phase3「四人目登場!セプテット・スター」
美月は、放心していた。ハルから語られたものは、衝撃以外の何物でもなかった。
「それ……本当なの……?」
口ごもりながらも聞いたが、内心ではハルがふざけて嘘を吐くなど有り得ないとわかっていた。
案の定ハルはテレビ頭を縦に振り、「嘘の内容は無い」ときっぱり言い切る。
頼んだパンケーキの皿には、何も乗っていなかった。クラーレが店を出て行った直後、未來が口をつけたのだ。未來がパンケーキを食べ終わるまでの間にハルの口から語られたこと、それはクラーレの出自にまつわるものだった。
クラーレがどういう星に生まれたのか。そこはどういう種族の住まう星なのか。なぜクラーレは、乗り合い宇宙船を下ろされたのか。なぜ、あんなに人との間に壁を作っているのか。
淡々と、わかりやすく、簡潔なハルからの説明で聞いた話は、にわかには信じがたく、受け入れがたいものだった。別次元で起こった話を聞いているのではと感じるほど、遠いことのように思えた。
けれど、全て納得のいくものだった。納得してしまうものだった。
未來は静かに目を閉じ、わずかに頭をもたげていた。穹は首を下げ、じっと自身の膝を見つめていた。
「でも、だからって……クラーレは悪くない。何も悪いことしてないでしょ!」
「ミヅキならそう言うと想定していた。けれども、ミヅキ以外、ほぼ大半の人間は、彼に対して、同じような反応を返す。自分や、自分の大切なものがある以上は」
あと一歩で、なにそれと怒鳴るところだった。寸前で、今自分のいる場所を思い出し、怒声を懸命に飲み込んだ。
美月を見ていたハルは、緩慢にココロへと目を落とした。
「ミヅキは、このミーティアが大切だろう。家族や友人、他にも大切なものがたくさんあるだろう。それはどの生命にも言えることだ。皆大切なものがある。それに、危害を加える可能性があるものは、避けたい、排除したいと考えるだろう。そのことそのものは、備わっている本能なのだから、仕方ない」
でも、と身を乗り出した美月に、ハルは手を出して止めさせた。
「だが、その“仕方ない”のせいで、クラーレはずっと、不当な扱いを受け続けてきた」
気づかぬうちに、美月の口から、深い息が吐き出されていた。
「わからない。私、わからない。ハルもそうだし、今回のクラーレだってそう。どうして皆、助けないの? 大袈裟なことしなくても、せめて寄り添うとか……」
「ミヅキも最初、自分の身に降りかかったことを、怖いと感じただろう」
忘れていない。美月はテーブルに両肘をつき、組んだ手に額を乗せた。
ハルとココロが来て、得体の知れない二人にわけがわからなくて、整理がつくかつかないかのところでダークマターという組織が現れて。敵と対峙し、戦ったとき、ただただ恐ろしかった。怖かった。逃げたいと思った。出来ない、無理だと折れそうになった。事実、マーキュリーと対峙したときは、もう完全に折れたと思った。
けれど結局、折れなかった。完全に見捨てることが、どうしてもできなかった。
「クラーレに対する周囲の反応……。わからなくもない。その気持ちに共感してしまうのが、とても悲しい」
「至って普通だ。生命は皆、今を必死になって生きているんだ。大切を守るためだったり、終わらない課題と、それに対する答えを求めて、必死になって生きている。もしかすると自分と自分の大切なものに対して牙を剥くかもしれない存在に寄り添って、助けようなど、そんな暇と余裕はない。それが一般的であり、平均なんだ」
教材を読み上げる教師のごとく、淡々とした物言いだった。ハルはあくまでも事実を述べている。そこに主観や私見は存在しない。わかってはいるが、美月は反論せずにはいられなかった。
「私にも、大切なものはたくさんあるよ。でもそれを守るために、クラーレに、今までクラーレがされてきたことと、同じことをしたいとは思わない。拒絶や拒否なんて、絶対にしたくない」
「それは、どうしてだ?」
ハルが平坦な声で問いかける。穹と未來が顔を上げ、美月の横顔を見つめているのがわかる。
美月は少しだけ視線を泳がせ、ハルの顔を見た。そこは変わらずに、ぼんやりとテレビ画面が光っていた。
「情、が移ったのかもしれない。ただの同情かもしれない。わからない。でも私は、今の話を聞いても、クラーレが怖いとは思えなかった。……多分、これが理由かも。私は私の直感を信じたい」
うん、とハルが頷く。何度も。
「ミヅキらしい答えだ。そう考えるのなら、それでいい」
美月の顔が、ほっと緩んだ。
「未來は……どう? 私、おかしい?」
「ううん、おかしくないよ。それに私も同じ感覚。あの人……クラーレさんがどういう種族なのか、聞いてもふうんって感じ。それよりも考えてるのは、美月に対する態度かな! あれは正直、境遇とか関係無いよね! 普通に許せない!」
にっこりと完璧な笑みの未來に、美月はこれはこれでどうだろうかと肝を冷やした。次に、恐る恐る、穹のほうを見た。穹は案の定、苦い顔をしていた。
「……また、言う? 危険だ、危ない、関わらないほうがいいって。でも怪しさは消えたでしょ? 素性がわかったから」
「……僕ははっきりいって、あの人の今までの日々は、とてもひどいし、可哀想だって思う。そんなことをしてきた人達にも、不快感がある。でも、僕が同じ立場で……もう少し勇気があったら、同じことをしていたかもしれない。そう考えていたんだ」
ぎゅ、と、膝の上で握り拳が作られる。
「この際はっきり言うと、僕は怖い。怖いと感じるものを、増やしたくないって思ってる。でも、それを相手に伝えて、それでもし、相手がいなくなったらって考えると……」
それまでさほどつっかえることなくしっかり喋っていた穹が、口を閉じた。沈黙が流れる。考えると、の続きは、なかなか出てこなかった。穹本人が、次に何を言うべきなのか、掴めていないようだった。
「自分の良心が痛む。正義感が許さない。そんな感じかな?」
未來が隣のテーブル席から、穹の顔を見た。穹は弾かれたように未来の目を見つめ返し、頷くようにして顔を伏せた。
「怖いと思ってるんなら、クラーレ本人に言いなよ。穹が、無理する必要は無いよ。でも私は、代わりに言うなんてことは絶対にしない」
なるべくきつい口調にならないように注意を払いながら、美月は言った。穹は額に手を当てた。
「……そんな勇気、無いよ……」
「穹君は、どっちの気持ちが強いの? 恐怖心と、良心」
未來の柔らかな問いかけに、穹は答えられないとばかりに、ゆるゆるとかぶりを振った。
「……とりあえず、クラーレがいなくちゃ始まらないよね」
「うん。探しに行こうか!」
未来の言葉に、美月が頷いた。同時に、ハルのテレビ頭についているアンテナが、ぴこぴこと動いた。
「クラーレの生体反応を検索する。彼を探そう」
「うん!」
美月達は駆け出し、店を出て行った。様子の変わった美月と穹に浩美が声をかけてきたが、美月はちょっと、としか言えなかった。
ハルの教えられた通り、進んでいく。商店街を抜け、閑静な住宅街の中を走り抜けていくうち、ふと美月は、この場所に見覚えがあることに気づいた。
「この辺りって、確か神社があったような……」
小さい頃よく遊び場にしていたが、それなりに大きくなったとき、その神社が、実はそこそこ名のある神が祀られていると聞いた。大きな石がご神体であり、拝殿の裏に祀られているのだという。
「ああ、よく遊んだよね」
穹もその時のことを思い出したのか、顔がほころんだ。
「私は、なんか強い力を感じるので、あまり行ったことはないかな」
未來がさらりと言ったが、ちゃんと考えると鳥肌が立ちそうなので、美月はあまり深く考えないことにした。
その時だ。ハルが突然、立ち止まった。
「ダークマターがいる」
ハルが後ろから指さす先にあったのは、例の神社だった。
美月に穹、未來の表情が固まった。
厳かで静謐そのものの空間に、を這っていくような風が、拝殿の裏から吹き抜けてきた。
加えて、何かも聞こえてきた。機械の稼働しているような音、そして人の話し声。
「クラーレの生体反応も感じる。両者とも、奥にいる」
ハルが声をかけてきた。美月は振り返り、穹と未來と顔を見合わせ、前を向いた。
また走った。走った先にある光景がどんなものか、全くわからなかった。
「大丈夫?!」
踏み込んだ美月は、息を飲んだ。走っていたせいで速くなっていた脈が、どくんと大きな音を立てた。
ホバリングを続ける、奇妙な円盤が、空中を漂っていた。大きかった。まさしくUFOと呼ぶに相応しい見た目をしていた。
しかし、このUFOは、ダークマターのものだ。美月達は警戒心を強めた。
そのUFOを見上げるクラーレは、なぜか下の方が少しだけへこんだご神体の前で、座り込んでいた。怯えた目をして震えているシロを、しっかり抱きしめている。
こちらの気配に気づいたのか、ねじの外れたロボットのような仕草で、クラーレがこちらを向いた。
「……――?」
「え、なんて……?」
と、クラーレは勢いよくポケットに手を突っ込み、中から通訳バッジを取りだして、襟元に着けた。
「……あんたら」
声が発せられた。クラーレの口、正確にはペストマスクの下から聞こえてきた声だった。逆立ちしても、地球の言語にしか聞こえない。
「! 言葉が」
「あんたら」
驚く美月の声が遮られた。理解の出来る言語で発せられるクラーレの声は、恐ろしいまでに震えていた。
「あんたらは……ダークマターを……敵に回してんのか……?」
美月は首を傾げた。戸惑うまま、頷いた。それを見たクラーレの体が、一瞬びくりと跳ねた。
「クラーレは、ダークマターのことを知っているのか。まあ、知らないほうが不思議なくらいか」
ハルが後ろから呟く。美月が振り返ると、ハルは円盤を見上げていた。
「……ミヅキ、ソラ、ミライ。気をつけなさい。“彼”はセプテット・スターだ」
ハルの視線を追い、美月は円盤を見上げた。遅れて穹も、おどつきつつも首を上に向ける。未來は到着時からずっと、円盤から目を逸らしていない。
円盤のてっぺんには、透明なドームのようなものが出っ張っている。そこに、誰か乗っていた。
「あ、プレアデスクラスターだけでなくあのロボットまで見つけた……。すご~ラッキ~……。じゃ持って行こ……。でも下りんのめんどくせ……」
恐ろしくゆっくりとした口調だった。
ふわあと大きな口を開け、恐らく操縦席に突っ伏したであろうその人物は、今まで見てきたどのセプテット・スターとも、雰囲気が違った。
灰色の髪は寝癖で飾られており、手入れされた様子が見つからないほどぼさぼさに伸びきっている。
色が水色だとなんとかわかる目はひどく眠そうで、半分閉じていた。目元にはひどい隈が出来ている。 頬はやせこけ、羽織っている白衣もよれよれの皺だらけだった。
「うわあ……。ええ何あれ……」
「お、お化け? 幽霊? ゾンビ?」
ひどいことを言っている自覚はあるが、思わず口に出してしまうほど、その風貌には生気が感じられなかった。好き勝手に言う美月と穹の隣で、未來は目をきつく細めた。
ココロがうう、と怯えた声を小さく出し、ハルの服に顔をうずめ、円盤から背を向ける。
「ミヅキ、ソラ、警戒しろ。彼はセプテット・スターでも科学技術と工学技術を専門とする者。技師であり、科学者であり、研究者だ。つまり……」
「ああそうか、自己紹介かぁ……。めんどくせえな……」
その男性は、気だるげに首を回してから、言った。
「俺はウラノス……。これ、コードネームっていうやつな……。じゃ」
円盤の底に、大と小の穴が、数多く空いた。その空間から出てきたもの。
それは地面に落ちた途端、むくりと起き上がり、首を回して、立ち尽くしたきりの美月達を捉えた。
「対象確認。攻撃開始」
鉄で組み立てられたような、細長いモデルのロボット。顔につけられた唯一のパーツである一つ目が、無慈悲に赤く光った。しかもそれは、一体ではなかった。
「面倒だったからあんまり用意してないんだけどさ……ロボットのストックは結構あるよ……。せっかくだし試作の新戦闘ロボットのデータ、いっぱいとらせてくれよな……」
濁った瞳を細め、にい、とウラノスは笑った。
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