phase2「五人目のセプテット・スター、襲来……?」
依然として蝉は声を発し続けて、自分の存在をアピールしている。その喧噪の中で、美月と、“地球人離れ”した男性は向き合ったまま、時間が止まっていた。
美月の空っぽになった頭の中に、油蝉やみんみん蝉やツクツクボウシの鳴き声が流れ込んでくる。その中で、あぶり出しのように浮かび上がってきたことがあった。
美月はコスモパッド液晶画面に、右手の人差し指を合わせた。
「コスモパワーフルチャージ」
ぱっと光が生み出され、美月の全身を包み込み、消え失せる。
「で……」
変身姿になった美月は、胸元のブローチのピンクの輝きと、液晶画面の太陽を反射する光を合わせた。
拳に光が集中する。
「ムーンパンチ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
ありったけの力を込めて出された拳に対して、男性は両手で制するような体勢をとる。その顔は心底驚いているときのそれと同じに見えた。が、さすがにほいほいと騙されてはたまらない。美月はお構いなしに、新たに手に入れた力をぶつけにかかった。
その攻撃は容易く避けられてしまい、渾身の“ムーンパンチ”は不発に終わった。
まだ美月のことを止めようとしている相手に対し、第二撃、第三撃を繰り出す。そのどれもが、全部避けられるか、さばかれてしまった。
「……」
「ねえ、まずは話を聞いてくれないかな……?」
相手の表情からは、敵意は読み取れない。しかし読み取れないだけだ。事実これまでのパンチは全部空を切る羽目になった。かなり、いやとても強い。体は大柄で、避ける動作もわたわたしていて無駄が多いのに、パンチは掠りもしなかったのだ。
一人で相手は絶対に無理だと、美月はコスモパッドを口元に近づけた。
「な、何するつもりなの?」
「応援呼ぶ! でもって追い払う!」
「待って待って、本当に待って!!!」
言葉遣いは柔らかめなほうなのに、声音は低い。それで大声を出され、思わず美月のの手が止まった。
「僕は、敵じゃない!」
真摯に、垂れ目がちの一重の目が、真っ直ぐ美月を見つめている。橙色の目に光を宿らせているように見える。
「信じられるわけないでしょうが! 舐めてたら痛い目見るわよ!」
美月は二回、三回とジャンプし、後ずさった。
「これは嘘です、ってばればれな嘘ついてほいほい信じるようなお人好しじゃないのよ、私は!」
「あああ待って待って、本当に本当だから! 嘘ついてないから!」
「どこが本当よ! ハルを狙ってるんならダークマターもあなたも敵でしょう!」
「そこが違うんだよ、とりあえず落ち着いて!」
何かしてきたらすぐに応戦できるよう、美月は身構え、とりあえず喚くことはやめた。相手が心底安心したように顔を緩ませ、ほっと息を漏らした。
「僕のコードネームはジュピター。セプテット・スターの一員だよ。セプテット・スターっていうのは、ダークマターという企業の最高幹部社員集団のことをいうんだ」
「知ってるよ、何度も危ない目に遭ってきたからね!」
美月の剣幕にジュピターと名乗った男性は動揺し、そしてどういうわけだか、申し訳なさそうに顔を歪めた。
「確かに立場上は敵だよ。ハルは逃亡していて、ダークマターは企業全体でハルを追っている。でも僕個人にはね、ハルにも、きみ達にも、敵意がないんだよ」
「吐くならもっとまともな嘘を吐いたらどう?」
じり、と後退した美月に、ジュピターは諦めたように、「まあ無理もないよね」と肩を落とした。
「僕としてはね、正直、なんでダークマターはこんなにハルを捕まえることに躍起になっているんだろうって思っているんだ」
「……え?」
思いもがけぬ台詞が、思いもがけぬ人物の口から飛び出てきたことに、美月の体は無防備に固まった。
「僕はこの計画に反対はしていないけど……。でも、このやり方は、おかしいなって思っている」
うーん、とジュピターは苦い顔をして腕を組んだ。
「ダークマターは宇宙的大企業なわけだから、ちょっとの悪い噂で大きく信頼を損なう。だからこの星に対しても、大きなことができないんだよ。大群で押しかけるとかすればあっという間にハルは捕まる……。けど、ダークマターを知らない星に、ダークマターが大挙して押しかけた事実が広まってしまうと、会社に対する風評がどんなことになるかわからない。だから、こっそり少数でだったりとか、こっそりしたことしかできないんだ」
「ダークマターのある星の住民達はどうなのよ。こんな手使ってハルを捕まえようとしてて、何か意見でも出てるんじゃないの? それこそ風評被害どころじゃないでしょ?」
ジュピターは即座に首を振った。
「ううん。少なくとも本社のある星では、そんな意見は出ていない。むしろハルが極悪人扱いだよ。ダークマターの計画を邪魔する、犯罪者だって」
犯罪者、と美月は下を向いた。ハルが。確かに見た目は怪しい。
ブラウン管テレビの頭で、無表情でココロをあやす姿。理は通っているが、言うにしてはあまりにも場違いなことを淡々と言ってのけてしまう姿。冷静に理論を述べ、こちらの頭を冷やす姿。
そのハルが、別の場所では、犯罪者扱いを受けている。
「……他の星でも?」
「ハルが逃げていることもその理由も、本社のある星以外には漏らされてないよ。
物凄く厳しい口止めがされている。
事の発端となっているダークマターの計画そのものが、限られた人達以外は、誰にも言ってはいけないことになっているからね」
とはいっても、と組んでいた腕を解いた。
「ハルが他の星に逃げ込んだとしても、結局意味は無いけどね。
セプテット・スターが直接行って、ダークマターです、このロボット探しています、出して下さいって言えば、すぐハルは差し出される。そして、ダークマターのことを知っている星は、宇宙全体で、半分は優に超えている。そのくらいの影響力なんだよ。わかってくれる?」
美月は考えた。自分の知っている会社や企業の名前。どこにあるかだとか、社長の名前だとか、そういうことは一切知らなくても、何度も名前を聞いたことのある会社。考えてみると、いくつも浮かんでくる。ダークマターは、それらの会社と同じ、もしくはそれ以上の知名度と影響力が浸透しているということだ。そんな大きな存在に対して、自分達は、戦っている。
「……もしかして私達、とんでもないことをしている?」
「そうだよ、凄いんだよ!」
本当に感心しているような口ぶりで、ジュピターは橙の目を大きく見開いた。
「そもそもダークマターのことを知らない星に不時着したのが奇跡だし、そこで協力をとりつけられる人達にこんなに会えたのも奇跡なんだよ。しかもプレアデスクラスターやベイズム星人までいるんでしょう? とんでもなく運が良すぎるよ、ハルは!」
立場上では敵なのに、ジュピターはその奇跡に対してすっかり興奮しているようで、体格の良い身なりで、少年のように目を輝かせた。
「とまあ、さっきも言ったけど、ダークマターのことを知らない星、そもそも宇宙人を知らない星に突然ダークマターが出てきてハルを出して下さいって言ってもパニックになるだけだよね。どんなに丁寧にしてても」
ハルと初めて出会ったときのことを思い出し、美月は頷いた。
「だからこそこそするしかないっていうかさ……。でも、思うんだよ」
ジュピターは少し遠くを見るような目をした。
「ハルが逃げている立場上、追いかけるのも仕方ないけど……。どうせ小さいことしか出来ないなら、無理矢理捕まえようとしないで、他に何かいい方法あるんじゃないかなあって」
え、と美月は聞き返した。けれど同じ台詞を何十回聞いても、上手く飲み込めないことはわかっていた。
ジュピターの顔が、やや綻んだ。
「何か他にいい方法があるんじゃないかって、僕はずっと考えてる。強引に捕まえるんじゃなくて、説得とか、なんでもいいから、平和的な方法。皆が痛い思いや怖い思いをしない方法」
「なん、で……?」
からからに掠れた声は、声になっていなかった。いつの間にか美月の口は開いていて、暑い空気が喉に入り込んでいた。
「やりたくないからね、僕はきみに攻撃しないよ。ハルの居場所もわかってるけど、行かないし、報告もしない」
手品で、タネも仕掛けも無いことを説明するときのように、ジュピターが大きく手のひらを見せる。
「敵なのに……?」
「なるべく争わずにすむなら、それが一番いいでしょう? 痛い思いも怖い思いもする必要がないのが、一番。でしょ?」
に、とジュピターは大きく笑った。白い歯が見えていた。
まさかこの表情が、この立場の相手から、見られる日が来ようとは、思ってもみなかった。昨日までの美月に言っても、絶対に信じなかっただろう。
橙色の目はどこまでも真っ直ぐで、翳りも曇りも知らないようだった。
「きみ達のこと、ずっと気になってたんだ。今日来て良かった。きみが、話のわかる相手で、本当に良かったよ」
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