phase2.1
ジュピターは人懐っこい笑みを浮かべながら、変身姿である美月のことをじっと見てきた。なんだろうと美月が眉をひそめたとき、彼の視線が美月の左手首に移動した。
「そのコスモパッド、使いこなせてるなんて凄いね~!」
美月は無言のまま、目線をコスモパッドに落とした。
「もともとバルジで作られた物だから凄い複雑な造りのはずだけど、それを改造できちゃうなんて、ハルは凄いなあ」
「バルジ?」
新しく出てきた単語に、美月は首を傾げた。
「一言で言うなら、ダークマター直属の研究所。機械が関係している商品やサービスはね、全部、本当に全部、このバルジで作られているんだ」
それこそ有機物以外は全部ここで作られているくらいかも、と付け加えられる。
「この前来たウラノス君も、バルジの研究員なんだよ。それもかなり偉い。宇宙船もロボットも、全部自分で作った物なんだって」
若そうに見えたが、あのよれよれな、身だしなみに全く気を遣ってなさそうな風貌で思わず引いてしまったあの人か。美月は思い出し、研究者と聞き、なんとなく附に堕ちた。
「いやまあウラノス君はちょっと特殊というか……。それはともかく、ダークマターの科学力と技術力は宇宙一と呼ばれているのは、このバルジのおかげなんだよ。商品開発部門と、あと研究所だから、研究部門や、宇宙開発部門とかもあるね」
「バルジ……」
「ロボットとか、セプテット・スターの武器を作ってるのもそこだよ。武器っていっても、機械だけどね」
いずれにせよバルジも敵だと見て間違いないだろうと、美月は腕を組んだ。目の前にいるこの男性も、敵であることに間違いないはず。その彼は、気持ちよさそうに目一杯伸びをした。
「ワープで“道”が出来ているとはいえ、さすがに遠くて疲れたな……。あ、そういえば、ダークマター本社のある星のこと、知ってる?」
美月はかぶりを振った。
「知らない。知らなくてもいいことだと思って、聞いてない」
「そうかあ、まあそれもそうだよね」
よしわかったと、ジュピターは聞いてもいないのに、自身の胸を叩いた。
「ダークマター本社がある星はね、ファーストスターっていうんだ」
何か重大な秘密を打ち明けるように、重々しい雰囲気を作り出して、言った。
「この宇宙で、一番最初に生まれた星。そこに、ダークマターの本社と、バルジがある。ずっとずっと遠く、宇宙の果てに位置するところにね」
ジュピターは、ゆっくりと空を見上げた。美月も顔を上げた。夏の濃い青空が、どこまでも広がっていた。もくもくとした、煙のような入道雲が立ち上っている。
「さすがにここからは見えないなあ……。でも、あの空のずっと向こうに、ダークマターやバルジ、住民達が暮らしている星があるんだよ。この星みたいに」
言われても、空には星一つすら見えない。けれど、確かにあるのだ。それは、今ジュピターが目の前にいるから、わかる。美月は小さく頷いた。
「……そんな遠くにあるのに、定期的に来るよね、あなた達。暇なの?」
「とんでもないよ。宇宙の果てとこの星を行き来するのは、最初はもちろんそれなりに時間かかるけど、一度道を作ってしまえば、あとはあっという間にワープできるんだよ。道があっても二日以上かかっちゃうんだけどね……。その気になれば毎日でも攻めてこれるさ。けどそれしないのは、世間体もそうだけど、まあ都合があるからだよ」
都合、と美月はおうむ返しした。
「ダークマターは本社だけじゃなくて、至る所に支社があるからねえ……。宇宙規模の大企業なわけだし。皆忙しいんだよ、セプテット・スターは特にね。どんなに切り詰めても、毎日は無理。さすがに倒れちゃう」
「どうか無理しないで欲しいけどね、こっちとしては」
「それは出来ない相談だなあ……」
あはは、とジュピターは困ったように笑った。
「でも無理しないでほしいのは、僕も同じかな。ダークマターの社員も、バルジの研究員も、皆ピリピリしちゃってる。今までも忙しそうだったけど、特に、ハルを追うことが目標となってからは……。普段通りにしているように見えても、どっか緊張感があるし、余裕がない。そのことに対してのお客様の不満も高まっちゃってるし……。それに皆、笑顔じゃない」
ジュピターは顔を下げて肩を落とした。大柄な体躯が、小さく縮んだように見えた。
「僕はダークマター本社の社員食堂で働いていたから、なおさらその雰囲気がわかるんだ」
聞き捨てならない台詞が出てきて、美月の脳は瞬時に反応を示した。
「……あなた、料理人なの?」
「セプテット・スターに就いてから、そっちの仕事の方が圧倒的に多くなって、あんまり行けてないけどね。そうなるまでは、食堂で働いてたよ」
キッチンに立ち、フライパンを振るう父と母の姿が浮かぶ。このジュピターとやらも、同じことをしていたというのだろうか。
いやいやと、美月は心の中で首を大きく振った。だとしても、目の前にいるこいつは的なのだ。だがどうして、敵意も何も感じられないのだろうか。
「じゃ、僕はそろそろ帰るよ。またどこかで会おうね」
単調なリズムの鼻歌を歌いながら、神社の入り口のほうに向かって、ジュピターは歩き出した。美月とすれ違う瞬間も、何も仕掛けてこず、遂に豹変するようなこともなかった。敵なのに、攻撃せずに帰って行ってしまう。
このまま帰していいのだろうか。次の瞬間美月は、「ちょっと!」と呼び止めていた。ジュピターがびっくりしたように振り返る。
「ハルって結局何をしたの? なんで反対しただけでこんな目に遭ってるの?」
それは素朴な疑問だった。ちらちらとハルから聞かされてはいたものの、具体的なことは今まで何一つ言ってこなかった。気にはなったが、もしかすると言いたくないのかもしれないと、あえて言及を避けていた。穹も未來も、絶対気にしてはいるだろうが、それ以上にハルに気を遣い、問うていなかった。
ただでさえ最初に会った頃、ハルの故郷のことを聞いて少し気まずくなってしまったのだ。厳密には美月がそう思い込んでいただけだったが、聞かまいとしていくうちに、いつの間にか疑問そのものが、意識の外に逃げていた。
ああ、とジュピターは少し眉をひそめ、どこか複雑そうな表情に変わった。
「ハルはね、邪魔をしたんだ。計画に、物凄い勢いで反対してきて、それを行動に移した。ダークマターが、一番してほしくないことを、よりにもよって選んだんだ」
言葉を探すように少し黙ってきた。美月はぐっと、次の言葉を待った。と、だめだ、とジュピターがうなだれた。
「ごめんね、あまり詳しく言えない」
目が泣きそうになっていた。迷子になった子供のような瞳だった。
「計画を遂行するために絶対必要なものを盗んで、どこかに隠した。今言えるのは、これで精一杯だよ……。絶対に、漏らしてはいけないことになってるから」
ごめんねと涙声になっているジュピターだったが、美月は盗んだという言葉のほうが気になった。ハルは、何をしたのか。何をしているのか。
「ダークマターは、なんとしてでもハルを捕まえて、盗んだものの場所を吐かせなくてはいけないんだ。でないと、計画全て水の泡だ。まあ口を割らせなくても、ハルの記憶データを解析して復元すればいいだけの話だけどね。ハルがこちら側に捕らえられれば、もう時間はかかったとしても、計画が遂行されるだけなんだから」
声に力がかかっている。それよりも盗んだものって何、と距離を詰めたが、ジュピターはとにかくだめなんだと、首を横に振り続けた。ついにはジュピターは自分自身の口を両手で抑え、物理的に口を塞いでしまった。
「じゃあ、ずっと言ってる計画、計画って、一体何なの? 気にしないようにしてきたけど、さすがに気になるよ」
敵の計画など正直知りたくない。得体の知れない恐怖がある。しかしそれ以上に気になる。するとジュピターは少し目を輝かせ、手を解いた。
「この計画はね、本当にとても大きく、大事で、難しいけど、でもこの宇宙全体にとって、一番必要なことだと、そう言われているんだ」
いつだったか、ハルがダークマターは宇宙全てを、自分達の思うとおりに変えようとしている、と言っていたのを思い出した。ジュピターの言っていることと、微妙にかみ合っていない。
「これも、詳しいことは誰にも言っちゃだめなんだ。でもダークマターは、その計画を達成することを、全ての目標にしている。成功すれば宇宙の未来は、絶対に明るいものになるって」
ふーんと美月は暑さで頭が回らず、気の抜けた声を返した。
宇宙の未来が明るいというワードが本当だとしても嘘だとしても、全く心が反応しない。隣の隣の隣町にあるスーパーで、来週大安売りが行われるんだよと言われたようなレベルだ。
見透かされたのかなんなのか、ふっとジュピターは口だけで笑った。どことなく馬鹿にしたような、呆れたような笑みだった。
「さすがにぴんとこないよね。でもこれだけは言える。この計画が成功したら、きみ達は今よりもずっとずっと、過ごしやすい、平穏で、順風満帆な暮らしを手に入れることができるよ! 今は信じないかもしれないけど、“その時”が来たら、絶対にわかるはず。ああ、本当だったって」
にいっと、思いの外無邪気な笑顔を向けてきた。美月の肩が思わず跳ね、喉がごくりと鳴った。変身した服の裏で、汗が流れている。
「ダークマターの計画は、この宇宙にいる全ての存在が幸せになれるものなんだ。嘘とか寝言とかそんなんじゃないよ? 大袈裟に聞こえるかもだけど、これは本当」
胡散臭い、とずばり言わなかった自分を、美月は褒めたくなった。そんなことなどお構いなしで、「じゃ、もう本当に行くね」と、ジュピターはごつごつした手を振った。
「気になるならハルに聞いてみたらいいんじゃないかな? もしかしたら詳しいこと教えてくれるかもよ? あ、僕のことは、別に言ってもいいよ」
どうせ痛くも痒くもないs。内心の言葉が継ぎ足され、浮かんで見えたような気がした。
ともあれこの後は穹も未來も呼んで、急遽ハルのところで会議をしなければ。決意した瞬間を狙ったかのように、くるりとジュピターの頭が振り向いた。
「きみ達のやってること、責めるつもりはないよ。だけど、きみもいずれわかるさ。ダークマターのほうが、正しかったって」
まるで敵意も悪意もない笑顔を残して、ジュピターは去って行った。
美月は変身を解除した。元の半袖の服装に戻ったとき、そこから覗く腕に、鳥肌が立っていた。
やはり怖い。何もしてこなかった。なのに、怖かった。美月は恐怖を振り払うように、急いで駆け出した。
とりあえず、今日ジュピターから思いもがけず仕入れた情報を、ハルに聞いて嘘がないか照らし合わせなくては。この後どうするか、話し合わなくては。
宇宙が幸せになるとは向こうの言い分だ。だが隣の隣の隣町くらいの距離にあるものを言われても、だからどうすればいいというのだろう。
夏の青空はどこまでも広く、そこにはまだ星は出ていなかった。
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