Chapter3「意思持つ人形」
phase1「アクシデント発生!」
寂しいと感じた時。弱音を吐きたくなったとき。自分の心の拠り所となる相手には、いつだって心がなかった。
どんなときも、話し相手は人形だった。彼女にとって友達は、人形のことを指した。
ネプチューンは人形を抱え上げた。顔に嵌められた作り物の瞳と、目を合わせる。
本当の自分をさらけ出せる相手。その相手は有機物でなく、無機物だった。人間でなく、作られた存在。それが、自分の心を埋めていた。
ふと天井を仰いだ。シャンデリアの光が目に刺さった。
主にアンティーク家具を取り扱う商社である実家の影響で、身につけるものも身の回りのものも、ほとんどクラシカルな雰囲気漂うものばかりになっている。人形もそうだ。
味方をしてくれたのも、支えになったのも、物を言わず、意思も持たない人形だけだった。
ネプチューンにとって、“人間”が友達になることはあるのか、それは未知数のことだったのだ。
「わああああん! ビーナスちゃん助けてえ!!」
ばーんと勢いよく会議室のドアを開け放ちざま、その向こうに座っていたビーナスに、勢いよく駆け寄った。
椅子に座っていた彼女は突然現れたジュピターを見るなり、ぎょっと身じろぎをした。
「僕におんなごころを教えてえ!」
「ちょ、ちょっと何よ! 急に何を言っているのよ!」
離れて欲しいとばかりに椅子ごと後ずさるビーナスに、ジュピターは半分程涙ぐみながら訴えた。
「さっきね……」
「聞いて下さいましジュピター! 酷いのですのよ! わたくしの発案した計画、ウラノスから“さすが子供の考える事は違う”って笑われましたのよ!」
「そ、そうなんだあ……」
だん、と足が踏みならされると、地面が揺れた気がした。それくらい、ネプチューンの苛立ちは強いものに見えていた。
「しかもですわ! 間に入ってきたマーキュリーもですね! 絶対馬鹿にしてましたわよあれは! 馬鹿にした笑みでしたわよ絶対!」
「う、うーん、それはどうかなあ……?」
ネプチューンの怒りのやり場が、抱きしめていた人形に向かう。抱える、より掴むといったほうが正しい力の込め方で、人形を両手できつく抱きしめている。
「なんなのですか一体! わたくしは、そこらの大人よりも遙かに実力がありますわ! なのに、なのにどうして皆子供扱いをするんですの!」
ネプチューンが勝手に作り上げた、主に自分の為のお茶会専用の部屋。ジュピターは何の前触れも無くそこに呼ばれた。だがお茶会をするでもなく、先程からずっとこのような調子で、怒り狂うネプチューンを宥めている。
「うーん、悲しいねえ。よしよし」
視界の下で弾む、巻かれた水色のツインテールが、妙に小さく見えた。
普段は大人顔負けの洞察力と冷静さ、先見性を持つ、聡明で非常に精神年齢の成熟した少女だが、こうしてみると年相応にしか見えない。
気がついたら、無意識の内に頭へ手を伸ばしていた。片手で左右に優しくさすると、緑色の双眸が鋭く光った。
「……ジュピター。あなたまで、子供扱いなさるのですかっ!!」
「うわあ、ち、違うよお!」
ネプチューンは怒りのオーラを称えながら、一歩前へと詰め寄ってくる。わたわたと両手を振って全力で否定を露わにした瞬間だった。
ぐう、と何か生き物の鳴き声のような音が場違いに響いた。
「あ、僕お腹空いちゃった……」
「今すぐに!! 出て行って下さいまし!!!」
半ば閉め出される形で、気がついたらジュピターは部屋を追い出されていた。
「話しかけるなとまで言われちゃったんだよ~……。何が駄目だったんだろう……」
今思い返してみてもわからない。自分のどこに落ち度があったのか。ネプチューンを馬鹿にする気持ちは一切存在していなかったのに、機嫌を悪くさせてしまった。
腕を組んでいたビーナスは、閉じていた目を信じられないとばかりに一気に開けた。
「……まさか、今のでわからないの?」
肯定すると、ビーナスの表情が強張った。その反応がよくわからず首を傾げると、それまで他人事のように机に突っ伏していたウラノスがむくりと顔を上げた。
「俺も全然わかんねえ……。もう諦めろジュピター……。俺はな、
「えっ、嘘でしょ……。ここまで女心わからない男しかいないのここには……」
ビーナスの顔がどんどん青ざめていく。仕舞いには両手で頭を抱えだした。とにかく彼女の中で、何か自分の常識と大きく外れたものを知った状態にいることはわかった。
「はあ、マーズちゃんならわかりやすいのになあ……」
「おっ、ありがとな! ……ん? いや待てそれどういう意味だ一体!!」
笑顔から怒り顔へ。あっという間に感情を変化させたマーズが、机の上に置いてあったマイクを勢いよく握りしめた。マーキュリーが慌てて制したが時遅く、既にそこには亀裂が走っていた。
「マ、マーズ、備品を壊すのはやめましょうね」
「うるせえ殴るぞ!!」
「なぜ私が?!」
「あのあの、口がうっかり、じゃ、じゃなくて、えーと、ごめんなさいっ!」
怒ったマーズは手が付けられず、どれだけ秩序を乱す要因となるかわかったものではない。それに純粋に怖いのだ。身を縮込ませながら素直に頭を下げると、マーズはまだ怒っているようだったが、とりあえず熱は収まった空気が伝わってきた。
「や、やっぱり、おんなごころって知っておいて損は無いと思うんだよね! だからビーナスちゃん、教えて!」
頼み込んだ直後、間髪入れずビーナスは激しくかぶりを振った。
「嫌! 面倒を見切れないわ! 無理! お手上げよ! もしどうしてもと言うならね、この人に教わってちょうだい!」
音が出そうな程勢いを乗せて指さした先にいたのはマーキュリーだった。彼はしばらく何が起こったのかわからない様子で体を硬直させていた後、え、と声を発した。
「わ、私、ですか?」
「あ、そりゃいいな! 適任だ! こいつ異性に人気あるもんな!」
先程まで怒っていたマーズが、にかっとした笑みを見せている。そのことに安堵しつつジュピターも、確かにマーキュリーは適任だと納得した。彼の話術の巧みさは大概の人を強く惹きつける力がある。
「ありがとうマーキュリー君~! 嬉しいなあ、マーキュリー君大好き~!」
「え、まだ引き受けると決めたわけでは……。……あ、はい、わかりました……」
「えへへー。マーキュリー君って、お話面白いし優しいし格好いいもんねえ、確かにぴったりかも~。教えてくれてありがとう、ビーナスちゃん~!」
そう言ったときだった。ビーナスは疲れたように重いため息を吐き出し、瞼を下ろした。
「いやまあ、正直あんまり勧めたくないんだけれどね。……二面性激しいからねこの人は……。本当になんで人気あるのかしら……」
ぼそっと一人言のように呟かれたが、マーキュリーは反応を示した。少しだけ背を傾け、ビーナスの顔を覗き込む。
「えー、ビーナスも大概でしょ? 男性相手には基本完全に猫被って本来の荒い気性を隠して」
「次元が違うのよ!」
振り向きざま流れるように足へ勢いよく蹴りを入れる。あっという間の出来事で、次の瞬間には床にうずくまるマーキュリーの姿があった。
痛々しい姿に思わず顔を覆う。さすがに心配になり、駆け寄ろうとしたときだ。ウラノスがふいに立ち上がった。真っ直ぐマーキュリーのもとまで移動する姿に、もしや助けるのかと感心した時だった。
「ビーナス、なんか今の蹴り凄い良かったわ……。データ取れれば、ロボットの機能が向上できるかもしれねえ……」
「あら本当?」
ウラノスは頷いたときの緩慢さと反し、鋭く指を指した。
「もう一発見せてくれ。マーキュリーそこ動くなよ」
「わかったわ。じゃあマーキュリー、ちょっとしばらくそのままでいてね」
「よし、あたい押さえる!」
「私って的ですか、的なのですかっ!!」
場が一時騒然となった瞬間だった。その空気を打ち壊すごとく、凄まじい音で会議室のドアが開かれた。
「何を馬鹿騒ぎしているんだ貴様らはっっ!!!」
「わああ、サターンごめんなさいい!」
怒り心頭のサターンに、ジュピターは反射的に謝っていた。サターンの無機質さと厳格さは、未だに慣れそうもない。
「マーキュリーが騒いでるせいでうるさい奴が来たじゃねーか、謝れ」
「は、は、はいい?!」
ようやく立ち上がれるまで回復したマーキュリーに、ウラノスの吐き捨てるような声がかかる。鋭い光を灯した紫紺の目が、そちらを向いた。
「ほう、お前が元凶か。……ネプチューンがまだ来ていないようだな。呼びに行ってこい、今すぐにだ。時間に遅れるな、一秒でも許さん!!」
「わ、わかりましたよ!」
蹴られた足を引きずりながら、マーキュリーは早足で会議室を出て行った。
自分も怒鳴られては溜まったものではないと、各自素知らぬ顔で席に戻っていく。ジュピターもはらはらした気持ちを抱えながら、自分の席についた。
時計で時刻を確認し、ふー、と息を吐き出す。
今日も、プルートからの調査報告が来る。
「姉ちゃん、これはどう?」
青いノートを開き、その中身を美月に向ける。ダイニングテーブルの向かいに座る美月は注意深い目を向けていたが、読んでいる途中で顔を伏せた。
「……全っ然駄目! 穹はね、コスパを全然考えてない! あとニーズ!」
「えええ良いじゃないこれで! 味は良いんだよ凄く!」
「材料費がかかりすぎる! これじゃ赤字にしかならないの! 駄目!」
駄目出しを受け、穹は肩を落とした。何が悪いのか、自分で見返してみても全くわからない。ここに書かれているレシピは自分の思う最良のものだし、そこに落ち度はないと感じられる。
「やっぱりこの材料は譲れないっていうか!」
「なんで変なとこで頑固なのかなあ!」
「姉ちゃん譲りだよ!」
「はあっ?!」
「まあまあ~」
のんびりとした声がかかり、場に満ちていた毒気が一気に抜かれる感覚があった。美月と共に黙ると、仲裁した本人である未來がのほほんと笑った。
「美月も穹君も本当に仲良いね~」
「……険悪な雰囲気と判断できますが」
美月と穹、両方の顔を見比べたアイが呟いた。いやいや、と未來は人差し指を立てる。
「喧嘩するほど仲が良いってことだよ~。美月は穹君が大好きだし、穹君は美月が大好きなんだから!」
「そうなのですか?」
未來にではなく、面と向かってこちらに聞かれ、穹は口ごもるしかなかった。肯定するには力が必要で、すぐ俯いてしまう。
「……なんですぐに頷かないの!」
「姉ちゃんこそ肯定しなかったじゃない!」
「ああ言えばこう言う、本当に生意気!」
「姉ちゃんはシンプルに怖い!」
「なんですって!」
「あのね、本当にもうちょっと落ち着きを身につけるべきだと思うんだよ僕は。これくらいでもいいから」
親指と人指し指を使って一ミリにもなるかならないかくらいの隙間を作る。目にした瞬間、美月の顔が怒りで染まった。
「はああなるほどねえ、姉ちゃんのことそう思ってたわけね穹は! 許さない!!」
いい、と穹へ向かって鋭く指を突き付ける。
「そんなんだったらね、穹の分のお土産買わないからね!」
思わず口ごもったのは、勢いに恐れを成したからではなかった。つい口ごもった穹に代わり、未來が手を出して制してきた。
「美月、許してあげなよ~。というかお土産は買ってあげなよ~。せっかくの修学旅行なんだから~」
その単語に、穹の体は意図せず跳ねていた。だが反応を示したのは穹だけではなかった。「修学旅行」とアイが確かめるように言った。
「ミヅキさんもミライさんも、明後日から向かわれるのですよね」
「そうだよ~。二泊三日でね~」
「そうですか。なるほど」
アイが頷いた。何かを考えるように、目が微かに揺らいだ。
「ちなみにどちらへ」
「京都だよ~! 初めて行くから、写真撮るの凄く楽しみなんだ! 美月はごはんが楽しみなのかな?」
「そりゃあね、そりゃあね……。向こうの料理で気になるものいっぱいあるんだよね。全部制覇できたら良いな!」
「それは無理なんじゃないの……?」
わざと聞こえるようにぼやくと、案の定美月は突っかかってきた。
「いちいち割って入ってくるの何?!」
「別に常識的なこと言っただけだし!」
「へりくつ!」
「……これで本当に仲が良いのですか」
アイはこちらにではなく、未來に声を掛けた。うん、と視界の端で未來が頷いたのが見えた。
再び火がつき、場が熱くなり始めたときだ。アイが電子レンジへ視線を移動させた。一秒にも満たない次の瞬間、それが甲高い音を鳴らした。
先日の新メニューの騒動以降、少しだけ日々に変化があった。アイが自宅に来るようになったのだ。そこに未來もお邪魔するようになり、美月と共に4人で過ごす時間が増えた。
主にすることは料理で、美月がアイに教える形を取っている。
先日、アイが「料理を知りたいから」と、どうか詳しくご教授なさって欲しいと美月に直々に頼み込んだことがきっかけだった。また穹も、一緒に美月に教わっている。それを聞いた未來も「楽しそう!」と集まるようになり、自然と4人で過ごす時間が増えたのだ。
美月は穹に教えるときはスパルタだが、アイに教えるときは丁寧だった。
姉曰く、アイの素質は悪くないとみているらしい。料理の作り方は作業の一つ一つが丁寧かつ緻密で、例えば計量には寸分の狂いも生まれないという。
アイ本人も美月の教え方は、「抽象的だが的を射ている。だが抽象的」とのことで、不満には思っていないようだった。
美月が穹とアイに料理を教えている横で、未來がふわふわと漂う風船のように自由に、のんびり自分が食べたいものを自由に調理している。
料理の間、そうして作った料理を4人で食べる時間を過ごす時。穹にはふいに、思いがよぎる。
ハルやクラーレにアイを紹介したら、二人はどんな反応を返してくれるのだろうかと。そう考えてしまうのだ。
アイは聞き上手だから、人との付き合いが苦手なクラーレも、もしかしたら心を開いてくれるかもしれない。
ハルはアイと似ているところがあるから、話が合うかもしれない。
ここにこの二人もいたら、もっと楽しい時間になるだろうと容易に想像できる。二人の存在は秘密であり、叶わない願いとわかっているが、ふとした拍子に夢想してしまうのだ。
それに宇宙船のリビングにアイがいたらと思うと、想像するだけで胸が弾む。
大好きな友人達と、大好きな友達が、仲良くしてくれたら。それは、そんなに幸せなことはないように思えるのだ。
今日は焼いたクッキーを食べながら、美月と未來はアイに、修学旅行の日程を言って聞かせていた。主にここが楽しみなのだ、という内容だった。アイの表情は一貫して真顔だったが、興味深く耳を傾けているようだった。
「穹、本当に留守中よろしくね。家のこととか……色々と、ね」
美月が含みある声でこちらを見てきた。意図を察し、穹は頷いた。
美月と未來が離れることは、その間敵からの襲撃を受けたとき、それだけハルを守り切れなくなる危険性が高まることになる。
事実、リスクを承知している二人は何度も、「行っても良いのかなあ」という旨のことを口にし、悩んでいた。だが聞いたハルが、「問題ない」とむしろ送り出す形を取ったのだ。
「私の存在が、ミヅキ達の生活を縛る要因になってはならない。それに、襲撃の可能性は低いから平気だ。今計算した」
この言葉で二人とも参加を決意したようだ。とはいえ、可能性はあくまでも低いだけで、外れることも有り得る。なので美月と未來が留守の間、穹がハル達をしっかり守らなくてはならない。改めて思うと、体がほんの少し強張った。
「何の話ですか」
「なんでもないなんでもないこっちの話だよ!」
ばっとアイが前触れなくこちらを見てきて、体が跳ねかけた。美月と共にぶんぶんと首を横に振ると、あっさりと「そうですか」と言い残し引き下がった。
「しかし、人は寂しさを覚えると相手に八つ当たりするのですね。勉強になりました」
「ま、待って、いきなり何の話?!」
「ソラのことですが。ミヅキさんと離れて寂しいのですよね。その感情が検出できましたよ」
「違うからね! 違うからねっ!!」
困惑のあまり視線をさ迷わせたときだ。にっこりと穏やかな笑みを浮かべている未來と目が合った。
「やっぱりね~」
「だから違いますから!!」
「え、何。穹、寂しかったの?」
身を乗り出してきた美月に、椅子ごと後退して拒否を示す。
「絶対に絶対に有り得ない!」
「何それ感じ悪い!!」
一気にぎゃあぎゃあと場が騒然とする。美月と言い合いをし、未來が呑気にそれを眺めている横で、ふとアイが天井を仰ぎ、ぽつりと呟いた。
「色んな感情が検出できて、言葉にし難い空間ですねここは……。理解不能です」
明日昼食を宇宙船で食べないか、天気が良ければ外で、という誘いをハルから受けたのは、修学旅行の前日のことだった。
翌日、つまり美月と未來が出発した日。宇宙船の停まる定位置まで向かうと、そこに
黙々とといった表現が似合う様子で箒を操っていたが、顔をあげ穹と目が合うと、軽く笑いながら片手を上げてきた。
「よお、ソラ」
「こんにちは、クラーレさん」
「ミヅキとミライは今日からだっけか」
「はい、そうです。今朝出発しました」
元気よく出発する美月が玄関から出て行った直後、少しだけ家の温度が下がった感触がした。周囲が静かで妙にそわそわと落ち着かず、その必要も無いのに軽く家の中を歩き回ったりしていた。
その時のことを思い出していると、クラーレが少しだけ背を前に傾け、にやり、と笑ってきた。
「こっから三日間ミヅキが家にいないわけだよな。……あれだろ、ソラ。ちょっと、寂しいんじゃないか?」
「なっ! 何を言ってるんですか一体! そんなわけないじゃないですか、ち、ちょっと!!」
「はははは! 図星か!」
お腹を押さえて笑い出したクラーレに、ますます熱が強まっていく。なんとしても彼のとんでない誤解を解かねばならないと、穹の頭が訴えた。
「む、むしろ家の中が静かで、落ち着いてるんですからね?! 自由を満喫しているといいますか、えーと」
「はいはい、わかったわかった」
軽い調子の語尾から、何一つわかっていないことは筒抜けだった。クラーレはまだ笑いながら、箒を宇宙船の外壁に立てかけた。
「じゃ、寂しい思いしてるソラのため、今日は思い切りそれを紛らわせてやるとしようか。な、シロ」
「ピイ!」
「だ、か、らっ!」
クラーレが抱えたシロも、心なしか笑っているように見える。穹はこれ以上説得するのは無理だと判断し、一つ息を零すと、視線を移動させた。
アウトドア用の椅子や机が並べられてあるのを見て、今日誘われた理由は、クラーレの言ったとおり穹の寂しさを紛らわせる為では、と思い至った。
認めたくない、と首を振る。そこを認めてしまったら、自分の体が羞恥で消失しそうな気がしたからだ。
「ソラ、来たか」
宇宙船の扉が開き、そこから現れたハルが、スロープを下ってきた。抱っこ紐でココロを抱えており、空いた両手には、黒色をした大きめのトランクが二つ握られていた。
「なんだハル、旅行にでも行くのか?」
普段あまり口にしない冗談を言う辺り、クラーレも今回のバーベキューをだいぶ楽しみに思っていることが伝わってきた。反してハルは、無感情に頭を左右に振った。
「違う。バーベキュー用品を出したついでに、キャンプキットの点検もしておこうと考えたんだ」
「キャンプもするつもりなのかよ」
「それも良いかもしれない。親しい家族と一定期間離れることで生じる精神的ストレスの緩和のため、気を紛らわせることは必要だろう」
くる、と方向を変えたテレビ頭が、穹の目線と交差する。
「ソラ、君のことだ」
「本当にやめて下さい……」
いよいよ恥ずかしさで死んでしまいそうだった。ハルとクラーレの顔を見ないように顔を両手で覆いながら、首も下に向ける。
たった三日間姉と離れただけで寂しいと思うなど、格好悪いにも程があるでは無いか。同時に、自分の為にここまでしてくれる二人に対して、申し訳なさも覚えた。
「ところでハル、何を作るつもりだ一体」
「まだ決まっていない。食料はここに入っているから、大体の物は作れるが」
ハルが片方のトランクをこんこんと叩くと、クラーレは呆れ果てたように肩を落とした。
「決まってなかったのかよ……」
「だから昼時よりも早めの時間にしたんだ。自由に考えて、食べたいものを作りなさい」
「つってもなあ……。ソラは何が食いたい」
うーん、と穹は首を傾けた。
「普通にお肉や野菜を焼いてもいいとは思いますけど……。あ、焼きそばとかどうでしょ? ハルさん、材料あります?」
「問題ない」
「よし、じゃあ決まりだな」
目標が決まったため、それに向けて動き出した。なぜ焼きそばだったかというと、最近新たに考えたレシピがそれだったからだ。他にも、バーベキュー時に使えそうなメニューのレシピをコピーし、纏めて持ってきてある。
楽しみだな、と。素直に心が弾む実感があった。前に出す足が、意図せず軽くなる。
その瞬間だった。周りの景色がぐるりと回った。視界ではなく、周囲が回っていた。
穹は振り返った。愕然と目を見張るクラーレと目が合った。ハルがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
それを最後に、目の前が闇で覆われた。
「遠隔転移装置、無事に起動。標的の瞬間移動の確認完了」
裏山のふもとに佇む一つの人影。それが目を落とした端末にはマップのようなものが表示されており、その一部分に三つの赤い点が明滅していた。
「登録した座標地点への移動、確認しました」
『お疲れ様ですわ、プルート』
端末から、声が聞こえてくる。幼いが高飛車なネプチューンの声に、はい、とアイは頭を下げた。
『今回の計画はほとんどわたくしが考えましたのよ……。あの馬鹿にしてきた大人の男どもに一泡吹かせるまたとない機会ですわっ!』
高い声から、強い興奮が検出された。アイは頷き相槌を打つ。
『今回成功すれば、二度と誰もわたくしのことを子供扱いなさりませんわよね! プルート、頑張って下さいまし! わたくしも頑張りますから!』
「わかりました」
『では、プルートも移動して下さいまし』
「かしこまりました」
通話の終了後、座標を確かめ、片手に握りしめていたリモコンのスイッチを押す。瞬間、アイの体は、その場から消えた。
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