phase4.1

 ルベラに案内されてエレベーターで下り、本格的に施設内に潜入したからであった。そこで目撃したエリア15の全容は、まさしく度肝を抜かれるものであった。


 まずエレベーターを下りた先に広がっていたのは、非常にシンプルな空間だった。白い天井と白い壁に覆われ、白い廊下がずっと続いている。宇宙人をこっそり捕まえて研究をしている噂が流れている割には、内装は非常に簡素なものだった。美月がぼんやりと頭に描いていた、近未来なイメージとは程遠い。


 会社みたいというのが第一印象だった。そのイメージが全く間違っていなかったことを知るのは、好奇心に駆られ、途中にある部屋の一つを見てからだった。ドアの直ぐ横に、大きなガラス窓が埋め込まれている部屋だった。美月は窓のへりを掴み、こっそりと中を覗き込んだ。


 広い部屋に、パソコンの置かれた机が並んでいた。その一室は、美月の抱くオフィスのイメージと、寸分狂いない部屋だった。コピー機やキャビネット、本棚なども見える。


 働いている人達も大勢いた。その人種は様々であったが、ルベラのように鮮やかなピンク色の髪を持っている人間は、少なくともこの部屋には見当たらなかった。

 未來が興味津々な声を出しながら、カメラを構えた。するとルベラが、「撮影はNGです」と小声で制した。


「ここは、宇宙人や未確認飛行物体が映り込んだ映像や写真を会社なので、この星の人々の夢を壊さないで下さい」


 美月は愕然として、ルベラを見た。その反応をどう受け取ったのか、彼女は「わたくしも、短いとはいえここで働いていましたから、この仕事に多少の誇りは芽生えているのです。ジュネラミナ星人は、誇りを大切にする種族ですから」と胸を反らした。


「作っている、とは……?」


 穹が聞いた。ルベラは不思議そうに頭を傾けた。


「名前の通りですわよ。世界中の、色んな所から、そういうエイリアンやUFOやらが映った映像などを作ってもらいたいという依頼が来るのです。その依頼を受け付けて達成していくのが、この会社の事業です。この星で見る宇宙人が出たとかUFOが飛んでいたという写真や映像は、軒並みここがいますわ」


 衝撃の事実を耳にしてしまった。美月は確かに自分の心が、大きなショックを受けていることを自覚した。


 今までテレビなどで見ていた、宇宙人に関する動画や写真は、作り物であったというのか。謎は謎のままが、一番良いのではないか。そう感じたのだ。へりを掴む手に力がこもらなくなり、美月は座り込んだ。


「他にも、スタジオなどもありますが、そこはフロアが別です。今は寄る必要がない場所でしょうがね」


 立ち上がりつつ、改めて中の様子を見てみた。近くに座っている人が、背中をこちらに向けた状態で、パソコンを操作していた。画面上には、3Dモデルが表示されており、どうやらそれをいじっている最中のようであった。その3Dモデルは、グレイと呼ばれる宇宙人だった。


「ここの人達に、宇宙人二人と、宇宙産のロボットがいるよって言ったら、どうなるんだろうねえ~。あ、ココロちゃんもいるから、宇宙人は三人か」


 未來の言葉に、ルベラは全くとばかりに頷いた。


「私も宇宙人なのですけれど、皆様全然お気づきにならないのです。宇宙人が、宇宙人の映っている動画や写真を作るという状況だったのですわよね」

「なんかシュールだなあ……」穹が一人言のようにぼそりと言った。


「けれど地球人は、こんなにも宇宙に対する憧れが強いのですね」


 ルベラが室内を覗いた。中にいる社員らは、皆黙々と作業をしていたり、談笑を交わしたりしており、その空気は決して悪くないものであることが窺えた。

 さて、とルベラが廊下の先を手で示した。


「大金庫に通じる道はありますが、正規のルートはもちろんセキュリティが凄まじいです。世間話の最中に仕入れました、隠しルートから向かったほうがよろしいでしょう」


 ルベラが先頭に立ち、案内を始めた。道中、何人かの職員と通りすがりそうになり、慌てて物陰に隠れてやり過ごした。美月達の存在を悟られないように誤魔化すルベラと職員の会話は、英語なので通じずわからなかった。が、雰囲気からして、ルベラはかなり、ここの職員と打ち解けているようだった。


 隠れつつ慎重に進んでいき、辿り着いた先は、給湯室だった。大金庫と全く関連性も見えないその部屋の前で、ルベラは立ち止まった。中を見てみたが、家の台所と似たような、何の変哲もない給湯室だった。


 ルベラは屈み込むと、床下収納らしい取っ手に両手をかけ、上へと引っ張り上げた。非常食などが収納されたそこは、人間が二人くらいは入れそうな狭さだった。


 ルベラはその中に入っていった。しばらくすると、がこん、という妙な音が、収納庫の中から聞こえてきた。上がってきたルベラの代わりに収納庫の中を覗くと、収納庫の床の一部分に、穴が空いていた。人一人がなんとか抜けられるか、というくらいの、四角い穴だった。


「この先に、金庫へと通じている駅があります。運搬用のトロッコがある駅ですわ。その駅に通じるルートは他にたくさんあるのですが、ここが一番監視の少ない入り口です。私も、忍び込む方法を検討していたんですよ。地図も用意してありますし。セキュリティや罠にそこまで大袈裟なものはないはずなので、スムーズに行けるかと。まあとはいえ、裏口からのトラップを受けて無事だったのですから、それと比べたら罠といっても可愛いものでしょうがね」


 ルベラがそこまで言い、苦笑したときだった。突如、それまでじっと隅の方で佇み、俯いていたクラーレが、給湯室の出入り口であるドアを見た。


「誰か来るぞ」

「え?」


 美月が耳を澄ます前に、ルベラの顔色が変わった。立ち上がりつつ、慌てた様子で収納庫の扉を閉めた。


「……近づいてきていますわ!」


 その台詞を裏付けるように、ドアの向こうから、こつこつという足音が聞こえてきた。しかもそれはどんどん大きな音となっていく。


「隠れて下さい!」

「ど、どこに?!」

「こ、こちらに!」


 ルベラが指したのは、冷蔵庫と食器棚だった。それらは給湯室の奥にあり、壁に沿って向かい合わせに立っていた。美月と穹、未來は冷蔵庫の影。ハルとクラーレは、食器棚の影に隠れ、壁にぴったりと背中を合わせた。鳴き声を立てないようにと、クラーレがシロを抱き、口周りを手のひらで軽く覆った。シロが不満そうにクラーレを見上げようとしたときだ。がちゃりとドアの開閉音が聞こえてきた。


 入ってきて、更に奥まで来られたら、見つかってしまう。その危機もちゃんと理解しているのか、ルベラがドアの前を塞ぐようにして立ったのが、こっそり覗いた美月の目に映った。


 ドアを開けた相手は、給湯室の中までは入ってこなかった。ルベラと向き合い、何やら話をしているようだった。しているよう、と曖昧なのは、相手の喋っていることがわからないからだ。相手は英語を話していた。美月は、一欠片も聞き取れなかった。


 ドアの前に立ち、出入り口を通せんぼしている形を取るルベラの向こうに、小柄な人影が見えた。金髪の翠眼で、素朴な顔立ちをしている女性だった。少なくともルベラに比べれば、大抵の人は彼女より目立つことは出来ないだろうが、特にこの女性は、会ってもすぐに忘れてしまいそうな程、地味な雰囲気だった。


 ルベラも英語で対応しているため、二人が何を話しているのかまるでわからなかった。だが早口な様子からして、ルベラはかなり焦っている模様だった。しかし詳細がわからない以上、美月はやきもきとした気分を鎮めることが出来なかった。


 せめてこの気持ちを共有しようと、穹と未來を見た時だ。二人はじっと出入り口に目を向け、真剣な面持ちで二人の姿を伺っていた。まるで二人の会話に、耳を傾けているように。そこで穹と未來が、ジルから受け取った通訳バッジをつけているのがわかった。美月は小声を心がけながら訴えた。


「ちょっと、私だけ置いてきぼりなんてずるいじゃない! 穹、貸して!」

「え、やだよ」

「はあ、姉ちゃんの言うこと聞けないっての?! じゃあ通訳をしなよ通訳をっ!」

「おいミヅキ、静かにしろ」


 クラーレの、呆れ半分、たしなめ半分といったような瞳が、こちらを見ていた。美月は謝罪を述べる代わりに、一回頭を下げた。


「あ、まずい」


 急に妙なことをハルが言い出した。次の瞬間だった。ハルの抱くココロの顔が、突如として歪んだ。口が開かれた。その中から、「ふええ……」という声が漏れ出てきた。


「……──? ──?」


 もしかしたら聞こえなかったかもという期待も抱けない程、しっかりとした泣き声だった。ルベラの会話相手は当然気づいた。ひょこっと、ルベラの体の向こうから顔を覗かせ、部屋の中を確認してきた。その目には、猜疑心が見て取れた。一気に冷や汗が流れ出た。


「──! ──!!」


 ルベラが物凄い早口で、何かを捲し立てた。給湯室内を指さし、何かを言っている相手に対し、ぐいぐいと押し出すように、事実押しながら、ルベラはその女性と共に部屋を出て行った。


 ぱたりとドアが閉められ、足音と会話が遠ざかっていく。静寂がやってきてからも、美月達はしばらく動けなかった。

 と。駆け足と共に、再び扉が開かれた。隙間から、ルベラが顔だけ出した。


「至急頼みたいことがあるのだとかで、呼ばれてしまいました……! それもかなり面倒なやつでして時間がかかりそうで……。私を探していたようで、誰かから私が給湯室に行くところを聞いたのだそうです。大変に申し訳ありませんが、私は同行することが出来ません。本当にすみませんわ!」


 何か折りたたまれた紙を、投げて寄越してきた。床に落ちる寸前でキャッチし、開いてみると、それは地図だった。


「本当に、無理だと感じましたら、すぐに引き返して下さいませね!」


 何か言う前に、ドアは閉められた。


「えーと……。私達で行く、ってことかな?」


 地図は、地下通路の見取り図だった。美月は見取り図と、閉じられたドアを交互に見た。案内してくれるはずだったルベラは、不在の状況となっている。


「だ、大丈夫かな? っていうかこれ、かなり悪い状況なんじゃ……」


 穹が青ざめた表情で言い、じっとドアを見つめ始めた。ルベラが戻ってきやしないかと一抹の期待を抱いているようだったが、そんな都合の良いことが起こるわけないと理解してもいる目だった。


「ココロ大丈夫か? 急に泣き出して」

「ふむ……。環境の変化がストレスに感じているのだろうか」


 ハルとクラーレは、何の前触れも無くぐずりだしたココロの心配をしていた。ココロは声こそ上げていないものの、またいつ泣き出すかわからなかった。目は涙で潤んでいる。クラーレは、軽くハルの肩を叩いた。


「ちゃんとしっかり抱いとけ。あんたが親代わりなんだから」

「そうだな。庇護対象の不安を取り除くのも、保護者の義務。……ココロ、ここには君の安全を脅かすような危険因子は存在しない。そういう計算結果が出力された。よって、不安を抱く必要性は皆無だ」

「待て、安心させるってそういうことじゃない気がするんだが?」


 が、ココロはハルの顔を見たかと思うと、にへっと笑った。おお、と未來が手を叩いた。


「理屈で安心するんですね~! ココロちゃん、将来ハルさんみたいな子に育つかも!」

「……なんか見たくねえなそれは……」


 クラーレの言葉に、美月は思わず吹き出した。確かにハルのように合理的で理論的に話すココロは想像できないが、見てみたい気もする。そして将来そういう風に育つ可能性が充分に高いココロの、赤子特有のかくついた動きを眺めているうちに、美月の中で決心がついた。


「よーし、行こう! 指輪取り戻してルベラと一緒にジルの元へ帰って日本に帰ろう!」

「ね、姉ちゃん、せめてルベラさんが戻ってきてからのほうがいいのでは……」

「面倒なやつ頼まれたっていってたし、多分遅れると思うよ。さあ、行こう行こう! 冒険冒険!」

「ちょっとおー?!」

 穹を引っ張りながら、美月は収納庫の中へと下りていった。



***



 狭く息苦しい収納庫が入り口とは思えない程、梯子はしごで下りた先の地下通路は広かった。床や壁は、ひび割れていたり、すすけていたりする古めかしいコンクリートで出来ており、天井には剥き出しの太いパイプが、幾つも張り巡らされていた。どこからか雫が滴り落ちる音や、風が吹き込んできているのか換気中なのかわからないが、ごーという低い音が響いている。


 大金庫に向かうトロッコの置かれているプラットホームは、通路を少し進んだ先にあった。道中には当然ながら監視カメラが設置されていたが、ハルが映り込まないルートを計測し、導いてくれたおかげで、スムーズに先を行くことができた。またもともと職員用で、更に正規でなく隠し通路であるためか、カメラの数そのものも少なかった。


 ホームに辿り着くと、そこには一台のトロッコが待っていた。トロッコというぐらいなのだから木で出来たものを想像していたが、そこにあったのは、鉄で出来た、大きめの丈夫そうな作りをした乗り物だった。安全のためだろうか、フェンスに隙間はなく、屋根までついている。運搬用と言っていたから、このような作りであるのも当然かもしれない。


「これだったら、仕切りが目隠しになるだろうし、屈み込んで乗ればレールの途中にカメラがあっても映らないんじゃないか?」


 クラーレが提案した。唯一クリアモードになれるハルがトロッコの中を覗きながら、頷いた。


「確かにそうだ。だが、駄目だ」


 え、と全員分の声が重なった。見なさいと、ハルは内部についているレバーを指さした。恐らく、アクセルとブレーキの役割を果たすものだろう。


「これでは動かない。鍵がかかっている」


 証拠を見せるように、身を乗り出し、レバーを掴んだ。奥や手前に倒そうとしても、それはびくとも動かなかった。


「どうやら地図によると、鍵は別の場所にあるようだ。そこに行くまでの道に、それなりの罠が仕掛けられているそうだ」


 ハルは地図を見せてきた。そこには、ルベラが書いたと思しき走り書きが記されていた。


「たとえ職員であっても、罠を抜け、わざわざ鍵を取りに行かなくてはならなかったそうだ」

「そこまでする必要あるの?」

「金庫に向かうためのルートだから、当然だろうな。もとい、職員は罠の解除方法を知っているだろうが。私達は知らないので、自力で見つけるしかない」


 そう言った後で、ハルはトロッコを振り返った。


「鍵がデジタルなら、私が開けられた可能性が高いが」


 確かにレバーの根元には鍵穴があり、そこに鍵を差し込んでロックを解除するらしかった。だが美月は、ハルの台詞のほうが遙かに気になった。


「さらっと言ったけど今のって、ハルさん、ハッキングができるってことかな」

「案外、ゲームで言う“盗賊”のポジションが最適なのかもしれませんね……」


 穹と未來がひそひそ話すのが聞こえてきた。ハルの意外な一面が見えた気がした。

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