phase6「ミッション達成!」

 来た道を引き返し、犬の部屋で別れたクラーレとも合流し、プラットホームへと急いだ。犬達が去ろうとするクラーレをずっと追いかけてくるため、三匹を撒くための軽い追いかけっこが道中挟まれたくらいで、行きよりもずっとスムーズに先を進むことができた。


 クラーレは何度も、「あいつらを一緒に連れて行くのは……できないよなやっぱり……」などと一人言を呟いては、一人で肩を落とすを繰り返していた。あいつらとは当然、犬達のことだ。


 よほど仲良くなったのだろう。それはいいと思うが、シロが心なしかずっと不機嫌だった。自分がいるからいいじゃないかと言わんばかりに、ひっつき虫のように、ずっとクラーレに甘えている。


 様子が変といえば、シロだけではなかった。穹も、先程からどこかおかしい。言葉は少なく、目線は床を向き、歩く速度も遅く、列の一番後ろをとぼとぼついてくる、という状態だった。


 ホームまで戻り、ハルが手に入れた鍵を使ってトロッコのロックを開けている最中、クラーレが「どうした?」と聞いた。

 穹は最初、曖昧に笑って誤魔化していた。だが目線を外そうとしないクラーレに折れたのか、「その」と一つ置いてから、顔を下げた。


「ハルさんはレーザーを解除して、カメラに映らない道を教えてくれて。クラーレさんは、犬の部屋で怖い犬達を懐かせて。未來さんは、鍵を手に入れて」


 穹は顔を上げると、嫌味じゃないですからねと、急に両手を顔の前で振った。その手をぐっと力強く組み、また顔を下げる。


「……僕、何も出来ていないなって。何も、役に立っていないなって」


 何を言うかと思えばそんなことかと、美月は落胆した。


「そうよ、何言ってるのよ! だからせめて、私に通訳バッジ貸して!」

「……うん」


 半ば冗談のつもりで、美月は言ってみた。こうすれば、少々むきになって、何か言い返してくるだろうと予想したのだ。だが穹は、両手を出した美月に、あっさりと自分の通訳バッジを渡してきた。


「穹君、私の貸すよ! 私、言葉通じなくても気にしないもん」

「いえ、大丈夫です。……これくらいしか、できないんですから」


 未來が自分のバッジを穹に差し出してきた。だが穹は、緩慢にかぶりを振った。口を結び、視線を上げない穹の顔が、美月にはよく見えなかった。


 これは、かなり真面目に悩んでいるのではないか。ふざけていたり、その場の空気で言っているだけではないのではないか。そう感じ取ったのだ。どこが違うのかと聞かれたら、上手く答えられない。強いて言うなら、穹の体を纏う空気の質だろうか。


 さっきまでの穹は、おどついてびくびくしていたせいか、全体の雰囲気が騒々しかった。だが今は落ち着いていて、静かだった。どこか冷たさを帯びているような。それが、逆に奇妙だった。


「穹。私だってなんの罠も解除してないし、役に立つようなことはしてないよ」


 穹は、顔を上げた。美月の心臓が、どくりと音を立てた。


「姉ちゃんは、皆の役に立っているよ。いつも周りを引っ張っている、いなくちゃいけない存在だ。一番役立っていること、自覚したほうがいい」


 穹の目には、感情の類いが一切宿っていなかった。ガラスのように無機的な瞳で、穹は美月のことを見ていた。


「準備が出来た。行こう」

「ほら、乗るぞ」

「出発だよ~!」


 ハルが呼んだ。クラーレが穹の肩に手を置いた。未來が穹、美月の順に、背中を叩いた。はい、と返す穹の目は、いつも通りに戻っていた。


 美月はその場に立ち尽くしていた。「ミヅキ?」とハルに声を掛けられ、ようやく体が動くことを思い出した。


 慌てて乗り込むと、ハルはレバーを倒した。その場ががこんと大きく揺れたのを皮切りに、トロッコは移動を始めた。


 もともとの意図が運搬用だからか、トロッコの動きは非常に穏やかなものだった。ゆっくり切られたスタートに違わず、レールの上をごとごとと進んでいく。振動はあるが、それは心地よいものだった。たまに下り坂に差し掛かると少しだけスピードが上がったが、そのちょっとのスリルが単調な動きに緩急をつけ、程よいメリハリを生み出した。


 右も左もコンクリートの壁に覆われており、景色は悪かったが、それまで怒濤のごときスピードで様々なことが立て続けに起こった為、これくらいのんびりとしているほうがずっと良かった。


 瞬間移動して、宇宙人に会って、エリアに潜入して、色々な罠に嵌まってはすれすれのところをくぐり抜け。かと思えば、恋に恋する乙女パワーが凄まじい宇宙人に出会い、また更に奥深くまで潜入して。これまで落ち着ける時間が無かったが、やっと休符がうてそうだった。


 だが、完全に心が安まらないのは、穹の存在が大きい。彼は乗り込んだときからずっと、トロッコの隅の方に座り、一言も声を発していなかった。

 あの目は、なんだったのか。気のせいだったのだろうか。美月は考えた。考えながら、弟の姿をそっと見やった。


 穹があんな目を持つはずがない。美月はそう信じて疑わないことにした。絶対に有り得ない、気のせいだと。家族だからよくわかっているという理由ただ一つを、自分が出した答えの拠り所とした。


 けれど美月の気持ちと相反するように、穹は顔を上げない。美月は、何か声をかけたいと思う一方で、それを拒否している自分がいた。


 声を掛けるのが、怖い。もしまた、あの目で見られたら。気のせいでももう二度と見たくないと思う程、穹が一瞬の間に見せた目は恐怖を煽った。なので結果、見て見ぬ振りしかできなかった。


 と。そんなことを考える美月の隣で、未來が「クラーレさん、知ってました?」と軽い調子でクラーレに話しかけた。


「実は穹君って、クラーレさんが来るまでは、私達の中でツッコミ担当だったんですよ~! たまにボケるときもありましたけど、基本ツッコミだったんです」


 クラーレは、へえと感心深げに目を丸くした。


「そうだったのか。凄いな」

「凄い……ですか?」


 自分の話題をすぐ傍で出されているので、無反応ではいられなくなったのだろう。穹がやっと、顔を上げた。


「おう、凄いぞ。言っちゃ何だがこのメンバーって、ボケに比率が偏りすぎてるからな……。身を以てわかってる……。そんな中で、よくツッコミ担当をぶれずにいられたな」


 穹は微妙な表情をしていた。褒められていることはわかるのだが、褒め言葉としてはぴんとこない、と顔に書かれていた。クラーレは、景色を覗いた。


「ま……。要するに、ソラは凄いってことだ。いなくちゃならない存在だよ」


 穹が弾かれたように、クラーレを見た。クラーレは外を向いているため、目は合わなかった。穹はクラーレの横顔をしっかりと見据え、頭を下げた。


「ありがとうございます、クラーレさん」


 うんうんと、未來が頷いていた。美月はほっと息を吐き出した。確実に安心したはずなのに、まだ心臓は、嫌な音を立てていた。



***



 食器が空っぽになったのを見計らって、ジュピターはずっと聞きたかくてたまらなかったことを、はやる気持ちを抑えながら尋ねた。


「お味はどうだった~?」

「はい。成分と栄養分の分析を開始致します」

「うわあ、違う違う~! 美味しいかってことだよ!」


 机についているプルートは、首を傾げた。


「美味しい……とは、なんですか」

「美味しいっていうのはね、この辺りがふわ~って温かくなって、ふわ~って体が浮き上がりそうになることを言うんだ!」


 心臓の辺りを両手で覆いながら説明する。普段ごはんを食べた時にいつも感じることを、精一杯言葉にして伝えようとした。だが頑張りも空しく、プルートは機械的な光の宿る碧眼で、ジュピターを見上げてきた。


「あまりにも抽象的すぎて、理解不能です」


 理論的に言い切られ、ジュピターは落胆を露わにした。


「そっかあ……。……うーん、でも美味しいがわからないと、今回の計画に支障が出ちゃうんじゃないかな……」


 もし計画そのものに繋がっても繋がらなくても、プルートに一度でいいから、美味しいごはんを食べてもらいたかった。何しろ彼女は、一番早くエネルギーに分解することが出来るからという理由で、食事はいつも燃料となるオイルを直接吸っていた。ご馳走をしようとしても、「人間の食事は効率が悪いので」との一言で断られていた。


 だが、人間の生活を教えることが、そのままプルートの業務内容に繋がる今、この機会を逃すわけにはいかない。「計画のため」と言えば、プルートは拒否せずに全て受け入れるのだ。実際、計画のためになるだろうと思う。


 先程までビーナスのところにいたようだが、その時にされたと言っていたお化粧は、プルートによく似合っていた。素材の持つ長所を完璧に引き出せている。ビーナスちゃんも僕と同じことを考えたんだろうなあ、とジュピターはのんびり思った。


「ほら、胃袋を掴むとかなんとかって、よく言うじゃない」

「ビーナスさんも、同じ発言をなされていました。“男のハートを掴みたいのであれば、まず胃袋を掴め”と」

「そうそう、それそれ~」


 同調はしたが、本当に言っていることが同じなのかどうか、ジュピターはよくわからなかった。


「味覚はついてあるのですが、美味しいはわかりません。ですが計画に支障を来す恐れが高いというのであれば、早急に修正しなくてはなりません。今からメンテナンスですので、味覚機能のアップデートを注文します」

「うん、頑張れ~!」

「ありがとうございました」


 プルートは一礼をした後に立ち上がり、もう一度お辞儀をして背を向けた。その瞬間、ジュピターは大変なことを思い出した。


「あ、待ってプルートちゃん!」

「なんでしょうか」

「ご馳走様を忘れているよ!」


 力を入れすぎたあまり、食堂中に響き渡るような大声を発してしまった。プルートは首を傾げた。


「必要でしょうか」

「必要だよ! 挨拶は大事だよ。特にご飯のはね。いただきますとご馳走様は、必ず言わなきゃ駄目! 下手をすれば、計画の失敗に通じちゃうかもしれないよ?」

「……ご馳走様でした」

「うん、お粗末様でした~」


 業務に関することなのであれば、やらない手はなくなる。理解しきれていないようだが、プルートは抑揚無く言い、ジュピターは満足げに笑った。


「プルートちゃん、頑張ってね~。もし何かあっても、大丈夫だよ。安心してね。僕が、ぜーんぶ、やっつけてあげるから。もう二度と同じことはしませんって誓えるくらい、徹底的に、懲らしめるからね~」


 ジュピターの瞳から、木漏れ日の差す林のような穏やかさが無くなり、深い夜の森のような静けさだけが宿る。それを見ても、感情の無いプルートは、何かを感じることはなかった。ありがとうございますと礼を告げ、食堂を出て行った。


 プルートを見送ったジュピターが、残された食器を片付けようとしたときだ。ばーんと扉が開け放たれ、誰かが飛び込んで来た。


「ジュピターさんっ!」

「うわあ、どうしたのネプチューンちゃん?」


 プルートにしては騒がしすぎると思っていたら、入ってきた相手もまた、先程のような荒っぽい扉の開け方をまずしない人物だった。意外な訪問者のネプチューンは、呼吸を乱していた。汗を拭うこともしようとしなかった。


「プルートがここにいるとお伺いしましたのですが?!」

「メンテナンスがあるからって、バルジに行ったよ~」

「な、なんですって?!」


 瞬時に顔色が青ざめ、はああ、と深く息を吐きながら、がっくりと肩が落とされる。


「ずっとプルートを探しているのですが、どうにもタイミングが合わなくて、すれ違ってばかりですの……」

「お疲れみたいだね~。ここで休んでくかい?」


 ジュピターの申し出に、絶対に有り得ないとばかりに勢いよく首が振られた。巻かれた水色のツインテールが、激しく揺れる。


「お時間がありませんわ! 失礼致します!」

「じゃあこれ持って行きなよ、お握り」

「いりませんわよ……ってちょっと、本当にいらないのですけれど?! もしもし?!」


 今プルートに出した食事を作ったときに、余ったごはんで作ったものだった。ネプチューンは即座に返そうとしてきたが、ジュピターはさっさと厨房に戻った。



***



 特に何事も起きず、トロッコは終点まで辿り着いた。地図を見ながら歩いて行くと、すぐに目的地である大金庫が見えてきた。いかにも大金庫へ通じる道だと一目見てわかるほど、セキュリティが厳重になっていたからだ。カメラの数もセンサーの数も、またドアの数まで違った。鉄で出来た扉が、何重にも続いているのだ。


 それらを開ける鍵は先程のようなアナログのものではなく、全てデジタルなものだった。カメラに映らないハルが先に行き、扉を調べたところ、かなり複雑な数字の組み合わせを必要とする暗証番号だったり、カードキーが必要である、とのことだった。


 それらの鍵を、ハルは難なく解錠していった。


「開けた痕跡を残さずに鍵を開けるなど造作ない。デジタルを信用しすぎるとこうなる。電子の世界は、私の世界でもある」


 ハルは鍵を開けながら言った。もはや盗賊より泥棒、それもプロのそれの言い分にしか聞こえなくなっていた。


 そんなハルのおかげで、ラスボスとも言うべき大金庫に近づいてきているというのに、驚くほどスムーズに進めた。そのせいか、幾つものドアを抜け、いよいよ金庫のドアと思しき場所まで辿り着いてからも、達成感は全くなかった。


 ドアはそれまでと異なり、天井まで届く程高く、非常に重たそうな外見をしていた。鉄のドアの無機質さと威圧感に、余裕に辿り着けたとはいえさすがに足が竦みそうになる。だが感情の無いハルには関係無かった。金庫のドアの鍵も、ハルが得意とするデジタルなものだった。あっさりとそれに近づいたハルは、何の躊躇いも見せずに解錠に取りかかり始めた。それまでと比べて時間は少しかかったが、ピッという甲高い音が反響した。


「開いた」


 まさか、と美月は思った、こんな簡単に、のまさかだった。が、疑っても現実は変わらなかった。


 ハルが開けるドアの姿を、しばしの間呆然と眺める。だがここに来た本来の目的を思い出した美月は姿勢を正すと、金庫の中へと足を踏み入れた。

 金庫と言っても、部屋と同じような場所だった。ロッカーのようなものがずらりと並んでおり、それら一つ一つに暗証番号を認証するための鍵が取り付けられている。


 もしや、このドア一つ一つを開けて、確かめていくのではないだろうか。広大な部屋にびっしりと並んだ金庫の量を考え、美月は気が遠のきそうになった。


 それは他の皆も同じだったのか、穹は顔色を悪くさせ、未來は呆けた目になり、クラーレはやや面倒臭そうに息を吐いた。と。その拍子に、ずっと抱っこされていたシロが、腕から下りた。ととと、と走って行ったかと思うと、部屋の隅に積まれていた段ボールやプラスチックの箱に突撃していった。


 案の定、もともと不安定に設置されていた箱は、衝撃によりばたばたと倒れていった。


「ちょ、シロー!」


 ただでさえ金庫の中に潜入しているのに、大きな音を立てるものではない。叱ろうと近づいた、時だった。


「ん?」


 倒れた箱は、どうやらほとんど空き箱のようだった。それに紛れて、きらりと一瞬だけ、何かが小さく輝いた。

 美月は光が見えた辺りに屈み込んだ。瞬間、あ、と大声を上げた。


「どうかしたか?」「なんだ?」「何々?」


 ばたばたと、皆が慌ただしく駆け寄ってくる。美月は、床を指さした。


 そこにあったのは、指輪だった。銀色に輝くリングに、大粒の宝石がついた、指輪だった。石は、黄色とピンクのグラデーションとなっており、非常に丁寧にカットされていた。


 摘まんで手のひらの上に乗せ、改めて眺めてみると、その石の美しさは更に明白となった。不純物を一切感じさせない、まさに透明の輝きだった。ただ眺めているだけで、石の中へと吸い込まれそうになる。


 これは、と美月は目頭を押さえた。上質の宝石をこんなに間近で、しかも触って見たことなどない美月にとって、この指輪は、逆に強い恐れを抱かせるものであったが。

 これは、盗もうと思い立つ者がいても、仕方のない代物だ。穹も、未來も、クラーレも、言葉を失った状態で、ただただ、自らの目線を、指輪ただ一つに注いでいた。


 もし無くしたら、もし汚れたら一大事だと、美月はハルに指輪を押しつけるように渡した。何か不備があった時に責任を取るプレッシャーに勝てる自信は、毛ほどもない。


「ルベラさんのなくした指輪かな?」穹が言った。


 だと思う、と美月は頷いた。他に考えられないという確信が存在した。それは美月だけではないようで、穹も一応言ってみたという風で、この指輪の持ち主がルベラである確然を抱いている目をしていた。未來とクラーレが、小さく頷いた。


「シロ、お手柄だったよ!」


 美月はシロを抱き上げ、頭を撫でた。シロはぱち、と瞬きをした。このシロがいなかったら、絶対に気づかなかっただろう。わしゃわしゃ撫でながら、どうして金庫の中ではなく、乱雑に積まれた箱の中に隠されてあったのか考えた。何かがしっくりこない。


「ハル様ーーー!!!」


 言葉ごと弾んでいるような、甲高い声が聞こえてきた。誰だろうと感じる間もなかった。振り返った先に見つけたのは、予想通りの人物だった。


 ぶんぶんと手を振りながら走ってくる、ピンク色の人影。


 足取りも声も弾ませながら、ルベラはスキップでもするように、あっという間に距離を詰めてきた。そんな彼女に、ハルは無言で指輪を渡した。ルベラは全身を石のように強張らせた。次の瞬間、光線でも出るのではないかというくらい、目が輝いた。


「まま、まさかそんなにまで大胆なことをしてくれるだなんて全然予想していませんでしたわ!! あああ心臓が痛いほど脈打っておられます! 私、このまま天にまで昇って行けそうですわ!! 謹んで、謹んでこの指輪を受け取らせていただきま」

「? これは君が無くしたものではなかったのか?」


 え、とルベラはピンク色の瞳を瞬かせ、ハルの手のひらの上に乗っている指輪を見た。一瞬眉根を寄せ、あ、と声を上げた。


「これは、確かに私のものです! 見つけたのですね……! 本当に、ありがとうございます!」


 ルベラはにこりと輝くような笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。


「用事は終わりましたので、急いで向かったのですが、既にトロッコはなくなっておりまして。別のルートを使ったのですが、もう金庫にまで辿り着いていらしたとは」

「頑張ったよー! 無事に取り戻せて、本当に良かったね!」

「はい。感謝を述べさせて頂きます。これで心置きなく、ここから去ることができますわ」


 それまで微笑んでいたルベラの目が、突然きらんと輝く。そういえばルベラの気持ちを受けることはできないのを思い出したが、何と説明すればいいのだろうか。

 美月は振り返り、皆を見た。全員苦笑するばかりで、どうするべきかは答えを出せてはいないようだった。


「それでは、戻りましょうか。長居は危険ですしね。ご案内致しますわ」


 そう言って、ルベラが歩き出そうと足を踏み出した瞬間だった。靴を鳴らした瞬間、遠くから、別のこつりという音が聞こえてきた。それは靴の鳴る音だった。その音は、どんどん近くなっていた。


「誰か来る」通路の先を見たハルが呟いた。


「え?!」

「とりあえずこちらに!」


 開けておいた金庫の扉の後ろ側に隠れることとなり、全員影に収まったのを確認すると、ルベラは慌てた様子で、急な訪問者の元へと走って行った。


 ルベラの足音が遠くなっていくのを聞いていた直後だ。ぴたり、とそれが止まった。代わりに聞こえてきたのは、息を大きく飲む音だった。


「貴方、どうしてここに?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る