phase3.2
「シロをどこへやったの!!!」
「中」
美月の問いに、相手はたっぷりと時間をかけてあくびをし、答えた。
なか、と言われても、空中を浮遊する巨大な虫型の機械のどこにも、シロがいる気配は見えなかった。感じるのは、このロボットが放つ強い威圧と、無機物さだった。
しかし、この機体の内側に、シロがいるというのであれば。
美月は体を低く屈ませ、膝をバネにして、跳ね上がった。
右手と、念のため左手も、拳の形を作り、強く握りこむ。
真っ黒な機体が目前まで迫ったとき、美月は遠慮なく、そこに拳を叩き込んだ。
ガン、という音が立った。それは大きな衝撃音ではなく、小さな音量だった。
次の瞬間だった。美月はパンチを繰り広げた格好のまま、地面に叩きつけられていた。衝撃の伴う着地音と共に、美月が落ちた周辺に、浅いクレーターが出来た。
美月は仰向けのまま、目を白黒させていた。すぐに起き上がらなくてはいけないのに、体が動かなかった。
穹と未來、ハルが駆け寄ってきた頃になって、背中と、それ以上に両手が、痛みを叫んでいることに気づいた。
「見た限りあのロボットは、もとが小さな物体だから、攻撃手段らしい攻撃を持っていないようだ。だが、装甲が、とにかく分厚い。防御力が桁違いだ」
ハルの説明を聞きながら手を借りて、美月はふらつきながらも立ち上がった。
「ロボットのエネルギー反応とは別の生体反応が認識できる。シロは間違いなく中にいる」
「だから、すぐに助けないと! どうすればいい?! このままだったら」
大きさのせいで移動力が大幅に下がっているのか、ロボットは先程からあまり動いていない。虫の羽のような、巨大な灰色の翼を羽ばたかせてはいるものの、ちょっとずつしか動けていない。円盤のほうも、先程からずっと拡声器越しにあくびの声が聞こえてきているだけで、自分からロボットに近づこうという気配がまるでない。
だが、ロボットもいつかは円盤に辿り着く。円盤も、いつロボットのほうに近寄るかわからない。そうすれば、もう、近寄れなくなる。つまり。
「シロともう会えなくなる!!!」
声にして叫んでしまうと、尚更事態が重みを増してのし掛かってきた。同時に、焦燥感もついてきた。
美月達四人は、上空を見上げた。ココロは不思議そうに、そんな四人の顔をきょろきょろと見ていた。一呼吸遅れて、クラーレが、目線を地面から上空に変えた。
「とにかく少しでも損傷を与え、内部に……そうだな、強い電流を与えれば……。そのためには、まずあのロボットを墜落させなくてはいけない。羽にダメージが行けば、浮遊し続けることが出来なくなる。羽にあたる部分は本体と比べて装甲が薄い」
片手をテレビ頭に添えていたハルが、視線をロボットから戻した美月、穹、未來の顔を順に見た。
「だがあくまでも本体と比べてなので、羽も十二分に堅い。どうか、気をつけるように」
美月が真っ先に強く頷いた。穹と未來が、はい、と返す。
頷きという合図と共に、三名は一斉に飛び上がった。ハルとクラーレが目で追っていた。美月は視線を背後で受けながら、息を長く吐き出した。
真っ黒な機体の上に下り立つと、ゴン、という堅い音がした。近くで見ると、いかにこのロボットが大きな体躯をしているかがよく伝わる。風を切る音なのか、内部を流れる機械の音なのか、とにかく大きい機械的な音が、辺りに満ちていた。
ダークマターの円盤との距離が、じわじわと確実に狭まってきている。大きさに圧倒されたり、思っていたよりも不安定な足場に動揺している暇は無かった。
どうやって溶接しているのか、ネジの跡が見当たらない機械の上を走り抜け、一枚の羽の前まで来た。遠目で見たら、虫のそれとよく似た見た目だったが、こうして近寄ってじっくり観察してみると、まるで違った。それはどこまでも機械的であり、本来の虫の羽のような精巧さはなかった。
その前に、美月と穹が並び、未來がその後ろに立った。
未來が、鞘から刀を抜いた。それが、始まりだった。
美月の拳。穹の拳。同時に放たれたそれは、羽を模した機械の一部分に、確かに当たった。
大きく後退したのは、美月と穹の体だった。
「かった……!」
穹が、自身のかすかに震える手を見た。グローブ一枚ごときで和らぐような衝撃ではなかった。
二人がかりの全力にも、ロボットの羽には傷一つつかない。本体も、羽に攻撃をされたなどちっとも気づいていないようで、移動をやめていない。
美月は、痛みの残る手を握りしめた。
「止まってる暇はないよ穹! 一回でダメなら連打よ!」
何だよそれと穹は口では嘆いたものの、手を握りしめた。二人並んで、集中先を一点に絞る。さっき殴った羽の一部分に向かって、二人は力の限り、拳を左右交互に突きだした。
一つ当たる度に、体が後ろに下がりそうになる。衝撃波が顔まで届く。堅い体に当たる度に、手に痛みが現れる。皮膚も骨も飛び越えたどこかが、痛んでいるようだった。
やがて、どこが痛いのかも、わからなくなっていった。
しかし美月は、やめる気は無かった。穹も苦痛に満ちた顔をしているというのに、連打を止めなかった。
手がどうしようもなくなったら、足がある。それも駄目だったら、体当たりがある。とにかく、やめる気は無かった。このロボットが円盤に辿り着くまでは。シロが、どこともわからぬ遠い場所へ連れて行かれるまでは。諦めるつもりは無かった。何があっても。
ピシ。
執念に、白旗が揚がったのか。打撃音に混じって、わずかながら、高い妙な音がした。美月と穹は手を止めた。
うっすらと向こう側の景色が透けて見える、灰色の羽。ちょうど、殴っていた場所に、ささやかなばかりの、しかし明確な亀裂が、入っていた。
はっと美月と穹は顔を見合わせた。美月は、顔がほころびそうになるのを、寸前で堪えた。これで終わりではない。
更に打撃するときの強さを増した。もう手は限界を超えて痛かったが、無視をした。虫が出来たのだ。痛みなど、どうでもよかった。
一度入った小さな亀裂は、徐々にその陣地を広くさせていった。ある程度横に広がったのを見計らって、姉弟は手を止めた。
「未來!」
「うん!」
美月と穹が退き、今度は未來が、羽の右端に立った。刃を、とん、と、亀裂が走っている位置に当てる。
未來の体が、右から左に瞬間移動した。
刀の赤い閃光が、未來の後を追うように流れた。
間髪入れず、今度は左から右へと、もといた場所まで戻る。
美月も、穹も、刀を構えたままの未來も、斬撃を受けた羽の様子を見守った。
灰色の羽は、重々しく、後ろへ、ゆっくり、ゆっくりと、倒れていった。
亀裂の入った場所から、それはそれはゆっくりと、着実に。
重い衝撃音と煙が上がった。一呼吸、二呼吸程の間が置かれた。ぐらり、と、美月達の体が、斜めになった。
斜めになっているのは、今美月達が立っている、ロボットだった。
ロボットの体が、真横になった。体が投げ出される直前、三人は飛び上がり、脱出した。
残ったもう片方の羽は、ばたばたと規則正しく動いているが、意味を成さない。
落ちるスピードは、飛んでいるスピードよりもずっとずっと速かった。
巨体が地面にめり込んだ瞬間、ぐらぐらと地面が揺れた。周りに生えていた木々が、ばさばさという音を立てながら、次々に折れた。ちょうどロボットの真下にあった、神社のご神体の岩は、ぺちゃんこに潰された。
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