか。役に立てるのか。皆を守らなくてはいけないのに。
「行きなさい!!」
「飛べえっ!!」
迷いは、躊躇いは、その声で吹き飛んでいった。穹は立ち上がった。両足に力を入れた。地面の感触が消えて無くなった。
気がついた時には、発砲音も、弾幕も、ハル達の姿も、眼下にあった。
遠ざかっていく景色に、未だに心は言っている。これでいいのか、と。引き返すべきではないのか、と。
だが穹は、前に進むことを選んだ。引き返したほうが良いか悩んでいるものの、その選択肢は自分の中に無いこともわかっていた。
ただ前を、そして上を見据え、ジャンプを続ける。青い空と、白い雲と、緑の山頂を視界に入れる。急がなくてはと、気持ちだけが焦っていく。
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