phase3「仲良し大作戦?」
「姉ちゃん待って! 待ってってば! 本気?!」
後ろから切羽詰まった穹の声が聞こえてくるが、美月の知ったことではない。だん、と勢いよく踏み出した瞬間、その部分で砂が舞い踊った。
右手にトング。左手に巨大なビニール袋を手にしながら、正面を見据える。砂浜に鎮座する無機物達に向かって、トングをかちりと鳴らした。
「お願い、誰か止めて、お願いします!」
申し訳ないが、どんな地位の高い人に何を言われようが、意思は変わらない。強行突破する。よって穹の台詞には、結果的に意味を成さない。
今この場には、美月の行動に慌てふためいた穹が急いで呼び集めた、ハルとクラーレと未來と、ココロとシロしかいない。その誰にも、今の美月を止められやしない。
クラーレが、「一体何をしてるんだ」と、恐らく振り向いたら顔に冷や汗を浮かべているような声で、尋ねてきた。
美月はばさりとビニール袋を振った。
「ゴミ拾い!」
「なんで?」
未來が小首を傾げてきた。
「簡単な話。遊べない場所なら遊べる場所にすればいいじゃない、と!」
「フランスの有名人みたいなこと言わないで冷静になって!」
駆け寄ろうとした穹を、手を突き出して動きを止めさせた。
「私は冷静です! 頭もお目々もぱっちり覚めてるし! そういう穹はどうして止めようとするの?」
「危ないからだよ! 姉ちゃんはゴミ拾いの経験無いでしょ? こういうのはね、ちゃんと準備してからでないとダメなの! 足とかね、ガラスだの何だの落ちてるからそのままだと危険だし、今日は暑いから熱中症だって……」
「コスモパワーフルチャージ!」
海風が吹き、ビニール袋とマントがはためいた。
「これで良し!」
黄色いグローブが嵌められた手で、サムズアップを作る。
「手袋……というかグローブまでついて、ブーツも出来て、おまけに体力面が大幅に向上される!」
じゃ、と砂浜の奥に消えていこうとする美月のマントの裾を、穹が両手で掴んだ。
「本当に待ってよ、何で急にこんなことを……! 理由がわからない!」
理由、と美月は口の中で呟いた。
「やりたいからだね! 終わり!」
はあ? と穹が呆れかえったような目を見せた。
「海で遊びたいからね、私は!」
じゃそういうことだから、と穹の手をそれとなく外し、今度こそ行こうと、ブーツの履いた足を一歩前に出した。
「それは嘘だね」
そこにある事実をただ音読するかのような、淡々とした物言い。美月だけでなく、全員の視線が、そこに集中した。
「遊びたいからと言ったとき、体内環境が嘘を吐いている状態のものに変化した。他の人と比べて、かなりわかりやすかった」
ちょっと、とハルに詰め寄ろうとしたときだった。「嘘なの?」と未來が被せて聞いてきた。
「本当の理由は?」
「……やりたいから、だよ」
「他にも、訳があるんじゃないの?」
美月は口ごもり、逃れるようにして視線を海に移し替えた。白い波がぱしゃんと音を立て、浜辺に打ち付けてくる。
「やりたいから、としか言えない……。だって、私が強引に今回のイベントを決めて、そしたらこんなことになってて……。これ以上皆を巻き込んだら、私が申し訳なさで溶ける」
地球人って溶けるのか、とクラーレが一瞬だけ目を大きくさせた。
「明日もあるんだし、なんとかなるよ! しかもこのコスモパッドの力まであるんだから、無敵だよ、無敵!」
大丈夫大丈夫、とガッツポーズを作り、浜辺を見渡した。砂浜全体で、500mより少しあるくらいの距離だ。遙か向こうにまで、ゴミが散乱しているのが確認できる。
なんとかなるのだろうか、という思いが、ふつふつとわき起こってくるのを、強引に消し去った。
「皆は、無責任で本当に悪いけど、自由に過ごしててね! 無敵のスーパー美月ちゃんは、ちゃちゃっと片付けてきます!」
「ミヅキ」
掴まれたわけではないのに、その言葉は強い力を持っていた。
「いくら変身状態でも、今日と明日でこの距離にある全てのゴミを拾いきる可能性は、大変に低い」
美月は足下に落ちていた空き缶をトングで掴み、ビニール袋に入れた。
「できるよ」
「そう言い切るならばこちらも断言したほうがいいな。できない。不可能だ」
でも、と美月は前を見た。青色の大海が、波音しか立てずに、そこにいる。
「私はやめない」
腕が掴まれる感触があった。見ると、未來が背後にいた。
「私達は自由時間なんだよね? なら、私、付き合う!」
にこっと、笑っていた。美月が何か言う前に、もう決定事項だと言わんばかりに、未來はあっさりと変身をした。
「穹君は?」
突如矛先が自分に向かった穹は、え、と視線をうろつかせた。魚のように泳いでいた目が、やがてぴたりと止まった。はあ、と深く息を吐き出し、左手首のコスモパッドに指を当てた。
「上手くできるか自信無いけど、ブレーキ役は必要だよね」
そう言った後変身した穹は、困ったような眉をしていて、それでも目は笑っていた。
「手伝ったら、申し訳なさのあまり、ミヅキが溶けるんじゃないのか……?」
「クラーレ、それはものの例えだ。地球人は溶けない。よって手伝ってもミヅキは溶けない」
その奥で何やらよくわからないやりとりを交わすハルとクラーレがいた。どうするんだ、とハルがクラーレの目を見て聞いた。クラーレは押し黙ったかと思うと、突然美月に「ふくろ」と短い単語を放った。
「え?」
「袋だよ。無いのか?」
あるけど、と美月は怪訝に感じながらも返した。
「……景色、見てて不快だからな」
ふい、とクラーレは美月から顔を逸らし、真横を向いた。
「ん? あれ、それってつまり……」
「私にも手伝わせてくれ。これで、一気に確率が高まった。今日と明日で、砂浜を全て綺麗に出来る確率が」
美月は言葉を失った。太陽の日差しが、かなり熱い。人が溶けるはずないのに、本当に溶けて消えてしまいそうだ。けれど、今、消えたくはなかった。
公民館近くの浜辺のゴミ拾いをしたいので道具を貸して下さいと申し出たとき、汐澤は反対した。この暑い中、一人でそんな危険な作業をさせられないと。押し問答の末、何度もゴミ拾いをしたことがある、ゴミ拾いの達人なのでと言い、やっと承諾してくれた。
美月の提案で、二人一組で拾うことが決まった。ゴミを拾うのは二組、つまり4人で、残る一人はココロを見ておく係となる。
その担当係とゴミ拾いのペアは、何回目かの休憩時間のときにシャッフルされる。道路から浜辺に通じる階段の近くはゴミのない場所で、そこにパラソルとシートを敷き、休憩所とした。
変身が出来て体力が上がっている者は、休憩場所から遠いところからゴミを拾っていく。最後に、何かあったらすぐにインカムかコスモパッドで連絡を取り合うことが決まり、時間を気にせず危なくなる前に休憩するという約束を交わした。
誰がゴミ拾いになるか、ココロの世話をするか、ゴミ拾いの場合誰と誰がペアになるかは、じゃんけんで決めることになった。地球のじゃんけんのルールを知らないクラーレに一から説明し、第一回目のじゃんけんが行われた。
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