phase3.1

 翌日。また宇宙船に集まり、冷蔵庫から冷やした水羊羹を取り出し、お皿に並べた途端、感嘆の声が美月と穹から上がった。未來も例外ではなく、「わあああ……!」と言ったまま、しばらく固まってしまった。


 丸い透明の容器に入れられた水羊羹。三層になっており、一番下の三層目は、普通の小豆の羊羹である。


 ただ中に、黄色や赤やピンクや緑など、色とりどりの星形の寒天が沈んでいる。二層目は夜空を思わせる深い青色の層。三層目のものより更に小さい、白色の星形の寒天を入れ、天の川を模した食用の金箔を散らしている。

 二層目はグラデーションで、一層目に近くなるほど、青が薄くなっている。その一層目は薄く透明で、満月の形に切った練り切りが乗っている。


「綺麗だな……!」


 穹が食い入るように眺める横で、美月は査定する時のような厳しい視線を向けていた。それがふっと和らいだ。


「とても綺麗だし、素敵だし、季節に合ってるし、これなら人の興味を惹くと思う! 新商品として、これ以上ない代物だと、私は思うよ!」


 うん、と未來は頷いた。

目にするまでわからなかった。しかし目にした途端、これなら大丈夫だという確信が、胸を埋めていった。ショーケースにこれが並んであったら、自分は間違いなく買うだろう。その様子を思い浮かべながら、未來はまた首を縦に振った。


 心配だったのは、最重要でもある味だった。いくら見た目が綺麗でも、そのせいでもし味がばらばらだったりして、美味しくないなんてことがあったら、意味がない。その点も考慮した上で作ったが、口にするまで、それがずっと懸念材料だった。


 しかしスプーンで掬って食べた途端、懸念はどこかに飛んでいった。


「美味しい……!」

「凄い……! 凄いですよ未來さん!」

「うん。これはまさに、大成功と呼ぶにふさわしい」


 皆の言葉に、こくこくと頭を振るしか出来なかった。見ていても楽しいし、甘すぎず甘くなさ過ぎずでちょうどいい。味も纏まっている。素人が作ってこうなのだから、玄人である萬月屋が作ったら、出来は想像するまでもなかった。


「寒天の食感も面白いなあ……! ところで未來、一番下の寒天は、どうして色が白じゃないの? 統一されてないのも、良いポイントとは思うけど」


 調理何回目かのとき、未來は一番下にも寒天を入れることを思いついた。色は絶対にたくさんの色を使うと言って聞かなかったのだ。


「それは……この寒天は、皆さんだからだよ」

「ど、どういうこと?」

「まあ、美月が感じたことが正解ってことで!」


 この水羊羹のデザインは、この前海で星を見たときのあの光景を元に考えた。ずっと見ていたいと感じ、ずっとこの時間が続いてほしいと思い、心がずっとほのかに暖かくて、夜なのに全然寂しくなかった、あの光景を。


「ふふふ。これが採用されたら、ご褒美にお母さんが、誕生日にプレゼントとは別に、いっぱい練り切りを買ってくれるって言ってたんだよね~! 採用されるといいな。橘さん、OK出してくれるかな!」

「絶対大丈夫! 店長さん、きっと秒で採用するって!」


 美月がそこまで言い、ガッツポーズを作ったときだった。「あれ?」と不自然に固まった。


「誕生日に、って……。未來、誕生日いつなの?」

「あ、言い忘れてたっけ。7月29日だよ~」


 静寂が流れる。どうして今沈黙が訪れるのか、未來は首を傾げた。


「はああああああああ??????!!!!!!」


 美月が勢いよく立ち上がった。穹が呆然としている。一体二人は、何に対して驚いたのだろうか。


「もうすぐじゃない!」

「だね~」

「だね~。じゃない! なんで言ってくれないのさ!」

「なんで言わないといけないの?」


 見上げると、美月の目が呆れと怒り混じりのようになっていた。はあ、と片手が当たることにより、その不可解な感情を抱えた両目が覆われ、隠される。


「当たり前でしょう、そんなの」


 お手上げ、のように両手を上げる。


「友達の誕生日って、祝いたいものじゃない」


 その言葉は、鈴の音を聞いたときに似ていると感じた。心に降って、積もっていくような。静かなのに、ずっと耳に残り続けているような。耳からその音が消えた後も、ずっと脳の中にいて、芯の部分を振るわせ続けているような。なぜだろうか。


「ああもう、どうしよう。残り時間少ないなあ……。全力投入で考えなくては! ハルもお祝い、やるんだよ! いつも世話になってるでしょ?」

「確かにそうだな。普段の礼はちゃんとしなくてはいけない。……よし、ミライ、君は今何を欲しているのか聞いてもいいだろうか」

「本人に直接聞くなーーー!!!」

「しかし聞かないとわからない。合理的ではない」

「聞いたら言えなくなるものなの! 普段からのリサーチってやつで察するのよこういうときは!」

「ええ、難しいよ……。というか僕も聞こうと思ってたんだけどな……。そっちのほうがいいでしょ、失敗しないし」

「揃いも揃ってるね全く!」


 ぎゃあぎゃあと三人が騒いでいる。そのせいで、何を貰っても嬉しい、という台詞を、いつ言うか測りかねていた。


「まあとにかく期待しててね、未來! 凄いお祝いをするから!」

「凄いとは、ミヅキの計画とは具体的にどういうものだ?」

「抽象的すぎるんだよなあ、姉ちゃんは」

「ちょっと黙っててくれないかな?!」


 美月、とやっと口を開くことが出来た。何、と二人を怒鳴りつけたときとは一変、柔らかく聞いてくる。


「私は、星の写真なら外れが無いよ。でも、はっきり言って、何を貰っても嬉しいんだ」


 ふ、と美月は挑戦的な笑みを見せてきた。


「ふっふっふ。期待以上のものを贈ってやりますよ、未來さん?」


 あはは、と未來は声を立てて笑った。

 美月達から貰えれば、何でも嬉しい。それは、伝わらなかったようだ。




 美月達からエールを受け取り、早速未來は新しい水羊羹を手に、萬月屋へと向かった。新商品候補を持ってきたと言うと、橘は未來を店の奥に誘った。


 休憩室でもあるその部屋で、保冷バッグの中から取りだした羊羹を見るやいなや、彼女は大層驚いた様子を見せ、「凄いじゃないの!」と拍手した。


「まだまだですよ。実際に食べてみて下さい。判断はそれからです!」


 容器ごと手にとって、上から下から、右から左から飽きずに眺め続けている橘に、未來は人差し指を立てる。


「あっ、そういえばそうね! うっかりしていたわ!」


 それじゃあ、と橘はスプーンを手にした。綺麗に三層掬ったじっとスプーンの上を眺めた後、ぱくっとあっという間に口に入れた。


 比較的、すぐに口の中から無くなりやすい食べ物なのに、橘はじっくり味わっている。もう飲み込んだのか、それともまだ口に残っているのか、判別出来ないほど、時間をかけている。騒ぐ胸をなんとか沈ませようと試みているが、上手くいかない。

「うーーーん……」


 眉と眉の間に皺が寄る。それを見た途端、体が落ち着かなくなってきた。更に胸が騒ぎ出し、止まらなくなる。「どうですか?」と言った声が、目に見えそうなくらい震えていた。


「……」


 橘の顔は険しい。黙ったまま、スプーンが置かれる。ことりという音が、妙に冷たく、大きく聞こえた。


「……んっ!」


 険しさが突如として消えた。表情は明るく、輝いている。


「凄く美味しい! 合格よ!」


 ごうかく、とおうむ返しする。一拍間を置いた後、未來は息を飲んだ。


「羊羹らしさもある。なのに今まで食べたことのないような羊羹でもある。寒天の食感も面白くて美味しいし、何よりも見た目がとても綺麗だわ!」


 感心深げに、羊羹を掲げてきた。


「未來ちゃん、本当にこれ、借りても良いの?」

「その為に作ったんです! ここで遠慮されたら水の泡になってしまいます!」


 それもそうか、と橘は破顔した。


「私では、逆立ちしたって思いつかなかったでしょうね。未來ちゃんはやっぱり凄いわ!」

「いやいや、そんな。思い出を元に作った、ただそれだけです」

「思い出……?」


 少し眉根が寄せられたが、すぐに「そこから発想を得て、この形に行き着くことそのものが素敵なのよ」と微笑んだ。


「それに、一番上の、満月の練り切りも良いわね」

「この店の名前、“まんげつや”ですから!」

「……! 未來ちゃん、本当にありがとう。感謝してもしきれないわ!」


 泣きそうになっている橘を見て、未來の心は温かな水を注いだように、確かに満たされていっていた。この姿を見たかったのだと、改めて気付けた。


 注意点やコツが書かれたレシピを渡した後、すぐにでも商品にするために作ると意気込む橘と別れ、萬月屋を後にした。


 夏の青空は目に眩しく、煙のような入道雲が裏山の向こうから顔を見せている。


 妥協をせず、諦めず、何度も挑戦し、納得のいくものを考え、見事そのレシピを渡すということを達成できた。やり遂げたのだ。地に足がつかないような感覚で、まだ実感が湧かなかった。


 しかし、わかっていることが一つある。自分一人では、ここまで出来なかったであろうことだ。


 きっと、途中でこれでいいか、と諦めていたかもしれない。だが、皆の目があったおかげで、これでいいか、を選択せずにすんだ。


 何よりも、試行錯誤し、調理するあの時間が、全く苦痛ではなかった。それが、一番大きい。ハルが、穹が、美月が、同じ空間にいて、あれやこれやと言葉を交わし合いながら、あれやこれやと作った。


 きっと自分一人だったら、途中で苦痛を感じていただろう。間違いなく。

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