phase5「居ていい場所」

 やはり失敗したか。これだから人間相手は嫌なのだ。数字や機械と違って融通が利かないし、虫と違ってごたごた言葉を言ってくる。

 ワープ空間に突入し、自動操縦に切り替わると、はあとウラノスは操縦席に背を沈ませた。


 ちょっと仮眠を取って、その後毒に溶かされたあの乗り物を分析するか。頭の中でこの後の行動を予定し、組み立てる。


 毒の成分が付着している部分を調べたら、彼の毒が具体的にどんなものかわかるのでは。詳細が判明すれば、彼の毒が効かない機械を作ることが出来る。

どう設計しようか、少しだけ心が弾む。だが万一何かあったときのために、更に深く調べるには、星に戻り、専門的な施設内で行わないといけない。


 あーあと億劫さが極まりため息を吐いたところで、無線機が着信を知らせた。


「はいはいすみません失敗しました、じゃあ」

『何を切ろうとしている?』


 流れるように通話ボタンを押し、流れるように通話を終了させようとしたが、さすがによしとされなかった。そんなことはさせまいという、通話相手の圧力を感じる。声だけで従わざるをえなくなるのだから、やっぱり面倒臭い。


 操作を施し、ホログラム映像を目の前に出す。通話相手の主が、そこに映し出される。


「はあい失敗しましたごめんなさい、じゃあ寝るので失礼しま」

『だからなぜ切れると思っている?』


 面倒だなとこっそり舌打ちすると、サターンの眼光が鋭くなった。視線の追求から逃れるごとく、目を明後日の方角にやる。


『あれだけ豪語しておいた作戦が失敗に終わったとはどういうことだ』

「ええ~とそうだなあ……。……うん、俺に期待したのが間違いだったんだわ……。俺やっぱり人間相手だとてんで駄目だわ。もう出張しないので、こんな失敗は二度と起きません、ご安心をお~……」

『何をふざけている?』


 その場にいたらざっくり斬られそうな声だ。右から左へ流すのが吉と判断し、ぐるんと椅子を回転させて、横にあった操作盤をいじりだす。


『おまけにパルサーの反応もあったというのに、貴様はそれすらも奪えなかった。パルサーを奪う、それが向こうの足止めにどれだけの効力があるのかわからないのか』


 二人称貴様か、だとしたらかなり怒っているなと、頭の中で分析する。だって、と椅子を、今度は真反対に回転させる。


「今エネルギー反応調べてやっと気づいたんだしさあ……。それまで知らなかったんだしさあ……無理でしょーが……」

『知らなかったわけじゃなく、知ろうとしていなかっただけだろう』

「確かにそうとも言うなあ……。ああそうだあ、そんなことより……」


 そんなこととはなんだと声がきつくなる相手を、まあまあと手を雑に振って流す。


「サターンさあ。のメンテナンス、そろそろなんじゃないの……?」


 濃い紫の瞳が、見開かれる。ウラノスは別のホログラム画像を出し、それを横目でざっと見やった。


「依頼されたさ、一応ちゃーんと出来てるよ……。戻ったら仕上げる……。でもさあ、本当にこれでいいわけ……?」

『どういう意味だ』


 だってこれ、と口端を上げる。


「もうこれ、普通のじゃないよなあ。サターンさあ、その冷てえ性格もそうだけど……。なんか、まるでに近づいているなあ……」


 すっと、目が閉じられる。少しの間の後、開眼される。『それがなんだというのだ』


「別に、それが悪いとは言ってないからね……」

『詳しい話は戻ってきてからだ。あと依頼に変更はない。質のいいものを期待している』


 はいはい、と通話終了のボタンに手をかける。


『……あのロボットを捕らえるためには、追う側もになるしかない。ウラノス、お前もその覚悟』

「あ、やべ」


 うっかりボタンを押してしまい、話の途中だったのに、ホログラム画像が消えた。どれだけ怒られるだろうかと、さすがに冷や汗が流れる。


「はあ、にしても無茶な要求してくるよなあ……」


 依頼内容が映ったホログラムをぼんやり眺める。


「ジェット噴射とか一気に加速とか電気流れるようにしろとか。自分のにこういう機能いるか普通……」


 まあ、何か考えがあるのだろう。どうでもいいが。そうして、今度こそ目を閉じ、眠りに落ちようとする。

 考えといったら、なぜあのベイズム星人は途中で意見を変えたのだろうか。あのまま押せば、いけると思ったが。にも関わらず、嬉しかったなどと最後に言っていた。


 やっぱり人間は面倒臭い。関わりたくない生き物だ。意識がなくなる寸前、ウラノスはそう感じた。





 クラーレは、よく夢を見る。大体悪夢だ。同じような悪夢。


 夢の中で、自分は家の前に立っている。家の外見は日によって異なるが、クラーレはいつも、ここが自分の家だとすぐにわかる。帰ってきたと感じるからだ。


 ドアを開けると、部屋の奥からおかえりと聞こえてくる。

 誰の声かわからない、姿の見えない相手に対して、自分はただいまと、たったそれだけ返す。夢の中で自分は、確かにその瞬間、幸せを感じている。


 そこでいつも、夢が終わる。

 たった一人で横たわるベッドの上で、まだ夢から覚めきっていない状態の中、気がつく。


 おかえりを言う人がいる家は、存在しないのだと。夢で感じた幸せがまだわずかに心の中に残っている状態で、その現実に気がつく。


 そうして目が覚める度に、いつも思うのだ。心をなくしたい、と。


 クラーレは今もまた、その夢を見ていた。だがこの時は、いつもと少し違うと感じていた。


 というのも、自分の目の前に建っているものが、家ではないのだ。どちらかというと、乗り物に近い。大きくて、真っ白で、まるで宇宙船のような乗り物の前で、クラーレは中に入るでもなく、ただ見上げ、立ち尽くしていた。


 ここは、自分の帰る場所なのか。自分が、居ていい場所なのか。いつまでもずっと、そう考えていた。




 白い天井が見えた。それもまた夢の中の出来事な気がして、再び重いまぶたを閉じようとした。

が、横から聞こえてきた声に、目を開けるしかなかった。「あ、起きた!」


 見たことのある顔が覗き込んでいた。ミヅキだった。その周りにソラがいて、ミライがいて、ハルがいて、ココロがいる。

 勢いよく体を起こすと、とてつもない目眩がクラーレを襲った。


「うぐっ……!」

「まだ寝ていなさい。軽い脳震盪のうしんとうを起こしたんだから」


 ハルに促されるまま、クラーレはゆっくりと横になった。そこで初めて、自分がソファの上に寝かされていること、お腹の上に毛布がかけられていることに気づいた。


「毒を使うといつもこうだ……。……あ、ダークマターは、どうなった?」


 はっと頭に湧いた疑問だった。凝りもせずまた起き上がりそうになったところを、ソラが制した。


「クラーレさんが倒れた後、別の大きめの宇宙船を出してきたんですが……。それにクラーレさんが溶かした乗り物を乗せると、いなくなりました」

「なんかずっと、面倒臭い面倒臭い言ってましたね~」


 ミライが横から付け足す。そうか、と額に右手をやる。まだ手袋を嵌めてなかった右手は鉄の部分が剥き出しで、鈍く冷たかった。「あ、マスクと手袋はそこにありますよ」と、ソラが傍のローテーブルを指さす。浅く頷いた後、クラーレはおずおずと口を開いた。


「運んでくれたのか……?」

「私がおぶって運んだ。勝手なことをしてすまない」


 ハルが頭を下げると、ハルが抱いていたココロが、ちょうどクラーレと近い目線に来た。彼女がおもむろに伸ばしてきた手が、クラーレの頭に触れた。頼りない、小さな小さな手が、頭の上を二度三度、左右に行き来する。


「……そうか」


 今まで感じたことのない感触に、思わず腕で両目を覆う。体の中に、経験したことの無い気持ちが生まれてくる。


 そのままでいると、何も喋れなくなりそうだった。声を出すのが辛かった。このまま黙っていたかった。何も言ってこないこの場にいる人達に、甘えそうになる。


 しかし、それでは駄目だ。 顔を向け、隣にいる全員の顔を眺めた。


「あのな。……幸せと感じた瞬間がなんだったか。探してみたんだ」


 ミヅキ、ソラ、ミライはきょとんと首を傾げた。ハルだけが、浅く頷いた。


「そうしたら、すぐに思い出せたんだ。あっという間だった」


 最初は、星が広がっていった。すぐに、どこで見た星か、思い出した。あれは、夜、海で見たときの星空だ。自分の隣には、今この場所にいる、皆がいた。


「海で、星を見たとき。仲間になってほしいと言われたとき。パンケーキを出されたとき。今日、俺を、探しているのを見たとき」


 あげていくと、切りがない。どんどん浮かんで止まらなかった。逆に自分が飲み込まれそうになるくらい、たくさん思い出したのだ。


「おかしいよな。全部、あんたらに関係するものばかりだった。旅を始めた頃、種族がばれていなくて、要するに毒のことがまだばれてなくて、色々な人が優しくしてくれたとき……のことは、すぐに思い出すことが出来なかったんだよ」


 ミヅキ達の目が、開かれていく。つい顔を伏せたくなるが、今それは許されていない。他ならぬ自分が、許さない。目を見るのだ。目を見て、言うのだ。


「もう、さ。認めるしかなかった。俺の本当の願い。本当に探していたものに対して」


 喉が震える。上手く声が出てくるか不安でどうしようもなってくる。例え声が出たとしても、ちゃんと言葉の形をとれたものになっているか。

 胸が一杯になるまで、息を吸い込む。


「すまなかった。……本当に、ごめんなさい。信じることが出来なくて、ごめんなさい。ずっと最悪な態度ばかり取って、本当にごめんなさい。許してほしいとは言わない。本当に、すまなかった」


 時間をかけて、起き上がる。ハルが止めようとしてきたのを、手で止める。こればかりは、寝たままの状態で言いたくなかった。


 ソファに座る。ややふらつく頭を押さえ込み、全員の目を一つ一つ見る。


「償いのため。俺を、仲間にしてくれないか? 俺を、ここに、居させてくれないか?」


 頭を下げる。閉じそうになる目を、必死で開ける。長い長い静寂が流れてきた。心が押しつぶされそうだった。


「何言ってるの?」


 震えきったミヅキの声が、頭上から降ってきた。


「大歓迎に決まっているじゃない!」

「これから、よろしくお願いしますね!」

「今までの態度を謝ったのだから、もう私もつっかかりません。こちらこそ今までごめんなさい。これからは、仲良くして下さいね!」


 ミヅキは今にも泣きそうな顔で、それでも笑っていた。ソラは穏やかな笑みを浮かべていた。ミライは頭を下げた後、ふふっと笑った。


 その時。視界の端で、孵化器であり、シロの寝床の中で、何かが動いたのが目に止まった。


「ピイ!」

「シロ……!」


 ドームの内側に、シロが前脚を立てていた。ぱたぱたと尻尾を振り、輝く緑色の目は、こちらを真っ直ぐに射貫いている。


「許してくれるのか。あんたも」


 自分は、シロに謝らなくてはいけない立場にある。なのにシロの顔は、まるで良かったねと、そう言っているように見えてしまった。


「クラーレ。本当に、いいのか?」


 ハルが静かに尋ねる。ああ、とクラーレは深く頷いた。


「決めたんだ。あんたのおかげで、道がわかった。俺は、ここに居ると、幸せだ。今はここを、俺の居場所にしたい。心から、そう思った」


 今わかった。さっき見た夢に出てきたのは、ここだった。


 胸の中に、何かが広がっていく。とてもとても暖かいもの。涙が零れそうなくらい、暖かなもの。胸を、体を、心を、満たしていく。ずっと空っぽだったところが、満ちていく。


 やっと。やっと、正夢になった。夢が、本当になった。


「ありがとう。本当に、ありがとう」


 全員の視線が、自分の顔に集まった。一様に呆気にとられた顔をして、皆面白いほど目をまん丸くしていた。何事かと首を傾げると、ミヅキがにっこりと、心底嬉しそうな笑みを見せた。


「クラーレって、そんな風に笑うんだね!」

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