phase6「合宿終了」

 翌日も昨日一昨日と同じく、非常によく晴れていた。美月は青空を見ながら伸びをし、大きなあくびをした。

 フェスは終わり、後片付けや残る手続きを終えた後、両親は旅館で荷物を整えていた。一足先に終えた美月と穹は、旅館を出て少し行った所で、待っていた。


「姉ちゃん、ぎりぎりまで寝てたね」


 穹が肩をすくめた。昨晩は布団の中で、あれこれと星のことに考えていたせいで、寝付くのがだいぶ遅い時間になってしまっていた。目を閉じれば勝手に星空がぽつぽつと浮かび、浮かんでくればその星に、つい思いを馳せてしまった。


「まあね……。でも、おかげで悩みは消えたよ。一昨日、片付けずにそのままにしていたら、昨日の夜星を見ることはできなかった。だから、私のしたことは、後悔していない」


 あーでも、と美月は腕を組んで、苦い顔をした。


「後悔してるといったら、昨日は最終日だったのに、フェスを回れなかったことかな」


 聞けば、二日目にしか出なかったメニューもあったらしい。一日目には売り切れていたご飯も買えたかもしれない。それを思うと、心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。


「美月ーーー!」


 道の向こうから、慌てふためいた形相で駆けてくる未來が現れた。まだ父の取材旅行は終わっていないようだが、目的は果たしたので先に帰ると、先程駅に向かう彼女と別れたばかりだった。


「ちょっと、どうしたの一体?!」

「いいから早く来て! こっち! 早く!」


 美月と穹の腕を掴むと、未來は走り出した。何か言う暇もなかった。

強引に引っ張られて連れて行かれた先は、あの砂浜だった。さっき後片付けのために公民館に行く途中、また少しゴミが増えているのを見てしまった浜辺。

 そこに増えていたのは、ゴミだけではなかった。


「あれって……!」


 声が出てこない美月に代わり、穹が口を開いた。


「お、どうしたんだ? 帰ったんじゃなかったのか?」


 暑い暑いと手拭いで汗を拭きながら、砂浜にいた汐澤が石垣の下にやってきた。公民館で挨拶を交わし、別れたばかりの彼を見下ろす形で、美月は石垣の上から、やっと口を開けた。


「皆さん、一体何をしてるんですか?」

「何って」


 汐澤は振り返ると、砂浜をぐるりと見回し、なんてことのない風に言った。


「ゴミ拾いだ」


 へ、と間の抜けた声を抑えることはできなかった。色々聞きたいことがどんどん浮

かんでくるのに、口から出てくるのはえーとという言葉になってないものばかりだった。


「それは、どうしてですか?」


穹が代わりに尋ねた。砂浜にいる10人くらいの人影は、皆トングとゴミ袋を持っていて、トングでゴミを掴んで袋に入れるを繰り返している。その人達の中には、一昨日美月達にお礼を言いにきた店の人達もいた。


「もともと、自分達で定期的に拾っていたんだよ。だがな、拾っても拾ってもゴミは増えてく一方でな……。そんなだから、拾う人もどんどん減っていって、ついには放置ってことになってしまってたんだ」


 はあ~と、汐澤は怒りによる疲れからのため息を吐き出した。


「フェスを開催して、その収入でゴミ拾いが円滑になる方法か、もしくは捨てるのを抑制する方法を編み出して、実用化にいけないかと考えた。が、もっとシンプルな方法があった」


 人の良さそうな、快活な笑みを見せてきた。


「捨てるほうが根負けする日まで、拾い続けるほかないってな」


ありがとう。


 その言葉に、美月は瞬きをして、繰り返した。波音のせいで、一応言葉は聞こえたが、聞き間違いかと感じた。


「ありがとう。君達のおかげで、諦めてる暇はないと思ったんだ。こうして、たくさんの人の心を動かしてくれて、本当にありがとう!」


 やはり聞き間違いかと、美月は感じた。けれど耳から入ってきたそれは、胸に降り積もり、なかなか消えずに残り続けている。


「いいえ。私は、自分のやりたいことを、やっただけ。他の皆は、ついてきてくれただけです」


 それで終わらなかった。ただ、それだけのことだ。


「また、フェスを開催して下さいね! 絶対に行くので!」


 大きな波音が響き、海が一瞬きらりと大きく輝いた。




 車に乗り込み、走り出して少しした頃、助手席の浩美から声をかけられた。


「美月、何か良いことでもあった?」

「え、なんで?」

「凄くにこにこ笑ってるじゃない」


 ぱっと美月は顔を両手で覆った。ばれている。さすがに親の目は誤魔化せない。浩美の笑い声が上がった後、「はい」と体を後ろに向け、紙パックを手渡してきた。


「朝食無かったでしょ? 今日作ったのよ。二人で食べて」


 開けた途端、覗き込んだ穹がうわあ、と高い声を上げた。


「一番よく売れたメニューなんだ」


 弦幸がハンドルを握りながら付け足した。


 紙パックの中には、カツサンドとコロッケサンドが入っていた。保冷バッグと保冷剤で冷やされていたせいか、触ると冷たかったが、思わず唾を誘う見た目をしていた。

 美月は早速カツサンドに手を伸ばした。一口囓ると、思わず飛び退いた。


「何これ美味しすぎない?!」


 ソースが肉と、一緒に挟んである千切りキャベツとよく絡んであり、そのソースはパンに染みこんで、食べる速度が早まる味になっていた。コロッケサンドも、ジャガイモの旨味がよく引き出た味になっている。


「冷えてるからこそかな? 味が染みてて美味しい気がする!」

「おお、よくわかったな穹! 味付けを店のと少し変えたんだ」

「どこを変えたの?」

「おっとそれは、自分で考えるべきところだ。ごめん!」


 穹が放して注意を引きつけている間に、美月は急いで後部座席に紙パックを渡した。返ってきた時、パックの中身は両方のサンドイッチ、一つずつ減っていた。


「どう?」


 小声を背後に投げると、ハルからは「洗練に計算された食べ物だ」との返答がきた。


「……旨い」

「クラーレは……って、もうそんなに減ってるの? もう一つ食べる?」


不承不承という感じだったが、クラーレは頷いた。


「ミヅキ、今回君が考えた計画は、成功だったか? それとも失敗だったか?」


 ハルはどうすると聞こうとしたとき、そのハルがそんな質問をしてきた。うーん、と美月は前を向いたまま、小さく唸る。


「色々ありすぎってくらいあったけど……」


 窓の向こうを見る。昨日はあれほどまでに近くで見た海の煌めきが、今やもうすっかり遠いところにあった。


「楽しかった、ってことで!」


 あの海を、あの星空を、皆と呼んでひとまとめにする人達と、一緒に見ることが出来た。成功したか失敗したかなど、どうでも良かった。でもきっと、成功したのだろう。


「え、美月、誰と話してるの……?」

「あー待って母さん! あそこに海坊主がいるよ!」

「いや、あれはブイじゃないのか?」

「あなた、そんなのどうでもいいでしょう! 美月、本当に誰と話したの……?」

「なんでもないなんでもない、本当になんでもないから!」


 たくさん色んなことがあったというのに静かに終わるなど、有り得なかった。









 研究機関バルジの門付近にて、一人の幼い少女が立っていた。そわそわと出入り口のドアを見ては前を向き、またドアを見るを繰り返している。その度に、フリルのたくさんあしらわれたドレスの裾が揺れた。


 ふいにドアが開き、手に持った端末を凝視しながら、長い黒髪の少女が現れた。彼女を見るなり、ネプチューンは手に持っていた傘を閉じると、両手で抱きかかえた。


「プルート!」


 飛び跳ねるようにしながら駆け寄ると、プルートは機械的に目線を上げた。


「ネプチューンさん、どうかされましたか?」

「迎えに参りましたのよ。さあ、お茶会に向かいましょう」


 プルートは両手で端末を持ったまま、はい、と頷いた。


「せっかくのお茶会ですから、音楽も質の良いものを流したいですわよね。名門の楽団を揃えておりますわ」

「そうですか」


「やはり、音楽は生演奏で聴くのが一番くつろげるのですわよ。今日の楽団はわたくしのお気に入りなのです。ネプチューンさんも聴き惚れること間違いなしですわ」

「そうですか」


「食器も久しぶりに、わたくしが直々に選んだんですのよ。独断ですが、プルートさんをイメージした茶器を用意したんですの。是非じっくりと眺めてもらいたいですわ」

「そうですか」


「プルートさん、お茶は何がお好みですか? お茶菓子も色々と取りそろえておりますのよ。何を食べます?」

「そうですか」


 ふいにネプチューンは歩みを止めた。プルートはそれに気づかず、歩いている。藍色の目は、話している間中ずっと、端末に注がれていた。

 ネプチューンは温度の冷えた声で、「今何を考えていらっしゃるのかしら?」と、その背に問いかけた。


「わたくしの話、ずっと上の空で聞いておりますでしょう?」


 プルートが歩を止めた。ネプチューンへと振り返り、サーチアイを何度か瞬きさせた。


「ずっと同じ返答をしておりますことよ」

「……大変申し訳ありません。先程の問いかけに、不適切な答えを返してしまいました」

「それはいいのです。一体、何を考えているというのです?」


 間髪入れずに、即座に重ねて聞いた。お茶会に誘い、共に向かう相手に聞くにしては、非常に冷たい声だった。


「ハルと、その仲間たちのことです」


 ネプチューンはやや苛立ったように、「なぜ、また」と目を逸らした。


「この前、ネプチューンさんを迎えに行った際、この目で確認をしたところ、彼らはこちらの想定された常識を、遙かに超えるものとして認識することができました」

「……どこがです」

 

 ネプチューンは、傘を握る手に力を込めた。


「ハルが不時着した星が、我が社ダークマターのことを一切知らない星だった。

ハルを発見した相手と、その血縁者に友人が、続けてコスモパッドのテストに合格した。

プレアデスクラスターが彼らの身近に卵を落とし、孵化して生まれた子供を、味方に付けた。

強力な毒液を操りますが、その性質故に気難しい性格の者が多いベイズム星人を、味方に付けた」


 プルートは端末を見ながら、一つ一つあげていった。


「運という大変不確定な要素を、これほどまでに味方に付けている彼らに、私は今、強い興味を抱いております。天が味方をしている、という言葉がありますが、まさにその通りだと考えざるを得ない」


 ネプチューンは話を聞いていなかったが、プルートは続けた。


「なぜ、未だにハルを捕らえることが出来ないのか。その理由が、ほんの少しだけですが、理解できました。

そして、更なる詳細を、探りたくなっています。なぜこれほどまでに強運が彼らを味方しているのか、その理由を詳しく知りたい。

このようにコンピューターが思考することは、私が製造されてから初の出来事です」


「……でしたら、そうすればいいのではなくって?」


 プルートが顔を上げた。ネプチューンは顔を背けたまま、続ける。


「調べたいのなら、そうすればいいのではなくって?」

「ですが、約束があります、ネプチューンさんとのお茶会は、既に予定されてた出来事の一つであり……」

「では命令です。調査のほうを、優先しなさい」


 途端、サーチアイが輝いた。プルートの背筋が、ぴんと伸びる。


「承知致しました」


 振り返ること無くバルジに引き返していくプルートの長い黒髪を、ネプチューンは恨みがましい目で見送った。


「……なんなのです」


 ぽそりと呟かれた声は、誰にも届きはしない。ネプチューンは一人、会社の敷地から出ることも出来ず、その場で俯いた。


「僕が代わりに付き合ってあげようか?」

「きゃああああっっっ!!!」


突然聞こえてきた自分以外の声に、ネプチューンの体はロケット発射のごとく飛び上がった。「無礼者!」と叫びながら持っていた傘で殴りかかった先には、どこか異国の雰囲気を纏った大柄な男性が立ってた。


「うわあ、危ない!」


 ジュピターはネプチューンの攻撃を、難なくいなした。


「いきなり話しかけたのは謝るけど、殴りかかっちゃ駄目だよ!」

「煩わしいですわ。それで何のご用です?」


 聞くのも心底面倒臭いといった様子で、ネプチューンが形だけ尋ねる。


「お茶会がどうとか言ってたよね? 僕が代わりに」

「わたくし、あなたのような妙に弱々しい方は、はっきり言って嫌いなんです。お茶会に興味がおありなら、自分で開いて下さいませ」

「そ、そっかあ……。今のはさすがに効いたなあ……」


 ジュピターは自分の胸辺りを抑え、苦笑いを浮かべた。

「というかあなた、以前お茶会に招待したとき、用意しておいたお菓子を全て食べ尽くしたではありませんかっ! 次に招待する人のために用意しておいたのも全て! あの事件を忘れたとは言わせませんわよ!」

「ご、ごめんねえ……。残念だなあ、お菓子が食べられるかなあと思ったんだけど」

「反省してないではないですか! その下心が透けて見えるのです! 白々しいったらないですわ!」

「つ、つい出ちゃうんだよ。うーん、プルートちゃんが羨ましいなあ」


 でも、とジュピターは橙の目を細めた。


「ネプチューンちゃんも心底羨ましいよ」

「どこがですか」

「この前の出張先で、食べ物がいっぱい売られているイベントがあったんでしょう?」


 ああ、とネプチューンは興味なさげに嘆息する。ジュピターは気の抜けた笑みをほわほわと浮かべた。


「いいなあ、どんな食べ物があったんだろう。地球の食べ物って興味あるんだよね。食べたいなあ。やっぱり僕が行けば良かったかな」

「何を世迷い言を!」


 ネプチューンが、鋭い目で、ジュピターを見上げた。


「私が出張を命じられたとき、あなたがやってきて、言ったのではないですか。早く片付けるためには、物でも人でも、とにかく何かを人質にするのが、一番手っ取り早くすむ、と」


 え、とジュピターはきょとんと首を傾げる。記憶を探るようにゆっくりと瞬きし、視線をうろつかせる。橙の瞳が、わずかに見開かれた。


「早く済ませたいって、きみがあれほど愚痴を言ってたから、こういうのがいいんじゃないって、勧めただけだよ」


 かっとネプチューンの目が大きく見開いた。開かれた口が何かを言う前に、ジュピターは背を向け、歩き出した。


「実行に移したのはきみ自身でしょう、ネプチューンちゃん。僕は間違ったこと言ってないよ? 人質取れば、早く済むのは当然でしょ?」


 ジュピターは、にっこりと笑った。

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