phase2「予期せぬ遭遇者」
夜の学校は、昼間見た時とは全く印象が違って見えた。姿が似ているだけで、中身は全く別物だと、美月は思った。建物が、まるで生きているようなとまでは思わないが、死んでいるとも見えない。
深い闇に紛れて建つ校舎は、懐中電灯の明かりに照らされると、独特の影を作り出した。
昼間開け放したまま逃亡したからか、昇降口の扉は開いていた。その向こうはまさに闇で何も見えず、向こう側から風が吹き込んでくるようだった。
もはや穹は何も言わず、ただがたがたと震えながら青ざめるばかりだった。そんな弟にクラーレは、「何がそんなに怖いんだ……」と怪訝そうだった。
「美月、七不思議ってどんなの?」
未來がゆったりと聞いてきた。ここに来る道中七不思議の話をしたのだが、夜の暗さや学校の怪談は、未來の中で恐怖心と繋がらないようだ。
「えーと、確か……」
源七の話はすぐに思い出せた。
音楽室で勝手に鳴るピアノ。
理科室の動く人体模型。
保健室に現れる血まみれの生徒。
トイレの花子さん。
4年4組というクラスで夜中に行われる授業。
屋上への階段の踊り場にある鏡に映る影。
地下にある開かずの扉。
未來に教えている間、穹はいよいよ顔面蒼白になりながら、両耳を塞いだ。聞き終わった後、未來はあまり興味なさげに、「ふうん」と返した。
「未來さんも、なんで怖くないんですか?!」
「うーん怖いものじゃないでしょ。というか、幽霊とかお化けなんて、大体害のないものだから大丈夫だよ~」
「そこは! そこはそんなもの無いって言って下さい!!」
「それは無理かなあ。あるものを無いと言うのは失礼だし」
「誰にですか!! 誰に失礼だというのですかっ!!」
未來の笑みからでは、未來が本気で言っているのか冗談を言っているのか判別出来ない。
穹はがっしりとハルの手を両手で掴んだ。
「ハハハ、ハルさん、手を離さないで下さいね。ななな、何があっても絶対に離さないで下さいね」
「構わないが……」
「構わなくなーい! 穹はハルを守る側でしょうが!」
「あ、じゃじゃじゃじゃあ、ココロでもいいんだよ」
「赤ちゃんがどうやって守るの!!」
ハルの背中にて、すっかり眠りこけるココロに縋る穹を強引に引き剥がす。「こうなったら、いっそ先陣切っちゃいなよ!」
案の定穹は軽くパニックを起こした。ろれつの回らない口で何やら喚き続ける穹に、どーんと背中を叩いて大きく押す。
「ちょっとーーー!!」
「さあさあレッツゴー!」
穹の悲痛そうな声を完全に無視して、背中を押しながら美月も昇降口に向かう。未來も後ろから追いかけてきた。
「おい、そんな急ぐな!」
後ろからクラーレの声がかかったが、お構いなしに足を進める。美月は穹や未來と共に、昼間と同じように昇降口の敷居を跨いだ。
足下から一気に沸き起こってくるような、冷たい風が体を包んだ。寒いのではない。気持ち悪いという、不快感を伴う風だ。
大きく心臓が跳ねた。頭が警告を告げる前に、美月の意識は遠ざかった。
「なんだ? 何が起こった?!」
クラーレは、たった今自分が目撃した光景を信じることが出来なかった。
ミヅキとソラとミライが消えた。三人が入り口を跨いだ瞬間、忽然とその姿を消したのだ。透けていくとか薄くなっていくなどの過程はなく、本当にぱっと一瞬のうちに消えたのだ。
辺りを見回しても、消えた理由になりそうなものは全く見当たらない。もちろん、ミヅキ達の姿も見えない。どんなに視線を巡らせても、目に入るのは夜の闇だけだった。
「おい、これは一体どういうことだ?! パルサーの仕業と関係あるのか?!」
「いや、そんな話はデータには……だが、完全に無いとは言い切れない」
異常事態と判断したのか、ハルも中に入らずに、立ち止まっていた。かと思うと、おんぶ紐を外し、こちらにココロごと渡してきた。「頼む」
しゃがみこんだハルは、コートのポケットから何かを取り出した。本に見えたそれはパソコンで、広げて組み立てると、ちょっとしたノートパソコンくらいの大きさになった。
アンテナを立て、キーボードを素早くも正確に叩いていく。今どういうことをしているかわからないクラーレは、せめて画面が見易いように、懐中電灯の明かりをハルに当てるくらいしかできなかった。
真っ暗な周囲に、パソコンと懐中電灯の明かりのみが存在する。片手で抱いたままのココロを見てみると、彼女は目を覚ましていた。能面のような表情で、じっと目の前にそびえる建物を見上げていた。何かが起こっているということが、こんな赤ちゃんにもわかるのだ。
せめてこれ以上恐怖を感じさせてはいけないだろうと、自分の不安を隠そうとしたその時だった。
「これは!」
ハルが大きな声を出した。ハルは立ち上がると、パソコンの画面をこちらに向けてきた。
「これを見なさい!」
画面を覗いたクラーレもまた、大声を上げそうになった。
その画面には、グラフや波線などが表示されていた。画面を横切るように波線が数本表示されており、その下に何本かのグラフがある。
今、その波線は、大きなうねりを上げていた。その間隔も狭く、またうねりそのものが異様に大きい。かと思えば小さいのも混じり、また大きくなる。とにかく不規則に、滅茶苦茶な動きを見せていた。
グラフも同様だった。目盛りの長さが短くなったり長くなったりと、目にも止まらぬ速さで動き続けている。
一緒になって出ている数字の意味などは理解できなかったが、とにかく何かおかしいということは充分すぎる程伝わってきた。
「この建物から発せられているエネルギー波を計測したのだが……。こんな数値は見たことがない。異常事態だ」
「じゃあやはり、パルサーのせいか?」
「恐らく違う。ここまでになるとはとても考えられない。……人為的なものだ、これは」
ハルがパソコンを地面に置いた。自身も正座し、両手をキーボードに置く。
「ミヅキ達は、何者かが発生させた、エネルギーに巻き込まれた」
「お、おい、それって……」
どんどん心臓が冷えていく。震える声を発したクラーレを、ハルが片手で制す。
「生体反応は消えていない。むしろミヅキ達の反応は、この建物内にあるまま。だが、三人がどこにいるかという、場所を掴むことができない」
「じゃあ、生きているんだな?」
「間違いない。まずは原因を探る。なぜこうなったかはわからないが、その原因がわからないとどうしようもない」
ハルがパソコンについているボタンを押すと、側面からコードのようなものが伸びてきた。
「このパソコンの処理能力を上げるため、私のコンピュータに繋ぐ。喋れなくなるので、その点を考慮してくれ。どうしようもない場合は筆談で」
「は?」
すると、ぱく、とハルがコードの先端を、一切躊躇いを見せずに、口に深く咥えた。
「?!」
しかし、指先は全て、しっかりキーボードを叩いている。先程よりも、速度が上がったようだ。
とりあえずどうすればいいかわからなくなったため、地面に座った。ミヅキ達が消えた、この得体の知れない建物を見上げる。
ココロの様子がおかしいわけが、やっとわかった。
絶対に何かの罰だ。いや罰なんてものではない。これは呪いだと、穹は確信していた。
なにせ思い当たる節が存在するのだ。何日か前のことだ。美月から黙って借りた漫画に、うっかりジュースを零してしまった。汚されたら嫌だから絶対に貸さないと言い切る程お気に入りのものに、よりにもよって、だ。急いでドライヤーで乾かし、こっそり本棚に戻した。
多分、それがばれたのだろう。美月はすぐ穹の仕業だとわかったはずだ。証拠がなくても直感したはずだ。それで多分、丑三つ時に、神社で丑の刻参りをしたのだ。藁人形を作って五寸釘を打ち込む姉の姿が、目の前に浮かんだような気がした。
その呪いなのだ。そうでなかったら、こんな状況に陥るはずがない。
廃校になった、夜の旧校舎。そこに強引に連れて来られた穹は、強引に背中を押され、校舎内に入らされた。そこまでは、全く良くないが、まだ良い。問題は次だった。
突然、目の前がぐるぐると回り、次いで意識を失うような感覚があった。おかしいと思う間もなく、視界は暗転した。はっと気がついた時には、穹は校舎内の、廊下の真ん中に立っていた。
急いで懐中電灯で辺りを照らしたが、穹の他には、誰もいなかった。一緒に来た美月もハルも未來もクラーレも。しばらくその場に立ちすくんでいたが、誰かが目の前に現れ、穹を安心させてくれることはなかった。
ひとたび自分の他に誰もいないとわかると、今まで押し込めていた恐怖がどっと溢れ出てきた。
とにかく暗い。懐中電灯の明かりなどなんの気休めにもならないほど暗い。左右どちらを見ても、廊下の奥は明かりが届かず、どろりとした闇に閉ざされているのだ。
大きく口を開けて、穹が飛び込むのを待っているかのような。歩くと足下から鳴る床が軋む音も、何かの生き物の声に聞こえてならなかった。
意識を取り戻した場所で、しばらくの間穹は立ち往生していたが、そろりそろりと感覚を確かめるように、歩き出した。立戸待ていても、闇が自分を押しつぶしてきそうでならなかった。あるいは、闇の中から何かが現れそうな気がした。
だが歩き出したところで、恐怖が緩和されるはずもない。あの窓から、その教室の扉から、廊下の奥から。何かこの世のものではないものが、今にも現れそうな雰囲気が充満しているのだ。
もしそんなものが目に映ったら、間違いなく自分は死ぬ。冗談じゃなく、穹は確信した。
「姉ちゃん……。ハルさん……。未來さん……。クラーレさん……」
せめて誰かいてくれれば。一人じゃなければ。ああ、と懐中電灯を両手で握りしめる。
誰でもいい、どうか僕の前に現れてくれ。誰か来てくれ。一緒に歩いてくれ。本当に誰でも言い、生きている人間なら、相手がどんな人だって構わない。
恐怖が体全体にのしかかり、足が鉛のように重くなる。穹は足を止めてしまった。
どくどくと、心臓が嫌な音を立てている。体中が震えて止まらない。寒すぎる。足先が氷のように冷えている。口を開けば歯をかちかちと鳴らしてしまいそうなので、閉じたままでいた。
力が抜けて座り込みそうになる。しかし座るのは駄目だ。そんなことをすれば、もう二度と立てなくなるだろう。立てないままでいたら、何かが目の前に現れても、逃げることができないだろう。そうして自分は、その何かに……。
自身の想像なのに、気を失いそうになった。意識を失うわけにはいけないと、懐中電灯を更に強く握る。
座るのも歩くのも立ったままも怖い。どうか助けて下さい、誰か来て下さい。そればかりをひたすら祈る。
ぎしり。大きく床が軋む音が、背後から聞こえてきた。一瞬心臓が止まった。頭まで脈打ってくる。体が底の底から冷えていく。穹は、自分がこの世にいるという感覚が、まるでしなかった。
それでも足音は近づいてくる。床が軋む音も大きくなっていく。全く体が動けない中、耳だけが必死に稼働していた。
とん、とん。
結構規則的で間隔の短いその足音に、あれ、と穹は妙に思った。
これは、生きている人の足音だ。そう直感した。
なぜそういう勘が働いたかは不明だ。強いて言えば、生気を感じるからだろうか。生きている人ならではの者が発する空気だ。そしてこの校舎内にいる、穹の他に生きている人間といったら、うんと限られてくる。
体にある全ての筋肉や神経が一気に緩んでいく。ほっと息を吐き出しながら、破顔しそうになる顔を自覚する。
「誰?」
振り返り、床の辺りを懐中電灯で照らす。真っ直ぐ向けたら、近づいてくる人の顔に、眩しい光が当たってしまうかもしれないと考えての配慮だった。
大きく照らされた円形の光の中に、何かが入ってきた。革靴らしき靴の爪先だった。
今日皆が履いていた靴は、美月と未來はスニーカーで、ハルはブーツだったはずだ。となると、残るのは。
「あれ、クラーレさん?!」
ぴたり、と靴の主が止まった。軽く息を吸い込むような音が聞こえた。
その瞬間だった。自分ではどうしようもできない、凄まじいまでの嫌な予感が、全身を駆け抜けていった。体温が、一気に、下がっていく。
違う。クラーレではない。絶対にクラーレではない。違う。だって、クラーレは今日、スーツなんか着ていない。
では、一体、誰だ。穹は顔を、上に向けた。
「ごめんなさーい。外れです~」
青色の髪。細い狐目。にっこりと、人の良すぎる笑みを称えた口。
穹は知っている。今、望み通り、穹の前に現れたこの人が、どういう存在なのかを。
「……………………」
完全に心拍が停止した。
なるほど、気を失う瞬間って、わかるときもあるのか。これは新発見だ。
目の前がどんどん暗くなっていく中、頭はどういうわけか正常に回っていた。
やはり呪いなのだと、視界が闇に閉ざされる寸前で改めて感じた。もう二度と黙って姉の私物を借りたりしないと、堅く誓った。
「……なんであなたがここにいるの?」
「それはこっちの台詞なんだけれど」
青い瞳が、こちらを蔑んでくる。美月は大の字で廊下に転がったまま、その目を見返すことしかできなかった。
「ところでいつまでそうしているつもりなの?」
甘いことは甘いが、どこか棘を感じる声が降りかかる。むっとしつつ、美月は起き上がりながら、頭の中で状況を整理しはじめた。
まず、美月はこの旧校舎に入った瞬間、意識を失った。そして次に意識が戻ったときには、この旧校舎にあるどこかの教室の中に立っていた。
一緒に来た皆はその場にいなかった。ハルも穹も未來もクラーレも、誰も。電気は懐中電灯以外になかったため、仕方なくその明かりだけを頼りに皆を探し始めた。
階段を見つけたので下りると、隙間無くぴったりと閉じられた昇降口が見えた。とりあえずそこから外に出ようと思ったのも束の間、扉が全然開かなかった。力を入れてもまるで歯が立たなかった。
数分格闘したが開かないと悟ると、美月は今度、近くの窓に近づいた。その窓も扉と同様堅く閉ざされていたが、半分程ガラスが割れていて、そこをくぐればなんとか外に抜け出せそうな大きさだったのだ。
窓の向こうは一寸先も見えない闇に包まれていたが、夜だしこんなものだろうと、大して深く考えず、美月は窓に足をかけた。ガラスの破片に気をつけながら、外に出ようと体を傾けた瞬間だった。
どん、と妙な音がした直後、美月は床の上に大の字になって転がっていた。見えない何かに、強い力で突き飛ばされたような感覚があった。
状況が飲み込めず、呆然としている時に、視界に何者かが現れた。その人物と目が合った途端、ますます頭が回らなくなった。
その人物を、美月は知っていた。セプテット・スターの、ビーナスだった。
立ち上がった後、ぱんぱんと服に付着した埃をはたきながら、ぶつぶつと考える。なぜビーナスがここになど、深く考えなくともすぐにわかる。理由など、一つしか考えられない。
「そうかそうか、罠か……。……いいじゃないのそっちがその気ならやってやるわよ! その喧嘩高く買ってあげるからね、さっさとかかってきなさい!」
「あなた一体何を言ってるのかしら?」
拳を作ったが、ビーナスに絶対零度を帯びた冷たい目で見られ、美月はつい口をつぐんだ。
「窓の向こうにも見えない壁、か……。一体何が起こってるのかわからないわね」
先程美月が出ようとした窓の穴に近づいたビーナスは、その空間を指の関節で叩いた。途端、こんこんと小気味良い音が鳴った。てっきり向こう側に空間が続いていると思われたその場所には、ビーナスの言うとおり見えない壁があったのだ。
「……もしかしてあなた、一人?」
「ええそうよ。そちらも同じようね」
「……罠じゃない?」
「ここで罠ですって答える人がいるのか考え物だけれど。まあそうよ」
美月は腕を組んだ。
今目の前にいるビーナスは、敵ながら、暗闇の中でもわかる美貌を持っている。どんな人でも目を惹くような、強い魅力と存在感を放っている。それは認めざるを得ない。
が、美月としては、その正体を知っているので、素直に綺麗な人という感想を持つことが出来なかった。というか絶対に無理だ。
よって、美月としては、ビーナスはなるべく関わりたくない相手だった。彼女に限らず、敵は誰が相手であっても。
「ねえ」
「はい?!」
「こんなわけわからない状況になってるのに、単独行動って危険だと思わないかしら? お互いここから脱出するためにも、ここは一旦手を組まない?」
美月は大きくその場から仰け反った。
薄々勘づいていたことではあった。一人で動くのは、この状況は大変危険なのではないかと。一人より二人のほうが遙かにいいのではと。だが。
美月は頭を抱え込んだ。客観的に見れば提案を呑むべき。しかし美月の心は、それだけは絶対に嫌だと喚いている。
「場に合った最善の策を提案されてるのに、変な意地を張って拒否をするような、頭の悪い人間だったのね、あなた」
ぶつん。頭で何かが派手に千切れた。
「はあ、何よそれ! わかったよ、今だけは! 手を組む! 私はそこまで頭の悪い人間じゃないからね! 勉強嫌いだけどね! 面と向かって言われるほどの頭じゃないと、今日必ず証明してみせるから!!」
ビーナスが自身の金色の髪をいじりながら、一瞬勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
「戦っている場合じゃないと思うよ、私は」
未來は前方に立つ存在に向かって、あくまでも冷静に言い切った。相手は自分に対し、剣の刃先を向けていた。刀身の赤色が、暗闇に覆われていてもわかる輝きを放っている。
「私は仲間とはぐれた、君も仲間とはぐれた。そして、どういうわけだか、外に出られない」
「その通りだ」
大剣を構えているその人は低く答えた。炎のような赤く短い髪が特徴的だ。
「入り口を壊そうとしても駄目だった。窓も同じだ」
うん、と未來は軽く頷く。自分も試したことだ。玄関や窓はこじ開けようとしてもびくともしなかったし、割れた窓から飛び降りようとしても、見えない力に跳ね返される。
「つまり、異常事態ってことだよね」
「おう」
「じゃあ、協力しない? ここから脱出できる方法、二人で探さない?」
未來は、相手の目を見上げた。相手は、マーズは、面食らったように一つ瞬きをした。
「私、結構歩き回ったけどね。君の仲間にも、私の仲間にも会えなかったんだよ」
未來はそれなりに長い間、校舎内を歩き回った。だが、一緒に入ったはずの、美月や穹とはついに会えなかった。他の人間のいる気配も感じなかった。マーズの仲間というのにも、もちろん会えなかった。
考えがたいが、もしかすると、他の者はここにいないことになるのではないか。それが、未來の出した結論だった。
「ばらばらでももちろんいいよ。けど正直この場所、これから何が起こるか全然わからない。かなり危険だと思う。一緒に行動する方がいいかなと。二人なら、出来ることも増えますし。……どうかな?」
燃え盛る炎のような、赤い目を見上げる。大丈夫だろうとは思っている。いざというときは、ちゃんと冷静な判断が出来る相手だと、未來は予想していた。が、やはりどうしたって緊張した。
沈黙の時間は長かった。空気は極限まで張り詰められていた。
「そうだな」
マーズから、小さな声が漏れる。火が治まるような気配を感じた。彼女は大剣を、鞘に戻した。
「よし、一時休戦だ!」
自分の前に、何かが差し伸べられた。それは、大きく力強そうな手だった。
「お互い、ここから無事に出られるよう、精一杯尽くそう!」
「だね!」
未來も右手で握ると、相手は強く握り返してきた。自然と頼もしさを感じる、力のこもり方だった。
「にしてもさっき、あたいの仲間をどこへやった! って怒鳴られたときは、さすがに肝が冷えたよ」
「す、すまなかった。あたいも全然冷静じゃなかったんだよ。まあ冷静な時なんて無いんだけどな!」
「なんかそんな気がするなあ、君」
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