phase3「脱出の手がかりは?」

 「ん……?」


 意識が戻ってくる感覚があった。初めは、どこか夢の中にいるようなぼんやりとした五感が、徐々に現実のものとなっていく。


 視界の焦点が定まっていくと、今自分が見ているものが天井だということが、穹はわかった。朽ちている木の天井は古めかしく、木目が意図せず人の顔に見えてきて、背筋が寒くなる。


 ここで、背中に当たる部分が妙に硬いことに気づいた。どうやら、木の材質が使われたものの上に、今自分は横たわっているようだ。更にお腹の上に、布らしきものが掛かっている。


 一体自分は今まで何をしていたのか。ここはどこなのか。何が起こったのか。記憶を思い出そうとしながら、穹はゆっくりと上半身を起こした。

 見回したおかげで、自分が並んだ椅子の上に寝ていたことがわかった。掛かっている布の正体も判明した。


 それはジャケットだった。それも大人用のもの。


「お目覚めですか?」


 横から声が飛んできた。瞬間、頭が一気に動き出した。記憶が怒濤のごとく蘇る。意識を失う前に起こった出来事が湧いてくる。


「…………っ!!」


 体が一気に冷えていく。ふらりと体が傾く。また目の前が暗くなっていった、その時。


 こめかみよりやや上にある額の骨の辺りに、びし、と堅いものが高速で飛んできた。


「い゛っ!!」たい、と続けようとしたとき、大きく体がよろめいた。


 がたーんと派手な音を立てて、穹は床に落下した。尾てい骨から衝撃が伝わってくる。


「いっだああ……! な、何をするんだ一体!」


 盛大に打ち付けた腰の辺りをさすりながら、穹は顔を上げた。事も無げに机に座るマーキュリーが、足を組みながらこちらを見下ろしている。


「いやあ、また気を失われると面倒ですもの」

「だからって投げる人がいますか!」


 穹の傍に、ネクタイピンが転がっていた。多分これを自分に向かって飛ばしたのだろう。ぶつけられた場所がまだ痛かった。


 ふらつく頭を抑えながら立ち上がると、まだ上手いこと体に掛かったままのジャケットが床に落ちそうになった。反射的にそれを掴んだ穹は、あれ、と彼と見比べた。


「……これは」

「ええ、私のですよ」


 途端に体が石のように固まった。マーキュリーはそんな穹の手からジャケットを取ると、大きくはたいて埃を払い、それを羽織った。


 穹はその隙に、教室の中を見回した。机も椅子も綺麗に並べられているが、中央のこの部分だけ、大きな空間が出来ていた。この空間にあったと思しき机や椅子はどけられており、この空いた空間に、椅子が並べられていた。


「……一体なんの。なんの目的があるんだ」

「目的?」


 ネクタイピンも拾い、元通りの場所に付け直したマーキュリーが問い返す。


「僕を捕まえて、一体どうしようと……。でも、僕って人質の価値は多分無いですよ……。弱いし臆病だし何も出来ないしあんまり姉ちゃん達の役に立ってないし、明らかに人選ミスです……」

「あなたさっきから何を言ってるんです? 目的なんてないですよ。というか捕まえたわけでもありません」


 穹は大きく後退し、マーキュリーから距離を取った。あまり近くにいては危険だと勘が告げたのだ。


「それよりも。私は、目の前で倒れたあなたをこの教室まで運んで、椅子を並べて寝かせてあげたんですよ? そのことについて、何か言うことは全く無いんですか?」

「だだだから、それがなんの企みがあるんだってことです」

「もー企みなんてないですよ」

「……違う、嘘だ。絶対嘘に決まっている」

「だから嘘じゃないですってば。なんですかあなた」


 読めない。全く読めない。穹は混乱の渦中にいた。マーキュリーの抱く本心が全く読めないのだ。今言っていることが本心なのか、それとも裏に企みを隠しているのか。その判別すらもできないのだ。


 だから一番最初に会ったときも騙された。企みがあって近づいてきたというのに、その気配を完璧に隠していた。企みがある心そのものを、無いものにして接してきた。


 これが大人なのだろうか。大きな組織に属する大人ともなれば、ここまでになれるものなのか。


 だから穹は、彼の一挙一動全てに警戒していた。全く気が緩めなかった。


 介抱されたのもそうだ。絶対に何か企んでのことだ。絶対に裏がある。そうに決まっている……。


 だが、自分に言い聞かせるように何度も同じことを繰り返す穹の頭に、割って入ってくる言葉があった。

 でも、助けてもらったのは事実だという、もう一人の自分が発するその一言。それは、完全に無視できない言葉だった。


 うう、と穹は唸った。どんな理由があろうが、この事実は誰にも覆せないのだ。

 昔から、敬愛する祖父に何度も言い聞かせられてきたことがある。

 お礼と謝罪。つまり「ありがとう」と「ごめんなさい」は、いつ、どんなとき、どんな相手でも、必ず伝えること、と。


 ああ、と穹は泣きそうになった。姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げていく。


「め、迷惑をかけてしまい、ごめんなさい。……助けて頂いて、あ、ありがとうございました」

「あ、意外と素直なんですねえ」


 面白そうに笑う声に、自然と冷や汗が滲んだ。


「先程捕まえたわけじゃないって言いましたけど、少し訂正します。やはり穹さんは捕まってるんですよ。そして私も」


 よいしょ、と言う割には、マーキュリーは軽やかに机から下りた。どういう意味だと穹が一歩足を引くと、彼は窓を指した。


「窓が全然開かないんですよ。ここだけじゃない、他の窓も同様です。この分だと多分ドアも」


 穹は大きく回り込んで、窓に近寄った。サッシを手にかけ思い切り引っ張ってみるが、まるでのり付けされたように、それは全く動かなかった。


 ね、と小首を傾げてきた。「閉じ込められているというわけなんですよ~」

 だが穹は素直にそうですかと肯定できなかった。開かない窓がマーキュリーの仕業でないと判断できる材料がない。


「あとこの学校内、少し歩き回ってみましたけど、他に誰もいないんです。不思議ですよね~。私も仲間二人と来たんですけど、はぐれたっきり鉢合わせないし、そもそも連絡もつかなくて」


 仲間という単語に、穹は反応した。今まで単独で襲撃してきたというのに、今回は違うのか。けれども、はぐれたきり姿が見えないと言っている。


 いや、と自分を律する。簡単に信じてはいけない。自分は一度騙されたのだ。そのことを忘れてはいけない。


 挑むように見上げたが、瞬間に「そうです、そうです」と視線を外されてしまった。


「近くを探索していたら、妙なものを発見しましてねえ。怪しまれないように、意識が戻るの待ってたんです。ちょっと来てくれません?」


 教室の入り口を手で示されたが、穹は思わず首を横に振った。


 ええ、と不満げな声を出されたが、マーキュリーの顔は依然としてにこにことしていた。それがとてもぞっとした。


 注意深く観察しているが、やはり彼の思考が全く読めない。

 読めないということは、自分の醸し出す雰囲気などを自在に操れるということだ。自分で操れるくらいなのだから、恐らく彼は、他人の心や、考えていることを読むことも得意だろう。


 では穹の心も読めているのではないか。怯えているということは一目瞭然だろうが、その更に奥深くまで読めているのでは。


「罠なわけないでしょう。だってほら、本当に罠なら、もう既にこの場で決着つけてますよ」

「でも。な、仲間と来ているのでしょ? 挟み撃ちとかするつもりかもしれない」

「それだって同じことでしょう。仲間と連携するつもりだったとしても、やはりこの場で決着を付けます」


 無理だ。話してみて、穹は直感した。必ず自分は乗せられる。相手の手のひらの上で転がされる。一度経験しているのだから身を以てわかる。彼の話術から逃れる力を、自分は持っていない。


 常に一手かそれ以上先を読まれている。でもこちらからは、相手の考えていることの一手先どころか、今考えていることそのものすら一切見えない。

 つまるところ、穹が圧倒的に不利。一対一のこの場では特に。

 最悪だ。穹は心の中で、頭を抱えうずくまった。


「とにかくこんな意味のわからない状況に陥っているというのに、一人で行動なんて危険すぎますよ。お互いの利益の為にも、ここは二人で動くべきでは? 今だけは、敵同士という立場をお忘れになりましょうよ」


 絶対に自分は何か漏らしてしまうだろうなと、穹は確信した。決定的なことは言わなくても、穹の言ったことをヒントにして、何らかの、向こうにとって利となる手がかりを得るだろうと。


 相手に塩を送るようなことを言わなければいい話だが、絶対に無意識の内に気が緩んでぽろっと言ってしまいそうだ。


 そうして自分の不注意が原因となり、もし姉たちに危機が及んだら? ハルに何かあったら? 手遅れなことになってしまったら? もう自分は一生誰とも顔を合わせられない。それは何が何でも阻止しなければならない未来だとわかっている、理解しているのだが。


 穹の体が、頭痛を訴え始めた。思わず顔が下がる。頭に手を持ってなんとか痛みを抑えようとすると、ふいに視線を感じた。じっと探られるような、それでいて射貫かれるような目線だ。胃まで痛み出した。


「大丈夫ですか~?」


 歌うような声に、びくりと両肩が跳ねた。恐る恐る視線を上げると、マーキュリーの絵に描いたような完璧な笑顔と目が合った。


「私のこと、怖いんでしょう?」


 にいっと口角を上げて、そう尋ねられた。


「酷いなあ。私、今回は穹さんに何もしてませんのに。そんな怖がられるだなんて」

「そ、そんなこと、ありません!」

「あるでしょう。怯えてるでしょ、あなた?」

「怯え、てません! そんなこと、な、ないです!」

「も~、ばればれなんだから隠さなくてもいいのに~」


 わざとらしく両手を上げて、やれやれといったポーズを撮りながら、マーキュリーは嘆息した。

 そうは言っても、否定し続けなくてはいけないのだ。弱さを見せれば、間違いなく舐められるのだから。


「……ねえ、怯えてるんでしょ。私にじゃなくて、周りの人間達に。周りの人間達の奥に潜む、勝手な心に」

「……えっ?」


 体が固まった。いけないとわかっていながら、無意識の行動だった。マーキュリーは目ざとくその反応を見つけてきた。上半身を前に傾け、穹との距離を詰める。


「見ればわかりますよ、その目」

「目……?」

「ええ。びくびくして、おどおどして、いつだって周りの様子と機嫌を窺ってる目。……そう。な目、だ」


 目に向かって、人差し指の先が向けられる。


 頭の中に警鐘が鳴り響いた。

 これ以上はいけない。この先に続く言葉を聞いては。


 けれども、耳を塞ぐより、マーキュリーの口が開く方が早かった。


「そんな生き方。なんだか、損ばかりしてそうですねえ。


──穹さん、可哀想」


 その瞬間。穹の体が、急速に冷えていった。最初は心臓の辺りが。そこから始まって、頭の先から爪先まで、どんどん体が冷えていく。


 今まで、こんなに体温が下がったと感じた事など、あったろうか。氷水を被ったなんて言葉では生ぬるいほど、冷たい。 


「おまえ、いま、なにを」


 恐らくがたがたと震えているであろう喉から発せられた声は、からからに掠れていて、それでいて自分で聞いても何の色もわからないほど、無機質だった。


「んんっ? 何か言いましたか?」


 きょとんと頭を傾けるマーキュリーを見上げる穹の胸中に、今まで感じた事のない感情がわいてくる。


 これは一体なんだろうか。体が冷たい。なのに熱い。焼かれそうだ。


 そして吐き気が凄まじい。とぼけたようにして首を傾げるこの笑顔を視界に入れていればいるほど、吐き気が強くなっていく。


 穹は息を吸い込んだ。


「……いいですよ」


 穹は教室のドアに足を進めた。「あ、行くんですか?」という問いかけに、浅く頷いて返す。


 わかりました、と傍の机に置いてあった、付けっぱなしの懐中電灯を手にした。それは穹のもので、ちゃんと返してきたが、正直もう触りたくなかった。できる限り浅く握る。


「にしてもとても暗いですねえ。こうまで暗いとさすがに少々怖いですね。穹さんも怖いんじゃありません? 倒れる前のあなた、かなり恐怖と不安でいっぱいそうでしたし」

「……」


 口を結び、軽く伏せた目を斜め下に逸らす。おや、とマーキュリーは怪訝そうに顔を覗き込んできた。


「どうしたんです?」

「……」

「まだ具合が悪いんですか?」

「……」

「……あら? もしもーし?」


 穹は伏せていた目を、少しだけ上げた。


「僕、君とは口を聞きたくないので。あまり話しかけないでもらえます?」

「ええ、どうして私急に嫌われたんですか?!」


 マーキュリーは焦ったような大声を上げてきた。典型的なまでの驚いただ。ああ、と穹はため息を吐く。


「なんで言わなきゃいけないんですか。というかどうして好かれてると思ったんですか」

「ですよねえ、冗談ですよ~。私のこと信用してないからでしょう? 警戒心を抱いているからでしょう?」

「……まあ、正解ですよ。思えば全ての始まりでしたよね、僕が君に騙されたことが。おかげで姉ちゃんが危ない目に遭った。……なのでこれ以上話に乗せられるわけにはいかないんです。断じて」


 最初、この人と初めて対峙したとき、あんなに危険な目に遭ったのは、どう考えても騙された自分の責任だ。警戒できなかった自分のせいだ。もうこれ以上、話に乗るわけにはいかない。


 ここまで自分の人生から断絶したいと思った相手の話になど。


 ちら、と横目で、その相手を見上げた。


「それくらい。言わなくてもわかるでしょ?」


 マーキュリーが、一瞬真顔になった。かと思うと、また笑った。人の良い笑顔というより、含み笑いの性質に近かった。


「……ふふふ、なるほど」

「で、早くその妙なものを見つけたという場所に連れてって下さいよ。わけのわかんない無駄口叩いてないで」

「はい、承知しましたよ。……意外と面白い人ですねえ、あなた」


 自分のどこが面白いんだと聞きたくなったが、言葉を交わしたくなかったので黙っておいた。


 教室を出たとき、振り返って上を仰いだ。4年4組という、不吉な数字が並んでいた。大丈夫だろうかとまたもや不安が襲ってきたが、目を閉じて、並んだ4の数字ごと強引に振り払った。


「……当てつけかな、この教室に運んだの」

「何か仰いました?」

「さあ。よく聞こえなかったのなら、幻聴じゃないんですか」






 一つの教室の前で、未來とマーズは呆然と立ち尽くしていた。お互いに顔を見合わせ、どちらからともなくまた教室を見る。


 まずはどこか出られる場所を探してみようと、校舎内を歩き回っていたときだった。廊下を進んでいると、どこからともなく音が聞こえてきたのだ。しかしそれは、人の気配を伴ったものではなかった。ぼそぼそと小さな、空気と空気の隙間から聞こえてくるような、効いていて気味の悪さを感じざるをえない音だった。

 音の発生源と思しき所まで来た二人は、そのまま場所を突き止めたはいいが、そこで完全に歩を止めることとなった。


 ぼそぼそと、自分達の周りを囲むように。何と言っているかわからなないが、何か言っていることはわかるくらいの声量が、教室の中から絶えず聞こえてくるのだ。


 未來は教室を確認した。そこには、4年4組という文字が記されていた。


 誰もいないというのに、人の話し声らしき音がする。

 未來は、学校に入る前に美月から聞いた話を思い出した。七不思議の一つ。4年4組で行われる授業。


「なるほど、これが……」


 何を喋っているのかわからない。そもそも台詞を喋っているのかどうかもわからない。それでも、誰かがそこにいて、何かを話していることは確かにわかる。

 果たしてどういう授業をしているのか。思わず震える足を、深呼吸することで治めようとする。


「誰がいるんだ出てこい!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 今にも飛び込んでいきそうな勢いで扉に手をかけたマーズの腕を、未來は必死になって両手で掴んだ。


「なんで止める?!」

「あ、開けちゃ駄目な気がするんだ」

「誰もいないのに変な声だけぼそぼそ聞こえてくるの、あんたは気持ち悪くないのか?!」

「気持ち悪いっていうか、もうとりあえずそっとしておこう。七不思議の一つで、深夜に行われる授業っていうのがあるんだよ。多分それだ」

「七不思議?」


 美月から聞いた七不思議の捕捉を、未來はマーズに言って聞かせた。

ある年の林間学校にて、道中交通事故が起こり、4年4組のみが全員亡くなったのだという。それ以降、夜な夜な“続けられなかった授業”が行われているという噂が、まことしやかに流れ始めたという。


「中に入って授業の邪魔をしたら、こっちがあの世に連れて行かれるんだって」

「気持ち悪いからやめてくれと物申すことの何がいけないってんだ?」

「違うような違くないような……とにかく様子を見ようよ」


 明らかにマーズは不満を露わにしてきた。ここで留めておくのも時間の問題か、と考えた、その時だった。

 ぴたりと、音が消えた。これまでの声は一体なんだったのかと思う程、唐突で呆気なかった。確かな静寂が、辺りに満ちていった。


「とま、った?」

「よし行くぞ!」

「あ、ちょっと!」


 間髪入れず、 が未來の手を振りほどき、そのまま教室に突進していった。ばーんと威嚇のように大きな音を立ててドアを開けたが、やはりそこには誰もいなかった。誰かがいた形跡もなく、むしろ気味が悪いまでに、きちんと椅子や机が整列されていた。


「やっぱり誰もいないな……。なんだったんだ……」


 マーズはしばらく辺りを見回していたが、何もないと判断したらしい。また、脱出の手がかりもないと決めつけたようだ。「次だ次!」と教室を出て行こうとしたが、未來は首を横に振った。


「さっきまでにはなかった、明らかな異変が発生した場所だよ。絶対何かある。少し待っててもらってもいいかな?」

「な、なんだ?」


 何か他に言われる前に、未來は教室の中をくまなく探し始めた。机の引き出しの中や、椅子の裏に至るまで、隅々まで探すことを心がけながら、“何か”がないか探した。


 怪訝そうなマーズの視線を感じたものの、何も言ってこなかったので、遠慮なく未來は探索を続けた。

 そして、教卓の裏に回り込んだときだった。


「これ!」

「どうした?!」


 走り寄ってきたマーズに、未來は教卓の下を指さした。

 そこにあったのは、青白く輝く小さな光だった。この異質な空間に存在するにしてはあまりにも場違いな、明らかなる異質のものだった。


「なんだこれ?!」


 マーズはとても演技では出せなさそうな、驚いた声を上げた。


 未來は最初これを見た時、一瞬パルサーかと思った。なのでマーズを呼ぶ前に、数十秒ほど待ってみたが、光は消えなかった。試しにこっそりとハルから持たされた捕獲用の“アミ”も使ってみたが、光はアミを透かした。

 しばらく未來は、どうすればいいものか光を前に硬直していた。触って良いものか否か。罠でない可能性は。


「まあ触ればわかるだろ」


 色々懸命に考えていたというのに、横から飛んできたマーズの声に、さすがに声を荒げそうになった。が、口を開く前に、マーズの手が光に触れた。

 瞬間。ぱっと強く明滅し、光がその場から消失した。


――あと、六つ――


 未來は耳を押さえた。光の消滅だけではないことが、この場で起こった。地を這うような低い声だが、合成された機械音声にも聞こえる何かが、頭の中に直接響いたのだ。


「なんだ今の?!」


 マーズも頭を抑え、きょろきょろと辺りを見回していた。それにより今の音が幻聴ではなかったことが、これで証明された。

 果たして、何が起こっているのか。まだ何もわからないが、とにかく進むしかない。そう未來は決意した。

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