phase5「夏の幻……?」

 ワープ空間に入った辺りで、ジュピターは宇宙船を自動操縦に切り替えた。

 今回はもともと下準備のつもりで、少数精鋭で乗り込む予定だったので、他の部下や社員はいない。


 えーと、とあまり慣れない動作で操作を行っていると、コックピット内の後ろのほうで、身じろぎする声や音が聞こえてきた。ジュピターは、背後を振り返った。


「マーキュリー君、ビーナスちゃん、マーズちゃん、目覚ました?」


 名前を呼ばれた三人は、まだ意識を取り戻したばかりで、完全に目を覚ましきっていない目をしていた。多分まだ状況を飲み込めていないのだろうと推測できた。


 床に寝かせておくのはどうなのだろうかとは思った。が、さっき入った通信相手から、この三人に早急に聞かせたいことがあるから、どんな状態であれ通信機のあるコックピットに連れて行くようにと言われていたため、仕方がなかった。


 ちょうどそのタイミングだった。通信機が、その相手からの通信を受信したことを告げた。慌てて操作を施し、ホログラム映像を出現させる。


 画面の向こうに映るその人物は、普段から寝不足の目をしているが、今は一段とそれが濃かった。それなのに機嫌が良さそうで、口元には笑みを浮かべている。睡眠不足が行き過ぎて、逆に気分が高揚している様子だった。


『やっほお……。どうだったか、テストの結果は……』


 ウラノスは座っている椅子の背もたれにだらしなく寄りかかりながら、ひらひらと片手を振った。ジュピターが答える前に、ビーナスが「テスト?」と後ろから聞いた。痛むのか、頭を押さえながら立ち上がっていた。


『最近開発に力を入れていたプログラムがあってな、それがやっと完成したんだよ……。あとは実際にテストするだけってなってな、この作戦聞いた時おおちょうどいいじゃんってなってな……。で、どうだったかあ……?』

「ええーと、新しいおもちゃの開発で。自宅でもなんでも、セットすればたちまちそこがダンジョンになって、冒険することができるものだって」


 事情が理解できておらず呆けている三人に、ジュピターは慌てて補足した。説明する手間が省けて嬉しかったのか、ウラノスは満足げに、二、三度頷く。


『そうそう。あ、一応な、クリア出来たときのご褒美もあるんだよ……。今回のもテストだけど、まあてきとーなもの用意しといたんだ……。が、お前らが持ってないってことは……。向こうか……。まあいいや。んで、あと、一番力入れた部分があってなあ……。あ、めんどい。……おいジュピター』


 投げやりな調子で指を指される。ジュピターはため息を零しながら、近くに置いてあったパネル型の小さな端末を起動した。


「はいはい……。えーと、そのおもちゃは、まあジャンルとしてはアドベンチャーものだね。普通の冒険ものも遊ぶことができるけど、モードによっては謎解きアドベンチャーを遊ぶことができるんだって。

この謎解きの“謎”っていうのが、元から内臓されてるのももちろんあるけど……。それ以上に特徴的なのが、自分達が考えて作った“謎”をセットして遊ぶことが出来るんだ。用意した“謎”によって、解き方とかも全部変わるんだよ」


 端末に映し出された説明文をかいつまんで読み上げただけだが、ウラノスはそれでよしとばかりに何度か頷いた。


『謎の解き方パターン、多すぎて作るの大変だったわ……。半分死んでた』


 その時のことを思い出したのか一瞬遠い目になり、直後思い出したくもないというように顔をしかめた。

 あっとマーズが大きな声を出した。「それじゃあまさか七不思議は……!」


『七不思議……? ああ、もともとあそこに“謎”があったわけか……。そうか、それでモードが勝手に変わったわけか。まあ都合が良かった……。んじゃ、“謎解き”はどうだったかあ? 一応お前らに合わせてイージーモードに設定してたから、楽っちゃ楽だったろ……?』


 露骨な下に見た発言に、三人の表情が強張ったことが空気で伝わってきた。皆軒並み持っているプライドが高いのだから、当然だろう。三名からの鋭い視線を受けている当のウラノスはどこ吹く風で、座っている椅子をくるくると回したりしている。


『多次元空間が上手く作動するかわからなくてな、テストしたくて今回競争モードにしといたんだが、成功したかあ……?』

「チーム戦で、どのチームが早く謎を解けるかを競うモードだそうだよ」


 すぐさま付け足すと、ウラノスは神妙に頭を縦に振り、すぐ目の前の机に置かれているキーボードをタイプした。


『データ見る限りだと、向こう側も三人いて、シャッフルされて二人一組が三つできあがった訳か……。……敵と一緒に行動かあ……。はは、うけるわ』

「誰のせいで!」「こうなったと!」「思ってるんだ!!」

『まあ気分転換になったんじゃないかあ……? だいぶ面白かったろ?』

「どこがですか!」「楽しくもなんともなかったわよ!」「全く面白くない!!」


 マーキュリー、ビーナス、マーズの順に、綺麗に台詞が続く。はいはいとウラノスは生返事をしながら、片手でキーボードを叩き出した。


『おおむね異常はないが、最後の最後でエラーが起きたな……。最後の謎のところ、光を触ったタイミングが全く同じだった。それでバグが発生してエラーが起こった訳か。ここは調整しなくちゃだな、ああめんどくさあ……』


 皆が一斉になって建物から出てきた理由はそれか。ジュピターは納得した。全員気を失うほどの衝撃を受けるとは、かなり深刻なエラーだろう。


『あとは、謎のリンクが起こったのも考え物だな……。空間が揺らいで、境界線がぼやけた。この辺も要修正かあ……。いや、このままでもいい、か……?』

「あのですね……。何を仰っているのかさっぱり……」


 控えめに挙手をしたマーキュリーに、ウラノスは億劫そうな視線を投げた。


『説明……? ……おいジュピター』

「もう……。えーと、謎と、その謎に関連したことが、起こり合ったってことだよ。皆、謎を見つけた時、何か奇妙なことが起こらなかった?」


 記憶を探るように、三人とも目を閉じ、考え込みだした。やがてふと、ビーナスが目を開けた。


「……一階のトイレに行ったとき、個室にボブカットの子供の人影が一瞬見えたわ」

「それは多分未來だな……。保健室に行ったとき、ストーブの前に黒い人影が座り込んでいたが」

「それは私よ! じゃあ、理科室で模型を飛ばしたときは……」

「あれビーナスちゃんだったのか?! それじゃ教室から声が聞こえてきたのは」

「それは多分私ですね」

「あんたかよ!!」


 マーズがマーキュリーに対し、盛大に突っ込んだ時だ。ビーナスが何かに気づいたように、マーキュリーを見た。心なしか、目がわずかにつり上がっている。


「……じゃあ、音楽室のピアノは?」

「あ、それも私が鳴らしたんです」

「ふざけんなこの馬鹿!!」


 どご、という鈍い音が響き渡った。あっという間の出来事で、ジュピターは呆然とするほかなかった。


 次にジュピターが見たものは、みぞおちを抑えてうずくまるマーキュリーの姿だった。そんな彼を見下ろしながら、ビーナスは拳を堅く握り、わなわなと震えている。その表情を目撃してしまったジュピターは、瞬時に冷や汗が背中を伝った。自業自得とばかりに冷めた目で見るマーズにも、ますます背筋がぞっとした。


「か、かがみ、を、わたし、が、わっ、たの、は?」


 苦悶に満ちた表情から、苦痛に歪んだ声を絞り出しながら、マーキュリーが問う。だがビーナスもマーズも、あっさり首を振った。


「鏡? 何それ。そんなところ知らないわよ」

「あたいも。というか、割ったのか?」

「はい、槍で……」


 すると女性陣は、馬鹿にしたように吹き出した。


「たかが鏡割る程度で槍使うなんてだいぶ変なことしたのね」

「無駄な力の誇示だな!! なんでそんなことしたのか考えられないぜ!!」

「共感できないわ」

「自意識過剰ってやつか?!」


 いまだみぞおちを攻撃された痛みから立ち直れていないマーキュリーに、更に容赦なく罵倒が浴びせられる。まあまあと、なんとか鎮めようとする。


「ふ、二人とも、その辺にしてあげてね……? マ、マーキュリー君大丈夫かい……?」


 お腹の辺りを押さえたままずっと座り込んでいるマーキュリーを見ると、彼はゆるゆると頭を振った。


「はは……昔からずーっとこうだからな、もうすっかり慣れたさ……」

「い、いつもの敬語が消えてるよ?」


 普段の彼には想像もつかないような、やさぐれた声を発している。何か言おうとしたところで、『まじで面白いなあ、そーやって落ち込んでたほうがずーっとましだぞ』というウラノスの通信が入り、それが決定打となった。マーキュリーは目に見えて、落ち込みを露わにした。


「俺は一体なんなんだろうな……」

「わけのわかんないこと言ってないで、邪魔だからさっさと立ってそこをどきなさいよ」

「……所詮俺は、気を抜けばいつも損な役回りが巡ってくるんだな……」

「ちょっと、いつものノリはどうしたのよ……。暗い声出しちゃって柄にもない」


 そこでビーナスは何かを思いだしたようだった。「声といえば」と、ホログラム画像に映るウラノスに向き合う。


「光に触ったときに聞こえてくる変な声、あれは何だったのかしら?」

『ああ、あの声? あれ俺……。合成してるけど俺の声収録してる』


 マーズが合点がいったように目を見開いた。


「だからどこか聞いたことがある声だったのか……!」

「どうりで気色の悪い声だと思ったわよ!」

『わー傷つくわー……』


 全く傷ついていないような声だった。頬杖をついていた手が、おもむろに親指を立てたポーズに変わる。


『とりあえず俺がまじで頑張った品だからなあ……。惜しみなくセールスして売り込めよマーキュリー……。……ちゃんとやらなかったら、お前の体を解剖する』

「わかりましたよ、もう……。この身を以てして体験したのです、力を込めさせて頂きますよ……。というかあなたの場合、本当に解剖されそうで洒落にならないのですよねえ……」


 画面から人差し指を突き付けられたマーキュリーが、やっと腰を上げる。ウラノスは不満げに首を傾げた。


『解剖、なんで本気じゃないと思ってたんだお前……』

「本当にやるつもりだったのですか?! 脅しでなく?!」

『機会があれば脳を隅々まで見てみたいなあって……』

「まあいいんじゃないのかしら。いっそ解剖して改造して、真人間にしてほしいものね」

「今でも充分真人間でしょうが!」

「どこがだ!」


 マーズが怒鳴ったことで、いよいよコックピット内は収拾がつかない事態になってきた。やいのやいのと背後で騒ぐ三人に、ジュピターはこっそり苦笑する。

 と。ウラノスがちらりと横方向を見た。画面の向こうでは、ウラノスの視線の先に、部屋のドアがあるのだ。


『さーて、そろそろうるさい奴が来るな……』

「うるさい奴?」


 それは誰と聞こうとしたときだった。激しく部屋のドアが開け放たれる音が聞こえてきた。ノックはなかった。また音からして、ドアにかなりダメージがいく開け方をしたのだろうと容易に予想できた。ジュピターは、自分の体温が一気に下がっていくのを体感した。


『ウラノス、貴様……!!』

『ほーらお出ましだ……』


 ウラノスは力なく口端を上げた。

 サターンは肩をいからせながら、ウラノスの傍まで詰め寄った。顔色を窺わずとも、怒っているということがよくわかる。凄まじい怒気に、勝手に体が震えてくる。


『貴様は! 命運を懸けた作戦を台無しにした! どんなに許されないことをしたと思っているんだ! 一体何を考えている!』


 ジュピターは思わず耳を塞ぎそうになった。ここまでサターンが怒鳴ることはまずなかった。それだけに、怖さと迫力は尋常でない。叱られている当人じゃなくてもこんなに肝が冷えるというのに、実際叱責を受けているウラノスはどういう心境に襲われているのだろうか。


『こっちも大事な仕事でーす……』


 が、彼もまた普通でなかった。むろん、相手もそんな口上で引き下がるような人であるはずがない。


『貴様には常識というものがないのか! どちらを優先するかなど、考えなくともわかるだろう!』

『俺はこっちの仕事がやりたかったのでえ……。っていうか作戦会議出てないから知らないしい……。プルートの伝達ミスでは……?』

『セプテット・スター専用の、高水準業務支援型ヒューマノイドのプルートがミスをするか! 貴様の頭はどうなっている!』

『天才?』

『馬鹿というのだ!!』

「あ、あの、その辺で……!」

『で、何の用だよ……。無駄話してねーでとっとと用件言えよ……』

『貴様!!!!!』

「わあああウラノス君ーーー!!」


 奥歯を噛みしめたサターンは、頭を抑えるように手をやった。


『……ウラノス、正直もう貴様には頼りたくないが、貴様の頭脳でないとできないことだ。このプログラムの作成を、至急頼む。今後の作戦に関わるものだ』

『くっそめんどくさいので明日でいいですか……。今日はだるい……』


 差し出されたディスクのを受け取らず、ウラノスは露骨に嫌そうに顔をしかめた。埃を払うときのように、手を振る。サターンの目がかっと見開かれた。


『今日できることを明日に回すな! 今やるんだ、今!』

『あああうるさいうるさい……。死ぬほどうるさい、死んでほしいくらいうるさい』

『……待て。誰が、死んでほしいというのだ?』


 音も無くウラノスが指した人差し指が示す先には、サターンがいた。瞬間、ホログラム画像がぷつんと途切れた。


「……死んだな、ウラノス」

「まあまあ面白い人だったのに……惜しい人を亡くしたわ……」

「せめて盛大な宇宙葬を行ってあげましょう……」

「あのお、勝手に殺さないであげてね……?」


 マーズが現実を噛みしめるように何度も頷き、ビーナスが両手で顔を覆って泣くふりをし、マーキュリーは両手を合わせている。


 いつの間にかジュピターの周りに集まっていた彼らは、それはそれは好き勝手にやっていた。一応フォローは入れたものの、その実ジュピターも、ウラノスのことが心配だった。


「にしても、皆だいぶ怖かったみたいだね。そんなに凄い七不思議っていうのがあったんだ、あのビル」


 しかし、まさか死んだりしないだろう。気持ちを切り替えるために、ジュピターは明るい口調を心がけながら、そう言った。だが。船内の空気と時間が、一気に凍り付く感触がした。


「え……?」

「は……?」

「なに……?」


 マーキュリーもビーナスもマーズも、全員同じように目を見開いて、固まっていた。








 ふと気がついたとき、一番に飛び込んで来たのは、いくつかの星の光だった。それで美月は、今自分は屋外にいて、しかも寝かされている状態なのだとわかった。


「目、覚めたか」


 見覚えのある黄色い瞳が覗いてきた。何度か瞬きをした後で、急速に意識が覚醒した。


「クラーレ?!」

「おう」


 体を起こすと、隣に今起きたとみられる様子の穹と未來がいた。二人とも、頭を押さえたり、ぼんやりと空を見上げたりしている。

 美月も周囲を見た。前方に校門が見えた。最後に上を向いた。星が輝いているのを見た後で、ふとある事実に気づいた。


「外だ!」


 その声で、穹と未來も気づいたようだ。目を見合わせた後、万歳と、大きく両手を上げた。


「外なんだー!」「やっと出られた!」「良かったあ!」


 勢いよく立ち上がると目眩がしたが、構わずに飛んだり跳ねたりした。呆れ混じりでその様子を眺めていたクラーレだったが、本当に良かったとばかりに、かすかに笑った。


「あれ、ハルは?」


 この場にいない者がいることに気づいた。姿を探す前に、クラーレがああ、と言う。


「ハルなら、なんか原因を探してくるとか言ってな……」

「すまない、待たせたな」


 ちょうどその時、ハルが現れた。手に、何らかのコードがいくつも張り巡らされた、透明のボールのようなものを持っていた。


「これが、裏に仕掛けられていた。ざっと見た限り、受信機らしい」

「受信機ですか?」未來が聞く。

「そうだ。送信元はダークマター……というより、研究所のバルジだな」

「たた、大変じゃないですか!」


 次に言ったのは穹だ。慌ただしく駆け寄り、「早く壊しましょう!」とボールを代わりに持とうとする。


「心配せずとも、単にデータを向こうからこっちへ送信しているというだけだ。そのデータも、罠などの関連性は見受けられなかった」


 ハルはよく見せるように、ボールを前に出した。


「これに、ミヅキ、ソラ、ミライが建物内に閉じ込められた原因が詰まっているはずだ。発生した多次元空間の理由も」

「多次元……?」

「あ、それはな……」


 説明してくれたのはクラーレだった。川にたとえたその話に、美月としては、わかるようなわからないような、という感覚を持った。穹も同じようだったし、未來は笑っていたが、恐らく完全に理解し切れていない風だった。


「軽い分析だが、恐らくこれは玩具がんぐの類いだ。早急に細かく解析しなくては」

「それがおもちゃですか……?」


 穹が、ごてごてとした配線が張られたボールに、指を指す。美月も、とてもこれがおもちゃには見えなかった。どこからどう見ても機械だ。


「おい、それはいいんだが……。ずっと気になってるんだが、それはなんだ?」


 クラーレが怪訝な顔で、美月の足下を指した。見ると、そこに銀色の箱が、懐中電灯の明かりを反射し、転がっていた。辞書ほどの大きさだろうか。厚みもそれくらいあった。だが拾い上げてみると、それは非常に軽かった。全く以て見覚えのないその箱は、ひんやりと冷たかった。


 さながら宝箱のように、蓋にあたる部分に角が無く、丸っこいデザインをしていた。困惑してハルを見ると、ハルは箱をじっと見つめたかと思うと、一つ頷いた。


「スキャンしたが、罠と思しきものは見えない。開けて大丈夫だという結果が出た」


 穹も未來もクラーレも、固唾を呑んで箱を持つ美月を見ている。ハルに抱っこされているココロも、興味深げにじっと視線を注いでいる。


 軽く深呼吸をした後、美月は蓋に手をかけた。皆の目に答えるように、銀色のそれを開けていく。


 外側と同じく、内側も銀色だった。中に入っていたのは、七つの青白い光だった。ちょうど校舎の中で見つけた、あの光と全く同じものが、七つ揃っていた。


 おや、と思った直後だった。七つの光が、それぞれ引かれあうようにして、一カ所に集まりだしたのだ。


 美月だけでなくこの場にいる全員の意識が、箱の中に集中していた。それからはあっという間だった。集まった光は、眩く輝きだし、やがてすぐにその輝きは治まった。


 そこには、既に七つの光は無くなっていた。代わりに、一つの光が残されていた。


 角が七つあり、真っ白な見た目をし、淡い輝きを放つもの。美月はそれを手に取った。手よりは大きいサイズだった。石のように見えたが、手にしてみたら意外と軽かった。その光を見た美月は感じた。星だ、と。


 よく見ようと思ってか、未來が懐中電灯を当ててきた。その時だった。全員、驚きの声を上げた。


「あれ?!」


 それまで白かった石が、突然薄めの黒色に変わったのだ。それにより、光の当てた方向で、石の色が全く変わるとわかった。


「白、黒、黄、青、赤、紫、あとはピンク色か……。これらのうちの、どれかに変わるようだな」


 石を覗き込んでいたハルが、分析を終えたようにそう言った。美月は改めて、石を見た。


 最初の白色に戻った石は、優しい輝きを纏っている。その一方で、どこか見ていると、心が軽くなっていくような、明るくなっていくような、そんな気持ちになる光に見えた。


「これ、持っていていいのかな?」

「探知機の等の類いは見られないし、大丈夫だろう。気になるようなら、ミヅキが持っていなさい」

「美月の近くにあったんだし、貰っちゃえばいいんじゃないかな!」


 ハルと未來に勧められ、少し考えたが、美月は貰うことにした。貰うといっても、これが誰からのものか全くわからない。


「本当に大丈夫かなあ……。敵の罠じゃ……」


 不安げに星を見ていた穹に、ハルが「その可能性は無い」と首を振る。


「だがそうだな。ここにダークマターがいたこと、それそのものは襲撃の作戦だったらしい。多次元空間の発生は罠ではなかったようだが」

「あんたら、大丈夫だったのか? 本当に何も無かったのか?」


 クラーレがどこか心配そうに聞いてくる。美月は安心させるため、中で何が起き、どんなことをしたのかを伝えた。思いもがけず敵と遭遇してしまったものの、脱出の手がかりを探すため、ちょっとした探検を一緒にしたことを。

 また、穹と未來の話から、どういう組み合わせで校舎内を探索したかもわかった。


「……なんで僕だけよりにもよって、あんな最悪の人と当たったんだ……」

「どうしたのよ、何があったっていうのよ」

「いや、別にい……」


 苛立ちが多少含まれたような、げっそりとした表情で穹が言う。吐き捨てるような口調も込みで、あまり見たことのない弟の姿だった。


「何もなかったのか……。それはそれで不気味だが、ならまあ、とりあえず良かった。こっちは割と危なかったからな……」


 クラーレの顔がやや青ざめた。聞いたところ、どうやら外でハルとクラーレが待っているときに現れたのは、ジュピターだったようだ。ジュピターは、後方支援要員として、外で待機していたらしい。


「おっそろしかったな、まじで……」

「全くだ。彼と戦闘にならなくて本当に良かった。いや逆に、戦闘にすらならなかったかもしれない」

「あっという間に決着がつくってことか……。そうだろうなあれは……」


 ハルとクラーレの台詞に、美月は首を傾げるしかなかった。美月の印象としては、ジュピターは敵にしては違和感がありすぎるほど、穏やかな性格をしていたように思うのだが。


「まあまあ、とにかく何もなくて良かったじゃないですか! 終わりよければ全て良しですよ~!」


 未來の明るい声が、場に生まれる。うーん、と穹は首を捻った。


「でも、結局パルサーは見つかりませんでしたね……」


 こら、と美月は詰め寄る。


「固いこと言うんじゃない! また来ればいいじゃないの!」

「嫌だよ! もう嫌だ! またあの人に会ったら嫌だし!」

「え、そこ?」

「あと普通に怖いし! 最悪だよ! もう絶対嫌だ! こんな夜の学校!」


 ふと、視線に気づいた。振り向くと、クラーレの黄色い瞳があった。その顔は、ぽかんと呆けている。


「何を言っているんだ?」


 その一言は、空気を一瞬固めた。


「な、何が?」


 穹が尋ねる。美月も、クラーレが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。クラーレはざっと周りを見回した後、更に訝しむような顔つきになった。


「いや。夜の学校って、なんのことだ?」

「なんのことも何も、これのことですよ?」


 未來が自分の指を、後ろに向かって指す。美月に穹、未來の背後には、台風が来たら崩れそうな木造校舎が建っている。視線を上に向けたクラーレは、美月達のことを案ずるような目になった。


「これ学校だったのか? ビルにしか見えなかったんだが」


 美月は振り返った。そこにはコンクリートで出来たビルが建っていた。真新しいその建物は、三階建てだった。

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