phase6「宇宙人でも」
「美月……?」
なんで、と続けようとしたが、喉が潰れたように、何も言えなかった。美月はとんとんと、インカムを指で叩いた。
妙なその仕草に首を傾げ、あっと未來は声を上げた。自分のインカムを確認すると、通話がオンのままの状態になっていた。
「聞いてたんだ……」
「ねえ、未來」
美月が少しだけ屈む。自分のものではない声が、美月が発する美月の声が、耳の中に流れ込んでくる。
「そんなに大切なこと、一人で抱え込まないでよ。頼ってくれないと、なんだか寂しいじゃない」
寂しい、と聞き返す。うん、と美月は浅く頷き、マントを翻して、背を向ける。
「もうじき穹も来ると思う。未來は少し休んでて!」
横顔だけ、こちらに見せてくる。その顔は、眩い輝きを放っていた。
「私の友達にひどいことをしたら、痛い目を見るよ! 覚悟なさい!」
前方を向き、声高らかに美月が木に対して言う。宣言の直後、美月は地面を蹴った。
あっという間に距離が遠ざかり、小さくなっていく後ろ姿に、未來は腕を伸ばすこともできなかった。
美月――。口から発せられなかった言葉を、胸の中で呼びかける。
私は、私なんだろうか。そうやって受け入れてもいいんだろうか。そう受け入れられる日が来るのだろうか。
美月が、宇宙も地球も、周りも気にしないまま、自分に話しかけてくれたように。
私も、私のことを、宇宙も地球も関係無く、受け入れられるのだろうか。受け入れていいのだろうか。
問いかけても、声に出していないため、もちろん美月は返さない。その美月は、たくさん伸びてくる細い根を全部掴んで引きちぎったり、地面から出てきた根を躊躇いなく殴ったり、動きがいつにも増して荒々しかった。どうやら怒っているようだ。「よくも未來に!」などと怒鳴っている。未來は、思わず顔を緩ませていた。
「かったあ……!」
根を躱しながら、美月はあっという間に樹木本体にまで辿り着いた。だがその樹皮に両拳を打ち込んだ途端、苦痛に滲んだ声を出した。
未來は緩んだ顔を引き締めた。攻撃のステータスが一番高い美月でさえも通らないのか。その証拠に、木にダメージが入った様子は無い。どうすればと、未來は頭を回そうとした。
一旦引くつもりなのか、美月が体を回転させ、今度は木に背中を向けた。両足を樹皮につけ、そこを蹴り、一気に飛び出す。こちらに向かう美月の目が、突如、大きく開かれた。
「後ろ!!!」
未來は顔を上げた。言われたことを理解する前に、体全体に影がかかるのが見えた。
背後を振り返ったことで、影の主がわかった。それは、巨大な根だった。土から体を出している根が、その巨体をこちらに向けていた。どんどん近づき、視界がその物体で覆われていく光景に、未來は言葉を失う他無かった。
潰されると、頭がそういう言葉を弾き出した瞬間。
ガン!
大きな衝撃音が轟いた。未來は、ますます声が出なくなった。
目の前に立つ、青いシルエット。その人影は両腕を上げていた。両腕を上げ、手で、根を支えていた。持ち上げていた。
「いいよ、穹!」
美月がコスモパッドとブローチを重ね合わせながら、接近してきた。一度着地し、また跳び上がって根に近寄りつつ、先端部分に拳を贈る。接触部分から黄色や白の光が弾け、根はまるでびっくりしたようにわずかに後退し、土の中に戻っていった。
支えていたものがなくなった穹は、がくんと頭と両腕を垂らした。根を持ち上げていた腕は震え、はあはあと息を荒げている。立ち上がりつつ、声をかけようとしたときだった。
「ごめんなさい、姉ちゃんから聞きました!」
穹が音が出そうな程の勢いで首を上げ、未來の目を見てきた。未來が目を白黒させていてもお構いなしといった風に、更に捲し立てる。
「上手く言えないのですが! 未來さんは格好いいと思います!!!」
穹の声色は、普段穏やかなものだ。その穹が、今とても大きな声を上げている。
「嫌なものに対してちゃんと嫌だと言えるって、僕はとても格好いいと思います!!!」
穹の隣に、美月がやってきた。「そうそう」と頷きながら、笑っている。
穹の言う“嫌なもの”が何のことを指しているのか、すぐにわからなかった。状況が状況で、頭がさっきから全然回っていない。
今日の学校での一件のことではと思い当たったのは、「で、では、て、敵と戦ってきます!」と穹がその場から離れてからだった。
「ハルから連絡来ると思うから、未來はまだもう少しここにいて。敵のロボットの情報とか色々、ハルに伝えてくれないかな? それで分析して戦い方教えるって言ってたから」
わかったと半分夢を見ているような心地で了承すると、美月はお願いねと言い残し、もう一度木に向かっていった。
そのすぐ後で、インカムから無機的な声が流れてきた。
『ミライ。大丈夫か? 無事か?』
「はい、なんとか。平気です」
力なく立ち尽くしたまま、インカムを手で抑える。
『大変なときで申し訳ないが、敵のロボットの詳細な情報を教えてくれるとありがたい。私は、現場に行くことが出来ない』
「そっちこそ大丈夫なんですか? セプテット・スター来てるんじゃ?」
『来ていない。私が隠れていて見つけられないからというのもあるだろうが、とにかく平気だ』
そうですかと返し、未來はとりあえず、敵のロボットの見たままの情報を伝えていった。
木が変化したこと、向こうの戦い方、自分が戦ったときの状況や情報などを、ハルに言われるがまま、多く列挙していく。
その間にも、引きつけてくれている美月と穹は、戦っている。二手に分かれて注意を分散させたりなどして協力しながら、的確に幹にダメージを与えていっている。が、二人の反応からして、攻撃が通っているという手応えを感じていないようだ。
早く自分も加勢しなければ、と焦りを覚え始めたときだった。情報を聞いてからしばらく無言だったハルが、『幹にダメージを与えていると言ったな?』と急に聞いてきた。
「はい、そうです。でも堅くて通らなくて、全然……」
『違う。幹にダメージはいかない。いってもすぐに再生されるだろう。急所は、根だ』
根、と聞き返す。根を斬ったとき、その断面からすぐに新たな根が生えてきた場面が、脳内で再生される。
「根がむしろすぐ再生されるんですよ?!」
しかしハルは、『間違いない』と断言してきた。
『恐らく、そのロボットは固定砲台型。本体である木は動けないが、代わりに根を伸ばすことが出来るという性能が特徴なはずだ。もはや普通の木ではなくなっている。が、素材が木であることに変わりはない。木の弱点は、根だ』
と、「全然だめ!」「堅すぎる……」と、美月と穹がこっちに逃げてきた。
「連打も連続キックも無駄! 手も足も痛い!」
美月がぶんぶんと手を下の方で振りながら、苦々しい顔つきをした。穹も切実そうな表情で同調した後、「ハルさん、なんて言ってます?」と聞いてきた。
「なんか、木であることに変わりはないから、根が弱点だと……」
「根?」
姉弟同時に首を傾げ、ああ、と即座に目を大きくした。
「根から栄養とか吸収してるもんね!」
「生き物は根っこの部分が大切だって言いますしね!」
ほぼ同時に言った姉弟が、顔を見合わせた。
「何言ってるの穹?」
「え、よく言わない? 姉ちゃんこそ何?」
「この前理科教わった時、ハルが言ってなかったっけ?」
「ええ? そんなこと言ってた? 何言ってんの?」
瞬間、美月の眉がつり上がった。火花の気配だ。ぱん、と未來は自分の手と手を叩いていた。
「とりあえず、やってみましょう!」
美月と穹と、目が合う。うん、と大きく頷かれる。未來も、頭を縦に大きく振った。
『再生されても、連続してダメージを与えていけばいい。根が柔らかいといったが、それが証拠と見受けられる』
ハルから注釈が届き、未來は美月と穹に伝えた。もう一度、しっかり目を見て、頷き合う。真っ直ぐ前を向いて、敵を見据える。そして強く、地面を蹴り上げた。
思っていたとおり、樹木に近づこうとすると、すぐに地面が揺れ出した。隣を走る美月、穹と顔を見合わせ、互いに頭を縦に振り合う。
根が顔を覗かせたと同時に、未來は跳びはねた。
「はああああっ!!!」
先端の柔らかい部分を狙って横斬りし、間髪入れずにもう一度大きく振りかぶり、縦斬りにする。
断面は、すぐに再生された。それを見ながら着地し、交代で今度は美月がジャンプする。未來の隣で穹が、ぐっと拳を固める。
穹が、その拳を勢いよく根の下部に向けて突きだす。美月が、一回、体をぐるりと回転しつつもう一回と、二度蹴りを入れる。パンチもキックも両方根にヒットし、瞬間それは、少しだけよろめくように、後方に傾いた。
逃れるように土に潜った根に、やっと明確な手応えが見え始めたと未來は思った。
両手を握りしめる未來の横から、美月が「未來!」と声をかけていた。
「一緒に行こう!」
美月は、歯を見せてはにかんでいた。
「もちろんだよ!」
未來は、刀を握りしめた。
自分がどういう表情をしているのか、自分で見ることはできないから、わからない。だが恐らく、笑っているのだろう。美月も穹も、笑っていたから。
幹には無理に近づかないでいいというだけで、だいぶ立ち回ることが簡単になった。根が出てくるときのみ気をつければいいわけであるから、他にあまり注意力を向けずにすむ。おかげで、注意力や集中力を、根一点に絞ることが可能となっていた。
未來が刀で削る。穹が追い打ちをかける。美月がとどめを刺す。役割を分担し、出てきた根に対し、的確に攻めていった。
簡単に再生されるが、攻撃を加えると、根や木の動きがわずかながら衰える。言われたとおり、根が急所だったのだと、未來は思い知った。最初、早々に根に攻撃するのは無駄と見切りをつけた自分が、恥ずかしくなった。
でも、と攻め込みの最中、未來はこっそり、美月と穹の横顔を盗み見た。
もっと恥ずかしいのは、早く二人を頼るということをしなかった、自分だ。
自分を自分として見てくれた二人のことを、もっと早くに頼れていればよかったと、反省する。自分は誰なんだろうと、もっと早くに打ち明けていれば良かったと思う。
なぜもっと早くにそれをしなかったか、後悔したくなる。が、それはできる限り、しない。これから絶対に、大切なことはちゃんと伝えよう。そう誓うのみだ。
根に剣戟を浴びせる。美月がパンチを、穹がキックを、同時に入れる。
根が仰け反るような動きを見せ、恐れを抱いたように慌ただしく土の中に消えていこうとした。直前、未來は根に近寄り、真っ二つに引き裂く勢いで、縦斬りを加える。
「結構いってるんじゃない?!」
美月が期待に満ちた目で、振り向いてきた。
「だと思う。もう少しだよ」
斬ったときの手応えが、今までとやや異なると直感した。硬度は変わらない。ただ刃先が、少し当たりやすかったように思う。穹も、「蹴ったとき、なんといいますか、ダメージが入ったなっていう感じがしました」と自身のブーツを見た。
何よりも、ダメージを与える度に、前までにはなかった動きを、木が見せている。うろの中の目が、ダメージを入れる度、点滅をするのだ。
「よし、あと少し! 全力でいこう!」
美月のかけ声を合図に、また三名は走り出す。すぐ後、根が飛び出てくる前兆である、地面の揺れが伝わってきた。美月や穹と目線を交わし合い、根が出てくると思われる地点から、飛び退く。予測通り、根は現れた。
「んん?!」
その時、思わず未來は、声を上げていた。なぜならば。
根の姿に、驚かざるをえなかったからだ。
今まで根は、真っ直ぐ、天に向かって現れていた。それが今回は、斜めになって出てきている。しかも、それだけではなかった。
同じような斜めになって出現した状態の根が、三本現れていた。その三本の上にそれぞれ、未來、美月、穹が乗っていた。
呆然として、何が起こったのか把握しきれていない美月と穹の姿が、目に映った。
「あ、あれ……?」
「ちょっと待って、これ……」
その二人が、妙な台詞を上げ始めた時、未來はようやく異変に気づいた。
ずるずると、坂の上を滑るように。自分の体が、根の上を滑り落ち始めているのだ。
「すべ……」
っていると続けようとしたときだった。速度が、増加された。
「はああああああ?!?!?!?!?!」
三人分の声が重なり合った。
「待って待って待って待って!!!!!!」
美月が叫ぶも、一度ついた勢いというものは叫び声程度では止められなかった。穹が悲痛な声を張り上げた。
「ぶぶぶぶぶつかる!!!!!!」
樹木が、目の前に迫っていっている。美月や穹の攻撃がほぼ通らなかった、鋼鉄の樹皮が。
見る間に景色が後ろに下がっていく。風が顔に当たる。摩擦が熱い。うろの中の目からしゅうしゅうという煙が上がっているのが見える。距離が、縮まっていく。
「うわわわわわわ!!!」
「待ってええええーーーー!!!」
「ぶつかるうううーーー!!!」
未來の悲鳴。美月の叫喚。穹の絶叫。三者三様の金切り声が融和する。それらが未來の耳に届いた、直後だった。
感覚が消えた。何かの上にいるという感覚だ。次いで、体が止まった。次に、下から上へ流れていく景色が見え、下から上へ流れていく空気が伝わった。最後に襲ってきたのは、体の痛みだった。
「ぎゃっ!」
「うわっ!」
美月と穹の声がした。二人は尻餅をついたような格好で、地面の上に倒れていた。かくいう未來自身も、同じような体勢になっていた。
「いたたたた……」
腰の辺りをさすりながら、美月は何があったとばかりに視線をうろつかせた。
「な、何……?」
穹は体を起こすということそのものに、考えが至っていないようだった。未來はゆっくり立ち上がりつつ、「あれ」と木を指さした。
目の前に生える木。そこには、うろが無くなっていた。その奥の赤い目も消えていた。
ざわざわと枝葉を夏風に揺らす、どう見ても平凡でどこにでも生えているような木が、そこにあった。ロボットとして動かされていたという面影が、気配や雰囲気もろとも消え失せていた。
「もとに……」
「戻った、んですか……?」
ざわ、と一際大きく、木の葉が揺れた。瞬間、未來の頭の上に、何かが落ちてきた。こつん、と音がし、軽い石のようなものが脳天に当たる感触。未來は反射的に、手を前に伸ばしていた。
赤いグローブが嵌められた手のひらの上。そこに、赤く光るものが、上から現れた。
陽の光を反射する、赤い光。勾玉のような形。見紛うはずもなく、未来の人生を大きく変えた、あの首飾りだった。
それを、未來は握りしめていた。石の硬さと、冷たさが伝わってきた。グローブの布を通し、皮膚を伝って、心臓へと。
にしても、という穹の声と、起き上がる際の衣擦れの音が聞こえてきた。
「なんで急にもとに……。……ん? ……う、う、うぎゃあああああ!!!!!!」
穹の声が、引き裂くような、というどころではない悲鳴に切り替わった。
ただ事では無い声につられてそちらを見ると、凄まじい速度で美月の後ろに隠れる穹と、驚愕の色に染まりきった目をしている美月がいた。
「失礼ですねえ、穹さんったら。人の顔を見るなり叫んで逃げ出すなんて」
美月の表情の理由。そして穹の悲鳴の訳。すぐに合点がいった。穹が立っていたところからすぐ後ろ。やれやれと首を振るマーキュリーの姿がいた。
あの鋭い眼光も、低い声音も、人違いだったのではと思う程、すっかり彼はさっきとは別人の雰囲気を持っていた。それでもやはり人違いでないとわかるのは、その雰囲気が明らかに繕っているものだと嗅ぎ取れるからだ。
「一体どうしてここに来……ねえ穹ちょっと離れてくれない!」
「むりいいいいい!!!!!!」
「あらあら~、私ってだいぶ怖がられちゃってるんですねえ~」
よほど不意打ちがきいたのか、穹は美月のマントにがたがたに震えながら縋り付き、腰を抜かしていた。
「……なんでここに」
穹の相手で忙しい美月に代わり、未來が身構えつつ尋ねる。マーキュリーは、事も無げに返答してきた。
「ハル、捕まえられなかったんですよねえ。さっさと逃げおおせて、レーダーからも消えてしまいまして。お手上げになってしまったのですよねえ。というわけでここに戻ってきたわけです。残念残念」
と言う割には、本当に残念に思っている様子は感じられなかった。これも取り繕っているからか、それともまだまだ余裕があるという意味か。
マーキュリーは自分がロボットに変えた木を見ながら、はあという声を上げ、肩を落とした。
「あんまり元が強い木じゃなかったんでしょうねえ。性能はいまいち。おまけに急所をちょっとたくさん突かれたらすぐに壊れる。うーーーん、私の見る目が無かったですねえ」
手にしていた槍を興味なさげに眺めながら、肩をすくめる。未來はマーキュリーを見上げた。
「じゃ、あの時ちゃんと選んでいれば、それですんだでしょうが」
「あ、あの時?」
美月がきょとんとして、未來と彼の顔を見比べる。そんな美月をおいて、彼はゆるゆると首を振った。
「そうですねえ。ちょっと、大人げがなかったですね。申し訳ないことです。大変失礼致しました」
謝ると同時に、綺麗な角度で頭を下げてくる。頭を上げ、見せた笑顔は、やはり見事なものだった。
笑みの下に何かを隠してあることそのものは伝わってくるのに、肝心の正体が掴めない。
上手いな、と感じた。その仮面は一瞬剥がれ落ちたのだが、多分もう滅多に剥がれることはないだろうなと、勘が言っていた。
「では、これにて私は退散させて頂きます。早く戻らないと、うるさい奴が更にうるさくなりますからね」
「うるさい奴」
「あーうちのリーダーのことです。内緒ですよ?」
くすくすと、恐らく嘲笑が入っているであろう笑みを見せながら、マーキュリーは軽く会釈をし、背を翻した。
「……どうして、自分を出さないの。さっきみたいにさ」
気がついた時には、未來はそう発していた。彼は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
「何を仰るのですか。“あの私”も、“この私”も、全部“私”ですよ」
心外とばかりに、わずかに狐目が見開かれる。そして、口角が上がる。微笑んだのか、それとも違う種類の笑みか。そんな意味深長な相好を残して、この場から立ち去っていった。
「ひいいいい、なんだったんだよ一体……!」
「穹がなんだったんだよって言いたいよ、こっちは! もう離れて!」
「えええええひどい!!!」
表面張力のような、極限の状態だった空気がようやく緩んでいくのを感じ、未來は息を吐いた。肩の力が抜けていく。そこでふと、強い力で石を握っていたことに気がついた。ひんやりとしていた石が、今は体温のせいで冷たさが消えている。
いまだ震える穹をたしなめることは諦めたのか、放っておいている美月が、インカムでハルと終わったことを報告していた。通話が終了したとき、「ああそうだ」と未來の顔を見た。
「言い忘れるところだった。……いや、今言うことじゃないかもしれないけど」
「何?」
歯切れが悪かったが、意を決したように美月は首を縦に振った。
「あの人達、すぐ目を覚ましたよ。それに、直前の未來のこと、忘れてるっぽかった」
自分の目が、見開かれたのがわかった。ちらりと未來を見た美月はなんてことのない世間話をするように、軽い調子で言った。
「未來は、悪くないよ」
くる、と背が向けられる。穹を引っ張って、歩いて行く。そう、と未來は返していた。
よかった。そう言おうと考えていた。結局、出てこなかった。何に対する「よかった」かは不明だ。しかし、ただその一言だけが、頭の中に生まれたのだ。
手の中の石を覗いた。禍々しいと思っていた赤色は、今見ると全然そんなことはなかった。むしろ、力強いエネルギーを感じる色に映った。
きっとこれと同じ色が、自分の中にもある。そう感じた。なぜか、不快だと思わなかった。
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