phase4.1
上に飛び立った乗り物は、そのまま鉄橋の影に隠れて見えなくなった。ミヅキ達は鉄橋の下をくぐり抜け、追いかけていった。クラーレも急いで後を追い、鉄橋の下から出ようとしたときだった。
「うわあああ待って!」「ひいい無理無理!」「聞いてない!」
三人の悲鳴が聞こえてきた。その理由はすぐにわかった。上空に静止した乗り物に、先程にはなかった銃らしきものが、胴体から数本生えていた。そこから、一斉にレーザーの光線が射撃されていたのだ。
短い光が連続だったり、長めの光が断続的にだったりと。様々なレーザーの光が四方八方、広い河原を無数に飛び交う。様々な方向に逃げ惑いながら、ミヅキ達は鉄橋の下に戻ってきた。乗り物の位置的に、鉄橋の下まではレーザーは届かないのだ。
「もしもしハルさん?! どう対処すればいいでしょうか?」
ソラが切羽詰まった声を発しながら、インカムに手を押さえた。少しの間相槌を打っていたが、やがて「わかりました」と同時に手を離した。
「銃を攻撃して使えなくさせて、砲台の数を減らすのがいいって。僕のシールドと、未來さんの刀で防ぎながら、姉ちゃんをサポートしなさいと」
なるほど、とミライが鞘から刀を抜き、ミヅキはうん、と頷いた。
「じゃあそういうことで! 頑張ろう!」
ミヅキのかけ声に、再び三人は、鉄橋の下から飛び出す構えをとった。
「待て!」
「え?」
やっとそこで引き留めることが出来た。三人は振り返り、首を傾げた。
「俺は別にいいんだよ……。特別気にしちゃいないし。……どうして、いちいちそうやって構うんだ」
こんな風に言いたいわけじゃないと、言ってから気づいた。しかし、他にどういう言葉で表せばいいのか、出てこない。
顔を背けると、あ、という悲しげな声が、ミヅキから小さく漏れた。
「……ハルにクラーレの意見を尊重しなさいって言われたのに、私また……」
一体何を吹き込んだんだと、恐らく近くに身を隠しているであろうハルに問いかける。ミヅキは心臓近くの、ブローチがついている辺りを握りしめながら、首を上げた。
「ごめんね、だけど」
耳のすぐ傍で大きな音が鳴り、視界に様々な光が現れた。高度を下げた乗り物が、混乱の隙に一瞬だけ見えた。そのせいで攻撃がここまで届くようになったのか。
「わあああ、撃ってきた!」
ミライが叫びながら、レーザーを刀でどんどん斬り始めた。目にも止まらぬ剣裁きだと思ったが、闇雲に刀を振っているだけのようにも見える気がした。
「普通物語とかだとさ、ここは敵も待ってくれる場面じゃないかな?! まあそんなに世の中甘くないよなわかってたよ!」
その隙に、穹が両手を前に出す。途端、手の前に、水色に淡く光る薄い壁のようなものが出現した。レーザーの弾やビームは、全て壁に当たり、弾かれていく。弾かれた弾は、その衝撃を失って消失していく。
「少しは空気読んでほしいよ本当に! ほらクラーレ、早く逃げて!」
体を押そうとしてきたミヅキの手を、クラーレは首を振りながら避けた。
「だけど、の次はなんだ。今言え。でないと、ここから動かない」
意識して威圧的に言うと、案の定ミヅキは困惑気な顔になった。
「ちょっと長くなるんだけどな……。穹、持ちそう?」
「ぎ、ぎりぎり、かも……」
レーザーの音は絶え間なく聞こえてくる。休む間を見せず、ずっとシールドに弾が当たり続けている。この攻撃では、シールドの耐久も減っていく一方だろう。ソラの声が弱々しくなるのも頷けた。すると。じゃあ、と言いながら、ミライが刀を構えた。
「私が注意を引きつけに行きます!」
「未來さん、危なくなる前に戻って下さいね!」
「了解! ミヅキ、なるべく早めにお願いね!」
ミヅキの「ちょっと?!」という声も無視して、ミライは銃が飛んでくる方向とは反対方向に駆け出した。鉄橋をくぐり抜けた時点で跳び上がり、姿が見えなくなる。直後、銃の音とは別の衝撃音が聞こえてきた。何か硬いものに対し、刃で斬りかったような音だ。
瞬間、シールドに当たる銃弾の攻撃が、わずかに弱くなった。
だが音は鳴り止んでいない。依然として激しい銃声の中で、ミヅキが真っ直ぐ、こちらの目を見つめてきた。彼女は、軽く息を吸い込んだ。「私は」という第一声が発せられる。
「私は、クラーレのこと、何もわからない。今までクラーレがどんな思いをしてきたか、確かに私はわからない。全く理解できないと思う。わかったつもりでいただけで、ちっともわかっていなかった」
銃声は大きく、かき消されてもおかしくなかった。しかしどういうわけだか、銃声は遠く聞こえ、ミヅキの声は一字一句、しっかりと耳に届いた。
「だからクラーレがどんな選択をしても、私にはそれを止める権利はない。わかっている。だけど……。だけど、それでも私は、クラーレと仲良くなってみたかった。初めて会ったときぴんと来たんだ。友達になりたいって。クラーレが仲間になってくれたら、どんなに幸せだろうって」
真顔を保っていないと、ちゃんと声を出せなくなる。ミヅキの表情は、そんな考えが伝わってくる表情だった。
「でもそれは、ただの我が儘を押しつけてただけだったと、今日やっと気づいた。クラーレに面と向かって言われるまで、全く気づかなかった。……なるべく後悔を残さないために言っておくよ。今までごめんね。本当に、ごめんなさい。クラーレのこと傷つけて、ごめんなさい」
ゆっくりと頭が下げられる。ミヅキの後頭部が見え、一つに結んだ髪が揺れる。
「姉ちゃん、そろそろ限界!」
シールドにぴし、と小さいが高い、ヒビが入るような音が響いた途端、ソラが悲痛そうな声を出した。その隣に、息を切らしたミライも下りてきた。「ごめん、もう引きつけられない」と、息を整えながら言う。
「わかった。おかげで、とりあえず言いたいことは言えたよ。二人とも本当にありがとう! ……クラーレ、危ないから、離れてて!」
その言葉を最後に、三人は駆け出していった。背中が、あっという間に小さくなる。届かなくなる。
体が全く動かない。頭の中も、心の中も、空っぽになって、何も入っていないと感じる。その空っぽの心の中に、ミヅキの台詞だけが、静かに降り積もっていた。
「羽! 羽攻撃して墜とそう!」「わかっ……駄目だ撃ってくる!」「さすがに対策はされてるよね……!」
ミヅキ、ソラ、ミライの順番に、銃声の間を縫って声が聞こえてきた。今大変な状況であると、よくわかる声色。あの三人は、いつも、という頻度ではないのかもしれないが、それでもこんな戦闘の経験を何度かしているというのか。
なぜか、今見えている風景が、薄れていく。代わりに目の前に、二手にわかれた道が見えてきた。
道は綺麗に二方向にわかれている。分岐点の真ん中で、立ち尽くしている自分が見える。二つの道の先がどうなっているか、それは全く見えない。
――クラーレ自身が幸せと感じた瞬間を思い出せば、おのずとどう進むべきかもわかるだろう。――
耳の傍で、というより、頭の中で、その台詞は静かに響き渡った。
本当だろうか。その声の主にというより、自分に対して聞く。思い出せるのだろうか。そんなものないのではないか。探すだけ無駄ではないか。
怖いのだ。勝手に視線が下がっていく。自分の爪先が目に映る。
何も思い出せなかったら。幸せだと感じた瞬間を、どんなに思い出そうとしても思い出せなかったら。
そう思うと、足が竦むのだ。心臓が芯から冷えていく感覚がするのだ。自分には、幸せが存在しない。それを突き付けられたら、もう自分は、立っていられなくなるだろう。そして二度と、立ち上がれなくなるだろう。
だが。
クラーレは、マスクの下で、まぶたを下ろした。
もはや何に縋ればいいのか、自分で考えることが出来ない。今は、どんな形になろうと、何をして、どうするべきか、導いてほしかった。自身の、進むべき道を。
閉じた目の裏に、一つの光が見えた。すぐにその光が、今日見たばかりの北極星だとわかった。
その小さな星の光が、どんどん増えていく。見る間に増えていく。やがて、閉じた視界全てを、覆い尽くすまでとなった。
クラーレは、しばらくした後、閉じていた目を開けた。
ああ、そうだったのか。胸中に嫌でも広がっていくのは、一つの真実だった。
噛みしめなくてはならない。認めなくてはならない。気がつけば、道は一つしか見えていなかった。
顔に両手をやる。マスクの堅い感触を確かめる。手に力を込める。
マスクを顔から離した瞬間。目の前に横たわる世界が、覆っていた以上に広かったことに気がついた。
外したマスクの紐を、腕に掛ける。そのまま、ゆっくり歩く。決意を強く踏みしめるように、一歩を強く踏み出す。
鉄橋の下からくぐり抜けた瞬間、眩しい光が一瞬、マスクをしていない目を襲った。
数え切れないほどの閃光弾の中。ミライが、右から左へ一気に引き裂くように、赤く光った刀を上空に向かって振った。
瞬間、三日月型のビームが放たれた。ミライの刀から出た閃光が、真っ直ぐ空へと昇っていき、その途中で当たったレーザーを全て斬って防いでいく。レーザーの雨の中に、道が出来た。
手のひらを見せた状態で両手の指を組んだソラと、ミヅキが一斉に跳び上がる。何をするのかと思った直後、ミヅキの片足が、ソラの手の上に乗った。
ソラは勢いよく、足ごとミヅキを空中で持ち上げ、乗り物に向かって天高く放り投げた。
自身の力と投げられたことによる力。見事に重なった結果、ミヅキの体は乗り物に届いた。
ブローチと重ね合わせた瞬間、光が宿った拳を、ミヅキは乗り物から生えている銃のうちの一本に叩きつける。
攻撃した銃は、乗り物の背から生えている羽の両側にあるうちの、片方から生えているものだった。
他の銃は外側を向いているのに対し、羽の近くに生えている銃は、さながら羽に近づく者を撃つとでもいうように、羽の方向、つまり内側を向いていた。
二つの銃の内もう片方は、明らかに人為的にやられたとわかるような、ぐにゃりとひしゃげた形をしていた。
「よし!」
拳は銃に直撃した。そのままミヅキは下りてくるかと思いきや、羽の片翼を両手でわし掴んだ。
抱きしめる、というにはあまりにも強い力がこもっているであろう。羽をホールドしたまま、ミヅキは後ろに向かって倒れるような体勢をとる。
ばき、という妙な音がした。羽の一部分を抱いたミヅキが、落ちていくところが目に映った。
乗り物から生えている羽は、途中からその姿を途切れさせていた。片翼がぽっきりと折れた乗り物は、ゆっくりと高度を下げていった。
「あっぶないなあ……! 墜落して俺が死んだらお前らどうするわけ……?」
「片っぽの羽もげても、一気に落ちるような作りじゃないってハルが言ってたけど?」
地表に下り立った乗り物から、若干苛立ったような声が聞こえてきた。それに対し、同じく着地を遂げたミヅキが、もう挑発は効かないとばかりに、腕を組んだ。
「まあいいさ……。だってこいつの強みは、空中戦だけじゃないからなあ……」
言った瞬間、乗り物の下の方から鉄の脚が伸びてきた。羽もなく、脚もなかった乗り物は、ミヅキ達と同じくらいの身長だったが、脚が伸びると、一気に背が高くなった。2mより上くらいはあるのではないか。急にぐっと威圧感が増した相手に、ミヅキ達の顔が強張る。
「待て」
前に進んだとき、思いのほか大きな足音が出た。ミヅキ達の視線が一気に集中する。その驚いた顔を見るに、背後から近寄っていたことに全く気づいていなかったらしい。
何か言いたげなミヅキ達を置いて、ゆっくりとゆっくり、乗り物に近づく。距離を詰めていく。
「聞きたいこと……いや、確認だ。確認したいことがある」
「なんだよ鬱陶しいなあ……」
乗り物を見上げる。ウラノスの姿は見えないが、声はちゃんと聞こえてくる。話しづらいから下りろと短く述べると、しばらく無言だったが、脚がしまわれ、その分高さが低くなった。
「あんた言ったな。この乗り物一つで、生身だとすぐ倒れる外出がいくらでもできる、と」
こん、と軽く指で外装を叩く。へえ、と気の抜けた声が返ってきた。
「俺ほどじゃないが、結構記憶力高いなあ……」
「よし、覚えてるな。じゃあ聞くが。なんであの時、あんたは外にいた?」
窓の中を覗き込む。しかし中は見えない。自分の顔しか映っていない。目を鋭くさせた、険しい自分の顔。
「全部計算だったんだろ。山で倒れそうになっていたのも含め全部」
西から太陽の光が当たる。眩しかったが、目は閉じなかった。ここは、絶対に閉じてはいけない場面だ。眩しさに顔をしかめてはいけない場面だ。黙秘してきたウラノスに対し、表情を変えないまま、続ける。
「ずっとこれに乗っていれば、あんな風に体調を崩しはしないはずだ。なのにあんたは下りていた。何の為かは……。そうだな、さしあたり、俺の同情を引くため、といったところか?」
やや視線を落とす。その先に、乗り物の外壁の一部に、ちょうど手がすっぽりと入り、まだ余裕があるくらいの穴が空いていた。恐らく銃が生えていた箇所だろう。ミヅキ達が攻撃して、引っこ抜きでもしたのだと予想できた。
力の無い笑みが、中から漏れてきた。
「ああ気づいたあ……? 馬鹿は操りやすいのが唯一の長所なのになあ……。どうして変なところが鋭いのかなあ……。俺より頭悪いくせになあ……」
「……」
視線を別の所に移動させる。目に止まったのは、自分の右手だった。しっかりと手袋を嵌めた手。これを外すことは、自分がどういう人間なのか、示すことを意味する。
「別に、高いとは、全く思っちゃいないがな。……俺は、そんなにまで安い人間じゃないぞ」
なるべく操縦席にいるウラノスからも、後ろにいるミヅキ達からも見えないように。体の下の方で、右の手を覆う布を、左手の指で引っ張る。鼓動が大きく震える。手も小刻みに震えている。
「そうかあ。仲良くなれそうだと思ってたけど、お前つまんないなあ……。残念だ」
本当につまらなさそうに言うものだから、つい少し苦笑しそうになった。とても心がこもっている台詞だった。確かに自分は、面白い人間ではない。面白さとは程遠い。
「そうだな。じゃあ、そのつまんない奴から一つだけ」
軽く頷く。瞬間、手袋が、完全に外れた。流れるように、一気に右手首の関節部分を覆う鉄も、外す。
背後から息を飲む音がした。クラーレ、という声がかかる。空気をゆっくり飲む。冷たいそれが、体中を巡る。
「これが、俺の出した答えだ。……せいぜい、噛みしめることだな!」
躊躇いも何も、自分を邪魔しなかった。穴の中に、手袋を外し、鉄を外した手を入れる。奥深くに忍ばせると、こつんと冷たい部品が、手に当たった。絶対外に漏れないことを確認すると、目を閉じる。
五本の指先全てに、意識を集中させる。その一点に、血を、そして毒の液体を集めるイメージを、脳内で作り出す。
鼓動が早まっていく。同時に、指先が熱くなっていく。どくんどくんと、液体がその一点に向かって流れてくるのが、伝わってくる。
目を見開いた瞬間、一気に外に向かって、液体が放たれる感触がした。手の先に当たっていた堅かった部品が、徐々に徐々に形を失い、溶けていく。
きっとこれを作り完成するまで、大変な道のりがあったろう。自分の知らない苦労があったろう。それを自分は、一瞬で壊した。
だが、そんなことはわかっている。わかった上で、毒の力を使った。毒の力に頼った。
「……は?」
「まあ、そういうこと」
乗り物から、若干動揺したような声が耳に届いた。白い煙が、穴の隙間から立ち上ってくる。それを見ながら、クラーレは屈みこんだ。どこかふらつく足で、地面に落とした手袋と鉄を拾い上げると、再び鉄を、手にかっちりと嵌めた。
「ただな。実際に見たわけでもないのに必要以上に怖がるなんて意味わからないって台詞。正直に言うとな」
次に、手袋を嵌めようとしたときだった。どくん、と一際大きく心臓が鳴った。それは、何事かと感じる前に、どんどん大きくなっていく。脈動一つがやたらと重く、深い。
体から見る見るうちに力が抜けていく。まぶたに力が入らなくなっていく。だが、最後の力を振り絞り、気合いを入れる。
「嬉しかったよ」
口が回らなくなる寸前で、なんとか言いたかったことを言うことが出来た。瞬間、ある光景が、目の中に映り込んだ。
ガラス越しに、ウラノスの姿が見えたのだ。光の加減で見えなかっただけだった。彼が浮かべていた表情を見たとき、おや、と感じた。
彼は少し口を開き、目を見開いていた。ほぼ死んでいるみたいな瞳の中に、わずかな光が灯っていたように見えた。愕然と、呆気にとられているような。もっとも、幻覚だったのだろうが。
どさ、という音が、遠くで聞こえた。世界が真横になっている。自分を呼ぶ声が聞こえてくる。体が動かない。声が出てこない。頭にもやがかかっていく。
ごとん、と何かが地面の上を転がっていった。それはパルサートラップだった。
白く強い光を纏ったパルサーの姿は、まるで星そのものだった。
ああ、とまぶたが下りていく。目の前が闇に覆われていく。
完全に闇に閉ざされた後も、まだ白い光がちかちかと点滅していた。それが北極星か、パルサーか、それとも他の星なのかは、わからなかったが。
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