phase3.3
美月は心の中で、何度目かの呻きを上げた。目の前でしゃがみ込んだまま、黙々と袋の中にゴミを詰めている、クラーレが原因だった。
もとから仲が良いとはとても言い難い未來とペアになり、大丈夫だろうかと不安に感じていたが、案の定一触即発の空気になった。
見かねた美月が急いで未來と交代したのだが、クラーレはそれに対して何も言わなかった。礼どころか、一言のコメントすら。ただ、刃物のような目で一瞥をくれただけだった。
紫色の前髪から覗く黄色い眼光は、どこまでも鋭い。その尖りが、いつまで経っても鋭利なままなのが、美月は気になっていた。
こちらが敵意を向けなければ、クラーレもすぐに心を開いてくれるだろうと踏んでいた。けれどもその読みは、外れだった。
物語の王道では、主人公達に敵意を向けてずっと警戒してきた相手が絆されて心を許すようになるまで、さして時間はかからない。
だがクラーレは半月経っても、初対面の時のような態度を、ほぼ変えない。
「もっと胃袋掴むべきかなあ……? スイーツ系で攻めてみるか……?」
「おい、聞こえてるぞ」
地面に注がれていたクラーレの黄色い目が、いつの間にか美月のほうに向いていた。相変わらずその眼には、一定の距離からは近寄るなという強いメッセージを感じる。
「聞こえてるなら話は早いわ。クラーレは食べてみたいお菓子や気になってるお菓子ってある?」
「……なんなんだあんたは」
含まれたメッセージなど知ったことではない。
詰め寄ると、クラーレは持っていたゴミ袋を盛大にばさりと揺らした。境界線を敷く音のように聞こえた。
「物で釣ろうとしても見え見えなんだよ。舐めるな」
「いや舐めてないんだけど、これっぽっちも」
「じゃあ何が目的だ、言ってみろ」
苛立ちを主とした怒りの色で、目が染まっている。美月は思わず肩をすくめそうになった。
「目的……。仲良くなりたい、から?」
今この状況でこの言葉を吐くのはクラーレを刺激する結果しか招かない。わかってはいるが、目的といったら他に思いつかなかった。そもそも、他の目的とやらが存在しない。
「ふざけた理由だな」
馬鹿にしたように笑ったが、その目に一瞬だけ、戸惑いの色彩が浮かんですぐ消えた、ように見えた。
「私は真面目だけどね……。まあ信じてくれないならそれでもいいよ。どんなに疑っても、他に目的なんて無いし」
何か言ってくるだろうと予想したが、クラーレからの反応はいつまで経っても返ってこなかった。クラーレはゴミ拾いに戻っていた。口は固く閉ざされており、開く気配が無い。
「クラーレ、教えてよ。どうしてそこまで警戒するの? 理由を言ってくれなきゃわからない。わからないから、こっちもどういう行動や言動をとればいいのかわからない」
よいしょ、と美月はクラーレの隣にしゃがみ込んだ。いきなり目線が近づいてきた相手に、クラーレははっきりと当惑を露わにした。
「クラーレだって、四六時中警戒心抱いてピリピリしてるのはきついんじゃないの? 言ってちょうだいよ」
目を逸らさずにいると、クラーレも目を逸らしてこなかった。我慢比べのような時間が続いた。動かないでいると、太陽の光が更に強くなってくるように感じる。変身中の自分は平気だが、クラーレは暑いのではないか。美月は少し心配になった。
クラーレの額にたらりと汗が流れた直後、顔を背けた。
「綺麗事のように、感じるからだな」
綺麗事。
美月はその語句を脳内で噛みしめた。今初めて聞いたような新鮮さと、馴染みの無さを覚えた。
「絶対に裏切らない。何があっても傍にいる。いつだって味方でいる」
クラーレから出てくるにしては、場違いな言葉が飛び出してきた。何の感情もこもっていないクラーレの顔と反して、その台詞には妙に力がこもっていた。誰かの言っていた台詞をそのまま再現したかのように、芝居がかっていた。
はは、と無表情の顔に、歪な笑みが現れた。
「綺麗事を吐くだけなら、どんな安ぼったいロボットにだってできる」
どんな奴でも出来ることだ。クラーレは転がっていた酒らしき空き缶を掴み、力を入れて握った。缶はクラーレの手の中で、ぐしゃりと音を立てて、変形した。
ただな、と潰れた缶を何かにぶつけるようにして、ゴミ袋の中に投げ入れる。
「ずっと綺麗事を言い続けていられる人間なんて、この宇宙にただの一人も存在しやしない。土壇場に立たされたら、簡単に手のひらを返す。それまでのお綺麗な言葉は全部忘れる」
まあ、とクラーレはおもむろに立ち上がった。
「別に嘆きはしてない。そういうのには、もう飽きてる。これが現実だからな」
同じような台詞を、どこかで聞いたことがあった。美月も立ち上がりながら、同じことを口にした。テレビ頭のロボットのことを考えた。
今まで旅して知り合ってきた人の誰も、ハルに協力しなかったという現実。それを語ったとき、ハルは恨むでも怒るでも嘆くでもなく、現実だからの一言で纏めた。
ハルの場合は、それを怒ったり悲しんだりという感情に繋がらないから、簡単に受け入れられているのかもしれない。けれど彼は、どうなのだろうか。
クラーレの目が見る先にあるのは、海だった。
飛沫を上げる波の白色は、藍色のインクを流し込めたような海の、素晴らしい差し色になっている。
綺麗事だけなら、この海のように、ただただ美しい。一点の曇りも無く、聞いているだけなら、例えば天使の歌声のように、心にどこまでも優しく染み渡る。
けれど、海が時に恐ろしいように。この砂浜が、本来の砂浜でなくなったように。綺麗の姿を保ったまま、終わるものなど無いのだ。
クラーレの目に、あの鋭利さは無かった。横から見ているせいと、若干美月から顔を逸らしているせいでよくわからないが、その目には、確かに鋭い眼光も、棘も、怒りや苛立ちも無かった。少なくとも美月には、そう見えた。
静かなようで何かを含んでいることを示しているような、耐えず揺らぐ水面が、クラーレの瞳の中に映り込んでいた。
「私はただ、自分のしたいことを押し通したいだけだもの」
「綺麗事のお決まりのような台詞だな」
口は嘲笑するときのそれと似ているが、声は違った。どこまでも平坦で、けれど普段から本物の感情のこもらない平坦な声を聞いている美月にとってすれば、平坦さを懸命に装おうとしている声だった。
「よし、わかった」
口は笑ったが、目は笑っていなかった。挑むような視線の中に、怒りがあるようだった。
「じゃあはっきり言ってやろう。俺はな、あんたらのことを、気色悪いと思ってる」
さすがに美月も眉をひそめた。聞き捨てならない単語を発見したからだ。
「あんたじゃなくて“あんたら”ってどういうこと?」
一瞬クラーレは静止したが、すぐに口を開いた。
「傍から見たら奇妙すぎるんだよ。心も無い感情も無い、超巨大企業を単身敵に回しているロボット相手に、子供が無条件で信頼してついていってるこの絵面がな」
一呼吸置いて、ハルのことを言っているのだと理解した。
「リスク大きすぎること任されて引き受けて、でも向こうはそれに見合うような報酬を渡してない。なのにあんたらはそれすらも受け入れている」
「別にお金なんて欲しくないし」
「金のことを言ってるんじゃない。わからないか? 利用されてるんだよ、いいように。あのロボットは感謝なんてしていない。ここ最近奴の傍になるべくいて、ずっと監視してたからわかる。
ありがとうと言ってても、それは心からの言葉じゃない。その心が存在しないからな。利用できるものを利用してるだけだ。使うだけ使ったら必ず捨てる。
もしそこまでいかないにしても、それまでの恩を返すだなんてことはまず有り得ない」
美月は小首を傾げた。好き放題言われた事実よりも、その言葉の中に混じる強い違和感のほうが気になった。
「もしかしてクラーレ、心配してくれてるの?」
「話聞いてたのか、おい!」
青白い肌に一瞬赤みが差し、すぐまた白くなった。
「俺が言いたいのは、同じ人間ならまだしも、どうして感情の無い、言ってしまえば自分と大きくかけ離れた存在に対して、そこまで無条件に仲良くなれるかってことだ」
「そう言われてもねえ……」
首を捻りながら、美月は、怒りがまるで湧いてこない自分に驚いていた。
クラーレはひどい言葉を放っているように見えて、その実、ただ自分の知らないものに対して怯えてるだけ、のようにしか感じないのだ。だがクラーレが何に対してそこまで怯える必要があるのか、そこだけ意味がわからなかった。
「ハルは友達だしね。条件とか報酬とか無しに仲良くするものでしょ、友達って。あんまりそのへん深く考えたことなかった」
「反吐が出るような綺麗事だな」
「やっぱり変なのかな? いやまあ別にいいや、なんとかなるでしょ」
クラーレも、と美月は肩を叩こうとし、その手を振り払おうとしたクラーレが、大きくよろめいた。体勢を立て直したのを見届けると、続きを言った。
「クラーレも、ハルといればわかるんじゃないかな。ハルといたら楽しいよ」
「はあ?」
「私は楽しいと感じてるんだ。クラーレにもわかるはず。ハルと友達になったらね」
クラーレは目を白黒させた。そして、はあ、と大袈裟なまでに大きなため息を吐いた。
「そうか、洗脳する機能でもついてるんだな、あのロボットには」
「いやさすがにそれは失礼だね!」
「でなきゃダークマターと戦うなんて決意する説明がつかないんだよ。しかもあのセプテット・スターが顔を直に見せているというのにだ」
「だってダークマターもセプテット・スターも今の今まで知らなかったしね」
あのなあ、と声を上げたクラーレは咳払いし、何度か深呼吸を行った。
「ダークマターというのはとんでもなく大きな会社なんだよ。相手にするにはでかすぎる。勝てる可能性がないんだ」
「凄いんだね以外の感想しか湧いてこないんだけど……」
ハルが来るまで、ダークマターのことをこれっぽっちも知らなかったのだ。大きいとか凄いなどと言われても、全くぴんとこない。唯一わかるのは、怖い組織ということだけだ。あの敵幹部達からの敵意といったら、思い出すだけで身の毛がよだつ。
「それ……確かコスモパッドだったか、それを作ったのがダークマター、もっと言うと直属の研究機関、バルジだ。それ一つだけでも、とんでもない技術を持ってることがわかるろう」
美月は言われるがまま、コスモパッドを見た。あっという間にこの衣装に着替え、しかも自分の体力などのパラメータを一気に上げる技術は、確かに地球には無い常識外のものだ。
「宇宙船のメーカーとかも、有名どころはダークマター系列だし、性能の信頼さは他会社と比べてずば抜けている。
科学、工学、テクノロジー、通信、システム、エネルギー技術、コンピュータ……。科学と名のつく分野でその名を上げているのは大体ダークマターの名がついてるんだ。
俺も旅する上で、サービスを何回も利用したことがある。多分この通訳のバッジやクリアカプセルも、改造されてるが、もとはダークマターで開発されたものっぽいな。形に見覚えがある」
カプセルと丸い小さなバッジを指すクラーレに、美月はふうんと気のない声で返事をした。
「でもまあ怖い人達ばっかりの印象な気がするけどね。どうせブラック企業なんじゃないの、名前からして。ダークってついてるわけだし」
「いかにもな名前だが、むしろ待遇は良いって聞くぞ」
「本当?」
「それは当たっていると思っている。俺の出身星のことがばれても、丁寧な態度を少しも変えなかったのは、ダークマターだけだった」
クラーレは一瞬遠い目になったが、すぐに消えた。記憶を探るように、元に戻った視線をさ迷わせている。
「いつだったか、メディアで出てきたのを見た印象だけだが、現在のセプテット・スターの七人全員、とても感じの良い印象があったな。……ああでもウラノスだっけか、そいつはなかなか表に出てこないな、しかも変わり者すぎるし」
「いやいや有り得ない有り得ない、絶対有り得ない!」
あのセプテット・スターで感じが良いなら、テレビなどで出てくる悪役は全員聖人だ。
美月の反応に、クラーレは吐息を吐きながら肩をすくめた。
「衛星だのなんだのを宇宙空間にあちらこちらにぼんぼん飛ばしてるから情報掴む速度は桁違いに速いし、宇宙のあっちこっちに子会社がある。子会社といっても一般的な大企業よりは上の規模だ。だから当たり前だが、財力も途方も無いほどある。
警察とか政府とかなんやらも、ダークマターが一言お願いしますと言えば簡単に力を貸すんだよ。あんたらが頼んでも絶対聞き入れてくれやしないだろうがな。
なのに、ダークマターが他の権力に頼らないのは、会社の体裁を保ちたいからなんだよ。
あんたらはな、首の皮一枚繋がってる状態だ。だがその皮は、いつちぎれてもおかしくないんだよ。理解しろ、今どんな危険な状況にいるかを」
「とりあえず、クラーレが私達のことを心配してくれてるのはよく理解できたよ」
「はあ?!」
ここ一番で大きな声だった。美月は、そんな声も出せるんじゃんと、あと少しで口に出してしまうところだった。
「ダークマターに力を貸したほうが、メリットはあると思うがな。望んだものはなんでもくれるだろうし、この星が更に発展する技術を与えてくれるだろうし……」
「全っ然いらない」
言いながら砂浜を見回すと、ふと砂浜に、何か埋まっているものがあることに気づいた。近寄って見てみると、それはどうやら自転車のパーツのようだった。半分に分かれた状態にある。前半分が深々と突き刺さった状態だが、果たして後ろ半分はどこにいったのか。美月は両ハンドルを、両手で握った。
「そんなもの欲しくない。味方したところで楽しくなさそうだし。それよりも、ハルとココロといるほうがずっと楽しい。だから私は、ハル達の仲間でいる」
波音に紛れて、息を飲むような声が背後から聞こえてきた。
「……あれ、これ抜けない……?」
思いっきり上に引っ張ってみたが、ヒビの入るような妙な音しかせず、自転車が砂浜から出てくる気配は全くしない。
「ちょ、ちょっとクラーレ、本当にごめん、手伝ってくれない?」
自分でも動揺してることがよくわかる声で、美月は振り返った。心底嫌そうな顔をしたクラーレは、頭を掻きながら、一歩一歩、近寄ってきた。
「……なんでそんな簡単に、よくわからない相手を信じられるんだよ」
小さいその声に、美月は首を傾けるしかできなかった。
ココロの赤い目と、もう片方の青い目の先には、透き通った世界がどこまででも続いているようだ。未來はココロの目を覗き込みながら、そんなことを思った。
宝石のよう、と例えるのは簡単だが、何かが違う気がする。もっと透明な何か。もっと深淵を覗き込んでくるような何かだ。未來はこれに似た輝きを、どこかで見た気がした。
記憶を辿るまでもなく、すぐに頭の中に浮かび上がってきた。未來は、抱っこしていたココロを下ろした。ゆっくり下ろされたココロの瞳は、変わらずに輝いている。
この輝きは、あの石の輝きと、似ている。勾玉に似た形を持つ石。揺らめく炎を宿したかのような。全てお見通しだと言わんばかりに、こちらの心を端から端まで、余すこと無く観察してくるかのような光。
「ごめん、ココロちゃん。この辺りがざわつくのは、そのせいかもしれない」
未來は心臓の辺りを手で触った。鼓動が普段と比べ、忙しなく動いているのが響いてきた。
もっとも、似ているだけで、根幹は違う。あの石は、ただ不気味なだけだ。ココロには、あの石のような、いずれ飲み込まれてしまうのではと感じてしまうしまい不気味さは無い。
ただ、ある意味で不気味と呼べる感覚を起こさせるものがある。未來は背を屈め、ココロの目をもう一度覗き込んだ。
「君のお父さんとお母さんは、一体どういう人なんだろうね」
ココロは今、パラソルの下で、美月が昔使っていたという、ツキノワグマのぬいぐるみで遊んでいた。
ココロがここに存在している以上、ココロをこの世に誕生させた存在は間違いなくいる。未來はそれが気になっていた。
「ココロちゃんは、お父さんとお母さんのどっちに似たのかな? でもココロちゃんはとっても可愛いから、きっとお父さんもお母さんも可愛いんだろうな!」
頭の中にココロの両親を思い浮かべようとしたが、上手く想像できなかった。
「うーん……。まあ、あとでハルさんに聞いてみるとするかな」
ココロの親の存在について、どういうわけだかハルは何も説明をしてこない。それについて未來は、どうして何も言わないんだろう、以上のことは疑問に思わなかった。
「もし、わからないから、言わないのであれば……。それはそれで、いいかな」
未來は目を閉じた。まぶたの裏に見えてきたのは、最初は未來のよく知る、父と母の姿だった。やがてその姿はぼんやりとした、体も顔も定まらない、二人の男女の姿に変化していく。
「一人じゃないよ、ココロちゃん」
その変わった二人が、不定形であやふやで、モザイクどころか靄がかかっているのは当然だった。未來はまだ、このまぶたの裏に浮かぶ二人に会ったことが一度も無い。
何度想像しても、触れるどころか形が定まる気配すら無い。それでも、たとえ想像の産物だとしても、この二人について考えずにいられない。
見たことも無い、会ったことも無い。それでも確かにこの世のどこかにいることだけわかる、もう一つの家族について。
それに、と未來は視線を変えた。がじがじと、シロが歯固めもかねてなのか、堅めの食事を摂っていた。
シロが食べているものは、ゴミ袋に入りきらなかった網であり、ネットでもある。それを骨付き肉でも食べるような勢いで、口で引っ張ってはよく噛んで飲み込んでいる。
「シロは、もう会えないかもしれないんだよね。お父さんとお母さんに」
移動中、どこかの星に産み落とされ、卵はその星で一人で孵り、一人で成長し、一人で宇宙空間に旅立っていく。プレアデスクラスターとは、そういう種族だ。常に宇宙空間を移動し続ける親には、会える可能性が恐ろしく低い。
「でも、シロは強いなあ」
それを嘆くでも悲しむでもなく、シロはひたすらに、見るからに頑固な堅さを持っていそうな薄汚れた黒いネットを食している。
拾ったゴミ袋は集めてこの休憩所に置いてあるが、このペースだと全部シロの腹の中に収められるかもしれない。
ふっと気づいたときには、まぶたの裏の人影は消え失せていた。でも、またやろうと思えば、いつでも思い浮かぶことができる。思い浮かべた姿が、正解かどうかも知る術が無いのに。
未來は、シートのすぐ横にあるものに、目を向けた。
そこにあったのは、何の変哲もない、砂で出来た城だった。簡易な砂場でも、簡単なものなら十分とかからず作ることの出来る、あの城だった。
だが、この目の前にある城は。
大きさ。それはそこまでではない。むしろ一般的なものより小さめだろう。だが問題はそこではない。
デザイン性。造り。そのどれもが、一般的な砂の城のレベルと、天と地ほどの差があった。
素材が砂であることを忘れてしまいそうになる。砂上の楼閣という言葉があるが、これからその例えを使うにはあまりにも不敬すぎると感じてしまう造りだった。
絵本の中、というより中世に出てくる城がそのまますっぽりと、抜け出てきたかのような精巧さ、緻密さ、リアリティさ。
屋根の模様や窓の細工などにも、細部の細部まで凝られている。
砂の宮殿のすぐ傍に枝一本しか転がっておらず、他の専門的な道具が一切見当たらないことから、これ一本で砂を削り、模様を作り上げたらしい。
信じがたい。だが、枝の先が、後天的にやったらしい不自然な尖りを見せているのが、全てを物語っている。
「これを、あの人が作ったんだよねえ……。ココロちゃんの為に」
非常に信じがたい。けれど更に信じがたいことがある。
未來の視線の先には、砂で出来た細長い台があった。最初見た時は、砂の色をした鉄の台かと思う程、質感が凄まじかった。
台の上を走り、端まで来たら、一気に飛び出す、要するに助走をつけるための台であるらしい。台の表面には、シロのものと思しき足跡が何往復も出来ていた。
シロがやたら疲れ切った様子であり、食べ物を欲しているのは、この台を使ってずっと飛ぶ練習をしていたせいであるらしい。
ぱっと見ただけだが、その作りは、飛ぶための練習台としてはよく出来ているようだった。
「……良い人なのかな。悪い人なのかな」
クラーレも。自分も。お互いに。
鋭く尖った黄色い眼光で、鋭い声で聞かされた鋭い台詞が、いつまでも頭の中を反響している。忘れたくても、刃物みたいに尖ってるおかげで、どこかに刺さったまま抜けない。
中でも一番自分自身を刺しているのは、ある事実が大きかった。
完全に否定しきれない自分がいるという、事実が。
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