phase3.2
14時頃にスタートしたこのゴミ拾い。その約一時間半後の15時30分にじゃんけんが行われ、その結果、ゴミを拾うペアと、待機する者がシャッフルされた。
先程は待機だったクラーレは、今回はそうでなくなった。
そしてクラーレは、先程から自分に突き刺さってくる視線に気づいていた。
「何の用だよ」
見て見ぬ振りをし続けてやろうと考えていたが、我慢の限界が訪れた。視線の主は、わざとらしく頭を横へと傾けた。
「なんのことです?」
「とぼけんな。俺が何をしたっていうんだ」
何も、と未來は視線を落とした。足下の紙ゴミをトングで掴んだ時の強さが、何かある、ということを示していた。
「何かというと突っかかってくる、突っかかってこないときもそうやって睨んでくる。ここまで敵意剥き出しにされて、気づかないとでも思ってたか?」
未來はクラーレに背を向け、一歩距離を取った。ゴミを拾う速度が速くなった。
「無駄話してないで、クラーレさんも手を動かしたらどうです?」
「はぐらかす気かよ。わかってんだよ、お前の考えてることくらい」
背中を見せたまま、へえ~という声が上がった。何の感情も入っていない声だった。
「お前のような態度取る奴、いっくらでも見てきたからな。……お前もそうなんだろ。奴らと同じで。そうならそうとはっきり言えよ」
肩を落としながら息を吐き出す。クラーレは、敵意を向けられることに慣れていた。馴染めてはいなかったが、未來の視線に含まれているものがなんなのか、すぐにわかった。
未來が振り返った。その顔には、若干どころではないほど、怒りの色が滲み出ていた。
「クラーレさん。私は、正直どうでもいいんです」
心外だとばかりに、未來の声は大きかった。
「君の故郷とか種族の特徴とか、本気でどうでもいい。私がこういう反応を取っているのは、単に君自身の態度に思うところがあるからです」
今度はクラーレはへえ、と返す番だった。未來が睨み上げてきた。
「言ってしまうなら、君の力は凄いと感じてますよ。敵は強くて、私達だけだといずれ限界が来る。でもクラーレさんの力は、追い詰められた状況を打破して一気に形勢逆転できる、強力なものだと思ってます」
「嬉しくも何ともねえな」
クラーレは顔を背けた。砂浜に、海の波が打ち付けられている姿が目に入ってきた。
この澄んだ青色を濁すだけしかない自分の力を褒めてきた未來に、クラーレの胸はひどくざわついた。何一つわかってないのだということが、はっきり理解できた。
「私がこうやって敵意剥き出しな理由は、一番は、美月への態度です」
未來から顔を逸らしていたのに、いつの間にか視界に、髪をボブカットにした少女が現れた。そうやって目を逸らしてるのよくないですよ、と言ってきたが、どうやらわざわざ視界に入られるよう、移動したらしい。
「失礼だと思わないんですか?」
今度はクラーレは視線を外さずに、強い力で見上げてくる未來の目を見返した。
「失礼って、具体的にどういうことだ?」
言ってやると、未來の目に滲んでいた怒りが、一気に露わになった。
「ハルさんや声をかけた美月に偉そうな態度をずーーーっととり続けて、穹君にきっつい態度とって怖がらせて! 人の善意を悪意で返しているのが、一番失礼なことです! わっるい態度をとり続けていることそのものが、私の態度の原因です!」
一ミリだって視線を外そうとしてこない未來に、クラーレは内心たじろぎながらも、顔に出さないように気をつけた。
「美月が君を追いかけたんですよ! 放っておけないからって。忘れたとはいわせませんよ。手を差し伸べて、なのに君はその美月に対して、恩を仇で返している。なんなんですこれ。ベイズム星人って皆、そういう性格なんですか?」
「毒の力全てみたいなところはあったがな。ま、教えてやる義理は無い」
未來が後退し、距離を取ってきた。
「それさえ改めて美月に今までのことをきちんと謝ってくれれば、私は君に謝りますよ。でも、そんなんならまだ、無理ですね」
「別にお前の謝罪の言葉なんて聞きたくない。……にしてもお前、あれだな」
こうして話してみて、気づいたことがある。薄々見えてはいたが、今やっと明確な形になって現れたというべきか。
「本当はどうでもいいんだろ、皆のことは」
「……聞き捨てならないね」
敬語が消えた。怒りからか、それとも図星を突いたからか。ここに来てからというもの、クラーレは常に、周囲を傍観し続けていた。その観察の結果、未來のこの反応は、恐らく半々だろう。
「あんた、今見せてる姿とは別の姿を持っているだろ」
未來の目は変わらなかった。しかし、そこだけに意識を集中して見ていたからわかった。目の中の瞳が、本当に一瞬だけ、動揺を示す動きをしたことに。
「俺は人全般を信じていないからな。警戒のあまり、人を観察する癖がついてるんだ。だからわかる。あんたは純真無垢そうな顔をして、腹の底に何か得体の知れないものを飼っているってな」
未來からは、違和感があるのだ。
裏表が無いということを演じているという違和感。
裏が存在するのに、いかにも表しかありません、という態度の矛盾。
未來の眼光は鋭かった。そのくせ、既に怒りは消えていた。あるのは少々の呆れと、大量の嫌悪感だった。未來が一歩詰め寄ってきた。
「失礼な人の塊なんだね、ベイズム星って」
「またその台詞か。随分とそこにこだわるんだな。俺正直故郷についてはどうでもいいんだけど」
「故郷がどうでもいいだって……?!」
隠そうとしない、怒りの声が未來の口から出る。うっすらと汗を掻いているが、恐らく暑さからではないだろう。
「やっぱり君とは相容れない! 私は、君とはどうやったって仲良く出来そうに無い!」
「はいはい奇遇だな、俺もだ」
「ずっとそうしてればいいよ! いずれ美月達は、君から離れていくでしょうよ!」
「離れていくのは俺のほうだ。誰も彼も怪しく見えてしょうがねえ」
「どういう意味ですそれは!」
「ストーーーップ!!!」
未來とクラーレの距離が、何者かによって強制的に開かれた。二人の間にいたのは、美月だった。
ポニーテールを揺らす美月の顔は、すっかり焦燥感に包まれていた。
「絆を強化するどころか崩壊させてどうするのさ!」
「ごめん美月、私やっぱりこの人とは絆を強化できない」
「はっ、俺もだ」
「はいそこまでそこまで! 未來、悪いけど代わってくれないかな? 私がクラーレとゴミ拾いするよ」
「ダメだよ。この人は美月を傷つけることしか言わないよ」
「別に構わないって! ほらほら、ココロの世話よろしくね!」
未來が持っていたトングとゴミ袋を奪うようにして取ると、美月は未來の背中を押して、パラソルを立ててある休憩場所へと行かせた。
未來は最後まで、強い目で、クラーレのことを見上げていた。
パラソルの場所から、あまり遠くないところで、クラーレと未來はゴミ拾いをしていた。二度目のじゃんけんが行われた結果、未來とクラーレの折り合いが悪いというのに、こともあろうに最悪のペアが誕生してしまった。
未來と組むのはクラーレもはっきり言ってマイナスの方向に複雑だったが、じゃんけんの結果なんだから従わないと公平じゃないと美月に言い切られ、渋々了承した。
けれど、そう言った美月も不安があったのか、二人に対し、自分の目の届く場所でゴミ拾いするようにと指示したのだった。
その案は、結果的に正しかった。もし美月から離れたところで二人でいたら、仲裁する者もいないせいで、人知れず、もう直すことができないところまで行っていただろう。
「ミヅキがミライと交代したな」
パラソルの休憩所辺りを見ていたハルが、そう言った。穹もハルの見る先を同じように眺めてみたが、遠すぎて何が起こったかまるでわからない。
「ハルさん、見えるんですか?」
「サーチアイの拡大機能を使ったんだ」
ハルは自身のテレビ頭の画面を指さした。恐らく人間であれば目がある部分なのだろうが、そこには目は存在しない。言葉を発するときやものを食べるときのみ、口が表示されるだけだ。
「ソラ、重くないか? 大丈夫か?」
「平気です。ありがとうございます」
重いというのは、穹の持っているゴミ袋を指している。シャッフルした際、新しいゴミ袋を受け取ったのだが、まだ半分も埋まっていない。平時は重いと感じ始めている頃かもしれないが、今は変身しているので、これくらいは平気だった。
交代してハルとペアになってからというもの、こうしてハルはちょくちょく穹を気遣ってくる。普段の穹の体力の無さから、心配するに値すると考えているのだろう。
確かに今は変身しているので余裕でこなせているが、これが本当に変身していない状態だったら、早々に根を上げていたことだろう。
なので、申し訳ないと思いつつも、ハルの気遣いを受け止めていた。
しかしこの気遣いは穹が心配と思っているからではなくて、この状況ではそうしたほうがいいからという、空気を読んだ結果だと穹は知っていた。感情も心も無いと、本人が言っている。
それでも、いやだからこそ、穹はハルのそういった一面を受け入れていた。姉の美月が受け入れたからというのもあるが、単純に、そっちのほうがうんと気楽だからだ。
この人にはどういう言葉を向けるのが正解なのか、今どういう態度で接するのが正解なのか──。そういったことを、考えなくてすむ。
初めは不気味の感情を向ける対象でしかなかったこのテレビ頭のロボットが、今では強く抱いていたその不気味さが消えているのだから不思議だ。
ハルの姿に慣れたのは、ハルの元に通いつめたのが大きいだろう。大きな書斎と大量の書物を持っているハルの宇宙船は、不気味さ以上に、興味をそそられた。
重ねて最近、ハルのもとに行っている時間が長くなってきている。
「あの、ハルさん。ありがとうございます。あのこと、言わないでおいてくれて」
「全く構わない。しかし、聞いてもいいだろうか」
どうぞ、と促すと、ハルは顎に当たる、テレビ頭に映る口の下の方に、自身の手を当てた。
「どうしてソラは、自分が料理していることを書いていることを隠すんだ? もし判明しても、ミヅキやミライだったら、ソラが傷つく言動や行動をとる可能性は低いと見えるが」
穹は、下を向いた。ハルの、無いはずの目からの、視線を感じた。
「……そう、ですね。僕も、そうだと思います。……でも、言えないんです。本当に、自分でもなんでだかわからないですけど……」
もしばれたら。そう予測すると、いつもいてもたってもいられない恐ろしさに苛まれる。けれどその恐怖がどこから来るものなのか、全くわからない。
だがわかるのは、ばれるということは、自分の最後を意味する、ということだ。
ふむ、とハルは動きを停止させた。見てみると、ぴんと頭のアンテナが張られていた。
「ソラの抱くその強い恐れの感情は、過去の経験が起因していると分析したが、どうだ?」
しばらく経ってそう言われた時、すぐに反応を返すことができなかった。頷くべきかどうか、咄嗟に判断できなかった。
「……うん。多分、正解です。どこかで、後ろめたさや恐怖を抱いてしまうんでしょうね。誇りたいのに、誇れない。ばれるのが、怖い」
「なぜ私には言ったのだ?」
穹は少し笑い、顔を上げた。笑うといっても、ちゃんとした笑顔である自信は無かった。
「ハルさんは、感情を挟まずに、いつも淡々と接してくれるじゃないですか。とても楽なんです。どう空気を読まなきゃいけないんだろうとか、どう気遣わないといけないんだろうとか、そういうことに頭を巡らせずにすむから
「感情のプログラムがないからな。無いものを挟んで接することは出来ない。それに、らしさの一般的な定義を作り出す事はできるが、それをソラと当てはめる必要性がない」
「そう、そういうところです」
穹は思わず苦笑した。
「正直にいうと、ハルさんのこと、最初は怖かったです。何せ宇宙から来たロボットですからね。全然わけがわからなくて、とても気味が悪かった。姉ちゃんくらいに、距離を近づける自信が全くなかったです。でも、最近、大丈夫じゃないかなって、思うようになってきてます」
テレビ画面に映っている口が、うーんと唸った。
「記録を振り返ると、私とソラの距離は、だいぶ近くなってきている」
「基本的にやってることって、本の貸し借りと、それの感想を言い合うだけだったんですけどね」
持ってきた地球の本をハルに渡して、自分は翻訳機械を使って、ハルの書斎にある宇宙の本を、書斎を借りて読む。文脈や常識からして地球のものと全然違い、読めないものも多々あったが、それで気づいたことがある。
意外と、地球も宇宙の本も、根本的なところは同じなのだと。
たまに書斎から気に入った本を借りたり、穹のほうもハルに本を貸したりして、リビングでお茶をお供に、雑談を挟みながら感想や評価を言い合っている。
「だが、作った料理を見せることは、まだしてくれないんだな」
「……ごめんなさい。それは、その」
思わず俯くと、すぐにハルの神色自若な声がかかった。
「とにかく、キッチンはいつでも借りて構わない。ソラが快適に作業できるよう、調整しておくからな」
「ありがとう、ございます」
俯いたまま礼を述べ、ゴミ拾いに戻ろうと、腰を屈めたときだった。
ソラ、と普段より低めの声がかけられた。
「ずっと、気になっていることが、実はもう一つある。答えてくれなくても構わない。なので、聞いてもいいだろうか?」
「どうしたんです、改まって」
普段ならさっさと聞いてくるというのに。ハルはそういうロボットだ。
時間を空けて、ハルは口を開いた。
「時間は有限だ。十三歳のソラの時間は、今この時しか存在しない。その貴重な時間を、私の宇宙船で過ごすことなどに使っていいのか?」
美月も未來も、そこまで宇宙船に通っているわけではない。他に優先すべきことがあるならそちらを優先する。逆に宇宙船を優先したいときは、そちらを優先する。
しかし穹は違う。他に優先すべきことが無い。
「僕は、透明人間ですので」
思いついた返答がそれだった。もっと詳しく説明するべきだっただろうに、他に思いつかなかった。逆にこの一言が、一番最適であるような気がした。
「ソラは透明ではない」
「物の例えです」
苦笑した穹に、ハルは無機質な声音を発した。
「むろん、理解している」
笑うことを止めた。けれど真顔に戻るのも違う気がした。心なしか、波音が落ち着いて、更に静かになった。
「いいえ。透けちゃうんですよ。ここだと大丈夫なだけで」
青い海が広がり、水平線の上には青い空が広がっている。それらはどちらも果てしなく広大で、自分がここにいることなどにまるで気にせずに、いつも通り世界を回らせる。
再び大きくなった波音に紛れて、わかったという声が耳に届いた。
「ソラが構わないのであれば、私も構わない。だが、何かあったら、言ったほうが良い。私で良ければ、いつでも話を聞く」
ありがとうございます。穹はもう一度、そう伝えた。
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