phase4「襲撃、六人目のセプテット・スター!」


 翌朝起きた時、部屋に両親の姿は無く、座卓の上にメモが残されていた。美月も穹も、あまりにも気持ちよさそうに寝ていて、起こすのは可哀想だと思ったので、お父さんとお母さんは先にフェスに行っている、というようなことが書かれていた。


 何しろ昨晩は、敷かれていた布団があまりにもふかふかで、それこそ雲の上にいるような心地で、疲れていたのも相まり、二人ともあっという間に眠ってしまったのだ。


別の場所に泊まっているハル達とは、10時に公民館に集合ということになっている。現在時刻は、8時を少しすぎたところだった。


 美月と穹は両親が用意しておいた朝食代わりの弁当を食べて、その後せっかくだからと、朝風呂に浸かりに大浴場に向かった。朝の温泉は、夜の時とは違い、同じように気持ちよかったが、リラックスでは無く爽やかな心地になった。

存分に堪能した後、支度を済ませた姉弟は、意気揚々と出かけていった。


 一日目と違い、フェスは既に始まっている。公民館付近にも、その道中も、フェスの役と思わしき人や車が多かった。その数は、昨日よりも明らかに増している。二日目である今日が、日曜日ということが大きいのだろう。


 未來やハル達と合流し、昨日の舞台だった砂浜へと向かった。人が多いものの、もともとシーズンでも海水浴場として開かれないあの砂浜には、人の気配がまるで無かった。


 まだ昨日の数時間で拾いきれなかった廃棄物も残っている。それらを今日全て拾い尽くせば、目的は達成される。

 美月が一番に、砂浜に下り立った。そこには、昨日、帰り際に見た際の姿と、変わらない砂浜が、広がっていた。


 広がっているはずだった。


 真っ先に波打ち際に行こうとして踏み出したとき、靴から妙な音が聞こえてきた。ぱき、というような、何かを踏んづけた音だ。


 その音はやけに、よく知った感触を思い起こさせてきた。普段、よく使う。昨日、この手でたくさん触った。


 美月の目線が、勝手に下がっていく。足下に、透明な何かが落ちていた。透明だが、確かにあるとわかるものが落ちていた。


 プラスチックで出来た、容器だった。

そこで美月は、他の面々が自分の後ろで立ち止まったまま、ついてこないことがわかった。振り返ろうとして、砂浜全体を見て、そのまま、言葉を失った。


「……増えて、いる?」


 砂浜は前日のような、ごちゃごちゃで、乱雑で、混沌とした空間ではない。美月達が、そうなる前の姿にしたのだ。だから今日も、きっちりとして清潔な砂浜が、そこにあるのは当然だった。


 けれど、真っ白な布に黒い染みがぽつぽつとあるように。違和感が、ぽつぽつと、紛れ込んでいる。本来ここにあってはいけないものがあるという、そんな違和感。


「そ、そんなこと」


 穹がうろたえながら視線を辺りに回し、やがて言葉を詰まらせた。大して変わっていないのに、気のせいで片付けることはできないくらいには変わっている。誤魔化すのはできないと、判断せざるを得なかったとわかった。


「これ」


 クラーレが少し離れたところにおり、地面の下を指さしていた。傍らにはハルが、クラーレの指す場所と同じところを見ている。


「一点から広がっている形で捨てられているな……。袋から大量に一気にばらまいたというような……」


 声は抑えられているが、どういうわけかその時に限って波音が小さくなった。

ハルの言うような捨てられ方をしているゴミは、ぱっと見る限り、浜辺のあちこちに発生している。


 気がつくと、シロが石垣の近くまで走っていた。その根元辺りを、前足でせっせと掻き出している。さっき見回したとき、気づいた。石垣の根元にずらっと線を引くように、ばらばらの容器が転がっていたことに。飲み物、食べ物。紙もあれば、プラスチックもある。


 石垣の上には、車道と、歩道が敷かれている。道路から下りたところに、この砂浜があるから、その道路を石垣が支えている。


 たとえば、海を見ながら、歩道を歩くことができるわけだ。この付近だと、浜辺に下りられるわけだから、海との距離も近い。


 たとえば、ある人が、早く手放したいと思っているゴミを持っていて、この付近を通りかかったとき、何を思うだろうか。


 なぜか美月は、そんなことを考えていた。


 昨日ゴミ拾いが終わったのは18時。その後、フェスが終わった。駐車場はフェス会場付近にもあるが、公民館の近くにもある。

フェスが終わって、この近くに停めてある車に乗るために帰路についている人は、当然、この道路を通る。


 美月は前を向いた。昨日と全く同じなのは海だけだ。でも本当にそうなのだろうか。昨日と違い、波音が濁って聞こえてくる。


「ね、ねえ美月、これってさ……」


 背後からおずおずと話しかけてくる未來を、美月は振り返らなかった。そちらを見ずに、ただわけもなく頷いた。


なぜ、突然繋がりのなことを考え出したか。それは、繋がりがからだ。


 踏んだゴミ。シロが掘り起こしている、石垣の辺りのゴミ。あれは、見間違えようもなく、フェス会場で配られている、容器だ。


 晴れやかで、じんわりと暖かくなった、あの笑顔を見せてくれた昨日の人達が、丹精込めて用意し、作り、フェスで振る舞う料理。それを零れないよう包んで、買いに来たお客に渡すための容器。


 かっと、太陽の光が鋭くなった気がした。足に力を入れても倒れそうなほど、眩しい。


 周りに、人が集まってくる足音がした。気配からして、穹や、未來や、ハルだとわかった。遅れて、皆よりも少し遠いところで立ち止まったのは、クラーレか。

物凄い勢いで走ってきて、自分の膝に縋り付いてきたのは、シロか。


 え、と美月は振り返った。


「ごきげんよう。暑いですわね」


先程までシロがいた位置に、今度は別の誰かが立っていた。長袖に長い裾。黒が基調で、水色が差し色の、リボンやレースやフリルがふんだんにあしらわれたドレス。ゴシックロリータというものか。フランスなどの、外国のお人形が、そのまま着るようなデザインだった。


 そんな服を着ている人物は、傘を持っていた。普通の雨傘ではない。かといって今まで見た日傘とも全く違った。


 やはりこれもメインとなる色ーは黒で、フリルやレース、水色のリボンがたっぷりついた、大きな傘。持ち主は小柄なせいで、傘に顔はすっぽりと覆われてしまい、影になっていて、見えない。


「せっかく海に来たのですから、普段行っているような海とは全然程遠いですが、まあ楽しもうと思っていたのですけれどね。このような様子だと、とても避暑などできる状況ではありませんでしたわ」


 物憂げな瞳を、砂浜中にぐるりと回す。その声音は穏やかでおっとりしており、聞き取りやすく、ゆっくり流れる河のせせらぎのようであった。


「わたくしは、掃き溜めで癒やされる趣味はありませんの」


しかし、声には確かに、剣呑さが含まれている。隠そうともされてない。


 呆気にとられている面々を置いて、少女は静かに静かに、王女が民衆の前に現れるときのように、こちらに寄ってくる。背筋はぴんと伸びており、洗練された姿勢や立ち振る舞いは、今たとえどんな暴風が吹き荒れようと崩れないような、地に足の付いたまさしく気品に溢れるものだった。


「多分この暑さのせいでしょうね。油断していて、体調を崩してしまって、一日ずっと休んでいましたの。けれど、まさかあなた方が昨日の段階でいらしてたなんて、ちっとも気づきませんでしたわ。知っていましたら、お薬を頑張って飲んだというのに」


誰にも一瞥寄越すことなく、少女は水平線の彼方を眺めるように、つんと顎を引いた。


「それにしても、随分待たされましたわ。もっと早く帰れると思ってたのですけれど。まあ、いいですわ。もう帰れるので、良しとします」


最初挨拶をしてきたので、こちらの存在を認知しているはずだ。しかし少女は先程から、美月達がまるで意識にないとばかりに、勝手に一人で話を進めている。


「ね、ねえ、あの、あなたは……?」


 夏、避暑のため、別荘に旅行に来たお嬢様。そのイメージそのもののような少女に話しかける際、美月はつい緊張してしまった。


「あら、わたくしとしたことが、自己紹介がまだでしたわ。大変申し訳ありません」


 少女がゆっくりと、こちらを向いた。傘の影がずれ、中に秘められていた顔が露わになる。


 ヘッドドレスを飾る、薄い水色の長い髪は、両肩までの長さの縦ロールで結ばれており。

緑色の双眼は、丁寧に磨き込まれた宝石のような輝きを放っていた。


 あ、とクラーレが声を上げた。「あんたは確か……」


 少女は片手で傘を持ち、もう片方の手でドレスの裾を摘まみ、ゆっくりと頭を垂れた。


「申し遅れました。わたくし、ダークマターのセプテット・スターの座についております、コードネーム、ネプチューンと申します。以後、お見知りおきを」

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