Chapter6「初!海外上陸!」
phase1「初めての海外旅行?」
八月も二十日になり、いよいよ下旬に足を踏み入れた。まだまだ厳しい暑さの中裏山を登って宇宙船に向かい、船内のリビングのドアを開けたときだ。突如として目の前に白い影が現れ、思わず美月は後ずさった。白いものは、自分の顔のすぐ前にいた。近すぎるあまりそれがなんなのか、よく見えなかった。
「ピイ!」
小鳥を思わせる高い鳴き声。耳にした瞬間、はっと美月は目を見張った。
「シロ!」
白いものが、少しだけ自分から離れた。おかげで、姿をよく見ることが出来た。
シロは、宙に浮いていた。小さいながらも、竜のような立派な翼をはためかせ、尻尾をぶんぶんと振っていた。
「驚いたか?」
シロの後ろから、クラーレが現れた。いつも無愛想な面持ちだが、この時はうっすらとだが、優しげな笑みを口元に浮かべているように見えた。
すっかり驚いた顔をした穹が、シロの目線に合わせて姿勢を下げ、「元気になったの?」と尋ねた。その質問は、代わりにクラーレが答えた。
「シロな、すっかり回復したんだよ。おまけに、飛べるようにまでなってた。まだ、長時間は疲れるようだけどな。寝床から出した瞬間に飛んだときはさすがに驚いた」
「わああ、凄い! シロ! こっち向いて! 記念撮影です!」
はしゃぎながら、未來がカメラを構えた。床に膝を突き、下からシロを撮る構図を取る。シャッター音が何度か切られる音がした後だった。シロがすっと動き出した。鳥のような、とまではいかないまでも、危なっかしい様子もなく、きちんとした綺麗な飛行だった。
そのような飛び方をしながら、シロは美月に近づいた。腕の中に着地し、緑色の目でこちらを見上げてくる。美月は、シロのもふもふの体を、思い切り抱きしめた。
「シローーー!! 良かったあああ!!」
「ピイ、ピイ!」
シロを抱きしめたままぐるぐる回る美月を、穹は苦笑混じりに眺め、未來はカメラを構えた。クラーレはすっかり呆れた目をして、声を上げた。
「こら、優しく扱え!」
「だってだって! ……ん? クラーレ、後ろに何背負ってるの?」
「え、は、いやこれは……」
途端に狼狽を露わにした。クラーレの体には紐が巻かれてあり、それで背に何かをしょっているようなのだ。未來がいつの間にか後ろに回り込むと、「あ!」と高い声を出した。
「ココロちゃんだ!」
「ええ?!」
「クラーレさん、一体なんで?」
美月と穹が聞くと、クラーレは顔の半分を手で隠した。わずかに顔が赤くなっている。背中を隠したそうにした瞬間、ココロの「あ~う」という小さな声が聞こえてきた。
「ハルに頼まれたんだよ、用事があるからココロ見ていてくれって……。ああもう、こういうの本当は慣れてないってのに……」
「ハルに? 今何しているの?」
「なんか、実験だとかなんだとか言ってたな」
実験とは。美月は更に聞こうとした。その直後のことだ。
どかーーーん!!!!!!
部屋全体を震わす、破裂音。爆音。それが、耳をつんざき、頭から突き抜けていった。美月は体を縮こませていた。穹も未來も同様だった。クラーレだけ、背中のココロを手で抑え、しゃがみこんでいた。
「い、今のは何っ!」
穹が青ざめた顔で叫んだ。未來は音がしてきた方向である、上を向いた。そこから更に右、左へと視線を移動させている。
「見に行こう!」
美月は部屋を飛び出した。皆がついてきていることは、後から続く足音でわかった。
廊下を進んだ先にあった階段を駆け上り、二階に出たときだ。あの音は、二階が発生源だとすぐに理解できた。
廊下の奥。その一室から、灰色の煙がもうもうと立ちこめていたからだ。その部屋のドアは吹っ飛んでおり、ひしゃげた形になったそれは、ごろんと床に転がっていた。
まさか火事ではないかという予感が掠めたときだ。その煙の中から、ゆらりと人影が現れた。美月は目を疑いながら、人影の名を呼んだ。
「ハル?!」
「ミヅキ、来ていたのか。ソラもミライも、いらっしゃい」
「いらっしゃいじゃないですよ! どうしたんですかハルさん!」
遅れて来た穹が大声で言った台詞に、美月は何度も頷いた。さっきハルはいらっしゃいと言ったが、どう見てもそんな呑気な状況ではなかった。
ハルの体中に黒いすすや汚れがついており、見るも無惨な姿になっていた。頭のテレビ画面も曇っていたが、幸い割れてはいなかった。そのハルは珍しく、いつものトレンチコードではなく、白衣を羽織っていた。もちろんその白衣も、多くの面積が黒色に汚れていた。
「おお~! ハルさん、白衣似合ってますねえ! はいチーズ!」
カメラのファインダーを覗く未來の目は輝いていた。シャッター音と同時に、「言ってる場合か!」とクラーレが突っ込んだ。
「あんた、一体何をしてたんだ!」
「空間転移装置の実験だ。だが失敗した。こんな爆発が起きる可能性は低く、よって被害を想定していなかったが……。今後は、見直す必要があるな。まあ、規模がこの程度でとどまりよかった」
「いいわけあるか! もし宇宙船が吹っ飛んで、皆に何かあったらどうすんだ!」
「申し訳ない」
「ま、まあまあ、二人とも落ち着いて……」
穹が割って入り宥める。美月は、いまだに煙が吹き出ている部屋を覗きこんでみた。まだ煙の色は濃いが、部屋に置かれているものの影は視認することが出来た。
「空間転移装置って?」
「わかりやすく言うならテレポーテーションが出来る機械を作ろうとしていた。もしダークマターが直接宇宙船に乗り込んできたとき、逃れられるかもしれないと。有効的な油断と考え制作に当たっているが、どうも上手くいっていない。作り方はわかるが、本来人数と時間をかけて作るものだからな。
今回成功する可能性が最も高かったが、最後の最後で失敗した。むろん、高いと言っても、算出されたのは三十%弱の確率だったが」
「結構低めですね~」
未來の言葉に、ハルは首を振った。「それでも、やらないままだと結局0%なんだ」
と、頭を部屋のほうに向けた。煙の量はだいぶ落ち着いてきていた。それを確認したハルは、一つ頷いた。
「そろそろいいな。修理をしなくては」
ハルは部屋に入っていった。残された美月達には、もうここにいる理由はない。だが、なんとなくリビングに戻る気分でもなかった。なので美月は、部屋の中に入ってみることにした。穹も未來もクラーレも、そうすることにしたようだ。ふよふよと飛びながら、シロもついてきた。
部屋の中は、モニターやサーバーなどの他、SFの世界でしか見られないようなサイバーチックな機械が、ずらりと並んでいた。壁にはたくさんのスイッチやボタンがついた機械がいくつも掛けられてあり、床には、様々な色をした太いコードや配線が張り巡らされていた。その配線の行く先、部屋の一番奥に、一つの機械が置かれていた。
一見、試着室のような見た目だと思った。よく似ているが試着室ではないとわかったのは、そこからいくつものコードが伸びてあり、すぐ傍に置かれている重々しい見た目のパソコンに繋がっているからだ。試着室によく似た姿を持つその機械からは、至る箇所から煙が湧いていた。
「これが空間転移装置だ。見ての通り、壊れている」
パソコンの前にいたハルが、幾つかキーボードを叩きながら説明した。いつの間にか白衣が脱がれてあり、いつものトレンチコートを着ていた。
「簡易的な空間転移は、やはり更なる高度な技術が必要か。とはいえパルサーのトラップを作るよりは、まだ現実的なほうではあるのだが……」
「パルサー?」
知った単語に美月が聞き返すと、ハルは頷いた。
「パルサーを捕まえる為のトラップの制作は、空間転移装置を作るよりも遥かに難しいんだ。なので空間転移装置の制作を優先しようと判断したのだが……これはもう修理ではなく、内部を一から作り直すべきだな……」
腕を組み、テレビ画面に映る口から、ぼそぼそと何かが呟かれ出した。何と言っているのか聞き取れなかったが、所々に数字が出てくるのはわかった。美月は穹と未來と顔を見合わせ、肩をすくめ合った。
「……なあ、おい」
じっと、空間転移装置に視線を注いでいたクラーレが、かすかに震える声を発した。
「この機械、様子がおかしくないか?」
「え?」
どこが、と機械を見たときだった。美月は口を開け、固まった。
装置の至る所から、煙が出ていた。灰色のものではなく、真っ白い色のものだ。まるで沸騰したやかんのような甲高い音を鳴らしながら、蒸気を噴出している。更に蒸気と共に、光が断続的に吹き出てきていた。加えて、妙な音も重なった。ハルの操作するパソコンからだった。少し聞いただけでエラーが起こっているとわかるような音が、やかましく鳴り続けていた。
「あ、まずい」
相変わらず感情の無い声で、ハルがぽつりと呟いた。瞬間。
光が一気に強くなった。煙が増した。光と煙が、あっという間に部屋中に充満していく。美月の体も光に包まれた直後。両耳が、激しい爆発音を捉えた。
光が見えていたのはそこまでだった。後は、次第に視界が、闇に覆われていった。美月の意識は、そこで完全に途切れたのだった。
何かが頬を撫でた。正体が風だとわかってから目を開けるまで、それなりの時間を要した。
美月はゆっくりとまぶたを上げた。一番最初に視界に飛び込んで来たものは、青い空と、そこに浮かぶ白い雲だった。形も大きさも様々な雲がある。ここはどこだろう。そう思いながら雲をぼんやりと目で追っているうち、なぜかふと、微弱な違和感を覚えた。
どこに、と聞かれたら、答えられる自信は皆無だ。だが強いて言うのなら、空と雲に、だろうか。いつも見ている青空と、何かが違う気がするのだ。
抱いた違和感について考えを巡らせるうち、次第に目の焦点も意識もはっきりしてきた。しっくりこない感覚を気のせいだと片付け、上半身を起こしかけたときだ。
「ミヅキ、気がついたか」
ひょこ、とハルが顔を覗いてきた。しかし美月は答えるのも忘れ、ハルの背後を大きく開いた目でじっと見てしまった。クラーレに穹、未來がただならぬ表情で立っていたからだ。
クラーレは困り果てた、というような感じだが、穹に至っては、顔面蒼白の単語が相応しい表情をしていた。未來は、きょろきょろと辺りを見回し、どこか落ち着かなさげだった。クラーレの頭の上に乗るシロと、ハルに抱っこされているココロだけが、いつも通りだった。
「こ、ここ、どこ?」
宇宙船の中にいたはずなのに、なぜ外にいるのか。ここはどこなのか。そうだな、とハルが軽く周りを見る。「緯度と経度を計算すると……」
「それよりも、あれを見たほうが早いと思う」
穹が話を遮ると、控えめに指を指した。その先を辿ってみると、目の前に、何やら奇妙なものが立っていた。木の棒に黒い箱が取り付けられており、まるで郵便ポストのような佇まいをしていた。
あれが何。そう尋ねようとしたときだ。美月の頭の中で、何かが明滅した。思いついた、あるいは思い出したというべきか。
美月は立ち上がり、辺りを見回した。記憶違いを起こしていなければ、ここは。
「エリア、15……?」
地の果てまで続くかと思うような、先が霞んで見えない程伸びるアスファルト道路。茶色い草が生えた地面。荒野を自然と連想させる大地。その向こうにそびえる山々の影。遮蔽物のない広々とした地の上を真っ青な空が、地平線の果てまで広がっていた。
「じゃあ、ここってまさか」
うん、と穹と未來が頷いた。
「……アメリカ?!」
へえ、と漏らしたのはクラーレだった。
「地球の、他の国に来たのは初めてだな。そうか、ここはアメリカってところなのか」
「それどころじゃないよ!」
さすがに地球に来たばかりのクラーレは、そこまで動揺していなかった。だがこちらとしては、冷静でいられない。アメリカなど、美月は来たことがない。なのに今この状況では、見知らぬ異国の土地に、ぽんと放り出されている。
「ハハハ、ハルさん、早く戻りましょう! こここ、これって不法入国にあたりますよ、まずいですって!!」
穹ががたがたとハルを掴んで揺らした。が、ハルは冷静沈着な響きで、「無理だ」という一言を言い放った。
「そもそもあの空間転移装置は、ダークマターが船内にまで襲撃したときに使う、いわば緊急用の脱出装置。移動した後、元の場所まで戻ることは出来ない。要するに、片道だ」
つまるところ、とハルがココロを揺らしながら、なんてことの無いように言う。
「日本には、自力で戻るしかないということだ」
衝撃が絶望を帯びて、頭上に落下してきた。「え゛っ」という妙な声が、開いた口から出てきた。ちゃんとした声になる前に発せられてしまった、“音”だった。
「嘘だあーーー!!!」「そんなあーーー!!!」
美月は穹と共に、頭を両手で抱えるというそっくり同じポーズを取り、その場に崩れ落ちた。立っていろというほうが無理だった。
「どどど、どうやって戻ればいいの!!」
「飛行機だな、現実的に考えるのならば」
「お金ほとんど持ってきてないのよ?! 穹は?!」
「ぼぼ、僕もだよ! だってこんなことになるなんて全然思ってなかったし!」
「クラーレはどうだ?」
「あるわけないだろ」
「ならば、交通手段は使えない。とすると、忍び込むか歩くかだな」
「密航?! 私達にこの歳で密航をしろと?!」
「駄目だ。なら、歩いて帰るしかない」
「無理!!!」
「だな。どのみち途中太平洋があるから、船を使わないと帰れない。つまり結論を述べるなら」
一呼吸置いた間に、ココロが「う~」と、上機嫌そうな声を発した。
「私達には帰る手段がない、絶望的な状況ということだ」
ハルの淡々とした物言いは、逆に軽い口調に聞こえてならなかった。美月は天を仰いだ。
「どうすればいいんだーーーーー!!!!!」
声は空に上昇していき、やがて溶けていった。叫んでも、天の助けが現れるでもなく、元の場所に帰れるわけでもなく。乾いた風が、冷やかすようにひゅうと吹き、通り過ぎていった。しかしそれだけで終わらなかった。
「……ミライ、どこ行った?」
クラーレが言った。それで美月は、今この場にいない人物がいることがわかった。さっきまでいたはずの未來の姿が、影も形も見当たらない。
「みっ、未來ーーーーー!!!!!!」
砂漠のような、外国の大地。ど何回三百六十度見回しても、未來の姿は残像すら見えない。もはや、パニックに陥るしかなかった。
「わああああどうしようどうしようどうしよう!!!!!」
「ピッ、ピイイイイ!!」
「おい、これ本当にやばいんじゃないのか?!」
釣られてパニックになる穹とクラーレとシロを、宥める余裕はなかった。
どこに行ったのか。まさか誘拐されたのではないだろうか。美月の脳裏に、エリア15の有名な話が勝手に思い浮かばれる。宇宙人を捕らえ、実験などをしたりしているという噂。未來が異星の生まれであることを気づかれ、連れて行かれたのでは。またそれとは関係無しの誘拐か。まさか消えたのか。
現実的な想像も非現実的な想像も次々に浮かんでくるが、そのどれもが軒並み不吉で、強い不安に繋がるものばかりだった。美月はますます混乱した。
「ミヅキ。ソラ。シロ。クラーレ。落ち着きなさい」
無機的で、静かなな声色。ミヅキは口を閉ざした。皆まだ焦っているようだったが、それでも先程のパニックは鎮火した。
ハルは軽く周囲を見、頷いた。
「サーチをかけたところ、この近くにミライの生体反応を捉えた」
安堵が広がっていったのも、束の間のことだった。
「が。ミライの近くに、誰かいる。登録していないので詳細はわからない。ダークマターではなさそうだが、確証は得られていない」
不安が、満ちていく。美月は穹、クラーレと目を見合わせ、言った。
「行こう!」
「ではこっちだ。こちらから反応がある」
ハルに案内され、美月達は外国の大地を歩き出した。道路からそれ、乾いた地面を踏みしめながら、進んでいく。少し歩いて行くと、やがて美月は人影を発見した。ボブカットの見慣れた後ろ姿をしたその人物は、こちらに気づいたのか振り返り、手を振った。
「いやあ、初めて見る景色につい興奮してしまって! フィルムがいくらあっても足りないよ!」
首から下げたカメラをいじりながら、未來は脳天気極まりなく言った。あのねえ、と美月が呆れ混じりに息を吐き出そうとしたときだ。未來の目の前に、誰か、見慣れない人物がいることに気づいた。
「あ、この人ね、たまたまここで会った、ジルさんだよ!」
緊張が走った空気を察知したのか、未來が先に紹介した。ジルと呼ばれたその人を、美月は見上げた。
黄色、その中でも山吹色というのだろうか。そんな髪色に、薄めの灰色の目が印象的だった。成人はしていそうな、若いその男性は、戸惑ったように美月達を見たが、その後すぐに笑みを浮かべ、綺麗に礼をした。
「お初にお目にかかる。先にミライさんに言われてしまったけれど、改めて名乗るよ。僕の名はジル。ジル・アルデリウス・ターフェラバイトだ」
育ちの良さそうな雰囲気が醸し出されていたが、話したことにより更にそれがくっきりとしたものになった。どこか高飛車な口調だが不快な気分にはならず、ジル本人の態度も丁寧なものだった。
美月が名前を名乗ろうとしたときだ。そうそう、と未來がうっかりしていたとばかりに手を叩いた。
「そういえばね。ジルさんって、宇宙人なんだって!」
なぜ今日という日は、こうもたくさん衝撃が降ってくるのだろう。衝撃の日なのだろうか。美月は遂に驚くことが出来なくなった。完全に言葉を失った。
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