Part3:地球編・夏

Chapter1「ファーストスター」

phase1「事件の後日」

 白い天井、白い壁、白い床。全てが白で覆われた空間に、静寂な時間が流れている。


 何を問いかけても答えてくれなさそうな無機質な部屋を見回した美月は、ふうっと息を吐き出した。


 ビーッという、よく耳にするような、ありふれた警戒音が反響する。見据えた前方の白い壁に、黒い穴が空いた。


 足を踏ん張り、構える。


 がしゃんがしゃんという音を鳴らし、ぎこちない動作で出てきたのは、古めかしいデザインのブリキのロボットをそのまま大きくしたような物体だった。そのロボットが、ピッと、美月を視界に捉える。


 相手の足がこちらに向かって動き出す前に、美月は駆け出した。距離を詰めながら、左手首を胸の辺りに重ねる。

 重ねた辺りに、うっすらとだが、暖かい温度が集まっていくのを感じる。

左手に、黄色と白の混じった光が集まっていき、包み込まれる。


「ムーンパンチ!!!」


 胸から外した左手を、波に乗せるように、勢いよく突き出す。

拳が、ロボットの顔に当たった。瞬間、その箇所から黄色や白の光が弾け、明滅した。拳に伝わる金属の感触が、一瞬の後に、無くなった。


 ロボットは物凄いスピードで後退していき、真っ白な壁に激突し、前のめりになって倒れた。


「すっご……」


 気づかぬうちに零れ出た声と重なるように、ビーという音がまた鳴った。


『ミヅキ、お疲れ様。だいぶ慣れてきたようだな』

 美月は振り返り、そこにあった窓ガラスに向かって、親指を立てた。



 部屋を出て、その隣のドアを開けて中に入ると、弟と、友人と、頭部がブラウン管テレビで出来た長身の人物が出迎えてきた。


「穹の番だよ」

「き、緊張するなあ……」


 駆け寄ってきた穹にあっさりとした口調でそう言ってやると、彼はうう、と唸りながら、そわそわと着ている服をいじりだした。


 青色のジャケットの皺を必要以上に伸ばし、青色のネクタイを必要以上に直し、青色のグローブを嵌めた手首をぐりぐりと揉み、白いブーツを履いた足をとんとんと動かす。


 穹の着ている衣装の、青色の部分が黄色の色違いになっているのが、美月の今着ている服装。赤色になっているのが、未來の今着ている服装だ。


 ベストの胸元にある、星形の緑色のブローチが、きらりと光を反射した。穹はそれに手を触れると、覚悟を決めたように頷いた。


「ソラには、一度攻撃を受けてもらう。すぐに倒さずに、相手の攻撃を、アップデートで追加されたシールド技を使って防いでみてくれ」

「攻撃を……。だ、大丈夫でしょうか……」


 穹の目線が、胸元に輝く緑色の星に注がれる。その穹の肩を、未來がぽんと叩いた。


「大丈夫だよ穹君! これはシミュレーションなんだから! 怪我をするような設定はしていないって、ハルさん言ってたでしょ?」


 穹は頼りなさげに頷くと、手と足を同時に出しながら、部屋を出て行った。


 美月と未來は、ガラスが張られた窓の前に立ち、その向こうを覗いた。真っ白な部屋の空間に、ただ一つ、別の色が混じった。ハルがマイクやボタンやスイッチが設置された機材の前に立ち、マイクに手を添えた。


「ソラ、始めてもいいか?」


 落ち着かなさげに視線を漂わせていた穹は、大きく肩を跳ねさせ、弱々しい声ではい、と言った。


「では、シミュレーションをスタートする」


 ハルが大きなボタンを押した途端、白い壁から、ロボットが現れた。先程美月が相手したロボットよりも大柄なデザインだった。


 穹は心底慌てている様子で、言葉にならない声を発しながら、ちらちらとこちらを振り返りだした。その目が助けを請うていたので、美月はロボットのいる方へ指を指し、目をつり上がらせた。


 穹は途端に顔を青ざめさせ、ロボットと向き合う姿勢をとった。


 機械らしくぎこちない動作で、ロボットの腕が上がる。その先にある手は、拳の形になっていた。前方にいる相手に向かって、真っ直ぐ突き出される。

 穹は、左手と、自身の胸元を重ね合わせた。


「ええいっ!!!」


 ロボットの拳は、目標である穹には届かなかった。


 がきんという音を立て、ロボットは拳を離し、何かに弾かれたときのように、よろめいた。


 美月は目を凝らした。穹は両手を突き出すような格好をとっていた。よく見ると、手のひらの前に、薄い水色をした壁のようなものが出来ている。


「シールド展開成功だ」


 ハルは言ったが、穹はしばらくぶるぶると震えながら、格好を崩さなかった。しゅう、と空気に溶け込むようにしてシールドが消えても、まだ手のひらを突き出していた。


「ソラ、もうとどめをさしても大丈夫だ」


 きょろ、と辺りを見回した穹は、やっと再び向かってこようとしているロボットに気づいた。刹那、急遽こしらえたようなパンチが繰り広げられた。ぶれぶれの軌道で力も充分に込められていないように見えたが、ヒットした途端、ロボットは倒れ、動かなくなった。


 のろのろとした足取りで部屋に戻ってきた穹に、ハルはどうだったか、と聞いた。息切れを起こしていた穹はえ、と聞き返し、ああ、と目を少しだけ見開いた。


「全然衝撃が来ませんでした。凄いですね、この技」

「今は発生時間も短く強度も低いが、アップデートを重ねていけば、より強力なシールドや、いくつもの対象を囲めるバリアなどを展開することができるようになる。さて、次はミライだ。ミライの場合、マントを使った飛翔時間が長くなり、刀を使った技が増えたのが特徴だ。アップデートを重ねていけば、滞空時間が長くなり、様々な剣技を使うことが出来るようになるが、今使えるのは刀から出る光線のみだ。次のロボットは飛翔型なので、注意するように」

「はい!」


 未來ははきはきと返事し、では早速、とスキップしながら部屋を出て行った。


「……全然緊張してないね、未來さん」

「穹が緊張しすぎなだけだよ」

「いやするよ。シミュレーションとか初めてだしさあ……」


 やれやれと肩をすくめる。何でもかんでも気にしすぎなのだ、一歳年下のこの弟は。確かに美月も、シミュレーションルームという単語を聞いたときは、少なからず驚いたが。


「ところで姉ちゃん、さっきのムーンパンチって何……?」

「技の名前。特に技名とか無いって言うし、でもそれだとせっかく強い技使えるのに味気ないし」

「なんでムーン?」

「美“月”だから。そのうちキック技、つまりムーンキックとかも出来るようになるって!」


 何か言いたげに、穹は冷ややかな目線を向けてきた。


「穹もせっかくだし、何か技の名前考えてみたら?」

「そ、そうだなあ……!」


  ぱっと頬が紅潮した。顎に手を当て考える姿を見る限り、かなり興奮しているようだ。「シールド技だしな」「やっぱり自分の名前も入れたいな」などと呟いている。


 やがて纏まったのか、ふふんと鼻を鳴らした。


蒼穹そうきゅう守護者ガーディアンとかどうだろう……!」

「早急のガーデン? スカイガードでいいんじゃない?」

「安直すぎるんだよ姉ちゃんは!」


こうなった穹は面倒臭いだけなので、関わらないに限る。横で何やらやかましくしている弟の話を右から左に流しながら、美月はガラス窓の向こうを覗いた。


 翼をつけている以外は、さっきと同じような見た目のロボットが、空中を飛んでいる。未來がそれを見据えながら、刀を手にしている。


 未來が左手を胸に当てた直後、右手に持っていた刀の刃が、赤い光に包まれた。未來は音を立てて飛び上がり、刀を縦に振った。

切っ先は、ロボットには届かなかった。けれども別のものが、ロボットの機体を切り裂いていた。


 三日月型の、赤い光線。それが刀から出され、ロボットの体に真っ直ぐにぶつかっていった直後、その機体は真っ二つに割れ、がらがらと床に散らばっていった。


「フューチャースラッシュ……いやビームかな」

「だからそのネーミングセンスはなんなの……。せっかくこんな格好いい技が使えるのに」


穹が若干苛立ったように、自分のコスモパッドを掲げ、胸元のブローチを指さした。つられて美月も、自身のピンク色をした星形のブローチと、コスモパッドを順番に見た。


 コスモパッドの液晶画面の部分と、ブローチ重ね合わせることで、いわゆる“技”を使うことが出来るようになる。

 コスモパッドのアップデートを終えたとき、ハルに言われたことだった。


 シミュレーションルームを出て、リビングのドアを開けた途端、美月は目を丸くした。


 ソファに座るクラーレが、足下にあるゆりかごの中にいるココロへ、おっかなびっくりな手つきで、ガラガラと鳴るおもちゃを振っていた。膝の上にはシロもおり、尻尾をゆっくり振りながら、クラーレの体に身を寄せていた。


 感情の見えない、というよりどこかしかめ面で、眉を少し寄せた状態で赤ちゃん用のおもちゃを振ってる姿は、シュール以外の何物でもない。思わず美月が小さく吹き出すと、ばっと効果音がつきそうな勢いでクラーレが振り向いた。もともとしかめ面だった顔が更に険しくなっていく。


「二人のことを見ててくれて、どうもありがとう。クラーレ」

「……終わったのかよ」


 礼を告げたハルに押しつけるようにシロを渡すと、ソファの隅に座り、顔を伏せた。

 ハルと共に美月がゆりかごの中を覗くと、ココロはご機嫌な様子で、あーやくーなどの言葉を言ったりしていた。


 このクラーレが、ココロとシロの世話の手伝いと引き替えに、ハルの宇宙船に滞在するようになって、今日で二日が経った。


 ハルからみっちり指導を受けたおかげか、もともと飲み込みが早いのか、クラーレは宇宙船に居候することが決まったその日のうちに、ココロとシロの世話の方法を覚えた。まだまだもたつきは取れないものの、しっかりやり遂げている。他にも、掃除や洗濯などの家事も、ハルの代わりにすることがあるようだ。


「だいぶ板についてきたんじゃない?」

「……別に」


 美月の台詞に、にべもなくそっぽを向かれた。手強いなあと、こっそり肩をすくめた。


 数日前にパンケーキパーティーをしたときは、わずかに目を輝かせて、美味しそうに頬張っていたというのに。翌日訪れた時には、出会った時のような、刺々しい態度に逆戻っていた。


 その数日前のパンケーキパーティーの後、家に戻ってしばらく経ってから、コスモパッドの画面がアップデートを知らせる点滅を繰り返していることに気づいた。コスモパッドに内蔵されている通話機能から、未來のコスモパッドも同じ状態になっているのがわかった。


 一応やってみたが、どこが変わったのかわからない。なのでハルにコスモパッドで連絡を入れてみると、明日来るようにと言われた。


 翌日、美月、穹、未來の三人で揃って向かうと、変身するよう言われた。してみると、その姿を見たハルは、今回のアップデートで、技が使えるようになったと言った。


 ブローチとコスモパッドの画面を合わせることで、それぞれのステータスに準拠した、戦闘を有利に出来る技。それが使用可能になったのが、今回のアップデートだと。


 ブローチと言われ、美月は、変身時に胸元にある、星形のブローチのことを思い出した。あれはただの飾りだとばかりに思っていたのに、違ったようだ。


 シミュレーション用ロボットを調節するので、明日また来るようにと言われ、その日はこの話題は終了した。


 そして、現在になる。


 今まで戦いの時、今ひとつ決定打に欠ける攻撃が多いのが気になっていた美月としては、このアップデートはかなり嬉しかった。しかも経験を積んでいけば、もっと強力な技も使えるようになるらしい。穹の技も未來の技も、有用性が高そうだ。


「せっかくだし、もうちょっとシミュレーションしとこうかな! そのほうがいいよね! うん! 絶対!」


 美月はぐるんと体を捻ると、リビングのドアへ歩幅の大きい足取りで向かった。


「ミヅキ。シミュレーションはしなくていい」


 ミヅキの背中に、ハルの声が降りかかる。ぎく、とミヅキは大きく右足を出したまま、体の時間を止める。


「それよりも、勉強だ」


 ぎぎぎ、と効果音がつきそうな程ぎこちなく、ミヅキは首を後ろに向けた。

既にソファのテーブルには、穹と未來がついており、筆記用具やテキストなどが置かれている。開いているページが、大口を開けて獲物を待っている獣のように見えた。


「姉ちゃん」

「美月!」


 穹の声と未來の声が、仲良く重なる。


「やろう?」


 ごん、と頭に岩でも落ちてきたかのような衝撃を感じた。美月は声にならない声を発しながら、「……はい」と小さく頷いた。

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