Chapter2「未來の秘密」
phase1「未來は……」
「これでいい。とりあえずの危機は去った。まだ油断は許されないが」
ハルの言葉に、美月はその場に崩れ落ちそうになった。穹もほっと息を吐き出した。
ぐったりとしたまま動かないプレアデスクラスターを連れ、美月と穹は大急ぎでハルの宇宙船に戻ってきた。
すぐさま指示通りに孵化器に入れると、ハルは素早い動作で孵化器を何やらいじり出した。
空気が凍り付くような、緊張で溢れる時間だった。美月は手を組み、目を閉じた。
普段は無宗教だが、都合の良い時にだけ縋る神にでも祈らないと、やっていられなかった。
穹も同じようにして美月の隣で、手を組んでいた。
ハルが浅く頷き、「もう大丈夫だ」と振り向いでも、しばらく美月は手を解かなかった。
姉ちゃん、と穹に肩を叩かれるまで、瞼を閉じたままだった。
「良かった……。本当に……」
美月は、孵化器の中で眠るプレアデスクラスターを、涙の滲む目で見つめた。
呼吸は浅く、ぐったりとしていたが、今ではすっかり落ち着き、気持ちよさそうにしている。
「それで穹。ダークマターに襲われたと言っていたが……」
孵化器の傍から離れない美月の横で、穹はハルにある程度の事情を言って聞かせていた。
「うん。ビーナスって名乗ってた」
「セプテット・スターの一人に違いないな。だがどうして卵を狙ってたんだ……?」
「それが、本人もわかっていなさそうだった。命令だって言ってたよ」
「もうなんだっていいじゃない。この子も無事だった、敵も帰って行った、ハルとココロも見つからなかった、そして私達も無事。結果オーライじゃん」
いや、とハルは首を振り、苦しげな声を出した。
「ビーナスに手を上げられたんだろう? 私がついて、警戒していれば……」
美月は手首を見た。掴まれた跡の赤みは、まだうっすらと残っているが、よく目を凝らさないと見えない程度だ。
「平気平気! 今はもう痛くないもん」
「それに、逆にハルさんがいなくてよかったかもしれない。拠点の位置がまだ向こうに知られていないって、とても大きいですよ」
「とはいえ、いつまでも外に置きっ放しというのも危険だ。その辺りも含め、ダークマターの対策を練らなくては……」
う゛ーんと、声なのか機械の稼働音なのか判別のきかない低い音が漏れる。
「あの、僕またやってしまったから……気をつけたほうがいいこととか、教えて下さい!」
敵にまんまと騙され、接近を許してしまった事態を、一度のみならず二度も引き起こしてしまった。さすがに穹もこれはこたえてしまっていたようで、お願いします、と一歩を強く踏み出す。
「ハル、私に何か出来ることあったら言って!」
「私にも、何かお手伝いできることあったら言って下さい!」
「うん、ありがとう」
テレビ画面に映る口をわずかに上げ、ココロもハルの腕からにこにことした笑みを返した。
「穹ってば、綺麗なお姉さんだからって何デレデレしちゃってんのよ!」
美月はかっと目をつり上げ、穹の姿を捉えた。
「い、いや、そ、それ、それは、違うよ!」
わたわたと冷や汗を浮かべてすっかりうろたえる穹に、容赦なく詰め寄っていく。
「もう! 普段は鬱陶しいくらい慎重なくせに!」
「わ、わかってるよ。これから気をつけるってば……!」
「当たり前でしょ! 大体ねえ……!」
「まあまあ美月、しょうがないよ。穹君も男の子だもん」
「ミヅキ、それくらいにしなさい。ソラも、次から気をつけるように。ところで、ミヅキ。ソラ。聞きたいことがあるんだが」
何、と美月に穹は、目を少しだけ丸くさせた。
「この人間は、一体どうした?」
ハルが一点を指さす。ココロの青と赤の目が、その先を見つめる。
その場所に立っている者。それは美月でもないし、穹でもない。もちろん、ハルでもなければココロでもない。
ボブにカットされた、黒い髪。美月よりも、ほんの少しだけ背の低い少女。
にこにこと笑う彼女を、美月はよく知っていた。
美月のクラスメートでもあり、友人でもある。
星原 未來の名を持つ人物であった。
「あ、初めましてですよね! 私は未來っていいます! あなたの名前は?」
「ミライか。私はハル。この子はココロだ」
「あぶ~」
「ハルさんにココロさんですね! よろしくお願いします!」
初めて会った大人に挨拶をするみたいにして、未來は礼儀正しく頭を垂れる。
見上げた先に頭部がブラウン管テレビの存在がいるというのに、未來は全く、何も気にとめていないようだ。
可愛いですね~と、軽く膝を折ってココロのことを見つめている。
「あの、未來、驚かないの……?」
「いえ、別に?」
その瞬間美月は、実は未來にはハルの姿が普通の人間に見えているのではないかと感じた。今いる宇宙船も、未來にとっては一軒家か何かに見えているのではと。
そういう幻覚を見せることも、ハルなら出来そうな気がする。何か知らないけれど、それくらい平気で出来るだろう、という適当な理論に基づかれているが。
「未來、ハルの頭、何に見える?」
一抹の期待を抱いて、美月はハル本人の頭を指さしながら尋ねた。
「テレビかな。もっと言うとブラウン管テレビ!」
「……なんで、驚かないの?」
「別になんともないので!」
未來の台詞は、強がりにも痩せ我慢にも聞こえなかった。あっけらかんとしており、裏表は感じられない。
よいしょ、と未來はソファに腰を下ろした。
その動作も実に自然なものだった。美月や穹は、初めてこのソファに座ったとき、必要以上に緊張した。何か仕掛けられてはいないだろうか、そんなことを無意識の内に考えながら、恐る恐る腰を落とした。
未來からは、そういう警戒心や恐れといった類いの感情が全く読み取れない。
鼻歌を歌いながら、自分のカメラをいじっている。
きょろきょろと落ち着かずに視線をさ迷わせる、なんてこともしなかった。ソファに座ったとき、さっと一度だけ部屋を見回しただけだった。
「ハル、どうして未來を入れたのよ。クリアモードは?」
未來に聞こえないように囁くと、ハルは逆に驚いたように体を少し仰け反らせた。
「ミヅキとソラの後ろからついてきているのが見えたから、客人かと思ったんだ」
「違うわよ!」
つい大声を上げてしまい、未來はきょとんとした顔で美月を見つめた。
「未來、全部って言ってたけど、具体的にどこからどこまで見ていたの?」
「あの動物さんが、凄い光を口から出す少し前から。遠くからだったけど、あんな動物さんは地球には絶対にいないから、気になったんだ」
宇宙船に走る美月と穹のあとを追いかけていっても止められなかったので、そのままついていった。未來の言い分を聞いても、美月の脳が抱える問題に、なんら解決はしなかった。
美月は、未來がどういう目的を持っているのか、わからなかった。
というより、全てがわからなかった。
どうして何も驚かないのか。物凄い威力の光線を吐き出した宇宙生物。赤ちゃんの宇宙人。損壊した宇宙船。そして多少なりともたじろいでしまう見た目の、ロボット。
今日一日、短時間のうちにこれだけのものを見て、知って、どうして未來は平然としていられるのか。なぜ、こうも馴染んでいるのか。
「未來、あの、このことは絶対に内緒にしてね。絶対に、誰にも言わないで」
考えていても仕方ない。
理由はどうあれ、未來はこの状況をすんなりと受け入れている。
それがにわかには信じがたいが、騒がれないに越したことはない。
「もちろん、言わないよ! 約束する!」
未來が屈託なく頷いたので、美月はひとまず、自身を安心させることにした。
今日撮った写真なんだけどね、と未來が美月にカメラを見せる横で、ハルがふいに手を顎にあたる部分に当てた。
「……ん?」
「ハルさん、どうしたんですか?」
一連の顛末を不安が隠しきれていない顔で見守っていた穹が、ハルを見上げる。
「……いや。これは……。……言って良いものなんだろうか?」
「え、何かわかったの? それとも何か気づいた?」
美月が振り向いても、ハルの態度や声音はどうも煮え切らない。
ちらちらと未來に顔を向けては、「いや、まさか、しかし」と呟き顔を逸らすを繰り返している。
「未來がどうしたの? はっきり言ってよ、失礼じゃない」
「何言っても良いですよ! さあ、どうぞ!」
ハルが口を開いたのは、そう促されてからかなり経過した時だった。
「これから何を聞いてもいいように、覚悟を決めてくれ。特にミライ」
待ちくたびれていた美月と穹は、うんざりしたような目をやり、早くするよう急かした。
未來は表情を真顔にし、心持ち低い声で、わかりました、と頷いた。
「ミライは」
そこで一旦途切れる。ハルはすうと空気を飲み、一息で言い切った。
「地球の者ではない。宇宙人だ」
山を震わさんばかりの勢いで、二人分の悲鳴が轟いた。下手をすれば、町まで届いたかもしれない。
その声の主のうち、一人は美月で一人は穹だった。
あまりの声量にココロがぐずりだし、ハルがあやすためにゆさゆさと揺らす。
その中で、その名を宣告された本人、未來は笑顔だった。
「あ、やっぱり?」
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