phase2「未來の告白」

 宇宙船内は主に美月と穹によって、大騒ぎになった。

とりわけ動揺し、大混乱しているのが美月だ。


 友達が宇宙人。今まで数多くの“信じられない事態”に直面してきたが、ここまで予想の斜め上を行く出来事が判明するとは。

どうしても信じられず、ハルに説明を求めて詰め寄る美月に、未來はゆっくりと言った。


「ちょっと見てほしいものがあるんだ」


 おもむろに服のポケットから取り出したのは、首飾りだった。

黒く光るチェーンの先に、勾玉のような形の真っ赤な石が繋がれている。

燃えさかる炎のような色に、そのまま燃えさかる炎を閉じ込めたような見た目。

どくどくと脈を打ってそうな、心臓を連想させる石だった。


「これは、私が首からかけていたものだったんだって。赤ちゃんの時に」


 未來の口調はいつも通り穏やかでゆっくりだった。ただしそれは、夜の森のような不気味な静けさを纏っていた。


「ちょうど十四年前。お父さんが、星の写真を撮ろうと、この山に来たんだって。

その時、どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。音のするほうに行ってみたら、生後間も無さそうな赤ちゃんが、茂みにまぎれて泣いていた」


 そこで未來が笑った。美月は、目の前にいる友人の笑顔を、上手く見ることが出来なかった。


「その赤ちゃんが、私」


 聞こえてくるのはココロの聞き取れない喃語と、プレアデスクラスターの眠る孵化器のかすかな稼働音のみ。

静かになった室内で、未來は呆然と立ち尽くす美月達の目を見ながら続ける。


「私が宇宙人だとわかったのは、言葉を喋り始めるようになってから。初めて喋った言葉が、日本語ではなかったんだって。もちろん外国語でもない。喃語でもない。そもそも地球の言語ではなかった。全然聞き取ることが出来なかったって」


 その時の様子を思い出しているのか、未來は一瞬だけ遠い目をした。


「ただ、その地球ではない言葉を喋ったのは、本当にごく短い期間だったみたい。考えてみればそれもそうだよね。赤ちゃんの頃から地球にいて、地球の言葉をずっと聞いてるわけだもん。そっちのほうに染みこむよ」


 首飾りを掴み、石を前へと突き出す。石は光を反射して輝いているが、どこかおどろおどろしさがあった。


「この話を聞かされたのは、小学校の頃。自分の生まれてきたときのことを聞いてみましょうっていう宿題が出たんだ。それでお父さんとお母さんに尋ねたら、この首飾りを見せられた。間違いなくこれは、私にとって大事なもの。しっかりと、大切に持ってなさいって」


 未來は、石を手の中でぐりぐりと弄んだ。穹は少し怯えていた。よく触れるなと、美月は感じた。


「お父さんとお母さんは、私が宇宙人ってはっきりと言ったわけじゃ無いけど、でも多分、確信してる。その上で、黙ってるんだ」


 でも、と未來は首飾りをしまいながら続ける。


「私はもう、自分は完全に地球人だと思っているし、これからも地球人として生きていくことは変わらない。それにしてもハルさん凄いですね、すぐにわかっちゃうなんて! さすが宇宙産のロボットは違いますね!」

「わずかの差だが、地球人であるミヅキやソラと、違う、と見えたからな。しかし、注意して観察しないとわからなかった。ここまで完璧にその星の住人に擬態している宇宙人は初めて見たよ」

「生まれは別の所でしょうけど、育ちはずうっと地球ですから!」


 どこか他人事のような、冷めた口調で語られた未來の独白は、さらりとした結論で纏められた。あのゆっくりと静かに語る未來はどこに消えたのか、今はもう明るい調子に戻っている。


 自分の友人が。自分の姉の友人が。この町でもない、この国でもない、この星でもない。どこともつかぬ、遠い遠い地で生まれた存在などとは。

あまりに近い立場であるが故に、美月も穹も、考えが纏まらなかった。


 美月は特にそうだった。話を聞いても落ち着くどころか、混乱はますます熾烈を極めていた。


今まで普通にクラスにいて、話をして、笑ったりなどして一緒に過ごした相手は、一体なんだったのか。

付き合いが長いわけでも、物凄く親しい仲というわけでもないが、やはりショックだった。


 受け入れがたかった。

突然目の前に宇宙人が現れて宇宙人ですと名乗ってくるのと、地球人だと信じていた相手が宇宙人だと名乗ってくるのだったら、どちらが受け入れがたいか。


 いや信じるも何も、疑うことはもちろん、信じるという思いもなかった。

地球人だと思うことが当然だった。

地球にいる人間の姿と同じで、地球の言葉を喋って、それでどうやって宇宙人かもしれないと疑えというのか。


「ところで美月、その格好は何?」


 美月はうろたえ、未來がなんのことを指しているのかわからなかった。

かっこう、と何度も反芻した挙げ句、ハルが「コスモパッドの機能によって変身した姿だ」と説明した。そこでようやく、自分がまだ変身したままであることに気づいた。


「変身すると、体力や持久力、瞬発力、攻撃力や防御力等が何倍もの力に跳ね上がる」

「へえ、凄い! 私もやってみたい!」

「……え?」

「だってとっても格好いいですし! その服!」


 未來は頭から爪先まで、美月の体に輝く視線を走らせた。


「ジャケットにベストにシャツにネクタイ! ベルトにスカートにスパッツ! 更にブーツとインカムまで! これぞまさに戦うヒーローそのものじゃないですか!」


 戦隊ヒーローがやるようなポーズをとったあとで、未來はもう一度「私も変身したいです!」とハルに詰め寄った。


「え、いや、これにはテストがあって、それに合格しないと出来ないのであって」

「むむ、やはり一筋縄ではいきませんよねそりゃ! わかりましたテスト受けます! 試験会場はどこですか?」

「は、だから、その、持ってくるから待っていてくれ」


 ハルは逃げるかのように早足で部屋を出て行った。

ココロをしっかりと抱きしめるその姿はまるで、彼女に助けを求めて縋っているように見えた。

 美月は必要以上にインカムを触った。


「み、未來、本気で変身したいとかって思ってるの?」

「変身は全人類のロマンじゃないの? あ、穹君も同じの持ってるよね! ちょっと変身やってみて!」

「うわ、は、はい!」


 言われるがまま穹も変身しようとしたが、動揺のあまりつっかえすぎたせいか、

「登録サレテイル音声ト違イマス」と無情な合成音声を何度も聞く羽目になった。


 なんとか変身を完了すると、未來はおお、と声を上げながら距離を取った。

写真を撮るときのように片目を閉じ、両方の親指と人差し指で作った四角形の中に穹の姿を収める。


「穹君はスカートじゃなくてズボンなんだね!」

「え、あ、はい」


 未來がおかしいのか、それとも逆に自分達のほうがおかしいのか。

美月も穹も、正常という感覚が掴めなくなってきていた。


 ハルが持ってきたいつかの端末を触る未來を、姉弟二人はどこか遠くの出来事のものを見るような目で眺めていた。


ゲーム内の効果音が断片的に聞こえてくる。熱中しているのか、未來の「えい! とりゃ!」という声が断続的に聞こえてくる。

未來との間に見えない壁がそびえているような気がして、距離を感じた。


 待っている間、少しでも心と体が今の状況を整理して受け入れてくれればと思っていたが、二人の願いは叶わなかった。


「あ、終わった。シューティングゲームって初めてやったけど、でも楽しかった!」

「でも未來、それ出来ない人には出来ないんだって。スコアはどれくらい?」

「えーと……今出た!」


 くる、と未來が端末の画面をこちらに向けた。

そこには数字が羅列されていた。

94.77。その四つの数字が、並んでいた。


 端末を覗き込んでいたハルが、後ずさりを始めた。

がんと壁にぶつかってもなお、足は少しの間動いていた。


「きゅうじゅ……。ミライ、君は一体……?」


 きょとんと未來が首を傾げている間に、端末が光り、次の瞬間には、左手首にコスモパッドが装着されていた。

ベルトの部分が美月や穹と違い、赤色だった。

揚々と腕を掲げたり、部屋の電灯に当ててきらきらと輝く目を向けている未來に、ハルががくがくと近づいていった。


「ミライ、何か今までに戦闘の経験は……?」

「一度もありませんよ?」

「ほ、本当に?」

「はい、一回も」


 その場をぐるぐると回り出したハルに、美月がそんなに凄いことなのかと尋ねた。


「凄いも何も、こんなことは滅多に無い!」

「だから、そのテストはさ、易しいものなんじゃないの? 私や穹ですら合格したんだよ?」

「そんなことはない! ミライは、ミライは一体……」

「あの~変身して良いですか?」


 返事を聞く間も無く、未來はさっさと手首を前に構えた。


「確か……コスモパワー! フル! チャージ!」

 未來は人差し指を高く持ち上げて、台詞を何度か切りながら大きく言った。

指が液晶画面に着陸したと同時に、光が未來の全身を包み込んだ。

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